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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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第十九話 「腕、再び」

 一週間かけて、ようやく王都に到着した。

 少し時間がかかってしまったのは、学園長による寄り道が大きい。

 普段、王都からほとんど出ないせいで、立ち寄る村や城塞都市のあれこれに目を輝かせていた。


 ふと、どこかにいなくなる時もあれば、ずっと俺とイズモの後を追ってくることもあった。

 いったい、この人は何がしたいのか。


 王都に着くと、俺はすぐに王城に連れて行かれた。

 ただ、王城にはさすがに奴隷のイズモは入れないらしく、先に学園長の家に送り届けた。

 家には、ノエルたちがいたので、心配はいらないだろう。


 そして、俺は謁見の間へと案内される。


 2か月前とほとんど変わらない王族を前に、俺は特に礼儀を払うことなく立っている。


「……黒の魔導師、ネロ・クロウドよ。此度の戦い」

「別に戦ってない。さっさと帰りたいので、要件だけを言え」


 王の言葉を遮りながら、そう告げる。だが、この言動にはさすがに、周りに控えている騎士や魔術師が身構えた。

 俺はそれらを流し目で確認する。うん、相変わらずバカだな。


 すると、隣にいる学園長に扇子で強めに叩かれた。

 俺は叩かれた位置をさすりながら、王に向き直る。


「で、褒賞だっけ? 俺、いらないんで、半分を学園、半分をクロウド家に入れてください。他にありますか?」


 俺が勝手に話を進めていくと、周りが殺気を帯びてくる。

 ……別にいいじゃんかよー。誰が話そうが、内容は同じなんだからさ。


 とはいえ、王族のプライドでもあるのだろう。俺には知ったことではないのだが。

 王は玉座のひざ掛けに頬杖をつき、背もたれに寄りかかってしまった。どうやら、俺と話す気も失せたようだ。

 そして、王の代わりに王妃が後を引き継いだ。


「そなたの功績を称えたいのだが」

「それならクロウド家を称えといてよ。俺も一応クロウド家だしさ。俺がここでトロア村の領地寄越せって、言っても聞かないでしょ?」

「……わかりました。そなたがそういうのであれば、そうしましょう」


 王妃は息を吐いて、了承してくれた。

 騎士たちの中には、俺の発言と王妃の了承に訝しんでいる者もいる。


 当然だろう。トロア村は、ゼノス帝国とアレルの森を挟んで接している。そこに、魔導師の俺が行けば、十分抑止力程度にはなるだろう。

 だけど、王国はそうはいかない。ゼノス帝国と、秘密裏に交わされた条約があるのだろうし。


 この条約のキーは魔剣マンイーターだ。

 人喰いの魔剣。マンイーターは、そのまんまの意味を持つ。


 すなわち、人を食わなければならない。


 それは、獣人族や亜人族ではダメだ。人族でなければ、効果を発揮しない。

 つまりマンイーターは、対人族用の魔剣と言って差し支えない。


 人、きちんとした人型の人族でなければ、魔剣は効果を発揮しない。

 人を斬らなければならない。ゆえに魔剣。


 俺が知っている聖剣は、3年前にオオカミが使っていたマジックアブソーバーしか知らないが、それは斬った対象の魔力を奪う。

 その効果に副作用はない。ゆえに聖剣だ。


 戦争において、個人の力はそこまで意味をなさないかもしれない。だけど、それは現代的な、電撃戦などの場合だ。

 この世界に機械なんて、一番近いのが魔法道具だ。それでも、機械には程遠いだろう。

 だからこそ、個人の力が重要になってくる。

 そして、ゼノス帝国はマンイーターを代々受け継いできているのだ。それだけ、マンイーターは利用価値があり、力を持っていることを意味する。


 ここからは推測だが、マンイーターは定期的に人を斬らなければならないのだろう。

 だからこそ、小競り合いが続いていたし、定期的にトロア村で衝突が起こっていた。


 王族は、トロア村にいる村人を生贄として、ゼノス帝国と仲良くしようとしていた。


 そういうことだろう。推測でしかないし、ここでは直接聞けるようなものでもない。かといってフレイヤが知っているとも思えないので、結局真実は闇の中。

 王が詳細を誰にも言わなければ、完全闇の中だし、そもそも先代王から詳しく聞いていなければすでに誰も知らない可能性だってある。


 しかし、そうなると疑問も残る。定期的に、数十年おきに戦争を仕掛けていたゼノス帝国が、3年という短い期間で二度目の侵攻をしてきたのだから。

 たぶん条約を無視しても攻め込む理由があったのだろうが……それはさすがに予想も推測もできない。


「以上ですか? 帰ってい――」


 ペシッ、と扇子で叩かれる。


「すまんな、王妃様よ。こいつの扱いには、私も難儀しておって」

「いえ、構いませんが……」


「ネロ、とりあえず王城でも散歩していろ。帰るなよ」

「へいへい」


 俺は踵を返し、謁見の間を後にした。



☆☆☆



 王城を適当に歩き回りながら、休める場所を探す。

 2か月前は中庭っぽいところに出たが、今回は別の場所を目指す。


 王城の廊下を歩き、本城から隣の城へと移る。

 そこには、長い螺旋階段があった。俺は何の気なしにその階段を上る。


 そうして頂上まで上り詰めると、厳重に鍵のかけられた扉が一つ、存在した。

 ……すごく入ってみたい。


 だが、無理矢理入ったところで、騒ぎになるのも嫌だ。ここは無駄足だったが、戻るしかないだろう。

 と、そう思って体を反転したとき、懐が弱い光をともした。

 俺はその光を取り出す。それは案の定、黒の魔導書だった。


「……グリム、いったいなんだ?」


 俺は浮遊霊のようについてきているであろう黒の精霊の名を呼ぶ。

 グリムは、自分から出てこれるくせに、俺が呼ばないとほとんど姿を見せない。


 それと、実体のないグリムを見るには、それなりの魔力総量……魔導書に選定される資格のあるものがみることができるらしい。

 いつかの食堂でグレンが見れたのは、赤の魔導書に選定されたからだそうだ。

 ついでに、なぜかフレイヤとノエルにも見える。あいつらにも魔導書が使える可能性はあるらしい。


 グリムは、俺の呼び声に応えるように、実体のない姿で現れる。


「ふむ、これは……共鳴ではないか?」

「共鳴?」

「そうだ。魔導書が近くにあるとき、魔導書同士が共鳴することがある。そのためには十分近づかなければならない」


「なら、グレンは常備してないということか? 勝手について来るのに」

「全部の魔導書がいつも懐にあるとは限らん」

「てめえ……」


 俺は半目になりながら、グリムを睨む。

 だったらお前もついてくんなよ。小さい頃なんか、それなりに怖かったんだからな?


 だが、グリムは俺の視線など感じていないかのように、扉の方を凝視している。


「この感じ……まさかとは思うが……」

「なんだ? 心当たりがあるのか?」

「一応、ある。我の苦手な力だ。たぶん、相手も同じ。白の魔導書だな」

「白の……」


 なぜ、白の魔導書が王城にあるんだ?

 白の魔導書は、天人族にしか使えないはずだ。俺のように、天人族の一部を取り込んだりしないと、人族には扱えないはず。

 ……いや、待て。それって……。


 そう考えたとき、下の方から足音が聞こえてきた。

 俺はその相手を、踊り場から身を低くして隠れながら覗き込む。


「……誰だ?」


 螺旋階段を上ってきているのは、よぼよぼの、じいさんともばあさんともつかない老人だ。

 その老人が、杖を片手に、頭まですっぽりと覆ったローブで身を隠しながら上ってきている。


 ……部外者、ってわけでもないだろうが……いったい誰だ?

 というか、王城の者だったとして、見つかったらやばいか? 厳重に鍵がかけられているし、こんなところ、普通なら来ないだろうし。


 俺はすぐに光と闇魔法を駆使して、姿を消す。透明人間だ。

 踊り場の隅に縮こまり、気配を完全に消す。これで気付かれないだろう。


 そして、老人が俺のいる踊り場にまで上ってくる。

 老人は、俺のいる方など気にした風もなく、懐から取り出した多くの鍵で、厳重な扉の鍵を一つひとつ外していく。


「坊や、隠れておらずともよい。姿をお見せ」


 しゃがれた、とても弱々しい声で言われる。

 俺は言われたとおりに、魔法を解いて姿を現す。


「気付かれるとは思いませんでした」

「ふぇっふぇっふぇ。だいぶ魔術がうまいが、それもわしには効かん。姿は消せても、魔力の流れは消えぬからな」

「以後気を付けます」

「向上心のある子じゃの。まあよいわ」


 老人は扉の鍵をすべて開け終え、俺の方へ向く。

 俺を上から下まで、二往復くらい眺めまわす。


「ほお。ぬしがガラハドの再来か」

「……何を言っているんですか?」

「隠さずともよい。左眼、それと異質な魔力じゃの。よくもまあ、ここまでガラハドを再現したものじゃ」

「……」


 ……この老人、いったい何が見えているんだ?

 しかも、再来と言った。それはつまり、ガラハドを見たことがあるというのか?。


 俺は警戒心を強めながら、老人の言葉を待つ。


「わしは長らくこの王国のご意見番をしておる」

「……正確には、どれくらい?」

「さあの。確か、子どもの頃はまだ大地が一つじゃったな」

「大地が、一つ……」


 それは、大地が今の状況になる大地震を経験した、というのか?

 そんなの、俺が読んだ歴史書には5000年前の出来事として書かれていたぞ。


 5000年なんて、長命のエルフや龍人族ですらそこまで長寿じゃない。

 この老人、いったい何者だ? 5000年も生きているなんて……。


「では、あなたは……」

「なんじゃ?」

「いえ、やめておきましょう」


 転生者について、何か知っているかとも思ったが、あまり口外しない方がいいだろう。


「おかしな奴じゃな。クレスリトの元におるくせに、好奇心が弱いのか?」

「そういうわけではないですよ。ただ、まあ……」


「ほれ、開いたぞ」


 老人は厳重な扉を押し開き、俺を手招きしてくる。

 ……とはいえ、俺が入っていいのか?


「魔導書に用があるんじゃろ? 入らんのか?」


 この老人、いったいどこまで見抜いているのか。

 俺は頭を掻きながら、老人の後を追ってその部屋に入る。


 部屋の中はかび臭く、長い間換気もされていないような部屋だった。

 広さはそこまでなく、だが壁際には本棚が置かれ、びっしりと書籍で埋め尽くされている。床にも同じように、書籍がいくつかの塔を為している。

 だが、目を引くのは目の前だ。執務机と椅子が置かれ、机の上には魔法陣と燭台が立てられている。


「白の魔導書じゃ。この時代の者は、まだ誰も使ってはおらぬ。それもそのはずじゃがな」

「……だけど、ここには王女が二人もいるでしょう?」

「当たり前じゃ。わしがそうするように意見を出したのじゃからな」


 ご意見番というのはお飾りではないらしい。


「じゃが、まだ王女二人には見せぬという。何を渋っておるのかは知らぬが……」

「まあ、純血の天人族の王女の方を選ばれると、損害ですからね」

「なるほど。そういうことか。ぬしは頭がよいな」


 いや、これくらい誰でもわかるぞ……。

 老人は躊躇することなく部屋に足を踏み入れ、その執務机に近づく。


「持ってみるか?」

「使えないのに、ですか?」

「じゃが、ぬしは黒の魔導書を使っておる」

「……」


 俺は息を吐き、白の魔導書に近づく。

 正直、これで持てなかったらどうしようかと思ってしまう。

 魔導書集めをする際、魔導師を選定していない魔導書がある場合、このように封印されている可能性だってあるのだし。


「安心せい。封印されておるのは、黒と白のみじゃ。赤の魔導書の所在を思い出してみんか。アクトリウム皇国の蔵書に紛れておったのじゃぞ」

「……それもそうですね」


 もうこの老人が怖くてしかたないのだが。

 なぜそこまで俺の考えていることがわかるのだろうか。


 俺は魔導書に触れる前に、確認をしておく。


「グリム、魔導書を二冊持っても大丈夫だよな?」

「いや、それは危険だ。魔導書の魔力に対する影響力は大きい。万が一、二つ目を使える状態で持てば体が内側から真っ二つになるぞ」

「お、おおう……」


 危なかった。超危なかった。もう少しで臓物をぶちまけるところだった。

 だが、そうなると俺は魔導書を二冊目が持てないことになる。魔導書集めなんてできっこないぞ。

 ていうか、お前、だからそういう大事なことを黙ってんじゃねえよ。ちゃんと教えろ。


「安心しろ。黒の魔導書を一度手放すのだ。そうすればいい」

「どうすればいいんだよ。手放すだけで良いのか?」

「普通なら、それではだめだ。だが、主の場合は我を呼び出しておる。魔術書や魔導書の核は精霊と言っても過言ではない」


 ああ、確かノーラもそんなことを言っていたな。

 じゃなくて、どうすればいいのかを聞いてんだよ。


「で?」

「魔導書の最後のページだ。その文を読め。これは言霊だ。終われば、また我が選定すればいいだけだ」

「わかった」


 俺は早速、魔導書を取り出して最後のページを開く。


「随分と独り言をするの。精霊との会話か?」


 ええ、と老人に答えながら、文を読む。


「我、今ここに盟約を解き、神と道を違える」


 バシッ、と、俺の手元から黒の魔導書が吹き飛ぶ。

 だが、音を立てることも本を傷つけることもなく、床にふわりと着地し、また浮き上がる。

 そして、俺の方へ近寄ってきて、俺の周りを漂う。たぶん、グリムが動かしているんだろう。


「ほう、透明感のある白髪。ますますもって、ガラハドじゃの」

「……ああ、そうか」


 老人に言われ、俺は髪の毛を弄る。


 俺の黒髪は、黒の魔導書の影響だったな。だから、その影響がなくなってしまえば元の白髪に戻る。

 ……まあ、この老人なら大丈夫か。

 ガラハドは魔王だ。人族だけでなく、世界の敵としての見方が強いが、この老人なら、大丈夫だろう。


 さて、これでようやく白の魔導書に触れるな。

 俺は恐る恐る、白の魔導書に手を伸ばす。


 すると、白の魔導書は触れる直前で淡く発光を始めた。黒の魔導書の時と同じだ。

 そのまま白の魔導書は浮かび上がり、宙を漂い始める。


「ほう、ほうほう! まさか、天人族以外に選定される者がおるとは!」


 老人は、何が嬉しいのかそんな叫びをあげていた。なんか、学園長に似ているな。


 そして、白の魔導書はゆっくりと俺の前へと漂い来る。

 それを手に取り、本を開こうとするが、


「……やっぱ、開かないな」


「ふむ、そこから先は、天人族ではないとダメだというわけか」

「まあ、そんな感じかな」

「いい経験になったわ。ありがとうよ、坊や」

「いえいえ。こちらこそ、いい経験でした」


 そう返しながら、俺は白の魔導書を魔法陣の上に置き、顔横に来ていた黒の魔導書を持つ。

 黒の魔導書は一瞬だけ強く発光し、すぐに静かになった。

 俺は黒の魔導書を懐に入れながら、周りの本棚を物色する。


「これらの本の多くは英雄譚じゃ。この部屋の管理はわしに一任されておる。読みたければ、好きなだけ持っていけばよいぞ」

「ありがとうございます」


 お礼を言いながら、改めて書物を確認する。

 それらは、確かに老人のいうように、過去の偉人の出来事が記されている。


 ……とはいえ、この世界の英雄はほとんど魔導師なんだよな。

 ほかにいるとすれば、それは大陸三大流派の祖の旅だろうか。


 俺は適当に、黒の魔導師を中心に探しながら、歴史書や剣豪の本を取り出す。

 だが、持ち帰るにはさすがに多い。少し減らさなければ。

 ……まず、歴史書は絶対いるし……魔導師の本は、7人揃った時代と黒の魔導師が中心に書かれている二冊にするか。剣豪の本は……俺には必要なさそうなんだが。


「なあ、貰えないか?」

「欲張りじゃのう。三冊までじゃぞ」

「ありがとよ」


 なら、大陸三大流派の祖の三冊にするか……いや、極神流だけでいいか。後の二冊は、シードラ大陸と暗黒大陸の流派でいいな。

 三冊を何とか選び、合計六冊の古ぼけた本を持ち帰ることにする。


「三冊はまた返しに来る。どこにいる?」

「ここに来ればよい。わしを見つけることなど、ほぼ不可能じゃからの」


「そうかい。じゃあ、学園長のとこに帰るよ」

「わかった。こんな老人に付き合ってくれてありがとうよ」

「俺も、貴重な書物ありがとよ」


 両手が塞がっているので、適当に頷きながら、部屋を出ようとする。老人はこの部屋で何かするのか、出てこようとはしない。

 すると、白の魔導書がひとりでに輝きだし、宙に浮く。そして、宙をぐるぐる回り出す。


 俺と老人は、一緒になってその魔導書の後を目で追う。

 魔導書は回って気が済んだのか、宙で一回停止すると、今度は俺の持つ書物の一番上に載ってきた。


 ……えーっと。


「ほう、二冊も魔導書に気に入られるとは、長い時の中でも初めて見たぞ」

「いや、良いんですか? これ、ここに置いとかなきゃいけないものでしょ?」


 大体、魔導書があるから、厳重に鍵かけてたんじゃないのかよ。


「選定した白と黒の魔導書を封印状態に戻すのは、その選定者が死んだときのみじゃ。もう、わしにはどうしようもできん」

「……それを早く言えよ」


 そういうことなら、今持ち出そうとは思わなかったのに。

 俺はまだ、魔導書集めにはいけないんだぞ。学園を放っていくのは、学園長に反対されそうだし。


「構わん。この部屋の管理を任されるということは、この部屋すべてを任されておることじゃ。なれば、白の魔導書もわしの管理下のものじゃ」

「すっげえ極論だな」

「それに、どうせぬしには使えぬのじゃろう? ともすれば、王女のどちらかに渡せば使ってくれようぞ」

「それもそうか……」


 どうせ、ここの王族どもはフレイヤに使わせる予定だったのだろうし。だったら、フレイヤに渡せばいいか。


 それでも俺は、盗人とか言われるんじゃないかとか心配してしまう。

 知らず知らずのうちに、ため息が出た。


 ……まあいいか。とりあえず、家に帰るまでは隠しておこう。

 六冊の本の真ん中に白の魔導書を入れ、今度こそ部屋を後にした。



☆☆☆



 何とか学園長にばれることなく白の魔導書を自室に持ち込むことに成功する。

 王城から家まで馬車を使ったのだが、その中で学園長に本のチェックをされるときは焦った。無理矢理誤魔化して隠し通したが。


 そういえば、馬車の中であの老人について聞いてみたのだが、


『ご意見番? そんなものいないはずだぞ。螺旋階段の上の扉は、鍵を紛失して数百年以上経つといわれているが……君はいったい何を見たんだ?』


 なんて怖いことを言われてしまった。

 しかし、だったら、あの老人はいったいなんだったんだ? まさか、本当の幽霊だなんてわけでもないだろうに。


 だが、確かにおかしなこともある。あの老人は、透明になった俺を見抜いたし、魔眼もアレイシアの魔力にも気付いていた。

 左眼はいつものように包帯で隠しているし、魔力なんてそもそも見えるものではない。

 あの老人は、いったい何者なのか。


 会えるかどうかわからないが、本を返しに行ったときにでも聞いてみるとするか。

 ……しかし、あんなことを聞いたら行きたくないのだが。


「いったい、なんなのか」


 あの老人が存在しなかったとして、そうなれば俺の持っているこれらの書物は一体なんだ?

 あの扉は確かに開いた。あの老人の持つ鍵によって。

 しかし鍵は数百年以上前に紛失して見つからない。


 だが、俺はあの部屋から六冊と白の魔導書を持って出てきた。

 そして、その七冊は確かに、俺の目の前に存在している。


 ……こえぇよ。超こえぇ。

 一人悪寒のようなものに身震いさせる。


 とはえい、怖がっていては先に進まない。今はあの老人と部屋のことは置いておこう。

 今は、これらの本だな。


「さて……」


 三冊の剣豪の本については、ネリに送るためだ。あいつ、読書は嫌いだけど、こういう本なら読みそうだし。

 そのために手紙も付けるとして。まあ、ごく最近会ったばかりだし、そこまで書く内容があるわけでもないけどさ。


 もう三冊。歴史書と、黒の魔導師が中心に書かれた英雄譚、それに第一次世界大戦時の書物だ。

 こちらは時間をかけてゆっくりと読んでいきたいな。


 三冊のうちの歴史書を手に取り、開いてみる。本当のところ、数百年前から開かずの扉ならば、最近のことは書いてないと思っていたのだが。

 その歴史書には、ガラハドの侵攻はおろか、なんと2週間前のゼノス帝国の侵攻まで、実にごく最近までのことが記されていた。


 ……さらにこえぇ。

 しかも、そのゼノス帝国の侵攻を読むだけでも、俺の名前が書かれているし。

 なんか、ゼノス帝国の将軍ガルガドを殴りつけて追い返す、って。


 俺は歴史書をそっと脇に置き、英雄譚を手に取る。

 それらの二冊は、特に変わったところはなく、普通に物語風に書かれた本だ。


 俺はさらにその二冊を脇に置き、紙とペンを執る。

 ネリ宛の手紙をさっさと書いてしまおう。運んでもらうのはガルーダだ。あの魔物はかなり賢い。その地域のガルーダなら、郵便代わりに使えるのだ。


 俺はネリに、トロア村の状況やら俺の近況やらを書いて紙を埋め、封筒に名前を書いて入れる。

 三冊の剣豪の本と手紙を袋に詰め、庭に出る。

 噴水のある中庭で、指笛を吹いてガルーダを呼び寄せ、袋を渡す。


「ゼノス帝国のガルガド・レオルガっていう将軍の家だ。わからなかったら、返してくれ」


 ガルーダは俺の言葉に頷き、力強く羽ばたいて飛んで行った。

 俺はそのガルーダを見送り、踵を返す。と、そこに人が立っていた


「驚いたわ……まさか本当に魔物を使役してるなんて」

「ノエルか。あんまり背後に立たないでくれ。今、怖いんだから」


 俺の後ろで見ていたのは、ノエルだった。

 ノエルはガルーダが飛び立った空から目を離し、俺に向き直る。


「あら、どうしたの?」

「ちょっと学園長に脅されたんだよ」


 怖がる俺が面白いのか、珍しいのか、ノエルは小さく笑ってくる。

 ……く、お前だって俺と同じ立場なら絶対怖がるんだからな!


「それで、なんだ? 夕食か?」

「あ、ううん。それじゃなくて……イズモが、ね」

「迷惑かけたか?」


 そういや、家に戻ってきてからイズモに会ってないな。あいつ、どこに行ったんだ?

 だが、そういうノエルの表情は怒っているようだった。


「なんか、ネロと一緒にいたくないって、私たちの部屋に来たんだけど……何かあったの?」

「……別に、いつも通りだよ」


 そう答え、部屋に戻ろうと歩き出すと、ノエルに腕をつかまれる。

 その目は、俺を責めるように鋭い視線を放っていた。


「……妹さんに、殺させようとした、って、ほんと?」

「……イズモの言うとおりだよ」


「これからは死ぬつもりはない、っていうのも?」

「全部、イズモの言う通りだ。もういいか?」

「……」


 俺が完全に油断していると、ノエルは俺の腕を、体ごと勢いよく回し始める。

 ノエルを軸に回りだし、俺は突然のことで遠心力に振り回される。


「うお――あっ!?」


 ちょうど一回転半くらいで吹っ飛ばされ、そのまま目の前にあった噴水へと突っ込む。

 ……ていうか、今魔術使ったか? よくもまあ、3週間で無声詠唱を覚えたな。


 なんて噴水から這い上がりながらノエルの成長を分析していると、ノエルは俺の前まで進んできていた。


「……いきなり何すんだ」

「私は、まあ、これで許してあげる」


 いったい何を許してくれるのだろうか。

 思い当たることがなければ、聞いても答えてくれそうにない。


 俺は全身水浸しのまま、頭を掻きながら息を吐く。


「そうかい、ありがと」

「でも、イズモはきっと、何をしても許さないわ」

「……いったい、俺は何をしたんだよ」


 我慢できずに聞いてみるが、ノエルはそっぽを向いて答えてはくれない。

 ……本当に、俺は何をしたのか。まったく心当たりがないのだが。


「あなたが何かをしてあげないと、きっと許してくれない」

「いろいろしてるだろ。それこそ……いや、まあいい」


 言おうと思ったことを言うには、まだ俺はイズモを知らない。

 だから、濁した。いつか言えるようになればいいけど、今の状況が続くなら無理だろうな。


「まあ、それでも学園長には一緒にいろって言われてる。家のうちはお前がいいなら、お前の部屋にいさせてやってくれ」

「いいけど、今日だけよ。それからは、私は知らないわ」

「……厳しいな、おい」


 俺の知っているノエルなら、了承してくれそうなものだが。

 妥協が今日までとは、さすがのノエルも怒っている、ということか?


 それはきっと、イズモに、ではなく、俺に、だろう。

 俺がイズモに何かしなければ、イズモは俺を許さない、ね。

 その何かのヒントでもくれれば、できそうな気がしないでもないが。


 白の魔導書の話は、イズモを何とかした後の方がよさそうだ。

 そう決め、俺は水浸しのまま家の中に戻った。



☆☆☆



 先月の学園内トーナメントは、俺がトロア村にいるうちに終わってしまっていた。

 というか、学園長が来るのに遅れたのは、そのためだ。前倒しも先延ばしも無理な段階だったらしく、いつも通り行ってから来たというのだ。


 で、優勝者は4年1組の人だ。ここはまあ、妥当な線だ。優勝できるのなんて、1組に限られるだろうし、俺がそもそもイレギュラーなわけで。

 1年7組の代表は、1回戦は勝ち上がったが、2回戦敗退だ。相手が2年2組だというので、ここは仕方ないだろう。

 だが、1回戦は見違えるような腕を見せたらしく、審判の先生も、7組が勝ったことに驚きを隠せないようだったらしい。


 すべて人づて……ノエルから聞いた話だ。

 まあ、俺も1回勝てれば良い方だと思っていたし、上々だろう。1か月にしては十分やった方だ。


 だが、すでに今月の学園内トーナメントが間近に迫っている。

 ……1か月に一回とは、それなりに忙しいものだな。

 きっと移動に一週間とかかかったりするせいだろう。馬車なんだから、仕方ないんだろうけども。



 まあ、俺がいなかった際の学園の出来事なんてこんなものだ。

 俺はもっと別のことが厄介事になっている。


 いわずもがな、イズモである。

 翌日から、気まずい気まずい。同じ部屋で寝ているせいもあるし、イズモが一人では寝れないのだ。

 いつも通り一緒に寝てやるのだが、極力距離を取られる。


 朝は、起こしてくれなくなってしまった。何とか自分で起きているのだが。

 料理の際も手伝わなくなった。イズモが料理できるようになってから、ちょくちょく手伝ってくれてはいたのだが、それが一切なくなった。

 俺の話しかけには不機嫌さを隠そうともしない。目を合わせようともしない。呼ぼうともしない。


 ……さすがの俺も怒るぞ。

 なので、怒った。


「おい、イズモ」

「……」

「お前が何を怒っているのかは知らん。俺に直して欲しいところがあるなら口で言え。それでも嫌なら――勝手にしろ」


 そういい、俺はイズモに渡していたナトラの剣とサナの帽子を取り上げた。

 その際、イズモは何か言いたそうにこちらを見てきたが、その視線はすぐに睨みへと変わり、鼻息荒くそっぽを向いた。


 もう知らん。本当に、どうにでもなれ。

 なんて思っていると、三日くらいしたら今度は学園長に呼び出された。


「君、私が言ったことを忘れてもらっては困る」

「……別に、四六時中は一応、一緒にいますけど?」

「そうだな。そうだが、君にはもう少し理解をして欲しい」

「何を」

「イズモを、だ」


 真剣な声音で言われるが、俺には苛立ちしか残らない。

 どうしてはぐらかす? 俺がどうにかしないといけないのはわかるが、なぜ何も言わない?

 俺に何をしろと、どうしろというのだ。


「……俺はお前らが思うほどに賢くねえよ」


 それだけ言い、俺は学園長の部屋を出て行った。


 だけど、本当に俺は何をすればいい?

 いったい、あいつらは俺に何を期待している?

 ……わかるわけがない。


 自室に戻り、ため息を吐く。

 周りの環境が最悪だ。それは俺だけなのかもしれないが、最悪だと感じてしまう。


 無駄な、とりとめもない思考がぐるぐるとまわり続ける。

 その思考はループへと陥り、泥沼のように嵌りこみ、抜け出すことすら困難だ。


 何もわからない。何もかも、俺には分からない。

 ……せっかく、ネリと墓参りをしたってのに。


 すっきりしない。ぐちゃぐちゃしている。


「……あー! もう! もう、もう!!」


 叫び、立ち上がる。


 左腕のリボンを解き、手に持ちながら。

 向かう先は、イズモのいる王女二人の部屋だ。



 ノックなしに扉を開け放つ。

 部屋の中には、ノエルにフレイヤにイズモ、思った通りのメンバーだ。


「あら、どうしたんです?」


 フレイヤが、ノックもせずに開けたというのに笑顔で聞いてくる。

 俺はフレイヤに適当に返しながら、イズモに近づく。


「……なんですか?」


 イズモはここ最近で見慣れてしまった、不機嫌顔で俺を睨むように見てくる。

 そんなイズモの頭を、上からつかむようにして抑える。


「イズモ、俺はお前を理解していない」

「……当たり前です。人が人を理解できるわけがありません」

「ああ。だから、お前も俺を理解なんざしてない。そして、しようともしてない」


 俺の言葉に、イズモは歯を食いしばった。


「ちょっと、ネロ――」

「黙ってて」


 割り込もうとしてきたノエルの口に人差し指を当てて黙らせる。


「だがな、理解しようとすることはできる。そして誤解する。お前は、俺を誤解しているんじゃないのか?」

「それが、どうしたというんですか?」

「別にどうもしないよ。俺もお前を誤解していた。お前は、俺に心を開いたと勘違いしていた」

「……」


 俺の言葉をどう取ったか、イズモは顔を逸らそうとした。

 だが、俺が頭を押さえているために、視線を逸らすにとどまる。


「俺は面倒事が嫌いだ。けど、この世は面倒事しかない。だから、最短距離で解消させてもらう」


 そう言い、俺はイズモとノエルから手を離し、リボンを用意する。


「何を、するんですか?」

「荒療治、らしいよ。これを考案した奴が言うにはな」


 イズモの右腕を取り、俺の左腕をリボンで括る。


 エルフの里で、リリーにやられた方法だ。

 これをやられてしまうと、嫌でも四六時中一緒にいなければいけない。

 リリーの時は完全に主導権を奪われていたが、今は俺の方が立場が上だ。振り回されることはない。


 俺はこれが嫌だった。だが、過程はどうあれ、結果だけ見てしまえば、俺はリリーとその家族を、別れを惜しむほどには仲良くなっていた。

 別に1年も2年も拘束しようなんて思っていない。どちらかが、俺かイズモが譲歩の位置を見つけられれば、それでいい。

 イズモが譲らないなら、俺が譲ればいい。長くても半年以内には外す。


「半年だ。半年のうちに、俺に納得しろ。それ以上は知らん」

「……」

「お前はもう俺がいなくても、この国で生きていける。そうだろう? なあ、そうだろう? ノエルとも姫様とも仲良くなった。学園長にもそれなりに見込まれてる。俺がいなくても、お前はこの国で生きていけるんだよ」

「そんなこと……」


 イズモは口ごもる。

 嘘は禁止の命令式は生きている。言いきれないのは、そのせいだ。

 それこそ、イズモがもう俺を必要としていないことの証明でもある。


「ない、と言い切れるのか? 言い切れないのなら、半年経った時、お前にまだ不満があるのなら、俺はお前を奴隷商に売る。それが嫌なら俺を殺せばいい。半年待たず殺したって構わん。わかったな?」

「…………」


 イズモは長い沈黙の後、こっくりと頷いた。


 ぐいっと右腕を引き、イズモを無理矢理立たせる。

 部屋を出ていこうとしたとき、ノエルに肩をつかまれ、引かれる。


「待って」

「ノエル、俺の人生は俺のものだ。俺が死ぬと決めたとき、そこに一切の介在はありえない。俺は俺の意志で、死ぬと決めたときには誰も止められない」

「……そういう、ことじゃ」

「今は機嫌が悪いぞ。手を離せ。話なら明日、聞いてやる」


 そういうが、ノエルは手を離そうとしない。だが、その手は微かに震えている。

 俺とノエルがにらみ合いを続けていると、フレイヤがノエルの両肩に手を置いた。

 その顔には、微笑が浮かんでいる。


「まあまあ、ノエル。明日になったら話を聞いてくれると言っているのです。続きは明日にするのです」

「……わかったわ」


 フレイヤに諭され、ノエルは俺の肩からようやく手を離した。

 俺は一息つき、王女の部屋を後にした。

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