姉の布団と妹の怒り
この世界で、白い髪というのは忌み嫌われるものだ。
なぜなら、300年ほど前にガラハドの侵攻という全世界同時に起こった魔物の大侵攻の際、魔物を率いていた魔王ガラハド・バシャが真っ白い髪をしていたからだ。
この世界にだって白い髪の種族は存在する。
だが、人族は別なのだ。魔王ガラハドは、元人族ではないかと言われており、そのため人族の白髪は忌み嫌われる。
またしても、俺は世界に裏切られたのか?
しかし、今回についてはきちんと原因がある。
アレイシアだ。
きっと、あいつが最後にくれた魔力が、副作用的なもので俺の髪が白く染まったのだろう。
まあ、元々世界に嫌われていた俺だ。この程度で落ち込んだりはしない。
「ネロ。はい、これ」
それに、ここには俺を愛してくれている家族がいる。
サナは、俺の無理を聞いて帽子を作ってくれた。家族は白い髪を見ても態度を変えるようなことはしなかったが、外に出た際、俺のせいで家族が周りから噂されるのは嫌なのだ。
「ありがとう」
出来上がったのはキャスケット帽だ。
よし、これで外を出歩ける。完成まで、ずっと引きこもっていたからな。
「母さん、外に出てきていいかな?」
「ええ、いいわよ。あなたに限って、いじめられるなんて思えないものね」
トロア村にだって、他の子供はいる。子供がいれば悪がきもいる。そういった子供の話が、護衛騎士であるニューラのところに時々来るのだ。
「兄ちゃん外行くの? あたしも行っていい?」
「いいよ。準備しておいで」
ネリも一緒に行くことになった。
ただ、時間帯はまだ朝だ。ネリはまだ寝起きだし、髪だって整っていない。
こりゃ小一時間ほどかかるかな、と考える。
「あ、そうだ。ネロ、悪いけど外に行ったらおやつの材料を買ってきてくれる?」
「うん、わかった」
サナにお使いを頼まれ、お金を受け取る。
デトロア銅貨が入った巾着袋。
デトロア王国の通貨は、低い順に銅貨、銀貨、白金貨、金貨。
銅貨100枚で銀貨が1枚。銀貨100枚で白金貨1枚、白金貨10枚で金貨1枚になる。
この世界の物価は、前世の世界ほど高くないのだろう。白金貨が2枚ほどあれば、一か月十分生きていける。
ネリの支度を待っていると、アルバートが掃除をするとのことで、リビングから追い出されてしまった。
俺は自分の部屋に戻り、読書に耽ることにした。
今日の朝は、とても静かだ。
ナトラは、ニューラたち護衛団の人たちと見回りに出かけている。
トロア村には、アレルの森と呼ばれる広大な森が隣接している。その森には魔物が住んでおり、普段は森の奥深くに生息しているのだが、どうやらその魔物が群れで森の出口付近で目撃されたらしい。
そのため、護衛騎士であるニューラが駆り出され、ナトラもそれについて行った。
ノーラは未だに寝ている。今日は特に何もない日のようなので、サナも起こそうとはしていなかった。
ナトラから借りた『迷宮探索 砂上の楼閣編』を読んでいると、部屋のドアがノックもなしに勢いよく開け放たれる。
「兄ちゃん、髪くくって!」
「はいはい……。ネリ、ノックくらいしてよね」
「別にいいじゃん。同じ部屋なんだしさ」
確かにそうだけど。
双子ということで、性別は違ってもいろいろとまとめられることが多い。部屋はまだいいにしても、風呂まで同じにされるのは流石に恥ずかしいのだが……。
ネリはベッドに腰掛け、俺に背を向ける。
ネリの黒髪はとても艶やかできれいだ。だが、本人はそんなこと微塵も思っていないのか、髪に対する扱いが雑だ。
「ネリさ、自分でくくれないなら切ればいいんじゃないの?」
「んー、そうかな? 兄ちゃんは長いのと短いの、どっちが好きなの?」
「それは……長いのかな」
「だったら切らない」
「別に僕に合わせなくたって」
「いいの。切らないったら切らない」
「頑固なんだから……」
ネリの主張にため息を吐いてしまう。
慕ってくれているのだろうけど、これだと俺が縛ってるみたいじゃん……。
渡された赤いリボンで、ネリの髪を一つに束ねる。ネリは赤色がお気に入りなのか、髪をくくる時はいつも赤いリボンだ。
「はい、できた」
「ん、ありがと」
ネリはくくられた髪を、自分で弄って調整し、束ねられた髪を翻してこちらを向く。
「じゃ、いこ! 兄ちゃん!」
ネリは俺の腕をつかみ、早足で部屋を出ていく。
俺も躓きながらも、何とかついていく。
「あ、ネロ。ついでにお姉ちゃん起こしてあげて」
階段のところで、下からそうサナに頼まれる。
「わかった。ネリ、先に行ってて」
「はーい」
ネリは俺の腕を放し、先に降りていく。
さて、俺はノーラを起こさなくては。
ノーラの部屋へと進路を変更し、少し早めに歩く。
「姉さん、起きてますか?」
ノックを数回、返事がないのでそう言いながらドアを開ける。
カーテンが閉められ、部屋の中は暗い。足元に気を付けるほど散らかってはいないが、一応は注意して、ノーラの寝ているベッドへと近づく。
「姉さん、起きてください」
身体を揺すり、そう声をかけるも、ノーラは起きる気配がない。
「姉さん! 朝ですよ!」
「うぅー……ん……」
少し大きめに声を出すと、ようやく薄らと目を開けた。
「起きましたか? そろそろ起きて――うぉわ」
ノーラは寝ぼけているのか、俺の腕を強くつかんで引き寄せた。
おかげで、俺はノーラのベッドへと突っ伏す羽目に。そしてそのまま布団の中に取り込まれていく。
「ちょ、姉さん? 寝ぼけてるんですか?」
ノーラは重そうに瞼を少しだけ持ち上げ、こちらを確認。
「……あら、ネロ。一緒に寝る?」
「いえ、起きてください。もう朝ですよ」
「ネロは暖かいわー」
「寝ないでください!」
あれ? ノーラってこんなダメ人間だったっけ? もっとしっかりしてたと思うんだが……。
「って、姉さん!?」
と、気づけば俺は抱き枕のような状態に。きつく抱きしめられ、顔がノーラの胸に押し当てられている。
……いやね? そりゃ嬉しいよ? 苦しいけど、嬉しいよ? 俺だって男の子だもん。
しかしまぁ、苦しいのも事実なわけでして。
この状況は嬉しいが、長時間続けば窒息してしまう。なので早々に暴れて放してもらおうとするも――
「暴れないでよー」
割とマジな涙声で言われてしまった。目も若干潤んでいる。
「……はぃ」
もういいや……。息だけはできるようにしてくれたから、もう気の済むまでこのままでいよう。
そのまま静止して数秒、ノーラが静かに寝息を立て始めた。
それから数分、ノーラの部屋のドアが開けられる。顔が動かせないため、誰が来たのかは確認できない。
「兄ちゃんまだー?」
この声はネリか。……ネリなら助けてくれるかな?
「あ、ネリ? ちょっと姉さん起こすの」
「あー! なんで兄ちゃん寝てるの!? ずるい!」
……えぇー? そう来るー?
俺がネリの反応に困っていると、ノーラがまた薄らと目を開けた。
「あ、姉さん? 起きまし」
「あら、ネリ。あなたも一緒に寝る?」
「ほんと!?」
「待って!!」
しかし、俺の制止など聞くはずもなく。
ネリがノーラのベッドにダイブしてくる。
一人用のベッドに、子供とはいえ三人だ。とてもきつい。
だが、この姉妹は何が嬉しいのかとても上機嫌だ。
「姉さんもっとそっち寄って」
「はいはい。三人集まると暖かいわねー」
……俺は暑いです。特に顔が。
姉妹とはいえ、両側に女の子。前世では考えられないようなシチュエーションではあるが、さすがにそろそろ我慢の限界である。
と、そこで今度は丁寧なノックの後、ドアの外から声が聞えてくる。
「ノーラお嬢さん、そろそろ起きてください」
この声は……メイドのアンナさんかな?
「あ、アンナさん! ちょっと助けて!」
「あら、ネロ坊ちゃんも一緒でしたか」
アンナがドアを開けて、中に入ってくる。
俺は布団から手だけを出して助けを求めるも――
「あらあら、仲がよろしいようで」
ふふふ、という上品な微笑みが聞えてきた。
……く、くそ! 助けてくれないのか?
それからさらに数分、俺はノーラとネリにもみくちゃにされながら、何とか耐えていた。アンナはこの間、ずっと助けてくれなかった。
助けてくれたのは、次に訪れたアルバートだった。
「アンナさん、ノーラお嬢様はどうしました?」
「今、ちょうど兄妹で寝ているところです」
「おや、そうでしたか。しかし、そろそろ起きてもらわなければ」
アルバートはそういい、ベッドに近づいてくる。
「ノーラお嬢様、王宮からお手紙が届いていますよ」
アルバートはノーラの耳元でそう囁く。
「……王宮から?」
そこで、ようやくノーラの目がぱっちりと開いた。
そして俺とネリを二度、三度と見返して、
「あら、ネロにネリ。どうしたの? そんなにお姉ちゃんと寝たかったの?」
☆☆☆
ようやく……ようやく外に出れた……。
俺(とネリ)は、ノーラからやっとの思いで解放してもらい、外へと繰り出した。
家を出る前、アルバートから「もしナトラ坊ちゃんに会ったら、王宮から手紙が届いたとお伝えください」と言われた。
ナトラとノーラ揃って王宮から手紙か。何かあったのかな? 帰ったら聞いてみるか。
トロア村はのどかな田舎村、である。
守護騎士である、俺の家のクロウド家がトロア村で一番地位が高く、さらに権力に比例するように家も一番でかい。
村には小高い丘があるが、そこから見渡せばトロア村全体が眺められる。
そこから見ると、トロア村は本当に農場や牧場ばかり。牛や馬などの動物が飼われている。
魔物と動物の区別は、知恵が一定以上あり、人に害をなす動物を魔物というらしい。魔物であるゴブリンなどは、知能は低いが飼い慣らすことができるらしい。
その丘からはアレルの森も見え、その広大さに感嘆の息が漏れそうだ。そして、その奥。ここからは見えないが、隣国であるゼノス帝国がある。
ゼノス帝国がなかなか侵攻してこないのは、このアレルの森のおかげでもある。時折、アレルの森では一個師団でも勝てないような魔物が出現することがあるらしく、小競り合いが一応の終結を見たのも、その魔物が現れたことによるらしい。
そのため、アレルの森は魔物を生み出す地点があるのでは、と考えられ、王都から調査団が派遣されることもしばしば。成果はあまり上がらないようだが……。
俺とネリは、トロア村を適当に散策していた。
別にこの外出が初めてというわけではないが、やはりまだ俺の庭といえるほど熟知してはいない。
「兄ちゃん、川!」
「ああ、はいはい。川だね」
「遊ぶ!」
お前は単語しか知らんのかい。
とか思いつつ、はしゃぎながら川に向かっていくネリを追いかける。
川の深さは膝下程度。魚も泳いでいる。
ネリがズボンの裾を捲り、川に入っていく。
そして手づかみで魚を取ろうと奮闘を始める。
「どっちが多く取れるか勝負!」
「えぇー……」
「いいから!」
俺の不満など気にせず、魚とりを再開するネリ。
ふむ。まあ、魔術の練習にはなるか。
以前のネリとの勝負で、俺は詠唱することなく魔法を使った。それ以来、ノーラは俺に、魔法を使うときは魔力の流れを詳細に感じながら使えと言ってきている。
言いつけどおり、魔力の流れを感じながらやってはいるが、いまいちつかめないでいるんだよな。
「母なる大地よ、その雄大な力を大きく振るえ。
この手に大地を分け与え、塊と成せ。【ロッククラッド】」
俺は掌の上に土の塊を創り出す。
命令式には、「中を空洞に」程度だ。
そして、その掌の塊に、さらに魔法を重ねる。
「万物が恐れる赤き象徴、その力をわが手に。
力を集め、一機に解き放て。【バーンフレイム】」
土の塊の中に、火魔法を加える。
命令式は「十秒後に効果を発揮」だ。魔力もあまり込めてないが、これで十分だろう。
ネリがいない辺りに向かって投げ、川に落ちていく。
小さな水音と飛沫を立てて、土の塊が沈んでいく。
「一匹も取れてないのー」
ネリが、これ見よがしに俺を指差してバカにしてくる。
「うっさい。これからだよ」
俺の返答に「?」を浮かべるネリ。
と、ちょうどその時、土の塊が沈んだ辺りで、1m程度の水柱が立ち上る。
「うわ!」
ネリが驚いて、片手で顔を覆う。
俺はすかさずその水柱あたりに入っていき、ショックで浮いてきた魚を回収する。
数は全部で5匹。こんなもんかな。
「どうだネリ。こっちの方が多いぞ?」
「むー! 魔法なんてずるじゃん!」
頬を膨らませて怒られてしまう。
けど、ずるってお前……。
「もう知らない!」
ネリが怒って、そのまま川から上がり、歩いて行ってしまう。
「あ、おい待てって!」
俺は呆れながら、慌ててネリの後を追うのだった。