第十二話 「因縁」
入学式にも使われた体育館の中央、少しだけ高くなったリングがせり出していた。
そのリング上に立ち、準決勝の相手であるバーブレイと相対している。
隣にはイズモがいる。ノエルやフレイヤには預かると散々言われたが、やはり心配なのだ。
それに……まあ、いいか。
体育館の三階席、貴賓席であるそこには、フレイヤをはじめ、王に王妃、フレンにフレイと王族大集合だ。学園長と騎士学校の校長も近くに座っている。
「おいおい、奴隷なんか連れて、盾にでもする気か?」
「お前、それ以外の言葉を知らないのか? ま、安心しろよ。お前の攻撃は俺にあたることは万に一つもない」
「……なんだと?」
「一発でも当てられたら拍手して褒め称えてやろう。なんなら一生お前の奴隷にでもなってやろう」
「言ったぞ? いいのか? 王族の前で、宣言したな?」
「いくらでも宣言してやるよ」
俺は笑みを浮かべ、声高々に宣言する。
「俺は、バーブレイの攻撃を一撃でも受けたら奴隷になりましょう!」
この宣言に、会場の全席からどよめきや笑いが起こる。貴賓席では学園長が一人で大笑い中だ。
バーブレイはというと、唖然としたように目を見開いている。が、すぐに表情を戻すと気持ち悪い笑みを浮かべてきた。
「そりゃ楽しみだ。言っとくが、オレは別に」
「弱くないぞ。上級生が負けるのに、理由をつけてあげただけだ、とでもいう気か?」
バーブレイの言葉の先を奪う。だが、これくらい予想できるものだ。
「負け犬が吠えてんじゃないよ。実力は示さなきゃ意味がないぞ」
「テメエ……!」
ようやく気持ち悪い笑みをひっこめ、醜い怒りの表情を浮かべる。
うん、そっちの方がお前にお似合いだぞ。バカみたいで。
「審判、早く始めてくれ。私は、彼の自信のほどを知りたいぞ」
貴賓席に座る学園長が声を飛ばし、固まっていた審判の先生がビクッと肩を震わせて動き出す。
「そ、それでは! 魔法学園トーナメント準決勝、1年7組ネロ・クロウド対1年1組バーブレイ・レイヴァンの試合を始めます!」
先生の宣言に、会場が沸く。
そんな中で、俺は右手にした手袋をぎゅっと嵌めなおす。左眼は魔力の流れを見ることができるようになる魔力眼に設定する。
「準決勝、はじめ!」
開始の合図とともに、バーブレイは詠唱を始める。
対し、俺は軽く足をあげて踏み鳴らす。
「【結界】」
左眼の魔力眼には、俺を中心として半径3m程度のドームが広がっていくのが見える。
これはただの魔力であって、火や水などの魔術のように見ることはできない。それこそ、魔眼持ちで魔力眼で見なければ、だ。
だが、ガラハドの話だと彼以外の魔眼持ちはいないらしく、300年経った今でもこの学生の中にいる可能性は極めて低いだろう。
だから、俺にしか見えない結界であり、不可侵領域だ。
「【ファイアボール】!!」
バーブレイが、ようやく詠唱を終えて火球を放ってくる。しかも、魔力配分を考えていないのか、とてもでかい。
……バカなのか? 仮に俺に勝ったとしても、決勝戦が残ってるんだぞ?
バカなんだろうけどさ。それでも、代表ならもっと上手くやってみろよ。
火球は俺目がけて一直線に迫りくる。が、特に何かをするわけではなく、俺はそのまま突っ立っている。
火球が目の前まで迫り、おかげで向こう側は見えないが、さぞかし気味の悪い笑顔を浮かべているに違いない。
周り、観客席から、形容しがたい声が飛んでくる。喜んでいるのか、憐れんでいるのか。
学園長も身を乗り出して見てきているようだが、俺は別に何かをするわけではない。
火球は俺の領域である3mあたりに差し掛かり、――進路を変えた。
目の前、俺への直線の軌道を、上へと進路を変え、さらには俺の3mの周りをまわりだす。
「――なっ!?」
バーブレイが目を見開き、驚いている。だが、その反応をしているのはバーブレイだけではない。
観客席に座る生徒、貴賓席に座る学園長や王妃でさえも、驚きの表情を浮かべてこちらを見ている。
これが、ガラハドに習った魔力操作の一つ。とはいえ、教えてもらったのは基礎だけで、それを応用したものだ。ガラハドでもできないものだ。
魔力総量世界一、有り余る魔力量がある俺だけの技だ。
構造はとても簡単。ただの魔力のドームだ。
だが、そのドームの魔力には、俺の命令式が組み込まれている。
魔術を相殺することを応用したものだ。
そもそも、相殺するには命令式を解読して魔力の流れを破壊しなければならない。そこで、命令式を解読し、自分の魔力を注ぎ込みながら命令式を上書きしてしまうのだ。
そうすればあら不思議。相手の魔術がすべて自分のものに、ってことだ。
「どうした、バーブレイ? 呆けてちゃ負けるぞ?」
「くそ……!」
俺が動かないからか、はたまたバカだからか、バーブレイは立ち位置を変えることなく詠唱を開始する。
……いや、バカだろ。さすがにバカなんじゃないかってくらいバカだろ。
「【サンダーアロー】!!」
詠唱が終わり、今度は紫電が走った。その狙いはイズモのようだが、3m圏内にはいるとやはり上へと流れて、雷球となってまわりだす。
おおおおお、と周りが騒ぎだす。たぶん、筆頭は学園長だ。
バーブレイが魔力残量を考えなしにどんどん魔術を放ってくるが、そのすべてが例外なく上へと流れて球状になって俺を中心に円運動を始めてしまう。
「……ぱぱ、手袋いらない?」
隣のイズモが、上目遣いでそんなことを聞いてくる。しかも、その瞳は若干潤んでいる。
「そんなことないぞ。ほら、こうやって直接触ったらいろんなことができる」
そういいながら、俺は手近に回ってきた水球を手に取り、いろんな形に変えてみせる。
魔法手袋の使い方はノエルから教えてもらった。どうやら、この手袋は全属性の耐性があるらしく、刺繍された魔法陣に魔力を注げば機能するが、吸われる魔力量が馬鹿でかい。
……俺以外に絶対使えないものだろ。
しかし、本当につまらないな。魔術が効かないなら殴ることに移行するだろ、普通。
なのに、バーブレイは未だに開始位置から動くことなく魔術を放ち続ける。
「そろそろ飽きたぞ、おい」
そういい、俺の周りを回っている雷球や火球を集めていき、全種族複合の球を作り出す。
大きさはかなりある。俺の身長より少しでかい程度だ。それを、俺は右の手で拳を作って殴りつける。
瞬間、その球は勢いよくバーブレイへと飛来する。
「う、わあああああああああ!!」
バーブレイの情けない叫び声が聞こえてくる。が、あたる直前で大きな音とともに破裂した。
火と水のせいで蒸気がたち込め、光と風が弾け、岩のかけらが吹っ飛んでくる。
それらがすべて晴れた先、そこにはうつ伏せに倒れ込んでいるバーブレイがいる。
……死んだか? そんなわけないか。ちゃんと手加減したし。手加減というのは、魔力量を調節したことなのだが。
だが、バーブレイは手をついてゆっくりと立ち上がる。
「はっ……! くそ、この……出来損ないが……!」
バーブレイの口が、弓のように曲がる。
「今更……そんな強くなってうれしいのか……!?」
「……」
「オレを圧倒できて、それでうれしいか……!?」
バーブレイが、俺を責めるように、睨み付けてきながら言ってくる。
その言葉で、俺がどうにかなると思っているのだろうか。
確かに、俺に対して家族の話はとても有効な手だろう。今、バーブレイに言われて心は荒れてきている。
体の奥底から何かが込み上げてくるし、眉間にはしわが寄っているだろう。握られた拳は微かに震えているし、足にも余計な力が入っている。
だけど、それでも。
俺は、踏み留まれている。
それは進歩だろう。少し前の、バーブレイと食堂で言い合ったすぐあとでは、きっと殴り倒して骨まで燃やしていたかもしれない。
その怒りを、今は抑え込めている。
俺の隣で、右手を力強く握ってくれている少女のおかげで。
……本当になぜだろうな。ただの奴隷のはずだし、育てば別れるだけの存在のはずだ。
それはきっと……。
一つ、大きなため息を吐いて、バーブレイに答える。
「いや、まったくうれしくない。強くても今は意味ないし、お前普通に弱いし」
「テメエ……!」
「それと、家族の話はやめてもらおう。まだ、十分に耐えられる精神がないんだ」
俺は前、バーブレイへと歩み寄りながら続ける。
「お前を殺したいほどの怒りがあるけど、でもお前の言葉はどこまでも正しくて間違っていない。だから、受け流せない俺が悪いんだ」
「やめろ……近づくな……!」
バーブレイはずりずりと後ろに下がる。だけど、足を止める気はない。
「つれないこと言うなよ。今すぐに、楽にしてやるよ」
「やめろ……!」
俺は、開始時と同じように足を少しだけあげる。
その足を踏み鳴らすと同時に、魔導を発動する。
「【アビス】」
唱えると同時、バーブレイのいる地面が黒に塗り潰される。
そこは、どこまでも深く、暗い穴。奈落の底への直行便だ。
「う、ああああああああああああぁぁぁぁ――……」
奈落の底へと、バーブレイは落ちていく。決して見通せない闇の中、豆粒のように小さくなった姿を眺め、もう一度足をあげる。
「さようなら」
カンッと踏み鳴らし、闇の蓋を閉じた。
☆☆☆
「で、ネロよ。この騒ぎをどう収拾つける気だ? ん?」
準決勝は俺の勝利で終わったが、バーブレイは奈落の底に落としたまま。そのことについて、現在学園長に問い詰められていた。
学園長は珍しく怒った表情を浮かべ、扇子でぐりぐりと頬を押してくる。
周囲はいなくなったバーブレイについて騒然としている。こちらに向けられる視線にも、非難の色が見え隠れしている。
「い、痛いです。やめてください。すぐに出しますから」
学園長を押し返しながら、そう答えた。
「ならばさっさとしろ!」
「もう少し落としてても――」
「王族の前でするようなことではないのだ。いいか? やるなら誰もいないところでやれ」
「おい……」
「あ、いや、私以外がいないところでやれ」
「……」
……さすがの俺も絶句したぞ。学園長も大概黒いな。
貴族は好きじゃないって言ってたけども。学園の長として、その態度はどうなのだろうか。
俺はため息を吐きながら、リングのそばに指で線を引く。
「【イビルゲート】」
唱えると、引いた線がぱっくりと次元の裂け目のように割れる。そこから、ぺっ、と効果音が付きそうな勢いでバーブレイが放り出された。
体育館の床にうつ伏せに放り出され、ピクリとも動かない。きっと恐怖のせいで失神でもしているのだろう。
学園長はそれを見て、おまけといった感じで頭を叩いてバーブレイの方へ歩いていく。
「ほら、さっさと医務室に運んで!」
学園長の号令とともに、数人の教師が集まってバーブレイを運んで行った。
俺はクラスの観戦席へと移動を始める。やはり、イズモは半歩後ろをついてくる。
勝った時のお決まりのようなハイタッチをクラスメイトと交わし、適当に空いている席に座る。
ほとんどが立ち見をしているせいで、椅子はがら空きの状態だ。俺の隣にノエルが座ってくる。
「お疲れ様」
「別に疲れてないよ」
嘘ではない。激しい運動をしたわけでもないので、息は上がっていないし、魔力残量も十分にある。
ノエルは俺の返しに苦笑を浮かべ、頭を撫でられる。……子ども扱いしないでよね!
まあ、別に悪い気はしないからいいけども。
「次って、騎士の準決勝?」
「うん。だけど、グレンはもう一つ後よ。出るのは、フレイ様ね」
「ふうん……」
まあ、参考程度に見ておくか。イズモにも見せれば、技術を盗んでくれるかもしれないし。
……あ、学園長に、フレイが騎士学校最強であってるのか聞いておけばよかったな。
そこまで重要なことでもないから、後回しでもいいけど。
俺は椅子から立ち上がり、横に座っていたイズモを連れて後ろへ移動する。
少し高くなっているとはいえ、イズモの身長は低い。見えるだろうか。
「イズモ、見えるか?」
「……頭の先が少しだけ」
「そうか。ちょっと失礼」
俺はイズモを持ち上げ、肩車をする。
それなりに身長があるし、見えないことはないだろう。
「見えるか?」
「よく見えます」
「じゃあ、よく見とけ。たぶん、騎士学校最強だから」
「わかりました」
イズモは、俺が貸しているロングソードをよく振っているからな。剣士としての自覚を持ち始めたのだろうか。
それにしても、イズモの体、とても軽い。いや、幼児体型だから当然なのだろうけど。中身詰まってんのか?
俺は手すりに寄りかかりながら、フレイの試合が始まるのを待つ。
いつの間にか、隣にはノエルが立っていた。
☆☆☆
フレイの試合を見終え、イズモを下ろそうとするとしがみつかれて離れてくれなかった。
そのまま、イズモは見る必要のなさそうな学園内の準決勝も見終わる。
続いてはグレンの試合だ。俺もそれなりに期待して見ていたが、大したこともせずにつつがなく終わった。
……なにこれつまらん。
「フレイ様はやっぱりすごかったわね」
「まあ……すごいっちゃすごいんだけど」
グレンが負けると思うほど、そこまで極端な強さではなかったと思うのだが……グレンはいったい何を危惧しているのか。
それに、型がとても綺麗だった。見世物の剣術、といった感じだろうか。俺がダークエルフの教官やラトメアに教わったのはもっと汚いものだ。
グレンも似たり寄ったりだが、それでもまだグレンの方が『勝ち』を狙っているように見える。
続いて行われるのは、騎士学校側の決勝戦だ。準決勝の最後が魔法学園側だったからだろう。
グレンとフレイがリング上に立ち、相対している。二人は真新しい簡易の防具を着ている。
それを、イズモを肩車したまま、頬杖をついて眺める。
「それでは、これより騎士学校トーナメント決勝戦、4年1組フレイ・デトロア対1年1組グレン・レギオンの試合を始めます!」
審判教師の掛け声とともに、二人が同時に剣を構えた。
静寂が体育館を支配する。とても5000人以上の人が集まっているとは思えないほどの静けさ。
審判教師が振り上げた手を、勢いよく振り下ろすと同時に宣言した。
「決勝戦、はじめ!」
二人の騎士は同時に動き、同時に剣を打ち下ろした。鍔迫り合いになるかと思えば、フレイが力強く剣を押し込み、グレンを跳ね除けた。
グレンはバックステップで距離をとって態勢を整えると、剣を振り払って、下段に構えたまま駆け出した。
グレンの逆袈裟を、フレイが一歩身を引いて回避する。
引いたフレンに対し、グレンは振り上げた腕を引き寄せ、刺突を繰り出す。正確無比なその攻撃は、完璧にフレイの防具部分だけを突いている。
だが、フレイはその攻撃をすべて打ち払って見せる。
一挙手一投足に、会場の生徒や王族が沸く。とても綺麗で、見世物としては上々だ。
……そう、見世物としては、な。
俺は二人の試合を眺めているが、まったく隙がないわけじゃない。
別に殺し合いではないため、学生の勝負ならそれで十分すぎる。むしろ完璧すぎる。
だけど、と、思ってしまう。
「……ほら、まただ」
思わずついて出た言葉に、上のイズモと隣のノエルが反応した。
「え?」
「どうしたの?」
「……フレイがわざと、隙を見せた。あいつ、グレンをからかってる」
「……そうなの?」
普通はわからないだろう。俺だって、ダークエルフに教わっていなければわからなかっただろう。
だけど、教わっている。だからこそ、見える。
剣の太刀筋にはその人の性格が見える、と教わった。それはナトラやニューラも言っていたことだし、ラトメアも教官も言っていた。
……フレイはどうも好きになれない。それは、見える俺だからこそ、なのだろうか。
フレイの日常生活や学校生活は知らない。聞く気もなければ知りたいとも思わない。だから、想像するしかない。
独断と偏見しかないのだが、フレイは汚い。
……それこそ、前世の兄どもを思い出す程度には。
「しかも防具のない部分ばかり、防御をわざと甘くしてる。グレンが斬れないことをわかったうえで、だ」
「……どういうこと?」
「グレンは王族に使える騎士だ。その騎士が、学内の行事だったとしても、主君に傷をつけることを嫌ってんだよ。それをわかったうえで、フレイは防御を甘くしてる」
「そうかしら? 確かに、グレンは少しやりにくそうにしてるけど……」
「当たり前だ。向こうは防御を甘くできる分、攻撃に集中できる。だけど、グレンは防御もしなきゃいけない。いやらしいのは、フレイが防具以外を狙っているところだ」
「考えすぎじゃない?」
……考えすぎなら、それはそれでいいんだけど。
とはいえ、やはり俺からしてみれば、どちらも甘い。
フレイは高を括ってしまっているし、グレンはさっきの理由で思うようにできていない。
「……見る価値がない。あんなもの、見てたら自分の剣が鈍る」
そういって、俺は踵を返す。リングへと、背を向ける。
「あ、ちょっと! どこいくの?」
「控室の方だよ」
二つの決勝戦の間には、長めの休憩がとられるため、今更行っていてもあまり意味はないのだが、それでも見る気は失せた。
イズモを肩から無理矢理引きはがしていると、ノエルが後から追ってきた。
……なんでついてくるのだろうか。
「そういや、俺の相手って強いの?」
「……準決勝見てたじゃない」
「俺の意見って、偏ってるじゃん?」
ほら、グレンとフレイの試合の感想とかさ。ちゃんと自分がおかしいかも、という自覚は持っているつもりだ。
だから、俺が持った印象というのは間違っている可能性が高い。
並んで歩くノエルは、ため息を吐きながらも説明してくれる。
「決勝に上がったのは2年1組のキルラ・ジューン。魔術師団に入団が決まってる、課程の生徒よ。グレンと同じように、騎士学校の方にも籍を置いてるわ」
「珍しい奴か」
「でも、事情が少し違うわ。グレンがどちらにも置いているのは、魔導師と騎士家系だから。だけど、キルラは別」
「グレンと比較するのがおかしいだろ」
魔導師って方が珍しいんだしさ。
観戦席から離れると、人気がなくなった。
控室へと向けて歩きながらノエルの話を聞く。
「キルラは、魔法剣士よ」
「……魔法剣士?」
「剣術は、確か三大流派をどれも上級を取ってる。そして、魔法剣士といわれる所以は――」
「剣に魔力を宿せるのさ」
前方、控室の扉が開けられ、その中から出てきた一人の生徒がそういった。
その生徒は、灰色の少し長い髪を首あたりで一つにくくり、赤い目、そして特待生のネクタイをしていた。腰には一本の剣を下げている。
女顔ではあるが、美形に違いない。
「……キルラ、さんですか?」
「そうだよ。僕はキルラ・ジューン。決勝戦で君の相手をする者だ」
そういってニコッと笑って手を差し出される。俺は戸惑いながらもその手を取る。
ぎゅっと握られ、俺も同等の力で返しておく。
「キルラさんは、騎士学校の決勝を見なくていいんですか?」
隣にいたノエルが、笑顔のキルラにそう尋ねた。
「見る必要はないよ。僕の剣は、あそこまで綺麗にはできてないから」
「……ネロと同じことを」
「へえ、君にもわかったの?」
「綺麗すぎて自分の剣が鈍る、ですか?」
「そうそう。君とは意見が合いそうだ」
キルラはうれしそうに笑いながら、俺の両肩を叩いてくる。
……この人の笑顔は、普通に無邪気って感じだな。
前世やこれまでの経験から、黒い笑顔はかなり見てきたからな。ここには自信がある。
「で、ネロくん。君、剣術使えるよね? 手にマメができてるよ」
「はあ。まあ、かなり汚いですが」
「決勝戦、剣を使わないかい?」
「いいですよ」
即答していた。これには、さすがのキルラも笑顔を固めた。
「ち、ちょっとネロ!? あなた、何を言ってるの?」
「だって俺、魔導師だし。他の魔術師よりも普通に強いし。魔術勝負なら、キルラさん圧倒するから剣術で公平かな、と」
「あ、あははは……。随分とはっきり言ってくれるね」
遠まわしに言おうが、はっきり言おうが、変わらないだろ。それに、これはただの事実だし。
キルラは魔法剣士としての資質を買われて入団が決まったと考えていいだろう。なら、剣を使ってこそ真価を発揮するだろ。
「まあ、開始早々アビスで落としても終わりますけど」
「あれかい? 君が準決勝で開けた、あの大穴?」
「ええ。ですが、使う気はないですよ」
「そうかい。それは良かったよ。僕、暗いところは苦手でね」
キルラは頬を掻きながら、照れくさそうに言った。
……何この精神的にイケメンな御仁は。超立派じゃん。俺もこういう友達がほしかった。
「でも、ネロ、魔法剣なんてできるの?」
「知らん。それっぽいのはできるかもしれん」
「え、できるの? ……あ、でも、できてもおかしくないか」
キルラが苦笑を浮かべ、そんなことを言ってくる。
きっと結界とかのことをいっているのだろう。ガラハドには魔力操作の基礎だけを教えてもらっているし、魔法剣もその応用でできるだろう。
しかし、魔法剣か。なかなかに面白そうだな。
闇とか光をまとわせたらどうなるんだろうか。黒くなるのかな。ちょっとわくわくするぞ。
できるかどうかは試してみないといけないが。
と、そんなことを考えていた時、会場の方から歓声が響いてきた。
グレンとフレイの、騎士学校の決勝戦が終わったようだ。
「あ、終わったみたいね。どっちが勝ったかな?」
「フレイだな」「フレイ様だね」
俺とキルラの声が重なり、俺は思わずキルラの方を向いた。それはキルラも同じで、こちらを見ていた。
すると、歓声はコールへと変わり、フレイの名前が叫ばれるようになった。
「グレンは攻めてなかったからな。あれじゃ勝てない」
「うん、僕もネロくんの意見に同意かな」
キルラが俺に首肯してくれる。
俺はイズモの方へ向いて、言い聞かせる。
「イズモ、初めてレストランに行ったときの言葉、覚えてるか?」
「『人を殺すには、確実に急所を狙え。首、頭、心臓。どこでもいいが、即死を狙わないと反撃されるぞ』ですよね」
「お、おお……」
いや、俺だって正確には覚えてないのだが……よくもまあ覚えたな、おい。普通要約するだろ。
まあ、ちゃんと自覚しているならいいだろう。
いまだに会場からはフレイコールが鳴りやまず、とてもやかましい。あんなやらせのような勝負で、なぜそこまで盛り上がれるんだ。
王子だからか? 王子だからだな。
「決勝戦では剣の使用許可を、学園長に取ってくるよ」
コールは鳴り止まないが、次は魔法学園側の決勝戦だ。許可は早くとっておかないとな。
そういって体を貴賓席のある場所へと続く階段に向けたとき、その階段のある方向から、学園長が歩いてきた。
「む? どうしたんだね、こんなところで。控室に入ればいいのに」
閉じた扇子を口元に当てながら、学園長がこちらに歩いてくる。
「学園長こそ、最後まで見なくてよかったんですか?」
「良いよ。それに、フレイは好かん。性格や態度が気に食わんからな。……それはそうとネロよ」
「なんでしょう?」
「彼、キルラは魔法剣士だ。決勝戦での剣の使用を――」
「ああ、俺もその許可をもらいに行こうと思ったところです。許可してくれますか?」
そう問うと、学園長が一瞬だけ顔をしかめ、俺の肩に腕を回してくる。
扇子を開き、口元に当ててひそひそ話をする。
「いいのか? 彼は、三大流派すべて上級だ。それに加えて厄介な我流もある。ぬるい相手ではないぞ?」
「学園長こそ、何を言ってるんですか。俺の兄さんと父さんは、護神流は超級、他も上級の剣士ですよ? その二人に鍛え上げられ、さらにダークエルフの生きるための剣を教わってるんですよ?」
まあ、正確には途中からネリとの相手だったのだが。あいつ、剣の才能は飛びぬけてたからな。ナトラ以上の剣士だ。
その剣士とも、ずっとやり合ってきたんだから。
それに、我流は俺にも入ってる……というか、前世で黒歴史真っ只中の際に見た剣の動画やら小説やらを独自に真似ているんだ。
ベースは護神流、つまり守り主体の、俺だけの剣があるのだ。
とはいえ、いつも先走るせいで守りに回ることがほとんどないのだけれど。
「……ハイスペックすぎるだろ」
「何を言っているんですか。真面目に頑張れば、これくらいいけますって」
たぶん。保証はないし、しないけど。
とはいえ、真面目に頑張れば大抵はできてしまうのだから怖いよな。
体は勝手に出来上がり、脳もついて来ようとする。
「それに、学園長だって見たいんでしょう? 俺が、負けるところ、または魔法剣を使うところ」
「……君には敵わないな」
学園長は良い笑顔を浮かべ、扇子を閉じる。ひそひそ話終了だ。
そしてキルラの方へ振り向き、告げる。
「王もほかの生徒も、魔法剣士の本領を見たいといっている。彼、ネロは私が見込んだ生徒だ。強さは保証する。存分に、魔法剣をつかえ」
「ありがとうございます。ネロくんも、ありがとう」
キルラは頭を下げながらお礼を言ってくる。
だが、お礼を言われるようなことではない。何事もバランスは大切だ。
グレンとフレイ。彼らは、いや、フレイはそもそもバランスを取るにはフレンと戦わせる程度しかないだろう。
立場と実力。貴族社会は、これが両立できないことが多いから困る。
「それじゃ、私はこの旨を審判や王族に伝えてくるよ。二人とも、存分にやりたまえ」
「はい。ご厚意、感謝いたします」
「……俺が存分にやったら体育館ごと吹っ飛ぶな」
「それはやめろ。最近、何かと王妃の小言が多いんだから……」
学園長が疲れた表情でため息を吐いた。学園長も大変なんだな。
「あ、そうだ。学園長、できれば生徒側の観戦席に来てくださいよ」
「ふむ? 構わんが……どうしてだ?」
「イズモ、お願いします。ノエルに頼もうかと思いましたけど、多い方が安心しますし」
「わかった。いいだろう。確かに、イズモは貴賓席へは入れられんな」
王族がいるからな。人族至上を提唱し続ける、バカの筆頭が。
学園長はこちらに背を向け、元来た道を戻っていった。
俺は学園長を見送ると振り返り、ノエルの方へ向く。
「じゃ、ノエル。イズモをよろしく」
「……信頼されてないみたいで嫌なんだけど」
「えー……そうなると、イズモを連れて行くか……姫様に頼むか……」
「冗談よ。ちゃんと面倒見るわ」
「ありがとっ! よろしく」
ノエルの頭を撫でてやると、赤い顔をして手を払われた。
……なんでだよー。俺を撫でたくせに、自分は撫でさせないのかよー。
あと、姫様のところで微妙な顔しなかった? 気のせいだろうか。
まあ、別にいいんだけどさ。
俺はイズモから剣を返してもらい、ノエルに預ける。
ノエルは観戦席へと戻っていき、俺は改めてキルラを見る。
「では、決勝、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ、よろしくお願いします」
もう一度握手を交わし合った。




