第三十話 「下準備」
アレルの森に入り、適当に歩き回る。
ここは森だ。ジギルタイドがいたような洞穴ではないため、ヨルドメアがどこにいるかなんてわかるわけもない。
歩き回っていれば現れるかとも思ったが、そういうわけでもないようだ。
アレルの森は迷いの森だ。広大で、日の光がほとんど遮られてしまっている。
真っ昼間だというのに薄暗く、なぜかフクロウのような鳴き声も聞こえてくる。
「んー……いないな」
「そうですね……いつまで探すんですか?」
イズモは薄暗いのが怖いのか、俺の背に張り付いて離れようとしない。
しかも、入ってからずっとこの調子だ。いつ終わる、いつ帰るって、お出かけに疲れた子どものように何度も聞いてくる。
「仕方ない。ちゃちゃっと見つけよう」
左眼の包帯を外し、魔眼を使う。
最近、包帯のつけ外しが面倒になってきた。そろそろ眼帯でも買おうかな……と考えている。
「結局使うんなら、早く使ってくださいよ」
「お前、暗闇に少しでも慣れとけよ。いつまでもそれじゃ、一緒に寝る俺が困るんだぞ」
俺は明るいと寝付きにくいんだ。その分、一度寝たらほとんど起きないが。
ああ、でも一応殺気には敏感にされたな。エルフの里で、ラトメアにどうせ必要になるって叩き込まれたんだ。
寝ているときでも、殺気や気配には敏感になってしまっている。
寝るときは深く眠り、ただし気配には敏感、って感じだ。矛盾しているが、本当にそんな感じだ。
……と、そんなことよりもヨルドメアだ。
あの蛇、伸縮自在の超速再生だからな。見つかるかどうか……。
「うーん……あとは結界でも張っとくか」
魔力操作で半径5mほどの結界を作る。
魔力探知に特化させた結界のため、防御などは一切できないが、この森の魔物なら大丈夫だろう。
結界と千里眼。二つを用いてヨルドメアを探す。
……ため息出そうになったが何とか飲み込む。
アレルの森を歩き回りながら、手ごろにあった木の枝を折って手に取り、振り回しながら進む。
適当に歩いてそろそろイズモが泣き出すんじゃないかってくらいの時。
俺は振り向きざまに持っていた枝を投げつける。
後ろにはイズモがいて、そのさらに後ろを狙っての投擲だ。
枝は地面に突き刺さる――ことはなく、そこにいた一匹の蛇を貫いた。
「え、え? なんですか?」
「ヨルドメアだよ、ったく……」
イズモが状況を掴めずにあたふたしているが、俺は気にせずその蛇に近づく。
その蛇は、枝が刺さった際に飛び散った血から煙を噴き、すでに枝から逃れて再生を済ませている。
「からかってくれたなあ、おい」
俺はそのニシキヘビくらいの体長の蛇を睨み付ける。
途端、蛇がニヤリと笑ったように見え、その直後には縦に、横にでかくなっていく。
その姿は最終的に10mほどにまででかくなり、持ち上げた頭についている目で俺を見下ろしている。
魔獣、ヨルドメア。
こいつはずっと、小さくなったまま俺の後ろをついてきていたのだ。
さすがに千里眼だけでは見破れなかったが、結界のおかげで異質な魔力に気付いたというわけだ。
その後はずっと千里眼で監視を続け、ヨルドメアが隙を見せるのを窺っていた。
『ほう、我を見破るとはなかなかいい勘をしておる』
「勘じゃねぇ、実力だアホ」
魔眼は違うかもしれないけど。
イズモは魔獣が初めてで怖いのか、俺の背後で縮こまっている。
『何のようだ?』
「いくつか質問と、少し森が荒れるかもって話だ」
『なるほどなぁ』
ヨルドメアの声は俺にしか……というか、ガラハドと似た魔力を持たないと聞こえないため、イズモにはわからないだろう。
俺の言葉だけでもそれなりに推測はできるが、詳細は後で教えるとするか。
「まず最初に聞いておきたいことがある」
『クク、何だ?』
「気付いてんなら問い返すんじゃねえよ……まあいい。アレルの森は迷いの森、間違いないな?」
『ああ。間違いない。ここはダンジョンの一部のようなものだ』
ダンジョンの一部か。だからこれほどまでに広大なのか。
だが、ダンジョンは攻略されれば消えるはず……イナバ砂漠のように原因不明で残り続けているのかもしれない。
と、そんなことよりも聞かなければいけないことが別にある。
「ゼノス帝国を案内していたの、お前だろ?」
『正解だ』
ヨルドメアは特に躊躇うこともなく、堂々と言った。
そのふてぶてしさに思わず殴りたくなる。
アレルの森は迷いの森。それがダンジョンの一部ならば、踏破するには当然それなりの準備や日数を要するはずだ。
だが、ガルガドたちゼノス兵は特に疲れた様子もなければピンピンしていた。とても広大な森を抜けてきたとは思えないほどに体力を残していた。
ヨルドメアの存在を知るまでは軍人だからと無理に納得していたが、それだけではやはり不可解だったのも事実だ。
『ガラハドからは王国を潰せるなら何でもいいと言われている。なのでゼノス帝国を使い、疲労しきったところを狙うはずだったが……』
「残念ながら、ゼノス帝国は本気で戦争をする気はなかった、と」
『それでも疲労するのは事実。機を見て一転攻勢に出ようかと考えていたところだ』
「なるほど。実に蛇らしく狡猾だ」
少しずつ、ゆっくりと機を窺う、ね。
俺の性に合いそうにはないな。
ため息を吐きながら、近くの木を魔術で切り倒して腰掛ける。
イズモはまだ離れてくれない。いい加減動きづらいんだが……。
「それで? これからはどうするつもりだ?」
『変わらんよ。ゼノスを使い、疲弊を蓄積させる。そこを狙うだけだ』
「それじゃ一生かかっても意味がない。わかんないかな? 魔物は世界共通の敵だ、って」
『……』
「人ってのは、共通の敵がいてこそ一つになる。魔物がいる限り、攻め込まれれば世界全体で抵抗するぞ」
『本当にそうかな? ゼノスは我に頼り切りだぞ』
「ガラハドの侵攻の失敗がいい例だ。魔獣一匹ずつに各国を襲わせるんじゃなく、七匹すべてで全魔物を統率して一国を狙っていればまだ倒せていただろう。それに人は蛇よりも小賢しく狡猾だ」
ま、狙うべき国も選ばなければだめだろうけど。
ていうか、まずシードラ大陸は恨みがないなら真っ先に捨てなければいけない大陸だろう。
干渉してこない限り、だけど。
アクトリウム皇国もドラゴニア帝国も、国力なら二人勝ちだ。同盟していて仲もいいし、まず敵に回さない方がいい。
それに、魔獣は結局ガラハドという人から生み出された魔物だ。いくらなんでも、人が人よりも賢いものを作れるわけがない。
前世の人工AIだって機械だから、本体をぶっ壊せば簡単に殺せる。
『……ほう、貴様はガラハドよりも聡明だな』
「ふざけんな。こんなの誰だってわかることだ」
捻りも何もない、ただ国力だけで考えているんだから。
「まあ、お前らが何をしようが俺にはどうだっていい。話を変えるぞ」
そろそろ本題にも入っておかなければな。
「ここ、ダンジョンなんだろ? だったら、魔物が沸いて出る穴みたいなのがあるのか?」
『あるぞ。いくらでも、消えた分だけ補充するように出てくる』
ふむ、ダンジョンにも魔物はいるとは聞いていたが、沸いて出るのか。
……一体、どこから湧いて出るのやら。
『我は沸いて出た魔物を片っ端から従わせ、このアレルの森を統治している』
「そうか。まあ、賢いっちゃ賢いのか」
ジギルタイドのようなカリスマでもなければ、こうするしかないんだろうし。
「消えた分だけ補充できるなら……いくら殺してもいいのか」
『我が疲れるだけだ』
「知るか。ご自慢の再生能力でも使っとけ」
『それで、魔物をどうするつもりだ?』
「村人と狩りだ。よくあるだろ。それをやらせてもらう。継続的になるかは知らんがな。掃討まではいかないから大丈夫だろう」
『ハッ、この森の魔物を掃討などできるものか』
ほう、言うじゃねえか。
……と、今はそんなことどうでもいい。
「そこまで深く潜らせる気はない。迷いの森は制御できるんだろ?」
『ある程度ならな。案内はいくらでもできる』
「なら、村人に関しては迷わないようにしてくれ。」
『まあいいだろう』
「……やけに素直だな」
『当たり前だ。こんなところで戦闘なぞしたくもない。貴様は我を、今度こそ容赦なく殺しにきそうでな』
それこそ当たり前だ。いくら殺しても再生するんじゃ、手加減なんか考えている暇はない。
が、まあ素直に従ってくれるならそれでいい。
……ジギルタイドのようにはいかないか。
思えば、あいつが妄信的で異質なんだろうな、魔獣の中では。
「ま、狩りは行うかもまだわかったもんじゃないが、俺一人でも一応来る気ではいる。神殿なんかも調べてみたいしな」
『貴様も大変そうだな』
「大変だよ。もう少しで貴族の当主にされるところだ」
『ハッハ! なってしまえばいいものを』
「お前、なったら俺敵だからな?」
容赦なく叩き潰すぞ。
俺は一息ついて木から腰を上げる。
結局、イズモは終始俺の後ろで震えていた。
「じゃあ、また今度な」
『ああ』
「イズモ、帰るぞ」
後ろで縮こまっているイズモに声をかけ、俺はアレルの森を出た。
☆☆☆
森を出るとようやくイズモが離れてくれて歩きやすくなる。
軽く肩を回しながら、クロウド家の屋敷へと向かう。
あとは今日のうちにやっておくべきことは……アルバートと話しておくか。
村を歩いてみたい気もするけど、あとでいいか。
たった半月でどれだけのことができるのか。
素人にいきなり狩りを教え込むなんて無理だろうし、なら経験者を中心的に教えて技術向上だろうか。
あとはそいつらを中心に、週に数回でも狩りに行かせたりか?
半月だと、できることも限られてくる。なのに好感度維持、または若干下降を促さなければいけないとは……。
面倒臭いったらありゃしない。
「……あ、じゃあ参加した奴だけ税免除の方が」
「意地悪いですよ」
そばをついて来るイズモに、間髪入れずに咎められる。
やるせない思いで頭を掻く。
だって、これだと好感度上昇しちゃいそうじゃん。
俺が領主になったら、今の税よりも低くしてくれる、てさ。まあ、どちらにせよじいさんが危惧しているなら、遠からず税の軽減はされるだろう。
「なんでそこまで当主になりたくないんですか?」
「はあ? バッカお前、遊べなくなるだろ」
「……」
イズモの無言の圧力がかかる。が、知ったこっちゃない。
俺はまだこの異世界を満喫していないぞ。
ダンジョンがあるならいかなければと思うし、そもそも貴族になったら簡単に他国にいけそうにないじゃん。
どちらにせよ、エルフの里には是が非でも行くがな。
そういや、エルフの里にはライミーが帰ったんだったな。
ライミーはエメロアの姉だし、恩を売れてよかったな。もしもエルフの里に門前払いを喰らったら、頼らせてもらおう。
「あ、マスター。あれってなんですか?」
と、いきなりイズモがある方向を指差して聞いてきた。
その指先にいるのは四本足で立ち、頭から角が生えて白黒模様の……
「牛だろ」
普通に牛だ。この辺は異世界でも変わらないらしい。
まあ、野菜とかもそこまで変わらないからな。動物も同じなんだろう。
「牛ですか」
「お前の嫌いな牛乳を搾らせてもらう家畜だな。肉用もある。……ていうか、知らないのか?」
「知りませんよ」
イズモは牛から目を離さず、俺に応えた。
「だって、外に出たのなんて3か月前にマスターに買ってもらった時が初めてですから」
「……牢屋暮らしだっけか」
イズモを買った相手は、全員がイズモを地下牢に閉じ込めた、とかいってたな。
それでも、知らないってのはさすがにないだろ。
「……」
イズモの両親について訊こうかとも思ったが、今はいいか。
そのうち話してくれるってことだし、その時に遠慮なく聞かせてもらおう。
「じゃあ、あれは?」
「リザードだっけか。ドラゴンの眷属だ。馬車の馬代わりにできて、魔物とのエンカウント率が下がる」
「あれは?」
「野菜、グレンの嫌いなトマトの一歩手前だな。もう少しで収穫期だから、青から赤になる」
「青?」
「ああ、いや……緑だな。熟れてないのを青いっていうんだよ」
「あれは?」
「お前面倒臭ぇな……あれは宿屋だ。冒険者やらの家替わりだな」
「文句言いながら答えてくれるマスターが好きです」
「そうかい。俺も大好きだよ。……おい、赤くなるな。お前が振ったんだろうが。こっちまで恥ずかしいだろ」
その後も幼児のように目につくものを片っ端から指差して聞いてくるイズモに答えながら、屋敷へと帰り着く。
リビングに行くと、多少疲れたため息を吐きだしたアルバートがいた。
「どうした?」
「予想以上の多さです。村人の……9割くらいが参加してくれますよ」
「それはよかった」
……か? うーん、俺的には微妙なところだなぁ。
まあいい。税が変わらないなら生きていくだけの技術だけでも持っていればいい。
「子供はどういたしますか?」
「親の責任で連れてきていい。まあ、狩りの方はしっかり守るさ」
「かしこまりました」
子供っていうと、俺をいじめてきたあの三人組はどうなったのだろうか。
襲撃で死んだか、トロア村を出たかだろうけど。今、このトロア村にはいなかったと思う。
生きていれば俺と同じくらいだし、パッと見ではわからないか。
「商人の方は?」
「ちょうど近くの村に行商に来ているそうです。トロア村からは馬車で半日ほどでしょうか」
「わかった。じゃあ、そっちに行こう」
だけど、半日もかけてたんじゃ日が暮れるな。
魔物で荷車を引ける奴が何かいたかな?
……リザードはエンカウント率が下がるだけで、速さは少し落ちるんだよなぁ。
犬ぞりの要領で犬っぽい魔物に引かせるか? 数は特に問題はないが……やはりスピード重視ならもっと別の魔物がいるか。
最悪ヨルドメアに乗せてもらうか……却下だな、うん。
行きはガルーダでも構わないが、帰りも早いに越したことはない。
ドラゴンを呼ぶのも手ではあるが、でかいから目立つな。妙な噂を立てられるのも嫌だし、そもそもこの辺にいるかすら怪しい。
ヨルドメアにもう一度聞きに行くか? ……面倒だなぁ。
「アルさん、馬車よりも速い乗り物ってある?」
「それでしたら、スワッチロウという魔物が引く馬車がありますな。馬車よりも数倍速く、力もあります」
「トロア村にはいる?」
「どうでしょうな……希少というわけではございませんが、調教に時間がかかるそうで、あまり普及もしておりません」
じゃあ、野性のスワッチロウを捕まえてくるか。
「よし、イズモ行くぞ」
「え? あ、はい」
「どこへ行かれます?」
「スワッチロウを捕まえに」




