第五十一話 「ことのはに込めた想い」
自室に戻り、自分で回復魔法をかけて傷を治す。
ひどいものだ。左腕の骨が折れていたし、内臓も結構傷ついていた。
……ホント、ひどいものだ。
「ククッ……」
「傷負って笑うなんて、マスターはMなんですか?」
「違う。断じて違う」
俺に被虐趣味なんて一切ない。
「笑ったのは、あのバカの結果だよ」
因縁つけられただけで冤罪を着せるのは少々やり過ぎかと思ったが、それも殴られたことでイーブンとしておこう。
リューレイ商会長の将来は……海賊の逃走の幇助で牢屋の中、それでなくとも他の商人たちからの信用を失い、商売なんてできなくなる。商人の情報網は驚くほど速いからな。
「でも、ハンカチだってマスターが置いたって言われれば……」
「あいつの動機は俺が証明しておいた。そして、俺は手抜かりない」
トーマとかいう用心棒の姿で、ドレイクたちの見張り番を気絶させた。
取引の終わった後、自室に戻る前にリューレイ商会長の部屋の扉を開閉させてもらった。
目撃証言二つ。覆せない。
この船は天人族のものであり、天人族が警護しているからだ。その警護担当が目撃者なら、誰も疑わない。
魔法があれば、犯罪行為は簡単にできてしまう。
「とはいえ、こっちも別に清々しいわけでもないからなぁ……やっぱ犯罪は犯罪か」
その辺、根っからの悪というわけでもない俺としては、少々心苦しいところが……あるにはある。
それでも、収穫は大きいか。これからはこの海域を安心して通れるからな。
……そこまで海を渡るような機会は……将来的な話としておくか。それに、ドレイクを呼べば傭兵として別海域もいけるだろう。
「……今回の騒動、マスターが殴られる必要ってあったんですか?」
俺がドレイクたちの活用について考えていると、イズモが随分と真剣な声音で聞いてきた。
「気持ちの問題かな。どうにかして、あいつに報復したかったし」
それを確実なものとするために、リューレイ商会長一人を悪者と仕立て上げたのだから。
戦闘員や用心棒すら敵わないような海賊の脅威から、あいつのせいで守ってくれる存在がいなくなったのだ。
これで俺は本当に守る必要もなくなったわけだし。平然と、遠巻きに眺めていよう。彼らが捕まっていく様子を。
とはいえ、確かに俺は殴られる必要もないのだが。どう転んでもあいつが犯人なのだから。
「なんて言うの? ほら、痛みで生きてる実感を――」
「マスター」
「……いや、あのな」
イズモから顔を逸らしながら唸る。
困った。どう言い訳しようか。別に怪我なんてぶっちゃけ回復魔法さえあれば治るし。痛みの記憶とかは残るけども。なぜだか知らないけど、傷の治りもほかの人よりも断然速いし。
だから、別に俺は死なない限りどうということはなくって……。
「痛みだけでしか生きている実感が持てないんですか? もっと別の方法はないんですか?」
言いながら、イズモが俺の左手と、心臓あたりを触ってくる。
さらに潤んだ瞳で、俺の目を覗き込むようにして見てくる。
「手も握れます。鼓動も感じます。それだけじゃ、いけないんですか? 本当に、ダメなんですか?」
「……ストップ。待って。それ以上はやめて」
左手でイズモの右手を握り返し、右手で心臓あたりの手もどかす。
「俺は、自分が傷ついてでも仕返しは必ずする。それがお前ならなおさらだ」
「でも私は傷ついてなんか――」
「それを決めるのは俺だ。いいか? これは俺の自己満足のためにするだけだ。わかったか?」
ムカついたら叩きのめす。実に単純明快じゃないか。
やりすぎないように注意は必要だけど。
「――ていうか、私の前でイチャイチャするのやめてくれない?」
と、今まで静観していたノエルがとうとう声を上げた。
「イチャイチャしてないけど?」
が、ノエルの言葉は言いがかりである。別に俺はイズモと普通に話していただけだし。
するとノエルは盛大にため息を吐いて、俺の方へ向き直った。
「私のいないところで、随分とやらかしたわね」
「ノエルがいようがいまいが、俺はやらかすぞ」
「偉そうに言わないで……」
頭痛がするように頭を押さえるノエル。
別に偉そうではないと思うが……どんな状況だろうが、方針は変えないといった意味なのだが。
「まあ、確かに私もあの商人には良い印象はないけど」
「会ったのか?」
「一応ね。王女の乗る船なのに、警備の者が弱すぎるんじゃないかって、難癖つけられたわ。こっちは厚意で乗せてあげてるのに」
「少なくない金払ってるから、文句も言いたくなるんだろうぜ。よく我慢したな」
「まあね。今度文句言ってきたら、海に放り投げるけど」
確かに、この船は天人族の船だからな。ヴァトラ神国の王女が降りろと言ったら降りるしかないのか。
だけど、それもないだろう。どうせ今ごろ客室の一室に縄で縛りあげられて入れられているだろうし。
「でも、本当にあそこまでする必要があったんですか? あの商人が言ったことは事実ですし、奴隷なら私以外にも――」
「「イズモ」」
俺とノエルの言葉が重なった。
俺もノエルも少しきつめに放ったため、イズモがビクッと肩を震わせた。
「……イズモ、さすがに私もその言葉には怒るわ」
ノエルが怒ったように眉を寄せながら言う。たぶん、フレイヤが聞いたって怒る言葉だろう。
イズモが自覚していったのか、無自覚なのか、どちらにせよその言葉を言われるのは俺としても嫌だ。
俺はイズモの頬を両手で挟むように張り、そのまま引っ張る。
「イズモ、今更なことを言わすんじゃねえよ。俺は奴隷が欲しいわけじゃねえんだからよ」
「ふぁ、ふぁい……」
ぐにぐに。
むにむに。
びよん、ぱちん。
ぐにぐに。
「あ、あの、まふたー?」
「何やってんの?」
「いや、予想以上に楽しいから」
ノエルに強めにはたかれた。
☆☆☆
海賊騒ぎからさらに一週間ほどの航海をすると、ようやく暗黒大陸が見えてきた。
まだ陸には遠いというのに、ヴァトラ神国を囲う標高1万mを超えるヴァルテリア山脈の威容は素晴らしいものだ。
あの山を越えようなんて思うのは命知らずだけだ。ヴァトラ神国は転移魔法陣によってヴァルテリア山脈を越えることなく行き来する。
その魔法陣に乗れるのは、天人族と通行証を持つ一部の者のみ。ヴァトラ神国は外界との接触を絶っているような状態だ。
そんな中でヴァトラ神国と交易しているデトロア王国は何気にすごいんじゃないだろうか。
あと数時間後にはヴァトラ神国の所有する港に着くらしく、俺は客室で荷物の整理をしていた。
とはいえ、この船旅では特に荷物を広げたりはしていないのだが。一応、点検といったところか。
食料は暗黒大陸の魔物でも狩ればいいし、水は魔法で生み出せる。武器なども魔導があればそれほど必要としないしで……荷物はそこまで多くない。
それに戦乱の世とはいえ、国はちゃんとあるし、買い物だってできるだろう。
荷物の点検を終え、床に座り込んで一息つくと、ちょうど扉がノックされた。
……イズモはノックなんかしないし、ノエルだろうか?
「どうぞ」
声をかけると、案の定姿を見せたのはノエルだった。
ノエルは遠慮がちに部屋に入ってくる。……昨日までと何か違う気がするんだけど。
俺は立ち上がって、壁に寄りかかる。
「イズモは?」
「まだ甲板にいるわ。暗黒大陸の方をずっと眺めてる」
「二百年以上離れたからなぁ」
懐かしの、自分の生まれた大地だしな。仕方ないだろう。
まとめ終わった荷物を脇に置き、ノエルの方へ向く。
「で、どうかしたか?」
「……なんか、これでお別れかな、って」
影を落とした笑みで、そう寂しげに言われた。
……確かに、これでお別れかもしれないけど。
俺はイズモの手伝いが済み次第、ユーゼディア大陸の方へ帰るつもりだ。
普通なら、そこでイズモともノエルとも縁が切れるだろう。どちらも王女なんだし。
だけど、イズモは契約紋がついたままだし、ノエルも一応魔導師として選定されているようなもの。もう一度会う可能性も十分あるんだが。
「そんなことないだろ。別に、お前が俺に助けを求めるなら、ヴァルテリア山脈も越えてやるよ」
冗談めかして、そう返す。
本当のところはヴァルテリア山脈なんて越えられるとは思えない。
登山経験なんてないし、魔導師とはいえ自然の脅威に勝てるかもわからない。
それに越えるだけでも相当の時間がかかるだろうし。
「その時はお願いするわ」
ノエルは苦笑しながら答えた。
……だからおかしいんだって……無自覚なのか。
はあ、とため息を吐く。
まあいいや。どちらにせよ、頼まれれば越えるつもりだ。
だけど、それにしても様子がおかしい。
何がそこまで、ノエルを落ち込ませている?
……わかるわけないか。
「それで、本当になに? さよならでも言いに来たの?」
「……少し違うかな」
じゃあ一体なんだ。
どうせ暗黒大陸に着いたらさよならになるのに、何が違うのか。
ノエルは俺に近づいてきながら、胸あたりに右手を持っていく。
「……私はさ、ほら、イズモとは違ってちゃんとした国の王女で……フレイヤとも違って、自分の意志をちゃんと貫けないから、さ」
ノエルの胸中の吐露に、俺は何も答えられない。
だけど、このまま続けさせるのは危険だって言うのは、わかる。
この流れは、一度経験している。
ノエルは逃がさないというように、左手で俺の顔横の壁に手をつく。その顔は俯けているせいで、表情がわからない。
「卑怯かもしれないけどさ、私にはこれ以外の方法がわかんないのよ」
そうしてようやく持ち上げられたノエルの顔は、泣き笑いのような、何かを我慢しているような顔だった。
胸に置いてある右手を強く握り締め、一度強く口を引き結んだノエルは、口を開く。
「私は、ネロが――」
「ノエル」
言わせない。言わせては、いけない。
俺は右の人差し指を立ててノエルの口に持っていき、黙らせる。
「お前は私情と国、どっちを取る気だ?」
「それ、は……」
「決めきれないなら、その先は言うべきじゃない。言葉は魔法、口に出せば、意識が、行動がそっちに向いてしまう」
「だけど、私は……!」
「自分を取れば、最悪幽閉されるぞ。今ははっきり答えを出さない方がいい。……逃げるのは、別に悪じゃないんだから」
ノエルは力なく項垂れると、壁についていた手も宙に揺れた。
そして静かに、嗚咽を漏らして泣き始めた。
……だから、こういうのは苦手なんだってのに……。
扉の方へ視線を向けてみても、運よくイズモが入ってくる様子はない。入ってきたところで、運がいいのかはわからないけど。
吐きそうになったため息を飲みこみ、両手でノエルの顔を挟むようにして持ち上げる。その目は泣いているせいで赤く腫れてしまっている。
俺は親指で頬の涙を拭ってやりながら、言葉を選びながら口にする。
「お前の気持ちは分かった……と思う。だから、今は我慢しろ。な?」
選んだはずだけど、そもそも良い言葉なんて思い浮かぶはずもない。
前世の記憶があったって、こんなことは未経験。恋愛ゲームの経験もほぼ皆無。
こんなのじゃ、良い言葉なんてたかが知れている。
だけど、仕方ない。
今の精一杯が、これだと格好悪いけど。
仕方ないよな。
「…………バカ」
囁くようなノエルの涙声に、苦笑を返すしかない。
ノエルは数歩下がりながらぐしぐしと袖で涙を拭うと、フンと鼻を鳴らした。
「ああ、そうだ」
そういや、ノエルに渡しておかないといけないものがあったな。
俺はまとめ終わっていた荷物の中から指輪を取り出す。
宝石なんかはついていない簡素なリングだが、その裏側には一応文字を刻んである。
ノエルの手を取り、左の小指にその指輪をはめる。
「とりあえず餞別……? そんな感じで。素人細工だから、へたくそなのは勘弁な」
以前、ノエルと出かけた際に買ってあげた首飾りは、迷子のニンフにあげてしまっていたし。
ちょうどいい機会だ。まだ手直ししたいところがあったけど、大丈夫だろう。
「覚えててくれたの……?」
「そこまで忘れっぽくないよ。一応、魔石から削りだしたリングだから分類的には魔法道具。魔力を流せば防護壁が出現するけど、リングが耐えられずに割れるかもしれないから危険時以外は多用するなよ」
割れたところでもう一度作ればいいんだろうけど、リングの裏に文字を刻むのは結構面倒だからな。
やはり専門じゃないだけあって、文字を刻むのに失敗作をいくつも作ってしまった。
それに装飾品を作ったのはリリーにあげたペンダントが最初で最後だったんだから。
ノエルは小指の指輪を眺め、きゅっと手を握り、
「ありがとう」
と、ようやく笑顔を浮かべた。
その時、部屋の扉が開かれてイズモが入ってきた。
イズモは満面の笑みで、ノエルとは正反対のような様子だ。
「マスター、港が見えてきましたよ! ……あ、ノエル様、天人族の従者さんたちが探してましたよ」
「わかったわ」
いつも通りの声でノエルは答えると、いつも通りの微笑を浮かべて小さく手を振って部屋を出て行った。
俺は深くため息を吐きながら、ベッドに仰向けに倒れ込む。
「もうすぐ到着ですよ? 甲板行きましょうよ」
「すぐ行くから、先行ってて」
そういうと、イズモは少々不機嫌顔になりながらも部屋を出て甲板に向かった。
忙しい奴だな……俺を呼びにだけ来たのかよ。
港に近づけば、俺も甲板に上がるって言っておいたんだが。
……まあ、いいか。
なんか、とても疲れた感じがする。
普段しないようなことをしたからだろうか?
また、厄介ごとが舞い込んだ気がするのは、少し失礼だろうか?
なんにせよ、今回は回避できたけど……。
ああ、そうか。俺はもう、リリーに言ってしまっているんだったな。
自分で言っておきながら、ひどいものだな。
「言葉……言の、刃……」
言葉は魔法。それは、攻撃魔法? それとも回復魔法?
誰を傷つけ、誰を守る?
……本当に、ノエルのセリフを止めてしまってよかったのだろうか。
そんな思考が過る。
確かにノエルは王女だ。フレイヤと違って、王位はそこまで高くないだろう。
そうだとするなら、政略結婚はあり得る話だ。
それはきっと、国にとっては必要なことで、ノエルにとっては嫌なものかもしれない。
元来、政略結婚で夫婦仲が良いなんて方が少数だ。
ましてノエルの場合……。
「……もう、知らねえよ」
俺が何とかできる範疇を超えている。
何なんだよ、俺に何をしろってんだ。クロウド家でも継いで、発言力を強めろってのか?
そんなのじゃ意味がないだろ。貴族は王に進言するだけで、貴族の制止を聞くようなものでもあるまい。
だったら、何だよ。
国でも作れっていうのかよ。
それも、他国と遜色ない国力を持つ?
何それ。絶対無理だよ。
第一、国王なんて向いているとも、できるとも思えない。
「……勝手にしてくれ」
俺はできる限りのことしかしない。できることならなんだってしてやる。
それでいいだろ。充分だろ。
俺には、魔力しかないんだからさ。
☆☆☆
港に着き、船から降りて暗黒大陸の地を踏む。
ノエルは従者に周りを囲まれて豪華な馬車に乗り込んでいくのが見えた。たぶん、そのまま転移魔法陣があるところまで行くんだろう。
最後の挨拶もできなかったけど、その前に部屋で話したので心残りは特にない。それはノエルも同じだろう。
リューレイ商会長もいったんヴァトラ神国に連行されるそうだ。
そこで裁判にかけられるらしい。……裁判で無罪となり、俺に容疑がかかったところで捕まるようなことはしないけど。
まあ、無罪となったところでリューレイ商会はすぐに潰れるだろう。誤った情報とはいえ、悪評は広まりやすいからな。
ホドエール商会には被害を一番大きくしてしまった代わりに、俺の決めたマークを教えておいた。
これだけで被害以上の儲けがでるとか言って喜んでいたが、俺にはよくわからないことだ。
暗黒大陸で商売が成功するかもまだわからないのに、随分と強気なものだ。
二百年ぶりの生まれ故郷に、はしゃぎ回るイズモを呼び寄せる。
「なんですか?」
「最初に向かう町を決めるぞ。一番の目的は、かつて国に仕えていたという騎士団から見つけ出す」
「どちらからですか?」
「……二つもあるのか?」
「はい。主にお父様に仕えていた黒騎士団と、お母様や私の護衛をしていた姫騎士団があります
その情報、初めて聞くんですけど。
なんで黙ってたんですか? ……まあ、どちらにしても方針は変わりそうにないか。
「先に見つかった方。だけど、イズモもいるから姫騎士団の方を優先だな」
「わかりました」
「んじゃ、とりあえずこの港町から情報収集するぞ」
「はい!」
イズモの威勢のいい返事を聞き、俺は歩き出した。




