第二十七話 「滞在1日目」
「ちょっとマスター! あれは言い過ぎじゃないですか!?」
現在、俺にあてがわれた部屋でイズモに説教を喰らっていた。
が、俺は別に言い過ぎだとも何とも思っていないので、イズモが勝手に怒っているようなものだが。
「しかも、関わるなって言っておきながら、『俺からは命令するけど』って、ひどいですよ!」
それにしても、イズモは何を怒っているのだろうか。
俺は別に、当然のことを言っただけなのだが。
「良いかイズモ。俺は自分のことくらい自分でできるぞ。それに、使用人だって一人で十分だ。つまり、イズモ一人で足りる」
「そ、それは……」
「あ、あと俺があいつらに命令することって、お前を教育してもらうことだから」
「えっ!?」
「んじゃ、ちょっと行くぞ」
俺はソファから立ち上がると、自室を出る。
「ま、待ってくださいマスター!」
イズモも慌てたように、俺について来る。
「教育って、何をさせるつもりですか?」
「いや、使用人として使えるくらいには鍛えてもらおうと」
このイズモ、奴隷だった期間が長いくせに家事も何も人並以下くらいしかできない。
成長できていなかったし、小さい体じゃできることも限られるだろうけど。
……ああ、イズモを買った奴らって、確か性目的だっけ? だったらできるはずもないか。
今、この家には家事のエキスパートが揃っているんだ。いい機会だし、覚えてもらった方がいい。
そう思い、俺はメイド長を探す。
長を名乗っているくらいだから、家事が一番できるとみていいだろう。
「それはまあ、役に立ちそうでいいんですが……引き受けてくれるんでしょうか?」
「その辺は心配ないよ」
別に代理当主だから、無理に命令を聞かそうなんて思っていない。
俺は、メイド長の弱点……というか、弱みを見つけている。
まずはキッチンあたりから探そうかと思って向かっていると、ちょうど掃除中のメイド長を見つけた。
「あ、おいメイド長」
「……なんでしょう?」
メイド長は不機嫌そうな顔でこちらを向いてきた。
俺はイズモを指差しながら、
「こいつに家事系全部教えてあげてほしいんだけど」
「……私ではなくとも」
「お前と同じ奴隷だからさ」
「……っ」
メイド長が歯を食いしばったのがわかる。
そう、メイド長は奴隷だ。とはいえ、たぶんイズモのように普通の奴隷のような扱いは受けていないが。
玄関で彼女が踵を返したとき、ちらっとだけ耳が見えたのだ。その時にはエラなど見えなかったが、不自然な形だったのが引っ掛かった。
それがなんなのか考えていた時、ミーネの耳も似たような形をしていたのを思い出した。
俺はメイド長に近づき、彼女の長い髪で隠れている耳をあらわにする。
そこには、人族にはないエラのようなものがついていた。
「海人族ね。珍し……くはないのかな」
「ち、ちょっとマスター!」
イズモに肩を掴まれ、無理矢理にメイド長から引きはがされる。
「……私は、奴隷ではないですよ」
「そう。じゃあ、身分詐称かな?」
「ええ……。今まで、隠し通してきたというのに。これで私もここを出なければ」
「あ? 何言ってんの? 出る必要ないよ」
「……は?」
メイド長が目を丸くし、俺を見てくる。
「だって今までずっと隠し通してきたんだろ? それすげぇじゃん。そのまま隠し通せよ」
「い、いや、だって私……」
「あ、ばれてなかったのはハーフだからか? まあ、なんでもいいけど、メイド長が一番家事がうまいんだろ?」
「そうですが……いや、あの、少し待ってください」
メイド長は頭痛がするように頭を押さえ、唸り始めた。
俺はイズモを振り返るが、ため息を吐かれる。おい、なんでだよ。
「なんでもいいからさ、メイド長。イズモよろしく!」
俺はイズモをそこに置き、駆け出す。
「あ、マスター!?」
「仲良くしろよ!」
イズモは俺を追いかけるか、メイド長を気遣うか迷って反応が遅れ、俺はそのうちに姿をくらました。
たぶん、大丈夫だろう。人族ではない者同士、仲良くやってくれるだろう。
そう思いながら、俺は外に向かった。
外に向かったのは、あの執事を見つけるためだ。
たぶん、この庭のどこかにはいると思うんだが……。
そう思っていると、ちょうど見つけることができた。
その執事は上半身裸になり、素振りをしていた。
俺はその執事に近づきながら声をかける。
「おい、右腕」
「……っ!」
ブオッと、風が舞った。
それは執事が振っていた木剣を俺に突き付けてきたからだ。
「……随分な挨拶だな」
「代理か……何の用だ」
「私兵、いるんだろ? そこに案内してもらおうかと思ってな」
「そんなもの使用人にでも頼め」
そういうと、執事は俺に背を向けてまた素振りを開始してしまった。
だが、俺だってそれだけのようでこいつを見つけに来たわけじゃない。
「何言ってんだよ。お前、私兵の隊長だろうが」
「……」
「前隊長はアルバートかな?」
「……あの裏切り者め」
執事は、俺がアルバートの名前を出すと憎々しげにつぶやいた。
……ホント、あの執事何でもやるなー。
それにしても裏切り者、か。まあ、そう映っても仕方ないのだろう。
だが、アルバートはニューラに仕えていたと言っていたしなぁ。
「まあ、何だっていいからさ、さっさと私兵のとこに案内しろよ」
「……そこで何をするつもりだ?」
「あ? そりゃ、隊長のあんたを叩き潰して俺に逆らえないようにするだけだけど?」
「……ほう」
ギラリとした眼光が、俺を射抜いた。
執事の口は吊り上り、細くした目で俺を見てきている。
思わず身震いしてしまう。
「……こっわ。やっぱやめときゃよかった」
「通ると思うか?」
「いいや」
執事が持っていた木剣を俺に投げて寄越す。
そして、自分は近くにあった木の、少し大きめの枝を折って握った。
「マジかよ。超手加減されてんじゃん」
「当たり前だ。代理とはいえ、当主を殺すわけにはいかないからな」
「……一応、現当主の孫」
「喧嘩売ったのはてめえだ」
ですよねー。
まあいい。実際、こいつとも戦ってみたかった。
というかこの執事、絶対俺より強い。
鍛えてもらうには、この執事がうってつけだろう。
「右腕って、そういう意味ね」
「ああ。現当主様に仇為す不届きものは、すべて私が叩き潰す」
事務系が得意なのではなく、単純に護衛のようなものだ。
まったく、あのじいさんも良い奴を雇ったものだな。
そして、俺と執事は同時に足を踏み出した。
☆☆☆
夜、日が暮れだしたころに俺はあてがわれた部屋に戻ってきた。
俺はふらふらとベッドに近づいていき、うつ伏せに倒れ込む。
部屋の中にはイズモはいない。たぶん、メイド長が育成をしてくれているのだろう。
俺と執事はあの後、日が傾くまでずっと打ち合いをしていた。
勝敗は9対1くらいの割合で俺の負けだ。
魔術を一切使わなかったとはいえ、ここまでこてんぱんにされたのはエルフの里以来だ。
エルフの里でも、最終的にはリリーと渡り合えるくらいにはなっていたので、それなりの自信があったのだが。
やはり、天狗になっていたようだ。
よかった。グレンとガチでやり合う前に気付けて。
明日もあの執事と打ち合うことになった。どうやら、1割でも俺に持っていかれたのが嫌らしい。
まあ、俺の強化にもつながるので構わないのだが。
最終的に一回でも勝てば、好感度は下げたままトロア村にいけるだろう。
トロア村では、そこまで大きなことをしなければ、別にいい感情も持たれまい。
トロア村は生まれ故郷だし、村人にそこまで嫌われたくはない。なので、好感度は維持でいこう。
俺はそのまま眠ってしまいそうな体を無理矢理起こし、ベッドに腰掛けて一息つく。
……ああ、ダメだ。横に倒れ込んで寝てしまいそうだ。
両足で何とか立ち上がり、戻ってきたばかりの部屋を後にした。
向かう先はダイニングだ。俺はまだ夕飯を食っていない。
クロウド家に来たから料理は使用人が作ってくれそうなものだが、関わるなといった以上、自分で用意しよう。元からそういう考えだし。
時々壁に手をつきながら、何とかダイニングに着く。
扉を開けようとしたとき、中から食器の割れる音が響いた。そして、メイド長のものであろう怒声も。
……なんか、今入ったら面倒事になりそう。
だが、入らないわけにはいかない。
俺は扉を開けて中に入る。
そこにはメイド長とイズモ、それにメイド長に頭を下げているメイドさんが。
彼女らは俺に気付いてこちらを見てくる。
「……何があったの?」
渋々ながら聞く。
「この子が皿を割ったんだよ。それも高価な皿をね」
「申し訳ありません!」
メイド長に言われ、割った当人が俺に頭を下げてくる。
「……あのな、たかが皿に価値なんざねえんだよ。料理乗っけられりゃ、俺は葉っぱでも構わねえぞ」
「は……?」
「俺がいる間は俺が当主だ。高価な皿を無理に使う必要はない。安物でいい。それと、割るくらい誰でもする」
「しかし、この子はもうこれで5回目だよ」
「知るか。俺がいるうちに二桁言ったら教えろ」
よくやったと褒めてやる。
だが、そんなことを言うような時ではないだろう。
「それと、料理は自分でできる。食材、勝手に使わせてもらうぞ」
「え……」
それだけ伝え、俺は彼女らの横を通ってキッチンに移動する。
冷蔵庫を開けて食材を確認するが、学園長の家では見たこともないような高級だろう食材がたくさんあった。
が、俺はそんなものに目もくれない。
俺は味オンチだし、食材を変えたところでそこまで違いが分かるような奴ではないのだ。
「……」
もうなんか料理するのが面倒になって、冷蔵庫に入っていた生で食える奴を適当に取り出して食う。
「あー! ちょっとマスター、ちゃんと料理してください!」
野菜やらをバリバリ食っていると、それを見つけたイズモに咎められる。
「えー……疲れてんだよ」
「だったら私がしますから!」
イズモは俺の方へやってきながら、そう言って俺をキッチンから押し出した。
……イズモに料理ができるのだろうか。
いや、確かに俺の料理を手伝っていたし、あの3人に比べれば十分できる範囲だろう。
俺はイズモに料理を任せると、テーブルに着く。
そして、持っていたキャベツをバリバリ食って待ち時間を潰す。
「……あんた、本当に貴族の子なのか?」
「よく言われる」
メイド長が呆れ気味に聞いてきたが、適当に返しておいた。
「どうですかっ!?」
「……」
イズモが気合の籠った掛け声とともに、作った料理を俺の前に並べた。
…………。
……ハッ! 思わず魂が抜けていたような気がする!
まあいい。今は料理だ。
いや、うん。なんだろうか。
「……いきなり実践は難しかったな」
「ひうっ」
イズモがショックを受けたような甲高い声を出した。
並べられた料理は、ノエルの料理と似たような状態になっていた。
つまり、焦げている。
よくもまあ、これであんな第一声が言えたもんだ。
まあ、任せた俺が悪いんだけど。
「頑張りは認める」
そういいながら、イズモの手を取る。
イズモの指先は包丁による切り傷や軽い火傷の痕がある。それを回復魔法で全部治す。
「あ、ありがとうございます……」
「ほら、お前も座って食え。まさかとは思うが、自分でも食いたくないもんを俺に食わす気じゃないだろう?」
「そ、それはもちろん!」
イズモが慌てて俺の隣に座り、自分で作った料理を食べ始める。
俺は一度経験済みなわけだし、フレイヤの料理に比べれば十分合格点なわけで。
以前のような覚悟はすることもなく、普通に何とか食える。
味わうのは少し難しいが、それでも食いたくないってほどのものではない。
……懐かしいな。エルフの里で、俺もナフィに習いたてはこんな料理だったと覚えている。
その時も、リリーは文句言わずに食ってくれてたわけだし。
これがそのままだったとしたら、リリーは尊敬ものだな。俺も頑張って文句言わずに食うとしよう。
「うぅ……おいしくないです……」
「我慢しろよ。てか、いきなりうまい料理出されても困る」
涙を流しながらぼやくイズモに、俺は苦笑いを向けた。
俺だって、ナフィに料理の合格もらったのなんて1年かかったんだから。
まあ、そのおかげで一人になってもまずい飯を食わないで済むから感謝はしているが。
二人で失敗作を食っていると、目の前にドンと別の料理を置かれた。
視線を上げれば、そこにはメイド長がいた。
「……食べな。見ちゃいられないよ」
「そうか。ありがとう」
メイド長の言葉に甘え、俺はイズモの料理と一緒に食べる。
「ま、マスター、無理に食べなくても……」
「食材がもったいないだろうが。料理したからには食う」
もったいないお化けというわけではないが、俺は皿に乗せられて出された料理は何とか全部食べるのだ。
本当に嫌いなものは手も付けないが、食えるものを残すようなことはしない。
「あんたも変わった子だね。ウィリアムと打ち合ったそうだね」
「……誰?」
「あの執事だよ。しかも、何本か取ったんだってね」
「ああ。……くそ、思い出したら腹立ってきた」
あの執事、マジで叩き潰してきたからな。
あの強さはやっぱり、実戦で培われたものなのだろうか。
「あんたならわかると思うけど、アルバートとウィリアムは同時期くらいにこの家に来た者でね。何かと張り合っていたのさ」
「はあ。それで裏切り者ですか」
「仕方ないさ。ウィリアムにとって、最大のライバルがいなくなったようなものだからね」
やれやれといった感じでため息を吐くメイド長。
顔を上げたメイド長は視線を俺からイズモへと変え、鋭い目つきになる。
「あんたは明日から私についてきな。私の技術を、トロア村に行く前までに叩き込んでやる」
「へ、あ……はい!」
「引き受けてくれるの?」
「ここは存外いい場所だ。私を人族ではないと見抜いたのはそういない。黙っててもらわないとね」
「はっ、元からいう気はねえよ」
「わかってるよ。その子に、いろいろと聞いたからね」
そういってイズモを示す。
俺が執事とやり合っている間に、少しは打ち解けてくれていたようでよかった。
関係が悪いまま過ごすのも嫌だし。
「じゃ、イズモ頑張れ。メイド長、よろしくな」
「ああ。それと、私の名前はローザだ」
「あいよ、ローザさん」




