第二十六話 「代理当主」
長期休業に入ると、俺は再びクロウド家を訪れることになっている。
休業に入るとすぐに、グレンを含めて全員が実家に戻った。
まあ、前からわかっていたことではあるのだが。それに、グレン以外は王都にいるわけだし。
グレンは北のユートレア共和国との国境沿い領地だ。亜人族と戦争になったら、一番被害を受ける地域だな。
今はユートレア共和国も大人しいし、この国もゼノス帝国を気にして攻めはしないだろう。
今、この国は緊張状態のおかげで戦争がないだけだ。
とはいえ、ユートレア共和国とゼノス帝国は同盟しているから、同時に攻めてきたら防ぎようがないのだが。
……ま、この国の将来なんか案じても意味がないのだが。
俺はこの国に貢献する気はない。が、住んでいるうちは、居場所を守るために戦うけど。
……あれ? 俺って、頼み込めばゼノスでもユートレアでも生きていけるくね?
そんな思考が過るが、振り払う。
そして顔を上げる。
視線の先にはでかい屋敷がある。大きさが桁違いなため、距離感がうまくつかめない。
「……イズモ、距離的にはどれくらいよ?」
「そうですね……あと半分くらい残っているんじゃないですか?」
「……俺、無理にでも当主にされたら、まずこの距離をどうにかするわ」
「それはいい案ですね」
現在、イズモとクロウド家への門を通り、屋敷へと続く長い道のりの道中だ。
前回は運よくじいさんと会えたから、馬車で行けたのだが、今回はそんなことはなく、歩いて向かっているのだ。
それでも、うんざりするほどの長さである。どんだけ長いんだよ。
門に馬車でも置いとけよ。これ、客が困るだろ。
……客も馬車で来そうだよなぁ。
だが、学園長に馬車を頼むようなことはできるはずもなく……というか、このバカみたいな長さを忘れていた。
自転車でもあればいいのに。自転車くらいなら、俺でも作れるかな?
まあ、ゴムとか作り方知らないから木製になりそうだが。衝撃が激しいから無理だろうな。
それか車か? といっても、この世界に石油とかないだろうし……そもそも作り方知らないな。
重い溜息が出る。
俺が来ることくらいわかっているなら、門に馬車配置しといてくれればいいのに。
俺の中でじいさんの好感度急降下だ。もともと最低値ではあるが。
まあ、俺もネリを連れてくるとか言っておいて、そんなことできなかったんだが。
ネリがゼノス帝国で鍛えるって言ったなら、それはもう送り出してやるしかあるまい。
俺はユートレア共和国に3年でそれなりの力をつけたのだが。
剣と魔術じゃ、根本が違うか。
と、ようやく玄関が見えてきたな。
「ようやくか……」
「そうですね」
以前……というか、イズモが成長前だったら、たぶんここまで話をしなかっただろうな。成長前のイズモって、反応がほとんどないし。
ちらっと横のイズモを見るが、特に疲れた様子は見えない。いいことだ。
俺は玄関についていた呼び鈴を鳴らす。……が、誰も出てこない。
もう一度鳴らす。もう一度。
最終的には連打になっていた。
「ち、ちょっとマスター、その辺で」
「出てこない方が悪いんだよ」
すると、バンッと勢いよく玄関の戸が開いた。
「うるさい! 今大事な話中なんだよ!」
声を荒げて出てきたのは、見たこともないメイド服姿の女性だった。
……いや、一応あるな。前に来たときにも、確かいたな。
「出てこない方が悪いんだよ。じいさんに呼ばれたネロだ」
「……あんたがネロか。当主様は今ニルバリア様と話中だ。適当に待ってな」
そういうと、メイドは俺を中に入れてくれた。が、すぐに背を向けてどこかに行ってしまった。
屋敷に入れられたが、俺は別にこの家を隅から隅まで把握しているわけではない。
それに、これだけでかい家だとすべて把握するには一日作業になるじゃないだろうか。
「おいイズモ。キッチンでも行って菓子を漁るか?」
「しないでください」
「え? だって、前来た時黙々と食ってたじゃん」
「い、今はしませんよっ」
イズモが、少し顔を赤くしながら抗議してくる。
何を恥ずかしがっているのだろうか。俺だって、菓子は好きだけどな。
とはいえ、適当に待ってろと言われてもな……。
仕方ないので、前来た時の応接室に行き、ポットなどを適当に使わせてもらって自分で紅茶を入れる。
それを机に置き、ふかふかのソファに座り込む。
「イズモ、本」
「はいはい」
イズモに手を出すと、一冊の本が手に乗せられる。
それを取り、読書にふける。
……遅い。
かれこれ読書を始めて二時間は経ったと思うのだが、まだ誰も来ない。いや、ここにいることなんて誰にも話していないけど。
でも、何かお呼びがあってもいいのではないだろうか。
イズモは隣で、俺に寄りかかるようにしてうたた寝している。
読書の途中だが、少し様子を確認してみるか。
左眼の魔眼を千里眼に設定し、屋敷内を見て回る。
二階にある、執務室だろうか? そこに、じいさんとニルバリアが対峙していた。
雰囲気としては、ニルバリアがじいさんに対して怒鳴り散らしている、といった感じだろうか。
一体、何があったのだろうか。
俺は横のイズモを軽く揺すって起こし、立ち上がる。
「どこ行くんですか?」
「あまりにも遅いから、様子見。寝てても良いぞ」
「いえ、ついていきます」
イズモも立ち上がり、俺たちは応接室を出る。
千里眼ですでに場所は把握している。
屋敷はでかいが、何とか迷子にならずに、執務室に着いた。
部屋の中からは怒鳴り声が聞こえてくる。それはニルバリアの声だ。
だが、その内容は今来た俺ではさっぱりわからない。
そのうちに、机を蹴倒すような音が響いた。
そして、荒々しい足音が扉に向かってきた。
俺が玄関でされた以上に荒っぽく扉が開かれた。
出てきたのはやはりニルバリアだ。
彼は扉の横に立っていた俺に気付くと、睨むように見てきた。
「……チッ」
隠そうともしない俺への嫌悪感を見せながら、舌打ちとともに歩いて行ってしまった。
俺はそんな後ろ姿を見ながら、舌を出す。
「意地悪いですよ……」
「いいんだよ。吹っかけたのは向こうだ」
イズモにたしなめられるが、知ったことではない。
というか、あいつはあれでいいのだろうか。言ってはなんだが、俺のおかげでレイヴァン家を蹴落とし、侯爵になれたというのに。
ま、貴族なんざどうだっていいのだが。
そのまま外で待っていると、俺を出迎えたメイドが部屋の中から姿を見せた。
メイドは俺を見つけると、顎で入るように促してきた。
……おい、メイドというか、女としてどうなんだ、それは。
俺は促されるがままに中に入る。
そこには、先ほどのメイドと、初めてみる執事、それにじいさんがいた。
じいさんは執務机に座り、メイドと執事はその後ろに立っている。
「よく来たな、ネロ」
「お元気そうで何よりです」
「ははっ、心にもないことを」
「まあね」
正直に答えたというのに、横のイズモに頭をはたかれた。
「……そちらのお嬢さんは?」
「前に来た時にもいた奴隷だ。成長したんだよ」
「そうか」
じいさんは一瞬だけ顔をしかめて見せたが、すぐに平静を装った。
俺はじいさんの座る執務机の向かいに立つ。
「で、何の用でしょう?」
「クロウド家について、だ」
じいさんは特にもったいぶることもなく、簡単に答えた。
「……俺は継ぎませんよ」
「私の意志では、だろ?」
「……」
「そこで、次期当主はトロア村の領民とこの家の使用人に決めてもらうことにした」
「……はあ」
このじいさん、まだまだ死にそうな体じゃないくせに。
次期当主なんか決めてどうするのか。
「君にはまず、休業期間の前半をこの家で、後半をトロア村で過ごしてもらう。もちろん、代理当主として、な」
「……」
「そして、領民と使用人にどちらが良いかを決めてもらうのだ」
「どちらか?」
「君と、ニルバリアだ。ノーレンはもともと当主の器はない」
俺にだって当主の器なんざねえよ。
大体、政務とかもやらないといけないだろうし、俺はその辺まったくのド素人だ。ニルバリアに任せた方がいいに決まってる。
「……普通、こういうのって年功序列じゃないんですか?」
「普通はな。だが、最終決定権は私にあり、ニルバリアは私を殺そうとした。証拠はなくとも、私はそう受け止めた」
ということは、ニルバリアにとってこれは最後のチャンスってところか。
「ただし、条件を付ける」
「条件……」
「トロア村に関して言えば、大きな政策変更の禁止だ。税の軽減や徴兵の義務などの、な」
「なるほど」
「……だが、君はトロア村の後半だ。納税などのチェックは任せるぞ」
「……なるほど」
じいさんも、一応はノーレンの政策がやり過ぎだと感じているわけか。
しかし、堂々と言われても困るんだけどなぁ。
「じゃあ、俺はこれからこの屋敷に住むんですか?」
「そうだ。もちろん、この屋敷についてはすべて任せる」
任せる、たってなぁ。
「心配するな。ここにいるのはメイド長と私の右腕だ。困ったことやわからないことがあれば聞けばいい」
言われ、俺はじいさんの後ろの二人を見る。
すると、二人は軽く頭を下げてきた。
右腕とはいうが、執事はかなり若い。たぶん、30代前だろう。
……メイド長なら、その性格というか態度はどうにかならないのだろうか。
まあ、そんなことを言っても仕方ないことではあるのだが。
「政務などについては、君にはまだ早いだろう。次期当主として選ばれたとき、改めて習ってもらうぞ」
「はあ……」
「それまでは……この期間中は私がやる。君は、どちらかというと戦闘関連で実績を積む方だろうしな」
「まあ、魔導師ですし」
確かに、俺は話し合いや政策などで実績を積むのは無理だろうな。
子供だし、そもそもやったことすらない。
それに、戦闘関連の方がわかりやすい。攻め込まれたら守る、攻めるなら蹂躙する、くらいの感覚だし。
……戦争のあるからこそ、できることだよなぁ。
「それまで私はここにいるが、君のやり方に一切口をはさむ気はない。自由に使うがいい」
そういうと、話は終わりとばかりにじいさんは息を吐いた。
「……へぇ」
だが、俺は顎に手を当てて考える。
今、このじいさんは自由に使えと言ったな。
つまり、この期間中は何をしようとも、構わないというわけか。
クロウド家の金を使うのも、権限を使うのも、なんでもありだというわけか。
……まず、政務はする必要はない。そして当主として振る舞う必要もない。俺はクロウド家なんて継ぎたくないし。
これがニルバリアの最後のチャンスだとするならば、奴だって無茶苦茶はしないだろう。
ならば、俺は適当に好感度を落としながら過ごせばいいか。
「あの、マスター? 顔が黒いですよ」
「おおっと、悪い」
俺は慌てて顎に当てていた手で口を覆う。
が、まあいいだろう。
「じゃ、これから俺が代理当主でいいんだな?」
「ああ。やる気があって嬉しいよ」
確かにやる気だが、やらかす気でもいるぞ、俺は。
「よし、じゃあ最初の命令でも下そう」
そういって、俺はじいさんの後ろの二人を指差す。
「お前ら、俺に関わんな」




