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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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第十七話 「空に、大地に、啼く」

 3年の月日は、子どもには目に見えて違いが出ていた。

 背は伸びたし、幼さは若干残っているものの、凛とした雰囲気も出てきている。

 触れれば切れてしまいそうな、だけど同時に折れてしまいそうな、そんな双方に危険をもたらす印象を、俺は3年ぶりの片割れから受けた。


「足音も完全に消して、気配も消してたのに」

「それだけで俺を欺けるわけがないだろ」


 このくらい、千里眼を使うまでもない。


「……そうだね」


 ネリは一瞬だけ俺を見て訝しげにした後、すぐに頷いた。どうやら、俺は随分と様変わりしてしまったらしい。

 ……まあ、実際あんなことがあれば、俺だって変わるさ。


「でも、白い髪から、まさか黒い髪になってるなんて」

「魔導書の副作用だよ。元の金色には、たぶん戻らない」


 指摘された黒髪を弄りながら、そう答えた。

 これは推測だが、たぶん魔力は体の生命維持を補助すると同時に影響も出しているのだろう。

 アレイシアにもらった魔力は強くて、金色が白色になった。だけど、それを上書きするように、黒の魔導書の影響で黒くなった。

 たぶん、黒の魔導書の影響がなくなったところで、白い髪に戻るだけだろう。


「ほら、ネリ。こっち来て手を合わせろ。今は母さんたちに、帰ってきたって、そう報告しろ」

「……わかった」


「イズモ、悪いけどアルさん……さっきの執事のおじさんにゼノス帝国が来たって、伝えて」

「わかりました」

「そしたら、避難誘導とか、その辺の手伝いをしてあげて」


 俺の言葉にこっくりと頷いたイズモは、こちらを見返しながら小走りに帰って行った。

 そのイズモの後ろ姿を、ネリが睨むような視線で見ていた。


「……今の子、誰?」

「元奴隷。俺が王都に住む条件で、育ててる」

「ふーん……」


 ネリはつまらなさそうに答え、一本に束ねた長い黒髪を揺らしながら俺の隣に来る。

 俺は少し横にずれながら、ネリと一緒に屈んで手を合わせ、目を閉じる。


 今度は風の音が少し大きく聞こえ、花の香りが鼻孔を刺激した。

 大地から魔力を吸い上げる感覚すら覚えるほどに、落ち着いていた。


 ……母さんとの約束は果たせた。

 家族全員、そろうことができたのだ。ここに全員、いる。感じていられる。

 ニューラもサナもナトラもノーラも、すでに生きてはいない。墓の下だ。……だけど、確かにいる。


 …………。

 数分くらいしただろうか。隣にいるネリが、身じろぎするのを感じた。


「……こんな時くらい、大人しくできないの?」

「兄ちゃんと違って、動いてないと変な感じ」

「まったく……」


 俺はため息を吐きながら、目を開けて立ち上がる。それを感じて、ネリも立ち上がる。

 この妹は、本質が変わらないな。……まあ、いきなりお淑やかになられても、斬りかかりそうだけど。誰だ貴様って具合に。


「……母さんも父さんも、死んじゃったんだね」

「……そっか。ネリは、知らなかったのか」


 そりゃ、そうだよな。

 ノーラが死んだことは、一応だがガルガドが知っていたのだろう。ナトラも、ネリは直感で知っていたのかもしれない。

 だけど、ネリはニューラとサナに会っていなかったはずだ。


 会う前に、たぶん、二人とも生きている間にガルガドに連れ去られたのだろうから。


「……間に合わなかった、って、ところかな」

「兄ちゃんのせいじゃないでしょ」

「どうだろうね……」


 俺は一瞬だけ目を伏せ、そばに置かれていた、ナトラからの剣を拾い上げる。イズモが置いて行ってくれたようだ。

 ネリはそれを見て、うれしそうな顔をする。


「兄ちゃんも剣に目覚めたの?」

「そんなんじゃないよ。ネリとやるなら、こっちの方がいいだろ?」

「あたしも舐められたもんだね」


 そうはいうネリだが、その顔は喜色満面だ。

 別にネリと戦うために剣術を習ってきたわけじゃないけども。


 だけど、俺はネリと相対した時から、わかっていた。それは、ネリも同じのはずだ。

 だからこそ、ネリは俺に気配を完全に消して近づいていた。


「包帯、外しなよ。いくら強いったって、片目の兄ちゃんとなんかやりたくないよ」

「そうかい。見て驚くなよ?」


 俺は苦笑を浮かべながら、左眼の包帯を外す。

 その左眼を見たネリは、目を見開いて俺を見てきた。


「……か」


 そして、その目を輝かせながら、俺に近づいてきた。


「かっけー! 何それ! あたしも欲しい!」


 ……思った通りの反応でよかった。これで引かれたりしたら、たぶん問答無用でフルボッコにしてた。

 俺はネリの頭を撫でるように軽く叩く。


「お前はなくても強いんじゃないのか?」

「……そうだね。そんなのなくても、兄ちゃんより強いよ」


 ネリは俺から離れると、両手を腰に当てて胸を張る。


 俺はデトロア王国の国民で、ネリはゼノス帝国の国民。

 兄妹、双子であっても、それに変わりはない。ネリは俺の敵で、俺はネリの敵。


 ……なんて理由づけは必要ないか。ただ、俺が、ネリが、久々に戦いたいだけなんだから。


 俺は剣を抜き、それと同じようにネリも剣を抜く。

 ナトラの剣は学園内トーナメントで折れ、打ち直してもらった。その際に、できるだけ魔力に耐性があるようにしてもらった。

 これで魔法剣を使っても、簡単には折れないはずだ。


「そういえば、ネリ。その剣ってさ」

「兄さんにもらったものだよ。あと、この服は姉さんから。他にもあるよ。おっさんが奪ってきたって言ってた」

「そっか」


 おっさんってのは、きっとガルガドだろう。まあ、おっさんだしな。

 しかし、ネリはガルガドに従っていたのだろうか。このネリが、そう簡単に敵を許すとも思えないのだが。


「ゼノス帝国で、ちゃんと暮せた?」

「うん。おっさんの子供の、アルマってお姉ちゃんのおかげで」

「それは良かった」


「兄ちゃんは? この国にずっといたの?」

「いいや。ユートレア共和国に3年、居たよ。そこで剣を習って、魔術習って。最後は……追い出された、って感じかな」


 追い出された、ってのは少し違うかもしれない。結局、自分で出て行ったのだから。


「この国の国境すぐにある、エルフの里ってところでね。まあ、その里からは一切出てないんだけど」

「じゃあ、剣術ってダークエルフから?」

「そうそう。よく知ってるな。だから、退屈はしないと思うよ」

「むー、剣術だけじゃなく、魔術も使ったっていいんだよ?」

「なら、使わせてみろ。気をつけろよ? 詠唱破棄でノーモーションから撃ち出されるからな」

「大丈夫だよ。野性の勘は猛獣並って言われたから」


 猛獣並って……いや、ネリならありえそうな話ではあるけど。直感で生きていそう。

 とはいえ、俺だって剣術に自信がないわけじゃない。グレン程度となら、いい勝負ができると思うし、実際にキルラには勝てた。

 ……まあ、キルラさんは魔術と剣術のバランス型だろうから、一概には言えないんだろうけど。


「そういえば、あの石に彫られてる赤青紫暦って何?」

「……おい、それはないだろ」


 俺は半目でネリを睨むように見る。だが、ネリはそんな視線を受けても動じない。

 ノーラが教えてくれたことだし、世界共通だし、誰もが使っていることだ。


「え、なんで?」

「……はあ。あれは、暦だよ。今年、来年とかのね」

「なんで赤青紫なの?」

「それはその時代に活躍した魔導師の色だよ。赤青紫の魔導師は、魔王ガラハドを討ち取った300年前の英雄。ま、生きて帰ったのは青の魔導師だけらしいけど」


 この辺はガラハドに聞いたことだから間違いない。ガラハドは、3人の魔導師を相手取り、赤と紫の魔導師を殺した。

 そして、生き残った青の魔導師はガラハドの配下を蹴散らしながら逃げ、凱旋した、というわけだ。


 だけど、暦になるのは活躍しなければならない。前の時代の魔導師よりも、だ。

 ……ま、俺にはどうでもいいことだ。活躍する気なんかないし、暦に使われなくても構わない。

 英雄には憧れるが、積極的になろうとは思わない。憧れているだけで十分だ。


 ネリへの講義を終え、仕切り直すように息を吐く。


 家族の前で戦うのもどうかと思うけど、二人の成長した姿を見せてあげなきゃね。

 魔術を使う気はない。だけど、ネリに遠く及ばないのならば、躊躇はしない。


 兄の威厳を捨てる覚悟は、いつだってできているんだ。

 それに、剣術は完全にネリの方に分があるはず。だから、これは俺の慢心。それでいい。


 兄なんだから、余裕を持ってぶつかってやろう。

 そして、俺の余裕を嘲笑えよ。


「じゃ、いざ尋常に」

「ああ、勝負だ」


 剣を中段に構え、呼吸を整える。

 目の前のネリも、同じようにして構える。


 この空気……とても懐かしい。だけど、緊張感は違う。

 お互いに持つものが、木剣から真剣に変わったからだけではないだろう。きっと成長しているのだ。

 だけど、だからこそ、……疑問に思う。


 ……ネリは、強くなったのか……?

 答えはイエスだろう。だけど、なぜだ? なぜ、俺が魔術を使うビジョンが思い浮かばない?

 俺の慢心か? 違う。なら、ネリが弱いとでも思っているのか?


「……」


 そこに一陣の風が吹き、花びらが舞った。

 その花びらが、ちょうど俺からネリを隠し、一瞬後には吹き飛んでいく。

 だが、ネリにはその一瞬で十分だった。


「――!」


 初速から最高速なんじゃないかってくらいのロケットスタートで、俺へと容赦なく剣を振るっていた。

 ネリの剣は的確に俺の首を狙っている。手加減もなければ、峰打ちでもない。

 本気の殺意とともに、迫っていた。


 俺は横薙ぎの軌道から一歩引くことで回避とし、カウンターで中段に構えた剣を突き入れる。

 俺もまた、本気の殺意で立ち向かう。


 ネリは身を捩って突きを躱し、半身になって頭を狙ってくる。

 突き出されたネリの剣を弾き、返す刃で袈裟懸けに斬り伏せる。

 甲高い金属音が鳴り響き、火花を散らす。


「……こんなものか?」

「え?」


 俺の、思わず出た言葉に、ネリが疑問を返してきた。


「ネリ。お前、この3年間、何してたんだよ」

「何、って……」

「弱い、と、そういってんだよ」


 俺は火花を散らす剣を強くはじき、振り切る。

 勢いよく振り下ろされた剣は、咲いている花をいくつか散らす。


 奥歯を食いしばり、俺は剣を握る手に力を込める。

 無駄な力だが、今のネリにはハンデにもならない。


 強く地面を踏みしめ、呆気にとられたように口を小さく開けているネリに向かって剣を振り抜く。

 余計な力が入っているが、それなりの速さだ。ネリは、俺の剣にきっちりと反応して防いでくる。


 が、甘い。


 俺は剣を打ち付けると同時に右足を振り上げ、ネリの腹を蹴りつける。


「かはッ!?」


 思わぬ攻撃だったらしく、ネリは受け身も取れずに数m吹っ飛ぶ。

 ……だから、弱いってんだ。


 これは剣術勝負じゃない。それは、ネリもわかっているはずだ。剣術も魔術も、体術もありなんだから。

 幼いころからずっとそうだったはずだ。3年前、ネリは俺に勝つためだけにいろいろとやってきた。

 蹴りだけじゃない。木剣を手放し、殴りつけられたこともある。


 一応、木剣を手放したりなどの剣術は、極神流に存在する。極神流は、殺すためだけを考えた剣術だ。

 相手の不意を衝く、背後から攻める、目潰しを行うなど、およそ褒められるような剣術はないが、それでも確実に仕留めるための剣術。


 攻神流が攻め、護神流が守り、極神流は殺し。大陸三大流派を一言で表すなら、これらだ。

 攻神流はまだ綺麗な剣術だ。剣道でもやっているようなぬるさがある。護神流も似たようなもの。


 だけど極神流は違う。極神流は、もとは曲神流と呼ばれていた。極神流を編み出した開祖は、ただ相手を殺すために特化した剣術だけを極めたのだ。

 ネリは、極神流を一番得意としていたはずだ。


「殺し合いにずるいもくそもない。そうだろ?」

「あ、あたしは別に……」


 ネリは蹴りつけた腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がってくる。


「……構えて」

「う、ん……」


 ネリが剣を立てたのを見て、俺は強く打ち込む。


 今度は甲高い音ではない。もっと、鈍器で殴ったような音だ。

 だけど、別に得物を変えたわけではない。剣同士、なのに鈍い音だ。


 俺は八つ当たりをするように、反撃してこないネリの構える剣へと打ち込み続ける。


「兄ちゃん! いったいどうしたの!?」


 俺の打ち込みに必死に耐えながら、ネリが叫ぶように聞いてくる。


「……俺が、殺した」

「え……?」


 聞き返してくるネリに、俺も叫び返す。


「俺が! 家族を殺したんだよ!!」


 ……そう、俺が、殺したんだ。

 何度も何度も、そう思ってきた。バーブレイの言葉は、どこも間違ってはいないと、そう断言できる。

 俺が、家族を殺した。


「兄さんも姉さんも、父さんも母さんも、生きているうちに俺は何かができたはずだったんだ! なのに、なのに俺は!」


 大上段から剣を振り下ろし、ネリに受け止められて、

 俺は、静止する。


 いつの間にか、俺の眼からは涙が溢れていた。


「何も、できなかった……!」


 必要以上の力を籠め、剣が悲鳴を上げそうなほどに押し付ける。

 耳鳴りがひどい。頭の中に直接、叩きつけるような声が響く。要領を得ない、だけど俺を責めたてているのはわかる。


「俺の魔力総量は世界一で……命令式を熟知していて……、前世の記憶があるくせに……!」

「兄ちゃん……?」

「俺には、何もできなかったんだよ!」

「そんなこと、ないよ……」

「俺は家族を殺した! お前は俺を前にして、なんでそんな平然としていられるんだ!?」


 ギッ、と無理矢理押しつけている剣を振り抜き、腰だめに腕を引き絞る。

 容赦なく、持てるだけの力をもって、八つ当たりするように、腕を発射した。


 狙いはネリの顔面。手加減なく迫る剣に対し、ネリは首を逸らしてぎりぎりで躱す。

 だが、躱し切れずにネリの頬から赤い線が走った。


 ネリは痛みに片目をきつく閉じながらも、俺へと腕を伸ばしてきた。

 そして、ネリの腕は俺を捕らえ、ぐっと引き寄せられる。


「あたしには、まだ兄ちゃんがいる」


 耳元で、諭すように囁かれる。その声はとても心地良く、耳鳴りが嘘のように消える。

 頭の中に響く声を掻き消してくれる。


 だけど……だけど、それじゃダメなんだ。

 ネリと、家族と再会して、それでも俺の気持ちは変わらなかったのだから。


 俺は剣を持つネリの手を取り、自分の首へと持っていく。


「母さんとの約束も、果たせた……。俺は、もうこんな世界にいたくない」


 剣先を首に食い込ませる。肉を絶つ感覚が伝わる。アレイシアの魔力は反応せず、このまま力を込めれば……。


「さよな――」


 ら、と、続けられなかった。

 俺の腹に膝がめり込み、胃液をまき散らしながら後ろに吹っ飛ぶ。

 花畑を転がり、その間になんとか態勢を立て直す。喉に何かがつっかえ、せき込みながらも視線を前へと向ける。


 目の前には無表情で、だけど怒っているのがわかる雰囲気のネリが立っていた。

 ……まあ、そりゃ怒るよな。


「ふざけたこと言わないで」


 低く、凄みを利かせた声でそう言われる。

 だから、俺も同じように返す。


「別にふざけてなんかいない。とある事情で自分で死ねないから、お前に殺されようと――」

「それがふざけてるの!」


 ネリが剣を捨て、右ストレートを放ってくる。だが、今度はちゃんと目視できている。

 座ったまま上半身を軽く右に傾け、回避する。顔面横を、物凄い勢いで拳が通過していった。


「あたし、さっき言ったよね? まだ兄ちゃんがいる、て」

「……」

「その意味が、分かんないの? 本当にわかんないの?」


 ……わからないわけじゃない。


「兄ちゃんだけが家族を殺したんじゃない。兄ちゃんの言う通りだとするなら、あたしだって殺したんだよ」

「お前は殺してなんかいないだろ」

「父さんはあたしを逃がそうと囮になったよ。兄さんはあたしを庇ったよ」

「……だけど」


「確かに兄ちゃんは、姉さんと母さんを殺したのかもしれないけど、だけど父さんと兄さんを殺したのはあたしだ」

「違う」

「違わないよ。あたしがもっと姉さんの授業受けてたら、もっと兄さんと真面目に訓練してたら、守れたかもしれない」

「それは……」

「兄ちゃんが……エルフの里? で悲しかったのかもしれないけど、同じくらいにあたしも悲しかったんだよ」


 確かに……そうだろう。

 直接死ぬところを見ていなかったとして、ネリが言う通りなら、ニューラとナトラは自分のせいだと責めるだろう。

 ……俺と、同じように……?


「だけど、それでもおっさんは、兄ちゃんは絶対に生きてるっていったし、あたしもそうだと信じて今この時まで生きてきたんだ。兄ちゃんはどうなの?」

「……俺も、同じだよ」


「だったら殺してなんて言わないでよ! あたしにとっては、兄ちゃんが最後の光なんだよ!? なのに、なんで殺してなんていうのさ!?」


 その目から涙を溢し。鼻を啜りながら。

 ネリは、きっと俺と同じ表情で、俺を叱りつけてくる。


「兄ちゃんまでいなくなったら、あたしまで生きてる意味が分からなくなるよ!」

「だけど、俺はこのまま生きてなんかいけないんだよ! 家族の死を背負ったまま、この先何十年も生きていくなんて無理なんだよ!」


 拳を花畑に叩きつけ、立ち上がりながら怒鳴る。

 俺とネリの身長はほとんど変わらない。俺が少し高いくらいだが、前を向くだけでネリの眼を見返すことができる。


「だから、最初っから言ってるでしょ! 兄ちゃんが背負うのは、姉さんと母さんだけで良いって! 兄さんと父さんは――あたしが背負うから……!」


 ネリは涙声を振り絞り、なんとかそう言い切り、膝を折る。

 俺の体へと頭をつけ、先ほどとは打って変わって弱々しい声を出す。


「だから、さぁ……! 殺してとか……死にたいとか……、言わないでよ……! あたしは、兄ちゃんと違って5人も背負えないんだよ……!?」


 荒い呼吸とともに、規則的に視界の隅に映るネリの黒髪一束が上下する。

 ……俺、だって……、


「5人も背負えるかよ……!」


 足から力が抜けたように、俺もネリと同じように膝を折った。

 だが、それと同時に肩の荷が軽くなった気がした。降りた、なんて言えない。俺が、背負い続けなければいけないのだから。


 ネリは俺の体に頭をつけて俯き、俺は晴天を仰ぐようにして。

 大口を開けて、脇目も振らず声を張り上げる。


 天上へと響かせるように、天国にまで届くように、

 泣き叫ぶ。


「寂しかったぁ……! 兄ちゃんに、会いたかったぁ……!!」


 ――そうか、俺は、


「俺も……会いたかったよ……!」


 ――俺は、この痛みを誰かと、


「ああああああ……!!」


 ――ネリという片割れと、一緒に、


「ああああああ……!!」


 ――一緒に、分け合いたかったのか――……。


「「ああああああああああああ……!!」」


 俺はようやく出会えたネリと、晴天へと慟哭を刻みつけた。

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