第四十五話 「奴隷商人」
翌日になると、俺は朝早くから城下町に出た。
まずは本屋によって、取り寄せのキャンセルをしてきた。さすがに受け取りの日がわからなくなるので、仕方ないだろう。
キャンセル料を取られるかと思ったが、シードラ大陸の書物は暗黒大陸ほど難しくないらしいのでいらないと言われた。
ただ、仲が悪化しているせいで時期を見ていたので、まだ入荷はできていなかった。
次はドライバーのいる奴隷商なんだが……。
後ろからついて来るイズモの方へ向く。
「奴隷商のとこだけど、来るのか?」
「……正直、行きたくないですけど、私のことでもあるのでできる限り離れたくないです」
「そう。お前がいいならいいけど」
顔を前に向けると、ちょうどサーカスのようなテントが見えた。
日が昇っている時間帯は客が少ないと言っていたし、いないことはないだろう。
と、予想通りドライバーはテントの前に置いた椅子に座って暇そうにしていた。
ドライバーは俺に気付くと、立ち上がって一礼した。
「新しい奴隷をお求めですか?」
「いや、今日は奴隷商のネットワークの方だ。……最新のカラレア神国について」
「……承知いたしました。少々、お待ちください」
ドライバーはそういうと、テントの中の方へ戻って行ってしまった。
なんだ? 最近、暗黒大陸で狩ってきた奴隷でもいるのだろうか?
イズモと二人で待つこと数分、ドライバーが一人の奴隷商人を連れて出てきた。
なぜ奴隷商人だとわかったかと言えば、服がまったく同じだからだ。新しく出てきた方が体格は良く、顔はマスクとサングラスをつけているせいでわかりにくい。
だが、その商人が現れると同時に、イズモが俺の手を力強く握ってきた。
気になってイズモの方へ向けば、顔は俯けて、怯えるように小さく震えていた。
「彼は暗黒大陸で奴隷狩りを行っている者です。ちょうど昨日、渡ってきたばかりでしてね。私よりも詳しいですよ」
ドライバーが手で商人を示しながら紹介してくれる。
「ディケだ。何が知りたい?」
「……そうだな」
ディケと名乗る奴隷商人は、ドライバーとは違って粗雑な言葉遣いだ。
……イズモの様子が少し気になるが、今は後回しにさせてもらおう。
俺は訊きたいことを整理しながら、一番重要なところから訊く。
「ざっとでいいから、カラレア神国の情勢を知りたい」
「今、カラレア神国の領土内ではいくつかの国ができつつある」
ディケの話では、カラレア神国は戦乱の世。
勝手に領土を決め、兵を集め、街を作り、国の基礎を固めたらしい。
国を作った君主たちはそれぞれ、カラレア神国の正統後継者だと主張する者、黒神教と呼ばれる宗教の教主、力だけでのし上がった者が3名。
全部で5つほどの国があるとのこと。
ただ、その中には300年前のカラレア神国に仕えていた騎士団が軒並み参加していないという。
それがなぜかはわからないらしい。……が、俺の隣にいる者を考えれば、たぶん正解だろう。
カラレア神国の正統後継者とは……イズモの話が違うのか、主張者が嘘を吐いているのだろう。まあ、人を集めるなら手っ取り早い方法だろうけど。
しかし、嘘だったとするなら本当の正統後継者が現れた場合吊るされるんじゃないかな。嘘はいけないからね。
黒神教は世界各地にある純色教から派生した一派だ。
かつて魔人族を束ねていたといわれる黒神を信奉する者。信者のすべてが、当たり前だが魔人族だ。
ちなみにデトロア王国にも、純色教以外に赤神教がある。たぶん、それぞれ人種を束ねていた純色神が各国で純色教から派生しているだろう。
そして力だけでのし上がったものだが、この3人は全員が全員、Sランクの冒険者らしい。
下剋上ではないが、戦乱の世だ。やはり力を持って平定すれば頼られるのだろう。
「こんなところだろうな」
「ほかの国の介入は?」
「今のところはない。が、ゼノスが動くような素振りがある。ヴァトラは相変わらず不干渉だ」
「ゼノスが動くか……。どれくらいで乗り込んでくるかわかるか?」
「そうだな……今はこの国を警戒もしているようだから、短くとも一年は動かないだろうな。それからはわからない」
1年か……なかなか難しいか?
予想通りでいってくれるなら、カラレア神国の騎士団をさっさと見つけ出さなければいけないな。
あとは何がいるか……。
「後は地図が欲しいな」
「地図は向こうで買うしかない。国外の持ち出しは禁止されている」
「それを持ち出すのがお前らだろうが。あるなら出せ」
「……ない」
「ほう。その懐に隠している巻物はなんだ? 俺たち以外にカラレア神国の地図を欲しがるような奴が、この国にいるかな?」
「ディケ、出した方が身のためですよ。彼は魔導師様だと言ったでしょう?」
ドライバーの後押しもあり、ディケは憎々しげに舌打ちをして、懐から取り出した巻物を渡してきた。
それを広げてみれば、確かに大陸の形とカラレア神国とヴァトラ神国と書かれていた。
カラレア神国の方は数本の線でいくつか領地を区切っている。おそらく、これが5つの国の国境だろう。
その地図をイズモの方へ見せる。俺は暗黒大陸を一切知らないので、イズモに正しいか確認してもらう。
「たぶん大丈夫です。私が暗黒大陸にいたのはかなり前なので、絶対とは言えませんが……」
「まあ、後でノエルにも見せてみよう」
地図を巻いてイズモに渡す。
「ほかには何かあるか?」
「向こうの移動手段は基本なんだ?」
「馬、もしくはワームだろうな。少しでも安全に行きたいなら、リザードが主流だ」
「魔物はどんな奴がいる?」
「野生のリザード、ストーンタートル、他はどこにでもいるような魔物だ」
「そいつらとは比較にならない強力な魔物の目撃証言はあるか?」
「……ない」
「ほら、また嘘を吐く。お前、商人のくせに嘘がへたくそだな。目が泳ぎ過ぎ、手の動きが不自然、応えるまでの間、ふざけてんのか?」
「チッ……。目撃証言がないのは本当だ。出会った奴は帰ってこねえからな。そいつが出る一帯ってのが……地図を貸せ」
ディケに言われたとおり、イズモから地図を受け取って手渡す。
「ここだ」
そういって、ディケは広げた地図の一部に丸を付ける。
そこは暗黒大陸の南端だ。
「ここにあるローフェンと呼ばれる町の近くに洞窟がある。その最奥にいる」
「つまり、その洞窟に入った奴らが一切帰ってきたことがない、と」
「ああ。ただ、今もいるかはわからねえ。奴は定期的に棲家を変える。そいつがいると思われた場所から生きて帰ってくる奴はそいつと出会っていないし、その棲家に入れば、討伐に向かった奴の装備が転がっているって話だ」
随分と好戦的な魔獣……なのか? 魔人族が血気盛んなだけだろうか。
まあいい。騎士団の後はこいつにも会いにいかなければいけないだろう。
「どうも。……あと、この国の通貨をカラレア神国の通貨にできるか?」
「さすがにそれは無理だ。……オレはな」
「ドライバー、10分の1でいい」
「かしこまりました」
ドライバーにデトロア金貨を3枚投げ渡す。この国ではかなりの大金だ。
それを受け取ったドライバーは、またテントに引っ込むと、今度はすぐに出てきた。
「カラレア神国の通貨はこちらでございます」
ドライバーからゴツゴツとしたものが入った袋を一つ受け取る。
中身は……宝石だ。たぶん。白色や赤色の鉱石だから、その辺の石とかではない。随分と豪華だな、おい。
「黒色の黒曜石に一番価値があります。次に白色の真珠。赤色の紅玉、青色の青玉、緑色の翠玉、黄色の黄玉、紫色の紫水晶の順で価値が下がります」
黒曜石、パール、ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ、アメジスト、だろうか。輝きはどれも少しくすんでいるようだが、色はちゃんと見分けられる。
黒曜石が一番価値が高いのかよ……ほかの宝石の方が高いんじゃないのか?
まあ、黒曜石が一番価値高いのは、たぶん黒神が関係しているんだろう。他のだって、純色神の色にちなんでいるし。
たぶん、黒曜石と真珠以外の順序は適当だろうな。グリムも黒と白の魔導書だけは特別だって言ってたし。
「加工すりゃ、美術品として高く売れそうなのに」
「魔人族に美術の観念がないのでしょう。通貨ですし、かなり粗雑な扱いをされております」
ドライバーの言葉にむっとするイズモに、通貨の入った袋を渡す。
「騙そうなどとは思っておりませんよ。対価も相応以上ですし」
「念には念だ」
まあ、イズモが今のカラレア神国の通貨の価値はわからないのだろうけど。
案の定、イズモは少し難しい顔をして袋を返してくれる。わからなくても、見せないよりはマシだろうけど。
「おい、さっさとオレにも金を払え」
ディケがイライラしたように急かしてくる。
言われたとおり、俺は白金貨2枚をディケに投げ渡す。
「……少なすぎるだろ。舐めてんのか?」
ディケがぎらついた目で睨んでくるが、俺は盛大にため息を吐きながら答える。
「素直に情報をくれたなら、もうちょっと出してもよかったんだけどな。嘘を吐くような奴に払うなんて、俺としては嫌なんだよ」
「なんだと……!?」
「そもそも後払いってのが馬鹿らしいよな。ドライバーなんか声を押し殺して笑ってたしよ」
ドライバーに目を向けると、口元に手を当てて顔を背けていた。
……まあいいか。商人は変人だしな。
「教育かどうか知らないけど、こいつはダメだな。商人としてまったく使えないぞ」
「わかっておりますとも。元から私のところで働かせる気はありません」
「なッ……! てめえ騙したのか!?」
「損失となるものをなぜ店に置かなければいけないのです? あなた、いっそ奴隷になった方がいいですよ」
ドライバーの言葉に唖然とするディケ。きっと、奴隷狩りを行うことから奴隷を売る方へ転身しようとしていたのだろう。
俺は懐から一枚の金貨を取り出す。
「仕方ないな。俺の質問に答えたら、これ一枚プラスしてやるよ」
「……なんだ?」
「同族の奴隷狩りって、楽しい?」
「――っ」
ディケが目を見開いて驚く。握っているイズモの手も、若干力が籠められる。
顔全体を隠すなんて、いくら裏路地だからって怪しすぎる。
そんな怪しい奴から情報を仕入れるなんて嫌だったので、魔眼で識別させてもらったのだが……魔力の色は黒。つまり魔人族だ。
イズモの反応はきっとこれだろう。この奴隷狩りに捕まったか、あるいはここまで連れてこられたか。ディケはイズモに見覚えはないようだけど。
まあ、別にドライバーだって人族だし、それで人族を奴隷狩りする命令を飛ばすから似たようなものかもしれないけど。
それでも、自分と同じ人種をその手で捕まえるのは、いったいどんな気持ちか知りたいものだな。
「……そうだな。同じ人種だからこそ、簡単に近づける。そして油断したところに痺れ薬飲まして一丁上がりだ。とても簡単で単純で、大金が手に入る」
ディケは開き直ったようにそう説明してくれる。
ディケの話が続く度に、イズモの手にギリギリと力が込められていくので、そろそろ切り上げてくれないと俺の手が痛いんだが……。
「楽しくはねえな。けど、案外楽に稼げる。それにカラレア神国での仕事は元騎士団の連中に見つかれば死罪もんだがな。……やめられないな、こんな楽な仕事」
「……」
「以上だ。ほら、早く渡せよ」
うーん、やっぱりこいつって、生きていくうえで重要な感覚が欠如していると思うんだが。
これじゃ、商人はおろか、奴隷狩りもそう長くは続かないな。
ディケはイズモから発されている敵意に一切気付くことなく、そう言い切った。
イズモが飛び出さないように、俺が手を握り返して引っ張っているんだが……こんなあからさまな敵意に気付かなければ、簡単に死ぬな。
「はいはい。薄汚い商人様」
「なんとでもいえ。この世は金だからな」
俺は先ほど見せた金貨を取り出し、ディケに近づく。
ディケのマスクを下ろしてやり、手に持った金紙に包まれた菓子を口にねじ込んでやる。
「もがっ!?」
「偽物の金の方がお似合いだぜ、体ごと腐った商人様」
せき込むディケを鼻で笑い、ドライバーに向き直る。
「今日はありがとよ。……俺は狙わない方が身のためだって、よく教えといてくれると助かる」
「ええ。こちらも暗黒大陸のアクセスがなくなるのは悲しいですから」
「そのうち死ぬよ」
「死ぬまでこき使いますよ」
クク、とドライバーと同時に低い笑いが出てしまった。
……あー、これじゃドライバーと同じ悪い人みたいじゃん。
「マスター……」
イズモの呆れた声が聞こえたが、ほんの少しだけ苦笑も混じっていた。




