第十一話 「学園内トーナメント」
顔に差し込む日の光のおかげで、俺は目を覚ました。だが、朝というわけではなさそうだ。
日は既に高く昇り、あとは下るだけ。真っ昼間というわけだ。
俺はベッドから這い出て、立ち上がる。ずっと寝ていたせいで、全関節からパキパキと音がなる。ひとしきり柔軟をして、全身の関節を鳴らし終え、部屋を見回す。
特に変わった場所はない、いつも通りの自室だ。ソファには、手袋と赤い糸を持ってうたた寝中のイズモがいる。
俺はイズモの頭を軽く叩いて目を覚まさせる。
「イズモ、寝てからどれくらい経った?」
「一週間と三日です」
「三日オーバーしたか……」
とはいえ、ガラハドの教えはちょうど一週間で終わったらしいので、三日は疲れなどのせいだろう。
夢の中とはいえ、ちゃんとガラハドの教えは覚えているし、魔力操作も問題ない。
俺は未だに巻かれたままだった左目の包帯をとる。
……ふむ、特に異常はないな。魔眼の使い方も教えてもらったし、大丈夫だろう。
「……ぱぱ、目が」
「おかしいか?」
「金色です」
……それはおかしい。異常だ。
まさか、瞳の色まで変わるとは……オッドアイとか胸が熱いな! いや、違う。
包帯は巻いたままのほうが良いな。ガラハドと結び付けられても困るし、巻いたままでも一応使えるし。
「それ、どうなるんですか?」
「そうだな……簡単に言えば、魔力の流れが見えたりとかするよ」
まだ試していないので、ガラハドの受け売りなのだが。まあ、効果は想像通り、といったところか。
しかし、ガラハドの教えをちゃんと扱えるかは試しておきたいな。森にでも行くか。
「イズモ、森に行くけど、ついてくるか?」
「行きます」
即答すると、イズモは持っていた手袋と糸を机に置いて立ち上がる。
俺は部屋にかかっていたローブを羽織り、家を出る。
☆☆☆
日が傾くまで森に籠り、調子を確かめてから家路についた。
森ではそれなりの収穫があった。まず、ガラハドの教えが十分に生かせた。それに、ヨルドメアだったか? あの蛇の分身体から本体の方と連絡も取れて、デトロア領内の魔物は使役できるようになったし。
魔物の使役はうれしいことだ。移動の際の足として、馬車なんかよりもずっと速い魔物だっているからだ。空の魔物も呼べる。
魔眼の使用にもそれなりに慣れたし、たぶんやり残したことはないだろう。
さて、帰ったら夕食を作らなければ。この一週間と三日、大丈夫だっただろうか。
「イズモ、料理はできた?」
「それなりにできました。けど、ぱぱのような味にはなりませんでした」
「なったら困る」
料理食っただけで、しかも1か月経ってないのに真似されたら、俺の料理スキルが形無しだ。別にそこまで高いわけでもないけどさ。
家に帰り着き、一応学園長の部屋に向かう。
家で一番豪華な扉。そこをノックして返事があるまで待ってから部屋に入る。
学園長は俺が入ってきたことに、多少の驚きを見せた後、すぐに平静を装う。
「どうした? もう動いて大丈夫なのか?」
「ええ、おかげさまで。得るものがたくさんありましたよ」
「そうか。それは……教えてくれるのか?」
「世界の禁忌ですよ?」
俺は笑みを浮かべながら、そう返す。ノエルから話を聞いていないわけではなさそうだし、知っているのだろうけど。
それに、学園長が知らないってことは意図して避けている可能性だってある。
「……そうだな。やはりやめておこう」
「それが一番でしょう。さて、今日の夕飯は俺が作りますので」
「実に一週間ぶりだな。楽しみにしているよ」
そこまで懐かしむような期間でもなさそうなのだが。
まあいい。それに、起きたから姿を見せに来ただけだ。それ以外に用はないし、仕事の邪魔になるからさっさと退散しよう。
「ネロ」
学園長に呼び止められ、顔だけ振り向く。学園長はペンを置き、俺のほうへと顔を上げた。
「なんでしょう?」
「明日、学園内トーナメントだ。よかったな、間に合って」
「……ええ」
それだけ答え、俺は部屋を今度こそ退散した。
☆☆☆
翌日、いつも通り5人で学園へと登校する。グレンは、途中で別れて騎士学校のほうへ行った。
今日は騎士学校も魔法学校も、両方とも学内トーナメントしかない。
2年制、4年制の二つの制度の両方がトーナメントに参加する。とはいえ、全部で4学年しかない。
クラスは全学年7クラスずつ、生徒総数は約2500人。
魔術師候補2500人の頂点を決めるのが、学園内トーナメント。まあ、すでに魔術師の人はいるんだが。
これらすべては騎士学校とも共通だ。
2年制の生徒は全員、入団試験の合格者だ。ノーラとナトラはこっちだな。
対して俺は、別に入団試験を受けたわけではないので4年制の方だ。
朝の会の後、1時間程度の間に代表者を決め、その後に校庭でトーナメントが開始される。
途中、昼休みを挟んで準決勝と決勝を行い、優勝者を決める。昼休み以降は、入学式で使われた会場を使うらしい。それまでは校庭など、バラバラでできる限り多く試合をする。
3か月後……すでに2か月後近くだが、そこで行われる騎士学校との代表同士が戦う選考材料にはなるが、優勝者が絶対に代表に選ばれるわけではない。
だが、やはり優勝者が代表になる確率は高い。3回連続で優勝してしまえば、選ばれるのは確実だろう。
と、ここまでが朝のうちに学園長やノエルから聞いた話だ。一週間も寝ていたせいで、かなり疎くなってしまった。
まあ、それ以上の収穫があったから別にいいんだけどさ。
「ねぇ、包帯してるけど、大丈夫なの?」
「何ともないよ。目の色がおかしいから隠してるだけ」
ノエルに問われ、左目の包帯を触りながら答える。
この左目は結構便利だ。命令式を送れば、魔力の流れが見えたり、千里眼になったりする。
「……なら包帯じゃなくてもいいんじゃない?」
「包帯以外の隠すもんがないんだよ」
……アイパッチとか眼帯だろうか。やだ、中二くさい。最高!
でも、そんなものを買う気にもならないし、包帯で事足りるから十分なんだが。
「そういえば、姫様のとこは誰が出そうなの?」
「1組ですか? そうですね、グレンがいませんし……誰が出るんでしょうか?」
「俺に言われても知らないよ……。姫様は出ないの?」
「わたくしはお父様に止められてしまって」
隣を歩くフレイヤに訊くと、照れながらそういった。
王女だし、わからなくもないけど……過保護なのだろうか。人の家に口出しする気ないけど。それに王族だし。
「ネロのところは、やはりネロが?」
「どうなの?」
「わ、私に訊く……?」
フレイヤの質問を、ノエルへと受け流すと、戸惑ったような声を出した。
だって、俺一週間行ってないからどんな雰囲気かとかわかんないもん。
それでも、ノエルは答えてくれた。
「ネロになるでしょうね。だって、魔導師という肩書があるし、課外授業のこともあるし……挙げたらそれなりにあるわよ」
「ノエルは出ないのか?」
「……わかってて聞いてるの?」
ノエルが恨みがましいといった目線を向けてくる。
まあ、ノエルの実力って普通に7組ものだからな。仕方ないか。でも、魔法陣については専門家だったか。学園長から聞いた覚えがあるし。
「ま、来月に期待だな」
「え? 次も出ないの?」
「たぶん出ない。他の連中の実戦の場としては十分の舞台だし」
一度出て、相手を容赦なく叩き潰せば、選考の筆頭にはなれるだろう。詠唱破棄とか、ガラハドから教えてもらったいろいろもあるし。
負けることはない。それだけ言い切れる自負はある。
俺はいつも通り半歩後ろをついてくるイズモに振り返る。
「イズモ、お前は俺と一緒にフィールドに入れよ」
「いいんですか?」
「学園長には許可取った。それに、バーブレイのような奴が一人とは限らんだろ」
「わかりました」
イズモはこっくりと頷いた。
「そんなに心配なら、私が見ておくけど?」
「いいよ。それに、こういうこと考えて対策も考えてる」
それでもノエルは納得いかないといったような表情をする。
……しかし、こいつら王国民のはずなのにイズモに偏見がないよな。
「お前らってイズモについてなんか思わないの?」
気になり、ノエルとフレイヤに訊く。すると、二人は互いに顔を見合わせて答える。
「そりゃ、私、もともと天人族だし」
「わたくしはヴァトラ神国で育ったので」
……似たような理由だな。
そうなると、注意人物はグレンだけか。いや、あいつも積極的に関わろうとしないし、フレイヤがこれなら大丈夫そうかな。
てか、毎日同じ屋根の下なんて、思うところがあったら無理だろうな。奴隷として扱うなって言ってるし。
フレイヤと別れ、7組に着く。
……うーん、しかしあれだな。やっぱり一週間はそれなりの時間だ。扉が開けにくい。
という俺の心中を察することなく、ノエルが躊躇いなく開ける。
ノエルに続いて教室に入ると、クラスの視線がすべて集中し、さらに生徒の波が押し寄せてきた。
全員が全員、口々に「大丈夫か」や「ごめん」などの言葉を言ってくるが、正直うるさいし鬱陶しい。
「うるせえよ! 大丈夫だから! 大丈夫だから散れ! 散れ!」
手を振り回し、群がってくるクラスメイトを追い払う。
……まったく、登校している時点で大丈夫だし、俺の不注意と私用でしかないから謝られても困るのだ。
いつもの定位置につき、頬杖をついてミリカ先生が来るのを待つ。
「みんなに好かれてるわね」
「俺もあいつらも利用しようとしてるだけだ。その馴れ合いだろ」
間にイズモを挟んで座ったノエルが、小さく笑いながらそんなことを言い、俺の返しにまた小さく苦笑した。
別にこの認識だけで十分だろう。1年間の付き合いだし。
「……そういえば、イズモは何を作ってるんだ?」
俺の隣に座り、せっせと裁縫をしているイズモに聞く。
昨日、森に行く前に作っていたものと同じ、手袋に赤い糸で刺繍をしている。
……なんか、昨日から随分と進んだように見えるけど、複雑怪奇だなぁ。
頑張って作っているのにそんなことを言うのもあれなので、口には出さないけど。
「秘密」
「……あ、そ」
時々、ノエルが口出ししているし、ノエルは何を作っているのか知っているのだろうけど……教えてはくれないだろうな。
俺はイズモを見ることで暇つぶしとした。
ミリカ先生が教室に入ってくると、談笑していた生徒たちが席に着き始める。
朝の会が始まると、出席を取った後は連絡事項だ。これはやはり、今日行われる学園内トーナメントのもの。
大雑把な注意事項が伝えられ、誰が代表とするかの話し合いになる。が、ここは俺一択だったらしく、特にもめることなくすぐに終わった。
トーナメント表は既に作成済みで、前の黒板に張り出された。朝の会の終了後、各自での確認だ。
諸々の連絡事項を終え、朝の会が終わる。ミリカ先生は退室をせず、教室内の空いている席に座った。
クラスメイトがトーナメント表に群がる様子を、俺は一番後ろの席で眺める。
「見に行かないの?」
「あの群衆に入れと?」
まあ、別に左眼使えば見えるんだけどもさ。多用するのは控えるようにガラハドから言われてるしなぁ。魔眼はガラハドの特徴の一つ、だったらしい。
がやがやと騒がしい連中が引いていくのを見て、ようやく立ち上がる。ノエルも俺についてくる。
黒板に張り出されたトーナメント表を眺める。
……初戦は2年次の3組か。上級生はやりにくそうだなぁ。
プライドとか、その他いろいろだ。まあ、でも真面目に愚直に、優等生らしく手加減なく戦うつもりだけど。
「ちょっとネロ、何考えてるの?」
「別に。真面目に手加減なく叩き潰そうって考えてるだけ」
「……あなたが手加減なしなんて、誰が勝てるのよ」
半目で言われるが、俺は同じことを繰り返すつもりはない。
トーナメント表を眺めていると、後ろに誰かが立つ気配がした。
「君は学園長の招待生だし、実力は1組に相当するって思ってるよ」
後ろを振り向くと、ミリカ先生が立っていた。
俺は小さく頭を下げる。
「それに、最近はクラスの生徒を訓練してくれてるんだとか」
「いえいえ、それは自主的にやらせてるだけですし」
「放課後、授業の復習もやってくれているんだってね。おかげでみんな成績いいし、感謝してるよ」
「はあ。でも、俺は教えてるだけですし、別に感謝されるようなことではないですよ。彼らに意欲がないと意味がないですし」
「その意欲を掻き立てたのは君だろ? もっと誇っていいんだよ」
ミリカ先生がそういって肩に手を置いてくる。その顔は優しい微笑が浮かんでいた。
「……考えときます」
「考えるようなものでもないと思うけどね」
微笑を苦笑へと変え、もう一度肩を叩いて踵を返した。
しかし、いくら言われようがどうにも誇るような気持ちにはならない。
……元が日本人だから仕方ないよな。日本人は謙虚だし。たぶん。
視線をトーナメント表へと戻し、ほかの組み合わせを確認する。
1組とあたるのは、準決勝か。2年の1組も4年の1組もブロックが違うから、決勝まであたらないで済むな。
注意……というか警戒すべき組は、午前中は特にないか。なら、気楽にいこう。
☆☆☆
一回戦、俺は2年3組の先輩を前に相対している。
魔術師なので、特に構えることはなく、自然体で立っている。イズモも、俺の横で同じように立っている。
周りからはくすくすといった忍び笑いが聞こえてくるが、聞かない方向で。
相手は貴族っぽいし、イズモを連れていることについてはにやけた笑顔を浮かべて了承してくれている。
……大方、1年7組だから舐めきっているのだろう。それに、左目は隠れているし。
その笑顔を恐怖で塗り潰す。実に面白そうだ。
「ぱぱ、黒い」
「おおっと、すまん」
黒いってのは、笑顔のことだろう。イズモに注意され、口元を抑えて頬を揉む。
よし、たぶんいつも通りの顔になった。
「それでは、第一回戦、1年7組ネロ・クロウド対2年3組ユーン・ベアールの対戦を開始します」
審判の教師がそう宣言し、手を高く掲げる。
「始めっ!」
言葉とともに、勢いよく手が振り下ろされる。
先輩は、狙いを定められないように移動を開始する。が、俺にそんなものは関係ない。
行先、逃げ道、回避、そのすべてを埋めてしまえばいいのだから。
「【ファイアウォール】」
先輩の移動先に火の壁を作り、行く手を阻む。
「え、詠唱破棄!?」
先輩は驚きの声を上げる。どうやら、俺が詠唱破棄をできるのを知らなかったようだ。
しかし、そんなことで一々驚いていたらダメだぞ。ほら、浮足立って隙だらけだ。
ファイアウォールを遠隔操作し、先輩を覆い隠す。これで逃げられなくなった。
「【ヘイルストーム】」
ファイアウォールの中心、先輩を閉じ込めた中へと氷の雨を降らせる。
先端は鋭く、大きさは適度に。あたっても大怪我をしないような氷の粒を空中に作り出し、中心へと向かって降り落とす。
左眼は千里眼に設定し、ユーンを捉え続けている。氷の粒を、できるだけ先輩のそば、だけどあたらない位置へと向かって降らせる。
氷の雨は、俺の思い通りの位置へと降り注ぎ、地面に突き刺さっていく。
「ひっ……! ま、参った! 降参だ!」
千里眼の左眼に、情けない姿で蹲り、叫び声をあげている先輩が見える。
それを聞き、俺はファイアウォールとヘイルストームも消す。
案外呆気ないものだな。もう少し粘ってくれるかとも思ったが。
審判の方へと顔を向けると、こちらも呆気にとられた様子で口を開けていた。
「先生?」
「え? あ、ああ。し、勝者1年7組ネロ・クロウド!」
俺はイズモとフィールドから出て、フィールドに向かって一礼をして戻る。
やっぱり、こういうのは必要だよね。スポーツマンシップは大事にしないとねー。
クラスメイトが観戦している場所まで戻り、手を叩きあう。
いや、でもまだ一回戦なんですけど。まだ全然終わってないんですけど。
まあいいか。楽しんでいこう。
☆☆☆
順調に勝ち進み、ようやく午前の部が終わる。午前の部だけでもかなり戦ったな。
ほかの代表者たちは魔力の消耗や体力切れなどで疲れた表情を浮かべているが、俺は一切そんなことはない。
騎士並みの体力があることは自負しているし、魔力量は言わずもがな。午後の部は圧倒的有利である。
疲れた様子を見せることなく食堂へと移動して、いつもの定位置で食事を開始する。
グレンとフレイヤとも合流し、いつもの5人で昼食だ。
バーブレイ他にちょっかい出されないよう、イズモは俺の膝の上だ。
「結局、1組の代表って誰?」
「バーブレイです。納得いきませんが、どうやら懐柔済みのようでして……」
フレイヤに尋ねると、頬に手を当てて困ったような表情を浮かべた。
バーブレイねぇ。あいつ、勝ち上がってくるのか? 実力がどうなのか知らないんだけど。
「かなり強引です。対戦相手から審判、すべて懐柔済み。ほぼ出来レースです」
それはひどい。ていうか、レイヴァン家ってそんなに金持ちなの? 貴族だからって、そこまで金の羽振りよかったりするのか?
まあ、準決勝からは学園長や騎士学校の校長が観戦するから、そこまで露骨なことはしないだろう。
そもそも、準決勝の相手は俺だ。懐柔されてなければ、されることもないだろう。してきたとして、絶対に乗らないし。
「グレン、お前の方は?」
「俺は準決勝まで進めたが……優勝は難しいな」
「へぇ、珍しく弱気じゃん」
「フレイ様の実力は本物だ、ということだ」
ほう。フレイは確か、フレイヤの兄の王子だったか。だけど側室との子供だから、継承権は一番低いんだっけ。
その王子様の実力が本物ってことは、バーブレイのような姑息な手を使わずとも決勝に勝ち上がってくる、と。
てことは、学園長が言っていた、無茶苦茶強い騎士はフレイのことだろうか。王子で実力者なんて良い教育したんだな。フレンは良くないけど。
「お兄様は昔から剣だけは優秀らしいですからね」
「さらっとひどいこと言わなかったか?」
「なんにせよ、最善を尽くすさ。お前と戦えるように、な」
「おう、期待してるぞ」
「ネロがグレンに期待って……不思議ね」
ノエルに言われるが、グレンにはちゃんとした評価をしているつもりだ。多少過大評価かもしれないが、期待は裏切らないはずだ。
しかし、そうなると騎士学校の代表はフレイになるのだろう。グレンがどこまで食いつくか、ってところか。
そんなことを思いながら、ふと視線を下へと向ける。
そこにはイズモがいるのだが、さっきから昼食もせずにせっせと朝と同じように裁縫をしていた。
「おい、イズモ。その辺にして飯食え」
「もう少しで……できる」
「食いそびれても知らんぞ」
ため息を吐き、自分の昼食を食べる。
ノエルとフレイヤがイズモの手元を覗き込み、同時に歓声のような声をあげた。
「もうできてしまいますね!」
「1か月でよくできたわね。かなり複雑だったのに」
え、なに? フレイヤもグルだったの? グレンは……あ、なんか目をそらされた。
あれ? だったら、知らないのって俺だけ? え、なんか悲しくなってきた……。
「これだと準決勝までにはできそうだけど……お昼はちゃんと食べなきゃダメよ」
「……ぱぱ、あーん」
「……ひっぱたくぞ」
イズモが、俺の方へ向けて口を開いてくる。
どこまで介護しなきゃいけないんだよ。それくらい自分でできるだろうが。
無視して食っていると、俺の腕を無言で揺すってきて邪魔をしてくる。いや、揺すってない。自分の方に持っていこうとしてやがる。
……くっそ、相変わらず力強ぇな、おい! 見た目と随分と違うぞ!
掴まれた腕をぎりぎりと自分の口へと持っていくイズモ。あーもう、わかりましたよ、まったく。
ため息を吐きながら、イズモの口にスプーンを運ぶ。
「……できた」
昼休みも終わりに近づき、食堂から生徒が減ってきたころ、ずっと刺繍をしていたイズモが目を輝かせながら手袋を掲げた。
手袋の甲の部分には、複雑怪奇な刺繍がなされ、とても禍々しい。
「わあ! ついに完成したのですね!」
「よくやったわね。あれだけ複雑な魔法陣をよく刺繍できたわ」
「ほう、頑張りは誉めてやろう」
フレイヤ、ノエル、グレンがそれぞれイズモに賞賛の声をかけている。
……グレン、お前は何様だ。マスターは俺だぞ。
しかし、俺だけなんの手袋なのかまったく知らないんだけど。秘密にされたままなんだけど。
まさか新手のいじめ……!? まさかの殺傷行為の穴をついてきたのか!?
別に殺傷行為の禁止はしてないから、普通に寝首かけば俺は死ぬんだがな。
「ぱぱ」
「あん? 俺?」
イズモが、俺にその手袋を差し出してきた。
「怪我、しないように」
……ああ、あの時、実技試験の時、バーブレイのせいで怪我をした時のことか。そんなことを、まだ覚えていたのか。
だけど……いや、もらっておくか。贈り物に難癖つける必要もない。
俺はイズモに差し出された手袋を受け取る。
「ありがと。……片っぽだけ?」
素朴な疑問、のつもりで聞いたが、なぜか俺以外が凍りついたような感じがした。
……え? 聞いちゃいけなかったの?
「え、鋭意刺繍中……」
イズモが、視線を泳がしながら言った。だが、その言葉は尻すぼみになってしまっていた。
「そ、そうか。頑張れ」
俺はイズモの頭を帽子の上から撫でて誤魔化した。




