第四十七話 「彼の評価」
昨日の準備は服屋までで終わってしまった。
和服もどきを着たイズモが学園長宅に帰ると、ノエルとフレイヤがイズモの格好にかなり気に入った様子だった。
グレンは感嘆の息を吐いたようだったので、からかってみると火球を容赦なく撃ち出された。
その行動がすでに肯定しているようなものなのに。
昨日だけで十分回った気分だが、まだ寄らないといけない店がある。
「学園長にもらった経費、昨日だけで結構使っちゃいましたけど、あといくらなんですか?」
「残りはデトロア金貨5枚だけど、あとはホドエール商会で済むからそこまでかからんだろ」
学園長に最初にもらった資金はデトロア金貨10枚程度。一日で半分も使ってしまうとは……。
まあ、ホドエール商会だと99%オフだしな。十分足りるだろう。
「といっても、買うのは旅に必要なものだけで、後の金は資金提供かな」
「資金?」
「そ、資金」
イズモの問いに頷く。
以前、学園の行事で低ランクダンジョンを攻略した際に拾った迷宮道具。
ただの丸い水晶かと思ったら、同じ魔力の波長を飛ばす別の水晶との遠距離通信ができるものだった。
その水晶は全部で2組しかなかったが、ホドエール商会に1組を提供し魔法道具として販売できるかを依頼したのだ。
その時に試作品として時計も渡されたが、こちらはなかなかの出来だった。初めての時計としては十分使用可能なものだった。
そちらも量産できるように持ち帰ってはいないが、暗黒大陸に渡る前に受け取るつもりだ。
通信機と時計。二つあれば戦場を十分有利に運べるからな。
通信機の量産はできていて欲しいが……さて、どうなっていることやら。まあ、時計だけでも十分なんだが。
「っと、着いたな」
学園長宅から歩きで10分程度。ホドエール商会の本店。
王都でも最大の店、雑貨から魔法道具までなんでもござれの百貨店。
店の大きさに比例するように扉もでかい。
とはいえ、別に高級店というわけでもないので客の入りは多い。
……全部で3階建てだろうか? 確か、最上階がVIP御用達なんだっけか。その分値段は跳ね上がるが、品揃えや質は申し分なしらしい。
残念ながら、俺はそんな階に行ったことがないのでどんなものかは知らない。
「トレイルさんは最上階にいるんですよね?」
「たぶんな。まあ、あのおっさん、根無し草のようにふらふらしているからいるのか知らんけど」
前はユートレア共和国に行商するための馬車に隠れて乗り込んだらしいし。
親子揃って、店の上役たちの悩みの種だって言ってたな。商会長を継いだけど、その自覚がないだとかなんだとか。
「まるでマスターのようですね」
「はあ? どこが俺だよ。お前、勘違いしているようだがな、俺は与えられた役だけは真面目にやるんだからな」
「だけっていうところがもうマスターですよね」
呆れたように言われるが、だってそれ以外を勝手に弄って怒られる方が嫌じゃん。
まあ、俺はそんな大役を任せられることなんて前世からしてないんだけどな。当主はやばかった。
さて、とりあえず会長室行くか。
商会のでかい扉を抜け、階段を目指す。
☆☆☆
応接間で待たされること数十分。ようやくトレイルが入ってきた。
「相変わらず菓子好きだな」
「うるせえ。頭使うには甘いモンがいるんだよ」
出されていた菓子を貪っていると、現れたトレイルが笑いながら俺とイズモの前に座った。
「今日は忍び込めたのか?」
「お前が来たせいで見つかったがな」
「いいことじゃないか」
菓子を食べ終え、ソファの背にもたれこむ。
トレイルは俺から視線を外すと、イズモに目を止める。顎に手を当てると眺めまわし始めた。
それを見て、俺はイズモの頭に手を乗せて指差す。
「かわいいだろ? 俺のコーディネートだ」
いっそ開き直ってみる。
指差しているイズモは頬を紅潮させているようだが、これは俺も恥ずかしい。精一杯頬を吊り上げて取り繕っているが。
「ほう、お前にも美的センスはあるんだな。商会の制服も頼みたいところだ」
「それは無理だな。俺、この服以外そう興味ないし」
「まあ、話題性だけで言えばその服でも客引きはできそうだな」
トレイルの目が¥マークのようになる。
「おい待て。勘定に入る前に俺の用件を先にしろ」
トレイルをこの状態のまま放置すると、気が済むまでこちらの話を聞こうとしなくなる。
4年前にすでに学んだことだ。
「おおっと、悪いな。……それで、何だっけ?」
「時計と通信水晶だ」
「そうそう。時計の量産には目途が立ったが、通信水晶はまだ少しかかりそうだ。うちの技術部は優秀なんだが、やはり専門には劣る」
「通信水晶はいくつある?」
「お前から受け取った1組と、優良品が3組。お前の言ったように、一つの水晶から複数の水晶への通信は可能にはなった」
「それでいい。余分をくれ」
「なら優良品3組持っていけばいい。お前の持つ水晶とは交信できないが、この3組6個ならならどれとでもいける」
「十分だ。時計は多めにくれ」
トレイルが指を鳴らすと、応接間の扉が開かれて執事が時計と水晶を持ってくる。
……これ、マンガとかでも思ったことだけど、なんで扉の向こうで要求したものを持って立っているんだろうか。
まあ、どうでもいいことなんだけど。
「全部針合ってんのか?」
「言われたとおり、王城で太陽が最も高い位置の時に12に合わせた」
なら、これで大丈夫だろう。
……暗黒大陸だと、結局時計を合わせなきゃいけなくなるんだけども。
ユーゼディア大陸と暗黒大陸は、裏とまではいかないけどそれなりに離れている。時差も大きいだろう。
「しかし、いったい何で今日いきなりだ? どっか旅にでも行くのか?」
「間違っちゃいない。旅っていえば旅なんだが……」
隣のイズモに視線を向ける。
旅だけで済めば、それはそれで楽なんだけどなぁ。
まあ、国を取り返したいと思うんなら、俺はそれを手助けするつもりでずっといたわけだし。
……って、そうだ。まだ暗黒大陸に行けるようになったこと伝えていなかったな。
「トレイル、ヴァトラの王女様が帰るついでに暗黒大陸に連れて行ってくれるってよ」
「本当かッ!? こうしちゃおれん!」
「使いの準備か?」
「予定のキャンセルだ!」
「バカか!」
お前自身が来るのかよ! 会長なんだから、行っちゃダメだろ。
まあ、こいつの性格から考えればこうなる予想はそう難しくなかったんだが。
応接間から飛び出す勢いのトレイルを、先ほど入ってきた執事が慌てて止めにかかる。
会長の座を継いでも、結局大人しくしている奴ではないのか。
「お前はここで制服の勘定でもしてろ。得意だろ?」
「金がかかることは何でも得意だ! が、それ以上に世界を回りたい!」
「親子揃って病気か……」
もう勝手にしてくれればいいと思う……。
ため息を吐きながら、俺はデトロア金貨を二枚机の上に置く。
「時計と水晶の資金だ。……俺は下で必要なものを買って帰るからな」
トレイルの生返事を受け、もう一度ため息を吐いて応接間を出た。
☆☆☆
必要なものを買い揃え、学園長宅に帰り着く。
時計で確認すると、すでに5時を回っていた。少し買い物に時間をかけすぎてしまった。
おかげで買い忘れなどはないとは思うが……後で確認をしておくか。
夕食の後、自室で買い忘れの点検でもしようかと思っていると、学園長に呼び止められてしまった。
「ネロ、カラレア神国に行くのはいいが、その前にクロウド家に行っておけ」
「え、嫌です」
「普通に拒否するな……」
学園長が頭痛でもするかのように手を頭に当てる。
「国を離れるなら普通は連絡くらいするだろうに」
「いえ、だってユートレアに行ったときだって特には」
「それはレアケースだろう? いいから一言言いに行くんだ」
「絶対に嫌です」
「……何がそこまで嫌なんだ?」
門から本館までの道程とか。
ウィリアムとか。ニルバリアとか。
じいさんとか、会いたくもないし。できるだけ会いたくないし。
学園長の言うレアケースなんて、俺の存在自体レアケースだ。つまり俺の行動すべてレアケースであって、どれも普通ではない。
ゆえに普通に縛られる必要なしッ!
……よし、少し冷静になるか。
「時間があったら行きます。死んでも時間なくしますが」
「それをここで宣言するな、まったく……」
さて、どうやって時間を潰そうかな……。
イズモと、カラレア神国をどう回るかを話し合っておいた方がいいだろうか。
それに服屋にもイズモの服を取りにいかないといけないし。
他には……ああ、そうだ。ヨルドメアに会っておかなければ。一応、ゼノス帝国にはまだ攻められては困る。
「結構やることありますね。これなら会わなくて済みそうです」
「もう勝手にしろ……」
よっし、学園長が折れた!
背側で、学園長に隠すようにしてガッツポーズをとる。
学園長は疲れたようにため息を吐き、去って行った。
「やったぞイズモ。あの道程を歩かなくて済んだ」
「馬車で行けばよかったんじゃ……それに、私としてはローザさんに会っておきたいんですけど」
「……一人で行かすわけにはいかないよなぁ」
さすがに貴族の家に、いくら俺が認めているとはいえ、魔人族のイズモが一人では入れないだろうな。
となると、強制的に俺も行くことに……。
「面倒くさい……」
「そういいながら、おじいさんに会いたいんじゃ」
「それは死んでもあり得ない」
「そうですか……」
俺がじいさんに会いたいとか、天地逆転してもあり得ない。
そんなことが起こるくらいなら、あの世とこの世を逆転させろってくらいに。
仕方ない、行くとなったら腹を括るしかないだろう。
止められはしないだろうし、もし仮に止められたところで俺はあんな奴に従うつもりはないしな。
今俺が大切なのは、遠い肉親よりそばの他人だ。
「とりあえず部屋で買い忘れの点検と、一応のカラレア神国の行路を決めるぞ」
「はい」
イズモの返事を受け、再び部屋に向けて歩き出す。
☆☆☆
それから二週間ほど経ち、暗黒大陸に行くための港がある町に向かうのを翌日に控えた日。
今度はちゃんと馬車に乗って、クロウド邸に訪れていた。
学園長が先に連絡を入れておいてくれたので、門前払いはないと思う。あったら、もう一生来ない。
なんて俺の心配はよそに、馬車から降りてクロウド家の扉の呼び鈴を鳴らす前に内側から開かれた。
「……くそ、連打が」
「本気で悔しがらないでください」
ピンポンダッシュじゃないだけマシだろうに。まあ、貴族の家に悪戯とか命知らずすぎるけど。
「いつも通りで何よりだね」
出迎えたのはメイド長のローザだった。
周りに一人だけメイド服の使用人がいるが、顔を知らないので新人だろうか?
その新人はイズモを見て一瞬だけ見惚れたようだったが、側頭部の二本の角を確認すると複雑な表情に変わった。
「ローザさんも、いつも通りですね」
顔は新人、目だけでローザの方へ向く。
「……まだ来たばかりだ。それに、これが普通の人族の反応なんだ」
「知ってるよ。今日は挨拶だけですぐに帰るから、勝手にしとけ」
かぶっていた帽子をイズモにかぶせ、クロウド家の中に入る。
一応、ウィリアムに殴りかかられてもいいようにイズモの剣を一本借りているが、果たしてどこで仕掛けてくるか。
ローザは先導するように前を行き、じいさんのいる執務室に案内される。
執務室の前に着き、ローザが扉の前からどける。
「ネロ、開けな」
「……嫌な予感しかしない」
俺は扉の向こう側まで警戒しながら、執務室のドアノブに手をかける。
そして、回して押し開けようと……。
「……」
「どうしたんですか?」
「いや……」
力を込め、押し開けようと……。
「テメエこのバカヤロウ!!」
「ハッハ! 力比べだコノヤロウ!!」
扉の向こうからウィリアムのバカにしたような声が響いてきた。
ウィリアムの言う通り、透視で部屋の中を見てみると一人の執事服がドアノブに手をかけて力を目一杯込めているようだった。
その奥、執務机に座るじいさんも特に注意することなく、ウィリアムの様子を眺めていた。
「おま、俺に負けたら面子がないだろ? 大人しく退けって。引き分けにしといてやるから」
「はあ? お前のようなクソヤロウに力負けするかよ! 鍛え方が違うぜ!」
そのクソヤロウに毎回一本取られていたのはどこの執事だ、おい!
押し開けようと奮闘する俺の後ろから、呆れを込めたため息が吐かれる。
だがな、売られた喧嘩は大人買いだろ、普通。
……うん、まあ少し冷静になろうか。
俺はドアノブを握ったまま、息を吐く。
そしてドアノブから手を離し、腰につけていた剣を抜く。
納刀したまま、扉に向かって容赦なく突き付ける。
「ゲッホァ!?」
扉を突き破った剣は、その先でいまだにドアノブを握って力を込めていたウィリアムを突き飛ばした。
そりゃ、正々堂々力比べする方が馬鹿らしいよな。
ふう、と一息吐いて振り返ると、新人メイドが口元に手を当てて魔物でも見るような表情をしていた。なんでだよ。
イズモとローザは同時にため息を吐いて苦笑していた。
俺は剣をイズモに返し、今度こそドアノブを回して執務室の中に入った。
中では、ウィリアムがちょうど真ん中あたりで大の字になって伸びていた。
それを踏みつけてじいさんの机の向かいに立とうとする。
が、踏みつけたウィリアムからなんかいい声が聞こえたので踏んで遊ぼうと――
「やめてください、みっともない」
振り返りかけたところでイズモに背中を押されてしまった。
「いや、こいつが悪いだろ」
「ダメです。今日はそんなことをするために来たんじゃないんですから」
「……俺としてはこれくらいしないと」
「ダメです」
イズモの有無を言わせぬ迫力に、渋々踏むのを諦めてじいさんの向かいに立つ。
ニルバリアが居たら癇に障る笑いを起こされるところだが、この部屋にはいないようだ。トロア村とかだろうか?
まあいいか。あんな奴のことについて考える必要なんかないし。
「今日は何をしに来たんだ?」
じいさんはウィリアムから視線を外し、机上の書類に目を落とした。
……なにこの対応。こんなだから子どもに好かれないんじゃないのかよ。孫にも。
俺はため息をぐっとこらえ、端的に言う。
「挨拶。明日、暗黒大陸に渡る。それだけだ」
それだけ言う。返答は期待していないし気にもしない。
そのまま一歩下がって反転する。
「待て」
じいさんに強い口調で呼び止められ、肩越しに振り返ると、じいさんは顔を上げて俺の方へ向いていた。
「何のためにだ?」
「恩返しだよ」
「そこの奴隷のか?」
「悪いか?」
「なぜ、そんなことをする。カラレア神国は戦国動乱の世だぞ」
「じいさんにはわかんないかな?」
ウィリアムなら、あるいはわかるかもな。
そう思って目を床に向けると、そこに寝ていたはずのウィリアムがいつの間にかいなくなっていた。
「私にはわかります、当主様」
後方からウィリアムの声。
先ほどの数秒のうちに、じいさんの横に移動して鉄面皮をかぶっていた。
……無表情でいれば、それなりに見栄えはいいんだよな。
「どういうことだ?」
「彼はこの国では狭すぎるのですよ。貴族という肩書も小さすぎる。彼は、王でも目指しているのでは?」
そういうと、ウィリアムは俺に向かって低く笑いかけてきた。
「なあ、そうだろう?」
「え? いや、俺には貴族が大きすぎるんですけど?」
俺は小さく手を横に振りながら否定する。
こいつ、大丈夫か? というか、お前に俺がわかってたまるかって感じだけども。
「そもそも、俺は家族が生きていればトロア村から出てくることはなかったんだ。ユートレアにいたことも、この王都にいることも、なかったはずなんだよ。あえて言わせてもらうなら、俺は辺境の地で村人Aとして暮らしたかったんだよ」
まあ、それは魔導師としての肩書が許さないのかもしれないけど。
でも、魔導書だってグリムが選定さえすれば譲渡は可能なのだ。魔導書が7冊しかないために魔導師が7人しか現れないだけ。魔導師の素質がある者は、何百といていいはず。
しかし、ウィリアム格好悪いな。あれだけ格好つけておいて、まったく予想間違っているんだから。
俺の反応を見ても、口を半開きにして唖然としている。
と思ったら、後ろから吹き出したようにローザが笑い声をあげた。それにつられるようにしてウィリアムも前屈みになりながら笑い出した。
「な、何だよ……?」
予想外の反応に思わず狼狽えてしまう。
俺の言葉を聞いても笑っていたウィリアムとローザは、落ち着いてきたのか目元に浮かんだ涙を指で拭いながら答える。
「いや、いやいや。確かにな、お前はそういう奴だったよな。自分のことを過小評価しすぎる」
「はあ? 正当な評価してるだろ。ほら、えっと、次のランク分けまで学園いたらSランカーになってるし、あとフレイを魔導さえ使わずに勝てるとか」
「そりゃ傲慢ってんだ。……けどまあ、お前ならやってのけるだろうな」
じゃあ別に傲慢ではないだろ。フレイを侮っているわけではなく、正当に見ているんだから。
「私とウィリアムの見方は同じだろうね。こいつは化物、本当にこの世界の人間かってくらいのね」
……ばれた? わけないよな、うん。
まあ、俺がこの世界で異色なのは仕方ないことだ。どうにも、前の世界の常識が抜けないんだからな。
だけど、真っ当に生きているのにそんな判断をされるとは心外なんだけどな。
「……生きて帰ってこいよ」
と、じいさんがやけに真剣な声で言ってくる。けど、
「ふざけんな。俺はネリと二人で世界最強になるんだよ」
この言葉だけ受け取ってしまうと、とても幼稚に聞こえてしまうが、ネリとの約束を夢のままに終わらせる気はない。
ネリが死なない限り、俺は死なない。這ってでも生き延びる。
「俺は死なない。学園長に言われたとおり、成長するまで四六時中一緒にいるだけだ」
「……」
「わかったらくだらねえ心配ごと考えてんなよ。じいさんはそこで威張り散らして政務に没頭しとけ。あんたも言っただろう? 俺は、戦場で功績を上げる」
そして俺は踵を返して吐き捨てる。
「国一個なんざ、魔導師には安いもんだよ」




