第五十三話 「経験」
実を言えば、イズモとはぐれたのではない。
わざと俺から離れたのだ。
だってはぐれたって俺には千里眼があるから捜索は簡単だ。
とはいえ、今回はそんなことをするつもりはない。
千里眼でイズモを見守ってはいるつもりだが、手助けをする気はない。
つまり、このクエストをすべてイズモに丸投げしようというわけだ。
……いや、俺だって考えあってのことだ。
このままイズモが俺に依存すれば、お互いに良いことなんてないのに悪いことは多くある。
もちろん、イズモが危険になれば助けるつもりでいるが、それでも一人で普通に戦えるくらいにはなっておかないと、この戦乱の世のカラレア神国では生きて行けまい。
そんな良心あってのことなのだが……はぐれて早々、さらに厄介なことになった。
イズモが木陰に座り込んで動かなくなってしまった。
俺はそれを、イズモが座っている木陰の木から見下ろしているのだが、気付く気配はない。
あ、なんか爪噛みながらぶつぶつ言ってる気がする。ちょっと耳澄ましてみようか。
「……マスターマスターマスターマスターマスターマスター……」
俺はそっと耳を塞いだ。同時に冷や汗がこれでもかというほどに流れ始めた。
……あっれ、今初めてイズモに言い知れぬ恐怖を抱いた気がする。
ヤンデレに好かれた奴って、こんな感じなのかな?
と思ったら、イズモがすっくと立ち上がった。
「魔眼あるのに来ないってことは、きっとどこかで見ているんでしょうね!」
誰にともなく、そんなことを言いだした。
おお、よくわかっているじゃないか。少し安心したぞ。
「……ということは、頂上に一人で向かえということでしょうか」
唇に人差し指を当てながら、推理を始めるイズモ。
頂上とまではいかなくても、一人で行動しろってことです。
「無理な気がしてきました……」
今度は両手を地面について項垂れてしまった。
忙しい奴だな……。というか、見ているって気付いているなら、危険になれば出て行くっていうことにも気付いて欲しいんだけど。
「……いえ! ここは一人でも頑張らないと!」
勢いよく立ち上がり、拳を作りながら宣言するイズモ。
そう、そろそろ独り立ちをしてくれ。頼むからマジで。
イズモは一度、むんと気合を入れるように息を吐き、進みだした。
……まあ、第一段階はクリアだろう。
と思ったら、また立ち止まってしまってきょろきょろし始めた。
今度は一体なんだ……?
「頂上はどっちでしょうか……」
思わず木から落ちそうになった。
☆☆☆
イズモと離れて山に籠ること2週間。
そろそろイズモの姿を見ているのが居た堪れなくなってきた。
全身泥だらけで、やつれてきている。
食料などはちゃんと自分で取り、調理して食べているので栄養失調というわけでもあるまい……どうしてだろうか?
イズモは確か、吸血族に属す、いわばヴァンパイアだ。夢魔族、サキュバスの上位版といった感じだな。どちらも多くが人型であり、魔人族の中では高位の種族。
前世の情報と同じように、人の生血を欲するのだろうか? でも、今まで俺が血をあげたのは成長するときの一回きりだ。
だとすれば、他に何か理由があるのか。
成長に必要なものが、成長後も必要とするならば、……やはり血か? そうでないならば魔力だろうか。
しかし、俺はその両方を与えた覚えは一切ない。となれば愛? だからどうやって。
うーん……これは早く騎士団の連中にコンタクトを取らないとどうしようもない気がしてきたな。
とはいえ、ここはまだキンラセン山の中腹より少し下。頂上はまだまだだし、イズモが自立するには1か月程度は離れようと思っていたのだが。
……仕方ない。自立はまた今度の機会にするか。イズモに死なれたら、元も子もない。
ため息一つ、俺はその場から立ち上がってイズモのいる方へと向かって歩き出す。
ここで出て行ったら、イズモになんて言われるか……俺の早計だったようだし、少しくらいの愚痴なら甘んじて受けよう。
千里眼でイズモの位置を把握しながら進んでいると、イズモの近くに数人の人物が現れた。
俺は歩を止め、その様子を観察する。
現れた人物は冒険者だろう。魔人族で構成された彼らは、全員で4人。
牛頭に馬頭に、比較的人だと判断できるゾンビに、腕が翼になっているハーピィ。
ハーピィは女っぽいが、あとは男だろうか? 牛頭と馬頭は判断が付きにくいな……。
彼ら4人はイズモに向かって何か話しかけているようだが、残念ながら千里眼では声は聞き取れない。ゆっくりなら読唇術が使えるが、俺には瞬時に翻訳できない。
5人は数分ほど話し込んでようやく一段落ついたのか、イズモは魔人族4人について行ってしまった。
……まあ、向かう先はどうやら頂上の方だし、そこまで気にするようなことではないのだろう。それに、イズモも魔人族だし、同族で親睦を深めるのもいいだろう。
そう判断し、俺はもう少し様子見することに決めた。
☆☆☆
「……はぁ」
キンラセン山の頂上付近、そこで遭遇したレッサードラゴンを倒し、一息つく。
頂上に近づくにつれ、ドラゴン系の魔物が増えてきたことから、頂上にいるのはそれらを束ねるドラゴンで合っているだろう。大方、予想通り。
あと思い浮かべていたのはデーモン系だ。
ドラゴンとデーモン、この二系統が魔物の中でも高位の存在とされている。
龍人族がいるのに魔物にもドラゴンがいるのは、少し疑問に思うところもあったが、どうやら龍人族というのは自身の魔力を使って〈龍化〉という魔術が使える基本人型の者のことらしい。海人族も似たようなものらしい。
俺は龍人族には会ったことがないので、詳しくは知らない。ミーネも、特に魚のような姿になっていたわけではないし。尻尾やエラっぽいのはあったけど。
獣人族も似ているといえば似ている。
ただ、獣人族の〈獣化〉は、男は全員できるらしいが女はできる者が少ないらしい。
ガルガドなんて常時獣化していたようなものだがな。まあ、俺が奴と会ったのは戦場だし、獣化している方が身体能力は飛躍的に高まるそうだし。
倒したレッサードラゴンの解体をしながら、山道の方へ眼を向ける。
イズモを千里眼で見るのは、朝夕の二回と決めた。ずっと見ているのも悪いし、何より俺が離れられていないようでもある。
戦闘経験が浅く、少し心配ではあるが、グレンも筋は良いと言っていたから何とかなっているだろう。
空を見上げれば、太陽が傾いて赤く染まっていた。
そろそろ日が暮れる。その前に安全を確保して寝床を探さないといけない。こんなところで無防備に寝るなんてことは自殺行為だ。
レッサードラゴンの解体を終え、火魔法で死体を燃やし尽くしてから山頂から下るように歩き出す。
もう少し戻ったところにに洞穴があったはずだ。今日はそこで寝るとしよう。
「……うわぁ」
下に向かうこと数分。
目的の洞穴を見つけることはできたのだが、中に入ると同時に魔物と遭遇してしまった。
それも人型のくせにやけに大きい。同じ類のゴブリンとは比べものにならないほどに。
「……ギガンテスか」
赤い肌、5m届こうかという巨体、得物はこれまたでかい棍棒。
ギガンテスは俺を沈黙したまま眺めていたが、やがて敵と判断したのかゆっくりと右手に持った棍棒を振りかぶった。
そして、空気を叩く轟音と共に振るわれた棍棒は、容赦なく俺を狙っていた。
この大きさの棍棒ならば、どう避けようとも完全には避けられない。必ず体のどこかが接触するだろう。
だが、この大きさと速さ、かするだけでも小さな俺では十分致命傷になってもおかしくない。
そこまで考えている間に、もう回避行動に移る暇がない。
それでも焦らず、詠唱破棄で魔導を使う。
「【イビルゲート】」
容赦なく振るわれた棍棒は、しかし俺に当たることなく俺をすり抜けて壁を破壊した。
魔導イビルゲートは使い勝手がいい。対象を瞬間移動のように運ぶことも可能だし、今のように棍棒の軌道に入り口と出口を設定すればすり抜けたように見せることもできる。
実際はイビルゲートによって、ギガンテスの持つ棍棒が入り口から出口に吐き出されただけなのだが。すり抜けてはいない。
ギガンテスは今の一撃でやれると思っていたのか、すり抜けた棍棒の方へと顔を向けてしまっている。
「余所見は頂けないな」
ギガンテスが俺の方へ向き直る前に、俺は人差し指をギガンテスの顔へと向ける。
「【イビルショット】」
指先に黒い球体が浮かび上がるとともに、レーザーのようにギガンテスの顔に向かって伸びた。
額のちょうど真ん中、そこを黒いレーザーが撃ち抜いた。
撃ち抜かれた勢いで、ギガンテスが後ろに数歩よろめく。
……お? まだ倒れないのか?
脳みそぶち抜いたのに、まだ立つのか。さすが魔物。理解不能。
「ゴブリン系は不味いからいらね」
焼却処分。
ギガンテスの足元から、黒い炎が噴き上がった。
それはギガンテスの全身を覆うと、より一層燃え盛った。
ゴブリンやギガンテスなどの人型の魔物は、普通食べない。
ラトメアにそう教わったが、彼は冒険者時代に食べたことがあるらしい。そして不味かったという。
味も食感も何もかもダメらしい。俺は人型のものを食べようという気にすらならないのだが。
ドラゴンの肉は高級品らしいから、少し楽しみではあるけど。まあ、レッサードラゴンは一番下位種だからそこまで高級というわけでもなさそうだけど。
ギガンテスはよほどタフなのか、燃えているというのに暢気に自分の体を見下ろし始めた。
それからようやく燃えていることを自覚したのか、断末魔の叫びをあげると同時にゆっくりと倒れ込んだ。
骨すら燃え尽きてしまったギガンテスの灰を眺め、一息つく。
「はぁ……疲れた」
さっさと寝たい。入り口は土魔法で覆ってしまおう。そうすれば、入ってくる魔物もいないだろう。
……ああ、そうだ。寝る前にイズモの様子を確認しなければ。
洞穴にあった、手ごろな岩に腰掛けて左眼に集中する。
と、その時ギガンテスの棍棒が目に映った。
売れるかなと思ったので、魔力とともに命令式を送り込んでみる。
最近……というか、暗黒大陸に降り立ってから目が肥えたのか、魔眼の新しい使い道が現れた。
簡単に言えば鑑定眼だ。物の良し悪しが、魔眼を通して見るとわかるというもの。
「ランクDか……荷物になるし、いらないな」
棍棒に浮かび上がったのは、ランクDと何かの文字列。
文字列はアイテムに対しての詳細が書かれているのかもしれないが、まだ使い慣れていないのでぼやけて見にくい。
集中してみれば文字だというのがわかるのだが、文字ということしかわからない。
さて、鑑定も済んだし、今度はイズモだ。
そろそろ俺に追いついてきてもいい頃だと思うのだが、もたついているのかどうにも進みが遅い。
これ以上時間がかかるのも嫌だし、まだ結構離れているようなら明日あたりに引き取りに行こう。
……なんだこれ。帰りが遅いわが子を迎えに行く保護者の気分。
そんな暢気なことを考えながら、千里眼を使ってイズモの行方を追う。
契約紋には俺の魔力が含まれているため、魔力操作を使えば探知機みたいにして探すことが可能だ。イズモも魔力操作をマスターすれば、逆探知もできると思うんだが。
「……おいおい、何だこれ」
思わず顔が引きつる。
千里眼に映った光景は、別に面白いというわけでもない。
イズモと、あの人型のゾンビが二人きりでいる。
今までずっと、朝夕と見てきてはいるが、こんな光景は初めて。
他の3人は、近くにいる様子はない。
「えーっと、何だろう……このNTR感……」
虫唾が走る……って、ダメか。これじゃ俺が本当にイズモから離れらていないようではないか。
あれかな、どこの馬の骨ともわからない奴に娘を取られる父親の気持ちだろうか? こんなの味わうなら、俺、娘欲しくねぇ……。
いや、違う。そうじゃないはずだ。
喉元を掻き毟りたくなる衝動に駆られるが、今は抑えよう。そのままガリガリして動脈まで破りたくないし。
……そうでもない。
「ていうか、完全に正気じゃねえよな」
イズモの目が、もうイッちゃってる気がする。
そして過去の光景がフラッシュバックする。
エルフの里、その最終日。用具倉庫にて。
「……胸糞悪ぃ」
唇を噛み締め、洞穴から駆け出る。
イズモのいる場所まで、普通に走って数時間はかかりそうだ。どちらにしても、明日になれば引き取りに行く範囲だ。
が、もういい。
今日、これから、数分で向かう。
イズモの気持ちは知らないし、ゾンビも何をするのか知らない。
だけど、いい。
もう、いい。
「テメエはまた、奪いにくるのか」
……奪われてたまるものか。
その結果、俺がどれだけ大罪人になろうとも。
無関係の者を巻き込むのだけは、許さない。
俺と世界の、たった二人の殴り合いだろうが。
☆☆☆
身体強化を極限まで使用し、跳んで走って向かうこと数分。
ようやくイズモとゾンビを視界に収めることができた。
ゾンビがイズモを押し倒しているような態勢だったので、とりあえず急降下からのライダーキックでどかす。
極限の身体強化と落下による威力で、ゾンビは体を四散させながら吹っ飛んでしまった。……結構グロい。
が、今はどうでもいい。
俺はゾンビの下敷きになっていたイズモに顔を向ける。
「大丈夫……じゃねえな」
目は焦点が合っていないように虚ろで、口も半開きだ。しかも口端から涎が垂れている。体も小さく痙攣している。
イズモは、ゾンビが吹っ飛んだというのにさして気にした風もなく、虚ろな目で俺を見ていた。だが、俺を認識している様子はない。
……薬漬けにされた人、っていうのは失礼か。
だけど、そんな感じ。
イズモの頬を軽く叩いてみるが、反応があまり返ってこない。
薬学に関する知識なんて、モートンに教わったくらいだしな……。専門でも何でもないから、どうしてこうなっているのかなんてわかるはずもない。
自分で確かめるよりも、もっと確実で簡単な方法が転がっているのだが。
俺は宿でやった時のように、イズモの目の前で手を軽く叩いて催眠魔法で眠らせる。
ローブを脱いでイズモに掛け、四散したゾンビの方へ体を向ける。
ゾンビは四散した体をかき集め、再生している途中だった。
「て、テメエ……おれが誰だかわかってやってんのか!?」
ゾンビは這い蹲った状態で再生をしながら、そんなことを聞いてきた。
はてさて、どこかの名のある冒険者だったんだろうか。
けど、俺にはまったく関係ないな。それに、ユーゼディア大陸から来た俺では知る由もない。
「お前なんか知らん。こいつは俺の連れだ。手ェ出してんじゃねえよ、腐れ野郎」
イズモを親指で指しながらそういうが、ゾンビはへっと吐き捨てて睨んでくる。
「ああ……テメエが、その女が言ってたマスターか。そいつを監視して、危なそうだから駆けつけた、か?」
「そんなところだ。お前、いったい何してくれたの?」
「くくっ、答えると思ってんのか?」
「あ、そう」
答える気がないなら、その気にさせるしかないよな。
俺はゾンビに向かって火魔法を使う。
足に火がつき、徐々に上へと昇っていく。
腐っているせいで、ゾンビから上がる煙はとても臭い。一気に燃やしてしまった方がいいだろうか。
「何のつもりだ……? おれはリッチーだ、こんなもの……」
あれこれ考えていると、燃えたままのゾンビがそんなことをいってきた。
……ほう、リッチーか。ゾンビとどう違うんだろうか?
「俺の知ってるゾンビってのは、頭吹っ飛ばせば死ぬんだ。それ以外だと、浄化魔法か? 他には……太陽、はあんまり意味なさそうだよなぁ」
「……おい、何の話をしている?」
「ほかには何があるかな……」
俺はゾンビの対面になるように座り込みながら、少し目線を上げて思い浮かべる。
「だから、何の……」
「拷問」
端的に答える。
ゾンビとはいえ、魔人族だ。痛覚がまったくないというわけではないはずだ。意識的に痛覚を遮断しているのは、腐人族の特異な魔力の使い方だろうか。
「手の爪を剥がして足の爪を剥がして指を潰して骨を折って砕いて肉を細切りにして腹を裂いて内臓を引きずり出して潰して燃やして髪を引き抜いて頭蓋を割って脳を潰して……ああ、これは最後だな。睾丸潰して歯を抜いて舌を抜いて頬を裂いて鼻を潰して喉を掻き毟って眼球をくり抜いて……」
「ま、待て! 本当にそんなことをする気か!?」
俺が指折り思いつく拷問のようなものを口に出していると、ゾンビが慌てたように訊いてきた。
何をそんなに驚いているのか、ゾンビは繋ぎかけている腕を無理矢理動かして、少しでも俺から離れようとしている。だが、そんな悪あがきは何の意味も持たない。
それにさっき、偉そうにリッチーだなんだと言っていたじゃないか。どうせこの程度では死なんだろ。
「いや、俺はあいつに何をしたのかさえ教えてくれりゃ――」
「媚薬だよ! おれのバッグの中に入ってる、小瓶に入った薬だ!」
はー、なるほど。媚薬でイズモを興奮させてたのか。やっぱり薬漬けじゃないか。
「あん? なら、なんで会ったときから使わなかったんだ?」
「効果が強い分、色やにおいもそれだとおかしいからだよ。怪しまれない程度に仲良くなってから……」
「あ、もういいよ」
早口でまくし立ててくるゾンビの顎を、蹴り砕く。
喋れなくなったゾンビは、目を剥いて驚きを見せている。
「ああ、もう……気持ち悪いなぁ……」
ゾンビに背を向け、首筋を強めに掻きながらつぶやく。
ゾンビが、じゃない。俺が、だ。
人のことなんていえない、ノエルにもなんであんなことを言ったのか、ようやくわかった気がした。
「本当、気持ち悪い……」
つぶやきながら、自嘲気味に笑う。
結局俺は、……いや、俺もまた独占欲剥き出しの、面倒臭い奴なのだ。
イズモがどうなろうが知ったこっちゃないなんて今まで一度も思ったことはなかった。いつも目の届く範囲にいて、いつも俺の指示に従っていた。イズモもそれを何の疑問にも思っていないようだった。
イズモはこの、俺の異常なまでの過保護をどう受け止めた? 優しさだろうか、あるいは責任か。
けど違う。そんな、生ぬるいものではない。
もっとどす黒く、汚らしい欲望。……独占欲。
三大欲求なんてものもあるけど、俺はそれに近いくらいに独占欲が強いんじゃないだろうか。
ノエルも知らない仲じゃない。だから、あんな曖昧な言い方をして先延ばしにしたのだ。
普通なら、ノエルのことを想うのならば、迷いなんかが残らないようにちゃんと拒否するべきだった。
なのに、俺はあんな曖昧なことを言って、先延ばしにして、独占しようとしている。
人のことを考えているようで、その実自分のことしか考えていない。とんだ偽善者だ。嘘を塗り固めて自分の本心を覆い隠そうと、自分でもわからないようにしようとしていた。
――ああ、もう……本当に気持ち悪い。
寝ているイズモを背負いながら、その上からローブを羽織る。
そのままあのギガンテスがいた洞穴まで戻ろうかとも思ったが、足を別の方向へ向ける。とはいえ、すぐ近くだ。
ゾンビがわざわざ、媚薬はバッグの中にあると言ったのだ。どこかで使えるかもしれないし、貰っておこう。
開幕キックで四散したゾンビの、胴体部分が飛んだあたりにバッグが転がっていた。
その中をまさぐり、目当ての小瓶を見つける。と同時に、冒険者カードも見つけた。
冒険者カードには、『レビントス・デッドライブ』と書かれていた。
……有名な冒険者なのか? 帰ったら、エキドナのギルマスにでも訊いてみようか。
「おれはロビントスの兄だよ」
冒険者カードを持って考えていたのを、顎が再生したゾンビ……レビントスがそういってきた。
なるほど、最後の成り上がり冒険者の兄か。それで名前を振りかざしていたってわけか。
弟は普通、兄に逆らおうなどとは思わないものだ。そこに親がいなければ、なおさらのこと。体格も頭脳もどれも、幼少のころは兄の方が上。幼少の頃にその格の違いを埋め込んでしまえば、成長しても逆らうのには勇気がいる。
だから、冒険者の鑑とまで言われているロビントスの名を、レビントスは使っているのだろう。
レビントスは反応がないことをどう思ったのか、一度ため息を吐いて注意をするように言ってきた。
「その女が本当に大事なら、マーキングでも何でもしてやがれ。じゃねえと、世間知らずのせいで誰にでもホイホイとついていくぞ」
「くっだらねぇ」
レビントスの忠告を切って捨て、今度こそ洞穴へと戻る。
背中で眠るイズモは、暢気なまでに静かな寝息を立てていた。




