第四十話 「本番」
王都では年に何度もないほどの熱狂ぶりを見せていた。
この日は学校祭だ。
他に類を見ないほど、平民から貴族まで一体となって盛り上がっていた。
王都に位置する二大学校。クレスリト魔法学園とライリット騎士学校が、毎年一度だけ共同で行う行事が学校祭だ。
例年のように離れた地方貴族までも、長い時間をかけて王都に足を運んできていた。
盛り上がるのは何も国民だけではない。競技を行う生徒も当然、お祭り騒ぎのように盛り上がる。
……のだが、
「なんで皆やる気ないのよ……」
私は額に手を当てながら嘆く。
今、我ら魔法学園1年7組は学校祭競技である騎馬戦を前に士気が限りなくゼロだった。
……ほんと、このクラスってネロありきね……。
心の中で思うけど、口には出さない。たぶん、皆わかっていることだから。
私も一応騎馬戦に出るけど、確かにネロがいないと勝てそうにはないのよね……。
いろいろと作戦や戦術は教えてもらったけど、決定打には程遠い。やはり、騎士並みの体があるネロがいないとどうにもならない。
「ノエルはいいよ、王女様だもん……。私たちなんて、こんな大衆の前に出ただけで緊張してガチガチに固まっちゃうんだから」
クラスメイトの女子が震え声で言ってきた。
……そうか、観客の人数も関係してくるのか。
一周走や二人三脚はそこまで観客は多くなかった。リレーには私が出たから、それなりの観衆があった。他にもキルラさんが出ていたし。
だが、この騎馬戦は私、ネロ、フレイヤにグレンと注目株が一堂に揃ってしまっている。
グレンは騎馬戦と棒倒しを魔法学園側で出場して、最後の魔騎戦争は騎士側で出場する。両方に籍を置いていると忙しそうだ。
……そういえば、ネロが帰っていないってことは、グレンも帰っていないのよね。
すでにお昼を過ぎてしまっているし、騎馬戦の開始時間も迫っている。そろそろ帰ってきていないと、本格的にやばそうだ。
ネロとグレンが戦争を防ぐために駆け回っているのは学園長から知らされている。それに関するいろんな情報も。
リハーサルにすら出なかったんだ、これで学校祭に出なければ、絶対に王族に感づかれてしまうだろう。
その辺に関してもフレイヤがいろいろと手を回しているようだが、国民全体までは難しい。
人の心配をしている余裕はないのだが、私だって戦争になるのは嫌だ。
行事と戦争のどちらが重要かっていえば、誰だって戦争だって言うはずだ。だってこの国が標的なのだから。
ネロを信用していないわけではないんだけど……でも、やっぱり考えてしまうだろう。
ダメだ。ネロのことが気になりすぎてクラスのことに気が回らない。
べ、別に恋とかでは、無い……と、思う……けど……。
親しい人がいないのに心配しないのは、その、やっぱりいけないことだし?
「どうしたの、ノエル? いきなり唸りだしたけど」
「へっ!? あ、い、いや! なんでもないよ」
手を振って弁明するが、相手は首をかしげるだけだ。
……はあ、少し落ち着こう。
そう思い、大きく呼吸しようとしたとき、控室の扉が大きな音とともに開かれた。
「ノエル!」
「ふぇッ!? えっ! 何っ!?」
慌てて振り返ると、そこにはかなり疲れた表情をしたネロとイズモがいた。
クラスのみんなも音に驚いてそちらを見るが、全員がいきなりすぎて状況を飲み込んでいなかった。
「ノエル、点数差は?」
「え、て、点数?」
「競技点の点数差だ。どのくらいだ?」
いきなり現れて、いきなり訊いてくるものだから思考が追いつかなかった。
ネロの説明でようやく思考が追いつくが、それと同時に眉を寄せる。
「え、と……ごめん、最下位です」
「それは構わん。予想してた。大雑把でいいから、他のクラスとの点数差だ」
「5,6組とはそう大差はないけど、どう頑張っても1組には届きそうにない」
「わかった。……よし、お前ら立て」
ネロが私から視線を外すと、他の皆に向き直った。
皆もようやく思考が追いついてきたのか、ようやく暗い顔を上げだした。
だけど、私はやはり訝るようにネロを眺める。
ネロの目には闘志の炎とでもいうようなものが灯っていたのだ。最下位で、1組には到底勝てないのに、ネロの目は優勝を見ているようだった。
そして、勝ち誇ったような笑みを浮かべて宣言した。
「逆転、狙うぞ」
★★★☆☆☆
俺はクラスの連中に逆転するための方法を教え、騎馬戦に出た。
騎馬戦ではそこまで目立つようなことはしない。魔導師として善戦はするが、やはり魔導師のグレンに負けてやるのだ。
騎馬戦が終わった時点で、始まる前との点数差はそこまで変わらない。相変わらず、7組は5,6組で最下位争い、1,2組が優勝争いといった構図だ。
これでいい。ここで逆転してはダメなのだから。
ノエルは俺に、どう頑張っても1組には勝てないといった。それは普通ならば、だ。
だからそれを覆す。すでに学園長には話を通してあるので問題はない。
棒倒しの準備に入ると、出場者を全員集めてもう一度説明をする。
「いいか? 棒倒しで逆転する土壌は作ってる。だから、棒倒しさえ勝てば7組の優勝だ」
円陣を組みながら、全員に説明する。
騎馬戦に出ていなかったものがいるため、最初から説明しなければいけない。
「俺たちが狙うのは1,2組だ。3,4組には警戒で、5,6組は無視だ」
「え? なんで強い1,2組を狙うんだ? 棒を倒した数で勝敗を決めるんだろ?」
「ルールを変更した。いいか? よく聞け」
そこでいったん切る。
「倒した組との点数分、点が入る」
俺の言葉に、騎馬戦にいなかった奴が目を見開いてくる。
「俺たちは最下位、ゆえに1,2位の奴を倒せばそれだけ高得点が取れる」
「よくそんなルールが通ったな」
「当たり前だ。観客はつまらない競技を望まない。だったら、ルールで白熱するようにしてやればいい」
「だったら、なんで5,6組は無視できるんだ?」
「5,6組との点差はほぼない。俺たち7組が最下位とはいえ、7組を倒しても多くの点が取れない。それに、魔導師の俺がいる。十分な抑止力になる」
そうなれば、5,6組は7組以外を狙いに行かなければいけない。勝ちを狙うならば、7組も一緒に守らなければいけない。
それに1,2組も必死になる。なんせ自分のところが負ければ、他のクラスに大量得点を許してしまうのだから。
3,4組が警戒なのは、どこを狙ってくるかわからないからだ。
もちろん、一番弱い7組を狙う可能性は十分ある。が、やはり俺が抑止力になるだろう。そうなれば、5,6組あたりを狙ってくれるかもしれない。
だが、当然デメリットもある。
「いいか? このルールは7組が一番狙われやすい。俺が抑止力になるとはいえ、絶対じゃないからだ。それに俺たちが1,2組に倒されても、俺たちが得られる得点分持っていかれる」
つまり7組は、優勝を確定させようと1,2組に狙われ続けるのだ。
それを凌ぎつつ、棒を奪ってこないといけない。
攻防どちらも手が抜けないルールでもあるのだ。
「だけど、安心しろ。俺たちが負けたところで、観客からは『ああ、やっぱりね』って思われるだけだ。“俺”は注目されているが、“俺たち”は注目されていない」
俺の容赦ない言葉に、クラスメイトの顔がだんだん暗くなる。
……普通、ここは逆ギレでもしてくるかとも思ったんだが。
やはり、なんでも思い通りにはならないか。
一度息を吐くと、俺は顔を俯けたクラスメイトを見回す。
「負けたところで損はない。だったら、死にもの狂いで勝ちに行こうじゃん。見返してやれよ、予想を裏切ってやれよ。決めつけられた実力を覆してやれ」
ようやくやる気の出てきたクラスメイトの顔を見て、俺は笑みを浮かべる。
「失うものがないなら奪いに行くぞ!」
「「「おおッ!!」」」
鬨の声を上げ、全員が表情を引き締めた。
クラスメイトが控室から出て行く様子を見ながら、一人後方で一息つく。
何とかやる気は引き出せたようでよかったが、結局のところ俺が頑張らないと勝てないんだよな。
「やっぱりうまいわね。皆をやる気にさせるの」
同じように後方にいたノエルが微笑みながら言ってきた。
「そうかね? 結構適当なこと言ってるつもりだが?」
「それで皆がやる気出ちゃうんだからすごいわよね……」
「俺としては、こんな手間かけさせないで欲しいよ」
今度からノエルにやらせようかな。王女として必要なスキルだろうし。……断られそうだけど。
ていうか、ホントどうにかして欲しいよね。俺なんてここまで帰ってくるのにかなり疲れているというのに……。
一度ため息を吐き、頭を掻く。
これが終われば、ゆっくり風呂に入ってぐっすり眠りたいものだ。
よし、明日は1日中惰眠を貪ろう!
「ッしゃ! 奪いに行こうか!」




