第九話 「課外授業」
とはいえ、前世のように努力をしないわけではない。
だって、成績は上位を取らないと生活用品のランクを下げられるわけだし。
真っ当に、公平に、公正に、真正面からバーブレイを叩き潰す。
そのために、まずは意識改善から行くとする。
しかし、前の俺から意識を改善するなんて何をすればいいのかわからない。
ということで、ノエルに手伝ってもらうことにした。
「その意識改善が、私に教えるって……」
「別になんだって良かったんだよ」
「……まあ、昨日の今日で大丈夫そうなのは安心したけど」
現在放課後である。帰りの会も終わっている。
数人の生徒を残して、教室内は随分と閑散としている。
隣に座るノエルは、命令式が理解できないという。
だが、命令式は得意分野。ついでに命令式の概念がない亜人族に俺は教え込んだことがある。
「命令式ってのは、言ってしまえば必要ない」
「……じゃあなんであるのよ」
本当、リリーを相手しているようで助かる。
一度通った道は、先が見えていて安全だからな。
「それは人族のご先祖様に聞くしかない。けど、俺の推測でいうなら、剣技で上回る獣人族や、多民族国家のユートレア共和国に対抗するためだ」
俺は一番後ろの席から立ち上がり、教壇に立って黒板を使わせてもらう。
言葉じゃ伝わらない時は、絵に描いた方が伝わる時が多い。
まず、黒板に棒人間を書き、頭の部分に「人」と書く。
「これが人族」
反対側にも棒人間を書き、同じように頭に「獣」と書く。
「こいつは獣人族」
いいか? と前置きする。
「まず、人族が魔術を放ったとする」
棒人間の手から、一本線を、獣人族の方へ向かって引く。
「それを見て、獣人族は当然避ける。獣人族は、魔力が少ない分、身体能力が高いから、これくらい片手間でやってのける」
ノエルの方を向くと、頷き返してきた。
「でも、人族だって馬鹿じゃない。避けられることを織り込み済みで、魔術を放つ。そうすると、魔術は追尾するように、避けた獣人族を狙い撃つ」
獣人族の棒人間を上に跳ばすようにして書き、それを追うように魔術の線を引っ張る。
「この追尾を可能とするのが、命令式。ここまではわかるな?」
「そりゃ、まあ……」
「なら、必要性もわかるな?」
「うん……」
「だけどそれを覆したのが亜人族だ。その中でも、長命で賢いエルフは、命令式を詠唱に組み込んでしまった」
俺は棒人間の頭の「獣」を消し、「亜」と書く。
「これから亜人族式の詠唱をしてやる。違いは明確だから、気付けないと医者行け」
的は……適当でいいか。
俺は火の玉を作り出し、教室の後ろ側へと飛ばす。火の玉は静止させず、ずっと動かしたままで。
「止まることを知らぬ水流よ、今ここに集え。
前に漂う赤き玉が敵なり。
流れをかき集め、彼の者を撃ち抜け。【アクアボール】」
俺の詠唱と共に、水の玉が、動き回る火の玉目がけて飛来し、追尾して最終的に命中する。
ノエルだけでなく、残っていた数人の生徒もその光景を眺めていた。
「いいか? 命令式が苦手って奴は、物事を2つ3つ同時に考えられない奴だ」
「わ、悪かったわね……」
「けどな、そんなもん慣れりゃどうということはない」
結局繰り返すしかないのだ。
「この亜人族式の詠唱と命令式を極めれば、詠唱破棄は簡単です」
「「「本当っ!?」」」
「お、おぉ……」
ノエルだけから返答が来ると思っていたら、他の残っていた生徒が反応してきた。
……びっくりするなぁ、もう。
いや、そりゃ反応してしかるべきだと思うよ。だって、この国では俺と学園長しか使えないんだから。
だけどね、聞くんなら顔を下に向けなくてもいいんじゃないかな。
「……お前ら、ばれない様に俺の話聞いてたな?」
俺の問い詰めに、気まずそうに眼を逸らす生徒たち。
「別に怒る気はないから。聞きたきゃ勝手に聞いてろ」
他の生徒の試験の点が上がろうと、俺がそれ以上を取ればいいだけなのだから。
俺は黒板に振り向き、
「えーっと、で、命令式か。いいか? 魔術を放つ際、普通の工程は1.魔力を練り上げ、2.放つ魔術の属性に変化させ、3.命令式を組み込み、4.魔術として放つ、だ」
1から4までを書き記す。
「そして、2と3の工程は同時に行う。それに加え、敵も確認しなければならない。だから、頭の中で処理しなきゃいけないことが増えるんだ。わかったか?」
ノエルが若干首をかしげながらも、一応、といった感じに頷く。
他の生徒の方にも目をやるが、同じような反応だ。
まあ、一度に言ったってわかるもんでもないからな。
「続きは明日だな」
「あ、ネロ」
俺がチョークを置き、手を払っていると、ノエルが挙手をした。
言うか少し迷い、うん、と一度頷いて訊いてきた。
「……今日の、一般教養の授業もお願い、していい?」
「…………」
俺の授業が長引いた。
☆☆☆
課外授業を翌日に控えた、午後の戦闘形式の授業。
生徒同士で、動き回りながら魔術の使用、というのがこの授業の主旨なのだが、詠唱破棄のできる俺にはあまり関係がなかったり。
まあ、それでも経験を積む、といった感じで受けているのだが。
俺の番が終わり、ひと段落したので、少し離れたところでクラスメイトの戦闘を眺める。
することもないので、彼らの戦闘を眺めている。
……あの人は命令式が甘いなぁ。
……あいつは動きながら詠唱が下手だなぁ。
とか、いろいろと人間観察もできる。
座り込み、頬杖をついて眺めていると、どこからか窓の開く音がする。
……またか。
「魔導師サマー、サボっていいんですかー?」
間延びした、とても神経を逆撫でしてくる声。
俺はゆっくりとそいつを確認する。
見える先、そこにいるのは当然、バーブレイだ。
まあ、奴の取り巻きも見えるのだが。きっと授業中のくせして席を離れて動き回っているのだろう。
「不良生徒ー、ちゃんと授業うけろよなー」
すっげぇブーメラン使いがここに。
俺は吐息して目を逸らす。
あんな奴に一々構っていられるか。
「なんだよ、その態度――」
バーブレイの声が、途中で切れ、代わりに苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
何事だろうかと、もう一度目を戻すと、俺は思わず吹いた。
グレンが、バーブレイの首を容赦なく締め上げていたのだ。
「貴様、静かに授業も受けられないのか?」
真剣な声音、鋭い目つき、容赦ない手。
……グレンの本気は初めてかもな。
その場にいないので、特に恐怖するでもなく観察していられる。
いつもなら、そろそろフレイヤが止めに入るかとも思うが、出てこないな。
流石のフレイヤもご立腹かな?
バーブレイが泡を吹きそうなほど、顔が青くなってきたところで、口を挟む。
「おい、グレン。そんな奴殺しても、お前の価値が下がるだけだぞ。あと、留置所行きだ」
「……そうか」
俺の言葉を聞き、手を放すグレン。
だが、その行為を咎める者はいない。公爵家だからか、それともみんなバーブレイに良い感情がないのか。
バーブレイは激しく咳き込みながら、こちらを睨みつけてくる。
……言いそうなことは、大方予測できる。
だから、先手を打っておく。
俺は魔術で飛びあがり、バーブレイの居た窓枠にしがみつく。
教室内は、授業中というのにバーブレイとその取り巻きのせいでうまくいっていないようだ。
それに加え、他クラスの俺が現れては、授業にもならんか。
俺は1組の生徒の視線を受けながら、未だに睨んでくるバーブレイを、笑顔を浮かべて言う。
「別に助けたわけじゃない。お前を殺すのは、俺だからな」
俺の言葉に何か反論しようとしたバーブレイだが、また激しく咳き込んでそれは叶わなかった。
「お騒がせしました」
俺はパッと窓枠から手を放し、そこから落ちる。
比喩でもなんでもなく、本当に落ちる。
魔術など使わず、重力に従ってそのまま、真っ逆さま。
地面に激突する瞬間、俺の下に誰かが滑り込む。
「……無理して死のうとする必要ないんですけど」
半目で言ってくるイズモの上から降りながら、背中を軽く払う。
「これくらいじゃ人は死なないよ。悪くて骨折。回復魔法で5秒完治だな」
肩を回しながら、適当に返しておく。
骨折をしたことがないから、5秒で完治するか知らんし。
「これで何度目ですか? 無理矢理に死のうとしたこと」
「さあ? 数えられないくらい?」
「……まだ一桁です。数えておいてください」
既に数えてないのに、今から数えてもどうかと思うんだ。
とは言葉にせず、休憩もそろそろ終わるので白線のフィールドの方へ向かう。
あの夜以来、イズモはよく話してくれるようになった。
良い傾向だと判断できるが、少々突っ掛ってくるような口ぶりになってしまった。
まあ、別に構わないのだけど。俺にとってはこのくらいがちょうどいいのだから。
放課後。
ここ最近……というか、ノエルに放課後教えるようになってからずっと勉強会というか授業をやっているのだが。
生徒が増えた。
正確には、クラスメイト全員が残ってる。
「えーと……お前ら、自分で勉強しろよ」
と毎回いうものの、一向に減る気配はない。むしろ増える。
どういうことなの。なんで増えるの。俺、ノエルには教えてなかった気が……。
「ぱぱが勝手に聞いてろって言ったから」
「そうだな。俺が言ったな。だけどな、イズモ。その呼び方何度注意した?」
イズモの頭をぐりぐりとしながら、教室を見渡す。
……多い。
いや、別に本当に構わないことなんだけども。
クラスメイト全員集合なら、個々に言いたいこともあるし。
「……授業の前に聞きたいことがある。明日の課外授業、お前ら、どれくらい重要視してる?」
聞きたい、ではなく、聞いておかなければならない、が正しいかもしれないけど。
俺の問いを聞き、7組の皆が口々に相談を始める。
漏れ聞こえてくる話声は、特に重要と思っていないもの。
「クラスの結束を固める、とか聞いたけど、実際貴族がいるとそうはいかないし」
「装備などは配られるけど、自前でも構わないって聞いたし」
「森には騎士団や魔術師団が先に入って、強い魔物は掃討するし」
「万が一のラッキーもそうそう起こらないし」
「1組に貴族は集まるけど、それでも実力者はいるわけだし」
つまりは、
「最下位の7組に、万に一つも優勝はない、と」
全員の意見を統合し、俺がそうまとめると、クラスメイトは力なく項垂れる。
……確かに、学園長の言っていた下位クラスが上位に食い込んでくる、とは言ったが、最下位クラスとは言っていないしなぁ。
ただ、やる前からこのモチベーションじゃあどうしようもない。
少しは意識改善を促しておかないとな。
……とはいえ、どういったものか。単刀直入に、課外授業は下位クラスの救済措置だ、と言っても信じられないだろうし。
吐息ひとつ、言葉を決める。
「いいか、お前ら。今年の7組にはチャンスが十分ある」
それは俺だ。
自慢でしかなくなるが、事実に変わりはない。
魔導師、詠唱破棄、命令式の複雑化、魔力総量。これらすべて、学園で俺の右に出る奴はいない。
「だったらなんで7組にいるんだよ、っていうツッコミは、まあ後で聞こう。答えてやる」
さらに言えば、7組にいる貴族は俺とノエルだ。
現状を見てみろ。貴族の俺が教えている授業に、7組生徒全員揃っている。ノエルも、ちゃんと受けている。
「貴族がいるから結束は固くならない、っていう考えは捨てられるだろ? そうなれば、望みくらいはある」
……望みがあるだけなのだがな。
戦闘形式での授業を見る限り、7組の生徒は練度が低い。低すぎる。
「これまで、戦闘授業のお前らを観察して、お前らの弱点や苦手は大体把握した。けど、明日の課外授業には間に合わん。というか、そもそも間に合わん」
1か月くらい間が空けば、もしかすると間に合ったかもしれない。
が、課外授業は明日だ。どうしようもできん。
「だから、望みは次につなげる。お前らが明日の課外授業を受けて、本当に上位に入りたいと思うならサポートくらいはしてやる」
さて、俺のこの宣言にどれくらいの奴が本気になるか。
ならなくたって、俺は一向に構わんのだが。ポイント制とはいえ、1年次は個人戦だからな。
教室を見渡すが、俺の宣言に微妙な表情を浮かべるものばかり。仕方ないか。
俺は一度手を叩いて、話を終わりとする。
「さて、と。今日の補習を始めるよ」
……自分で補習言っちゃった。
☆☆☆
翌日、クレスリト学園の1年次全生徒が校庭に集められていた。
普通の学校の行事のように、学園長の話や注意事項、選手宣誓的なものを終え、クラスごとに森に先導される。
俺はクラスの最後尾を、欠伸をかきながらついて行く。
「眠そうね。わくわくして眠れなかったの?」
隣を歩くノエルが、小さく笑いながら聞いてきた。
「そんなんじゃない。学園長が、挨拶の原稿を手伝えって来たんだよ」
俺が無難な挨拶を書いて渡すと、面白味がないとか言って拒否してくるし。
おかげで納得させるだけの原稿が書き上がったのは夜明け前だ。
しかも、イズモは俺に抱きついたまま寝るし、全く休めなかった。
出来上がった原稿を渡しに行くと、学園長まで寝てるし。
「深夜テンションで書いたせいで、さっき自分で聞いてて耳を塞ぎたくなったよ」
よくもまあ、あそこまで白々しいことを書けたものだ。
ほとんど寝てたけどね。
「それ、大丈夫なの? 魔術って、集中力いるでしょ」
「死ぬことはないだろ。学生が倒せないような魔物は、先に入った団が殲滅してるだろうし」
それに、詠唱破棄だって慣れるものなのだ。
片手間でできるくらいにはなっている。威力はその分下がってしまうが。
先導する担任のミリカ先生がようやく立ち止まる。それに合わせ、全体も立ち止まる。
「これが今日の課外授業の舞台となる森です。森の中の魔物には十分気を付けてください」
それから諸々の説明を受ける。
先頭の生徒が持っている魔法道具は、森の中のチェックポイントを通ってきたかを示すためのもの。絶対に手放さない様に。
もし中で動けなくなった場合は、渡された魔法道具を割る。そうすれば異常事態として、教員がすぐに向かう。
中では、強大な魔物が暴れたのか、木々がなぎ倒されている場所もあるので、そういった魔物と接敵した場合は逃げること。などなど。
……すみません、その強大な魔物ってのは俺です。
まさか、俺が駆け込んだ森が舞台となろうとは……。
「それでは、健闘を祈ります」
ミリカ先生が脇に避け、おっかなびっくりといった様子で生徒たちが森に入っていく。
森の中は、そこまで薄暗くはない。アレルの森よりも明るい。
それだけでなく、小鳥の囀りまで聞こえてくる。なんだこののどかな森。
数分歩けば、生徒たちも慣れたのか軽い足取りに変わる。
少しずつ、縦長の隊だったのが、丸く、団子状になってくる。
「案外、静かな森なのね」
ノエルが辺りを見回しながら、そんな感想を言う。
俺もそれには同意するが、それでもおかしいだろ。
俺が入った時、レッサーデーモンが飛び出したんだぞ? それなのに、ここまで静かなのか?
騎士団や魔術師団が掃討したのは、つい昨日だぞ。それなのに、小鳥の囀りとは……。
俺は不気味なほど様変わりした森に警戒しながら、先を進む。
杞憂で終われば、それでいいんだけども……。
俺の思いとは裏腹に、クラスは順調に進んでいく。
出てくる魔物も、ほとんどがラビット系やスライム系。そこまで好戦的ではない魔物ばかりだ。
それらを落ち着いて、といよりかは油断しまくって詠唱し、蹴散らしながら進む。
どの基準で魔物を掃討したのかは知らないけど、これはこれで弱すぎないか……?
チェックポイントにはクリスタルが置かれており、それに最初に受け取った魔法道具をかざすことでチェックとなる。
チェックポイントは全部で5つ。そのうち、4つ目を通り過ぎた頃。
その魔物は現れた。
最初は、前方にいた生徒の声。
お、という発見の声に続いて詠唱の声が聞こえてきた。
俺は後方にいたので、どんな魔物か確認できなかった。が、する必要もなかった。
っしゃ、という倒した声が聞こえてきたが、次に聞こえてきたのは足音ではない。
どよめき、ざわめきといった声だ。
その声はしだいに生徒全体に広がり、悲鳴や叫び声を上げる者まで出てきた。
事態の異常さに気付き、俺が急いで前に出ようとしたとき、前方の生徒が宙を舞った。
視線を一瞬上に向けるが、すぐに前に向ける。
攻撃が来ていた。それは、巨大な尻尾で、既に目の前にあった。
「【バーンフレイム】!」
その尻尾に、防御の構えを取るよりも攻撃を選択し、拳を叩き付けると同時に爆発が起きる。
尻尾は宙を綺麗に舞い、地面に落ちた。
すぐに視線を尻尾から外し、本体の方へと向ける。
そこにいたのは――
「……おいおい、お前は本当に初めて見るぞ」
口端が吊り上るのを自覚しながら、その魔物を見る。
魔物は、一言でいえば蛇だ。
だが、その体長は、尻尾を切ったにも関わらず10mに届きそうだ。
……いや、魔物じゃないな。
それは、その蛇の後ろを見れば一目瞭然だ。
大量の、魔物を従えて、その魔物の前にいる。
「魔獣……か?」
問いかけるも、返ってくる声はない。
……おかしいな。ジギルタイドは返事をしたし、そもそも戦闘にすら発展しなかった。
だが、蛇はその目に俺を捉え、爛々と赤く輝かせている。
「ノエル、他の生徒連れて逃げろ」
俺は蛇から目を離さず、後ろにいるであろうノエルに声をかける。
「……ネロは?」
「お前、こういう時こそ魔導師サマだろうが」
実際、魔導師らしいことをしていないし、それに他の生徒が戦って勝てるとも思えない。
魔獣の蛇以外にだって、その後ろにはレッサーデーモンなどの魔物もいる。
……掃討に入った騎士団とか、訴状だすぞ、おい。
「イズモ、剣」
俺は隣にいるイズモに手を出す。
あの夜、イズモは俺を守るとかで武器が欲しいと言ってきた。
ちょうど、ナトラからもらった剣を使っていなかったのでイズモに渡していたのだが……。
「はい。……でも、必要ですか?」
「当たり前だ。手数は多い方が良いに決まってる」
イズモから剣を受け取り、下がるように命令する。
蛇はちろちろと舌を出し入れしながら、こちらを窺っている。だが、襲ってくる気配はない。
それは、俺以外を逃がしてくれるというのだろうか。
ノエルとイズモが、他の無傷や軽傷の生徒と一緒に逃げていくのを、気配だけで感じ取る。
「死なないでくださいよ!」
「努力するけど負けたら死ぬ」
イズモの声にそう返しておき、蛇に集中する。
……戦える味方は多い方がいいか。
「【サモン:ブラック】」
召喚魔法を使い、実体のグリムを呼び出す。
「……ふむ、面倒な場所に呼んだものだな」
「うっせ。どうせずっと見てたんだろうが」
「まあ、そうだが」
だったら、つべこべ言わず手伝えってんだ。
「蛇は俺がやる。お前は魔物を狩れ」
「了解した」
グリムはその手に持つ大鎌を振り上げ、後ろに控える魔物に一直線に向かっていった。
だが、そんなグリムを蛇は一切気にせず、俺を、俺だけを視界にとらえている。
……なんか、気持ち悪い。
「【イビルショット】」
黒の球が浮かび上がり、その直後に、蛇の頭めがけてレーザーのように伸びる。
蛇は、身をくねらせて俺の攻撃を避け、大口を開けて襲い掛かってくる。
蛇の攻撃をバックステップで回避し、火球を作って飛ばす。が、蛇はそれを尻尾で防いだ。
「尻尾!? 吹っ飛んだはずじゃ……」
俺はそう思い、尻尾が飛んで行った方角を視界の隅で確認する。
結果、そこには確かに吹っ飛ばした尻尾があった。つまりは、再生したわけだ。
「面倒臭ぇ……!」
吐き捨て、構えなおす。
それと同時に、蛇の体がたわみ、力を込める。
「――!」
蛇の咆哮。それは初めて聞く、奇怪で不気味なものだった。だが、その咆哮は空気を震わせ、俺へと一直線に飛んできた。
咆哮と同時、たわんだ体を一気に伸ばして飛びかかってくる。
俺は斜め前へと踏み出し、半身になりながら蛇の突進を回避。蛇はそのまま、俺の後ろの大木に激突する。
半身になった体を反転させながら、剣を持った腕を振り被り、蛇の頭に向かって投擲する。
蛇は難なく躱してみせ、俺の剣はその大木に突き刺さる。
「【アースロック】」
唱えた瞬間、蛇の両側から大地が隆起し、その頭側半分ほどを覆い隠す。
……魔力を込め、強めに拘束をしたから、簡単には抜け出せないはずだ。
俺は拘束した蛇に、警戒を怠らずに近づき、大地部分に登る。
その上に立ち、腕に紫電を走らせる。腕にまとわりつく紫電をそのまま、手刀を作って体の半分辺りに向かって縦横無尽に振るう。
紫電が勢いよく伸び、蛇の体を半分辺りから切り刻まれる。
鮮血が飛び、肉片が飛び上がる。鮮血からは、毒でも含まれているのかじゅうじゅうと音と煙を立てている。
蛇の上から飛び降り、その蛇の眼に生気がないことを確認する。
……あれ? なんか、頭部が小さい? そんなことないか。
「ふぅ……」
一息つき、グリムの方へと目を向ける。
そちらはまだ終わっておらず、グリムが大鎌を振り回している姿が見える。
そちらに向けて、駆け出そうとしたとき、後ろで何かが蠢いた。
……おいおい待て待て。体は切り刻んだ。生気がないことも確認した。そこから、再生するか?
「するんだよなぁ……」
振り向き、蛇が復活しているのを見た。しかも、頭部側から尻尾側が生えたのではなく、尻尾側から頭部側が生えていた。
俺は先ほどよりも深い息を吐き、周りを素早く確認。
……再生の基準となる体は、半分にした時にでかい方、か。
頭部が小さくなっていたのは錯覚ではなく事実。ということは、こいつは小さくもなれる……?
そりゃそうだろうな。こんなでかい蛇、いくらなんでも騎士団が見逃すはずがない。
「【花火】」
俺は片手に花火玉を作り、キープする。爆発はまださせない。
蛇が挑発するように舌を出し入れするが、俺は近づかずに後ろに下がる。
それを見た蛇は、大口を開けて俺へと襲い掛かってくる。
蛇は手足がない分、攻撃のバリエーションが少なくて助かる。突進か噛みつきの二つしかない。
大口を開けた蛇に向かって花火玉を投げ込み、すぐに大跳躍で上に回避する。
俺の下を、蛇が物凄い速さで駆け抜けていくが、5秒ほどすると腹が中から爆発する。
腹が爆発した蛇に向かって、手を振り被る。今度は再生されないよう、縦に斬る。
「【一刀両断】」
手を振りかざすと同時、先ほどとは違い、撃ちだされるのは風の刃だ。その刃に、紫電がまとわりついて蛇を縦に両断する。
着地し、ダメ押しとして頭に、バーンフレイムを込めた拳を叩き込んでおく。
頭は爆散、体はズタズタ。流石にもう再生はされないだろう。
……なんか怖いから燃やしとくか。
火魔法で蛇を燃やし尽くし、剣を大木から抜いてグリムの方へと向かった。
☆☆☆
グリムと一緒に魔物の掃討をし、クラスメイトが逃げたであろう方へ歩く。
特に負傷はしていない。魔力残量も問題ない。眠気も蛇のおかげで覚めた。森を抜けるのは、俺一人なら簡単だ。
「けど、俺も詰めが甘いなぁ……」
課外授業は個人戦ではなく、団体戦。クラス対抗戦。つまり、クラス全員で出てこそ、評価される。
蛇に巻き上げられた生徒は、それなりの高さを舞ったし、怪我や心が折れて動けるかわからない。
まあ、蛇やその配下の魔物を狩るのに時間がかかり過ぎたし、どうせ今から頑張ったって最下位間違いなしだ。
数分歩を進めていると、ようやくクラスメイトが固まっているのが見えた。そこは、俺が荒らした場所。あちこちの木々がなぎ倒されている。
最初にこちらに気付いたのは、イズモだった。イズモは、俺に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「一切なし。魔物程度に死ぬ気はないよ」
心配そうに聞いてくるので、強がりも含めて返しておく。魔獣程度には死ぬ気があるかもだけど。
俺は生徒の中にノエルを見つけ、そちらに近づく。
「ノエル、魔法道具は?」
「……割ったわ」
「正しい判断だ」
雰囲気からして、もう動ける状態じゃない。全員が全員、首を垂れて俯いている。
そりゃ、怪我した生徒を元気な生徒が運べば、どうにかなるかもしれない。だけど、あんな魔物の大群に出遭っては、その気も失せるだろう。
それに、今更抜けたところで最下位は確定。どうしようもない。もう一つ言えば、ここで棄権した方がまだ望みが繋げそうだし。
……って考えてしまうのは、ラノベの読み過ぎだろうか。
俺は倒れている木にもたれ掛りながら座り、教員を待つ。
すると、イズモが隣に座ってくる。
「イズモ、剣ありがと」
「元々ぱぱのです」
「そうだな。俺は呼び方を諦めんぞ」
どれだけ言えば聞いてくれるのだろうか。
吐息ひとつ、空を仰ぐ。出発したのは午前中だし、昼前には抜けられるコースのはずだ。位置がわかっているなら、そこまで到着に時間はかからないだろう。
と、その時、足音が聞こえてきた。
来る方向に目を向けると、現れたのは見慣れた教員が二人。
「学園長直々にお出ましですか」
「君のクラスがリタイアだと聞いて、異常だと思ったんだ」
学園長は、少しだけ上がった息を整えながら、そう返してきた。
もう一人は担任のミリカ先生だ。
二人は生徒の安否確認を素早く行い、出口へと案内を始める。
案内はミリカ先生に任せ、学園長が俺に近づいてくる。
「いったい何があった?」
「蛇。それとレッサーデーモンその他魔物の大群だな」
俺の答えを聞き、学園長は常備の扇子を口元に当てる。
「そんなはずはないだろう? レッサーデーモンなど、騎士団が入った際に最も早く狩られる魔物だぞ?」
「事実だ。ノエルも見たし、他の連中も見てる。騎士団に苦情入れとけ。死体の山はあっちだ」
グリムと一緒に魔物を狩った方角を差す。
学園長はそちらの方角を見て、一つ頷いて俺に目を戻した。
「それと……蛇とはなんだ?」
……やっぱ気づくか。
意図的ではあるが、それでも察するのか。
「そのまんま、蛇だよ。ただし、伸縮自在、高い再生能力、体液に毒らしきものあり、のな」
「そんな魔物、聞いたことも……いや、一度だけ、王妃から聞いたことがあるな」
「アレルの森、ですか?」
「……君はいったい、どこまで、何を知っているのだ?」
そうですねぇ、と前置きをする。
別に、魔獣について語ったって構わないのだが……タダで渡す気にもならんな。
「ただの推測ですよ。アレルの森はトロア村に接してましたし、父さんは守護騎士。一個師団でも勝てない魔物がいる、って聞いたことがあるだけです」
「……まあいい。絶対に聞き出してやるからな」
フッ、と息を漏らし、学園長は背を向けた。
俺はもたれている木を使いながら体を反らし、柔軟してから立ち上がろうとする。
その時、足元に何かが這っているのを見た。それは舌を出しながら俺を見つめてくる。胴長で手足のない爬虫類の、
「蛇?」
俺がつぶやくと同時、その蛇が大口を開けた。
「ね、ネロ! そいつがさっきの大蛇だ!」
「え?」
前方に、まだ残っていた軽傷の生徒がそう叫ぶ。が、その数瞬前に、蛇が、口から何かを吐き出す。
それは的確に、俺の眼へと飛び、
「――っがああああああああああ!!」
左目に直撃し、激しい痛みが走った。左手で目を抑えながら、絶叫する。
誰かが駆け寄ってきて、肩を揺らしてくるが、俺はそれを払いのけ、残った右目で蛇を探す。
近くの茂みへと這っていく蛇を捉え、手を伸ばす。
当然、届くはずがない。だけど、手で掴もうなんて思っちゃいない。
詠唱することなく、俺の手から蛇に向かって黒の線が一直線に伸びた。その黒線は蛇を貫き、動きを止める。
だが、そこで安心することなく、俺はすぐに飛びかかって、バーンフレイムを込めた拳で数度叩き付ける。
……くそ、頭吹っ飛ばして、燃やして、そこから再生かよ!
血液まで蒸発させ、今度こそ、三度目の正直だ。
俺は荒くなった息をゆっくりと整えようとする。
「ぐっ……!」
が、左目が先ほど以上の激痛を放ち始める。
……毒でも吐いたのか? ああ、くそ! 痛みのせいで魔力が制御できない!
「ネロ! ネロ、聞こえる!?」
「うるっさい! 聞こえてる!」
痛みに耐えているというのに、耳元でノエルが叫んでくる。だが、俺は痛みに耐えるのに集中したいのだ。
「少し落ち着け。……眼か? 見せてみろ」
学園長に言われ、俺はゆっくりと左手を放す。学園長は指で俺の左の瞼をこじ開け、瞳を見る。
だが、俺に見えているのは右目の視界だけだ。つまり、左目は光を失った。
「……いや、違う。これは……なんだ?」
学園長の手に魔力の光が宿る。その光は、ゆっくりと俺の左目へと移動する。
だけど、左目の激痛は収まらない。
「痛みは?」
「……まだする」
「今のは解毒魔法なのだが……効いていないのか?」
なら、毒じゃないのか?
いったい、蛇は何を吐いた? あの魔獣は、俺に何をした?
わからない。わからないが……、あの蛇は本体じゃないはずだ。魔獣とは会話できるはずだが、言葉すら通じていなかった。
黙っていた、という可能性もあるが、それは低いだろう。ジギルタイドのように従順じゃない魔獣だったとしても、何か反応があっていいはずだ。
そして、本体はきっとアレルの森にいる。アレルの森にいる、以前報告を受けた魔物こそが、本体の魔獣だろう。
確証はない。だけど、アレルの森は以前から危険視されていた森だ。その原因が魔獣であることは、充分あり得る。
だとすれば、あの蛇は分身だ。使い捨てにされても構わないような、分身。
……もし、あの蛇の本体がいくらでも分身を作れるとしたら、デトロア王国内の魔物が棲むような場所にはすべている可能性もありそうだ。
「とりあえず、応急処置だけでもしておこう。学園に戻れば、まずは保健室に行け」
「わかりました」
左目に包帯を巻かれ、一旦森を出ることになった。
森を抜け、学園へと戻る。学園には、既に森を抜けて課外授業を終えているクラスが集まっていた。
生徒の塊は6つ。俺たちのクラスを含め、ちょうど7つだ。
1組の傍を通る際、お約束のようにバーブレイが突っ掛ってきた。
「おやおやぁ? 魔導師サマ、どうして包帯なんて巻いてるの? ねぇ、なんで巻いてる――」
付き合う暇もなければ余裕もない。生きている右目だけで、殺意を込めて、本気で睨みつける。
バーブレイは、俺の眼を見た瞬間に竦み上がり、一歩あとずさった。
それを見ても、俺は構うことなく前の生徒について案内されるクラスの位置へと戻る。
聞こえてくるのは、相変わらずの嘲笑ばかりだ。それらを聞き流すが、それでも悔しさは込み上げてくる。
6組の横に並び、閉会式のようなものが開かれる。
その壇上で、学園長から7組の棄権は順当なものだと、仕方のないものだと主張していた。ポイントも、今回は全クラス、順位関係なく配布されることとなった。
それに巻き起こるブーイングなども、耳には入ってこなかった。
☆☆☆
閉会式の終了後、保健室へと向かったが、治療の余地がないと言われた。
激痛以外は特に何も起こることはなく、経過を見るしかないと告げられ、帰された。
クラスに戻り、帰りの会が終わった後。クラス全員が教室に残り、俯いて考え事をしていた。ちょっとしたお通夜状態だ。
……なんでこいつらは帰らないのだろうか。今日は俺の補習を受ける気もないだろうし。
なんてことを他人事のように考えながら、俺は帰る準備をする。
「ねぇ、ネロ……」
「何?」
隣に座るノエルが、か細い声で訊いてくる。
「……何とか、してよ」
「どうして、何を、どうやって?」
クラスの奴は、7組だからと上位に行くのを諦めている。
どうせ、何をやったって、どうなろうと、彼らは言い訳し、諦めている。
そんな奴らを、俺がどうして、何を、どうやって、……何とかしろというのか。
ノエルは俺の返答を聞き、大きく息を吸い、俺を見てくる。
その目には涙を溜め、その口は小さく震えさせ、何かを訴えてくる。
口を開きかけ、喉に躓き、言葉は出てこない。
「わかんないよ……だけど、このまま終わりたくもないのよ……!」
それだけを何とか口に、言葉にして、俺に伝えてきた。
……俺だって、このまま終わりたくはない。
だけど、突き詰めればこのクラスとは、1年間でお別れだ。学園長にでも頼めば、また7組に入れるかもしれない。だけど、俺はもうそんなことをしない。
深いため息を吐き、立ち上がる。向かう先は教壇の上。教卓の前。
そこに立ち、教室を見回す。数人の生徒は、俺がここに立ったのを、頭を上げ見てきている。
立ったはいいが、何を、どういうべきか。
……わかるわけがない。
だから、思いつくままに言えばいい。
「今日、リタイアした理由はなんでしょう? ――答えは油断と諦めです」
問いかけておきながら、答える暇を与えない。
だって、どうせ分かっていることだからだ。
「お前らは油断し、諦めていた。俺も同じだ。油断して、怪我をした。諦めて、頑張らなかった」
俺もクラスの連中も変わらない。油断し、諦め、頑張らなかった。
頑張らなくても上位をとれるような奴は少ない。まして、最下位のこのクラスが頑張らずに上位に行くなんてありえない。
「……次はトーナメント。個人戦だ。課外授業は4か月後。もし、次、1組に勝ちたいと思うなら、手伝ってやる」
言うが、返ってくる言葉はない。皆俯き、その表情はうかがい知れない。
「一週間後、放課後に聞く。お前ら全員の総意で決めろ。一人でも嫌がる奴がいたら、俺は俺でやらせてもらう」
「一週間もいらねえ」
返答が来たが、皆が皆、俯いているせいで誰の返答かわからない。
それでも構わないだろう。誰が言おうが、総意に変わりがない。
「ネロ、お前は俺たちに命を張って助けてくれた。お前のことなら信頼できる。貴族でも、信頼できる」
「だから、ネロなら私たちを上位に連れて行ってくれるって、信じる」
「7組のままでいいわけがない。6組にすら笑われる、7組なんて嫌だ」
言い終えると同時、全員が顔を上げた。
俺はその全員の顔を眺め、笑う。
「……いいだろう。なら、手伝ってやる。4か月後、楽しみにしてろ」




