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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
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第十話 「左眼」

 左目の包帯を巻いたまま、晩飯の料理をする。

 左目は、激痛は収まってきたが、まだ見えないままだ。視界が、黒ではなく白で塗りつぶされていることから、異常であることは認識しているが、治るのかはわからない。


 今日のメニューはシチュー。作り方を知らなかったので、食堂のおばちゃんからレシピをもらってきた。うまくできているかは知らん。

 だが、俺はそんなことよりも気になっていることがある。


「今更過ぎる気がするんだけど、聞いていいか?」

「なんだね?」


 学園長がテーブルにつき、シチューが出来上がるのを待っている。イズモも、俺の席の隣についている。

 が、人はその二人に終わらない。


「……いつまでこいつら居るんだよ」


「本当に今更ね」

「わたくしはずっといるつもりですよ」

「俺はフレイヤ様についていないといけない」


 ノエル、フレイヤ、グレンが順番に答えた。

 ……いや、ホント今更過ぎることなんだけども。初日からずっといるんだけど。


「学園長の家って言ったら、寮よりも安全だからって普通に許可もらえたし」

「同じくです」


「賑やかでいいことではないか。何が嫌だというのだね?」

「家事その他諸々の手間」

「……君はそういう奴だったね。忘れかけていたよ」


 家事といっても、朝と夜の飯を作るだけなのだが、3人分と6人分では手間が全く違う。

 ……とはいえ、初日から今日まで普通に作ってきたんだよなぁ。


 はぁ、と大きくため息を吐いた時、鼻から何かが垂れてきた。


「あん?」


 手で拭い、目の前に掲げると、真っ赤に染まっていた。

 鼻血か、と思った直後に、今度は左目に激痛が走った。


「あぐッ……!」


 左目を押さえつけ、痛みに堪えようとするが、森の時とは比べものにならないほどの激痛だ。たまらず、床を転げまわる。

 誰かが叫ぶ声が聞こえるが、それが誰なのか激痛のせいで判別もできない。


 左目から涙が流れる感覚がし、喉にも何かがせり上がってくる。だが、これは一度体験したことがある。あの時、幼少の頃に、サナに複雑化を見せた時だ。

 ……魔力の氾濫……!? くそ、何で今更……!


 そんなもの、わかりきっている。

 左目。あの蛇の、毒だ。


 ……あのクソ野郎、いったい何を吐きやがった!?


 それを考える余裕もないまま、闇の中へと落ちていった。



☆☆☆



 気づけば、闇の中に立っていた。周囲に光は一切なく、自分の姿、存在すら不確かな空間。

 手を伸ばしても見えることはなく、身体を触れてみても感覚は一切なく。


 気絶した時に来る場所なんて、アレイシアのいる空間しか知らないが、ここは違う。あそこは周囲がちゃんと確認できるが、ここは自分すら確認できない。

 ……こんな場所、俺は知らないな。


 ここをたとえるなら……そう、寝ているときのあの感覚。

 寝てしまえば一瞬で朝を迎えてしまうが、その一瞬手前。寝る、ほんの直前。

 そんなことを思いながら、その場に座り込む。なんでこんな場所に居るのかは知らないが、調べるために動き回る気にもならない。


 だが、その直後、光が弾けた。


 俺は眩しさのあまり、片手を顔の前にかざす。

 やがて光は消え、だがそこには人が一人、座っていた。その人は、大きめのローブを着て、フードを目深にかぶっている。そのせいで、顔はおろか体全身が見えない。


「ほう、ここに来訪者とは……珍しい」

「……誰だ?」

「聞かぬ方が身のためだ」

「そうかい。じゃあ当ててやろう」


 俺がそう答えると、相手は興味深げな息を漏らした。


 さて、では推理していこう。……とはいえ、俺の中にある候補はたった一つしかない。だから、これが違ったらわからない。


「魔王ガラハド、違う?」

「……正解だ。よく、わかったな」

「心当たりがガラハドしかいなかっただけだ。それに、俺は今、魔獣の毒で気絶している。それが誰かによるものならば、製作者のガラハドしかありえない」

「なかなかに聡明だな」


「一つ、聞きたいんだが……誰にも見つからず、誰も気に留めない場所ってのは、ここか?」

「半分違うな。ここは、誰もに見つかる場所だ」

「それは……夢の中だからか?」

「そんなところだ」


 ガラハドはそう答え、疲れたように深くため息を吐く。


「随分と苦しそうだな」

「何歳だと思っている? 300歳超えたんだぞ、300歳。人族の平均寿命を軽く4倍は生きている」


 ああ、そういやガラハドの侵攻が起こったのは300年前か。


「それより、あの蛇の吐いたのはなんだ? おかげでえらい目に遭っているぞ」

「蛇……ヨルドメアか。奴には俺の最も憎む国を任せたからな。俺の魔力を加えていたのだ」

「ガラハドの魔力?」

「そうだ。それも特別製だ。俺は、この世界に生まれた時から特異な魔力の持ち主だった。ある日、俺はダンジョンのボスの毒を全身に浴びた。そのせいで、特異だった魔力の一部がさらにおかしくなり、それが体に症状をきたしたのだ」


「魔眼、とでも言うつもりか?」

「それだけではない。あらゆる各部位が、おかしくなった。目だけではない。口、鼻、耳、腕から足、体すべてだ」

「改造人間じゃん……」


「そのおかげで、俺は未だにしぶとく生きているし、こうやって夢を繋ぐことも可能なのだが……」

「詳しい話は探し出せ、と?」

「そういうことだ。できるものなら、な」

「ハハッ、良いね。その挑戦受けて立つ。探し出してやる」


 一人でひとしきり笑い終え、長く息を吐く。


「なあ、ガラハド。なんか……教えてくれない?」

「要領を得んな。だが、強さだというのなら、俺がこうして繋げられたということは、俺の特異魔力に順応したと言う事だぞ。それでは足りないのか?」

「足りん。全然、全く足りない。だから、聞いてる」


 自分でも驚くほどに、言葉が強かった。だが、そのおかげか、ガラハドは少し上を向き、顎に手を当てて考え出した。

 やがて、答えを出したのかこちらに顔を向ける。その口は、僅かにだが弓を描いている。


「……禁忌に、触れる気はあるか?」


 ガラハドの言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。目を見開き、体が小さく震え、だが口は笑みを浮かべている。

 その言葉を待ち望んでいたかのように、いや、実際待ち望んでいた。その禁忌を覚えることを。だからこそ、俺は今、笑っている。


「はは……マジかよ……覚えさせて、くれるのか?」


 世界の禁忌、それが意味為すところは魔力の譲渡。誰もできないはずの、誰もやってはいけない行為。

 だが、そのせいで俺はサナを救えなかった。そんなことを、俺は二度も繰り返す気になどなれない。


「くく、良い目、顔だ。昔の俺のようだ。とても、とても愉快だ。だからこそ、教えてやる。お前程度でなければ、教えることはしない」


 俯き加減に、くつくつと笑い出すガラハド。


「早くても一週間だ。基礎だけ教える。その続きは自分で発展させよ」

「ああ、わかった。けど、その前にちょっと戻してくれ。一週間のうちの準備をしてくる」



☆☆☆



 パッと目を覚ます。目だけを動かし、周囲を窺う。キッチンで倒れたはずだが、今はどうやら自室のベッドに寝かされているようだ。部屋は薄暗く、天井のクリスタルは淡く光っているだけだ。

 両隣に置かれた椅子には、対照的な髪色の少女二人。俺から見て右がノエル、左がイズモ。……イズモは幼女だな。


 ノエルは船をこいでいる様子だったが、俺が目を覚ましたことに気付いて俺へと顔を向ける。


「……ネロ、起きたの?」


 ノエルに問われ、身を起こして答えようとするが、ガラハドの魔力がまだ馴染んでいないのか、体がとても重い。しかも、すぐにでも意識を持っていかれそうなほどふらふらする。

 ノエルは、無理に体を起こそうとする俺の肩を押さえつけ、ベッドに寝かされる。


 ……ノエルに力負けするとか、まったく本調子じゃないなぁ。

 なんて考えていると、ノエルの顔が間近に迫った。正確には、おでことおでこをごっつんこだ。アリさんじゃないよ。


「……これで顎を押し上げたらどうなるかな」

「――!」


 思わずつぶやいてしまうと、ノエルが勢いよく体を起こして離れた。

 え、そこまで拒絶されると、さすがに悲しいというか……まあ、変なことを口走った俺にしか非がないわけだけど。


「あ、えっと、違うのよ? その、い、嫌だとかじゃなくて、えっと、心の準備とか、その、い、いろいろとあるし……」


 ノエルが言い訳するように早口でまくし立ててくる。が、頭が重いせいで右から左に突き抜けてしまう。

 と、また額に何かがぶつかる。今度はイズモが額を押し当ててきていた。……今度は黒髪同士、アリっぽいかも。


「さあ、いつでもどうぞ」

「……バカやってんじゃねえ」


 容赦なく額の接点をこすりつけて、反動でイズモを跳ね返す。ごりぃ、とか髪の毛がこすれる音が骨を伝わってくる。これ、地味に痛いんだよなぁ……。

 手の甲で適当に額をこすり、痛みを紛らわせる。


「イズモ、紙とペンとって」


 俺の腹あたりで座り込み、俺と同じように額をこすっていたイズモにそう頼む。イズモは、すぐに部屋の勉強机に行き、俺の使っていたペンと紙をとってきてくれる。

 俺は無理矢理体を起こし、それを受け取ってイズモの頭を軽く叩いてやり、ペンを走らせる。


 ガラハドが一週間はかかるといっていた。ならば、一週間、俺は寝たきりになるだろう。

 一週間はそれなりの時間だ。学校に行くのがだるくなったり、友達と会いにくくなったり。……あ、俺友達いなかったな。

 まあ、その辺はマンガやラノベの引用だ。どうでもいい。


「……何書いてるの?」

「クラスの連中の弱点、それの対策だ」


 ノエルに訊かれ、簡潔に答える。

 俺は、クラスの連中と約束をしてしまった。あいつらの強化を手伝うと、言ってしまった。だから、その約束は果たす。


「俺は最低でも一週間、たぶん起きない。だから、そのうちにクラスの連中にこの紙に書いてあることをやらせておけ」


 俺は一通りの強化メニューを書き終え、ノエルに渡す。

 クラスの連中の弱点は大きく分けて二つ。戦闘中に動き回りながらの詠唱が苦手な奴、命令式の組み立て自体が苦手な奴。前者は早口言葉でも言わせておけばいいだろう。後者は実戦あるのみ。

 ノエルは……残念ながら両方だ。


「俺がいない間はそれをやらせとけ。詳しいことは、俺が起きたらまた観察して、それぞれに話す」

「う、うん。わかった」


「それとイズモ」

「はい?」


 俺は新しい紙に、今度はローマ字やアメリカについて書き記していく。


「学園長用だ。朝、起こすのに使え。一週間分はあると思う。それと、レシピだ。多少は料理できるだろ?」

「多少……」


 イズモの返事に不安になってしまうが、俺にはどうしようもないので任せるしかない。

 まあ、別に俺がいなくても学園長は生きていたし、たぶん大丈夫だろう。掃除なども、昼のうちに使用人がやってくれるし。いざとなればフレイヤやグレンもいる。大丈夫だ。……たぶん。

 ……あっれー? おかしいなー? とっても不安だー。


 さて、こんなものか。家事などは……土壇場で頑張ってもらうしかない。ていうか、俺だっていつまでもここにいるつもりないし。

 俺は今にも飛びそうな意識の中、この一週間を不安に思いながらベッドに倒れこむ。


「あ、ネロ。その……目、大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。熱もないんだろ?」

「ううん。すごい熱いよ」


 さいですか……。

 まあでも、大丈夫かと聞かれれば、大丈夫としか返せない。そもそも、今生の別れなわけでもないのだから、そこまで心配されても恥ずかしいのだが。


「……何があったの?」


 ……鋭い、というべきなのか。

 ノエルは、仰向けに寝ている俺の顔を覗き込むように見てきながら、真剣な声音で聞いてきた。


 はぐらかすか、正直に話すか。

 善手はどっちだろうか。


 だが、ここでどんなことを言い並べようとも、俺がしようとしているのは世界の禁忌であって、褒められるようなことではない。ノエルは、きっと怒るだろう。

 ……ならば、善手は後者だ。


「ガラハドに、会った」

「……え?」


 ノエルが間の抜けた声をだし、目を丸くさせる。イズモは、なんだか体が硬直したように見えた。

 まあ、そりゃそうだろうな。ガラハドは確かに誰もが知る魔王だ。だが、それは300年前の話。人族であるとされるガラハドが、300年も生きているとは到底思えないだろう。俺だって、直接会わなければ思わない。


 だけど、俺は直接会い、そして本人だと直感した。


「そのガラハドに、世界の禁忌を教えてもらう」

「ダメよ……っ!」


 思った通りの反応。ノエルは俺の肩を強く掴んでくる。その眼は俺を責めるように、口は怒っているように引き結び。


 だけど、俺だって譲る気は一切ない。俺は魔力枯渇で死ぬところを、この目でしっかりと焼きつけているのだから。

 俺は、繰り返したくないのだ。失敗することを、失うことを、奪われることを。


 俺の手の中にある光の玉は、いったいいくつに増えたのだろうか。それがわからないのは、きっと怖いからだ。

 落ちてしまうことが、奪われてしまうことが。


 だけど――気付いた時に手遅れになってしまわないように。見殺しにしてしまうようなことがないように。

 俺は、今できることをすべてやる。それが、報われると信じて。


「ノエル、俺は目の前で母さんが死んだよ」

「え……?」


「魔力枯渇だった。トロア村が襲われた日、俺は妹を取り返すのに失敗して、半日寝こけて。母さんは死んだ」

「それは――」

「俺は知ってのとおり、有り余るほどの魔力総量だ。この魔力は、俺では使いきれない。だけど、それを人に渡すこともできない。……母さんに渡せられていたら、ってずっと考えてた」


 それだけじゃない。

 俺が詠唱破棄をさっさと覚えていれば、ノーラに庇われることなく助けられた。ナトラだって、もっと魔術に精通していれば助けられたかもしれない。

 ネリは、俺がもっと強ければ攫われることはなかった。サナは言った通り、魔力を譲渡できれば助けられた。ニューラだって、半日も寝ていなければ助けられた。


「俺は、目の前で、何もできずに家族全員を失った。だから、繰り返したくない」


 それは、別に家族に限った話じゃない。目の前でノエルやイズモが死んだなら、俺は同じくらいに後悔するのだろう。

 後悔は先に立たない。当たり前だ。後から悔いるからこその後悔だ。


 だけど、役には立つ。俺がこうして、意識改善をしたのがその証拠だといえるだろう。

 役に立たないのは、前に進めなかったせいだ。ガルガドに言われたとき、俺が何もできなかったせいだ。


「……そもそも、俺には魔力の譲渡を禁止する意味がわからない」


 いつから禁忌となっているのか、どうして禁忌になったのか、俺には分からない。それはノエルも同じようで、言葉を詰まらせている。

 息を吐き、俺はノエルへと手を伸ばし、頬に触れる。


「別にそんなばれるような場所でするつもりはないし、そこまで多用する気もないよ。ノエルやイズモが死にそうなときくらいしか使うつもりはないから……安心しろじゃないけど、心配する必要はない」

「……約束よ?」


 ノエルは俺の手に触れながら、そう返した。俺はその返しに苦笑を浮かべる。


「約束する。じゃ、俺は寝る」


 手を離し、布団をかぶりなおす。ノエルも立ち上がって自分の部屋へと戻ろうとする。

 不意に、左側がもぞもぞと動き出す。


「……何してんの?」

「寒いので」

「……」


 イズモが潜り込んできていた。しかし、嘘だと言おうにも、マスターに嘘禁止の命令式は発動中のままのはずだ。


「今日のぱぱは熱いですね」

「熱があるから当たり前だろ。てか、熱いなら出ろよ」


 それと呼び方。ホントやめろよ。


 ため息を吐き、諦めて寝ようと思っていると、視界の端にいまだにノエルが立っているのが見えた。


「……どうかした? 一緒に寝たいの?」

「えっ!? い、いや――」

「冗談だ、ジョーダン。お休み」


「……ネロの本意がわかんない」


 薄れゆく意識の中、ノエルの呆れた様な言葉が聞こえてきた。

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