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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
学園編 学園の魔導師
38/192

第五話 「思い出の人物」

 そして、昼休みに入った。

 俺はイズモを連れて食堂へとやってきた。


 確か、西側が魔術師で東側が騎士だったっけ。

 ……うん、確かに綺麗にわれている。


 魔法学校と騎士学校の制服はデザインが違うので、見分けはつけやすいのだが……。

 西と東のちょうど真ん中に配置されたテーブルが境界線であるかのように、きれいに割れている。


「……ここまで露骨だと、いっそ清々しいな」


 俺は二人分の昼食を運びながら、誰にともなくつぶやく。

 この声はイズモには届いていなかったようだ。


 しかし、来るのが少し遅かったのだろうか。既にテーブルが埋まりつつある。

 三階まであるようだが、そっちはいろいろとごたついている。きっとランク上位陣が使っていたりするのだろう。

 ていうか、そこまで上るのも面倒くさい。


 俺は吐息ひとつして、中心のテーブルに向かう。


「あ、おい」


 すると、上級生に呼び止められる。

 特待生のネクタイは共通らしいが、一般生徒はネクタイの色で学年が分けられる。

 ネクタイの色が緑なので、きっと2年だ。


「何か?」

「あ、えっと……そっちは騎士連中の席だから」

「いえ、中心のテーブル使うだけですから」


 その人は俺のネクタイを見て一瞬だけ戸惑った様子を見せたが、ちゃんと注意をしてくれた。


 だが、俺はそれだけ答えると、あとの呼びかけは一切無視する。

 すると、周りにも反応が現れてきた。


 こちらを指差してひそひそ話の始まりだ。おい、陰口っぽいからやめろよ。泣いちゃうだろ。


 それでも俺は特に気にすることなく、中心のテーブルにつく。

 隣にイズモも座る。


 うん、いいな、この席。とっても静か。

 周りの視線が少々ひどいが、我慢すれば何ともないな。スルースキル舐めんな。


 俺はパンを千切ってシチューっぽいものにつけて食べる。

 イズモも真似しながら食べている。


 ……シチューって牛乳入ってるよな。調理すりゃ飲めるし食えるのか。

 ただの飲まず嫌いか。


 とか、そんな感じでイズモを観察していると、向かいの席の椅子が引かれる音とお盆が置かれる音がする。

 ちらっと前を見て、注意してやる。


「騎士様はあっち」

「貴様も魔術師だろうが」


「俺をそこらの有象無象と一緒にすんな」

「その言葉、そっくりそのまま返す」


 まったく、こいつはなんでここまで喧嘩腰なんだ。


「少しは変わったかと思えば、相変わらず過ぎて泣けてくるよ、グレン」

「貴様は変わりすぎて誰だかわからんな」


 俺は視線を前へと向ける。

 そこにいたのは、初めて王都を訪れた際に初めて喧嘩をした貴族様。


 グレン・レギオンがそこにいた。


 グレンも周りの反応を無視して俺の前に座り、昼食を食べ始めた。

 グレンは俺の期待を裏切らず、イケメンに成長していた。チッ、飯が不味くなる。


「何の用だよ、グレン。新手の嫌がらせか? 振られたのは俺のせいじゃないだろ」

「貴様の方が嫌がらせだろうが。それに、何年前の話を持ち出している」


 グレンのネクタイは白地に黄色で菊が刺繍されている。

 ……あん?


「お前、騎士じゃないのかよ?」

「どちらにも籍を置いている。珍しいパターンだな」


「騎士家系なら、騎士学校だけで十分だろうに」

「……貴様に負けたくないんだよ」


 はあ? こいつはいったい何を言っているんだ?

 俺に負けるって、そもそも俺は騎士ですらないんだから同じ土俵に上がらないだろ。


 いや、そりゃダークエルフのラトメアやリリーに鍛えてもらったり、ネリ相手に剣術やってたけど。

 それでもこいつと同じ土俵にいるとは思えんが。


「まあ、別に俺のことじゃないからどうでもいいが。せいぜい器用貧乏にならないよう気を付けるんだな」

「言われなくてもわかっている」


「で、俺に負けたくないってどういうことだよ」

「魔導師として、だ」


 ……そりゃまた……面倒な奴を選定したものだ……。


「うわー……超やる気失くすー……グリムー、諦めていいかなー?」

「何を言う、主よ。その程度で諦められては困る」


 グリムがフッとあらわれてくるが、周りは騒がない。つまり周りには見えていないのだろう。

 ていうか、困るとか言われても俺が困る。お前は何に困るんだよ。


 こいつにはそれなりの常識があるようだ。姿を消しているようだし。

 だが、グレンには見えるのかグリムの方を見て目を丸くしている。


「き、貴様……もう召喚できるのか……?」

「当たり前だろ。魔導師として、俺と同じ土俵に立つことすらおこがましいわボケ」


 俺は余裕の笑みを浮かべて言ってやる。


 大体、グレンの髪は金色のままだ。感情が溢れていないのだ。

 そんな奴に、世界を憎悪する俺が負けるわけがない。

 ……自分で言って恥ずかしくなるとは。


「く、くそ、だが剣術なら」

「剣術単体なら、案外強いよ? ダークエルフ直伝だからな」


 基礎はナトラの護神流だが。

 それでもダークエルフの、戦場の剣術を習っている。ダークエルフにも、リリーだけど勝ったし。


 騎士になる気はさらさらないので、剣術単体だ。


「なっ!? ずるいぞ貴様!」


 グレンがいきなり拳を机に叩き付けながら言ってくる。

 けど、ずるいってお前……。


「ずるいも何もあるか。大体、俺はお前と競争も勝負もしていない。俺の不戦敗でいいだろうが」

「そんなもの認めるか!」


 認める認めないの問題じゃないと思うんだが。

 まず、俺が勝負に乗っていない。勝手に向こうが言い出したものだ。


「そんなに言うなら、今からでも習いに行け。そして殺されろ。敵国の人間、それも境界線の領主の跡取りだってな」

「ぐく……貴様、わかって言っているのか?」

「知るかよ。亜人族にも優しい奴はいる。そいつに運よく巡り合えば、習えるかもな」


 俺は拾われたのだけど。ホント、良い家族に拾われたよ。

 ていうか、エルフの里のほとんどが良い人だよ。領主除いて。リリーに手を出したエメロアだけは許さん。


「お前な、そうやって亜人族をいつまでも敵として見るからそうなるんだよ。もっと柔軟な思考しろ」

「は? 何を言っている。戦闘民族のダークエルフに教えてもらったのはうらやましいが、獣人族も亜人族も、人族の敵に変わりはないだろうが」

「……」


 なんと俺様主義なのだろうか。バカなのか? バカなんだろうなぁ。

 こういう奴がずっと国のトップにいるから、いつまで経っても国同士の仲が悪いのに。


「お前、今すぐ公爵やめた方が国のためだと思う」


 半目で言うが、俺の言葉なんてどこ吹く風で昼飯を食っている。

 まあ、俺の言葉なんか聞くわけないか。

 そもそも、俺なんて生粋のデトロア王国民からみたら非国民でしかないのだ。


 ため息一つ吐いて、俺も自分の昼飯を食おうと思った矢先、


「あら、グレンではありませんか」


 また、新しい声が聞こえた。

 目を向けると、そいつもグレンと同じネクタイ、つまり王妃の招待された生徒だった。

 そして、なぜか食べかけの料理を乗せたお盆を持っている。


「フレイヤ様? どうしました? 上で食べると言っていましたが」

「上はつまらないのです」


 フレイヤと呼ばれた女生徒は、グレンの隣に座りながらそう答えた。

 薄い金色の髪、同じように金色の目。ティアラっぽいものを頭に乗せ、従者らしき人を、見ただけで5人はつれている。


「……誰だよ」


 顔を背け、独り言のように言ったつもりだったが、グレンがすごい勢いで反応してきた。


「はあ!? 貴様、フレイヤ様を知らないのか!?」


 グレンの叫びのような声に、周りも騒ぎ出す。

 ……何、この騒ぎ様は。どこぞのお姫様ですか?


「デトロア王国第一王女のフレイヤ・デトロア様だぞ!?」

「誰だそれ。知らん」


 いや、今第一王女っていったな、今。本物の姫様だった。


「貴様、それは失礼だぞ!」

「知るかよ。王族に興味ないし、王都に来たのは小さいころに一度だけだ」

「それでも知らないことはないだろう!?」


「いや、知らないから。何をそこまで騒ぐんだよ、うるせえな。大体、俺はほんの四日前まではユートレア共和国にいたんだぞ」

「だが、それでも――」


 なおも食い下がってくるグレンを、フレイヤが止めた。

 フレイヤは、知らないと言ったにもかかわらず微笑を浮かべている。

 ……ふむ、フレンよりかは人間ができているのか。その笑顔が黒くないことを祈っておこう。


「わたくしはデトロア王国第一王女のフレイヤ・デトロアと申します」

「そうだね。さっきグレンが言ってたけどね」

「あら、そうでした」


 ……天然なの?


「でも、わたくしはあなた、ネロ・クロウドのことをよく知っているのですよ?」

「……知ってて何になるってんだ」


 そりゃ、王族だったら俺が魔導師だってことくらい知っているだろうけど。


「で、姫様はなんで有名なの?」

「それはですね……あ、ちょうどいいところに」


 そういうと、フレイヤは立ち上がって俺の後ろに向かって手招きを始めた。


「ノエル! ちょっとこっち来るのです」

「フレイヤ様、このようなところで大声は……」

「少しくらいいいじゃないですか。ノエル、ほら早く!」


 グレンが大声で呼びまくるフレイヤを窘めようと必死だ。ていうか、従者も助けてやれよ。


 ……ていうか、ノエル?

 俺はフレイヤの向いている方へ視線を向ける。


「なんですか、フレイヤ。あまり大声を出さない様に言われているでしょう?」


 困り顔の……見覚えのない女生徒が近づいてきた。


「ほら、あなたのよく話してくれたネロ・クロウドです」

「は? ネロ? あの子って今行方不明じゃ……」


 その女生徒は、フレイヤの指し示す俺の方へと視線を向けてきた。


「……え?」


「……え、こいつノエル? ねえ、グレン、こいつノエル? え、本物?」

「……本物だよ」

「え、嘘? ホントに? ホントに、お前が振られたノエル?」

「そうだよ! 俺が振られたノエル・ウルフディアだよ!」


 逆ギレしながら、グレンが怒鳴りつけるように言ってきた。


 全く面影無いんだけど。

 いや、よく探せばあるな。輝くような銀髪に、満月のような金色の瞳。


 だが、それ以上に目を引くのは、何と言っても背中から生えた小さな翼だ。

 イズモの悪魔のような翼とは正反対の、天使のような翼。


 確か、天人族の翼は魔力を込めることで大きくなり、その翼で飛べるんだっけ。

 魔人族も同じように、魔力を込めて翼で飛べるはずだ。


 しかし、天使のような翼は天人族の証のもののはずだ。俺が気付かないのも仕方ないだろう。

 だって、ノエルは人族だと思っていたのだから。


「ね、ろ……?」


 ノエルは見開いた目で、俺を頭から足先まで見て、呟いた。

 ……今日は厄日だろうか。



☆☆☆



 ノエルはなぜか赤い顔をしたまま、空いていた俺の隣の席に着いた。

 ……なぜ赤い。俺、怒らすようなことしたかな?

 したな。うん、数多くしたな。初めて王都に来た時、いろいろと言ったな。


 まさかのここでその仕返しが来るのだろうか。成長して、あのころの恥ずかしさを思い出しているのだろか。

 やばい、怖い。俺、明日生きてるかな?


 グレンも、ノエルがいることに不満なのか不機嫌顔だ。


「では、わたくしが有名である説明をします」


 が、周りの空気を一切気にせず、フレイヤは語り始めた。

 ……天然だ。


「まず、お父様であるデトロア王は、ヴァトラ神国とさらに仲良くなるため、ある提案をしたのです。それが、王女の交換です」


 俺はバッと横のノエルに顔を向ける。

 ノエルが王女だと……!?


「……な、何よ」

「……両手にフランクフルトが懐かしい」

「う、うるさい! 昔の話禁止!」


 ノエルは叩いてきながら、そんなことを言ってきた。

 なぜだ。別に子供だったんだから恥ずかしがることもでもないだろうに。


「姫様、気にせず続けて」

「あ、はい。それで、わたくしとノエルは物心つく前から、お互いの国の、王族ではなく一つ下の位の家に、それぞれ預けられたのです」


 ……なぜ王族が育てないのだろうか。

 まあ、実の子の代わりってのが、王族には受け入れられなかったのだろう。

 変なところでプライド高そうだし。


「ですが、ノエルが暗殺者に襲われるという事件が起きたのです」

「ああ、逃げ足自慢のキツネか」


 こうなると、ナトラのまじめさが功を奏したな。

 ……だから王は血相変えて犯人捜しをしたのか。そりゃ、親交を深める目的でお互いの王女を交換したのに、殺されたら最悪になるな。

 それでなくても、体裁とかもあるのだろう。


「……知っていたのですか?」

「はあ? 知ってるも何も――」

「わ、わー! フレイヤ! つ、続き続き!」


 ノエルが手をぶんぶん振り回して俺の発言を止める。

 ……なんとも典型的な止め方だな。

 まあ、そこまで言われたくないなら言わないけど。


「姫様、続き」

「はぁ……。えっと、それでヴァトラ神国から交換を取りやめようと言われ、それを承諾したのです」


 なるほど。つまり、フレイヤはヴァトラ神国にいたということで、それを新聞か何かが大々的に報じた、といったところか。


 俺はノエルの方へ顔を向ける。


「何?」

「……なぜまだいる?」

「そ、それは――」


「ノエルは留学ということで、また戻ってきたのです」

「そう! そうなのよ!」


「ということで、って言ってただろ。真の目的はなんですか? ん?」

「あ、あー、えっと……」


 問い詰めるように訊いてみると、途端にノエルが目を泳がして焦り始める。

 ……いや、言いたくないなら言わなくていいけども。


「まあ別にそこまで知りたいことでもないけど」

「えっ!?」

「えっ」


 ノエルが俺の方へ向いて、目を見開いて驚く。

 え、なんで驚くの? 言いたくないなら言わなくていいのに。


 ノエルは俯いて聞き取れない小声でごにょごにょ言い出したが、まあいいだろう。

 フレイヤもそんなノエルを見て満面の笑みを浮かべている。


「そういえば、貴様、フレン様に随分と失礼なこと言ったようじゃないか」


 グレンがいきなり、喧嘩でも売るかのような迫力で言ってきた。


「あん? 失礼なこと?」

「そうだ。フレン様に人を殺すのはできるかできないか、などと言ったらしいじゃないか」

「……それの何が失礼なんだよ」

「一国の主が人を殺すことなど、今のこの国ではほとんどないことだ」


 ……だから、できなくていい、と?


「だったら、その王子様は他国が攻めてきた時、どうするんだ?」

「なに?」

「もし、ゼノス帝国が本気で攻めてきたらどうするんだ?」

「……もしもの話として答えるなら、お前は一国の主が先陣切って出るとでも言うのか?」


「あー、なるほど。お前、王子様をお飾りに作り上げたいのか」

「なんだその言い草は!?」

「それから傀儡人形にでもするか? 後ろで黒幕張って、国を動かすか?」


 低く笑いながら、そう訊く。

 グレンの手が伸び、俺の胸倉を掴んでくる。

 そのせいか、周りも騒然としてくる。


「グレン、少し落ち着きなさい」

「ね、ネロもほら、謝ろう?」


 フレイヤとノエルが仲裁に入ろうとするが、グレンは聞く気がない。俺だって、謝る気はない。


「俺が言いたいのは、そのような汚れ役は俺たち下の者の役目だと言っているんだ」

「そりゃ、大層なご身分で。俺は小市民だから、自分の身は自分で守るしかわからないんだよ。自分の後始末くらい、自分でする。そういう意味だ」


「……貴様のせいで、フレン様が人殺しの極意を教えろとか言ってきた」

「ほう、王子様も馬鹿だな。お前、綺麗事並べてるけど、人殺したことないだろ」


「貴様はあるとでも?」

「あるよ」

「自慢気に……!」


 グレンは怒りの形相でそういうが、その言葉には流石に黙ってはおけない。

 俺はグレンに頭突き一発食らわせ、手が緩んだ隙に、今度は俺が胸倉を掴みとる。


「自慢じゃない。人殺して自慢するのは、イカレてる奴だけだ」

「貴様……!」

「……ダメだな」


 俺はグレンから手を放し、椅子に座る。

 あの時のように説教しようかと思ったが、俺ができる立場じゃないな。


 俺は帝国の兵士を焼き殺した。それはノーラの敵討ちなどではなく、ただの八つ当たりだ。

 兵士の死に責任を持つほど素直じゃなければ、割り切るほどの度胸もない。


 だから、俺が死をどうこう言う事はできない。


「わかったよ。王子様に取り消しって言っとけ。あ、でも俺を殺しには来いとは言っとけ」


 グレンは説教が来るとでも思っていたのか、間抜け面を晒している。

 俺は一息吐いて、すっかり冷めてしまった昼飯を食べ始める。


 フレイヤはグレンに対して厳しい視線を送っているが、ノエルはほっと胸をなでおろしていた。


「……って、ネロ? 殺しに来いって何?」

「あん? いや、王子様が俺を王の敵とか言って処断しにきたけど、返り討ちにあって悔しそうにそういってきた」


「それを受け入れた、と?」

「そうそう。ちょうど死にたいとか思ってるから都合よかった」

「良くないでしょ!?」


 なんだ、今度はノエルか?

 俺はため息を吐きながら、ノエルの方へ向く。

 ノエルは、なぜか怒りの表情だ。


「あのな――」


「はい、そこまで」


 俺がノエルに言い返そうとしたとき、また新しい声がした。

 とても聞き覚えのある声だ。


「なんですか、学園長」


 学園長が俺たちの座るテーブルにつきながら、閉じた扇子で俺を差してきた。


「君、熱くなり過ぎだ。少し落ち着きなさい」

「……はいはい」


 俺はノエルから視線を外し、昼飯に向き直る。

 まったく、いろいろと調子が狂うな。


 ていうか、このテーブルかなり気持ち悪い面々が揃ってるな。

 王女二人に公爵家、それに学園長兼大魔術師様だ。俺の存在が掻き消えそうだ。


「君たちも、もう少し周りを考えて欲しいね。みんな怯えてしまって、おいしいご飯が喉を通らないじゃないか」

「すみません……」


 俺以外の連中が、反省しているような声音で謝っていた。


 まあ、確かにここは火薬庫だよな。王女と公爵様が揃ってる。そこに、礼儀知らずの俺だもんな。

 この国の貴族に礼儀を持つ気はないが。別に知らないわけじゃないぞ。ですますつけて笑顔でぺこぺこしとけばいいんだろ? 違うか。違うな。


「そんなに積もる話があるなら、今夜うちに来なさい」

「……おい待て。学園長、どさくさに紛れてひどい提案するんじゃない」

「なんとうちに来ればネロの手料理が食べられる」

「無視すんな! そして俺が作るんかい!」


 なんで6人分の料理を一人で作らなければいけないんだよ! 面倒臭い!

 他人事のように提案して、少しは自重して欲しい。


「う、あ……ネロの、手料理……」

「おい待て、ノエル。お前来る気じゃないよな?」


 ノエルが赤い顔で悩み始めた。


「はい! わたくし行きます!」

「姫様は俺のよりおいしい料理食えるだろうが!」


 フレイヤが勢いよく手を上げて提案してきた。


「フレイヤ様が行くなら」

「お前にだけは来てほしくない!」


 グレンが便乗するように言う。


「よし、では決まりだな。続きは私の家で、存分にやりたまえ。ここでは、そのような喧嘩腰の話はやめるように」


「俺の話を聞けぇぇえええ!!」



☆☆☆



 学園長が加わり、6人が一つのテーブルについている。

 学園長が来たおかげか、先ほどのようなことは起こらなくなった。


「で、学園長はいったい何をしにきたんですか?」


 俺は平然とテーブルにつき、昼飯を食べている学園長に尋ねる。


「ふむ、私はこの食堂で食べてはいけないのか?」

「そうじゃなくて……面倒臭い」


 俺の面倒臭がりが本領発揮してきた。

 もう、何事に対しても面倒臭く感じてしまう。最終的には食べることさえ面倒だと感じてしまう程度にはひどいものだ。


「そこまでの反応をされるとは思っていなかったよ……。すまない」

「いえいえ……」


 学園長が本気で謝ってきた。なんか怖い。


「で、私がここに来た理由は、君たちの喧嘩を止めるのと、ネロ、君に聞きたいことがある」

「ああ、筆記試験ですか? こんなところで一番とってどうするんですか。俺は一番下のクラスから、一番上のクラスのドヤ顔かましてくる連中を叩いて楽しもうかと思っただけです」

「そうか。なら白紙は仕方ないな」


 まあ、次の試験からはちゃんと受ける気ではいるが。

 クラスの振り分け試験は最初だけで、あとは成績に影響するし、生活用品の質を下げられるのも嫌だし。


「白紙……?」


 ノエルが驚いたように、俺の方へ向いてくる。


「そう、白紙。綺麗なまでに、一切汚さず、配られた状態で教師の元へ」

「そ、そうなんだ……」


 ノエルはなぜか微妙ににやけた表情をしていた。

 何、ノエルって人の不幸を美味しく思っちゃう子だったの?


「そういや、ノエルって新入生組?」


 グレンは入学式の二階席で、それっぽいのを見かけていたから、きっと新入生組だろう。

 が、ノエルは見当たらなかった気がする。


「うん、そうだよ。たぶん、ネロとは反対側にいたと思う」

「ああ、なるほど」


 確かに、体育館は広かった分、向かい席が遠くて見えなかった。


「てことは、姫様も?」

「はい。そうです」


 なんだ、全員1年か。

 こうなってくると、学園長が昨日言っていた滅茶苦茶な騎士ってのが気になるな。グレンかと思ったが、違ったし。


「しかし、ここに集まった皆は、いろんな人から期待が込められているよ」


 学園長がそういいながら説明を始めた。


「フレイヤ王女は王妃の血が濃いのか魔術に関しては素晴らしいし、グレン様は赤の魔導師で騎士学校にも同時に入学している」


 へえ、グレンは赤の魔導師か。確か赤の感情は怒りだったな。

 ……ピッタリじゃないか。グレンは怒りっぽいし、人族だし。


 まあ、学園長に紹介されて、フレイヤは笑顔だがグレンは無表情に戻ったが。恥ずかしいのか?


「ノエル王女も期待が込められているし、ネロは私が招待したからな!」


 俺のところだけそんなに力込めて言わなくていいだろ。


 ノエルも何か恥ずかしそうにしている。……あ、学園長、若干ぼかしたのか。まさかとは思うが、実力はそれほどでもなかったり?


「そういえば、学園長はこの3年間、お母様の命令に背いて招待者を選んでいませんでしたよね? 確か、招待したい人はすでに決まってるが見つからないとか言って」


 フレイヤが突然、そんなことを言い出した。

 3年前っていうと、トロア村に襲撃があった時か。


「ああ、その招待したい人がネロだよ」

「……王妃の命令に背いてまで待つ必要ないでしょうに」

「何を言う? 私は3年前から君を探していたというのに」

「それは……なんというか、ありがとうございます」


 なんか、嬉しいというよりも恥ずかしいな。

 フレイヤもノエルも、なんか見てきているし、グレンもなぜか歯を食いしばっているし。

 そんなにすごいことなのか? いまいち実感がわかないんだが。


 俺は全員の視線から逃げるように、横のイズモを見る。


「……おい、イズモ。好き嫌いするなって言っただろ」


 イズモの昼食の皿にはニンジンだけが残された状態で、イズモはその皿を凝視していた。

 なんで肉とか好きなものと一緒に食べないかなぁ。俺はそうやって克服してきたぞ。


「食え」

「……やー」

「やーじゃない」


 俺はニンジンをすくってイズモの口に運ぶが、食べようとしない。


「……ねえ、ネロ。ずっと気になってたんだけど、その子とどういう関係?」


 いきなりノエルがそんなことを聞いてきた。


 関係、と言われても……。

 奴隷……として扱わないって言ってるし。

 使用人……ほど成長していないし。


 育てろと言われただけであって……どういう関係なのだろうか。

 うーん、育てるだけの関係……あ、あれか。


「娘か」


 言った瞬間、場が凍りついた。

 そして選択をミスったと瞬時に理解した。


「落ち着け、間違え――」

「だ、誰!? 誰との子っ!?」


 俺の弁解を遮り、ノエルが俺の両肩を掴んで揺らしてきた。

 確かに娘とか言ったらその反応でもおかしくはない。おかしくないけど……。


 ゆ、揺らし過ぎです。吐きそう……。


「ち、ちょっと落ち着け」

「……ぱぱー」

「イズモ! ややこしくするな!」


 隣に座るイズモが、俺の腕を掴んで、そんな場をさらに混乱させる言葉をつぶやいた。

 まさかの一言がこんなところで聞けるとは……お願いだから空気読んでほしい。


 事情を知っている学園長は体を逸らして大笑いしてやがる。

 しかも、イズモの言葉を聞いてノエルはさらに驚くし、フレイヤもグレンも突っ掛ってきた。


「いったい誰との子なのよ!?」

「貴様、見下げ果てたぞ! なぜ娘しかいない!?」

「どんなでした!? 子作りというのは、どんなでした!?」


「一人だけなんかおかしい奴がいる!」


 興味を持つのは構わんが、それを俺に聞かれても困る。誰に聞いても困るだろうけど。


 周りのざわめきも大きくなってきたし、そろそろ収拾をつけないと危険だ。

 俺の妙な噂をされても困る。


「落ち着け、アホ共!」


「きゃっ!」

「ぐあッ!」

「あんっ」


 肩を掴んでいるノエルの手に軽く雷魔法を与えて放し、グレンに容赦なくグーパンチ、フレイヤには軽く蹴りを入れた。

 ようやく離れた3人を睨みつけながら、イズモの頭に手を乗せる。


「奴隷だ、奴隷。学園長の家に住む条件に奴隷を一人育てろって言われたんだよ」

「な、なら最初からそういいなさいよ……」

「俺はこいつを奴隷として扱う気はないから、奴隷だっていうのが嫌だったんだよ。育ててんだから、娘っていう表現が一番かと思っただけだ。間違いだったけど」

「まったくよ、もう……」


 娘っていうか、養女の方がよかったか? まあ、こういった説明はもういらないだろうけど。


 ……そういや、ノエルって天人族だったよな。

 ヴァトラ神国はカラレア神国と同じ暗黒大陸だし、イズモについてなんか知ってるかも。


「なあ、ノエル。お前、こいつの種族わかるか?」

「種族もわからずに買ったの?」

「俺はそこを気にしていなかったんだ。わかるなら、知っておく方がいいだろ」


 俺はイズモを抱え上げ、ノエルに見せる。


「わからないこともないけど……」


 ノエルはそういいながら、イズモを眺めまわす。

 翼や尻尾、帽子を外して角などを確認していく。


「……魔人族って、人型自体が少ないし、黒髪も珍しいし……口の中は」


 ノエルが口の中を見ようとした瞬間、イズモが両手で口を覆った。言わ猿みたいに。

 まるで見せたくない、とでもいうように口を隠す。


 ノエルはそんなイズモとにらめっこでもしているかのように、イズモを見ている。

 イズモも、ノエルに負けないほどに見つめ返している。


「……」

「……」


 ……なんか喋れ、二人とも。それとも目で会話とかしてんの? 

 しかも、二人の雰囲気にのまれて周りまで黙り込んでるし。


 やがて、ノエルはゆっくりと目を伏せて、おもむろに口を開いた。


「……わかんないわ」

「そうなのか? でも、口になんか関係あんの?」

「それもわかんない」


 どういうことだよ。だったら、なぜ口の中を見ようとした?

 ……口の中、っていうと歯か? 歯に特徴がある魔人族?

 魔人族って言ったら、見た目悪魔とか妖怪だったけど……歯が特徴的な妖怪……。


「吸血鬼か! ――ごはッ!」


 抱えていたイズモが、いきなりロケットのように発射して、俺の顎に命中した。

 え、なんで? なんで頭突き? ――ハッ、まさか……!


「反抗期か……! 育てる自信がなくなるな……」


 机に突っ伏して嘆く。

 うわー、この歳で反抗期とか……いや、歳で言ったら300歳超えてるんだっけ。でも、外見年齢だと早くないか?


 どっちにしても、育てる自信が喪失してゆく……。


「そこまで落ち込むことなの……?」

「お前は知らないんだ。この反抗期というものは、小さいころの食い意地張ったお前並みの面倒臭さが」

「昔の話禁止って言ったでしょ!」


 ま、俺子育てなんかしたことないんだけどね。マンガとかでしか知らん。

 ていうか、なんでそこまで昔話を嫌がるんだろうか。俺のせいか? 俺のせいだな。


 ばんばんと背中を叩いてくるノエルの手が、さすがにうざくなったので払いのけながら体を起こす。


「……そういえば、随分と昼休み長いな」


 グレンが、ふとそんなことを言った。

 言われてみれば、なんだかんだで一時間ほど時間が経っているのだろか。


「あ、それは君たちが面白かったので伸ばしてもらった」


「……」


 全員が押し黙った。

 ……職権乱用じゃないですかー。

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