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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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第四十一話 「棒倒し」

 各組が十分に離された配置をされる。

 会場は満席状態だ。確か、フレイが今競技に出場していないんだっけ。キルラはこの後に行われる2年の棒倒しに出るはずだ。

 つまり、注目株がこの闘技場に全員集まっているわけか。


 大量の視線に思わず逃げたくなる。

 人前が苦手なら、注目されることはもっと苦手だ。気分は最悪だ。


 陣営内の中心には、大人一人がぎりぎり抱けるくらいの太さの木の棒が立てられている。

 その周りに倒れないよう生徒が集まり、他クラスの生徒から守るのだ。


『それでは、これより第5競技、クレスリト学園生徒による〈棒倒し〉を始めます』


 アナウンスをしているのは魔法学園生徒のようだ。

 アナウンサーはそのまま軽く説明をしていく。出場者は全員頭に叩き込んでいることだろう。


 俺はそのうちに、もう一度全員に言っておく。


「いいか? 最初が肝心だ。腹の底から張り上げろよ」


 俺の言葉に、出場者が頷き返してくる。

 小手先の魔法ばかりではあるが、小さい魔法でも集めれば巨大になる。

 一つ一つは微々たるものでも、かき集めてしまえば兵器に負けず劣らずの効果を発揮するものだ。


 アナウンスがようやく終わり、審判の先生が出てくる。

 審判の先生は片手を空に突き出すと、一つの火の玉を打ち上げた。

 それは俺の使う花火によく似ているが、音が鳴るだけの音響弾のようなもの。高く舞い上がり、頂点あたりで破裂して音を響かせた。


 その瞬間、学園生徒が声を出しながら動き出した。

 初動だけで判断するに、1,2組はやはり7組を潰しに来た。3,4組は5,6組に向かっている。

 その中で、我ら7組は動かない。全員が大きく息を吸い込み、――声を張り上げる。


「「「あああ――ッッッ!!」」」


 7組の精一杯、大音量の声帯砲。

 それに魔力を込め、火魔法に分類される音魔法を打ち出す。

 音の振動は瞬間的に広がっていき、完全に虚を突いた開幕の一撃で他クラスの生徒がこけたり足を止める。


 その中を、俺含める攻撃組の生徒が駆け抜けていく。防御組はそのまま声を張り上げている。

 ほとんど他クラスの妨害を受けることなく相手陣地に飛び込んでいく。

 攻撃隊のうち、5人一組程度にして、5,6組の棒を奪いに行く。この二つの組が上位の組にとられても負けてしまうためだ。


 その後も攻撃組は数を減らしていき、結局残ったのは俺一人。

 つまり、1組の棒は俺一人で奪取する。


 これでは俺だけに花があるようだが、1組とガチでやり合いたいという生徒がいなかったせいだ。仕方ない。俺だってやりたかない。

 だが、一番成功率の高いとも考えている。

 問題は、1組にグレンがいるということだ。


 声帯砲の怯みから立ち直ってきた1組生徒が、俺に向けて様々な魔法を打ち込んでくる。

 火球、水球、風弾、土塊、紫電、なんでもござれだ。

 それらすべてを指で弾くようにするだけで、放たれた道を戻り始める。

 魔力操作による弾道変更だ。魔法程度ならこの数、何ともない。


 防御組の声も切れてきたころ、俺は1組の陣営内に侵入した。

 その先にある丸太目指して駆ける。


「奴に構わず、攻撃組は突っ走れ! 俺が対応する!」


 グレンが俺へと攻撃が集中していることに気づき、すぐさま命令を飛ばす。

 やっぱ状況判断がうまいな。確かに、俺でもこの状況なら無視をさせるだろう。

 だけど、相手が俺では意味がないぞ。


 身を低くし、地面に右手を付ける。

 そこから魔力を流し込み、水の魔法を発動させる。

 範囲は自陣を囲うように、だ。魔力が多いからこその芸当でもある。


「【イロウション】」


 地面から手を離し、そのまま駆ける。

 だが、後方からは悲鳴のような声が響いてくる。

 振り返らずとも状況はわかる。俺がやったんだから当たり前だが。


 俺の進路を阻むようにグレンが立ちはだかる。ゆっくりと足を止め、グレンと相対する。

 グレンは俺の後方を苦い顔で見ている。


「沼か……厄介だな」

「そうそう。急いで乾かした方がいいんじゃね?」


 グレンの言葉に肯定を示す。

 俺は地面に水魔法を流し込み、その部分だけ地盤をゆるくした。それだけで、闘技場の地面は足を取られる沼へと簡単に変わった。

 後方の悲鳴はこける生徒のものだ。もしも顔面から突っ込んでも、柔らかいから怪我はしないだろう。


「これまでの競技の戦術、全部貴様の入れ知恵だったか」

「当たり前。俺がいないと、あいつら何にもできないんだ」


 たぶん、俺たちがいなかった時の競技の状況を他のクラスメイトから聞いたのだろう。

 ここで一つ俺の戦術を挙げるならば、一周走での妨害は土魔法で壁を作って気付かれないうちにコースアウトさせたりだ。

 怪我はしていない。コースの誤認だって立派な妨害だ。


「妨害ありなんだから、どんな妨害だって怪我しないようにしてやるよ」

「貴様は……まったく、こんな時だけ嬉々としてやりやがって」


 そりゃ、弱いクラスを強いクラスに勝たせるなんて戦略ゲームの醍醐味だろうが。

 まあ、大勢が決まっているところでどうにもできないものでもあるが、それをリセットすることができるからな、俺のスペックは。


「だからまぁ、こうやって1組に喧嘩売ってんだけどな」

「ふん、貴様に抜かれる前に俺のクラスが持ちかえればいいだけだ」

「できるかなぁ?」


 一歩後ろに下がり、笑みを浮かべる。


「……貴様と違って、俺は毎日のように鍛えているからな。体力勝負なら負けん」

「誰が体力勝負するか。俺が使うのは……【分身】さ」

「……ッ!?」


 グレンの目が驚愕に見開かれる。

 当然だ。こんな魔法、普通なら誰もやらないだろう。俺は前世の記憶があるからというだけで使っているのだし。

 分身の数は全部で10人弱。それらすべてが俺と寸分違わない姿をしている。

 光と闇の魔法を応用すれば分身もできる。実体は持たないんだけどな。


「実体があるのは一つだけだぜ。それ以外は全部すり抜ける」

「……なるほど。ならば同時に攻撃すればいいわけだ」


 ニヤリとグレンが不敵に笑う。

 ……まあ、確かにその通りなんだが。

 本当にそれで捕捉できると思っているのだろうか。


「万物が恐れる赤き象徴、その力を我が手に。

 燃え盛るその身を持って、我が敵を薙ぎ払え。【フレイムスロー】」


 突き出したグレンの手から、詠唱とともに真っ赤な炎が迸る。

 それは一直線に伸び、分身の俺を薙ぎ払っていく。

 ていうか、それ絶対怪我するだろ! なんで堂々と使うんだよ!


 ……まあ、怪我をするような魔法ってだけで、怪我をしなければ別にいいんだとか言いそうだけど。

 俺も結構卑怯な手を教え込んできたし、人のことは言えない。


 グレンの火炎放射は分身をすべて薙ぎ払う。が、それはすべて俺の後ろの出来事。

 俺は既に、グレンを抜いて棒を前にしているのだ。

 後ろにはたぶん、したり顔のグレンがいるだろうけど、今の俺には見ることができない。


「【ウィンドブラスト】」


 棒に群れている1組生徒を風魔法で薙ぎ払う。

 大体風速20mくらいか? もう少し出力を上げられるが、あまり上げ過ぎて怪我をさせるのはダメだからな。

 それに、虚を突いた攻撃だ。これでほとんどの生徒がバランスを崩している。


 俺は身体強化を施しながら、1組の棒を持ち上げる。

 む、何気に重いな。持てる重量ではあるが、全力疾走は無理っぽい。


「な、あ……浮いてる!?」


 1組生徒が驚いたように、棒を指差しながら叫ぶ。

 あ、そうか。姿を消しているから浮いているように見えるのか。

 わざわざ見せる必要もないし、そのまま行かせてもらおう。


 しかし、担いだままだとグレンに阻まれそうだな。

 ということで、いったん棒を横倒しにして、自陣に向けて殴りつける。それだけで棒倒し用の木の棒は真っ直ぐ滑走していく。


 透明の状態で抜かれたことに気付いたグレンが、すぐさまカバーに入る。

 滑走していく木の棒の前に立ちふさがり、止めようと身構える。

 が、残念。


「二度も同じ手に引っ掛かるバカが」


 その横を、俺は木ごと透明になってすり抜けていく。

 つまり、滑走する木の棒は幻影だ。錯覚魔法を応用すれば、そこに本物があるように見せかけることくらい他愛ない。


「な――あ、貴様ァ!」


 気付いたグレンが急いで追いかけてくる。

 ていうか、速いな! 身体強化を足に集めているのか? その点に関しては、俺は腕にも集めないといけないので負けているのだが。

 だが、捕まるわけにもいかない。これを持ちかえれば、あとは2組を封じれば勝てるのだから。

 見えていないはずなのに、グレンは確実に俺を追ってくる。それは勘で追っているのか、それとも確証があるのか。

 ……そんなのはどうでもいい。ここで捕まれば勝てない、ってだけだ。


 土魔法で地面を固くしながらステップを踏むように助走をつけ、俺は木の棒を槍のごとく投げつけた。

 投げた先には当然自陣がある。俺は透明化を解き、クラスメイトにも見えるようにしておく。

 飛んでくる木の棒を見て、クラスメイトが受け止める態勢に入る。これまですべて、俺の計算通りだ。


 そして、1組の木の棒の奪取に成功する。


 俺はすぐに反転して、迫ってくるグレンに向かい合う。

 この棒倒し、棒を取ったからといって安心はできない。棒を取り返されれば点はもらえないのだ。

 つまり、奪った棒はキープし続けなければいけない。

 が、グレンは向かい合った俺を見て手だけで後ろの生徒に指示を出した。


「7組は捨てて5,6組を狙え、か」


 答え合わせをするように問うと、グレンはため息を吐くように肯定した。


「5,6組の点数差があれば、十分カバーできる得点差だ」


 賢い選択だな。魔導師同士、引き留めるには十分だ。

 1組には金と権力で配属された貴族もいるが、相応の実力を持つ生徒もいる。グレン抜きでも、脅威に変わりない。

 だけど、まあこれくらいなら俺だって楽してもいいよな。俺がいなくても、1組の妨害程度できるだろうし。

 俺はクラスメイトの応援に行くのを諦め、グレンと睨み合う。


 お互い身構えたまま、どちらも動かない。動いた方が負けだというように、微動だにしない。

 闘技場の喧騒もどこかに消え、だけど索敵範囲は自陣全体に広げている。

 結界を張り、クラスメイト以外の生徒が入れば気付けるようにしているのだ。


 そのままどれくらいの時間が流れただろうか。

 7組生徒はうまく立ち回り、自陣に他生徒の侵入を許さなかった。

 1組以外の棒を奪取するのは無理だった。

 そして、終了の笛が教師によって吹かれた。それと同時に、お互いに深い溜息を吐いた。


 俺とグレンは、衝突することなく棒倒しが終わったのだ。



☆☆☆



 学校祭の結果だけを言えば、7組は準優勝で終わってしまった。

 優勝は1組だ。

 つまり、俺とグレンが睨み合っているうちに、1組の生徒が棒の奪取に成功してしまった、というわけだ。


 最下位からの準優勝なら十分喜べるものだが、あれだけ意気込んで優勝を逃したとあっては結構恥ずかしかったりする。

 やはり、グレンにだけ注意を向けるのはダメだったか。けど、中途半端な警戒でも抜かれそうなんだよなぁ……。

 まあ、結局のところ、7組に魔導師一人ではこれが限界ということだろう。

 7組としては頑張った方だ。毎年最下位だって話だし、そこに俺一人頑張った程度で準優勝を取ることすらできないだろう。

 7組頑張った。それでいい。



 ということで始まった魔騎戦争だが……これも特筆すべき事項はないんだよな。

 あるとすれば、俺が開始早々グレンを一発KOしたくらいだ。身体強化を腕に集中させ、土魔法で硬化した拳を腹にぶち込んだら吹っ飛んで行った。

 棒倒しでのイライラも多分にある。というか、理由なんてそれだけだ。消化不良だったのだ、俺の中の闘志が。


 グレンが吹っ飛んで満足した俺はフラッグの横で頬杖ついて観戦していた。

 魔法学園生徒による防衛線を突破してきた騎士学校生徒は、全員風魔法で送り返したりしたし、一応貢献はした。


 結果は魔法学園の勝利だ。俺が攻めてきた騎士学校生徒を全員吹っ飛ばしたのもあるが、やはり一番の功労者はキルラだ。

 キルラは単身騎士学校の生徒群に突っ込み、木刀一本で無双していた。

 お得意の魔法剣も、木刀が折れないように調整しながら使っていた。ルール上、でかい炎や水は出せなかったようだけど。

 キルラ以外にも、トキを筆頭として魔術書の持ち主である魔術師たちも奮戦していた。


 騎士側はダメージソースのグレンを失い、フレイもキルラに封じられて思うような攻めができていなかった。

 騎士学校は完全にその二人を頼り切りにしており、他の生徒はその二人が封じられると戦意すら喪失する者もいた。

 まったく、どうしようもない奴らだな。だからこの国の騎士は役に立たないんだ。自分一人でも戦い続けるような気概もいるだろうに。




 表彰式も終わり、閉会式も終わると俺は即行で学園長宅に帰る。

 イズモも慌てたようにしてついてきたが、今日に限って俺は遠慮はしないつもりだ。

 自室に着くと、まずはベッドに飛び込む。


「っしゃあああああ! ベッドだあああああ!!」


 布団を抱き寄せ、転がりまわる。


「表彰式以上の笑顔ですね……」


 ついてきていたイズモが、呆れ気味に言ってくる。

 事実、満面の笑みを浮かべていることを否定はしない。だが、これは言い返さないといけないだろう。


「お前、今まで俺がゆっくり寝た機会が何回だと思ってんだ? スワッチロウの爆走では昼夜問わず吐き続け、ガルーダの背だって上空でそれなりに寒かっただろうが」

「それはそうですけど……なんというか……」

「良いかイズモ、俺はこれから明日の夜まで寝る。そして夜に寝る。起こすなよ」


 明日は学校祭の振替休日だし、祭り騒ぎの後片付けもある。

 そのため、明日の学園は休みだ。


「ちょっと待ってください! それはいくらなんでも――」

「お休み!」


 イズモの小言を遮り、俺は手を振って電気を消す。

 ひゃっはー! 久しぶりの布団での睡眠だー!


 などと気持ちが高揚したのも束の間、次の瞬間には俺の意識は既に無くなっていた。

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