第五十二話 「冒険者ギルド」
暗黒大陸に辿り着き、二週間ほどが経過しようとしていた。
俺とイズモは、いまだに騎士団との接触を図れていない。というのも、手に入る情報のほとんどがガセだったり、随分と前の話だったりだからだ。
結局、0の状態から探し始めている。
今は最寄りの町に向かっているのだが、もう三日ほど歩き通しだ。
馬車を取ろうかと思ったが、収入源がないために無駄遣いしたくかったので歩いている。
暗黒大陸の魔物は、他大陸よりも強力で、それでなくとも群れで行動しているせいで数が多い。
俺の平均睡眠時間は3時間程度。
それでも十分動けるようにはなってきたが、やはり睡眠不足は否めない。
現在は街道から外れて森の中を歩いている。
地図からすれば近道だし、それに街道では魔物の大群が出たらしく立ち往生を喰らっているとのことだ。
「マスター……疲れました……」
「それはお前だけじゃねえんだよ」
悪路を進んでいるうちに、イズモの息は上がってしまっている。
俺の方はまだ余裕があるが、それでも魔物に遭遇した際の体力を温存しておかないといけないのだ。
イズモは実戦経験が浅く、魔物の大群に出遭えば足手まといになってしまう。
最初ははしゃいでいたイズモだったが、一週間ほど経過するとそのテンションも下がっていき、さらに三日でマイナステンションだ。
もうずっとこんな感じ。もっと根性ある奴かとも思っていたが、やはり見た目とあんまり変わらない。
さっさと黒騎士団でも姫騎士団でも見つけないと、俺の方が壊れそうだ……。
「はあ……もう数分歩きゃ川がある。そこで水浴びでもしろ」
「ホントですか!?」
言うが早いか、イズモはいきなり元気になると俺を追い越して駆けて行ってしまった。
地図と千里眼、二つあれば迷うことはほとんどなく、だからこそ森という迷うお約束付きのルートを取っているのだ。
イズモを追いかけていくと、ちょうど森が開かれたところに河原があった。
川幅2mくらいで、深さは腿あたり。休憩にはちょうどいい。
イズモは河原に目を輝かせると、着ていたインナーから下着まで脱ぎ、全裸で小川に飛び込んでいった。
ホント、元気な――
「インナーを着ろ!」
なぜそこで全裸になる!? せめて下着はつけてろよ!
「だって久々の水ですよ! マスターもどうですか?」
「ったく……俺はいいよ」
どうせどっちかが周囲を警戒していないといけないのだし。ほとんど俺の役目ではあるが。
それに、一応毎日浄化魔法で汚れを取り、三日に一度の頻度で行水している。
俺は手袋を脱いで小川に手をつける。……冷たくて気持ちいい。
手で水をすくって顔だけを洗い、手ごろな石に腰掛けて一息つく。
数十分ほど経った頃。
イズモはまだ小川につかって遊んでいるようだったが、声をかける。
「イズモ、本当にそろそろ服着ろ」
「魔物ですか?」
「ああ。……それもゴブリン」
「ええッ!?」
ゴブリンと聞いただけで、イズモは慌てて小川から這い出ると体を魔法で乾かす。
その反応を過剰だとは思わない。確かに、ゴブリンは前世のゲームでよく雑魚キャラとして出てきて、この世界でも雑魚に変わりはない。
だけど、この世界は全年齢対象ゲームではない。簡単に言えば18禁の作品に出てくるような奴ら。
一度、ゴブリンの群れに遭遇したことがあったのだが、その際にオスのゴブリンがおっ勃ててイズモに襲いかかってきたからな。
……っと、もうかなり近くまで来てしまっているようだ。
イズモの着替えにはまだ時間がかかりそうだし、それにかなり数が多い。
「【ストーンエッジ】」
魔法で鋭く尖らせた石を大量に生み出し、近くにまでやってきていたゴブリンに向かって飛ばす。
周りから断末魔の叫びが上がってくるが、気配はまだまだ多い。
「イズモ、数が多い。逃げるぞ」
剣を抜いて構えようとするイズモにそう声をかけ、進行方向に体を向ける。
地図と千里眼からして、もう一日もしないうちに次の町に着く。走れば夕刻前には着くだろう。
駆け出すと、当然のようにゴブリンの気配も追ってくる。
俺はイズモと並走しながら、周りに群がってくるゴブリンを迎え撃つ。
ストーンエッジなどの低級魔法でも、急所を狙えば一発で倒せる。
近づいて来ようとする奴を優先的に狙い、何とかすべてを撒くころには次の町が視界に収まっていた。
☆☆☆
ゴブリンの大群から逃げ切り、高さ5mほどの壁に覆われたトルネという町の中に入る。
暗黒大陸のほとんどの町は高い壁などはなく、簡易の柵などで覆っている程度なので、魔物を引きつれていると入れさせてもらえないことがある。
その場合は自分でどうにかするか、町の自警団に手伝ってもらうことができる。手伝ってもらった場合は安くない報酬を払わなければいけないのだが。
当面の資金は十分あるとしても、無駄遣いをすれば簡単になくなってしまうような手持ちだ。
ここらで金策を考えなければいけなくなるかもしれないが、今は休みたい。
それなりに大きい町のようなので、防犯対策のできている宿が良いな。少しなら高くついてもいい。
まあ、完全に足下を見てくる奴が大半なのだが。その辺は経験と観察眼で見抜くとしよう。嘘を見抜くのに、言語は必要ないからな。
それに、今まで積極的に会話をしてきたので日常会話程度なら何とかこなせるようになっている。
帽子を目深にかぶって、あたりを見回しながら歩く。
国が違えば立場も変わる。今、俺がいる国は魔人族の国であり、人族の俺は堂々と歩けない。
……と思っていたのだが、存外いろんな種族がいる。一番多いのは魔人族なのだが、そのほかにも獣人族や海人族が結構いる。
なぜ獣人族と海人族なのか。たぶん、どちらも攻める前の事前調査といったところじゃないだろうか? 詳しくは知らないけど。
イズモは角を隠すことも、翼や尻尾を変に折り畳むこともなく歩いている。
「日が暮れてきたな。金策については明日に回すとして……宿をさっさと見つけるか」
「はい」
イズモの返事を受け、歩調を少し早める。
結局、宿は外見で決めた。
一泊青玉五つ。部屋は3階。食事は一階部分のレストランで、とのこと。
相場より少し高めだが、部屋の作りも鍵もしっかりしているので我慢しよう。
部屋に荷物をまとめて置き、一階のレストランで夕食をとる。
レストランというか、酒場といっても差支えないくらいの騒々しさがあるんだけど。
注文はイズモに任せ、俺は周りの様子に気を配る。
集まっているのは、冒険者やこのあたりを治める国の兵士だろうか。
このあたりはディケの言っていた、冒険者から成り上がった者が治めているようで、冒険者と兵士はやけに親密だ。
話を聞き出すとするならば、冒険者だろうか……。
夕食を食べ終えて一息つく。
イズモはもう眠いのか、うつらうつらしている。
「……イズモ、寝るなら部屋戻れ」
「マスターは……?」
「俺は情報集めするよ。さっさと知り合いに会いたいだろ」
俺の言葉を聞くと、イズモは眠い目を強引にこすって無理矢理目を覚まそうとする。
「ま、マスターが寝ないなら、私も……!」
「いいから寝てろ」
イズモの目の前で手を叩く。
ただの猫騙し……ではない。錯覚魔法の派生、催眠魔法で眠りを誘発させる。まあ、手を叩く必要は特にはないのだけど。
本来の10分の1も込めていない魔力で、イズモは簡単に意識を失った。
「ったく、強がるのは男だけでいいんだよ」
意識を失ったイズモを抱え上げ、3階の部屋に運び込んでベッドに寝かせると、もう一度レストランにとんぼ返りする。
欠伸をかみ殺しながら、フードをかぶってカウンター席にいた冒険者風の魔人族に近づく。
そいつの外見は、一言で言えば馬か。頭が馬で、体が人間、馬頭鬼といった感じだ。この辺、獣人族との区別が難しそうだよなぁ。俺は魔力眼で識別するのだけど。
隣の席に座りながら、できるだけ笑顔で問いかける。
「なあ、ちょっといいか?」
「おう、どうした若いの?」
その馬頭は、酒が入っているのか随分と機嫌が良さそうだ。
「黒騎士団、それか姫騎士団ってどこにあるか知ってるか?」
「ああ? 騎士団? そんなの聞いてどうするんだよ」
「いやいや、ただの興味本位さ。聞いた話じゃ、元国軍のくせにこの乱世を傍観しているらしいじゃん?」
「興味本位って……おたく、どこの奴だ?」
少し不機嫌そうな声音が混じったが、俺は素直に帽子を軽く持ち上げて頭を見せる。
魔人族の象徴の一つは角だ。頭から体まですべて人型は高位の証であり、人型は必ず角がついている。
「見ての通り、人族でさ。別に珍しくもないだろう? 二週間ほど前には天人族の船も着いている。それに一攫千金や成り上がりを狙うなら、な?」
「まあ、そうだな。悪かったよ、変なこと訊いて。……それでも、もう長居はできねえぞ」
「と、いうと?」
「黒神教、それと後継者の二つの国が、マルクとコトの国を攻め落とした」
「……へえ」
マルクとコト。確か、冒険者ランクSの成り上がりの君主だったか。もう一人はロビントスだっけ。
ロビントスは知勇兼備の、それこそ冒険者の鑑のような人物らしく、この町を治めている奴だな。
マルクはガチガチの武闘派の奴だ。これまでの戦績だけを見れば、無敗だったはず。
コトは対極の知能派だ。罠や謀略を駆使して、これまでの戦を潜り抜けてきたと言っていたな。
「とすれば、コトが黒神教、マルクが後継者にやられたか」
「正解だ。よくわかったな」
宗教の怖いところは、盲信者がいるところだろうか。宗教の教えに、死んでも輪廻転生して生まれ変われるとか言われれば、別に死んでもまた生まれられるならいいと考える奴が出ないとも限らない。
それに天啓が下ったとか言い出し、それを信じるならばどうにでもできるだろうしな。
そうなれば罠なんて怖くない。物量戦で押し切ってしまうことも可能になるのだから。
虚を衝かれれば誰だって隙ができる。特に知能派の奴はその典型だろう。すぐに浮足立つ。
対しマルクも、罠を何重にも張ってしまえば討ち取れる。
それか交渉でもしようと呼び出し、暗殺してしまえば、絶対的強者の国は簡単に崩れ去る。
こちらも盲信に近いものがあるだろう。彼が居れば絶対に大丈夫、と理由もなく信じていれば、その彼が居なくなったとき国はなくなる。
「その二国がなくなり、黒神教と後継者が勢い付いた。この国ももうすぐなくなるかもしれねえ」
「ロビントスは強いんだろ? 信じていないのか?」
「ロビントスの強さは信じちゃいるが、相手が悪い。ロビントスはほとんど周りの冒険者に祭り上げられただけ、対し黒神教は宗教だから結束は固ぇし、後継者にも国を取り戻す大義名分がある。兵が集まりやすいのさ」
「なるほど。……ところで、その後継者は本当に正統後継者なのか?」
「……ほお、余所者のくせにいいところに気付くじゃねえか」
馬頭は持っていた酒瓶を一気に呷ると、勢いよく机に置いた。
そして何かを試すように見てくるので、肩を竦めながら店員に酒を頼む。
「クク、悪いな」
「いいよ。それくらい、必要経費だ」
配られた酒を半分ほど一気に飲み、馬頭は大きく息を吐いた。
「ええっと、それで……ああ、正統後継者かって話か」
「そうそう。正統後継者なら、黒騎士団や姫騎士団がついてもおかしくないんじゃないのか?」
「確かにその通りだ。が、奴は紛れもなく正統後継者さ」
「……どこで判断するんだ?」
「王家には元々、聖宝ってのが継承されてるらしい。それは普通の腕輪なんだが、王家の者以外がつければたちまちに血反吐吐いてぶっ倒れんのさ」
「それをつけて、何も起きなかった……」
「そうだ。だからこそ、誰も疑いようがない。……まあ、それでも黒騎士団も姫騎士団も現れないんだけどな」
聖宝……イズモはそんな話をしていなかったな。
イズモが知らないわけがないと思うが……いったいどういうことだ? イズモの兄弟? 従妹?
王家の者とは、どこまでが正統なんだろうか?
「……それで、肝心の黒騎士団と姫騎士団の行方は?」
「おおっと、悪い、まだ言ってなかったな。……確証はどこにもねえが、その騎士団は本当の後継者を探しているらしい」
「なら、騎士団の連中は聖宝を信じていない?」
「確証がねえからわからん。が、居場所については大体割れてる」
「どこだ?」
「南端の町、ローフェンさ。そこの近くに棲んでいる強力な魔物から、町を守っているって噂さ」
馬頭はそれだけ言うと、残っていた酒を飲み干して立ち上がってしまった。
慌てて呼び止めてみるも、片手を上げるだけで取り合おうとしない。
「じゃあな、若いの。また会おう」
店を出る直前に、そんな言葉を残して馬頭は出て行ってしまった。
一人残された俺は、呼び止めるために伸ばしていた手を頭へと持っていき、後ろ頭を掻く。
「……くっそ、やられた」
騎士団もだけど、あの馬頭もなかなかにうまい。
出されていた水を呷り、馬頭が飲んだ酒の代金を払って部屋の方へ向かった。
☆☆☆
翌日、レストランで朝食を取ったあと、トルネの町を散策する。
この町はそれなりに大きく、冒険者ギルドもあるらしい。
まずはそこで、念願の冒険者登録でもしておこう。収入源にもなるし。
ということで冒険者ギルドまでやってきて、今は順番待ちである。
冒険者ギルドの内装は……カウンターがあって、イスとテーブルがあって、クエスト案内ボードみたいなのがあって。
朝ということでか、ギルド内はクエストを受けにきた冒険者でごった返しているのだ。
イズモは昨日十分眠れたのか、すっきりしたような印象を受ける。
……が、機嫌の方はよろしくない。
俺に背を向けて座り、口を聞こうとしない。
「イズモ」
「……」
「おーい、イズモー?」
「……」
イズモはそっぽを向いたまま、俺の呼びかけに一切応じない。
完全無視であるか。まあ、確かに俺も悪かったとは思うけど。
だが、俺だって馬頭と別れたあとはすぐ部屋に戻って寝たし、疲れなどはなくなっているのだが。
もういいや。話す気がないなら、話さなくていい。
押してダメなら引いてみろって奴だ。そっちがその気なら、俺ももう話しかけない。
ということで、待ち時間の暇つぶしにちょうどいいのでイズモの長い黒髪で遊ぶことにする。
「番号札28番の方ー」
数十分ほど待たされたのち、ようやく順番が回ってきた。
この間、イズモはついぞ口を聞いてくれなかった。
「おら、行くぞ」
椅子から立ち上がり、イズモの頭をはたきながら呼ばれたカウンターへ向かう。
イズモは唇を尖らせてはたかれた箇所をさすりながらついて来る。
「……って、何ですかこの髪!?」
「ああ、楽しかった」
イズモの長い黒髪は待ち時間の間に、俺が後頭部あたりでちょうちょ結びにしておいた。
「え、ちょ、解いてください!」
「えー……」
せっかく綺麗に結べたのに……というか、気付いてなかったのかよ。
それに、引っ張ったら簡単に解けるんだけど。
「終わったらな」
イズモの文句には取り合わず、カウンターに座るギルド職員の魔人族に顔を向ける。
相手の職員は人型の女性。サキュバスとかだろうか。
「今日はどうされました?」
「冒険者登録をお願い。俺と後ろの二人で」
「かしこまりました」
職員のお姉さんは営業スマイルを浮かべると、手際よく何かの書類を書き込んでいく。
「ねえ、お姉さん。姫騎士団って知ってる?」
「姫騎士団ですか? もちろん知ってますよ。今は、確かローフェンの町にいると聞いていますが」
「へぇ、そうなんだ」
やけに簡単に教えてくれたな。
暗黒大陸に降り立って以来、ずっと騎士団の話はガセや古いものだったのに。
まあ、この情報も嘘かもしれないが、昨日の馬頭も言っていたしな。確かめてみる価値はあるだろう。
「その情報、確かなの?」
「冒険者ギルドの情報網を侮ってもらっては困ります。確証もいくつか得られている、確かな情報ですよ」
確証があるのか……。冒険者ギルド独自の情報網ってところか?
「冒険者カードを発行しますので、こちらの水晶に手を当ててください」
そういって差し出された、占い師が持っていそうな水晶に、俺から手を置く。
すると、その水晶は淡く発光し……、思わず手を離した。
その様子を見ていた職員のお姉さんが、怪訝そうに見てくる。
「どうされました?」
「これ、魔力総量と魔力波数を調べるんだよね?」
「そうですけど……よくわかりましたね」
「えっと、水晶壊れちゃうかもしれないけど」
「大丈夫ですよ。そんなやわな作りではありませんので」
「……壊れても、弁償とか勘弁してよ」
「心配性ですね。そんなに魔力総量に自信があるんですか? 壊れても、うちの技術部が叱られるだけですので、弁償の心配はいりません」
まあ、弁償しなくていいならいいんだけど。
念のために、先にイズモを測定させよう。
俺がイズモに顔を向けると、意図を察したのか水晶に手を置いた。
そして先ほどと同じように淡く発光を始める。
「…………」
「どうかした?」
「あ、いえ。もう結構です」
職員のお姉さんが水晶を随分と難しい顔で見ていたのだが……王族だとか分かったのだろうか? まあいいか。
イズモが手をどけ、次は俺が手を置く。
……ああ、これ、壊れる。
そんな直感がすると同時、淡く光り出した水晶がいきなり一瞬だけ目も眩む強い光を発した後、砕けるようにして壊れた。
「え……え?」
「ほら、壊れた」
割れた水晶から手を離し、何もしていないという意思表示で手をひらひらさせる。
だから壊れるって言ったのに。まあ弁償しなくていいから、別にいいんだけど。
「ち、ちょっとお待ちください。ギルドマスターを呼んできますので」
職員のお姉さんが慌てたように奥の方へ引っ込んでいった。
「やっぱ壊れたな」
「確信犯ですよね。ていうか、なんで壊れたんですか? 私の時は壊れなかったのに」
「そりゃ、測定不能の魔力総量と特異な魔力のせいだろ」
俺は割れた水晶の破片を拾い上げて眺める。
たぶん、膨大な魔力ってだけならぎりぎり壊れなかったんだろう。
だけど、俺はさらに特異な魔力だ。基礎がアレイシアにもらった特別な魔力であり、そこに人族と魔人族、それに亜人族特有の魔力のせいでぶっ壊れたのだろう。
普通なら、魔力は一色のみなのだ。生まれた種族の色しか持たないのが、普通。
だが、俺はアレイシアのよくわからん魔力に人族、魔人族、亜人族の計4つの色を持つ。ゆえに適応できずに水晶がぶっ壊れた。
そんなところだろう。そこまで詳しいわけでもないから、絶対に合っているとはいえないけど。
と、先ほど奥に消えたお姉さんが、今度は下半身蛇のこれまたお姉さんを連れてきた。
エキドナだろうか。下半身蛇といえばエキドナだろう。
エキドナのお姉さんは、鋭い目つきで俺を全身眺めまわしてくる。
「……ふうん、なかなか面白い子じゃない。他族があたしを前にして怯えないなんて」
「蛇はもっと嫌な奴を知ってるからな」
ヨルドメアとか。
「それで、俺は冒険者登録ってできるんですか?」
「ええ、良いわよ。させてあげる。……けど、あなたのような強い子にはあたしからクエストを一つあげたいのだけれど」
「内容によりますかね」
いきなりSランク任務相当とかやめて欲しいし。
とはいえ、低ランク任務では調べられないだろうしなぁ……。
エキドナのお姉さんは指を南へと向けるので、そちらの方へ向く。当然、そこは冒険者ギルドの壁なのだが。
「ここから少し南に行くと、キンラセンっていう山があるんだけど、そこにいる魔物を倒してきて欲しいの」
「それくらいならいいですよ。それを水晶の測定代わりにするんなら、受けないわけにはいきませんし」
「話が早くて助かるわ。……で、目的の魔物なんだけど、頂上にいつもいるから行けばわかるわ」
「教えてくれないんですか?」
「行ってからのお楽しみよ。危なくなったら帰ってきていいし、成功報酬ははずむわ」
「……いいでしょう」
「それじゃ、その前に冒険者カードの発行を済ませて行ってね」
そういうと、エキドナのお姉さんは最後に妖艶な笑みを浮かべると軽く手を振って元来た道を戻って行った。
しかし、行ってからのお楽しみか……まあ、予想がつかないわけでもないのだけれど。
一人残っていた職員のお姉さんが、俺とイズモに一枚ずつ書類を差し出してくる。
「こちらにサインをしてください。それで、冒険者登録は終わりです」
書類にざっと目を通すが、簡単に言えば同意書だ。死んでも構いませんといった感じの。
他には特に気になるような項目もない。
受け取ったペンでサインをして、お姉さんに渡す。
「『ネロ・クロウド』……って、人族の貴族じゃないの。そんな子が冒険者?」
「いけませんか?」
「そんなことないよ。少し、暗黒大陸で冒険者登録っていうのが気になっただけ」
その辺については、あまり深く突っ込まれても困るので適当に笑ってごまかしておく。
ペンをイズモに渡し、そのサインを見る。
『イズモ・ヴァンピール』と書かれている。
「……おい、イズモ」
「へ?」
声をかけるのが少し遅かったか、イズモは俺の方へ向きながらも書類をお姉さんへと渡してしまった。
そしてイズモのサインを見るや、その目が見開かれた。
「【サイレンス】」
お姉さんに騒がれる前に、沈黙させる魔法をかける。
魔法をかけた瞬間に、お姉さんは口を開けて声が出ないことに戸惑っていた。
……注意するのが遅れた俺が悪いよな。
俺は周りを確認する。……まだ他の職員や冒険者には気付かれていないようだな。
「イズモ、そのファミリーネーム、王族のものとかか?」
「えっと……こっちの方が騎士団の方に見つけられやすいかなって……」
……え、嘘、ちゃんと考えていただと……!?
まあ、それならそれでいいんだけど。
俺は未だ喋れない状態のお姉さんに向き直る。
「ごめんね、お姉さん。まだ大騒ぎして欲しくないからさ。静かにしてくれるかな?」
問いかけると、何度も必死に頷いて来るので魔法を解く。
お姉さんは何度か発声練習のように声を出し、一度大きく深呼吸をした。
「……まさか、本物?」
「さてね。……まあいいか。その名前で登録しておいて。それと、あんまり広げないでくれると助かる」
俺はお姉さんに笑顔を向け、人差し指を立てる。
「黙っててくれるかな? お姉さん、人型で強そうだし、もしかしたら転職を手伝えるかもね」
とはいえ、突き詰めれば結構どちらでもよかったりするんだが。
本物の正統後継者が現れた、と噂が流れれば、イズモを探している騎士団をこちらから探す必要もなくなる。
黙っていて欲しいのは、このカラレア神国にある三国の緊張状態を崩壊したくないからだ。
まあ、わざと噂を流して後継者を自称している君主の反応を見てみたい気もするんだが。
「あ、騎士団に知らせてくれるなら、ローフェンから動かないでって言ってくれると助かる」
俺の言葉に目を白黒させるお姉さんから手を引き、発行された冒険者カードを受け取る。
そのカードを確認するが、見た目はトレイルにもらった会員カードと似ている。
冒険者カードを持つと、こちらも小さく発光した。魔力の波長を記憶したのだろう。
これは魔力認証で、本人以外には使えないもののようだ。
イズモの分を渡し、踵を返して冒険者ギルドを後にする。
冒険者ギルドから出ると、イズモが隣に並んでくる。
「あの、最後の言葉っているんですか?」
「んー……たぶん。あのお姉さん、騎士団関係者だと思うから」
昨日会った馬頭も。
まあ確証はないし、そんな感じがするってだけなのだが。
イズモは気のない返事をしながら、さらに訊いてきた。
「マスター、あの職員やギルドマスターと話しているとき、少し嬉しそうでしたね」
「そりゃ、俺の周りに年上属性なんてほとんどいなかったしな」
一人上げるなら、ミーネだろうか。彼女だって久しく会っていない。
……そういえば、ドライバーに行方を聞いていたんだったけ。まだ見つからないようだけど。
それにしても、イズモのこの反応は初めてだろうか。
そんなことで不機嫌になるとも思えないんだけど……。
「なに、妬いてんの?」
「……妬いてますよ、悪いですか」
少し頬を赤く染めながら、開き直られた。
……ああ、そうか。嘘禁止だもんな。イズモにツンはできないよな。
となると、イズモに至っては偽名も使えないのか……そろそろ解除した方がよさそうだよな。
勢いでつけた嘘禁止の命令が、ここまで尾を引くとは思わなかったな。
「別に悪くはないけど……未だに四六時中一緒のお前が何言ってんの?」
「四六時中一緒だからですっ」
あれ? 普通、こんな短時間くらい良いかなっていう思考には入らないの? それって俺だけ?
うーん……でも、あれだよな。面倒臭いとか言ったら絶対に怒られる奴だよな。
「我慢しろ」
イズモの額を軽く小突きながら、結局その一言で終わらせた。
何度も言うが、俺にはこの手の言い逃れ方を知らない。せいぜい読んできたラノベの引用程度だ。恋愛ゲームの経験すらほとんどないのだから。
イズモは小突かれた位置をさすりながらも、唇を尖らせて納得しきれていないようだ。
「めん……もういい。さっさと行って、とりあえずあのギルマスに認めてもらうぞ」
「……はい」
イズモはわかっているのだろうか? 俺は、イズモの手伝いが終われば帰ってしまうことを。
本当に理解しているのだろうか。
……そろそろ強制的にでも、改善していかないとな。
俺に依存されても困るのだ。
奴隷がマスターに依存するなら、まあわからんでもないが、イズモはいずれ契約紋も壊さないといけないのだ。
一国の王として、契約紋を付けたままというのは付け入られる材料になるのだから。
弱さを見せてはいけないのだ。
それが敵であるならば、なおさらのこと。
これからの行動を組み立てていきながら、トルネの町を出た。
☆☆☆
南へと向かうこと数時間。
今回は報酬の話もあるので、馬車をチャーターした。
馬車の窓から見えるのは、天高く螺旋を描くように突き立つ高い山が見えていた。
御者の話では、討伐クエストを出せばBランク相当の魔物が多く生息するため、山麓よりもさらに手前で下されることになっている。
そこからキンラセン山の麓までは歩いて小一時間とのこと。
ちなみに頂上の魔物について訊いてみたが、皆知らないという。誰も頂上まで行かないらしい。
誰も頂上に行かないのに、討伐の必要ってあるのだろうか……?
それでも、やらないわけにはいかないだろう。
で、入山して早々。
イズモとはぐれました。




