第五十話 「取引」
海賊騒動の日の深夜、俺はベッドを抜け出してローブを羽織ると船室を出た。
甲板にでも上がれば輝く月が見られるのだけど、もうすでに見飽きた感もある。眠れないときはよく甲板に上がって見上げていたのでな。
向かう先は船内の一番階下の海賊を収容している客室だ。
足音を消してゆっくりと降り、錯覚魔法で変装を施す。
その姿で収容していた客室をノックし、中で監視していた天人族の戦闘員には悪いが、催眠魔法で眠らせる。
監視員全員を外に放り出し、椅子を引いて樽に突っ込まれた海賊船長と対面する。
「……あんた」
「よう、船長」
そこで変装を解き、俺の姿を見せる。
俺を認識した船長は薄く笑った。
「だろうと思ったぜ……残虐非道、か?」
「なんだっていいよ。それよりお前、名前なんて言うの?」
笑顔で問いかける。
「……ドレイクだ。ドレイク・ルルカン」
「オーケー、キャプテン・ドレイク。……単刀直入に言うぞ。取引しよう」
俺の言葉を予想していたのか、ドレイクはハッ、と吐き捨てた。
「助けてくれる代わりに、手足になれってか? 悪いがごめんだぜ。海賊をやると決めたときから、死ぬ覚悟はとうの昔にできている」
「それはお前の部下も同じか?」
「……ッ」
「ドレイク、取引に応じれば、お前の船ごと返してやる」
「ああ? 船は置き去りだろうが」
「あんな立派な船、俺が捨てると思うのか?」
「……チッ、どうりで船の進みが遅いわけだ」
「ご明察」
ドレイクの言う通り、船足はかなり遅くなっている。
その原因は、俺がドレイクの乗っていた船を錯覚魔法で見えなくして、この帆船に曳航させているからだ。
「どうする? 取引を突っぱねるなら、船はありがたくもらうけど」
「仕方ねえ、話は聞いてやる。それからだ」
「最初からそう答えてればいいんだ」
俺は満足して頷く。
「……で、だ。その前にやって欲しいことがある」
知らず知らずのうちに、やけに真剣な声が出てしまった。
しかも、それに呼応するようにドレイクも喉を鳴らす。
「なんだ……?」
恐る恐る聞いてきたドレイクに、俺は指差す。
「樽、出てくれ」
笑い堪えるの、大変なんだ。
☆☆☆
ドレイクだけを樽から出し、だけど拘束はそのままだ。
その状態でお互い樽を挟んで向い合せに座る。まあ、俺は椅子でドレイクは床なんだが。
「俺が与えるのは、ここから逃がしてやること」
「オレが飲む要求は、お前の命令には従え、か」
ドレイクの受け答えに頷いてみせる。
「ただ、勘違いしないでほしいけど、俺は別にお前らの海賊行為を取り締まることはしない」
「……どういうことだ?」
「盗賊には盗賊の縄張りがある。お前らシャーキング海賊団が持つ縄張りはでかいし、広がり続けているんだろ? そこががら空きになれば、この海域は通行できないほど荒れる。海賊どものくだらねえ争いのせいでな」
「そうだろうな。だから、オレたちにいつも通り縄張りを守れと?」
「略奪も好きなだけどうぞ?」
俺の言葉に、ドレイクが眉を寄せる。
「あんた、いったい……」
「俺は別に世の中を良くしようなんて思っていない。俺一人がどれだけ頑張ろうと世界は変わらないし、裏切りも終わらない。だからこそ、俺は利用するんだよ。この世の、世界にあるものすべてを」
「……」
「まあ、好きなだけ略奪をしろとは言ったが、さすがに俺の乗る船はやめて欲しいがな。襲ってきたら次はない」
「……それをどうやって判別しろと?」
「取引に乗るのか?」
「オレだって伊達に何十年も海賊の船長をやってないわけじゃない。信頼をしてくる仲間を見殺しにはできない。それに今まで通りに生きていける。……ならば、乗るしかない」
「いいね。お前も俺を利用しろ。その分、お前らを利用する際に躊躇いがなくなるからな」
「よく言うぜ。……で、どうするんだ?」
再度訊かれ、俺は水晶を取り出す。
「通信水晶だ。俺と連絡を取り合ってもらう。が、まあ基本は使わない。俺が乗る船には……そうだな、マークをつけよう」
「マーク?」
「ああ、マーク。……ククッ、マークのついていない船は好きなだけ襲え」
「……残虐にして極悪非道」
「なんとでも言え」
ドレイクには俺の考えが読めたようだ。
つまり、俺のマークを付けた船はこいつらシャーキング海賊団の縄張りを堂々と航海が可能で、それ以外はいつまでも海賊の影に怯えて航海しなければいけない。
何のことはない。前世の歴史で習った、中世のヨーロッパで行われた海賊の有効活用。敵と見做した相手を、海の上で、海の犯罪のプロに襲わせるのだ。
ある国では海賊行為から得た財宝を国に送り、叙勲を受けた海賊もいるのだから。
その真似をさせてもらう。まあ、俺には叙勲などの名誉を与えられはしないけどな。
「まずは、そうだな。六芒星のマークから行こう」
俺は樽の上に魔法で六芒星を描く。
「このマークだ。間違えるなよ?」
「わかっている」
「ま、最初は適当に襲えばいい。将来的には売る気でいるが、海賊と繋がりがあると思われたくもない。その時は水晶で連絡を取る」
「わかった」
ドレイクは俺が描いた六芒星をまじまじと見つめ、頷いてみせた。
さて、と……あとは水晶で連絡を取ればいいな。
「んじゃ、拘束を解くぞ」
まず拘束魔法のバインドを解き、次に縄を切る。
とはいえ、相手はやはり犯罪者。無警戒で一緒の部屋にいることなど不可能なので身体強化を使っておく。
拘束を解いたドレイクは肩や腕を回し、調子を確かめる。
「ああ、そうだ。お前ら、海賊らしく静かに荒らして出ろよ」
「わかってるよ。誰か、襲わない方がいい奴がいるなら教えてくれ」
「俺の連れに傷つけなきゃ別にいいよ。狙いは商人どもの積荷で、特に――」
☆☆☆
ドレイクたちシャーキング海賊団を彼らの船に送り届け、曳航していた縄を切る。
一応、小さくなるところまで錯覚魔法は解かないままにしておき、十分離れたところで魔法を解く。
そして船尾でドレイクたちを見送った後、俺はいったん錯覚魔法で姿を消し、船内に戻る。
今度はわざと足音を立てながら歩き、とある部屋を、こちらも音を立てて開閉する。
その後、俺は自室の扉を音がならないように開けて戻り、ベッドに腰掛ける。
さて、下の見張りがいつ起きるだろうか……かなり強めだったから、起きてくれるだろうか……。
まあ、別に俺が第一発見者になったところで疑われないようにしているんだが。
「……眠い」
もういいや。寝よう。
どうせ、騒ぎ立てて起き出してくるだろう。その時に起きればいいや。
ローブを放り投げ、腰掛けた状態だったベッドに寝転ぶ。
睡魔はすぐにやってきて、簡単に眠りに落ちた。
廊下から騒がしい足音と、部屋を強く叩かれるノックの音に目を覚ます。
寝惚けた頭で状況の整理をして、騒ぎの原因に思い当たる。
……ようやく海賊が逃げたのに気付いたのか。
部屋についている窓から外を見れば、空が少しだけ白んでいた。俺が帰ってきたときから、そう時間は経っていないだろう。
と、一度止んだ激しいノックの音が再度なりだし、ベッドから這い出る。
部屋の扉を開けると、そこには天人族の乗組員が青ざめた表情で立っていた。
「か、海賊が! 捕まえてくださった海賊が逃げてしまいました!」
…………。
っと、いけね。今普通に「あ、そ」と返しそうになっちゃった。
何とか言葉を飲み込み、別の言葉を出す。
「本当か?」
「え、ええ……どうやら、この乗客の中に手引きした者がいるようでして……」
「見張りは何をしていた?」
「それが、まだ気絶していまして……」
チッ、と舌打ちをする。
「すぐに向かうから、先に行っといてくれ」
「はい」
俺の言葉に素直に頷き、天人族は反転して駆けて行った。
部屋の扉を閉め、大きく息を吐く。何とか、怪しまれずに演じとおせたな……。
すぐに気持ちを切り替え、これだけ騒いでいるというのに、いまだに静かな寝息を立てているイズモを起こす。
「マスター……? 珍しいですね、私より早く起きるなんて」
「これだけ騒ぎになれば起きるわ。それより、海賊が逃げたってよ」
「え……って、マスター?」
「何?」
「……何したんですか?」
「海賊が逃げた」
「逃がした、の間違いでは?」
半目で睨んでくるイズモに、笑みだけを返しておく。
☆☆☆
イズモを連れてドレイクたちを収容していた客室へと向かう。
客室の前では人だかりができ、しかし中には入れさせてもらえないようだった。
とはいえ、客室の中にあるのは切られたロープと壊れた樽だけだがな。
俺はその人だかりを割って扉の前に行き、天人族に挨拶して中に入れてもらう。
海賊を捕まえたのは俺だから、すんなりと通してくれた。
中に入ってみるが、昨夜この部屋を出たときとなんら変わりはない。まあ、当然と言えば当然なんだが。
中で検分していた天人族に声をかける。
「被害は?」
「今、各自で確認をしてもらっています。ただ、幸い客室にあったものは何も盗られていないようです」
ふうん、と適当に返しておく。
……我ながら、他人事のように扱えているな。
まあ、興味ないのは本当なのだけど。
さて、あとは各自確認を取った者から適当に話を聞いて終わりだろうか。
この世界に科学捜査は存在しない。代わりに魔術捜査があるのかと聞かれれば、答えはノーなんだけど。
つまり目撃証言と明らかな物的証拠だけが頼りになる。魔術を使えば物的証拠なんて残さずに犯罪をできるのにね。
とはいえ、魔法書に書かれているものでは、命令式の複雑化ができないと完全犯罪は不可能なんだが。
適当に検分に立ち会っているように見せ、昨夜の見落としがないかも確認をしていると、廊下から、ここからでもわかるほどに怒った様子で誰かが近づいてきていた。
……まあ、心当たりは十分なんだけど。
外で見張りをしていた天人族を押しのけ、リューレイ商会長とその用心棒が一緒に入ってきた。
その後ろにはホドエール商会の使いなど、おそらく被害に遭った商人たちが。
リューレイ商会長が俺の方へ詰め寄ってくるので、俺はイズモを後ろへ下がらせる。
「貴様ッ! これは一体どういうことだ!?」
「いえ、俺も今来たところでして」
表情を消し、できるだけ冷静に対応する。
リューレイ商会長は俺に指を突きつけながら、怒鳴ってくる。
「そんなことを聞いているのではない! 貴様がッ! 逃がしたのだろう!?」
「何を根拠に?」
「とぼけるな! 貴様が捕まえ、ロープなどもすべて貴様が縛ったのだろう!」
「そうですね。でも、ロープはご覧のようにナイフで切られ、樽も破壊されています。ここにいる商人様なら誰だってできることでしょう?」
「それこそ何を根拠に――」
「お隣の用心棒、随分と屈強ですよね?」
視線をリューレイ商会長から、隣の用心棒へと向ける。
「とはいえ、雇われ者は皆そんな感じですし、俺だけじゃなくとも商人全員怪しい。言ってしまえば、戦闘員の天人族だって、ね?」
俺の言葉で、この場に変な空気が流れ始めた。
互いに互いの顔を窺う、疑心暗鬼に陥ってしまっている。
「……でも、犯人をもっと簡単に見つける方法もあるでしょう?」
口元を吊り上げ、リューレイ商会長を睨む。
「もしも犯人が商人ならば、盗まれた積荷を見ればわかるはず。誰だって、自分の積荷をわざわざ盗ませる者は、いませんからね?」
周囲がざわつく。
たぶん、もうここに商人は全員集まっているのだろうし、確認は済んでいるんだろう。
「皆で被害を比べてみれば、どうでしょう?」
商人全員の被害を確認したところ、最も被害が大きかったのはホドエール商会だ。
そして、被害がなかった商会はなかった。
「ハハッ! ほら見ろ、商人の仕業ではないんだよ!」
いきなり元気になったリューレイ商会長を眺め、否定する。
「そうですかね? 犯罪者って、疑われることを心配しますから、自分も被害に遭ったように見せかけると思うんですよ」
で、と手を強く叩く。
「リューレイ商会長、あなたの被害が一番小さく、かつ皆が盗られていたものは商売用の積荷であるのに対して、あなたが盗られたのは近くに一緒に置いてあったデトロア硬貨のみ」
首をかしげながら問う。
「確かに盗られたデトロア硬貨は多額かもしれませんが、暗黒大陸では使えませんよね? あれあれ? リューレイ商会長、実質被害0じゃないですか?」
……この時の笑顔はとても輝いていると自覚できる。
実際、とても楽しいし。
後ろのイズモからはため息が聞こえてくるが、俺のこれは今に始まったことではないだろうに。
俺の推理に、他の商人たちの視線がリューレイ商会長に集まっていく。
「あなたの推理では俺が逃がしたと言っていましたけど、逃がすつもりなら俺は元から捕まえませんし。それにホドエール商会が一番被害が出ているんですよ? 俺はホドエール商会と仲が良いですし、どうしてわざわざ損失を出させなきゃいけないんですか?」
「そ、それは……、貴様の言った通りの疑いから逃れるための……!」
「だったら、被害を一番大きくする必要、ありませんよね? それにリューレイ商会長、あなたには動機が十分あるじゃないですか」
「動機だと……?」
「昨日、俺を責めたとき。ホドエール商会の使いの方が、俺を庇って恥かきましたよね?」
「そんなちっぽけな動機で……」
「本当にちっぽけですか? 商人の皆さん、自分でも考えてくださいよ。恥かいて、本当にそのまま報復せずにいられるのか、をね?」
俺が問うと、集まっていた商人たちが一様にして俯き、顔を逸らし始めた。
……おい、自分で問うておきながらなんだけど、一人くらい否定してくれよ。
人なんてそんなものなのかもしれないけど。特に金持ちの商人は。まったく、ため息が出てくるな。
「み、皆騙されるな! こいつの謀略だ!」
「騙そうとしてるのはどっちですか」
「この……! トーマ!」
リューレイ商会長が叫ぶと同時に、横にいた彼の用心棒が腕を振り上げてきた。
顔に向けて伸びてきた拳を、軽く首を逸らして避けようとする。が、それを読まれ、伸ばされた腕を曲げて肘が顔面に当たり、勢いそのままに後ろに倒れ込んでしまう。
うわ、久々にモロに喰らってしまった……身を引いた方がよかったな。
鼻から激痛がするし、触ってみればぬるっとするし、鼻血が勢いよく出ている。鼻骨が折れたかな……。
周りが騒然とする中で、一人俺だけがそんなずれた思考をしていた。
「テメエに恨みはねえが、オレは魔法師が嫌いでな……!」
「めっちゃ私情じゃねえか脳筋野郎……」
俺を殴った、トーマとかいう用心棒がゆっくり近づいてくる。
「マスター!」
「【バインド】」
駆け寄って来ようとするイズモに対して拘束魔法をかける。
「え、ちょ……! なんでですか!?」
「黙ってろ。……まあ、何? 殴って気が済むならさ。鉄拳制裁とかあるし?」
「ほう、魔法師のくせに度胸があるな」
ああ、でも痛いの嫌だな……。まあ、我慢しようか。
自慢じゃないが、痛みに対する耐性ならそこらの兵士よりもあるつもりだ。……あ、でもこの世界って戦争あるし、トーマとかどう見ても中学生と比較にならんほど筋肉が……。
「ちょ、今のナシ――」
「おせえ!」
ですよねー。
トーマの振り上げた足が腹に直撃した。
「ごは……ッ!」
蹴られる寸前に身を引いたとはいえ、それでも威力が半端ない。
俺は床を転がると、まだ無事だった樽をいくつかぶっ壊す。
「ああ! り、リューレイさん、あの樽には……!」
「うるせえ! テメエも同じようにされたいか!?」
天人族の制止を無視し、リューレイ商会長はトーマに続行を命じる。
天人族が慌てたのは、俺がぶっ壊した樽の中には俺が昨夜樽に彫ったマークが残っていたからだ。
あーあ、せっかく六芒星の書いてた樽を無事に残しておいてあげたのに。意図的に壊させてもらったが。
数分ほど殴られ続け、ようやくリューレイ商会長が矛を収めた。
それを見てイズモの拘束も解くと、駆け寄られて抱き上げられた。
「マスター、大丈夫ですか!?」
「ああ……うん、痛い……」
やばい、超痛い。前世の比じゃない。痛い。ナニコレ。
まあいいや。これで俺も心置きなく、どん底に突き落とせる。
俺はイズモの耳元に口を寄せ、耳打ちする。
イズモは話を聞き終えると、俺の方を驚いたように見てきた。なので、笑みを浮かべて応じておく。
気が済んだとでも言いたげな様子で背を向けて去って行こうとするリューレイ商会長に、イズモが声をかける。
「あなた……自分が何をしたのかわかっているんですか?」
「……嬢ちゃん、いったいなんだ?」
「魔法は集中力を必要とします。もしまた、あの海賊団が戻ってきたら、それでなくとも違う海賊団が来たとき、あなた方はどうするつもりですか?」
「……なに?」
「もしもまた、戦闘員の方やあなた方が雇っている用心棒の皆さんが敵わない海賊が、また来たらどうするというのですか?」
「……それは」
「それでまたマスターに頼るんですか? 随分と都合がいいですね? そんなので本当に助けてくれるというんですか?」
「も、元からそいつは助けないと――」
「1%でも残った助けるかもしれない可能性を、今、あなたは完全に失くしました。それは、みなさんも同じです」
おお、なかなか上手に脅すじゃないか。……俺の影響とかだと、ちょっと考えるところがあるけど。
「『やっぱりな』『商人なんてこんなものだ』『恩を仇でしか返さない』……もっとよく考えて行動した方がいいと思います」
「だ、だが……! そいつが殴ってもいいと!」
「良いといつ言ったんですか? そういう方法もあるといっただけでしょう?」
リューレイ商会長が周りから厳しい視線を浴びせられる。……もうひと押しが欲しいんだけど。
まあいいか。どうせ結果は変わらない。
俺はイズモに肩を借りて立ち上がり、客室の出口に向かう。
リューレイ商会長との擦れ違い様に、耳元でささやいてやる。
「覚悟しろ」
「この……!」
振り返ってくるリューレイ商会長には問い合わず、近くにいた天人族に伝える。
「端から三個目、中に何かあった」
天人族は首をかしげながらも、俺が言った通りの樽の中身を確認する。
そして、中から一枚の布きれを取り出した。
それはハンカチ。端っこに名前が刺繍された、ハンカチ。
この世界に科学捜査はない。その場の物的証拠と状況証拠が揃えば、犯人をでっちあげられる。
天人族の持つハンカチを確認したホドエール商会の使いとイズモが同時に俺を振り返ってくるので、やはり口端を吊り上げて応じる。
ハンカチを広げて確認する天人族は、その名前を見た後、厳しい表情でリューレイ商会長へ向く。
状況を飲み込めない商人たちは、つられるようにしてリューレイ商会長へと視線を向けていく。
「……リューレイさん、どういうことですか?」
随分と低い声で、天人族は詰問する。
「どうして、ここにあなたのハンカチがあるのでしょうか?」
「……!? ち、違う! それは――!」
すると、リューレイ商会長はハッとして俺へと顔を向けてくる。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、だけど状況を理解したのかサーッと青ざめていく。
俺は、舌を出して応える。
「捕らえろ」
「ち、違う! これは……これは謀略だ!」
「話はあとで聞きます。大人しくしてください」
「く、クソ! トーマ!」
用心棒を使って天人族の拘束から逃れようとするとは、往生際が悪いなぁ。
「【バインド】」
二人合わせて拘束し、転がす。
「き、貴様ァ!! 許さん、許さんぞ! この悪党がぁぁぁ!」
縛られた状態で転がって暴れ狂うリューレイ商会長。実に滑稽である。樽に突っ込んだ海賊よりも笑えてくる。
全身の痛みのせいで殴れないのが悔しいところだが、今回は我慢しよう。
俺は笑みを向け、言い放つ。
「怖いよね? 冤罪って」




