第四十三話 「打ち上げ」
連れてこられたのは、この城下町ではそこそこの値段のする『赤椿亭』と呼ばれる飲食店。
そこまで高級ではないし、団体での入店もできる。ただ、平民の集まる7組では少し敷居の高い飲食店だろう。
事実、そこに着いた時に集まっていた7組生徒は全員怖気づいたようにして店に入っていなかった。
まあ、俺のお小遣いなんてすべて学園長の金だし、ここにはノエルとフレイヤ、それにグレンもいるから金には困らないだろう。
7組生徒がこちらの一団に気付き、あからさまにほっとした表情を見せた。
いや、別にその反応も仕方ないと思うが……もう少し周りを見ろよ。店の前で、結構邪魔になっているからな。
ノエルとフレイヤが慣れたように『赤椿亭』のドアを開けて入っていく。それに続き、俺も入ると続々と7組生徒が入ってきた。
予約は既にしていたようで、席の方へ案内される。人数が人数なだけ、貸切のような状態だ。
席から少し離れたところに料理がこれでもかというほどに置かれている。ビュッフェスタイルのようだ。
……これ、調子乗りすぎると吐きそうになるまで食べてしまいそうだ。
俺は元が庶民のため、参加費分は絶対に食べようとしてしまうんだよな。ほとんど達成したことはないけど。
全員が飲み物を取って席に着くと、なぜか俺に視線が集まってくる。
その視線の意味が解らないので、とりあえず隣のノエルにそのまま流してみる。
「ほら、何か言いなさいよ」
「え、なにその無茶ぶり。俺そんなアドリブできねえよ」
というか、こういうのって座る前に料理取ってくるんじゃないの? なんで皆動かないの? なんで俺に視線集めてるの?
ここは俺が真っ先に立って料理を取ってくれば皆続くんじゃ……。
と思って席を立とうとすると、やはりノエルに強引に座り直される。
……いや、ホント何を言えばいいの? ここまで来て俺に何をさせようっての?
まあ、無難なことでも言っておけばいいか。
「えーっと……とりあえず、学校祭お疲れ様でした。皆のおかげで最下位から準優勝まで上り詰めることができた。俺のいない間、よく頑張った。……ということで」
「それだけ?」
「えっ」
横からいきなり、ノエルに小首を傾げながら訊かれる。
え、ダメなの? こんな感じで終わりじゃないの? 平凡だけど十分じゃない?
なんて思ってクラスメイトも見回してみるが、どうにも満足いってない様子。
打ち上げって食えればそれでいいんじゃないの? 違うのか?
「なんか、もっとネロっぽいこと言ってよ」
「俺っぽいことって……」
何、またでかいこと言えばいいの? 来年は優勝しますって? クラス違うな。
えー……学校祭の後の行事って言ったら……課外授業? あと低ランクのダンジョン攻略があるな。どんなものか知っておけって感じで。
ただ、ダンジョン攻略は特に競うような行事でもないからな。
でもな……課外授業もなんか違うと思うし……。
仕方ない、でかいこと言っておけば満足するなら、後先考えずにバカなこと言っておいてやろう。
俺は一度息を吐くと、全員を見回す。
「お前ら全員、来年は1組に押し上げてやるよ。……まあ、そのためには俺の補習とかいろいろとやってもらわないといけないけどな」
……きりが悪いな。
「このメンバーで学校祭はもうないけど、結果は準優勝だ。7組の快挙、今日は喜んでおこうぜ」
そういってコップを手に取る。
俺に倣うように、クラスメイトもコップに手を伸ばした。
「んじゃ、乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
ガチャガチャとガラスの合わす音が鳴り響く。
俺は適当に合わせて、一息つく。
皆は思い思いに立ち上がって料理を取りに行き、混雑するだろうから俺は少し待つ。
行列は好きじゃないんだ。立ち続けるのもつらいしさ。
「さすが大きいこと言うわね」
「命令されたようなもんだろうが……」
恨みを込めた視線で隣のノエルを見るが、当の本人は素知らぬ顔だ。
……まったく、なんでこんなことしなきゃいけないんだよ。
それこそ、クラスの人気者がやっていればいいものを……ああ、でも7組でそこまで目立つ奴って俺とノエル以外にいないな。
大きなため息が出る。
まあ、このクラスとも後半年程度の付き合いだけども。
席に戻り始めたクラスメイトを見て、俺もそろそろ料理を取りに行くために立ち上がる。
イズモとノエルもついて来るように立ち上がった。
並べられている料理のほとんどは、食材さえ揃えれば自分でもできるようなものだ。
なぜこんなものをわざわざ高い金を払って食べなければいけないのだろう。食材から買って自分で作った方が安上がりなのに。
確かに大勢で食べるにはいいかもしれないが、出したまま放置していれば虫がたかるかもしれないし、冷めもする。
一体、何が悲しくて冷めた――
「マスター、今ひどいこと考えてません?」
「なんでわかるの? ねえ、なんで俺の心を読んでくるの?」
普通に怖いんだけど。そんなに表に出ているのか? 俺の考えは。
イズモが「なんとなくです」と答えてくるが、反対のノエルの方へ向いてみる。
「え? あ、うん。なんか、褒めるような考えはしてないな、とは思ったわ」
「マジかよ……」
俺のプライバシーどこいった。……これは自分で管理しないといけない部分だけど。
まあ、そこまで詳しく知られているようでもないし、別にいいか。なんか隠すのも面倒そうだし。
ということで何も考えないように、適当に目に入ったおいしそうな料理を片端から皿に乗せていく。
3皿ほど満杯に乗せると、そのままテーブルに戻ろうとする。
「やあ、ネロ。君も飲まないかい?」
酔っ払いに絡まれた。
「飲みませんよ。やめてください学園長。酒臭い」
肩を組むようにして絡んできたのは、酒が入った学園長だ。
顔のすぐ横に学園長の顔があるので、酒臭い息が直に鼻をついて来る。
ていうか、いつの間に来ていたのだろうか。家を出る際にはいなかったと思うんだが。
「いいじゃないか、今日くらい。ほら、ネロだってまだお酒飲んだことないんだろう?」
「ないですけど……飲みたくないですよ」
アルコール中毒とか、絶対になりたくないし。
あ、でもニコチン中毒っぽいものにはなっているかもしれない。コタバの葉はやめられないし。
そろそろモートンにもらった分も尽きてきたし、ホドエール商会が早くエルフの里の方にパイプ持たないかなと考えている。そこから入荷してくれそうだし。
この辺の煙草は粗悪品らしく、モートンの作ったものとは違って有害らしいし。
「まあまあ、これでも飲みなって」
学園長は俺の話など一切聞かず、ワインのような色の酒が入ったコップを強引に渡してどこかに歩いて行ってしまった。
「いりませんってのに……」
学園長の後ろ姿につぶやくが、当然聞こえるはずもない。
俺は渡された酒に目を落とし、ため息を吐く。
この世界では15歳で成人だ。つまり、俺は既に酒を飲める。
けど、前述通りアルコール中毒とかなりたくないので今まで飲んだことなど一切ない。
それに学園長も普段は酒を飲まないようで、家にも酒蔵はあるようだけどほとんど入らない。
訊いた話によると、王妃が訪れた際や使用人にお礼として飲むだけのようだ。
先ほどの絡みを受けた俺としては、悪い酒になっているので禁酒してほしいところだ。
まあ、俺に実害がなければどれだけ飲もうが知ったことではないが。
テーブルに戻り、酒の入ったコップを置いて料理を食べる。
もちろん飲まない。俺はお子ちゃまなのでオレンジジュースでいいのです。
と思っているのだが、周りのクラスメイトが何の躊躇いもなく酒をくいくい飲んでいる。
……見てると飲みたくなるのはなぜだろうか。
だが、そこで視線を酒の入ったコップに持っていくが、俺としてはどうも躊躇いがある。
「無理しなくていいんですよ?」
「まあ……乗り物酔いと酒酔いは一緒じゃないだろうけど……」
触らぬ神に祟りなしともいうし。
しかしまあ、まったく飲んでみたくないというわけでもなく……。
「なにー? ネロお酒飲めないのー?」
飲むかどうか悩んでいると、向かいに座る女子のクラスメイトに絡まれた。
相手も結構飲んでいるようで、少し頬が赤くなっている。
「はあ? ふざけんなし、なめんなし、飲めるし」
学園長に渡されたコップを引っ掴み、目の前まで持ってくる。
「ちょ、マスター! やっぱりやめた方が……!」
「いいじゃない、イズモ。いくらネロでもお酒一杯で酔うわけないでしょ」
そうだよ、ノエルの言うとおりだよ。
たった酒一杯で酔うなんて、聞いたこともない。
だから大丈夫だ。うん、大丈夫。
意を決して、一気に酒を呷った。
……うわ辛い。
とても辛い。喉が焼けそう。しかも頭までくらくらしてきた。
うわなにこれやばい。
そこまで思考が行く前に、バランスを崩して横に倒れ込んでしまった。
☆☆☆★★★
「マスター!?」
酒を一気に飲み干したネロが、隣で成り行きを心配そうに見守っていたイズモの方へと倒れ込む。
イズモは慌てて受け止める態勢に入ったが、ネロが倒れると同時に宙を舞っているコップもキャッチしようとしたせいで、自分もバランスを崩す。
宙を舞うコップは掴むことができ、割れずに済んだ。しかし、ネロをうまく受け止められず、勢いそのままに床に倒れ込んでしまう。
「え、うそ……一杯で酔ったの?」
ノエルが倒れ込んだ二人を見て、そんな驚いたような声を出した。
彼女の反応ももっともだ。たった酒一杯でここまで酔うなど聞いたこともない。自演ではないかと疑いたくなるほどだ。
だが、当の本人はまったく演じているような様子はなく、本当に酔っているように見える。
頬は少し赤く染まり、イズモに覆いかぶさるように倒れ込んでいる。
「あらら、少し強すぎたかな?」
そこに、偶然通りかかったような学園長が、ネロの現状を見てそんなことを言った。
ノエルは学園長の方へ向きながら問う。
「一体何を飲ませたんですか?」
「えっとねぇ……普通の葡萄酒だと思ったんだけど、どうもアルコール度数が高い奴だったんだよね」
あっはっはっは、と笑いながら、持っていたコップを傾けながら去っていく学園長。どうやらこの状況を助けてはくれないらしい。
だが、彼女もかなり酔っているだろう。普段なら、面白そうだと言ってネロがどんな行動を起こすか見ていくはずだ。
去って行った学園長の背を見ていたノエル。だが、その後ろでは事態が進行している。
傍から見れば、ネロとイズモの態勢は際どいものだ。イズモがネロの下敷きになり、ネロが押し倒したような恰好だ。
初めはネロがイズモの胸あたりに顔を埋めていたのだが、落ち着いてきたのか両手をついて互いに目を合わしていた。
「…………」
「あの、マスター……?」
真剣な顔のネロに無言で見つめられ、イズモは半笑いのような表情を浮かべる。その顔は次第に赤く染まっていく。ネロの吐く息は酒臭いが、そこまで意識が回っていない様子だ。
赤い顔で見つめ合う二人を、少しでも見ようと7組生徒が人垣を形成し始める。
そのことに気付いたノエルも、二人の方へ顔を向ける。
酔っていないネロならば、今すぐにでも立ち上がって集まったクラスメイトを追い払うだろう。だが、酔っている。正常な判断……というか、彼は今、完全に別人格になっている。
それを示すように、ネロはこんな状況になってもまったく気にした風もない。
どんなことをしでかすのか、その瞬間を今か今かと待ちわびる生徒群。
その中で、ノエルとイズモだけは嫌な予感しかしていない。
普段から予測不能な行動をしているネロが、さらに予測不能な状態になっているのだ。どんな爆弾が投下されるかわかったものではない。
今まで無表情だったネロがいきなり、にへらぁと弛緩した笑みを見せた。
その笑顔は今まで見たこともない、純真な笑顔だとわかる。これまでずっとネロの黒い笑みしか見たことがなかったのに、いきなりそんな笑みを見せたのだ。当然、二人は警戒した。
今すぐに止めた方がいいのだとは思うが、それと同時にどんなことになるか見たいとも思ってしまっている。
皆が見守る中、ネロはゆっくりと口を開いた。
「いずも、ご褒美いる?」
「ご、ご褒美……ですか?」
「今まで頑張ってくれた、ご褒美」
ネロの意図するところがわからず、鸚鵡返しする。
それは見ている人も例外ではなく、次の言葉を待っている。
そして爆弾が投下される。
ネロは一度、大仰に頷いた後、やはり変わらぬ笑顔で内容を告げた。
「キスしてあげようか?」
彼の発した言葉に、その場の全員が硬直した。
数秒の沈黙は彼の言葉の意味をしっかりと理解するためのものだろう。
だが、どれだけ考えようとも、言葉通りにしか受け止められない。
「「「おおおおおおおおッ!!」」」
瞬間、怒号のような奇声が迸った。
7組生徒の叫びは店を揺るがすようなほどの大きさだった。
生徒の叫びの中には「ついに」や「やっとか」などといった言葉も混じっている。そして、「ノエルはどうだ?」という疑問も。
それでもネロは気にした風はなく、笑顔のままでイズモを見つめていた。
対し、言われたイズモは生徒の叫びを聞いてようやく硬直から抜け出す。
うるさくて耳が痛い、とか、ノエル様はまだ固まってる、などと考えているのは逃避しているためか。
だが、ネロの言葉に向き合わなくてはならない。返事をしなくてはいけないだろう。
もう一度ネロの言葉を思い出し、そして耳まで赤くする。
「…………」
「んー?」
「……えと」
首をかしげて返事を待っているネロに対し、どういおうかと悩んでしまう。
断るのが正解だろう、と考えるも、今を逃したら一生ないかもしれない、と考えてしまう。
やはり葛藤するイズモだが、その間に硬直から抜け出たノエルが慌てて近づいてくる。
「い、イズモ! 真剣に考えてる場合じゃないでしょ! 酔ってるのよ!?」
「あ、そ、そうですよね! 今のマスターは酔ってるマスターですものね!」
酔ってなかったら頷くのかよ、という問いは押し止め。
ノエルは急いでネロを羽交い絞めするようにして引きずり、イズモから引き離す。
ネロの体は、力を入れられていないように重く、彼女の腕力では支えるのが精一杯だ。
何とか椅子に座らせようとするが、肩越しにネロが振り返ってくる。その顔は少し不機嫌そうだが、露骨に嫌そうな顔はしない。
「なにー? ノエルもして欲しいのー?」
「え……と」
ネロの問いに思わず言葉に詰まってしまう。
「ノエル様?」
「ち、違うわよっ? 唐突過ぎただけよ。それだけよ!」
イズモの視線に居心地悪そうにしながら弁明する。
その間に何とかネロを椅子に座らせることに成功する。
「ほら、これでも飲んで落ち着きなさい」
始めに取ってきていた飲み物をネロに渡しながら、この酔っ払いをどうしようかと考える。
このまま放置しておけば、そのうちキス魔にでもなるんじゃないかという予感がひしひしとしてくる。もちろん、そんなことにはさせないつもりだが。
しかし、自分の近くやイズモに任せるのも危険な気がしてならない。
どうしよう、さっさと連れて帰った方がいいだろうか、と真剣に悩み始める。
その時、今度は赤い髪の少年が近づいてきた。
少年――グレンは弛緩した笑みを浮かべているネロを視界に入れると、目を見開いた。
彼の隣にいたフレイヤも、グレンの視線の先を追って興味深げな表情を浮かべた。
「こいつ、誰だ?」
グレンがたまらずといったように、真剣に悩んでいたノエルに聞く。
ノエルはグレンが指差す先を見て、頭に手を当てながらため息を吐く。
「ネロよ」
「……本当か?」
「疑いたくなるのはわかるけど、間違いなくネロよ」
グレンは、今ほどゆるい表情の彼を見たことがなかった。そのため、疑わずにはいられないのだ。
もちろん、それはノエルやフレイヤだって同じだ。この中で一番身近にいたであろうイズモですら、初めてなのだから。
今、ネロにはイズモがついて世話をしている。酔っているせいで全体的にゆるい。持っているコップもすぐに落としそうになるのを、イズモが助けているのだ。
すると、ネロが新たに来たフレイヤとグレンを見つけた。
グレンを見ると同時に、笑顔から一変して不機嫌顔になる。その変わりように思わずグレンも頬を引きつらせるが、ネロは鼻息一つして顔をそむけた。
「なんだその態度はァ!」
いつもの対応のはずだが、今日のグレンは少し違った。
普段の彼なら、同じように鼻で笑って流すが、今のグレンには学校祭の魔騎戦争の恨みがあるのだ。
ネロの開幕の一撃で、ほぼ終了間際まで寝かされていた。態度には見せなかったが、彼も学校祭の魔騎戦争を楽しみにしていたのだ。それが、たった一発の攻撃で来年まで持ちこされたのだから、恨みを持たれても仕方がない。
グレンは怒りのままに詠唱を始めると、ネロに向かって一発の火球を放った。
突然の出来事に、7組生徒だけでなくホールスタッフまで驚きの声を上げていた。
「……」
対し、ネロはその火球を一瞥するだけで、あとは火球の軌道上に指で一本縦に引くのみ。
それだけで、ネロの引いた一線に裂け目ができ、火球はその中に入っていった。
火球は裂け目から出てくることはなく、店内の人は気付かないがそのまま店の屋根にある別の裂け目から天に向かって放たれた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
わかったのは、魔導を使ったネロ本人と、その魔導を知っているイズモの二人だけだ。
グレンが、くそ、と憎々しげにつぶやくと次弾を発射した。
その火球を、今度は見ることもせず、ネロは先ほどと同じようにして火球をこの場から消した。
グレンが地団太を踏みながらも次々とネロへ向けて火球を放っていくが、そのすべてが裂け目に入って消えていき、そして天へと放たれている。
その間、ネロは初めに取ってきた料理を黙々と食べていた。その様子が、さらにグレンを煽っているのだが。
「ねえ、イズモ。あれって何かわかる?」
ノエルが、飛び交う火球に気を付けながらイズモの下へ移動すると、ネロと同じように料理を食べていたイズモに訊く。
「えっと……、あれは【イビルゲート】と申しまして」
教えていいものかどうか迷ったが、ノエルが敵になるとも思えないので教えることにした。
ネロからは魔導についてあまり教えるなと言われているが、大丈夫だろうと判断する。
「入り口と出口の二つの裂け目を作るんです。それで、入り口から入ったものは出口から出てくる、というものなのですが……」
「つまり、グレンの放ってる火球はどこかから撃ち出されてるってことね?」
「はい。他にも、魔導書関連で裂け目に落ちたものはすべてこの魔導で引き出せるとか」
学園トーナメントで使った【アビス】という魔導、これにバーブレイを落としたが、学園長に出せと言われた際に【イビルゲート】で出していた。
ノエルはこのことを思い出し、納得する。が、それと同時にグレンを止めなければ、と思う。
グレンの放つ火球はそれなりの威力があり、むやみに放たれていては危険だ。それに今のネロは酔っている。外に撃ち出してくれているようだが、その操作が万が一乱れるかもしれないのだ。
「グレン、ちょっと落ち着きなさい。詠唱して撃つあなたに、詠唱破棄できるネロが倒せるわけないでしょ」
「そんなことで諦めるか!」
今ここでそんな決意をされても困るだけなのだが。
グレンは一切退こうとせず、火球も止まらない。
ノエルはため息を吐きながら、フレイヤの方へ向かう。
フレイヤは相変わらずの笑顔で二人の魔導師の応酬を見ている。
「フレイヤ、そろそろ止めてくれる? 騒ぎになるわよ」
「そうですね。……グレン、やめなさい。お店に迷惑ですよ」
フレイヤの一言で、ようやくグレンの火球が止まる。
「……フレイヤ様が言うなら」
「やーい、怒られてやんのー」
「ネロは黙ってて」
なおも煽ろうとしたネロを、ノエルが一喝する。
口を尖らせて不満顔を見せると、ネロは椅子から立ち上がって歩き出してしまう。
どこに行くのかと思ったら、一人でワインボトルを何個も空けている学園長の方へ向かっていた。
すでに出来上がってしまっている学園長に、ネロが近づいていく。
まずい、学園長にまでキスを迫ったら救いようがない、と一瞬で失礼にあたる思考を巡らせると、ノエルとイズモが慌てて止めに向かう。
だが、その前にネロは学園長に声をかけた。
「がくえんちょー、もう一杯ちょーだい」
「んー? これか? いいぞー」
二人の予想は外れてくれたが、それでも危険な状況に変わりはない。
ネロがあれ以上酔ったらどうなるのか。想像もしたくない。
学園長も易々と渡さないでください、と心の中で叫ぶが、当然届くはずもなく。
ネロは学園長から受け取ったコップを、さらに一気に呷った。
ああ……! と声にならない悲鳴を上げるが、二人の予想はまたも外れた。
叩きつけるように、酒の入っていたコップをテーブルに置くと、
ネロが床にぶっ倒れた。
★★★☆☆☆
翌日、俺は目を覚ますとひどい頭痛に襲われた。
これはあれか? 俗にいう二日酔いか?
と思うが、俺は昨日の打ち上げでは学園長に渡された一杯の酒しか飲んでいないはずだ。
……まさか、一杯で二日酔いするほどに俺は酒に弱いのか?
だが、どういうわけかその一杯を呑んだ後の記憶がない。
なんか、グレンに滅茶苦茶攻撃されてたような気がするが、記憶が定かでないので確信が持てない。もちろん、事実なら叩き潰しに行くが。
それにしても頭痛がひどい。確か、解毒魔法で緩和できると聞いたが……。
一応、自分でかけてみる。……うん、あんまり変わらないな。
あとでフレイヤあたりに頼めばいいか。医療系統に関しては、フレイヤが一番優秀だし。
頭を軽く振ろうとして、すぐに痛みが走ったので断念する。
……どうにも昨日のことが思い出せないのだが……何かやらかしたかもしれんな。
こういうのはちゃんと知っておきたいのだが……。
その時、イズモが起きた。イズモは寝惚け眼をこすりながら欠伸をしている。
「なあイズモ。昨日なんかあった?」
俺の声に、なぜか肩を震わせるイズモ。
そして俺の方へ向くと、顔を赤くしていく。
……俺、なんかしたか?
「お、憶えてないんですか?」
「なんつーか……微妙に」
「ど、どのくらい……?」
「えーっと……イズモの間近でなんか言ったとは思うんだけど……」
「あ、そ、それならいいですっ! 思い出さないでください!」
「は……? いや、お前、記憶がないって結構怖いぞ。いいから教えてくれよ」
「いえ、本当に知らない方が……!」
「……え、なに? 俺そこまでひどいことしたの?」
「ひどいと言いますか……聞きます?」
イズモがやけに真剣な声で尋ねてくるものだから、こちらとしても気後れしてしまう。
……本当に何があった?
いくら記憶を探っても、やはりないものはいくら探しても見つからない。
訊いて大丈夫だろうか。訊かない方が……。
「どうします……? 私だけだと伝えきれないので、ノエル様やフレイヤ様も一緒にいて欲しいのですが」
「……いや、いいです」
なんか怖い。
たった数時間程度の記憶なら、別に構わないよね。うん。
……酒で記憶を失っているから怖いんだが。
訊いても怖そう。結局怖い。
俺はため息を吐きながら自室を出た。
☆☆☆
ダイニングでフレイヤに会い、解毒魔法を頼んでかけてもらった。おかげで頭痛は収まってくれたのだが、フレイヤの態度がおかしかった。目を合わそうとしないし、若干顔も赤かった気がする。
ノエルも似たようなものだ。俺の方を極力見ないようにしていたし、話しかけてもたどたどしい印象を受けた。
グレンは俺の方を、いつも以上に鋭く睨んできていた。
学園長は俺と同じように二日酔いらしく、フレイヤに解毒魔法を頼んでいた。ついでに記憶も定かではないらしい。
学園長を除く、これらすべての原因はやっぱり昨日の打ち上げだろう。
しかし、イズモには訊かない方がいいと言われたし……どうしたものか。これだと、学園に行くのも億劫になってしまう。
まあ、それでも何とか登校はするのだが。
7組の教室前に着くが、扉を開けるのに結構勇気がいる。
なんだ、この感覚。夏休み明けに1週間さらに休んだ時くらいの躊躇いがある。
とはいえ、開けないわけにはいかない。今日はノエルが先に行ってしまっているので、遠慮なく開けてくれる人がいない。
イズモに頼めるかもしれないが、手をかけてしまっているしな……。
意を決して教室の扉を開く。そして中に入る。
教室内を見回してみるが、クラスメイトの反応はいくつかある。
目を逸らす者。
ニヤニヤしている者。
顔を赤くする者。
からかおうか迷っている者。
これくらいか。パッと見だけなので間違っているかもしれないが。
ニヤニヤとからかおうとしている奴らは同じかもしれないな。まあ、実行するような奴はいないだろうけど。
しかし、一体俺は何をしたのだろうか……。クラス全員からこんな反応されるようなことなんて、想像もしたくないんだけど。
ここまで来ると知っておかないと危険な気がする。
昨日、一体何があったのか。だけどイズモは一人で説明できないって言っていたし……比較的マシそうなクラスメイトの奴にも聞いてみるか。
「……イズモ、やっぱ教えて」
「……後悔しますよ」
「……」
「……」
声音がやけに真剣で、本当に怖い。
しかし、訊かないとどう接すればいいのか……。
「…………か、覚悟はできた」
何度か深呼吸をして、イズモに言う。
すると、イズモはすっと表情を消し、ゆっくりと話し始めた。
結果、とりあえず駆け出した。
イズモの話を聞き終え、クラスメイトから補足を受けながら昨日のことを知り、居た堪らなくなってとりあえず走った。
……酒は、飲まない。




