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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
家族編 小さな魔法師
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いじめと少女と前世の記憶

「あ」


 次のページを開くと、落書きでほとんど読めなくなってしまっている。

 ページを捲っていくが、10ページほど落書きが続き、あとは落丁ですでになくなってしまっていた。


「あーあ……」


 参ったな……。ここまで詳しく書かれた歴史書は初めてだし、この世界を知るにはちょうど良かったんだが。


 俺は一息つき、本を閉じて脇に置く。

 仕方ないか。古本だし、落書きや落丁があったっておかしくないか。

 そよ風が吹き、俺の髪や道に生えている草をなでていく。


 結構時間をかけたつもりだったが、ネリはいつ戻ってくるのやら……。

 未だにネリが戻ってくる気配がない。


 本屋からもらった本がもう何冊かあったな。読んでおくか。

 そう思い、積んである本に手を伸ばそうとしたとき。


 ゴッ、という鈍い音が響いた。

 てか、音源が俺だった。


「いでッ!」


 頭に何かが、かなり強めにぶつけられたようだ。

 硬かったし、石か?


「いつつ……」


 痛みにこらえながら、頭に手をやり、当たった辺りを触る。

 どろっとした感触があり、驚いて手を戻して見る。


「うわ」


 見事な赤。

 おまけでついてきた白い髪も、赤に染められていた。


 俺は振り返り、投げつけた相手を確認する。

 すると、そこには3人の子供が突っ立っていた。


「化け物! なんでお前みたいなのがいるんだよ!」


 3人の中心に立つ、一番体のデカい奴が叫んでくる。

 ふむ、あいつがリーダーっぽいな。


「この魔王! なんでおれたち人族の村にいる!」


 そういって、今度は3人で石を拾って投げつけてくる。


「はあ? ちょっと待ってよ」


 とは言ってみるものの、当然聞く耳を持つはずもなく。

 3人は、俺目がけてこれでもかというほど大量の石を投げつてくる。

 しかも、それなりの大きさの石ばかりで、打ち所が悪ければ血が出る。や、最初の一発で血流したけど。


 投げつけてくる石から、顔と頭だけは守り、3人が諦めるまで耐えてみる。

 ……しかし、ここまで来るとうざいな。魔法でも使うか?


 魔力と命令式を弄れば、別に怪我をさせずに撃退できるだろうけど……。

 一応、俺の親であるニューラはこの村の守護騎士だし、あんまり厄介事をしたくはないんだが……。


「こらー!」


 反撃に出るか迷っていると、俺の後方から大声が飛んできた。

 すると、3人はピタリと動きを止め、叫びだす。


「うわ、ミーネだ!」

「ガミガミ女来るな! あっち行け!」

「来れるもんなら来てみろよ!」


 あっち行って欲しいのか来て欲しいのか統一しろよ。


「なんですって? 今すぐ行ってあげるから動くんじゃないわよ!」


「やーい、こっちまでおいでー」

「ババアが怒ったー」

「追いつけるもんなら追いついてみろー」


 捨てセリフを吐き、一目散に逃げていく3人組。

 まあ、逃がすわけねえけど。


「母なる大地よ、その雄大な力を大きく振るえ。

 彼の者を捕らえ、この地に縛り付けよ。【アースロック】」


 素早く唱え、3人組の足元目がけ、少し命令式を弄って魔法をかける。

 すると、その3人組の足元にでっぱりができ、それに躓いて転んでいく。


「「「へぶっ」」」


 3人揃って奇妙な声を出し、顔面から地面に突っ込んでいく。

 だが、それでも逃げようと即座に立ち上がり、涙目で俺を睨んでくる。


「母さんに言いつけてやる! お前なんか、騎士様に退治されちゃえ!」


 そして今度こそ、走り去ってしまった。

 ……最後の言葉、その騎士様はきっと俺の父親だ。

 そんなことに気付くほどの頭はないか。


 さて、あんなクソガキどもはどうでもいい。今は、先に助けてくれた人にお礼だな。

 俺は、隣に立つ人物へと視線を向けた。

 見た目は……少女か? ただ、俺よりも背が高いし、たぶん年上だな。でも大人には程遠い。俺が8歳で、少女が大体13,4歳?

 髪が青く……なんか人には本来ないはずのものがついている。耳の裏あたりに、エラか? 魚の尻尾っぽいものも、隠せる程度のものが生えてる。


 少女は、未だに3人組が去っていった方を怒った表情で睨みつけていた。


「あの、ありがとうございました」

 声をかけ、頭を下げる。


「え? あ、いや。別にいいよ」


 頭を上げると、少女が両手をバタバタと左右に振ってくる。


「いえ、助けてくれましたから」

「でも……自分で切り抜けれたようだけど?」

「そんなことはありませんよ」


 見抜かれたのか? いや、魔法を唱えているところと、3人が転んだことからの推測か。

 まあ、何だっていい。それに、俺一人では魔法を使うか躊躇っていたんだし。


「そう。偉いのね」


 そういって、少女は俺の頭に手を置いてきた。


「っつ……!」


 と同時に、先ほどの石がぶつけられたところに痛みが走った。

 思わず少女の手を弾いてしまう。


「あ、ごめんね。怪我してたんだね」


 少女は屈みこんで目線を同じにし、もう一度俺に手を伸ばして、今度は優しく触れてきた。


「大地の恵みと神の慈悲を、彼の者に与えたまえ。

 その一粒の涙で、傷は癒えよう。【ヒール】」


 少女の手が淡く光り、その手で俺の頭部、傷口に触れる。

 徐々に痛みが引いていき、やがて感じなくなった。

 回復魔法か。やっぱ便利だな。ノーラ、回復魔法はまだ教えてくれないんだよなぁ。


「今はこれで大丈夫だと思うけど、帰ったらお母さんに診てもらってね」

「うん。ありがとう」


 少女は立ち上がり、そしてもう一度3人組が去った方角を睨む。


「まったく、あの子たちは……。いつまでもやめないんだから」


 不機嫌そうにつぶやく。


「そういえば、お姉さんの名前は? 僕はネロといいます」

「そう、ネロくん。あたしは……そうね、皆ミーネって呼んでるわ」


 ミーネ姉さん……言い難いな。ミー姉さんでいいか。


「では、ミー姉さんですね」

「え? あ、うん……」

「嫌ですか?」

「あ、違うの。なんていうか、そんな風に呼ばれるの初めてで」


 あはは、と照れたように笑うミーネ。


「ミー姉さんは、僕に何か言わないんですか?」


 さっきの3人組よりかは常識があるんだろうけど、やっぱり聞いときたい。

 嫌々やっているのなら……悲しくはなるが、その辺は知っとかないとな。


「髪が白いこと? そんなことだけで魔王だなんて言わないわよ。それに、ほら」


 ミーネが耳の裏辺りを示す。


「あたし、人族じゃないしね」


 そういって、ミーネは軽く笑った。


 その時、俺とミーネの間にゴッ、と風が叩かれた。

 俺とミーネは、慌てて一歩ずつ後退する。


「兄ちゃんに何した!」


 風を叩いた人物は、木剣を握ったネリだった。


 ネリは木刀を構え、俺を庇うように前に出る。

 ……って、ちょっと待て!


「ネリ、ダメだよ! その人は――」

「兄ちゃんは下がってて!」


 俺の話になんざ耳を貸さねえ!


「ちょ、ちょっと待って。あたしは何もしてないわよ」

「嘘。さっき血の匂いがした」


 血の匂いって……野生の肉食獣かよ、お前。


 目に敵意がこもり、今にも殴りかかりそうなネリ。

 妹に守られる兄という構図……双子だからいいか。それに、剣術はネリの方が強いし。

 って、そんなこと考えてる場合じゃねえ!


「ネリ、落ち着いて」


 俺はネリの肩を掴み、木剣を握っている手も掴む。


「どいて! そいつ殴れない!」

「話を聞いて」


 耳元で、よく聞こえるように言ってやる。


「ネリ、その人は俺の傷を治してくれた人。怪我をさせたのは、別の3人組。見たでしょ?」

「3人組……? あ、なんか必死に走ってたね」

「そう、その3人が僕に石を投げつけたの。その人、ミー姉さんは助けてくれたの」

「ミー……姉さん?」

「ミーネさんだからそう呼んでる。さ、とりあえずネリ、謝ろうか」


 すると、ネリが木剣を引いて礼儀正しく頭を下げる。


「ごめんなさい。ミー姉ちゃん」


 その態度の豹変に、困惑の表情を浮かべるミーネ。


「え、あ……い、いいのよ。別に何もしてないし、されてもないから」

「でも、兄ちゃんが謝れって」


 あー……これはいけない。なんか俺が強制的にやらせてるみたいじゃん。

 だが、ミーネはそんなことに気にした風はなく、ネリの肩に手を置く。


「そっか。でも、ちゃんと自分が悪いって思って謝らないと気持ちは伝わらないし、謝る必要はないんだよ?」


 微笑を浮かべ、諭すように言い含める。


「でも……やっぱり、あたしが悪かったです」


 一度上げた頭を、ネリはもう一度下げた。

 その態度に、ミーネは満足そうに頷いた。



☆☆☆



 ミーネと別れ、家を目指す。

 どうやら、ミーネは通りかかっただけらしい。手を振って去っていった。


 ネリはちゃんと帽子を持ってきてくれて、それをすぐにかぶった。

 サナはああ言っていたが、俺に対処の方法など、ただ受け流すことしか知らない。


 実際、魔法を使おうとして使えなかったのは、ただのトラウマだ。

 前世でのいじめの記憶が、フラッシュバックしたのだ。もしやり返して、その倍返しを喰らったら? ああいった連中は粘着質のように、どこまでも引っ付いてくる。

 家にまでくれば、それこそ家族に迷惑をかけてしまう。気にしくていいと言われているが、これについても、前世の記憶が邪魔をする。

 俺はいったい、前世のことをいつまで引きずればいいのか……。


 重いため息を吐く。


「どうしたの?」


 ネリが顔を覗き込むように見てくる。


 その瞬間、あの幼馴染の顔を錯覚した。


「……!」


 反射的に口元を押さえ、目を固く閉じる。

 嫌な冷や汗が額から垂れてくる。胃の中のものが喉元までせり上がってきた。


 恐る恐る目を開ける。

 果たして、そこにいたのは――


「……ネリ」

「そうだよ? 大丈夫?」


 幼馴染の顔などなく、そこには8年間ずっと一緒に育ってきた妹の顔があった。

 ……そりゃ当たり前か。同じように転生してたところで、同じ顔に生まれるわけがないよな。


 俺は気持ちを鎮めるように深呼吸をした。

 吐いた息は、安堵の息のようでもあった。


「やっぱり、あの3人組叩いてこようか」


 怪訝そうな顔で言うなり、ネリが踵を返そうとする。


「ちょ、待って。兄ちゃんは大丈夫だから」

「本当に?」


 疑念の眼差しを向けてくるが、無理に笑って納得させる。


「ホントホント。さ、早く帰って母さんにおやつ作ってもらおう」

「……うん! そうだね」


 さりげなく話題を変え、ネリの興味を別へ向かせる。


 ネリは貰い物を持ったまま、駆けていく。

 危なっかしい足取りに、こちらがハラハラしてしまう。


「ネリ、転ばないでよ」

「わかってる――あっ」

「あっ」


 ネリが小石に躓き、宙に浮く。


 こいつ、期待を裏切らないな。

 持っていた貰い物なんて、全部ぶちまけちゃってるし。


 と思ったが、ネリは一向に地面に落ちない。


「ネリ、お兄ちゃんの言うことはちゃんと聞いてあげなよ」


 それもそのはず、ちょうど通りかかったナトラが、ネリを支えていた。

 しかも、ナトラのもう一方の手には紙袋が握られている。


「兄さん。魔物退治は終わったんですか?」


 ナトラに近づいていきながら聞く。

 終わったらニューラと一緒に帰ってくると思ったが、ニューラは見えないな。


「うん、終わったよ。おやつの材料を買うから、父さんには先に帰ってもらってる」

「そうだったんですか。あ、おやつ代は母さんからもらってるので」


 俺はデトロア銅貨を5枚、サナにおやつの材料代でもらったお金を渡す。


「ありがと」


「兄さんありがと!」


 ネリがナトラに元気よくお礼を言い、ぶちまけた貰い物を拾い出す。

 幸い、割れたものなどはなく、捨てずに済んだ。


「あ、そうだ。兄さん、アルさんが王都から手紙が届いてるって」


 アルバートに言伝を頼まれていたのを思い出す。


「そうなの? ありがと、ネロ」


 ナトラが俺の頭へと手を伸ばし、くしゃくしゃと撫でる。


「あの、何の手紙なんですか?」

「ん? あ、そうか。ネロは寝てたから知らないんだったな」


 ネリがすぐに帰りたそうな目をしていたため、ナトラは家へと歩きながら話してくれる。


「俺とノーラは、ネロが寝ている間にそれぞれ、王都の騎士団と魔術師団の試験を受けてたんだ」


 そうだったのか。それで、手紙はその合否通知、と。


 でも、この二人が落ちるとは思えないんだよなぁ。

 ナトラは現役騎士のニューラと互角以上の戦いをするし、ノーラだって、家族以外の魔術師を見たことはないけど、才能があるのは確かだ。


「受かってるといいんだけどなー」


 ナトラが軽い調子でそういう。

 まあ、合否判定ってやっぱりわかるまで不安になるもんだよな。

 落ちてるはずがないと思っても、聞く直前まで緊張はするんだろう。


「兄さんが受かったら、家でてっちゃうの?」


 ネリがナトラを見上げるようにして尋ねる。


「そうなるね。でも、長期休暇の日は帰ってくるし、できるだけこっちの方の仕事をする気ではいるよ」


 確かに、ここらの仕事は絶えないだろうなぁ。


 アレルの森にゼノス帝国。どちらも放っておけないし、実力者が必須だ。

 今はニューラの指揮する騎士団と自警団しかいないし、騎士団はゼノス帝国に対してしか使えない、とか愚痴ってたっけ。

 だけど、ナトラはここの出身になるわけだし、アレルの森にも進んで行ってくれるだろう。


「ま、それでも入団後の2年間は騎士学校に通わなきゃいけないんだけど」

「騎士学校、ですか?」

「うん。そうだよ。ノーラも魔法学校に通わないといけないし。その学校で王に仕えるためのノウハウを習うんだ」


 学校か。やっぱどの世界にもあるんだな。

 だけど学制とかはないのか、特に義務教育もなさそうだな。


 学校にはいい思い出がないし、できれば行きたくないんだよな。

 課題は自分の時間を潰されるし、クラスの奴には嫌でも調子を合わせないといけない。先生にだって、従わなければならない。友達はいなかったからよくわからんが、似たようなもんだろう。

 だけど、極めつけは――


「学校にも、貴族の人が来るのですか?」

「そうだね。民間の学校って、どちらかというと貴族階級の人の贅沢みたいなものだし」


 やはり、いるのか。貴族のボンボンが。

 あいつら、どうせ自分の思い通りにいかないと金と権力に頼るクズばかりだろうな。

 ……これは偏見か。前世でラノベやアニメに毒されたな。


「ま、それでも王都の子供たちは大体が学校に通うけど。学校に行ってた方が将来が安心らしいし、奨学金とかいうのもあるらしいしね」


 やっぱり、どこの世界も同じだな。

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