第十五話 「恋愛事情」
クロウド家から城下町の商店街あたりまで帰ってきたころには、すでに日が頂点に達しようとしていた。
この後は……ローブと剣を取りに行って……ああ、その前に風呂に入りたいな。
ニルバリアに紅茶をぶっかけられ、髪の毛がべとべとしているんだ。気持ち悪いったらありゃしない
仕方ない、いったん学園長宅に帰るか。
足を家に向けたとき、とある一団が目に入った。
魔法学園の制服だが、ネクタイの色からして2年生だ。装備からして、ダンジョンにでもいくようだ。
だが、別にその団体が珍しいわけではない。ダンジョン攻略なんて、よくあることだし、学生にも一応許可はされているのだから。
俺が気に留めたのは、その中の一人だ。特待生ネクタイの、一人の生徒。
その人物は、見ている俺に気付いて、こちらに手を振ってきた。
俺は会釈だけ返しておいたが、その人は周りの仲間に何か話してからこちらに近づいてきた。
「やあ、ネロくん。買い物?」
「いえ、野暮用の帰りです。キルラさんはダンジョン攻略ですか?」
2年生の特待生ネクタイ、キルラは頭を掻きながら頷く。
「なんか、ランクが高い方が入団には有利だからって、それでね」
「なるほど。入団決まってるのに、大変ですね」
「そうなんだけど……やっぱり断れないじゃない?」
人が良すぎるのだろうか、と思ったが、キルラが後ろの集団をさりげなく示すので、そちらを見る。
……ああ、貴族っぽいな。そりゃ断れそうにないな。
キルラが組んでいるパーティの仲間たちは、誰もが高価そうな装備で固めている。
俺は貴族だぞ、と自己主張しているようだ。とても頭が悪そうでわかりやすい。
「さすがのキルラさんも、貴族には良い感情持てませんか」
「そりゃ、僕は平民出だからね。魔術師団に入団して、功績上げて親の生活を楽にしてあげたいし」
キルラは少し遠い目をしながら、そんなことを言った。
その横顔はとても綺麗で、単に顔立ちが良いからだけの理由ではないはずだ。
……成り上がりか。でも、キルラなら普通に成し遂げそうだよな。
俺は既に、一応貴族だからな。成り上がるなら、王にでもなるのか?
……王、か。そんなガラじゃないな。
一瞬だけ過った考えを、すぐに打ち消す。
「僕は貴族になれればいい方だろうけど、ネロくんなら王様にもなれそうだよね」
「誰がなるか。こんな国、とっとと滅びてしまえ」
「あははは……」
キルラは俺の即答に苦笑を返した。
「でも、なれると思うけどなぁ。この国じゃなくても、さ」
「なれないよ。なりたくもない。なって守護騎士で十分だ」
騎士じゃないから、守護騎士ではないけど。クロウド家を継ぐ気はないが、ニューラの跡を継ぐのなら歓迎だ。
それに、王になったところで何をしろというのか。統治だけで精一杯で、遊べなくなるじゃん。
キルラと話し込んでいると、キルラの仲間が呼んできた。
「じゃあ、僕は行くね」
「おう。キルラさん、今度暇になったら俺とも行きませんか?」
「いいね。ネロくんとなら、ダンジョン攻略も楽しめそうだね」
キルラと約束し、手を振って別れる。
俺は吐息ひとつして、再び足を動かす。
ダンジョンには一度行ってみたかったし、ちょうどよかったな。
……いついけるかな。キルラは今年までだし、休業期間は呼び出されてるし。
とはいえ、申請さえ通ってしまえば、普通に学園のある日でもいけるのだが。
ふと、半歩後ろをついてくるイズモを首だけ動かして見る。
成長の気配は一切なく、買った時となんら変わらない姿。呪われてるんじゃないかってくらい、何も変わらない。
見られていることに気付いたイズモは、小首を傾げてくる。
……やっぱ、当分は無理そうだな。
☆☆☆
学園長宅に帰って風呂に入らせてもらい、出るころには日が赤く燃えていた。
長風呂になってしまった……普段はあんまり長くは入らないんだが……。
それもこれも、全部クロウド家に行ったせいだ。ローブと剣も取りに行けていないし。
仕方ない、明日の放課後にでも向かうか……。補習、早めに終わらせられるかなぁ。
そろそろ夕食の時間だし、食材でも見ておくか。
俺は足をダイニングキッチンの方へと向けて歩きだした。
ダイニングキッチンの扉を開けたとき、そこには3人の姿があった。
3人は何かの作業に夢中で、俺が入ってきたことに気付いていない。
「……お前ら何してんの?」
声をかけると、3人のうち1人が肩を大きく揺らして驚いた。
「ふぇ!? ね、ネロ?」
驚いた1人、ノエルが見るからに動揺したようにこちらを向いた。
ほか、フレイヤとグレンも、落ち着いた表情で、俺の方へ向いた。
「なんだ? 学園長に聞いていなかったのか?」
「何を?」
「今日は俺たちが……というか、ノエルが料理するって」
「なんだそれ……」
俺は半目でノエルを見る。
ノエルは怒ったようにグレンを殴りつけている。
「ちょっと! なんで言うのよ!」
「言うも何も、見つかったなら隠す必要もないだろ」
「それでも、私一人って言わなくても!」
俺は少しだけ湿っている髪を掻きながら、フレイヤの方へ眼を向ける。
フレイヤは満面の笑みを向けてくれるが、向けられても困る。
「で?」
「はい。ネロの優勝祝いにノエルが手料理を――」
「言わなくていいから!」
グレンを殴っていたはずのノエルが、今度はフレイヤの口を強引に塞ぎ始める。
いったい何なんだ、今日のノエルは。というか、こいつら、今日は実家の方に帰るんじゃなかったのかよ。
いつもなら、休みの次の日の放課後から学園長の家に来て、それから次の休みにまた帰るって感じだったのだが。
別に料理作るくらいなら明日でもいいだろうに。
「まあ、作ってくれるなら任すけど……あんま材料無駄遣いするなよ」
「うっ……」
おい待てなんだ、そのすでにやらかしてますって顔。
俺は急いでキッチンの方へ向かい、調理台を覗き込む。
そこには……見るも無残な食材たちに、グロテスクな完成品が。
「……ダークマターを初めてみた」
「あら、こちらはわたくしの料理ですよ?」
「姫様、キッチン出入り禁止。あとノエル、お前ももうちょっと、料理できるようになってからそういうことを言え」
なぜかドヤ顔で自慢してくるフレイヤに淡々と告げ、ノエルはショックを受けた様な表情をする。
「グレン、お前は作ったのか?」
「自信作だ」
「……てめえ」
なぜここまで誇らしげなんだ、こいつまで。その料理、全然自信作じゃねえから。
グレンが差し出してきたのは、滅茶苦茶に切られた食材を無造作に皿に並べただけの、料理と呼ぶことすらできないものだ。
……ああ、そっか。こいつら、普通に貴族だもんな。料理なんてできるわけないよな。
俺はため息を吐きながら、3人を追い払うように手を振る。
「どけろ。食材の無駄だ。というか、それ以前に食えるもんじゃない。ちょっとは――」
「おー、ネロ、いたいた。ちょっとこっちおいで」
食材の無駄遣いをする3人を追い払い、俺がいつも通り料理しようと思った矢先、どこからか現れた学園長にガシッと肩を組まれる。
「……いや、夕飯」
「それは彼らに任せて。ほら、これからの学園生活について、話し合おうじゃないか」
「いやいやいや。そんなの今まで一切話したことないんですけど? 何なんですか? あいつらに任せていいんですか?」
「ふむ、ではイズモに任せよう。では、いくぞ」
学園長に言われ、イズモが小走りで調理台の方へ向かう。
おい待て。なんで学園長の言うことを素直に聞いてんだよ。そりゃ、反抗するよりはマシだけども。
学園長はそれを見届けると、俺をつかんだまま歩き出してしまう。
俺は深い溜息を吐き、逆らうことを諦めた。
☆☆☆
学園長に引きずられるようにして連れてこられたのは、俺の部屋だった。
なぜ俺の部屋なのだろうか。散らかってるんだろうなぁ。休みの日は使用人が来ないようだし、朝の学園長の部屋の惨状を見れば想像はできる。
学園長はソファに座り、俺も向かいに座る。
「で、いったい何ですか? これからの学園生活って」
「そうだね。君、ダンジョン攻略に興味はないか?」
「……いきなり、ですか」
ちょうど昼に、キルラとダンジョンに行く約束はしてきたけども。
だが、ダンジョン攻略と学園生活は、些か結びつかないのだが。
「これはまだ公にはされていないことなんだが、王都から少し西へ行ったところに、新しいダンジョンができたんだ」
「はあ……」
新しいダンジョンができることくらい、別におかしくもないはずなんだ。
ダンジョンが一つ攻略されれば、また違う場所に、新しく誕生するのだし。
「だが、そのダンジョンのできた場所が問題なんだ」
「場所?」
「そう。イナバ砂漠という、砂の平原の中心あたりに、でかい塔がある。その屋上にダンジョンの入り口があるんだ」
イナバ砂漠……確か、数十年前に突如として現れた自然型のダンジョンだ。
ダンジョンにはいくつか種類が存在する。塔のような建物型ダンジョンや、イナバ砂漠のようにその地域の自然を変えて出現する自然型ダンジョン。
ほかにも、別空間に飛ばされてしまう転移型ダンジョンなどだ。
イナバ砂漠の名前の由来は、初めて攻略した人物……冒険者が、そう命名したとのこと。この砂漠が、前世の世界と関係があるかは知らない。
アレイシアの話だと、転生者は千年単位で来るといっていたし、たぶん関係はなさそうだが。
ともあれ、イナバ砂漠は攻略されたにも関わらず、いまだに砂の平原を残して存在し続けているのだ。
……確か、ダンジョンの核の部分は洞窟か何かで、それは消えたらしいが。
中心にある塔は、あとから訪れた誰かが中間地点の休憩所として作った、とかって話だ。
だが、その塔は盗賊団のたまり場になってしまっているようで、今となっては近づく者はほとんどいない。
その塔の屋上、たぶん転移型のダンジョンだろう。そこまで登るのが大変だという話か。
「そのダンジョンを攻略しろ、と?」
「いやいや、別に命令じゃない。ダンジョン攻略を考えているなら、こちらも考えてほしくてね。砂漠は何も育たない不毛な土地。王様たちも困っているということさ」
「なるほど」
砂漠なんて訪れた経験は一切ないから知らんけども。緑は育ちにくいって話は知っているが。
まあ、そのダンジョンを攻略すれば砂漠が消えるのかってのも怪しいところだが。
それにしても、ダンジョン攻略か。本格的に考えたいが……。
「イズモが心配ですね」
「完全に情が移っているね」
「もう否定する気も失せましたし、しきれませんよ」
ニルバリアの時は、本当に助かった。あのまま放置されたら、家ごと吹っ飛んでるね、絶対。
たぶんそうなれば、後は落ちるところまで落ちる。群がった衛兵殺して、王族殺して、次は帝国だろうか。その次にエルフの里だな。
これくらい簡単に想像できてしまうのだから、俺にはストッパーが必要なのだろう。それがイズモってとこか。
イズモは良い人選だったな。一か月前の俺、褒めてやろう。
「それはいいことだ。君には、これからも生きていてもらわないとな」
「死ぬときは死にますけどね」
学園長がなぜそこまで俺にこだわるのかは知らないが、別に死にたくないわけでもないし。
とはいえ、まだ当分は死ぬつもりではないのは確かだ。いろいろとやりたいことも増えてきたことだし。
俺はソファの背にもたれかかりながら、吐息をする。
「充実してる……のかなぁ」
そうは思うが、実際はどうなのだろうか。
嫌なことは多いし、面倒なことも多い。楽しいことや楽なことの方が断然に少ない。
だけど、変にすべてがうまくいく方がつまらない……のだろう。
……難しいことだ。だから、どうでもいい。
どうでもいいんだ。この時、この瞬間を、生きればいいのだから。
前世で失敗した人生を、もう一度繰り返せているんだ。それだけで奇跡なんだから。
その時、部屋の扉がノックされ、イズモが入ってきた。
「夕食、できました。けど……」
とても言いにくそうな、複雑そうな表情を浮かべるイズモ。
「ああ、まあ、想像はできるからいいよ。全部学園長のせいだし、きっと食ってくれる」
「なっ! 君、それはひどいんじゃないか!?」
いや、そんな驚かれても、実際学園長のせいだし。
なんで自分で作れるのに、わざわざ料理下手な奴らに任せなければいけなかったのか。
部屋を出て、ダイニングキッチンの方へ向かう。
テーブルに並べられたのは、エルフの里以来の戦慄を覚える料理群。
……食っても大丈夫なのだろうか。
俺は席に着きながら、どれが食えるか品定めする。
ていうか、どれも食えそうにない。
比較的マシなのものを選ぶと、グレンのただ切って並べただけの、およそ料理とは呼べない生ものだ。
イズモの助言で焼いたんだろうけど、生焼けだ。火がしっかりと通っていない。
フレイヤの料理は、どうやればこんなものができるんだろうか。先ほど見たものよりかはいくらかマシだが、それでもひどい。
ノエルの料理は……焦げてる。すっごい焦げてる。グレンとは正反対だ。
それらの料理を作り上げた当人たち、フレイヤはなぜか満面の笑み、グレンはしたり顔、ノエルだけは申し訳なさそうな表情だ。
……一番まともな反応がノエルとは……。
それにしてもひどい。どうしてここまでなるのだろうか。レシピ通り作れば、絶対にこんな料理ができるわけがない。
「……食えと?」
「はい」
真っ先に反応したフレイヤは、相変わらずの笑顔だ。
……なぜそこまで笑顔でいられる? もうちょっと、ノエルみたいに申し訳なさそうな顔しろよ。
視線を学園長の方へ向ける。そこには、魂でも抜けたかのような無表情の姿が。
だから言ったのに。俺が作るって。なのに、この学園長は……。
「ネロ……無理しなくていいからね?」
「……」
ノエルが実に申し訳なさそうに言ってくるが、正直そんな顔で言われても困る。
……死なない、よな?
つい最近まで死にたがりだったくせに、こんなことを考えてしまうのはなぜだろうか。
食うか……。放置も悪いし、食材を無駄にするのも嫌だし。
意を決して、並べられた料理をかっ込む。この際よく噛んでという言いつけは忘れよう。飲み下せ!
「威勢がいいな。俺の食――」
パーン、と、何かを言ってきたグレンに、グレンの料理を投げつけた。
当然だ。
☆☆☆
夕食の後、俺は庭の方へ出ていた。
この家の庭はそれなりに広い。なぜか噴水やよくわからん銅像なども立っていて、豪華さはわかるのだが。
庭が広いってだけでも十分金持ちの感覚があるんだけどな。
俺は庭に設置されているベンチに腰掛けながら、一息つく。
あの料理のせいで、気分が悪い……とまではいわないが、少し夜風に当たりたくなったのだ。
クロウド家のことだって、一応は考えないといけない。
……あのじいさん、俺の言葉の隙をついてきたし。
権力争いもあるから、あれくらい普通のことなんだろうけど。
継がない、と断言すればよかった。あのじいさんが何を考えているのかは知らないけど、碌な事じゃないのは目に見えている。
イズモは左手の手袋の製作に取り掛かったようで、部屋に残してきた。集中すると周りが見えなくなるのか、一応声はかけたが返事がなかった。
まあ、楽しいならいいことだと思うけども。
イズモも大事だけど、今はもう少し別のことを考えるとしよう。
「クロウド家、ねぇ……」
貴族なんてなりたくない、と断言してしまえないのは、高い地位はやはり安定しているからだろう。
前世は、別に裕福ではなかったけど、それで困るようなことはなかった。それは、しっかりとした国だったからだろう。
明日のことを考えなくても、明日は来た。来年のことを考えても、再来年は普通に訪れた。
でもこの世界は違う。戦争があり、貧困があり、差別がある。
前世だって、直接見たことはなかったが、アフリカの方では似たようなものなのだろうか。
明日の命すら危うい、そんな世界だ。日本とは全く違う。
だが、生きていくだけなら困りはしない。今この瞬間に野に放たれたって、生きていける自信はある
。
黒の魔導書がある。帰る場所も、一応はある。まだ1か月しか経ってないのに帰るのも嫌だけどさ。
それでも、一応は目的がある。それは生きていく上では大切なことだろう。
あの時、俺は仕返しだけを考えて生きていたわけだし。
「……あの子も、俺も、バカだったんだろうな」
……前世の話は、いいもんじゃない。いらない、必要ないものだ。だから、考える必要もない。
俺は頭を軽く振って立ち上がる。
クロウド家は、じいさんが何を企んでいるかは知らんが、事前に止められるようなものではないだろう。
だったら、今考えても意味はない。
意味のないものばかりで困るな。
クロウド家のことを考えようと思ったのに、いつの間にか前世のことを考えてしまっていたし。
今はそれよりも大事なことがあるじゃないか。
「そうだよ、クロウド家で思い出した」
ノエルとフレイヤを問い詰めなければ。
☆☆☆
俺は早速イズモを連れて、王女二人の部屋を訪れた。
そこで、なぜかグレンも加わっている。なぜいるのだろうか。
だが、この際どうでもいい。
「ノエルに姫様、イズモに何を吹き込んだ?」
ソファに座る二人に、そう問うと、ノエルがあからさまに動揺した。
だが、フレイヤは変わらずの笑顔で見てくる。
「何のことでしょう?」
「何のことかな? フレイヤまま?」
俺も笑顔でそう返すと、フレイヤも笑顔を凍りつかせた。
……共犯確定だな。ていうか、フレイヤでもこんな表情するのか。
ずっと笑顔だから、それ以外の表情がないのかと思ってたよ。
「いったい何があったんだ?」
一人蚊帳の外のグレンが、眉を寄せながら俺に訊いてきた。
俺はグレンに視線を向け、さらにイズモに視線を移す。そして手で三人を示しながら、
「イズモ、この三人を呼んでみて」
「ノエルまま、フレイヤまま、グレン」
「よくできました」
イズモが一人ひとり指差ししながら、三人をそれぞれ呼んだ。
俺はイズモの頭を撫でながら、グレンの方へ視線を戻す。
「わかったな?」
「なぜ俺が呼び捨てだ?」
「知るか。そこは問題じゃないんだよ」
そこにプライド持たれても困るんだけど。そんなの、お前が様付けで呼ばれるような態度じゃないからだろうが。
グレンは納得いかないといった表情をするが、手で額を抑えながら軽く頭を振る。
「……まあ、大体わかった」
「なら良い」
さて、と俺は仕切り直すように言い、冷や汗を流して座る二人を睨む。
「説明しろ」
それから、二人が口を割るまで睨み続けた結果、聞き出せたのは体感で10時前くらいになってからだった。
二人の話によると、この愛称を吹き込んだのは、1か月ほど前。イズモが俺に手袋を送るために二人の部屋を訪れた際だ。
手袋の刺繍をする傍らで、二人はイズモに自分のことをそう呼ぶように仕込んだ。
なんともはた迷惑な……。
これ、俺がいないところで呼んでないよな? もしそうなら、学園の噂がひどいものになりそうなんだが……。
「ネロだけずるいのです! わたくしだってかわいい子供が欲しいのです!」
「知らん。開き直るな。勝手にしろ。そんなこと王にでも頼め」
手をぶんぶん上下に振って抗議してくるフレイヤにそう返すが、冷静に今の発言聞いたらかなりやばい気がするんだけど。
しかし、こいつら、どうしてくれようか。他にも変なこと吹き込まれていても困るんだが、イズモの様子からして、どれが変なのかわからないんだろうなぁ。
「そうです! イズモは誰の子供がいいですか?」
俺が王女二人の制裁を加えようか考えていると、フレイヤがそんなどうでもいいことを聞き始めた。
イズモはイズモで、真剣に考えだしてしまうし、なんなのこいつら。
ゆっくりと全員を見回したイズモは、俺の脚にしがみついてきながら答えた。
「ぱぱ」
……う、うれしくなんかないんだからね!
いや、別にどうでもいいんだけど。割とマジでどうでもいい。
「ぱぱは家族がいなくて寂しそうだから」
……同情からくるものなのですか……。
そんな寂しそうに見えるかな、俺? 結構変わらないような態度でいたと思うんだけど。
そして、イズモの言葉でなぜか部屋が静まり返る。
こんな反応されても、俺が困るだけなんだけど。別に寂しいのが嫌なわけではないし、天涯孤独ってわけでもないしさ。
俺は後ろ髪を掻き毟りながら、静まる三人に言い返す。
「あのな、そんな――」
「なら、わたくしが家族になってあげるのです!」
「……」
うん、まあ大体予想できてた言葉ではあるのだけれど。
「バカ言うな。家族ごっこならグレンとしてろ」
「……? あ、グレンとならいいのですね?」
「いや違う。そうじゃない。ちょっと待って」
頭を抱え込んで、その場にしゃがみ込む。
……なんだ、この王女様。俺には理解できんのだが。
「……グレン、なんだこの残念な姫様は」
「貴様、不敬罪で叩き斬るぞ」
「こんな姫様のどこを敬えというんだよ……」
こいつはこいつでバカだったな。
……さて、唯一残っている常識人っぽいノエルはどうだろうか。
と、視線をノエルへと向ける。
「…………」
視線を逸らされた。それはどういった意味合いでしょうか?
俺がノエルの仕草の意図を探っていると、いきなり右腕を抱かれる。
その方を見てみると、フレイヤがグレンの左腕も抱きながら、満面の笑顔を向けてくる。
「では、三人で結婚ですね」
「逆ハーはないわ」
「なぜ俺がこいつと同じ扱いなのですか」
俺もグレンも即答していた。グレンに至っては、青筋まで浮かべている。
まあ、ハーレムの女子側の気持ちがわかるのかもしれんが、そもそもわかりたくもない。
画面の中だからこそうれしいのであって、現実だとそうはいきそうもないし。最悪殺されても文句言えないと思う。ハーレムの男は。
「それと、もう一人の王女様が泣きそうだろ」
視線を右から前へと向けると、こちらを、プルプルと震えながら涙目で見ているヴァトラ神国の王女様。
その手は、微妙に伸ばされており、手先も小刻みに振動してる。
仲間外れは良くないと思います。でもこの茶番の仲間に入れるのもおかしいと思うが。
俺の言葉に、フレイヤもノエルの視線に気づき、指を口に当てて考え出す。
「うーん……あ! では、ネロが結婚すれば丸く収まりますね」
「収まんないから。というか、この茶番はいつまで続くんだよ」
何、俺はフレイヤとノエルと結婚して、フレイヤは俺とグレンと結婚するって? 面倒臭い構図だな、おい。
そもそも、そんなこと本気にしてないよな? してたら、とりあえず殴り飛ばすつもりだが。
「ていうか、なあグレン。重婚とか認められてんの?」
「当たり前だろ」
こいつ馬鹿か? みたいな顔で言われた。超むかつく。左腕が震えているんだが、発射しても大丈夫ですかね?
大体、俺はこっちの世界よりも前の世界の方が経験長いんだよ。重婚とかふつうに犯罪だし。
という言い訳は、もちろん聞かないし、言うつもりもない。
「普通、女性の数より男性の数の方が多いのに?」
「戦争に駆り出されるのは、大体が男性だ。他にも、冒険者だって男性が多い。死亡率は女性よりも圧倒的に多い。わかったか?」
「ああ、わかった。ご丁寧にどうも」
まあ、確かにその道理なら一応、納得はできる。つまりは男性の方が死にやすくて、女性が余るって言いたいんだろ。
……言い方がひどいか。まあでも、そんな感じだろう。
「それ以前に、王女様が自分で結婚相手決められるのか?」
「むー……なら、王位はお兄様に譲りましょう」
「そこはフレンに譲ってやれ……」
王位を譲る譲らないの問題でもないと思うのだが。
そういえば、フレンで思い出したが、グレンってフレンの剣術指南役とかじゃないのか?
人殺しの極意をグレンに訊いたって言っていたと思うんだが……ただ通りかかったところに訊かれただけか。
「てか、いつまで引っ付いてんだ。離れろ」
いまだにしがみついていたフレイヤを、腕を大きく振って振り解く。
「イズモもだ」
足にしがみつくイズモも、同様にして振り解く。
解いた二人になぜか不満顔をされる。なんでだよ。お前らはコアラか。
「ったく、もういいよ。今後一切、イズモに変なこと吹き込むな。わかったな?」
それだけ残し、俺は部屋を退出した。
☆☆☆
自室に戻ってきた途端、猛烈に眠気が襲ってきた。
時間は……11時くらいだろうか。前世ならどうってことない時間帯のはずなのだが。
眠い目をこすりながら、明日の学園の準備を終えて布団に入る。
……やっぱ、明るいと眠れん。
眠いはずなのに、意識がずっと保たれているのだ。夢を見るかどうかのちょうど境目といったところ。
この状態は案外きつい。嵌ってしまうと、抜け出せなくなる。結果、寝不足だ。
いや、別に睡眠時間が3時間あれば、俺は十分動けるのだが。
しかし、イズモが暗いと眠れないのだから我慢するしかない。
俺は指で目頭あたりを刺激しながら、イズモが寝るのを待つ。
「ぱぱ、怒ってる?」
「……何をだ?」
上を向いているため、イズモの表情は窺い知れないが、声の調子だと反省しているのだろうか。
「ままって、呼んでたこと」
「別に……怒ってるよ」
怒ってなければ、王女の部屋に押し掛けたりはしない。
それでも、学校で呼んでいないだけまだマシだったというものだ。
「だけど、イズモは両親いないし、責めはしないよ」
家族というものは、いればうざいものだけど、本当にいなくなると寂しいものだ。
イズモは奴隷なんだから、両親に売られたとかでない限り、寂しいのだろう。だからといって、俺を親代わりにされても困るのだが。
……そりゃ、親代わりのようなことはしてるけども。
「……ぱぱは、私の話を聞きたいの?」
「聞きたいよ。けど、今のお前に聞く気はない。自分で話したいときに話せ。そしたら、俺ももうちょっと詳しく話してやる」
「わかりました。……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
それからほどなくして、イズモは小さな寝息を立て始めた。
俺はそれを聞きながら、電気を消して眠りに落ちた。




