第十八話 「リベンジ」
泣き疲れた俺とネリは花畑に体を埋めながら、目だけを合わせていた。
この丘からはトロア村が一望できる。そこからは、ゼノス帝国に侵攻されている証として、黒煙があちこちから立ち上っている。
……アルさんとイズモがすぐに避難誘導に出たとしても、死者は出ているだろうな。
だけど、死んでいない者の方が多いだろう。深い傷を負ったとしても、生きている者は多いだろう。
すぐに行けば、間に合うかもしれない。
俺はゆっくりと体を起こす。それを見たネリも、同じように体を起こす。
「……そろそろ、ゼノスには退いてもらおうか」
「そうだね。……あたしは、戻るよ」
「そっか……」
「うん。おっさんに、兄ちゃんに魔術さえ使われなかったって言ったら、きっと鍛え直してくれると思う」
そして、ネリは決意を秘めた目で、笑いかけてきた。
「今度会うときは、あたしが最強の剣術士になっててやる。攻神流も護神流も極神流も、全部神級を修めて極めてやる」
その宣言は、途方もない無謀な挑戦のように思える。
だけど、俺はそうは思わない。ネリが剣才に恵まれていることを、俺が一番知っている。
ネリは、眠れる獅子だ。それが今、起きたのだ。
なら、俺はどうすればいい?
ただ、ネリが最強の剣術士になるのを待っているのか?
……違うな。
「だったら、俺は魔導師の頂点に立つとしよう。魔術師の上、7人の魔導師の、さらにその上を、俺は立とう」
もともとアレイシアに頼まれた、魔導書集め。そのためには、絶対と言っていいほどほかの魔導師よりも強くなくてはならないのだろうけど。
今まで、どうにもやる気が出なかった。だけど今、ネリが剣術士として最強になると宣言するのならば、
「俺は、魔術師として最強になろう。魔導師の中の魔導師に」
そう宣言し、笑う。
ネリとともに、最強になろう。
前世に戻るためとか、この世界に居続けるためとか、そんなものよりもずっとやる気が出る。
「兄ちゃんなら、簡単でしょ」
「ネリも簡単だろ」
俺とネリは、同時に頷き合う。
すると、ネリは俺に向けて手を広げてきた。だから、応えてやる。
俺も同じように手を広げ、ネリと抱き合う。
「あたしたちは、一人じゃないもんね」
抱きしめ合い、体に刻み込む。この温もりを、感触を、存在を。
背中に回していた右手を頭へと移動させ、優しく撫でる。
「離れ離れでも、この世界にいなくても、俺たちを見守っててくれてる」
俺は少しだけ顔を離すと、ネリの額に口を押し付ける。
ネリは俺と目を合わせないように下を向いているが、照れているのか耳が真っ赤になっていた。
さらに数十秒、抱き合ったまま静止する。
どちらからともなく腕を離し、俺はトロア村の方へと向く。
「……さて、じゃあ、俺はガルガドを殴ってくるよ」
「うん、頑張ってね」
ネリの言葉を聞きながら、俺は指笛を吹く。ガルーダが急降下とともに、俺のそばに降り立った。
俺はガルーダの背中に飛び乗る。ガルーダが羽ばたき、風が舞い起こる中で、俺は声を張り上げた。
「じゃあな、次期最強剣術士」
それに張り合うように、ネリも叫んでくる。
「またな、将来最強魔術師」
ネリの声を聞き届け、俺はガルーダとともに飛び立つ。
妹との再会を、家族の墓を、後にしたのだった。
☆☆☆
トロア村の適当なところに降り立ち、俺は駆けだした。
左眼を千里眼にし、襲われている村人がいる地点を重点的に回る。
今も目の前に、少年を斬ろうとしている獣人族の兵がいる。
「【イビルショット】」
唱えると同時に、黒い線が兵士の剣を撃ち抜く。
兵士が驚いてこちらを向くが、すでに遅い。俺はもう攻撃モーションに入っている。
剣なんか抜かず、魔術すら使わない。
単純な体術、兵士の顎を狙って足を蹴り抜く。
兵士は脳震盪でも起こしたのか、泡を吹いて倒れ込む。
俺は少年に近づき、立たせてやる。
「ほら、さっさと逃げろ。男の子なら泣いてないで家族を守れ」
少年は泣き顔で、だけどしっかりと頷くと村の外へと走っていく。
千里眼で少年の行く先を確認するが、すでに俺が通った後で、動いている兵士はいない。
俺は前へと向き直り、さらに駆け出した。
ようやく見つけた、ライオン顔の軍人。
近くには側近であろうゾウやオオカミの獣人がいるが、関係ない。
「ガルガドー!!」
叫び、抜刀する。
ジャンプからの大上段、叩き落とすように、剣を振るう。
俺の剣は炎を纏い、高熱を放っている。鉄をも斬る、熔解の剣だ。
「来やがったな、クソガキ!」
ガルガドは牙を見せながら、犯罪者のような凶悪な笑みを浮かべている。
……いや、きっと俺の浮かべている笑顔も似たものだろう。
自分の笑顔も相当黒いだろうと自覚しながら、剣を振り下ろす。ガルガドは、腰に差していたマンイーターを抜き放ち、応戦してくる。
俺の剣とガルガドのマンイーターがぶつかり、甲高く、だが重厚な音が響いた。しかし、ガルガドのマンイーターは折れる気配を見せない。
「チッ、相当喰いやがったな」
「テメエが遅ぇんだよ」
無理矢理に剣を振り払うと、俺はバックステップで距離を取る。
「てわけだ。トルネラ、撤退の笛吹いとけ」
ガルガドは、俺から視線を離すことなく、後ろに控えているゾウに声をかけていた。
「は……? し、しかし」
「魔導師とやり合いたくねえだろ。それと、ワーグナーは負傷兵の回収に迎え」
「承知いたしました」
ガルガドは側近のゾウとオオカミにそれぞれ指示を出すが、俺への警戒心を緩めない。
……参ったな、殴れないじゃないか。
それでも、俺はガルガドの隙を隈なく探し、注意深く観察する。
「……チッ、嫌な奴に育ちやがったな」
「ああ。お前のおかげだ。感謝するぞ」
「すんじゃねえよ、気持ち悪い」
ガルガドは苦笑のような笑みを浮かべてくる。
その後ろでは、ゾウが笛を吹き、オオカミが兵を率いて走り出した。
「ガルガド、お前ちょっとネリに甘いんじゃないか? 俺に魔術すら使わせてもらえなかったぞ」
「甘いんじゃねえよ。あいつが、兄ちゃんがいない、っつってやる気を出さなかったんだよ。まあ、それでも基本だけは叩き込んだんだが……」
「そうかい。じゃあ、もう大丈夫だな。あいつ、次会うのは最強の剣術士になってからって言ったし、抱擁して頭撫でてキスしといたから」
「……テメエも妹大好きだな」
「当たり前だろ。唯一の家族だぞ」
「そういう意味じゃなくてな……まあいい」
ガルガドは何かを諦めたようにため息を吐く。
俺はその瞬間に、地面を精一杯の力で蹴りつけ、ガルガドに突撃する。
剣を振りかぶると、ガルガドが防御の態勢に入る。
俺は剣を振り切り、防がれた剣を手放し、出した左足を踏ん張り、強引に右足を斜めに出す。
「――!」
だが、ガルガドも軍人だ。横にそれた俺を、確実に追ってきた。
俺はさらに右足を斜めに撃ち出し、回り込むように移動する。
そして、ガルガドの死角を確実に捉え、拳を握りこむ。
俺の右拳はガルガドの顔面に吸い込まれるようにして放たれ、的確に頬を殴りつけた。
ガルガドが身を捩りながら、地面を滑った。
「今日はそれで勘弁してやるよ。ネリを鍛えてもらわないといけないから、殺すのはまた今度にしてやる」
ガルガドは、ペッ、と口内の血を吐きだす。
「そうかよ。チッ、容赦なく殴りやがってよぉ……。まあいい」
ゆっくりと立ち上がりながら、ガルガドはマンイーターを鞘に納めた。
「次ネリと会ったとき、魔導ごと使わせてやるよ」
「期待してるぜ、ガルガド」
「気持ち悪いぞ、テメエ」
「あっはっはっは」
乾いた笑いを返し、俺も剣を鞘に納める。
ガルガドは口元をぬぐいながら立ち上がり、俺に背を向けた。
「じゃあな。次は容赦しねえ」
「そりゃこっちのセリフだ」
首だけ振り向いてくるガルガドに、口端を上げた笑みで返しておく。
こうして、3年ぶりのゼノス帝国の侵攻は呆気なく幕を下ろした。
☆☆☆
ゼノス帝国の兵がすべて撤退したのを確認後、俺はトロア村の離れに作られたテント群を見つける。
3年前と同じように、トロア村に住める状態ではないので、仮設の村だ。
俺はまだ柵ができていないうちにテント群の中に入り、統括しているであろうアルバートを探す。
だが、アルバートを見つける前に、大きめの、うめき声の響いてくるテントを見つけてしまった。
……先にこっちに入るか。
そう決め、俺はそのテントの中に入る。
「あ、ここは入らない方がいいよ」
入口で待機していた村人が俺を引き留めてくる。
「いえ、魔術師です。回復魔法も使えるので」
「えっと……」
「別にお金を取る気はないですよ。魔力は無駄にあるので」
俺は少し強引に中に入り、テントの中を見回す。
……うーん、前はサナがいくらかやっててくれたから、今はさらにひどいな。
俺は吐息し、魔術を使う。
回復魔法の範囲はテント全体。特に魔力は使っていないし、有り余っている。
「【キュア】」
青白い光を放つ魔法陣が現れ、テントを覆うほどの大きさに広がる。
そして、光の粒子が舞い、うめき声が少なくなる。
だが、やはり3年前と同じで回復魔法を受け付けない負傷者もいる。
「回復魔法が効かない人はこっちに集めて」
そう声をかけると、テント内の村人が戸惑いながらも指示に従ってくれる。
集められた人を適当に一人選び、そのそばに座り込む。
左眼の包帯をずらし、魔力の流れを見る。
……魔力回路は正常だな。けど、異質な魔力……本来自分のものではない魔力があるな。
たぶん、魔剣や聖剣が元から宿す魔力が、斬られると同時に流れ込んだのだろう。だけど、その魔力は自分の魔力に瞬時には変換できない。
魔剣や聖剣は使い手の魔力を吸い上げるのに、逆は無理だということか。
そして、流れ込んだ魔剣や聖剣の魔力は、他からの魔術に対して抵抗する、と。
厄介な性質のせいで、回復魔法はおろか、たぶん体内に入り込むような攻撃魔法も効かないのだろう。
魔眼で観察していると、見ている村人が腕をつかんでくる。
「私は……死ぬ、んですか……? 回復魔法が……受けられない、なんて……」
消え入りそうな涙声で、訴えるように言ってきた。
だから、俺は腕をつかんでいる手を握り返す。
「死なないよ。そのために俺がいる。ここにいる奴は、全員助ける。だから、寝てろ」
その人の傷口部分に、俺の魔力を注ぎ込む。
魔力を操作し、抵抗している魔剣の魔力を相殺する。
「【ヒール】」
最後に回復魔法を唱える。今度はちゃんと回復魔法が効き、傷口が塞がっていく。
その人は途中で気を失ってしまっている。だが、呼吸音も聞こえるし、心音もある。死んではいない。
……ふむ、抵抗する魔力を相殺すればいいのか。
うまくいくかどうか不安だったが、なんとかなりそうだな。
それから俺は、回復魔法の効かない村人を一人一人、直接治していった。
ゼノス帝国が撤退した翌日。
昨日のうちに、ガルーダにおつかいというか学園長への連絡の手紙を託して飛ばし、一応折り返しの連絡が来るまで滞在するつもりでいる。
夜はアルバートの家に泊まった。野宿でも良かったのだが、押しに負けた。
俺は現在、家族の墓がある丘のヘリに胡坐をかいて座り、久々にタバコを咥えて復興が始まったトロア村を眺めていた。
丘の上からはトロア村全体が見渡せる。昼過ぎあたりから、手伝いに行こうかとも考えている。
村全体としては、3年前ほどの損害は受けていない。それに村人の死者も、ぐっと減った。
……まあ、それでも死人は出たんだけども。
傷を負った者は、何とか全員助けることができた。
だが、この世界に蘇生魔法など存在しない。あったとしても、俺は知らない。そのため、死んだ者はどうしようもなかった。
昨日のうちに死者は全員燃やして弔った。それで我慢してもらうしかない。
この世界には墓に骨を埋める習慣はないのか、みんな骨を家に置いているらしい。
俺の家族の墓には、俺の要望で骨壺を入れてもらったが。
風が吹き、俺の髪を揺らし、草をなびかせて、花を散らしていく。
その風音の中に、足音があった。
その足音の主は、俺の方へと歩いてくると、前へと回り込んで仁王立ちをする。
「……どうした? イズモ」
「……」
俺は少し見上げるようにしながら、目の前に立つイズモの眼を見る。
イズモは、表情だけで怒っているというのがわかるほどに怒っていた。
……何やらかしたっけな。
などと、これまでの俺を振り返ってみる。
が、特に何かをやらかした記憶はないのだが……。
「ぱぱ、また死のうとしたらしいですね」
「ああ、それか。もう死ぬとか言わないよ。死に急ぐのもやめるし」
「……それを信じろというのですか?」
奴隷に疑われてしまうとは……。いや、奴隷はマスターを信じないものか。
「今までに何度死のうとしましたか、数えてますか?」
「数えてないよ。まだぎりぎり2桁だろ」
「あと3回で3桁です」
「ぎりぎり2桁でいいじゃないか……」
イズモさん、何をそこまで怒ってらっしゃるの?
俺が死のうとするなんて、1日に3回のペースなんだから別に今更怒られるようなものでもないでしょうに。
「私が怒っているのは、私がいないところで死のうとしたことです」
……じゃあ、こいつは誰から俺が死のうとしたことを聞いたのだろうか。
「村の外れにいたとき、黒髪のお姉さん……ぱぱの妹さんに聞きました」
「……余計なことを」
「何が余計なことですか!?」
前かがみになり、俺を真正面から睨み付けてくる。
「いきなり大声出すな。余計なことは余計なことだ」
「妹さんには守ってと言われましたが、死ぬ気がなくなったんですよね」
「一応な」
「……もう知りません。勝手にしてください」
イズモはそういうと、怒った表情でそっぽを向いて歩き去ってしまった。
いったい、何をそこまで怒っているのだろうか。
イズモのいるところで俺が死にそうになるとは限らないし、本当に死にそうなときにイズモがいるとも限らない。
……とはいえ、最近はずっと一緒にいたからなぁ。
イズモにとって、自分のいないところで俺が死ぬのがそんなにも嫌なことらしい。
しかし、嫌だからといって彼女の言うとおりになるわけでもない。
本当に、いったいイズモは何をそこまで怒っているのか。
「……ま、別にいいんだけどさ」
プッ、とタバコを捨て、宙に浮いているうちに火魔法で吸殻を燃やし尽くす。
後ろ髪を掻きながら立ち上がり、丘を下る。そろそろトロア村の復興を手伝うか。
☆☆☆
ガルーダに手紙を持たせ、学園長に送ってから1週間ほどが経とうとしていた。
その頃になると、ようやく近くの城塞都市から戦闘を考慮した人数の騎士団と魔術師団が派遣されてきた。
とはいえ、彼らの仕事はゼノス帝国が再度攻めてきたときの戦闘であって、村の復興の手伝いではない。
暇なら手伝えよ、とは思うものの、兵団の皆さんは割り当てられた居住区で暢気に遊んでらっしゃる。
俺は、朝は墓のある丘でトロア村を眺め、昼は村の復興の手伝い、夜はアレルの森で狩り、といったような生活をしていた。
アレルの森で狩りというのは、夜通し働く村人たちの差し入れって感じだ。狩った獲物をアルバートと一緒に料理して、夜も働く村人に渡しに行く。
そんな感じで一週間が過ぎ、さらに三日が経った。
その日の昼ごろには、王都からの兵団も合流し、それなりの多さになった。
その兵団に混じって、学園長が来ていた。その様子を、俺は墓のある丘から眺めていた。
学園長はアルバートと知り合いらしく、少し話し込んでから俺の方へ来た。
「まさか本当にゼノスが来るとはな……」
「俺もびっくりですね。まあ、妹が来ないとわからなかったでしょうけど」
正直なところ、ゼノスが攻めてきたところで、俺には分からない。……いや、わかる方法もあるのだが。
だが、今回はネリが来ているということだったので、俺に虫の知らせがあったのだ。
……双子は超能力でつながっているのかね。
「しかし、それなりにやられたな。復興にはまだ時間がかかるか?」
「いえ、一応住民分の家は確保しましたし、テントもあります。農場はそれなりに散らかされましたが、牧場の被害は少ないです。もう2週間で復興が完了するんじゃないですか? 普通なら」
「……わざわざその言葉をつけるとは」
「ええ。トロア村の領主、予想以上のバカでしてね。復興中は家から出ない、それでも税は余計に取られる、納められなきゃ身売りですからね。貴族というか、人間のクズですね」
「そうか……。君の故郷でもあるし、言いたくなるのはわかるが」
学園長は俺の愚痴を聞いて、少し眉を顰めた。
だが、仕切り直すように咳払いを一度し、俺に扇子を向けてくる。
「どうやら、王から褒賞が与えられるそうだぞ。すぐに戻るように、とのことだ」
「ええー……いらないです」
「そういうな。もらえるものはもらっておけ」
そういわれても、俺がこのトロア村に来たのはネリが来るからであって。
別に侵攻されそうだから助けにきたわけではない。いくら故郷とはいえ、一人で体張ってまで救おうなんか思わないし。
はあ、と重い溜息が出る。
「そんなに嫌か?」
「あの王族に会うのが嫌なんですよねぇ」
フレイヤは別にかまわないんだけどなぁ……あと、フレンも。
ただ、あの王と王女とフレイには会いたくない。拒絶反応が起きそう。
反射的に魔術で消し炭にしてしまっても仕方ないと思うんだ。
いつまでも渋る俺を、学園長は扇子で叩いてくる。
「嫌なことから逃げ続けるのは無理だ。克服か、乗り越えろ。別に馴れ合うわけではないのだ。褒賞もらって終わりなのだから」
「……わかりましたよ」
まさか、学園長に諭されるとは思ってもみなかった。
だが、確かに学園長の言う通りでもあるし、ここは従っておこう。
「そういえば、イズモの姿が見えないな。どうしたのだ?」
「ああ……えっと、喧嘩? みたいなものです。ゼノスが退いた翌日から、まともに口聞いてませんね。」
「あれほど懐いていたというのに、いったい何があったんだ?」
「いつも通りですよ? 俺が、イズモがいないところで、妹に殺させようとして、まあ失敗に終わったんですが」
そういうと、学園長はまた眉を寄せた。
そして、先ほどよりも少し強めに扇子で叩いてくる。
「君、そろそろ、その無理矢理な自殺はやめたまえ。見ている方もいい気分ではないのだから」
「いつも通りでしょうに……まあ、当面の、達成に困難そうな目標を立てられたので、今後はないですよ」
「……断言するか?」
「断言しましょう。約束しましょう。……だけど、邪魔するものは殺します」
「……わかったよ。随分と物騒だが、まあいいだろう」
学園長はため息とともに言い、微苦笑を浮かべた。
「帰りはどうするのだ? 馬車で帰るか?」
「そうします。さすがにこんな大勢いる場所で魔物を使う気にはなりません」
そうか、と頷き、学園長は去って行った。
……さて、俺は、そろそろ昼も過ぎるし、手伝いにいくかな。
別に今日、今から帰るわけでもないだろう。来てすぐにとんぼ返りは、疲れるし。
俺は丘からトロア村に向かって歩き出す。
しかし、学園長にも言ったが、本当にここの領主の……ノーレンだったか? あいつをどうにかしないと、村人が可哀そうなんだよなぁ。
トロア村には、一応俺を知っている人もいるし、その人からも再三愚痴を聞かされているが……。
今の俺はただのクロウド家ってだけで、領地引継ぎなどの権限はじいさんが持っているだろう。
たとえ変わったとしても、ニルバリアでは意味もないだろうが。
困ったものだな。本当に、
「俺にはどうしようもない」
つぶやき、重い溜息を吐く。
これは、褒賞でなんか権限でももらおうか。しかし、それだと何かにこじつけて魔導師として利用されそうだ。
魔導師なら、グレンがいるのに。
と、そこまで考えたとき、ふと思い当たる。
……あいつが魔導を使ったところ、見たことないな。
隠しているのだろうか。それとも、開けないとか? だが、グリムの話では、開けないのは黒と白の人種不一致の場合のみだと思うが……。
それ以外に思いつくことといえば、制御できない、とかか?
まあ、その辺は帰ってグレンに聞けばいいか。
「さて」
気合を入れ直すように、少しだけ力強くつぶやく。
……今日も頑張りますか。
☆☆☆
学園長が到着して二日。俺は変わらずの日々を続けていた。
そして、王都に帰ることになった。
トロア村の村人に適当に挨拶し終え、俺は学園長の待つ馬車へと向かった。
イズモは俺の後ろをついて来るが、終始そっぽを向いて俺を見ようとはしない。
「別れは済んだのか?」
「ああ。ノーレンをどうにかして欲しい、って頼まれたながらな」
馬車に乗り込みながら、そう答える。
だが、俺は何度も村人たちに説明はしたのだ。俺にはどうしようもできないことを。
「それだけ期待されていることじゃないか」
「どうですかね。今の状態が終わるなら、別に誰だっていいって思ってるんじゃ――」
「ふんっ」
俺の言葉を遮るようにして、イズモが鼻で笑うように息を吐いた。
俺は無言でイズモを睨むが、いつも通り目も合わせようとしない。
……この2週間弱で、随分と反抗的になりやがったな。
そうは思うが、まあ、別にいいだろう。
「そういや、イズモは何をしてたんだ?」
「……別に何も」
「感じ悪いなぁ……」
一応俺の隣に座ってはいるが、若干の距離を取られてしまっている。
……いや、ほんとに俺は何をしたんだ?
さっきの話だって、別にイズモの逆鱗に触れるところなんてないだろ。
イズモを買って2か月近く経つけど、ここまで怒ったのは初めてじゃないか? いつもは普通に、ここまで突っ掛ってくるような口調はしないし。
帰ったら、ノエルやフレイヤあたりに聞いてみるかね。俺に乙女心なんざわかるはずもない。
「随分と嫌われたようだね」
「ええ。これでも四六時中一緒にいろといいますか?」
「当たり前だ。その方が面白い」
「さいですか……」
まったく、この人は感情で動きすぎじゃないか?
イズモには怒られたまま、仲直りなどできるはずもなく。
馬車は走り続けた。




