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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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第二十三話 「代表戦」

 目を覚ますと、ベッドの上で横向きになって寝ていた。

 窓の外は明るくなりつつある。いつも通りの起床時間だろう。

 ……ベッドには学園長が運んでくれたのだろう。後でお礼を言っておかなければ。


 だが、何だろうか……後頭部あたりが少し温かい。人肌に触れているみたいに。

 イズモだろうか。だけど、服の感触じゃないんだが……。


 寝起きで重く感じる体を起こしながら、後ろを振り向く。

 そこにいたのは――全裸の少女。


 思わずよろけて、ベッドから転げ落ちてしまった。


「…………」


 床に座り込みながら、頭を掻く。

 ……よーし、ちょっと落ち着こう。そして整理だ。


 この少女の外見的特徴は?

 長い黒髪、両側頭部の羊角。目の色は閉じているせいで見えない。


 が、まあ十中八九イズモだな。

 そもそも、イズモ以外いないだろ。


 しかし、こうまで急激な成長をするものなのか? つい数時間前まで幼女の姿だったのに。

 俺が現状の把握に努めていると、当の本人がゆっくりと起きた。

 寝惚け眼をこすり、伸びをしながらあくびをしている。


 そして、ベッドのそばで座り込んでいる俺に気付き、笑いかけてくる。


「ぱぱ、おはようございます」

「……前言撤回、お前娘じゃない」

「ええ!? いきなりなんですか?」


 だって、俺の娘カテゴリーに嵌んないんだもん。

 身長的な問題もあるし、何よりこんなでかい娘、今の俺にいたら困る。……いや、幼女でもいたら困るけどさ。


「イズモ……で、いいんだよな?」

「はい、そうですけど……」


「いくつか聞くぞ。なぜ裸だ?」

「だって、服が破れるでしょ」


 つまり、急激な成長をすることを知っていた、と。

 教えろよ。心臓に悪い……。


「今日の予定は?」

「えっと、学園で代表戦があります」


 あれ、そうだっけ?

 ……まあいいか。俺はどうせ出ないから。

 見ておくだけでいいだろうし、俺にとってそこまで重要な行事じゃない。


 ていうか、なんでイズモが知ってて俺が知らないんだろか。

 人の話を聞いてないからだな。うん、仕方ないね。


「あと……成長した、でいいんだよな?」

「はい。大きくなりましたし」


 言いながら、イズモは自分の体を見下ろす。

 ……まあ、成長してるわな。


 身長は俺と同じくらいだろうか。

 胸も成長している。女らしさが出てきた、といったところか?


「……」


 おもむろに手を伸ばし、イズモの胸を掴む。


 もみもみもみ。


「んはっ……! なん、ですか急に……くすぐったいです……!」


 イズモが、なぜか恥ずかしそうな喘ぎ声を上げた。

 が、俺は至って無表情で続ける。


 もみもみくり。


「あん……ッ!」


 興味本位で桜色の突起に触れてみる。


 くりくりく――


「ちぇりおおおおおお!」


 掛け声とともに頭をベッドの端の硬い部分に強めの頭突きをする。

 ……あれ? ちぇりおって、なんか違った気がする。薩摩の方の気合の入れ方って……まあいいか。


「ぱ、ぱぱ!?」


 イズモに呼ばれるが、それから4,5回ほど頭突きをする。

 ようやく落ち着いてきたのでやめるが、打ち付けたところから軽く流血している。


 ……ふぅ、危なかった。もうちょっとで理性が崩壊してたな。

 俺は着たままだったローブを脱ぎ、イズモに渡す。


「とりあえずそれ着とけ。服は学園長に何とかしてもらうから」

「はあ……」

「あと、ぱぱ禁止。これ以降言ったら……本当にカラレア神国に返す」


「わ、分かりました……でも、なんて呼べば?」

「なんでもいいよ。パパ以外なら、なんでも」

「では……マスターで」

「あいよ」


 俺は袖で適当に額の血を拭い、部屋の扉に向かう。

 まずは学園長起こして……あー、イズモについてどう説明するか……。

 まあ、適当でいいか。種族については学園長の方が詳しそうだし、分かってくれるはずだ。


 ……ノエルたちにどういうか。

 あと、学園でもだよなぁ。


 俺は部屋を出ながら、重い溜息を吐く。

 ……面倒くさいなぁ。



☆☆☆



 学園長を叩き起こし、キッチンへと移動すると三人がまた何かを作ろうとしていたのでどかして。

 その間、イズモに関する質問はすべて無視。料理が終わったら説明するとして、全員黙らせる。

 そして六人揃っての朝食だ。


「じゃあ、早く説明して」


 俺が席に着くと同時に、ノエルが訊いてくる。

 少しは落ち着かせてくれないのか。俺だって、まだ結構混乱してんだから。


「そうだな。……起きたらこうなってた」

「……それだけ?」

「それだけ。後はイズモに聞け。俺はもう知らん」


 訴えてくるような視線を感じるが、やはり無視だ。

 仕方ないだろ。俺だってどう説明すればいいのかわからないんだから。


 俺がもう話す気がないことを悟ったのか、ノエルは視線を俺からイズモに移す。

 イズモは、まだ裸に俺のローブという出で立ちだ。


「えっと……イズモでいいのよね?」

「はい。イズモです」


「何があったの?」

「……一昨日、マスターと奴隷市場に行った帰りなんですが、その時にバーブレイの奴隷にマスターが殴り倒され、気絶しているうちに私は攫われました」

「そうだったの……」

「それで昨日、マスターが助けに来てくれて」


 イズモの話を聞いていたフレイヤが、なぜか俺の方へ向く。


「ネロ、あなたが望むなら、バーブレイを捕らえることもできますが」

「必要ない。というか、捕らえるための準備をしてんだから」


 そういいながら、俺は4本の銀製の手錠を見せる。


「凶悪犯用の魔法封じの銀手錠。管理は厳重にされておくべきもの、だろ?」

「そうです」

「後で王城にでも持っていくさ。それで、銀手錠の管理を任されている貴族全員を取り調べてもらえりゃ、捕まるだろうよ」


 イズモを見つけ出す前、適当にレイヴァン家の屋敷を散策していると見つけたので勝手に拝借してきた。

 貴族は王の信用からなるものだ。その信用を、失墜させてやれば没落もしてくれるだろう。


 恨みがあるのはバーブレイだけだが、子どもの教育もできないクソ親なら同罪だ。

 仲良くクロウド家よりも下に落ちてしまえ。


「……貴様が恨むのはバーブレイただ一人のはずだろう?」

「グレン、良いか? 子どもの責任は親の責任でもある。子どもの不始末を親が責任取るのは当然だ」

「だが……」

「レイヴァン家はバーブレイを切って捨てるか、諸共落ちるかの二択を持ち得ている。それで十分だろうが」


 レイヴァン家はすべての罪をバーブレイのせいにして生き延びることもできるのだ。

 バーブレイはレイヴァン家として必要かどうか、見極められるといったところか。


「納得しないなら、お前がどうにかしてみろ。俺は仕返しをしないと気が済まないだけだ」

「……わかったよ」


 グレンがようやく、納得したように頷く。

 しかし、グレンに俺の提訴を妨害されたらどうしようもない気が……。

 まあいいか。そうなったら、また別の方法を考えればいい。

 最悪、フレイヤにも頼めばいいし。


「そういや、学園長。代表戦って、結局誰が出るんですか?」

「ん? ああ、魔術書を持ってる4年1組の生徒に頼んだよ。皆、やりたがらなかったんだがな」


 まあ、キルラがいないとそうなるか。

 ……そういえば、キルラさんの捜索はどうなったのだろうか。


 暇があれば、俺もイナバ砂漠に行ってみるか。いつ暇になるかは知らんが。


「今日は代表戦だけだからな。午前中で学園は終わるよ」


 なら、午後にでも提訴に行くか。

 あのクソ王ども、直談判しないとすぐに動きそうにないんだよな。

 ……言ってしまえば、動くかどうかも怪しい。


「ああ、そうだ。イズモの制服はどうすれば?」

「心配するな。ちゃんと予備がある。後で持っていくよ」

「ありがとうございます」


 俺と学園長が話す横で、話が盛り上がっている女連中を見る。

 ……まあ、仲良さそうでよかった。


 成長したからといって関係悪化されても困るけども、だけど成長したおかげで魔人族としての特徴が際立ったように見えてしまう。


「……なあ、学園長」

「なんだ?」


 俺はイズモを指差しながら訊く。


「これ、育ったって判断していいんじゃないか?」


 すると、なぜかピタッと話し声が止んだ。

 ……なんかおかしいこと訊いたか?

 だが、俺はイズモを育てる名目で買い与えられているわけで、魔人族として成長したとするならば、もう十分育ったうちに入るんじゃないだろうか。


 ぎぎぎ……と効果音が付きそうなゆっくりさで、イズモが俺の方へ向く。

 その顔は、なぜか笑顔が張り付いている。


「えっと、それは……私がいらない、と?」

「は? いや、そうじゃない。だって、俺はお前を育てろって言われているわけで」

「せ、成長したら用済みですか!?」


 驚いたように言われるが、そういわれるととても語弊があるようで嫌なんだが。


「ていうか、そもそもイズモはどうするつもりなんだよ。カラレア神国に帰るのか? それともここで暮らすのか?」

「あー、えーっと……その、ですね」

「うん?」

「カラレア神国、って、今、事実上なくなっているんです」

「……は?」


 それはガラハドに攻め落とされたから、か?

 だが、そうなればガラハドは三人の魔導師たちによって倒されたし、ガラハド自身カラレア神国にはいないはずだ。

 ならば、元の統治者がまた王として君臨しているんじゃないのか?


 暗黒大陸にあるカラレア神国とヴァトラ神国は、国交が盛んではない。そのため、その内情を知るのは難しい。

 だからか、イズモの話すことに、学園長だけでなくグレンまで興味を示しているようだ。


「あの……えっと……」


 しかし、イズモは口ごもってその先を言おうとはしない。

 ……話したくないのか、話しづらいのか。


「まあ、無理に聞く気はないけど……いつかちゃんと話せよ」

「は、はい。それは、もちろん」


 イズモは俺の言葉に何度も頷いてみせる。

 皆も、俺が話を打ち切ったために、これ以上訊こうとはしない。

 話が打ち切られたので、先ほどの話を再開する3人。


 学園長は、俺の方へ向き直って先ほどの話を続ける。


「イズモについてだが、そうだな……あと一年は我慢しろ」

「一年……」


 案外長いな、おい。

 ……まあ、イズモがどうするかもまだ聞いてないし、仕方ないか。


 さて、と。さっさと食って、学園に行くか。



☆☆☆



 学園への登校中、注目度が増した。主にイズモの点で。

 いつもと変わらないメンバーのはずだが、そこに幼女がいきなりいなくなったんだから誰でも驚くだろう。


 イズモには俺の帽子をかぶせて、一応角を隠させてはいるが、もう魔人族としての特徴が隠せない。

 背中の蝙蝠のような翼が存在感を増し、悪魔のような先端が三角形の尻尾も目立つ。


 何より女性らしさが出てきたのが一番でかいだろう。

 傍から見て普通に美女だし。胸は……普通だ。ノエルと同じくらい。何気に一番でかいのってフレイヤなんだよな。


 グレンは相変わらずいるし、俺は俺でいつも通り。

 何このメンバー、さらに強い異彩を放ってるんだけど。


「なあ、グレン。俺だけ、これから時間ずらして登校していいか?」


 “だけ”を強調して、同性のグレンに聞く。が、振り返ったその顔は、馬鹿か? みたいな顔だ。ムカつく。


「なぜずらす必要がある?」

「根が平民の俺には衆人環視ってのが慣れないんだよ」

「慣れろ。貴様も貴族なら、これくらいで狼狽えるな」


 だから、根が平民だって言ってんだろうが。

 まったく、こいつに聞いたのが間違いだった。


 仕方ない、我慢しよう。こういうのは意識するからいけないんだ。


「マスター、何考えてるんですか?」


 この状況をどう脳内変換するか悩んでいると、いつもと変わらず半歩後ろをついて来るイズモに肩を叩かれた。

 首だけ回してイズモを見るが、その顔は笑顔だ。


「……お前らから逃げる算段」

「ええ!? なんですかそれ!」


 今度は驚きの表情に変わった。


 ……ていうか、


「お前、成長してよく表情を変えるようになったな」

「……そうですか?」


 俺の指摘に、イズモが自分の頬を指で引っ張ったり揉んだりしている。


 気付いていない……じゃなくて、実感がないのか。

 この数週間だとイズモの表情はマイナス系ばかり見ていたが、それよりも前でもあまり笑ったりはしなかったよな。


 それだけ苦労が多いのか、表情を忘れていたのか。

 ……結果だけ見てしまえば、良いことなんだろう。表情は、コミュニケーションするときには重要な役割を持つし。


「……変ですか?」

「変じゃないよ。笑ってる方が、俺は好きだし」


 泣き顔なんて、バーブレイやエメロアのだけで十分だし。

 親しい人が悲しい顔をしていると、やはりこっちも悲しくなるし。


 だが、なぜかイズモは揉んでいた手を止めて、頬を紅潮させていく。

 ……うん、間違えたな。超間違えた。これ、告白っぽい。


「待てよ、イズモ。早まるな。いいか――」


「なら、わたくしも好きだということですね!」


「なぜお前が出てくる!?」


 俺、イズモって言ったよな?

 しかも、なんかその後ろでノエルまで頬を揉み始めているし。


「フッ、じゃあな。頑張れ」

「なっ! テメエ!」


 俺がこの状況に困っていると、グレンがそう言い残して騎士学校の方へ行ってしまった。

 あいつ、俺残していきやがった! 完全に俺の自業自得だけども。


 ていうか、周りの目がいろいろとやばいことに気付く。

 すれ違っていく生徒のほとんどが、こちらを見て引いたような視線を向けてくる。


「わたくしはいつでも笑顔でいますよ」

「ま、マスターの命令なら私も……」

「わ、私も王女なら笑顔は大切……よねっ」


 くっそ、面倒臭い状況にしちまった!

 唯一の良心かと思ったノエルまで、なんか言ってくるし!


 ずいっと寄ってくる三人を手で押しとどめようとするが、そんなものは通用しない。

 一歩後退するたびに距離を詰められてくるため、


「三十六計逃げるに如かず!」


 とりあえず背を向けて脱兎のごとく逃げる。


 ほら、逃げるべき時は逃げて身の安全を、てね?

 ……これ、ただの問題の先送りじゃねえか。


 後ろから響いてくる声はすべて無視し、7組の教室に駆け込んだ。



☆☆☆



 教室の席に座っていると、随分と大人しくなったノエルとイズモが教室に入ってきた。

 頬杖をついてそちらを見るが、目を合わそうとしない。


 たぶん、落ち着いて冷静になってからよく考えてくれたのだろう。

 面倒な弁解をしないで済みそうで何よりだ。


 まあ、二人を見ているのは別に俺だけではないのだけど。

 クラス全員、男女問わず視線を注いでいるのだ。主にイズモに。

 仕方ないよな。いきなり幼女の姿から、学生くらいまでの姿に成長したんだから。


 二人は、しかしそんな視線をものともせずに普通にいつも通り俺を挟むように座ってくる。

 クラス中の目は二人に向いたままだ。が、話しかけて来ようとする奴はいない。一種の聖域みたい。

 ……そんな聖域の中心に、俺はいるわけだが。


 隣に座った二人だが、やはり俺に話しかけては来ない。

 俺も特に掘り返すようなことはせず、担任のミリカ先生が来るのを待っていた。




 朝の会が終わると、早速代表戦の会場である体育館に移動となった。

 今日は代表選が終わり次第、学園も終わりとなるので、特に授業もない。


 とはいえ、俺が学園を休んだ分の補習を頼まれてしまっている。

 午後は直談判に行きたかったのだが、断りきれなかった。それにしても、こいつら自分でできないのかよ。

 どの範囲をやるかは、事前にノエルに聞いておいたから大丈夫だ。まだ前世で学習した範囲内だ。



 体育館の二階に上がり、割り振られた観客席に座る。

 一階の競技場にはすでにリングがせりあがっていて、準備完了状態。


 それぞれの学校の長の、長ったらしい挨拶も終え、ようやく代表戦が始まる。


 そして、ようやく騎士学校の代表と魔法学園の代表がリングに上がる。

 フレイは要所だけを覆った軽装の防具で身を固めているが、魔法学園の代表は制服にローブ一枚だ。


 二人がリング上で相対する。


「これより、騎士学校代表フレイ・デトロア対魔法学園代表トキ・ジールの代表戦を行います!」


 その声に、二人が同時に身構える。

 フレイは剣を抜いて中段に構え、トキは少し前傾姿勢になって動きやすい態勢になる。

 表情を見るに、フレイは余裕そうだが、トキは相手が相手だけに緊張しているようだ。


 体育館内は歓声などの声で埋め尽くされていく。

 審判の教師が腕を高く掲げ、


「代表戦、始めッ!」


 勢いよく振り下ろすと同時に、フレイが駆けた。

 トキは後手に回った感じになるが、魔術の特徴として仕方ないことだろう。


 魔術師と言っていたが、何の魔術書を持っているのだろうか。

 魔術は詠唱が必要だから、セオリー通りに行くなら、精霊を召喚してそれを盾にしながら戦うしかないと思うのだが。


「……ていうかさ、そもそも騎士と魔法師を戦わせること自体おかしいと思うんだけど」


 隣で見ているノエルの方へ視線を向けながら、そう聞く。

 イズモは逆側で、熱心に戦闘を見ている。


 これは現実であってゲームじゃない。ゆえにコマンドなんかではもちろんない。

 詠唱が必要な魔術師が圧倒的不利だと思うのだが。


「でも、魔術師が孤立したときなんかはこういう状況になるでしょう?」

「そりゃそうだけど……そもそも、一対一がおかしいと思うんだけど。詠唱破棄もできないんだぞ。詠唱を待ってくれる敵もいない」

「待ってはくれないでしょうね。でも、魔術はいろんな性質変化があるのよ? 剣は斬る、突く、くらいだけど、レパートリーは魔術の方が多いわ」


 そういう問題なのだろうか……。


 現に、トキは精霊の召喚すらできずにフレイの剣から逃げ回っている。

 醜態とは思わないが、これでは勝てそうにないのだが。


「相手が王子っていうのが、一番大きいんじゃない?」

「だけど、何もしないと負けるだけだし」


 普通、魔術師は後衛で、騎士などの前衛に守ってもらいながらでかい一撃をかますような戦法だろう。

 後衛対前衛なんて、後衛に勝ち目があるとは思えない。

 もちろん、俺のように詠唱破棄ができれば勝ち目は十分あるだろう。


 やっとの思いでトキは詠唱に成功する。そして、リングに魔法陣が浮かび上がるとその中心から水で形成された精霊が出てくる。

 ……ウンディーネだろうか? スライムかと思った。

 ということは、トキの魔術書は青系……つまり水系統の魔術書か。


 精霊の召喚に、さらに会場が沸く。


 フレイは精霊などものともせず、持っていた剣で斬りつけるが、体が液体のためダメージを与えられない。

 精霊が手を振り払うようにしてフレイを攻撃するが、フレイは後ろに飛び退いて回避する。


「【スプレッド】!!」


 そのうちにトキが詠唱を終え、魔術を放つ。

 トキの声と同時に、フレイの頭上から大量の水が降り注ぐ。

 滝のように降り注ぐそれは、避けるには下がるしかない。水浸しになれば服が重くなるし、動きが鈍る。


 だが、フレイは前に出た。

 水が降るより少しでも速く、濡れることは承知の上で、前に出た。

 その行動に、会場から声が上がる。


「……良い判断だ」


 ついて出た言葉に、隣にいるノエルが反応してきた。


「どうして? 濡れると、動きが鈍るんじゃないの?」

「そうだけど、まず魔術師に距離を取られること自体ダメだ」

「それは……そうだけど」


「詠唱は集中しないといけない。だったら、少しでも相手にプレッシャーを与えて集中を乱すんだよ。それに、意表を突く行動をされれば動揺もするさ」

「なるほどね……」


 とはいえ、熟練者になれば集中を乱されることもなければ、動揺だって一瞬もないだろう。

 学生だからこそ使える荒業ってところだろう。


 トキは、フレイは避けるものと考えていたらしく、完全に動揺していた。

 ウンディーネがフレイに立ち塞がるが、フレイは構わず前に出る。


 そして、先ほどと同じようにウンディーネを斬りつけた。


「……あ?」


 その行動は、無駄だと思った。液体を斬ることも、魔力を絶つことも不可能だ。

 だが、フレイの剣はウンディーネを切り裂いた。


 そのことに、会場全体がさらに沸いた。驚きの声や歓喜の声だ。


 先ほどのフレイの斬撃は、確かに無駄な一撃だったはずだ。なのに、なぜ今斬れた?


「……」


 俺は左眼の包帯をずらし、魔力眼でリング上を見据える。

 魔力を斬るには、同じように魔力で斬れる。が、それをするには魔法剣と同じ要領でしなければいけないはずだ。

 性質を加えないでいい分、難易度は下がるはずだが……。


「……なんだあれは」


 しかし、実際は俺の予想とは全く違った。


 フレイの剣は、確かに魔力を帯びている。だが、剣だけではない。

 フレイの全身、剣だけでなく防具などにも薄く魔力が纏わりついているのだ。


「あれは闘気だ」


 後ろから声をかけられ、振り返るとグレンがこちらに近づいていた。


「闘気?」

「そうだ。魔術とは全く違う魔力の使い方だ」


「……名前から察するに、身体能力の向上、ってところか?」

「ああ。だが、それだけじゃない。ああやって、魔力すら断ち切る」


 なるほどねぇ。魔法剣以外にも、魔力を物理的に破壊する方法があるのか。


「だけど、なんで最初っから使わない? 舐めてかかってんのか?」

「違う。闘気は普通、熟練した騎士でなければできないんだ。百戦錬磨……とまではいかずとも、それなりの経験が必要なのだ」


「つまり、フレイはできるかどうかわからなかった、と?」

「様をつけろ。……まあ、そんなところだ」


 経験もなしに、あの若さで闘気を覚える、ねェ。

 そのことに気付いたのか、会場のボルテージがマックスまで上る。

 あまりにもうるさいので、俺は手で耳を塞ぐ。


 そして、ウンディーネを斬れたことを確認したフレイは、さらに斬れたその体を八つ裂きに切り裂いた。

 容赦なく、細切れになるまで斬り続けた。


 その間にも飛んでくるトキの魔術すら、その剣ですべて打ち落としていた。

 やがて、トキが息切れを起こす。魔力切れだろう。


 最後の魔力を絞り尽くすようにして、魔術を放った。


「【アクアスパイラル】!!」


 前に突き出したトキの手から、勢いよく飛び出していく水の極太レーザー。

 それはうねり、回転しながらフレイへと向かっていく。


 フレイはそれを――切り裂いた。


 剣を立て、水のレーザーへと自ら突っ込み、斬りこんだのだ。

 水のレーザーはフレイを避けるように二股になり、中心をフレイが駆け抜けた。

 トキのところまで切り抜けると、タックルをした。


 受け身をとろうと、トキはリング上を転がるが、フレイは先回りをして顔面すれすれに剣を突きつけた。

 そして、トキは諦めたように手を上げ、負けを宣言した。


「参った」


 その言葉に、会場全体が歓声を上げた。

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