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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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 幕間 「片割れ」

 ゼノス帝国、軍事都市ダラン。その兵士訓練場。

 そこには、5万を超える兵士が日々鍛錬をしている。それはこの日も例外ではなく、数多くの獣人族の兵士が自己鍛錬を行っていた。


 剣を振る音、弓を射る音、掛け声、怒号、そういった音が響く中、一際大きな声が訓練場に轟いた。


「逃げたぞおおおおお!!」


 その一人の兵士の声に、鍛錬中だった兵士すべてが、同じ顔をした。

 そして、考えることもまた同じ。


 ……またか。


 兵士の思考がシンクロした。



☆☆☆



「ガルガド将軍。なぜあのような人族を引き取ったのですか?」


 軍事都市ダランの中心、そこには石造りの建物がある。

 その建物の一室。執務机に座るレオ族の将軍に対し、エレ族の兵士が怒っている。


 “人食い将軍”ガルガドは、椅子から立ち上がりながらため息を吐く。

 その腰には、魔剣【マンイーター】が下げられている。


「魔剣のエサなら、他にも捕虜や奴隷が多くいるでしょうに」

「エサじゃねえよ。オレの技をすべて叩き込める、オレの欲しかった人材だ」

「それは……アガイドではダメだったのですか?」

「アガイドもトルネラも、他の兵士も一切ダメだ。だから連れてきたんだよ」


 しかし、とガルガドは窓の外を眺める。

 鍛錬中だった兵士たちが、総動員で彼の欲しかった人材を探し、追い掛け回している。


 だが、これまでに捕まったためしはない。いつも逃げ切られ、そしてガルガドが連れ戻す。

 今日も同じだろうと、そう思いながら早めに探しに行こうと部屋を出ていこうとする。


「……まあ、すでに不満などはなくなりつつありますが、やはり獣人族の国であるゼノス帝国で、人族の少女を鍛えるなど」

「お前な、オレがあれを教えるためにどれだけ苦労したと思ってるんだ? オレが使いやすいのは獣語だ。それを覚えさすのに、3年かかったぞ。あいつの兄貴なら1年だろうな」

「私に言われても、わかりかねます」

「そりゃそうだ」


 はあ、ともう一度ため息を吐くガルガド。

 その時、視界に黒い長髪を靡かせてかけていく人族を見つける。


 ガルガドは窓を開けると、大声で叫んだ。


「ネリぃぃぃいいい!!」


 ガルガドの怒声に、トルネラは大きな耳を塞ぐ。

 叫ばれた人族の少女、ネリもビクッと体を震わせてこちらを見る。


「う、うっせえ! あたしは帰るんだからな!」

「帰れたためしがあるのか?」

「き、今日こそ帰ってやる!」


 そう言い残し、一つに結んだ黒髪を揺らしながらネリは駆けて行ってしまった。

 ガルガドはその後ろ姿を見送りながら、後ろのトルネラに声をかける。


「城門に兵を集めろ。突破されたら地獄のトレーニング3倍だ」

「……わかりました」


 トルネラは額に手を当てる。

 思うのは、城門に集結されせられた兵士たちだ。


 ……明日、明後日は動けませんな。


 これまで、ネリを止められた者はいない。ゆえに、ガルガドの地獄のトレーニングは避けられない。

 しかも3倍である。2倍までなら、つらい体を引きずって訓練に出てくれる。だが、3倍の時は誰も出たことがない。


 しかし、そのトレーニングを受けて無駄だと思う兵士もまたいない。

 ガルガドは、確かに戦場で戦う兵士よりも、訓練で教官をしている方が向いているのだ。

 おかげで、このダランにいる兵士たちは逃げ出すことや辞めると言い出す者は少ない。


 だが、そんな中で例外が一人だけいる。

 ガルガドの地獄のトレーニング5倍を受けても動き回り、ダランの精鋭兵一千を相手に逃げ切る、化け物が。

 それが彼女、ネロ・クロウドの双子の妹、ネリ・クロウドである。


「それにしても、随分と獣語がうまくなりましたね」


 ガルガドや、トルネラ、軍の上層部になれば人語だけでなく亜語なども使える者は多い。

 だが、ネリが先ほど使っていたのは獣語だ。初めて連れてこられた時とは見違えるほどうまくなっていた。


「ああ。獣語覚えてオレに勝てたら王国に連れて行ってやるといったからな」

「それは……」

「マンイーターが、すでに啼いてる。そろそろオレも潮時だな」

「……そう、ですか」


 トルネラが、沈痛な表情で答えた。

 だが、ガルガドは至って明るく言葉を続ける。


「それまでにあいつを鍛え上げたいんだが……獣語を覚えたのがつい最近でな。手遅れになりそうだ」


 言葉尻は少し残念そうな声音を含んでいたが、それでも言い切った。


 ガルガドは、よし、と気合を入れ直すと、部屋の扉へと向かった。

 人族の少女、ネリを捕まえるために。何とか、命があるうちに、自分のすべてを叩き込むために。



☆☆☆



 ネリは城門に集結していた帝国兵たちを一蹴するようにして軽々と突破した。

 精鋭だろうがなんだろうが、今の彼女を止められる者は極少数だろう。

 その筆頭は、相変わらず双子の兄であるネロだ。


 だが、このゼノス帝国にだって、ネリを止められる者はいる。

 今日こそは、とそう思うネリだが、戦わないで済むならそれに越したことはない。


 だから、足に力を込める。前へと、一瞬でも早く打ち出す。

 そうやって駆け抜け、ようやくアレルの森にやってきた。


 捕まらず、追いつかれずに来られたのは初めてではない。だが、アレルの森を抜けられたことはないのだ。

 それは、アレルの森がとても深い森であると同時に、道標が一切ないのだ。


 光る石を置こうが、地面に傷をつけていこうが、木に目印をつけようが、次の日にはすべてなくなってしまっている。

 帝国兵がどうやって踏破しているのかは不明だが、ここからまっすぐ行けばたどり着くはず。そう思いながら、今日も今日とて無計画にアレルの森へと突っ込んだ。




 ――数時間後、ネリはガルガドによって肩に担がれ帰ってきた。


 肩の上で暴れまわるネリだが、ガルガドはものともしない。


「離せおっさん! 毛むくじゃら! この毛が邪魔!」

「っざけんなガキ! てめえ、この鬣のかっこよさがわかんねえのか!?」


 ネリがガルガドの鬣を引っ張ったり膝蹴りをかましたりと、抵抗をやめない。

 ガルガドの後をついてきていたトルネラは、その光景を見ながらため息を吐く。


「くっそ! もうちょっとだったのに!」

「どこがもうちょっとだ。お前、アレルの森を3分の1も踏破してないからな?」


「じゃあ、あんたはどうやって抜けてるの?」

「はっはっは。言うと思うか?」

「くそ! このやろっ!」


 彼ら2人が歩いているのは、まだアレルの森の中だ。

 だが、ガルガドの歩みに迷いはない。


 周りは微かに夕焼け色、日が暮れてきているのだ。

 アレルの森で夜を過ごすのは得策ではない。明るいうちに出られるなら、出るに越したことはないのだ。


「ネリ、大人しくしろ」


 ガルガドの声が、少しだけ低いものに変わった。

 それは、諭すというものよりも譲歩を望んでいるようなものだ。


「あと半月だ。そうすれば、トロア村に連れて行ってやる」

「将軍!?」


 トルネラが驚きの声を上げた。

 対し、ネリは押し黙ってしまっている。


 ゼノス帝国は、そのために準備をしている。ダランには通常なら5万も兵は集められない。多くて1万程度で十分なのだ。

 ガルガドの私兵だけでも、防備としては十分なのだ。

 アレルの森から時々迷い出てくる魔物も、ガルガド一人でも十分なほどだ。


 だが、今は5万の兵がいる。それは、ゼノス帝国がデトロア王国を侵略しようとしているのだ。

 講和条約や不可侵条約など結んではいない。それでも、良い関係を築こうと、デトロア王国が提示した条約にはそれなりの魅力があったから侵略していなかっただけだ。


 しかし、その条約通りにずっと動いてはいられない。だからこそ、今、条約を破って帝国は侵略を決定した。

 侵略はできなくても構わない。人が斬られれば、それでいいのだ。


 それに対して、デトロア王国が怒ったところで、迎え撃つだけの兵力と国力はある。

 だから、強気に出られる。


 そんな機密情報をあっさりと教えてしまっている。

 ガルガドは、質問攻めをしようとしているトルネラを手で制し、ネリへと注意を向ける。


「どうした? うれしくないのか?」

「……行ったところで、兄ちゃんは……」

「いるだろ。あいつは、お前と違って賢いぞ。必ず来る」


「宣戦布告もしてないのに?」

「ああ、来る。来るぞ。でなけりゃ、期待以下のガキだな」


 ゴッ、とガルガドの胸に膝が叩きつけられる。

 先ほどよりも強烈な一撃だ。だが、それでもガルガドはびくともしない。


「兄ちゃんを悪く言うな」

「悪く言ってねえだろ。逆だ、逆。オレはあいつを買ってる。だからこそ、来るって断言してんだろうが」


 ……ていうか、こいつ兄貴好きすぎだろ。殺さなくて良かった。


 3年前にネロと戦った時のことを思い出す。

 あの時、ネロを殺すのは容易いことだった。剣筋は荒く、とてもではないがガルガドと張り合えるような存在ではない。


 だが、今はどうだろうか。

 彼、ネロはトロア村から逃げるようにして北へと向かったと伝え聞いた。北は、亜人族のユートレア共和国だ。

 もっともデトロア王国に近い地域は、エルフの里だ。そこで研鑚していれば、化けているだろう。


「あいつは魔導師だが、剣の素質も悪くねえ。お前、このままだと負けるぞ」

「そもそも、あたし兄ちゃんに勝ったことないんだけど」

「だったら勝てるようになろうじゃねえか。一泡吹かせたいとか思わねえのか?」

「思わない」

「即答すんじゃねえよ……」


 扱いにくい、とそう思う。

 これまでだって、ネリをうまく扱えたことはないのだが。


「……でも、落胆もして欲しくないな」


 だが、ネリの口からはこれまでとは全く違う言葉が出た。

 その言葉を聞いたガルガドは、やっとか、とそう思った。


 これまでだって、奮い立たせるような言葉を言ってこなかったわけではない。

 それでも、今までこのような、前向きな言葉を聞いたことはなかった。


 いつも後ろ向き、それこそ連れ帰った直後なんてひどいものだった。

部屋に閉じこもる、食事はしない、隙あらば殺しにかかる。そういったことを繰り返されてきた。

 だから、これはチャンスだ。ネリを鍛え上げるための、唯一のチャンスだろう。


「わかったら、明日の訓練から加われ」

「えー、地獄のトレーニングとか、疲れるんだけど」

「うるせえ。疲れるで済むとか、この化け物が」


 ……他の兵士は普通に動くのすらつらい状況になるのに。10倍くらわすぞ。


 そんなことを考えながら、ガルガドはダランへと帰っていく。



☆☆☆



 ネリは普段ガルガドの家で生活している。

 連れ去られてから一週間、ネリはあてがわれた部屋から出てくることはなかった。

 そんなネリを引っ張り出したのは、ガルガドの娘であるアルマ・レオルガだった。


 アルマはネリよりも少し年上で、そのためかネリの世話を焼きたがるのだ。

 彼女は一週間かけてネリを部屋から引っ張りだし、1か月かけて声を聴くまでにした。

 今では、普通の家族のように過ごせるまでになっている。


 ネリは、時々だが兵士の訓練に参加する。それにはアルマも付き添う。

 彼女ら二人は、ガルガドの訓練を最後まで受けられる数少ない人物だ。彼女ら以外だと、兵士の中でも数人の最精鋭だけだ。


 この日、ネリはアルマと一緒に兵士の訓練に参加していた。ガルガドの言う地獄のトレーニング3倍の決行日だったのだ。

 ガルガドに半ば無理矢理参加させられたネリは、特に疲れた様子もなく家に帰ってきた。


「ただいまー!」


 ネリの活発な声がガルガドの家に響き渡る。

 そのまま駆けて行こうとするネリの手を取り、動きを止めるアルマ。


「ネリ、先にお風呂入ろう?」

「わかったー」


 アルマに引かれ、風呂場へと向かうネリ。



 服を脱ぎ捨てて、浴室へと入る二人。

 それなりに広い浴室で、体を洗い合ってから浴槽へとつかる。


 ネリはアルマの前に座り、体から力を抜いてアルマに寄りかかる。

 アルマはそんなネリの頭を撫でながら、ふとその目はネリの胸へと向かう。


「……ネリって最近、成長してきたよね」

「そう? でも、アルマ姉よりも小さいよ?」


 ネリはアルマの視線に気付き、自分で自分の胸を揉んだりしてみる。


「んー、でも動きにくくない?」

「確かにねぇ。だけどさ、他の子たちは羨ましがるんだよ?」

「あたしは兄ちゃんが喜ぶならなんだっていいけどね」

「相変わらずお兄ちゃん大好きだね……」


 アルマは嘆息を漏らす。

 ネリは連れて来られた当初からはだいぶ変化があった。それは体の成長だけでなく、考え方についてもだ。

 だが、唯一変わらないものが、兄への感情だった。


「あと少しで兄ちゃんに会えるかもしれないんだ。それまでに、強くなっとかなきゃ」

「そうだね。あたしはついてはいけそうにないけど、応援してるよ」

「ありがと、アルマ姉」


 自分よりも少し低いネリを、包み込むようにして抱きしめるアルマ。

 その温もりの中で、ネリは頬を緩ませた。


 ……兄ちゃんに、兄さんや姉さんに会えるんだ。


 兄が、どんな思いでいるかも知らず。

 家族が、いないことも知らず。


 少女は、健気に想い続ける。

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