第五十四話 「ラセンドラゴン」
「マスター、朝ですよ」
やけに近いところから、イズモの囁くような声が聞こえ、目を覚ました。
寝惚け眼でもわかるほど、息遣いまで届いてくる場所にイズモの顔があった。
「……近い」
「マスターが抱き着いているんです」
言われ、自分の腕の位置を確認する。
確かに、イズモに言われたとおり俺の腕はイズモの体に巻きつき、抱き寄せていた。
特に何も考えずに指に力を込めてみれば、イズモからひゃっ、と細い悲鳴が漏れた。
「ちょ、ちょっとマスター! そこはお尻です!」
「……ああ、そっか。悪い」
顔横で大声出さないで欲しいんだが……俺のせいか。
イズモから手を離し、腕をついて上半身を持ち上げる。
時間は……わからん。洞穴の中だし、入り口は封鎖してしまっている。イズモはどうやって朝か判断したんだろうか? 単純に起きたからだろうな。
俺は懐からトレイルにもらっていた時計を取り出して時間を確認する。針は7時前を指していた。時計を合わせたのが、暗黒大陸の港だったけど、ここだとまだ時差はそこまで大きくはないだろう。
時計を確認したあと、ガリガリと頭を掻く。
「……どうしたんですか、マスター? ちょっとおかしくないですか?」
イズモに問われ、そちらの方へ顔を向ける。その顔は少し心配そうだ。
俺が何も答えずに、眺めるように見ているとイズモは小さく首を傾げた。
『その女が本当に大事なら、マーキングでも何でもしてやがれ。じゃねえと、世間知らずのせいで誰にでもホイホイとついていくぞ』
昨日のレビントスの言葉が再生された。
……なぜ、再生されるのか。
忠告を聞き入れようとしているのだとしても、いったい何をどうしろというのだ。
マーキングって、動物ではないのだからそんな仕方知るわけがない。なに、キスでもしとけばいいの? それとも性行為? ……馬鹿らしい。
だが、そんな考えとは裏腹に、俺はイズモにぐっと顔を寄せていた。
間近にあるイズモの顔、唇まで数センチ。
…………。
そのまま数秒静止してしまうが、イズモは特に避けたり離れたりはしなかった。
硬直から解けた俺は、イズモから顔を逸らしながら頭をもう一度、今度は強めに掻く。
……いったい、何をしているのか、俺は。
「……悪い」
謝罪の言葉は重ねるごとに、誠意がなくなると聞いたことがある。だけど、それ以外に言う言葉が見つからない。
この数分の間に、もう二回も使ってしまっている。このペースで行けば、数年後にはカスッカスの言葉になっていそうだな。
一度ため息を吐き、立ち上がろうと腕に力を込めた。
その瞬間、腕を引かれて思わず振り返ってしまった。
振り返った先には、先ほどと変わらずにイズモの顔があって。
だけど決定的に違いがあって。
コンマ数秒、ほんの一瞬き。
互いの唇の距離が、――果てしなくゼロ。
思考が追いつく前に、唇の温もりは遠ざかり、代わりというように。
流れるように、流線形を描くように、イズモの口は動いて。
首筋に痛みが走る。
その痛みは、とても懐かしいものに感じられた。
痛い、とか、吸われている、なんて感想は沸かなくて。ただ、何かが伝わり伝わっている感覚がして。
首筋に噛みついたイズモは飢えているように、俺の血を吸い尽くしてしまいそうな勢いで、数秒間味わっていた。
ぷはっ、と口を離したイズモは華やぐような笑みを浮かべていた。
俺は無意識のうちに噛まれていた首筋に手を当て、だけど思いつく言葉はなかった。
「なに、してんの」
それなのに出た言葉は、少しきつめになってしまっていた。
違う、そうじゃない。もっと違う言葉があるはずだ。だけど、……その言葉はなんだ?
思考が追いつかない。加速ではなく、減速して停止をかけようとしている。思考を放棄しようとしている。
対してイズモは、特に気負った様子も何もなく、笑みを浮かべて言う。
「あんまり難しく考えない方がいいですよ?」
熱のこもったような声に、凍りついていた思考がようやく事態に追いつき始める。
手で首筋を抑えたまま、腕を持ち上げて口元を覆う。顔が急速に火照っていくのがわかる。
イズモもまた、俺の反応にあてられたように頬を朱に染めながら、照れ笑いのようなものを浮かべた。
「そ、それにほら! クエストがまだ残ってますし!」
早口に捲し立てると、イズモは慌てたように立ち上がって俺に手を差し出してきた。
その慌て様に思わず苦笑が漏れた。それから、一度大きく息を吐いて気持ちを切り替え、手を取る。
ゆるく握った手を、イズモに強く握り返されながら引っ張り上げられる。
そうだな、今は難しく考えずにクエストに集中しよう。時間は腐るほどにあるだろうし、暇なときにでもお得意の思考の海に沈むとしよう。
それでいい。今は、俺は逃げる。今この瞬間に答えを出す必要があるわけでも、求められているわけでもないのだから。
いつか、そういつか逃げられないときに、答えなきゃいけないときに答えればいい。それまでに答えを見つけ、納得しておけばいいのだ。
「……そういや、お前、あのパーティについて何も言わないのか?」
「はい。昨日の夜からの記憶が曖昧なので、何かあったんだろうなっていうのは思っています」
「訊かないの?」
「訊いていいんですか?」
「……いや」
言わない方がいいだろう。イズモも知りたくないだろうし、俺も話したくない。
俺の返事を聞いたイズモは、特に訝ることもなく洞穴の出口に向かおうと歩き出す。
が、一歩踏み出したところで立ち止まってしまった。
「……なんか、濡れてます」
「やめなさい。はしたない」
インナーの裾を引っ張って下着を覗きこむイズモの頭を、強めに叩く。
早く騎士団に会おう。そして一般常識を教えてもらえるように頼もう……。
☆☆☆
キンラセン山を、イズモと登ることさらに1週間。
俺一人ならばとうにクエストを終わらせて次の町についているような時間をかけ、山頂付近まで登りつめた。
そこにいたのは、一匹のドラゴンだ。
頭から尻尾のさきまでを測れば10mは届こうかというもの。ギガンテスよりもさらに大きい。
そのドラゴンの鱗はくすんだ様な金色をしている。金色のドラゴン……というほど鮮やかな色ではない。どちらかというと薄茶色に近い。そう、うん――
「ゴアアアアアアアアア!!」
いきなり、そのドラゴンは叫び声をあげて牽制してきた。
その声の大きさに思わず耳を両手で塞ぐが、それ以上に俺はこのタイミングで叫んだことに驚いている。
「え、え? なんでいきなり叫んだ?」
「マスターが変なこと考えたからじゃないですか?」
「魔物にまで俺の思考読まれるのかよっ!」
どれだけ鋭いんだよ、このドラゴン! 人間の感情なんて知っているはずもないくせに! ついでにイズモも読まないで!
……ああ、でも伝説級のドラゴンは人の思考を読むとか言われているんだっけか。けど、こいつ絶対そんな高位じゃないだろ。だってどう見てもうん――
「ギャオオオオオオオオオ!!」
またもタイミングよく叫んだドラゴンは、腕を振り上げると俺目がけて振り下ろしてきた。
俺はその腕の攻撃を後方に跳んで避ける。隣に立っていたイズモも、巻き上げられた土砂に巻き込まれないように横に跳んだ。
ドラゴンは完全に俺を標的として定め、体を俺に向けている。
だけど、今回俺に戦う気は一切ない。
「ほら、ちゃんと倒せよ」
「ほ、本当にサポートしてくれるんですよね?」
「当たり前だ。死なれたらこっちも困る」
イズモがおっかなびっくり訊いてくる。その手にはちゃんと剣が握られているが、剣身が小さく震えてしまっている。
一応、この一週間かけてイズモを魔物狩りさせていたのだが……。やはりドラゴンはまだ早いだろうか。
しかし、俺の目的は最初からこれだ。イズモを一人でも戦えるようにすること。それだけは変わらない。
護身程度なら十分できるだろうけど、これからは護身だけじゃだめだ。誰も、最後方で指示を出すだけの者に付き従おうなんて思う奴はいない。
倒すとまではいかなくても、ドラゴンを目の前にしても動じない程度にはさせておかないといけない。
とは思うもの……。
ドラゴンは完全に俺に向いてしまっている。まるでイズモは眼中にないように。
まあ、注意が引けていると考えればいいか。
薄茶色のドラゴンはぐっと頭を持ち上げると大口を開けた。その喉奥には赤い炎がちらついている。
ドラゴンは体内に何かしらの袋を持っていることが多い。このドラゴンのように火炎袋や、他には水辺にいるドラゴンな流水袋だたり、雷鳴袋だったりがいるらしいけど。
火炎袋を持つドラゴンは一概にレッドドラゴン、流水袋を持つドラゴンはウォータードラゴン、雷鳴袋を持つドラゴンはサンダードラゴンと呼ばれるらしい。袋を持っていないものは、アースドラゴン。
当然、例外もいる。このドラゴンだって、赤くないのに火炎袋を持っているからレッドドラゴンと呼ばれそうだが、別に赤くないし、そういう場合は個々で名前を付けられたりする。
しかし、なんともまあ典型的な攻撃……。
ドラゴンによって火球が放たれると同時、俺は魔法で目の前に水の壁を作り上げる。
火球と水壁がぶつかり、蒸気を噴き上げる。突破されないよう、追加でさらに水壁を厚くしながらイズモの方へ眼を向ける。
イズモは、まだ足が竦んだようにして動けないでいる。
「イズモ、倒せとは言わん。一太刀でも入れてみろ」
「わ、わかりました……!」
気合を入れるように剣を握り直したイズモは、意を決すと強く踏み出した。
ドラゴンは俺に集中しているせいでイズモの方へは気が回っていない。その隙をついて、イズモはドラゴンに十分近づくと剣を振り下ろした。
型も何も、グレンに習ったことをすべて忘れたような、本当にただの斬り下ろし。その斬撃はドラゴンの脚の鱗を軽く傷をつけるだけで、肉にはまったく届いていない。
ドラゴンは足元のイズモに顔を向け、しかし脅威と思わないのかすぐに俺に向き直った。
……うーん、やっぱり俺じゃ剣を教えるのは無理かぁ。
騎士団に丸投げだな、と決める。だって剣は習ったけど、俺もともと魔術派だし。
とはいえ、ドラゴンの鱗は他の魔物よりも鋭く硬い。傷をつけただけでもよしとするか。
すでに山に籠って1か月程度経ってしまっているし、これ以上長引かせるわけにもいくまい。
「よし、じゃあ終わらせるぞ」
ドラゴンの前足による振り払いを跳んで避け、そのまま翼に狙いを定める。
「【ブラッディランス】」
魔力で作られた赤黒い槍が、魔法陣から射出されドラゴンの翼膜を貫いていく。20を超える槍がドラゴンを地面に縫い止める。
空に逃げられるといろいろと面倒だし、このまま首を落として終わりにすればいい。
ドラゴンは縫い止められた翼を強引に引き抜こうとするが、うまくいかない。ダメ押しに4本の脚すべてにも槍を放つ。
完全に動きを封じられたドラゴンはもがき苦しむ。それを視界の端に収めながら、イズモの方へ向く。
「首、落とす?」
「いえ……、そういうのは、自分で倒したときにやりたい、ので」
「そ」
短く答え、俺は紫電を走らせてドラゴンの首を切り落とした。さようなら、うん――
「グオオオオオオオオオオオ!」
チッ、こいつ最後の最後まで言わせない気か……! その心意気は買ってやろう。
首を切り落とした直後に断末魔を上げ、薄茶色のドラゴンは息絶えた。
ドラゴンの解体をイズモと二人で行い、夕暮れ前には売れそうなものはすべて解体できた。
さて、あとは降りるだけだから速いが……下山は明日にするか。
「イズモ、行くぞ」
「どこへですか?」
「ドラゴンの棲家」
ドラゴンが宝を蓄える話は有名であり、この世界でもそれは変わらない。その蓄えた宝の中には、魔法道具に似たものや聖剣の類も見つかることがあるらしいし。
このドラゴンだって、この山の頂点に君臨していたとするのなら大量に持っていてもおかしくはないだろう。
それにドラゴンが棲んでいたのなら今日の寝床にも使えるだろう。
俺は千里眼で手早くドラゴンの棲家を見つけ出すと、その方向へ向かって歩き出す。幸い、ここからそう離れていない。
ドラゴンの棲家に着き、少し奥に行けばドラゴンの財宝があった。
中にはガラクタも含まれていそうだが、それでも売れそうなものは数多い。
鑑定眼で選定していきながら、ガラクタと売れるものとを分けていく。
ガラクタの多くは光るただの石ころだったり、割れたガラス片だったりだ。光物好きだな。汚い色だったくせに。
生憎と聖剣や魔法道具の類は見つからなかったが、それでも金銀などの高価なものも多かった。
その中に、一枚の古ぼけた紙があった。
それに記されているのは設計図だ。前世の歴史の資料集で見たことがあるそれは、
「火縄銃……」
そう、日本では戦国時代にポルトガルより伝わった遠距離武器、火縄銃。この武器の導入により、戦の様相が完全に変わったと言われている。
この武器の重要性に最も早く気付いたのが、天下人織田信長。
まさか、この世界にも銃の設計図があるとは……転生者、あるいは召喚者の仕業だろう。
だが、なぜだ? なぜ、実用化されていない?
この設計図はよく書き込まれている。俺のような専門知識のない者でも、ある程度理解できる程度には、詳しくわかりやすく書かれている。それにこの世界では鍛冶の得意なドワーフもいる。作れないわけがない。
カラレア神国の王が秘匿しようとしたのか? それとも、材料の問題で作れないのか? ……必要としないのか?
「どうしたんですか?」
「……イズモ、これ見たことあるか?」
火縄銃の設計図をイズモに渡す。
それを受け取ったイズモは怪訝そうに眺めていたが、やがて唸り声をあげて手で頭を押さえた。
「えっと、確かお父様の書斎に、これではないですがもっと小型の似た武器が書かれた紙があった気がします」
「もっと小型?」
「はい。この、木材の部分が、……確か鉄? で作るように書かれていました」
「……拳銃か」
転生者の中にミリオタでもいたのだろうか。だとすれば、何としてでも手に入れなければいけないな。
銃は一丁で十分脅威になる。それに、今のこの世界なら火縄銃でも戦況をひっくり返せる。
刀以上に殺傷力が高く、槍以上に射程が長い。
「でも、これってそこまですごいものなんですか? お父様は感心していましたが、私にはどうも……」
「それ一つで、今の戦争の方法が一気に変わる。……まあ、パンドラの箱だな」
そういってイズモの手から設計図を取り返す。
……作るにしても、大量生産はないか。ただの殺戮兵器の開発が進むだけだろう。転生者やイズモの父親がそれに気づいたかどうかはわからないけど。
しかし、銃か。前世の記憶がある分、ちょっと惹かれるな。一丁だけ作ってもらおうか、ドワーフの子に。
俺は火縄銃の設計図を綺麗に折り畳み、リュックの中に入れる。
さて、財宝漁りはこのあたりにしておくか。もうガラクタ同然のものしか残っていないだろうし。
これだけあれば当分金には困らないだろうし、報酬の話もある。トルネに帰ったら真っ先にローフェンに向かおう。
騎士団はまだいてくれるといいが……いなかったら、先に魔獣か。戦力にはなるからいいとは思うが、ヨルドメアのように襲ってこられるのも嫌だなー……。
これからの計画を立てて行きながら、ドラゴンの棲家で一日を明かした。
☆☆☆
キンラセン山から一週間半かけて下山し、馬車をチャーターしてその日のうちにトルネの町に帰ってきた。
日はまだ高い。さっさと報告を終わらせてローフェンに向かおう。
冒険者ギルドまでの道を歩いていると、初めてこの町に来た時とは打って変わって静かな街並みになってしまっていた。
人通りはほとんどなく、店なども開いていない。何かあったのだろうか?
嫌な予感がするので、そのままUターンしてローフェンに向かいたくなる。冒険者ギルドに行きたくない……。
自然と歩調を緩めてしまうが、俺の心中を見抜いたかイズモに押されるようにして冒険者ギルドまでの道を往く。
両開きの、西部劇に出てくる酒場の入り口のような扉を開けてはいると、中は人口密度がこれでもかというほど高かった。どうやら、町中だけでなく近隣の町の冒険者が一堂に集まっているようだ。
冒険者はしきりに話し合いを行っており、今しがた入ってきた俺とイズモには目もくれない。そんな中を、縫うようにして進んでいく。
受付カウンターには、あの時のお姉さん職員がいた。他の職員は忙しそうに動き回っている中、一人受付に座って欠伸をかいていた。
俺は迷わずそのカウンターに近づく。
「お姉さん、ギルドマスターいる?」
「……あら、誰かと思ったら人族のお坊ちゃんじゃない」
「普通に呼んでよ。名前も知ってるんだからさ」
ぞんざいな扱いに苦笑を浮かべながら返すと、お姉さんは小さく笑った。
「それで、どうしたの? 失敗報告?」
「何言ってんの、成功報告さ」
「……冗談は」
「はい、証拠」
怪訝そうな顔を向けてくるので、俺は受付カウンターに、あのドラゴンから剥ぎ取った鱗や皮を乗せる。
それを見たお姉さんは唖然としたように眺め、そして椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると奥に消えてしまった。
俺はそのうちに、ギルド内を見渡す。
集まっているのは魔人族が中心、それに獣人族などの他種族が点々と、といったところか。
中の様子は、どうにもピリピリしている。これから死地に向かうような、悲壮な顔を浮かべている者もいる。
……こうなると嫌でも気付くな。
「マスター、これって……」
「たぶん、宣戦布告をされたんだろうな」
この近くの国は確か……黒神教、だっけか。
宗教団体は怖いからなぁ。いくらロビントスが知勇兼備と言えども、必勝とはいかないだろうな。
と、その中にレビントスのパーティも見つけた。幸い、レビントスはこの人混みのせいでこちらにまだ気づいていない。
俺はローブを脱いでイズモに着させ、フードも深くかぶせる。この服、良くも悪くも目立つからな……。どこかで外套でも買った方がいいだろうか。俺も帽子を深くかぶり直す。
ギルド内を眺めていると、カウンターの奥から扉が開く音がした。
そちらに目を向ければ、エキドナのギルマスと受付のお姉さんが一緒に現れていた。
「冒険者カードを見せて」
開口一番、エキドナにそういわれる。
時間がないと言いたげに、腕を組んで指を忙しなく動かしている。まあ、俺も時間を余計に掛けたくはない。
素直に冒険者カードを渡すと、エキドナは冒険者カードを軽く叩いた。すると、冒険者カードからリストが映し出された。
そのリストは、どうやら持ち主の冒険者が倒した魔物が記録されているようだ。
そのリストの一番上、そこにラセンドラゴンと書かれていた。
となると、あの汚い色のドラゴンはラセンドラゴンという名前なのだろう。
エキドナはそれを確認した後、深く息を吐いた。そして俺を睨むようにして見てくる。
「あなた」
「悪いけど、俺たちはさっさとローフェンへ向かう」
エキドナの言葉を遮り、そう告げる。彼女は俺の言葉を受けて呆気にとられている。
悪いが、こんなところでいきなり戦争に参加する気はない。準備も何もできていないのだから。
それに俺たちは一兵士として戦争に参加する気は毛頭ない。君主として、新たな国王として戦争に参加するのだから。
俺はエキドナから冒険者カードを取り返しながら、カウンターに置いた素材なども片づける。
「参加しないと報酬をくれないってんなら、報酬はいらん。すぐに発つ」
「……本当にいいの?」
低く、脅すような声。だけど、そんなものは俺には効かない。
俺は短く、ああ、とだけ答え、イズモを伴って出口に向かう。
すると、先ほどのやり取りを見て聞いていた冒険者たちが行く手を阻んだ。
「あんたもこの町に世話になったんなら、一緒に戦うのが道理じゃねえのか?」
中心に立つ烏天狗のような魔人族が、腕組みしながらそう言ってきた。
「どけろ。戦争の前に手傷を負いたくないだろ」
「そうはいかねえ。腕一本程度もがれたところで――」
「じゃあもげろ」
烏天狗の二の腕あたりを鷲掴み、身体強化をかける。ナイフをも握り潰した力だ。人の腕なんて簡単に潰れる。
一瞬にして二の腕を握り潰された烏天狗は、うめきを上げながら崩れ落ちた。
それを見て一歩後退りする者や、敵意をむき出しにする者など、反応は様々だ。
「やめなさい」
が、エキドナの制止がかかった。
エキドナは冒険者たちを睨み付けて牽制すると、最後に俺に目を向けた。
「もう、この町に来れると思わないことね」
「へいへい」
忠告を適当に聞き流し、いまだに呻いている烏天狗の腕を回復魔法で治してからギルドを出た。
ギルドの外はやはり静かで、人っ子一人見つからない。
さて、これではきっと馬車も取れないだろうな。次の町まで徒歩か……。
「マスター、手伝わないんですか?」
イズモが少し責めるような口調で、そう問いかけてきた。
「手伝ってどうする? 仮に俺たちが手伝い、助かったとしよう。その次に攻められたら? その次は? いつまでも俺たちがいるわけじゃない。ここで守れないのなら、俺たちが手伝ったところで変わらん」
「でも、そのうちに人が……」
「黒神教の奴らは、同じ黒神の下で育ったものたちを殺すのか? 刃向う者なら仕方なく返り討つという判断だろうが、武器も持たない一般市民にまで牙を向けるのなら、そいつらは反乱で勝手に自滅する」
とはいえ、確かに一般市民の安全は確保してやりたいところだが……さて俺に何ができるやら。
俺にあるのは魔力だけ。人望もカリスマもない、そんな俺に何ができる?
……魔法で壁を堅くするくらいだよなぁ。
しないよりかはマシだろうけど。
イズモにはそれで我慢してもらい、俺たちは次の町に急いだ。




