第三十七話 「一方的」
“人食い将軍”と呼ばれるゼノス帝国の軍人。
彼が持つ魔剣【マンイーター】の副作用から、いつしかそう呼ばれるようになった。
マンイーターによる身体強化と元から教官肌のガルガドは、少しずつ功績を積み上げて将軍まで上り詰めた。
そして、将軍となったことで戦場に赴く機会が断然に増え、自分の夢が少しずつ見えてきていた。
教官として、世界最強の兵士を作り上げること。
兵士でなくともいい。自分の子供でなくともいい。自分の訓練に耐えられ、確実に強くなる人物を育てたかった。
ガルガド自身、実戦のほとんどはマンイーターの身体強化頼りであって、軍人としてはそこまで強くなかった。ただ、魔剣のおかげでどんな戦場からも帰還できただけなのだから。
だから、今回の将軍職を下ろされるのは仕方ないと思っていた。
同時に、時期が最悪だとも。
トロア村を威力偵察とマンイーターの補充目的で攻めた際、3年前に連れ去ったネリは離れ離れの兄に会えば帰ってこないと考えていた。
だが、予想に反してネリは帰ってきてしまった。それはうれしく思う反面、まずい状況だとも思った。
ゼノス帝国はユートレア共和国とデトロア王国に攻め込む計画を立てていたのだ。
本気でデトロア王国を攻めれば、激戦になるのは必至。自分が死んでしまえばネリは育てられないし、最悪の場合なら殺されるかもしれない。
何とかして生きて帰りたいとは思うが、デトロア王国には魔導師がいる。
ネリの兄であるネロは、間違いなく世界屈指の戦闘力を持っている。魔導師として、一国に相当する力は十分にある。
彼がその気になれば、デトロア王国はおろかゼノス帝国さえ圧倒してみせるだろう、と。
もちろん、過大評価ではある。それは自覚しているのだが、彼を見ていると平然とやってのけそうで怖いのだ。
今、ネロのいるデトロア王国を攻めてはいけない。ガルガドはそう考えている。
それに、もしも戦争が起きて自分が死ねば、ゼノス帝国にいるネリを真っ先に救いに行くことも容易に想像できる。
それを阻もうとした者は躊躇なく殺される。そして、ゼノス帝国が滅びる。
導火線のない爆弾。
ガルガドは、ネロをそう評する。
些細なきっかけで爆弾に火がつき、一切の猶予もなく爆発する。
周囲を破壊し尽くし、やがては自分も死ぬだろう。
彼にとって家族のいない世界に生きる価値はない。
イズモのいる今、ネロはそこまで勢いで死ぬことはないだろうが、積極的に生きていくことはなくなるだろう。
ガルガドは唸る。このままでは大陸全土を巻き込んだ戦争になる、と。
そして、これを好機とみたシードラ大陸の二国が攻め込んでこないとも限らない。
暗黒大陸の二国は動けるような状態ではないが、それでもデトロア王国にはヴァトラ神国の王女がいる。救出目的で軍事介入もあり得るかもしれない。
そうなれば第三次世界大戦だ。
ガルガドは今までずっと、デトロア王国との本格的な戦争には反対だった。
だが、上層部はその判断を、人族を養育しているせいで情が移ったと判断された。
そしてデトロア王国を攻め込むにあたって、将軍が変わったのだ。
ガルガドは唸り続ける。
どうすれば、この戦争を回避できるか。
もちろん、自分が死にたくないと思っているのもある。
しかし、その延長線上には推測だではあるがゼノス帝国の命運も想っている。
どうにかしてこの戦争を回避しなければ、ユーゼディア大陸すべてが焦土と化す。
考え、答えは出ないままアレルの森を歩いている。
アレルの森に棲んでいる、魔物とは少し違う大蛇の案内の下、トロア村へと向かっている。
まずは王国の南部を制圧する。それをもってユートレア共和国も攻め込む手筈になっている。
大蛇は喋ることなく案内を続ける。
魔物が喋るとは思えないが、時々人間並みの知能があるのではと疑ってしまうほどに鋭い目つきをされることがある。
それを気味悪く思いながらも、この大蛇の案内がなければアレルの森は安全に越えられない。
ガルガドがため息を吐こうとした際、遠くから微かに葉擦れの音が聞こえた。
判断は一瞬だった。
先頭にほど近い場所に配置されていたガルガドは後ろに飛び退いた。
その直後だ。刀身が真っ黒に塗り潰された剣が、亜音速で飛んできたのは。
その剣は兵士を3人貫いても速度は劣らず、4人目を木に縫いとめてようやく止まった。
「な、なんだ!?」
「剣!? どこから?」
そして、その剣を追いかけるようにして一人の少年が飛び出してきた。
その少年は先頭にいた一人の兵士を膝蹴りで気絶させ、剣を強引に引き抜いた。縫いとめられていた兵士も、顎を蹴り抜かれて力なく項垂れる。
少年はこちらへと体を向けながら、壮絶な笑みを浮かべた。
……なんて顔しやがる……。
ガルガドは心の中で毒づく。
人を殺しておいて、その直後には笑みを浮かべているのだ。並みの精神力ではできるはずもない。
もっとも、彼は無理に笑みを作っているだけであって、精神力はそこまで強くない。
彼の演技を見抜ける者は、ここにはいない。平常ならば誰もが見抜いたが、いきなりの攻撃と壮絶な笑みに誰もが度胆を抜かれた。
彼を知るガルガドでさえ、鳥肌が立ったくらいだ。
「さあ、交渉しよう」
先頭にいた兵士を3人殺し、2人を流れるように気絶させた少年は、笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。
「建設的で友好的で一方的な、話し合いをしよう」
少年――ネロは近くにあった木を見向きもせずに魔術で切り倒すと、大木に腰掛けた。
彼の登場に呑まれてしまっていた帝国兵は、大木の倒れる重厚な響きで我に返った。
ガルガドから将軍職を引き継いだキツネの獣人が一歩前に出ながらネロを見る。
睨みつけるようなことはできない。ネロは、知らず知らずのうちに有利な交渉の場を作り上げてしまっているのだ。
まず、開幕で兵士を躊躇なく3人殺したことだ。これによって、彼は殺しに躊躇いがないことを示していた。
そして殺した後の笑顔。言いかえれば笑顔で殺しをする、と言っているようなもの。
「は、話し合いとはいうが……」
キツネの将軍が口を開くが、ネロは人差し指を立てた右手を突きだした。
意味が解らず、言葉を飲んでしまう。
ネロはキツネの反応を楽しむように笑みを浮かべながら、代わりにと口を開いた。
「お前も座れよ。立ったまま話すのはつらいだろ?」
言われるが、当然座る気などない。
座れば即座の行動が制限されてしまう。いざというときに逃げ遅れてしまうのだ。
ゼノス兵は誰も座ろうとしない。皆一様に険しい表情を浮かべたまま、ネロを見ている。
そんな兵士を眺めながら、ネロは頬杖をつきながらため息を漏らす。
まるで芸を覚えない犬を馬鹿にするように。
「……座れっていうのがわからないのか?」
「――ッ!?」
つぶやくような声には多大な殺意が込められていた。
そして、彼自身からも放出されていた。
それらすべてがゼノス兵を飲み込み、本能的な恐怖を刻み付ける。
足は震え、冷や汗が止まらなくなる。
だが、それでも軍人の意地だというように決して膝を折らない。
拳を握りしめ、歯を食いしばり、決して座らない。
そんな兵士を見て、ネロは鼻を鳴らし、空いている方の手を軽く上下した。
次の瞬間には、ゼノス兵すべてが地面に倒されていた。
「なッ――!?」
キツネの将軍だけでなく、ゼノス兵全員が驚愕の表情を浮かべる。
なぜ、どうして、という疑念が伝播していく。
「うん。お前らはそうやって平伏しているほうが似合っているぞ」
満足げに頷きながら、ネロは笑う。
彼が行ったのは簡単な魔術だ。
重力魔法。土魔法の一つであるこの魔法を詠唱破棄で使い、無理矢理にゼノス兵を平伏させた。
普通なら、これだけ広範囲に及ぶ加重は相応の魔力の調節と命令式が必要だ。それを簡単と感じてしまうあたり、魔導師としてもぶっ飛んでいることがうかがえる。
「ぐ、く……!」
兵士全員が必死に抵抗を試みるが、少しでも立ち上がりそうになれば躊躇なく加重させられる。
やがて誰もが立つことを諦めたころ、ネロはようやく本題を切り出した。
「さて、と。俺がお前らに頼むことは、退いてもらうことだ」
さも当然のように言い放つ。
だが、ゼノス兵は取り合おうとしない。ただ一人、ガルガドを除いて。
「何を馬鹿な……! その頼みを聞いて、我らに何の得がある?」
キツネの将軍が手を何とか地面に突きながら口を開く。
だよね、とネロは肯定の言葉をつぶやき、頭を掻く。
そしてゼノス兵のメリットを、指を立てながら上げていく。
「今、お前らが生きて帰れる」
「兵になった時より命は帝国に捧げている」
ネロの言葉を、キツネの将軍がすぐに否定する。
ふうん、とつぶやき、ネロは二本目の指を立てる。
「世界戦争を防いだ栄誉がもらえる」
「……でまかせを」
将軍がそっぽを向き、却下する。
三本目の指を立てる。
「帝国が滅びずに済む」
「貴様一人で何ができる?」
将軍の言葉に、ネロが喉の奥で笑う。
自分の様子を訝しむ将軍を放って、ネロは四本目の指を立てる。
「魔導師とのコンタクトを得る」
「……何を馬鹿な。魔導師はすべて人族だぞ」
この答えにも、ネロは前かがみになりながら笑う。
その姿に青筋を浮かべるキツネだが、重力が強すぎて満足に叫ぶこともできない。
そしてネロは手を開き、大げさな動きで腕も広げた。
「すごく残念だ」
はっきりと言い、立ち上がった。
その手には黒く塗りつぶされた刀身の剣が握られている。
ゆっくりと歩き、キツネの将軍の元まで移動した。
「何をするつもりだ……?」
問いに、ネロは笑顔で答える。
その笑顔は引きつっているものだが、恐怖に支配されているゼノス兵には分からない。
「物わかりの悪い奴にはお仕置きが必要だろう?」
剣を肩に担ぎ、そして大上段まで持っていく。
それは見様によっては処刑人を思わせる。
「よせ、やめろ!」
キツネの悲痛な叫びが森に木霊するが、処刑人は笑んだままだ。
叫び続けるキツネには一切取り合おうとせず、剣を――振り下ろした。
首へと迫りくる刀身を、目を固く閉じるキツネだが、最後の最後に言葉を発した。
そして剣は、薄皮一枚切って止まった。
「……人って、死に際で本性が現れるよね」
口元を吊り上げたネロが、つぶやいた。
キツネは一体、何を言ったのか。その言葉はネロだけでなくゼノス兵すべてが聞いていた。
「――死にたくない、ねぇ?」
キツネの全身から冷や汗が噴き出た。
「帝国に命を捧げた誇り高き軍人様が、死にたくない、だってね? 将軍としてこれはいけないんじゃない?」
壊れかけの玩具を叩き潰すように、心底愉快そうに囁く。
彼の言う通り、戦場に赴く軍人として死を恐れてはならない。軍事国家にとって死を恐れることは戦いたくないということと同義だからだ。
命を国に捧げ、死ぬことすら誇りと思う帝国の軍人が、死を目前にしたとはいえ死を恐れてはならない。
そういう兵士に育て上げられたはずなのだ。
キツネは確かに実力のある軍人だっただろう。だが、長きにわたって戦線を離れていたがために、死を目の前にして命乞いをしてしまったのだ。
死を恐れることは人として当然だ。が、軍人はその当然を覆さなければならない。
死に怯えず、少しでも武勲を上げようと敵陣に突っ込む。それが軍人として求められるべきものなのだ。
しかし今、こともあろうに将軍が誇りを捨てた。
軍人としての誇り、帝国に対する誇りを捨てたのだ。
ゼノス兵に困惑が伝播する。信じてついてきた将軍があっさりと誇りを捨てたのだから当然だ。
その中でもガルガドだけが、皮肉げに口を吊り上げていた。
「ではもう一度、最後のチャンスを与えよう」
そういうと、ネロは剣を引いて腕を振り払う素振りを見せる。
すると、今までゼノス兵を縛り付けていた加重が嘘のように消え去った。
荒い息を吐きながらも、何とか立ち上がるゼノス兵。
その先頭のキツネだけは青い顔をしている。
ネロは先ほどと同じ大木に腰掛け、手に顎を置く。
そして、キツネに対して笑みを浮かべて座るよう促す。
抵抗できるはずもなく、キツネは片膝をついて座ったこととした。
それでいい、とでも言いたげに口端を上げ、ネロは口を開く。
「今すぐ退け。そして俺の許しがあるまで攻めてくるな」
「……理由がない」
キツネの返答はもっともだが、ネロは笑みを崩さない。
空いている方の手を懐へと入れ、その中から一冊の本を取り出した。
「黒の魔導書。俺は〈黒の魔導師〉だ。知らないはずがないだろう? こいつを探しに来た兵士は、ちゃんと帰ったはずだ」
「……ッ!」
ゼノス兵が目を見開いて驚いている。それも仕方ない。前回のトロア村侵攻の際、ネロは魔導をほとんど使っていない。
知っているのはガルガドとその側近たちだけだ。
「【サモン:ブラック】」
最小限の動きで開かれた口から洩れた言葉は、聞き取るには難しい声量だった。
だが、現象は明らかだ。
ネロの背後に、死神を模した精霊が現れたのだから。
その死神を見て、ゼノス兵は一歩後退り、息をのんだ。
あまりにも禍々しい雰囲気を纏い、赤く輝く双眸でこちらを睨み付けてきている。大ぶりな鎌を肩に担ぎ、威圧してきている。
「ククッ、面白いなぁ、主よ」
「ああ、面白いだろ」
魔導師と死神が、似たような笑みを浮かべて喉の奥から笑声を響かせている。
本能的な恐怖が掻き立てられ、呼吸をすることさえ忘れてしまいそうな威圧感。
「魔導師は一国に相当する力を持っている。そして俺の言葉を破れば、帝国諸共あの世行だ」
二人の雰囲気に呑まれ、ゼノス兵は声も出せない。
「ああ、もちろんどうせわからないだろうとかいう安い考えはやめろよ?」
ネロはおもむろに両手で、左眼を隠していた包帯を取り去る。
その左眼は金色に輝き、ひときわ異彩を放っている。
金色の瞳を真っ向から見たキツネは、思わず喉を鳴らす。
かつて世界に同時侵攻した魔王の話を思い出したのだ。
「魔眼だ。千里眼にもなる。俺がどこにいようと、お前ら帝国は監視状態にある」
その言葉に、たった一人のゼノス兵が反応した。
「……本当に、見えているのか?」
ガルガドだ。
当然のようにゼノス兵の注目が集まる。彼は気にした風もなく、試すように挑発的な言葉をわざと選んだ。
ここで証明しておかないと、攻め込むぞ、という言葉を言外に含めて。
答えるように、ネロは余裕の表情を浮かべる。
「ならば何でも質問してみろ。答えてやる」
ガルガドは顔をキツネの将軍へと向けた。
キツネは何度か深呼吸を行い、ゆっくりと口を開く。
しかし、その手はばれないように腰に差した剣へと伸びている。
千里眼を使う際、必ず隙ができると踏んでいるのだ。その隙を突き、汚名返上をしようとする。
「で、では……グランポートにある軍船の数」
「全部で6隻だ」
ネロの即答に驚愕するキツネ。
一切考える間もなく、隙など一切見せずに平然と答えたのだ。そして自分の知りうる中では正解だ。
無論、千里眼を持っているネロにとって弱点は把握している。それはキツネが考えであっている。
千里眼を使う際、遠く離れた土地を見ている間は今いる視界がなくなる。
それは弱点であり隙だ。脳は二種類の全く異なった風景を処理できないのだ。
だが、それも普通ならば、だ。普通なら弱点であり隙に変わりはない。
今この時、ネロに味方するゼノス兵がいる。
ガルガドが周りに気付かれないよう、ネロに合図を送っていたのだ。
ネロはそれを見て即答した。
これもまた普通ならばありえない。敵の嘘かもしれない情報を鵜呑みにしているのだ。ネロだって危険だとわかっている。
だが、それと同時に信頼もしている。この戦争を回避したいと、ガルガドも想ってくれていると。
だから信じた。疑いようもなく、牽制するためにもガルガドの合図を鵜呑みにして即答した。
ネロは内心で深く息を吐いた。
嘘だったらと思うと気が気ではない。だが、何とか合っていたようだ。
そして、逆にキツネの驚愕した一瞬の隙をついた。
「……な、ならば」
「へえ、獣帝ってのは女なのか」
キツネの言葉に重ねるようにして、ネロは言葉を挟んだ。
そしてその言葉にもまた、キツネは言葉を失う。
機密事項である獣帝の性別を一瞬で見抜かれた。
前情報ではありえない。上層部でも極限られた者しか知らないことだからだ。
事実、その場のゼノス兵のほとんどが首をかしげている。獣帝の性別は男として公表されているのだ。
キツネが歯ぎしりをする。
ネロにとってはその反応だけで、十分確信できた。千里眼で一瞬しか見なかったため、確信が持てなかったのだ。
……まさか獣帝の入浴シーンとはな。
心の中で苦笑するが、おくびにも出さない。
これにはさすがのガルガドも驚きで目を見開いた。
「……き、貴様」
「次の質問しろよ。ここで退くと獣帝が女だって、ばらしているようなもんだぞ」
最小限の小声で囁かれ、弾かれたように顔を上げる。
「……では、ダランにいる残留兵の数」
「おいおい、数えるのに時間がかかるようなもんを質問するなよ。……まあ、大体5万か?」
「……ッ」
キツネの悔しそうな表情を見て、ククッと低い声を漏らす。
それは勝利の笑いでもあり、安堵の笑いでもある。
もちろんこれもガルガドの合図なのだが、桁まではわからない。5千か、5万か、あるいは50万。
推測で判断したが、これも何とか正解したようだ。
「では――」
「おい、もういいだろ。それとも、時間稼ぎか?」
質問を打ち切り、ネロは盛大なため息を吐いてみせた。
そして大げさな手振りで腕を広げる。
「こいつらをとどめておくのも疲れるだぜ?」
そういったネロの背後には、死神だけでなく多くの魔物が目を光らせて潜んでいた。
その数の多さに、ゼノス兵から小さな悲鳴が上がる。
「何を驚いている? これくらい当然だろ。俺は魔眼を持っている。もっとも魔王に近い男だ。魔王の由来は魔物を率いたから、だろう?」
答え合わせを求めるように、首をかしげながら訊いてくる。
ゼノス兵は急いでヨルドメアの分身へと目を向ける。もちろん、ゼノス兵は分身をヨルドメアの本体だと思い込んではいるが。
しかし、向いた先にヨルドメアはいない。すでにネロ側へとついていた。
「もう一度言うぞ。今すぐ退け。そして俺の許しがあるまで出しゃばるな」
鋭い眼光と、どすの利いた声を出す。その眼光は死神に睨まれたようだった。その声は地獄の底から聞こえているような響きを持っていた。
今度こそ、統率が乱れ始めた。
「うわああああああッ!!」
ゼノス兵が、みっともなく叫び声をあげて逃げ出した。
もちろん、その数はたかが知れている。だが、その恐怖心は次第に伝播していき、声を張り上げる将軍の声すら届いていない。
そしてネロも立ち上がる。
剣を握り、今度こそ明確な殺意を持って。
背を向け、逃げ出す兵を怒鳴り散らしているキツネへと近づいていく。
キツネの背後に立ち、ようやく気付いたように振り向いたキツネの顔は、恐怖に歪んだ。
凄絶な笑みを浮かべた魔導師は、本領を発揮するまでもないというように剣を掲げて。
「お前は邪魔だ」
一言、一閃。
軌跡が綺麗に、キツネの首を跳ね飛ばした。
統率は完全に乱れた。




