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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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第三十二話 「休業終了」

 トロア村に帰り着き、次の日の準備を終えると早々に寝た。

 今日は頻繁に吐いてかなり疲れていたし、ヨルドメアにも会わなければいけなくなったしで気苦労が絶えない。

 イズモの一般教養もしてやらないといけないし、もういっそ学園に特例で入れてもらおうかとかも考えてしまう。


 まさか学園でも教わらないような簡単なことを教えないといけなくなるとは考えもしなかった。

 とはいえ、イズモが独り立ちできるくらいには知識は積んでおいてもらわないとな。

 後顧の憂いはないようにしないと。


 翌日、朝食を終えると昨日の広場に向かう。

 アルバートに参加者はこっちに集まるよう伝えておいてもらった。


 広場には昨日と同数くらいの村人が集まってくれていた。誰も不参加は嫌だが、多すぎるのもあれなんだけど……。

 まあ、そんなことを言っている場合でもないか。


「じゃあ、早速別れて行動開始するぞ。自警団に参加している人は指導者側に回ってくれ」


 俺はイズモとアルバートに手を振ってアレルの森へと向かう。

 子供はさすがに狩りには連れてきていない。刺繍側の雑用程度なら子供でもできるだろうし、子どもを預けるならそちらに向かうように推奨しておいた。


 アレルの森に入るのは、自警団以外はほとんど経験がないのか、少し怯えた足取りだ。

 俺は自警団の人と手分けして狩りの方法を教えていく。


 まずは罠だ。

 俺は簡易の檻を取り出す。

 中にはエサがつけられており、エサにつながっている紐を引っ張れば入り口が閉じる、簡単な箱罠だ。


「こういった罠はいくらでも作れるけど、知能のある魔物はだんだんと引っ掛からなくなる。そういう時はいったん使用をやめた方がいい」


 取り出した罠を設置していきながら、アレルの森を回る。


「切羽詰ってないなら罠の方が安全だから推奨する。作り方はまた教えてやる……必要もあんまないか」


 罠一個渡せば、誰だって作れるだろう。

 あとはあれトラバサミで十分か。

 トラバサミは持っていないので概要の説明だけで終わる。本格的に作りたかったら、アルバートが教えてくれるだろう。


「さて、と。んじゃ本格的な狩りをするか」


 それまで緊張感もなくついてきていた村人は俺の言葉で一斉に強張る。


「心配するな。危なかったらすぐに助けてやる。まずは俺一人でやってみせる」


 とはいえ、普段なら魔術一発で仕留めるのだが。

 今回は低級の魔法を使いながら、剣でやるか。


「役割分担はしっかりとやっておいた方がいいぞ。魔力が多い奴や剣が得意な奴もいるだろうし、その辺は打ち合わせとけ」


 適当に索敵しながら進み、手ごろな魔物を見つける。

 率いていた村人を止めると一人先行した。



☆☆☆



 昼は狩りでとれた魔物や動物を調理して食べた。

 その後も狩りを続け、日が暮れだしたころに撤収をした。


 アレルの森からトロア村に出ると、ちょうど他のグループも狩りを終えて出てきた。

 それらのグループのリーダーと報告をし合い、クロウド家の屋敷へ向かった。

 裁縫の教室は一番でかいクロウド家を会場にしている。


 クロウド家で一番広いリビングに、多くの婦人と子供がいた。

 彼女らの前に立ち、イズモがやり方を教え、アルバートが各人を回りながら細かく教えている。

 俺は前にいるイズモの方へ近づいていく。


「イズモ、終わりそうか?」

「えっと……もう少しかかりそうです」

「わかった。じゃあ、俺はリリック連れて行くから」

「はい、わかりました」


 イズモが頷き返したのを確認して外へ向かう。

 リリックは今日までトロア村にいるつもりらしい。この後は魔法布や魔法糸を仕入れるために一旦王都の本店に戻り、それからまた来るそうだ。

 その前に代金代わりのゼノス帝国の行き方を教えておいた方がいいだろう。

 たぶん、リリックが帰ってくるころには俺は王都に戻っている。


 村を散策していると、商魂逞しい商人の娘は露店を開いていた。

 ……誰が許可したよ。


「……てめえ税徴収するぞ」

「けち臭いこと言うなっての! 良いじゃんこれくらい!」

「商人なら金払えアホ」


 俺はため息を吐きながら、リリックに店をたたむように言う。


「案外領主してるじゃん」

「今だけな。ゼノスに行くんだろ? 先に案内役を教えとく」

「おっ! ありがたいね」


 いうが早いか、パパッと商品を撤収したリリックは立ちあがり、勝手に歩き出してしまう。

 吐き出しそうになった息をのみ込み、リリックの後に続いてアレルの森へと入っていった。



 狩りの際にばれないよう抜け出し、ヨルドメアとは先に話を通しておいた。

 今回はそこまで探し回ることもなく、向こうから現れてくれた。

 ヨルドメアは前と同じくらいの大きさになると、俺とリリックを見下ろしてきた。リリックに向ける視線は品定めでもしているようだ。


 リリックの方へ向いてみると、そこまで驚いてはいない。むしろ興奮しているようだ。


「な、なあネロ! こいつってあれだろ? 再生力が強い蛇だろ!? 皮剥がさせてくれねえかな?」

「自分で頼め……」


 ヨルドメアはこちらの言葉がわかるので、リリックに対して大口を開けて威嚇していた。


「ダメだってよ」

「残念だ……」


 まあ、確かに再生するならいくらでも取れそうではあるよな。


『こんな奴を連れて行くのか?』

「行きたいんだから、行かせればいいだろ?」

『死んでも知らんぞ』


 自己責任だ、とため息混じりに答える。

 そのやり取りを怪訝そうにリリックが見ているのに気付く。


「すごいな。魔物と話せるのか」

「正確にはちょっと違うがな」


 魔物ではなく魔獣だ。魔物よりもさらに強力で危険だ。


「とりあえず何が知っておきたい?」

「そうだね……時間とどれだけの大きさの馬車が通れるか、かな」


「どうだ?」

『日数で言えば……大体ゼノス兵が5日だ。馬車はもう少し遅くなるだろうから1週間程度だろう。馬車の大きさは普通よりも一回り小さいのが限界だ』


 ヨルドメアの説明をそのままリリックに伝える。

 リリックは興味深そうに何度も頷きながら相槌を打つ。


「後は……ネロの言う将軍が信用できるか、だね」

「まあ大丈夫だとは思うが……」


 ガルガドは一応、人族に対してもそこまで露骨な偏見はないだろう。ネリを連れているくらいだし。

 ネリがいるから、人族の国であるデトロア王国の商品はねだったりするんじゃないだろうか。あいつが好きそうなもの……は軍需物資だな、うん。

 だが、やはりいきなり心象の悪いゼノス帝国は危険だろう。


「エルフの里から行くのも手だと思うが?」

「いや、商売が難しい地の方が商人魂が燃えるだろ?」

「知るか……」


 それは命の危険と隣り合わせでも燃えるのだろうか。

 まあいい。リリックが良いというなら俺は口をはさむべきじゃない。

 というか、盛大に失敗して死に損なえ。俺の気持ちを思い知れ。


「将軍の方は俺が手紙を書いておいてやる。抜けた先はダランっていう軍事都市だ。軍需物資の方が売れるだろうぜ」

「ほうほう、良い情報だね」


 どこからか取り出したメモ帳みたいなものに書き留めるリリック。

 ……しまった、売ればよかったか。

 だが、言ったあとではどうしようもない。アフターケアとして割り切ろう。


「あと、ゼノスに行くならトロア村でも商売して行ってくれよ。刺繍入りの魔法布なら、軍需物資にもなるだろうし」

「売れるかどうかは微妙だけどね。獣人は魔力少ないから」

「魔法陣の改良でも必要かな……」


 そのあたりはまた今度でいいだろう。刺繍していれば調度品扱いで買ってくれるかもしれないし。

 その後も一通りリリックの質問や疑問をヨルドメアに聞き、アレルの森から引き上げた。



☆☆☆



 俺は村の男衆に狩猟、イズモは女連中に裁縫と、今回も別れて行動をしていた。

 狩猟の方は大体皆ができるようになったのでよしとする。あまりにも狩猟が下手な奴は申し訳ないが裁縫の方へ行ってもらった。

 裁縫の方も性に合わない奴は途中から狩猟の方へ混じってきていた。随分と強い女性たちだ。


 半月のトロア村領主はそんな感じで終わりを告げた。

 俺は特に領主らしいことをしていないし、そもそも領地経営というものを知らない。せいぜいホドエール商会を呼び込んだくらいだ。

 経済効果がどうなるかは俺には予想もつかん。一応、リリックに素通りはしないように言っておいたが。


 俺の長期休業も、代理当主の役目が終わると同時に終わっていたのだが。

 まったく休んだ気にならん……どうしてくれんだ、この倦怠感。

 まあ、宿題が出ているわけでもないので構わないのだが。その辺は結構ゆるい感じだ。


 訓練のためにもスワッチロウの引く馬車で俺は王都にまで帰ってきた。

 馬車では1週間程度かかる道程も、大体4日でぶっ飛ばした。おかげで吐くことに躊躇いがなくなってきた。

 いくらか酔いには慣れたが、それでもやはり規格外の速さは俺にはきつい。


「普通に馬車で帰ればいいのに……」

「なんでお前は酔わないんだよ……」


 はなはだ疑問である。どうして俺だけ酔うのだろうか。

 そんなことは置いておいて。


 スワッチロウの引く馬車でそのまま王都の道も突っ切り、クロウド家の玄関前までぶっ飛ばしてきた。

 俺は大きく深呼吸をしながら、玄関の呼び鈴を押す。

 そしてもう一度――


「ダメです」

「……」


 連打しようとした手をイズモに止められた。

 くそ、別にこれくらいいいじゃないか。


 今回は一度でちゃんと使用人が出てきてくれた。

 メイド長のローザではなく、普通の使用人だったが。

 俺はそのまま、前回の執務室のような場所にまで案内される。


 使用人が部屋のノックをして、中の返事を待ってから扉を開けてくれる。

 執務室の中にはじいさん、ウィリアム、ローザ、ニルバリアの4人が揃っていた。


「……勢揃いとか、超帰りてぇ」

「ダメですよ」


 止めかけた足を、イズモに背中を押されて動かす。

 ニルバリアの、イズモを見る視線は侮蔑や嫌悪の中に微かな欲情が含まれている。まあ、外見だけなら普通に美人だしな。俺への視線は嫌悪100%の丸出しだがな。

 そんな視線には気付かないふりで、俺はじいさんの前まで行く。


「ではネロ。どんなことをしたか、報告をしてくれ」


 じいさんに訊かれ、俺はトロア村でのやってきたことを報告する。

 ゼノス帝国がそばにあるので少しでも戦力になるように狩猟を教えた、村全体で魔法布の刺繍をした、などそれっぽい嘘を交えながら報告する。

 まあ、このくらいなら問題はないだろう。


「わかった。下がっていいぞ」


 言われ、俺は真っ先に、駆け出す勢いで反転した。


「ネロ、お前に客が来ている」


 即座にイズモに肩を掴まれたが、じいさんの言葉に振り返る。


「……客ってトレイル?」

「そうだ。応接間にいるから、会ってから帰れ」

「……めんど――」


 イズモに頭をはたかれた。



 奴隷に躾けられているとニルバリアに盛大に笑われながら、俺は執務室を出た。

 ニルバリアの甲高い笑い声は不快だな。今度からはニルバリアの前だけはイズモに注意されないようにしよう。

 外で控えていた使用人にトレイルがいる応接間まで案内してもらう。その道中、ニルバリアの屋敷での振る舞いを聞いた。


 表面はおおむね良好。だが、幾人かの使用人は部屋に戻ったニルバリアが呪詛のように当主になった際には解雇してやると言っていたらしい。

 明確な名前は言っていなかったらしいが、そのせいで評価はだだ下がりらしい。

 ……おい、どうしてくれんだよ。そのせいで俺に当主回ってきたらどうしてくれんだよ。


 頭を抱えそうになったが、何とかこらえて応接間の扉を開く。

 中にいたのは、俺の記憶より少し老けた商人だ。


「おお! ネロ、会いたかったぞ!」

「俺は会いたくなかった」

「またまた照れおって」

「照れてねえ!」


 どうやったらそうとれるんだよ。

 ホドエール商会の会長、リリックの父親のトレイル・ホドエール男爵だ。

 トレイルは良くも悪くも昔のままだった。


 俺はトレイルの座る前のソファに腰を下ろす。イズモは俺の後ろに控えた。


「で、何の用だ?」

「リリックが先日帰ってきてな。これはもう会わなければと思って」

「ああそうかい。言っとくが、商売が成功するかはお前ら次第だからな」

「わかっておるわ! だが、道を開いてくれたことには感謝しておる」


 感謝をするなら金をくれ! とでも叫べば金の入った袋をくれそうだ。やらないけど。

 叫ぶ代わりに息を吐き、出されていた紅茶を飲む。


「これでオレの夢に一歩近づいた。いや、一歩ではないな。あと少しで手が届きそうだ」

「そうかよ。夢はつかめねえけどな」


 頭の中に思い描いただけじゃ実現するはずもないしな。

 その辺に関しては、この親子はかなり実行力がある。本店放って行商していたわけだし。


「そうか。では目標と言った方が的確だな」

「はいはいそーですねー」


 適当に答えながら、出されていた菓子も食べる。

 後ろのイズモにも差し出すと手を振って拒否された。好きなくせに。


「ネロも変わらんようだな」

「あ? 結構変わっただろ」

「口調はな。だが、本質は変わらん。人が好すぎるところとかな」

「……」


「あの時だって、眠いのをこらえてオレとリリックの話に付き合ってくれたしな」

「気付いてたんなら話をやめろよ」

「いや、すまん。あの時はついつい調子に乗ってな」


 調子に乗り過ぎだ。


「まあいい。ゼノスの将軍には一応手紙は送っておいた。エルフの里にも行くんだろ? 門前払い喰らったらこれ渡せ」


 俺は懐から一通の手紙を出して渡す。

 まあ、学園長も普通に入ってきていたし、門前払いはないのだろうけど。


「領主の娘に会えなきゃ、ラトメアっていうダークエルフかレンビアっていうエルフを頼れ。たぶん、邪険にはされないだろうさ」

「何から何までありがたい。代わりと言っちゃなんだが、オレからもこいつを渡そう」


 俺の手紙を受け取ったトレイルは逆に一枚のカードを差し出した。

 それを受け取り、裏返したりしてカードを眺める。

 ホドエール商会という文字や何かの数字が書かれていることから、ただのカードではないのだろうけど。


「なんだこれは?」

「オレの商会に連なる店で買い物する場合、99%引きにしてやる」


 トレイルの言葉に小さく声を上げたのはイズモだ。

 イズモにも一応、ホドエール商会についてはアルバートが教えてくれている。


 俺はそのカードから目を離し、トレイルを見る。


「魔力認証でお前以外の者には一切使えない。だが、お前が許可するなら誰でも使える」

「へぇ。随分と気前がいいな」

「ネロのもたらした利益に比べれば安いものさ」

「ハッ、まだ成功するかもわからねえのにか?」

「成功する。オレの、オレたち親子の商魂なめんなよ」


 トレイルは真剣な声音で、自信満々に断言した。

 その表情を見据えるが、失敗を一切恐れていない……いや、失敗を考えていない。

 ……商人の意地とでも言うのか?


 だが、面白い。とてもいい顔で宣言しやがる。

 俺は自然と口端が吊り上るのを自覚する。


「別になめちゃいない。お前らの自慢話は聞き飽きるほどに聞かされたからな」


 こいつらは失敗すら笑い話に変え、いつでも逞しく商売をしてきた。

 自慢話はあまりいいものではないが、その話の節々に絶対の自信を持っているのだ。


「せいぜい破綻しないように気を付けるんだな」

「わかっているさ。お前はいくらでも、困ったらいつでもオレの商会を頼れ」

「頼りにしてるよ、テメエの商魂を」


 俺はトレイルと握手を交わし、トレイルを見送った後にクロウド家を後にした。

 クロウド家を出る際、じいさんから何の話か訊かれたのでカードを見せて軽く説明しておいた。

 じいさんの驚いた顔はとても面白かった。これがニルバリアなら、もっと愉快になっただろうな。

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