第三十九話 「穏便に」
1週間弱使い、トロア村からレギオン公爵地に降り立った。
すぐに国境近くまで駆けると、そこにはレギオン家の私兵が横4列の塊がいくつかあった。
その中央の先頭に赤髪が見えた。隣には常時燃えているような炎の人。たぶん精霊だろう。
俺は私兵を無視してその赤髪に近づく。
「悪い、遅くなった?」
グレンの肩に手を置くと、ゆっくりと振り返ってくる。
「……遅すぎる! 四日だ! 四日だぞ!?」
そして怒りの形相で怒鳴り散らしてきた。
い、いやこれでもかなり速いほうだと思うのだが……。
「よ、四日? 十一日間ってことか?」
「違う! 貴様の言った十日にプラス四日! 十四日間だ!」
「それは悪かった……」
あれ、俺って謝る必要あるのか? 俺だってかなり無理して来たんだが……まあいいか。
グレンは深く息を吐くと、その場に座り込んだ。
「大丈夫かよ」
「大丈夫なわけがないだろう。ほとんど寝ずの番だ」
「ああ……うん、悪かったよ」
俺もあんまり寝てない気がするけど。
しかし、ここに兵を集めてしまっているが、大丈夫だろうか。
俺が防衛線を張っている騎士団を見ていると、座り込んだグレンが頭を掻きながら説明してくる。
「大丈夫だ。全員、口が堅い。父様は幸い王都だし、残っているのは叔父だが俺の味方だ」
「……まあ、お前の家のことはお前を信用するしかないんだが」
「それで? 貴様の方はどうだったんだ?」
「ゼノスを退かせたよ。当分は攻めてこないだろうさ。保証はしないけどな」
「それも、俺は貴様を信用するしかないのか」
「ユートレアを退かせるためのものもある。すぐに帰ってくるよ」
「……それ、聖剣か?」
グレンが俺の腰に差した剣を指差しながら訊いてくる。
「やらねえぞ。ユートレアからゼノスに返してもらう予定だからよ」
「……帝国の戦力を大幅に削る」
「アホか。それが王に知られたらどうすんだよ、バカ。俺たちの今回の頑張りは水の泡だよボケ」
「口がひどいぞ貴様!」
勢いよく立ち上がったグレンが掴みかかってくるが、俺は一歩引いて躱す。
そして、追撃が来ないうちに背を向けて駆け出した。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「……ああ、しっかりやってこい」
グレンの言葉に片手をあげて答え、今回はイズモを伴ってユートレア共和国の軍がいる場所まで走った。
ユートレア共和国の陣屋は森を背にして設置されていた。
陣屋からは軽装をした亜人族の人々がこちらを警戒している。
それを遠目に眺めながら、俺は手の上に土塊を作り上げる。何気に久しぶりな気がするな。
「なんですか? それ」
イズモが俺の手の土塊を眺めながら訊いてきた。
「脅しに使ったアレ」
「爆発する……」
イズモに見せたのは学園での自己紹介の際に見せた一度だけだからな。それも威力を抑えた奴だったし。
「どうするんですか?」
「エルフの里の奴なら、これで大体察してくれるかなー、って」
エルフの里では何度か使ったし、覚えている奴もいるだろう。
ラトメアあたりに気付いて欲しいが……ここにいて欲しくないという気もある。ラトメアがいるならリリーもいそうだし。
百歩譲ってレンビアあたりだといいな。
俺はステップをするように助走をつけ、大きく振りかぶって土塊を打ち上げた。
今回は抑える必要もないし、そもそもこれも脅し目的でもある。音も光も盛大に込めた。
何か叫んだ方が、亜人族の目を集められそうだな。
大きく息を吸い、爆発する瞬間に叫ぶ。
「――――!!」
……音が大きすぎて俺の声が掻き消された。
というか、自分で自分の声が聞こえないというほどの大音量。しかも目が眩むほどの極彩色を放ちやがった。そして爆風もすごい。
思わずきつく目を閉じ、手で耳を塞ぐ。
イズモが驚いて声を上げているようだが聞き取れない。
ようやく落ち着いてきたころ、俺は目を開けて手を下ろす。
「……これ、兵器になるくね?」
「やめてください。せっかく戦争止めにきたんですから」
イズモが責めるような目で見てくる。
うん、俺もやり過ぎだと自分でも思う。
視線を陣屋の方へ向けると、ちょうど一人のダークエルフが逃げ出していくところだった。
教官殿かな? エルフの里、最後の日に俺に説教してきた、あのクズ教師。
レンビアに解除を頼んだが、トラウマでも刻み付けてしまったのか。ざまぁ。
「悪い顔です」
「おおっと、すまん」
自然と吊り上っていた口端を手で隠しながら、逃げ出したダークエルフから視線を外す。
陣屋を見ると、そこから数人の亜人がこちらに歩いてきていた。
「……うっわ、殺してぇ」
「今のマスターがつぶやくと本当に殺しそうですね」
「バッカ、俺だって時と場合を考えるぞ」
「時と場合さえ合えば殺す、と」
……なんかイズモが冷たい。
まあいい。今は後回しだ。あのエルフと話をつけなければな。
俺の視界に収まった亜人は、エルフ3人、頭から葉っぱの生えたアルラウネ1人。
なんだこの面子は。同窓会でもする気か?
幸い、リリーはいないようなので安心できるけども。ここにリリーが居たら危険だ。主に俺の生命的に。
「……随分とかましてくれたな」
先頭に立っていた男のエルフが、咎めるような視線で言ってきた。
だが、その口元は少しだけ弓を引いている。
「戦意喪失でそのまま帰れよ」
「ふん、こっちもそういうわけにはいかん」
男のエルフが前線基地の総大将、といった感じだろうか。
というか、亜語をほとんど使っていなかったせいでおかしくなっていないだろうか?
「レンビア、お前が大将か?」
「いいや。さっき逃げ帰ったのが大将だ。僕は副将ってところかな」
「じゃあ今はお前が全権を持っているわけか」
久しぶりに再会したレンビアは、エルフの里で別れてからそんなに変わってはいなかった。
俺の感覚では結構久しぶりな気がするが、エルフにとってはつい最近のことなのだろうか。寿命が違うからなぁ。
レンビアから視線を外し、アルラウネへと向ける。
女かと思うような微笑を浮かべながら、俺とレンビアを眺めていた。
「モートンも元気そうでなにより。兵士装備は似合わないけど」
「僕もそう思う。後方支援ってことで、無理矢理ね」
「なるほど」
モートンは頭の葉っぱが少し大きくなっただろうか。身長も少し伸びている。
次はレンビアの後ろにいるエルフの女に視線を向ける。
「帰れたようだな、ライミー」
「はい。おかげで帰り着くことができました。本当にありがとうございました」
頭を下げてくるライミーだが、俺としてもバーブレイに報復できたから別にいいんだけどな。
俺はもう一度亜人の知り合いを見回し、一つ頷く。
「んじゃ、話し合いを」
「ちょっと! わたくしを――」
「黙れ殺すぞクソ女」
ライミーの隣にいた誰かさんが喚いてきたが、一睨みすると大人しくなった。
息を吐いて視線をレンビアに戻し、話を続けようとする。
「話し合いをしよう。といっても、こっちが求めるのは帰ってもらうだけだがな」
「あ、ああ……えっと、すげぇな」
「何が?」
ニコッと笑顔を浮かべてみるも、俺を見ていたレンビアだけでなくモートンまで引きつった笑みを浮かべた。
後ろからイズモの呆れ声が聞こえてくるが、これは仕方ない。俺は根に持つ方だからな。
まあ、今は時間をかけている場合じゃないのはわかるから、無視しているんだ。切羽詰ってなかったら殴り飛ばしている。
レンビアは軽く咳払いをして場を整えると、俺を睨むようにして見てきた。
気持ちの切り替えを一瞬で行ったのだ。
「それは無理だ。こっちにも事情がある」
「その事情ってのは、ゼノスとの同盟だろう?」
「……ああ、そうだ」
「そのゼノスは、尻尾撒いて逃げやがったよ。ほれ」
俺は腰に差していた聖剣をモートンに投げ渡す。
レンビアじゃないのは、無いだろうが抜かれたら困るからな。
「ゼノスの将軍が持っていた聖剣だ。それとも、首がよかったか?」
「……お前」
「ゼノス兵50を、俺一人で追い返した。ざっと見、ここにいるのは亜人戦闘部隊1000人か? ……今なら無双できるぞ」
「…………わかった。退こう」
レンビアはあっさりと退いた。ともすれば、信用を落としてしまいそうなほどにあっさりと。
「もともとゼノス帝国が南を制圧したら、こっちも打って出る手筈だ。それがないなら、ユートレア共和国に戦う必要はない」
「いいのか?」
「ゼノス帝国が攻め込まないんだ。僕たちに勝ち目はない」
「ちょっとレンビア!」
「エメロア、無理だ。大体1000人で魔導師を止めるなどまず不可能。それも二人もいたんじゃ、自分から死ににいくようなもんだ」
突っ掛かったクソ女だが、レンビアに冷静に対応されて悔しそうに唇を噛み締めている。
「良いご身分――」
だな、どうせ自分では戦わないくせに。
と言おうとしたのに、後ろからイズモに口を塞がれてしまった。
こいつ、危険察知能力が高くなっている……!? 俺のストッパーとしては絶妙なタイミングだと思うが。
てか、よくもまあ亜語わからないくせに、俺が怒りを買うようなことを言うことが分かったな。
『何となく、マスターがわかってきましたから』
口を塞がれているので反論ができない。
だが、レンビアたちがすごいものでも見るような目でイズモを見ていた。
俺はイズモの手をどかす。
そしてイズモを親指で指しながら自慢する。
「良いだろ。やらんがな」
「いらねえよ。というか、お前が持っておかねえと意味がねえ」
「どういう意味だコラ。発情レンビアくん」
「発情じゃねえッ!」
レンビアの回し蹴りを、身を引いて躱す。
まったく、キレやすい体質は変わっていないようだな。
「退いてくれるなら、さっさとお願いする。これでも時間に余裕がないんだ」
「わかった。じゃあ、戻るわ」
「あ、聖剣はゼノスに返してやれよ。無用な疑いをかけられたくなければ、な」
「わかったよ」
レンビアがそういうと、モートンとライミーが軽く手を振って帰っていく。
だが、レンビアは少し難しい顔をした後、俺に顔を近づけてきた。
エルフの端正な顔が間近に迫るが、いかんせん男だ。
俺が顔をしかめるよりも早く、レンビアは真剣な声音で告げてきた。
「……絶対に帰ってこいよ」
「……ああ、わかってる」
なぜ、など訊く意味もない。そもそも言われなくとも絶対に帰るつもりだ。
それに、ここにいない人物のことを考えたら、言わんとしていることがわかる。
レンビアは顔を離すと、すぐに踵を返して歩き出す。
「じゃあな。次はもっとゆっくり話そう」
「今度は全員で、な」
肩越しに振り返ったレンビアは、意地悪そうな笑みを向けてきた。
それに苦笑を返し、軽く手を振って旧友と別れた。
レギオン公爵地に戻ると、グレンが落ち着かない様子で待っていた。
俺を見つけると、急いで近づいてきた。
「どうだった?」
「退いてくれるってよ。もともとがゼノスありきの戦争だ。ゼノスを封じたら、ユートレアも攻めてこないさ」
「そうか……」
「さっさと帰ろう。学校祭が始まる」
「ああ、そうだな」
俺の言葉に頷いたグレンは反転して戻っていく。
そのまま私兵に声をかけ、一個中隊を残して警戒網を解き始めた。たぶん、哨戒をさせるのだろう。
さて、これで帰るとなるのだが……
「またスワッチロウか……」
「さすがにグレンの前でガルーダは使いませんか」
「使ったらこの魔王! とかって斬りかかってきそう」
ガルーダは普通、空を飛んでいるだけでほとんど降りてこない。
魔物扱いされてはいるが、襲ってくるのは巣を荒らされたときだけだ。普段なら、賢いので人間に近づこうとしない。
スワッチロウは調教できるから、何とか誤魔化せるのだが。
暴走ルートか……また吐くな。
「十回以上吐くに賭ける」
「では私は……って、吐かないように努力してくださいっ」
努力ったって何ができるんだ? あ、モートンに酔い止めの薬草とか聞いとけばよかった……。
唸りながら公爵地から抜け、イズモとスワッチロウ捕獲に向かう。
結果、十回は軽く超えた。二十はたぶんいってないが……グレンに憐れむような表情を向けられるのは屈辱だった。




