第二話 「奴隷の躾」
魔人族の子の手を引き、大通りまで戻ってきた俺だが……。
周りの目が怖い。特に衛兵さん。
……まあ、そりゃそうだよなぁ。どうみても幼女だし。
「そういや、お前名前は?」
「……ルビア」
「じゃあ、ルビアって呼べば――」
「サラ、マミア、ミルト、レイディ、ローキー」
「……」
どんだけあるんだよ。
まさか、以前のマスターにつけられた名前全部言ってんのか?
しかも指折りしながらまだ思い返しているし……。
「あのな、俺はお前の名前を聞いたんだよ。お父さんやお母さんにつけてもらった名前だ」
「……イズモ」
「……あん?」
今、なんつった?
「イズモ、って言ったか?」
「……うん」
「誰につけてもらった名前だ?」
「……お父さんの、古い知り合いって言ってた」
「なるほどねぇ……」
ここでも、きっと転生者の仕業だろうな。
しかし、なんでこんな子に――て、そういや長命な種族だったな。
「イズモは何歳?」
「……見た目通り」
「嘘つけ! マスターに嘘禁止!」
俺はイズモの契約紋に手を当て、魔力と一緒に命令式を送り込む。
するとイズモは、また苦しそうに顔を歪め、やがて一息ついた。
「で、何歳?」
「……379」
「さんびゃ…く、とはまた……」
え、嘘? これホント? 長命な種族とは言ってたけど、この姿で300歳越え? 見た目は幼女のままで?
……ま、まあそこは置いておこう。
今は周りの目をどうにかしたいのだが……。
俺は頭を掻きながら周りを見回す。
「……とりあえず、身体でも洗うか」
イズモの体も汚いし、服を買ってやる前に体を洗ってやった方がいいだろう。
王都って温泉とかあんのかな? 大衆浴場っていうのか? ……でも俺、元日本人だけどあんまり好きじゃないんだよな、温泉。一人でゆったり入るならいいが、人が多いとどうも落ち着かない。ましてイズモを連れて入らないといけないし。
さて困った。ていうか、そもそも大衆浴場自体あるのか怪しいし。
仕方ない。どこかで水魔法使って行水でもさせよう。
「イズモ、行くぞ」
イズモの手を取り、歩き出す。
……周りの目線は気にしない方向で。
そしてやってきたのは、王都に少しだけ残されている自然公園っぽいところ。
木々が生い茂り、人目につきにくいし、ここでいいだろう。
途中、露店で石鹸を買っているし、これで少しは綺麗にしてやらないと。
「はい、服脱いで」
イズモの服の裾を掴み、バンザイをさせて脱がせる。
……まさかこの歳で幼女のお守りをするとは。
まあ、ネリにも似たようなことはやってたけど。
俺は【アクアボール】を作り、イズモの脱がせた服をその中に入れ、水流を作ってすすぐ。なんちゃって洗濯機だ。
服の入った洗濯機を飛ばしたまま、今度はイズモに向けて、火魔法を併用して温水を作り、頭からかぶせる。
「目瞑れ」
三回ほど頭から水をかけてやるが、イズモにかぶせた水がどれも泥水になるほどに汚れる。どんだけ不衛生なんだよ……。
潔癖症ってわけでもないが、日本人としては毎日風呂に入ってたし、見過ごせるものではない。
そんなことを思いながら、買った石鹸を手で泡立てる。
……手だけど、風呂用のタオルとかなかったし、我慢してもらうしかないか。
「手だけど我慢しろよ」
手で、頭から体全身、足まで全部軽くこするようにして洗っていく。
すると、案の定というか、下半身あたりに手を持っていくときにイズモの様子がおかしくなった。
「きッ――」
「我慢しろっつったろ」
口の中に指を突っ込み、イズモの超音波を物理的に黙らせる。
ふむ、超音波は物理的になら黙らせることができるのか。ドライバーに説明を受けていないと防げなかっただろうな。
なんで他のマスターはしなかったんだろうか。……まあ、叫ぶ声が聞きたいとか、変態趣味だったんだろう。
なんてどうでもいいことを考えてないと、リリーのせいでいくらか耐性のついた俺でも危険なのだ。
足先まで洗い終え、もう一度水を頭からかぶせて泡を流す。
「ちょっと息止めて」
イズモが鼻をつまんだのを確認し、俺はもう一つ水球を作り出す。イズモが入る大きさのものだ。
人を洗濯機に入れるのは危険だろうが、そこまで水流を強くする気はないし、大丈夫だろう。
最後にイズモを洗濯機のように数十秒ほどすすぐ。
イズモの水球を割り、今度は風魔法と火魔法を併用してなんちゃってドライヤーで体を乾かす。
イズモの着ていた服の方の水球も割り、服を固く絞ってから同じようにドライヤーで乾かす。
服の方の水球もかなり水が汚れていた。そりゃ奴隷の服を一々変えたりしないよな。
服を広げて、体を乾かしたイズモに服を着せる。
よし、これで少しは見栄えがよくなったかな。
魔人族には珍しい、夜の闇を映したかのような漆黒の髪。狂気に晒されたような、真っ赤な瞳。ヒツジのような捩じれた角。蝙蝠のような悪魔の翼に、絵のような悪魔の尻尾。
……髪を洗うには洗ったが、まだ少し汚れているし……学園長の家の風呂場でも借りればいいか。
あとは服だけど……和服着せたいな。黒髪だし、似合いそうだし。
まあ、この国に和服があるのか知らないし、翼や尻尾用に穴もあけないとだし、いろいろと面倒そうだ。
和服は後回しだな。今は着られるものを買おう。
「よし、じゃあ次は服屋に――」
と立ち上がろうとしたとき、きゅるるるという可愛らしい音が聞こえた。
「行く前に飯か」
「……」
まあ、確かに俺も王都についてから王城や奴隷市場に行ったせいで昼はまだ食ってないし。
そう思ってイズモの方へ向くと、イズモは固く目を閉じ、小さく震えていた。
恥ずかしがるでもなく、弁解するでもなく、痛みに堪えようとしていた。
「……」
ため息が出る。ため息をするたびに幸せが出ていくなら、俺が不幸なのはきっとこれのせいだな。
別に、腹減ったくらいで俺は叩く気はない。そんな趣味、一切持ち合わせていない。
「行くぞ」
俺はイズモの手を引き、大通りに向かって歩き出した。
☆☆☆
やってきたのはレストランのような店。
一番最初に見つけた食い物がありそうな店だったので入っただけで、他に理由はない。
接客に来たウェイトレスが、イズモを見て一瞬だけ顔を顰めたが、そこは営業スマイルで乗り切ってくれた。
まあ、別に個人の価値観に口出しするきはない。ここは人間至上の国だし、正しい反応だろう。
二人掛けのテーブルに向かい合うように座る。着ていたローブを椅子に掛け、メニュー表をイズモに見せる。
「好きなもの頼め」
エルフの里で過ごしたため、俺は案外なんでも食えるようになった。それこそ、虫でも内臓でも。
あそこでは、なんでも食卓にあげるからなぁ。まあ、オオカミだろうがイノシシだろうが、頭があることも食べることには驚いたが。
イズモはメニュー表を俺に見せながら、指示したのは――水だった。
「……あのな、別にここに高いもんは無いから好きなの頼めっていったんだよ。それで腹が膨れて、夜まで腹が鳴らないならそれでいい」
「……」
「ただし、一度でも鳴ったら奴隷市場に返す」
「……!」
一言だけでは変える気配がなかったので、少し脅しを交えた。
返す気はないのだけど、その気にはいつでもなれる。まだ1日目だし、1週間ほど経てば悩み所だが。
そしてイズモが指し直したのは、安めの焼肉定食。まあいいだろう。
俺は店員を呼び、イズモの指した定食を二つ頼んだ。
手持無沙汰になったので、タバコを取り出して口に咥えて火を点けた。
……前の世界じゃただの非行小僧だよなぁ。幼女連れてるし、さらに怪しいな。
王城での二度見は不敬にあたるようで、別にタバコは普通にあるらしい。ただ、子供で吸っているのは俺くらいだが。
でも、モートンはアルラウネが作ったら体に良いとか言ってたから、他の人が吸っているのは有害なのか?
まあ、人の心配をするような立場でもないか。
今は、イズモのことだけで十分だ。
「お待たせしました」
ウェイトレスが料理を運んできて、伝票を置いて去っていった。
俺はさっそくナイフとフォークで肉を切って食べる。
……うん、素材が新鮮な分、前の世界のレストランよりかはおいしい。でも、ゲテモノばっかのはずのナフィの料理の方がおいしい。
まあ、料理の味比べなんか意味がないんだけど。エルフの里に今すぐ戻れるわけでもないし。
「……あの」
今まで沈黙を保っていたイズモが、自分から声をかけてきた。
……かなりの進歩? かな。
「なに?」
「叩か、ないんですか……?」
「……俺はお前を奴隷として扱う気はない」
飯食ってて叩かれるとか、どんなアブノーマルだよ。俺は普通だ、普通。
「俺はお前を育てろと言われたから、育てるだけだ。成長して、独り立ちできればさよならばいばい。それが嫌なら、今ここで俺を殺すこともできる」
「……」
イズモは俺の言葉を受け、視線を自分の持つナイフへと向けた。
「俺はお前を縛る気は一切ない。……まあ、嘘は禁止にしたけど、あとでお前が望むなら解除してやる。脱走もいくらでもできる。殺しもできる」
イズモのナイフを持つ手が、微かに震え出す。
だが、俺はイズモから目を離し、自分の料理に目を向ける。
「うぅぅあああぁぁぁあああああ!!」
突如、イズモが奇声を発し、俺へナイフを持って突っ込んできた。
テーブルの上を駆け、一直線に俺へとナイフを振り下ろす。
俺はイズモの勢いで、椅子ごと後ろへと倒れ込む。
……痛みがするのは左肩辺りか。
周りはこの光景に驚いて、席から立ち上がって眺めている。
甲高い悲鳴も聞こえるが、今はどうでもいいな。衛兵が来る前に立ち去らないといけないし、なによりイズモへの教育が最優先だ。
イズモは俺の肩へと突き刺したナイフを、ぐりぐりとねじ込むようにしてくる。
じ、地味に痛いんですけど……。
だが、そんな思いはおくびにも出さない。
「イズモ、そこじゃ人は死なないぞ」
俺はイズモの手を取り、肩からナイフを強引に引き抜く。
血が軽く飛び、痛みに顔を顰めるが、すぐに回復魔法で傷口を塞ぐ。
イズモの手を取ったまま、ナイフを俺の首へと持っていく。
「人を殺すには、確実に急所を狙え。首、頭、心臓。どこでもいいが、即死を狙わないと反撃されるぞ」
イズモは荒い息を立て、怒りの形相で俺を睨んできている。
持っているナイフもかなり揺れている。持ち手が怒りのせいで震えているのだ。
「でも、俺を今殺していいのか? 今俺を殺したところで、奴隷市場に戻るだけだぞ」
「……」
「まあ、戻る前に強制労働行きかも知れんがな。お前の養育費は、学園長が俺に出す。お前に、じゃない。俺がいないと、お前は育つことができない」
「……」
「それとも、母国のカラレア神国に帰るか? どうやって?」
「……」
「港はわかるか? それともその翼で空からか? 俺を殺せば、衛兵がお前を追うぞ? 俺は貴重な戦力の魔導師だし、地の果てまで追われるかもな」
「……」
「明確な計画はできてるか? 俺を殺した後、衛兵を撒き、学園長を撒き、王都を出て、人間至上の国からカラレア神国に戻る算段は完璧か?」
「……うぅ」
……やばい、泣かれた。
え、なんで泣くの? あれ、俺が悪いの? いや、俺しか関係してないんだけど。
「うううああああああああああ!!」
イズモは俺の手を振りほどくと、ナイフを高く掲げ、両手で握って突き刺してきた。
渾身の一撃。細腕でも、きっと喉くらい簡単に貫くだろう。
そのナイフは――俺の頬をかすめて床を突き刺した。
「ああああああぁぁぁぁぁ……」
イズモは俺に倒れ込むようにして、そのまま泣き続けた。
俺はイズモの背中を軽く叩いてやる。
……こ、怖かったー……凶器が自分に向けられてんだから、怖いに決まってんだろ!
俺はイズモを抱いて立ち上がると、倒れた椅子や散らかった皿などの片付けをする。
カウンターで料理の代金と割れた皿や血の付いたナイフなどの弁償をして、レストランを出た。
おかげで財布の中はすっからかんだ。せっかく学園長からもらったのに……。
俺はイズモを背中に回し、ローブを羽織って歩き出す。服屋にはいけそうにないな。
……そういや、料理は一切床に落ちていなかったな。
軽く振り向き、イズモを見ると目を閉じて夢の中だった。
……ちゃっかりしてやがるな。
☆☆☆
俺はクレスリト学園の校門を抜け、一直線に校舎の中へと向かった。
そこで適当に職員を捕まえ、学園長室へと案内してもらった。
学園長室は、執務机と応接用の低いテーブルとソファ、それに書類などの詰め込まれた本棚がある、前の世界の校長室とそう変わらない。
学園長は執務机に座り、何やら書類とにらめっこしていた。
「おい、学園長」
「ちょっと待て。今仕事中だとわからんのか。それともわかったうえでの仕業か?」
「……」
随分とストレスが溜まっているようで。
俺はソファにイズモを寝かせ、学園長の後ろに回る。
……うん、全く分からん。
「手伝えそうにないですね」
「しいていうなら、黙っていてくれ」
この学園長怖い。非常に怖い。
仕事モードなのか? 印象だいぶ違うな、おい。
「ああ、そうだ。入学手引きだ。読んでおけ」
学園長はそういって紙束を一つ、低いテーブルの上に投げた。
「おい何してる。イズモ起きたらどうすんだよ」
「……君はもう情が移ったのか?」
は? そんなことはないぞ。
ただ、起きて騒がられるのが嫌なだけだ。本でも書類でも、静かな方が読みやすいだろうが。
俺はイズモの対面のソファに座り、テーブル上の紙束に目を通していく。
「わからないことがあったら何でも聞け。私はこの学園の長だからな」
「はいはい」
自慢気に言う必要もないし、知っていることなのだが。
まあいい。目立ちたがりなのだろう。
学園生活に関して、重要なことは大体3つか。
まず、一か月おきに魔法学園全クラスによるトーナメント戦が行われる。
各クラスで代表を決め、全学年共通のトーナメントだ。そしてそのなかで最も実力があると判断されたものが、同じように実力を認められた騎士学校の学生と戦う。
二つ目、学内での成績はすべてポイント化され、S~Fにランク分けをして順位をつける。
Fランクを3か月連続でとってしまうと退学措置となる。
ランクが高いとそれなりに優遇措置も取られているし、これは将来魔術師団に入団する際の目安となる。
二年次になれば班の構成が行われ、こちらも同じくランクで分けられる。
班ランクについては、基本は構成メンバーの合計ポイントだが、班対抗で勝負することで別の班から奪うことも可能。
この班ランクでも、3か月間Fランクだと班メンバー全員退学だ。
まあここは二年次からだし、この程度いいか。
そして三つ目、学園長には絶対服従……。
「おい、三つ目を書き足してんじゃねえよ」
「む、ばれたか」
「バレバレだ」
あとから書き足した感が半端ない。ていうか、擦ったら微妙にかすれるし。絶対さっき書き足しただろ。
俺は三つ目の書かれた紙を破り捨て、別のものにも目を通す。
どうやら、奴隷を学園に連れて行くのは禁止されていないらしい。
使用人代わりに奴隷を使う貴族の子息もいるようで、それを考慮してのことらしい。まあ、事前に申請は必要なようだが。
「その子は処理してあるから、連れていけ」
「命令かよ……」
仕方ないか。学園長の条件は四六時中、だもんな。
しかし、俺はそこまで人手に困るようなことはしないのだが……イズモが暇になるだろうな。
まあいい。今は学園だな。
学園では、ダンジョンへの遠征も許可されている。
必ず4人以上でのパーティを組み、申請をすると教師陣が検討する。許可が出るかは、ランクや日頃の態度などから判断されるらしい。
だが、一年次ではそこまでダンジョンに行く者はいないし、二年次には班もあるのでほとんどが班のパーティで向かうらしい。
さらに、ダンジョン攻略には多大なポイントの加点がある。
Fランクを取った者が、一発逆転を狙っていくくらいのものらしい。
そもそも、普通に生活していれば3か月連続でFランクをとることはなく、開始のランクだってDランクからだ。
普通に静かに過ごしていれば、退学はありえない。
「だったら、なんでポイント制とか班とか作ってんだよ」
「その方が面白いだろう?」
「面白けりゃなんでもいいわけねえだろ」
「だが、案外評判はいいぞ?」
「そうかい……」
まあ、だけどこういうのに胸が躍らないといえばウソになる。
俺だって男の子だ。こういった勝負事は大好物だ。異世界でも、男の子は変わらないらしいな。
……魔導師で詠唱破棄って、既に無双できるくね?
なんて考えは放っておいて。何事も楽しまなきゃね。
こんなものかな? 必要なことと言えば。
あとは細かい校則だったり、暗黙の了解だったりに気を付ければいいだろう。
「そうだ。食堂は気を付けろ。騎士学校の連中と共用なのだが、西側が魔術師で、東側が騎士の領域だ。踏み込めば斬りかかられるぞ」
「騎士見習いに後れを取ることもなさそうですけど」
「一人、いるんだよ。滅茶苦茶な強さの騎士が」
学園長が、脅すように俺に言ってくる。
「そいつの名は――」
「あ、いいです。楽しみは取っておきたいので」
「……そうか」
なんか若干涙声だった気が……気のせいだな。
俺は気にすることなく、立ち上がってグッと伸びをする。
「さて、と。学園長、イズモの服とか頼んでいいですか?」
俺はソファで未だに寝ているイズモを指差しながら訊く。
「イズモ? ああ、その子の名前か。……イズモ? そんな名前だったかな?」
「両親につけてもらった、一番最初の名前です。あとは全部、俺以外のマスターが勝手につけた名前っぽいですね」
「ふむ、そうか。……それで、服だったな。こちらで勝手に決めていいのか?」
「ええ。学園長のセンスに任せます」
まあ、初めて会った時の服とか、今の服とか、別にそこまでおかしいとは思わないし、大丈夫だろう。
「まあいいだろう。では、ちょっと待て」
「……その書類終わるまで?」
「ああ」
「……」
学園長の机にうず高く積み上げられた書類の束。
終わるのはいつだろうなぁ……。
☆☆☆
学園長の仕事がひと段落したのは、夕方に差し掛かろうかというところだった。
書類はまだまだ残っており、終わるにはまだかかるそうだ。
それでも、一区切りつけて俺を自分の家へと案内してくれた。
学園長に家の中を見せてもらう。俺はイズモの手を引きながらそれについて回る。
ていうか、これくらい使用人に頼めばいいんじゃないのか? ……ああ、そういえばいないんだったか。
「そういえば、君はいったい奴隷市場で何を質問していたんだい?」
「ああ、あれですか。俺は学園長の要望に応えようと思っただけですよ」
俺の返答に、訝しげに振り返ってくる。
「ほら、俺って死にたがりでしょう? だから、自殺を止めてもらえるような奴を探してたんですよ。それと、血迷って世界ぶっ壊すとか言い出した時に止めてもらえるように」
「……君の発想はいつもぶっ飛んでいるね。呆れを通り越して尊敬してしまうよ」
「そりゃどうも」
「だけど、それとあの質問は些かつながりそうにないが?」
「大前提として、この世界を憎んでる奴ってのは、死などについて寛容ですからね。俺の自殺を止めてくれそうにないですし、ぶっ壊すのを助長するでしょ?」
「言われてみれば……そう、なのか?」
学園長が納得しかねるといった表情で首をかしげる。
まあ、人の価値観ってそれぞれだしな。
「今のは俺の暴論ですけどね。論理が一切ない、感情論ですね」
「確かにその方が納得できるな。ま、それで君が自殺を思いとどまり、真っ当に生きてくれるならそれでいいさ」
「既に真っ当か怪しいですけど」
王国に忠誠心は一切ないし、人身売買に手を染めたし。
前世ならあり得ないようなことだ。忠誠心とまではいかないが、前世の日本は別に嫌いじゃなかったし。人身売買などもってのほかだ。
俺は手を引いているイズモに振り返る。
イズモはまだ眠いのか、目を擦りながら見返してきた。
「……イズモに止めるのを頼むのはまだ無理だろうなぁ」
「……でも、世界を壊すのは……止めます」
「ああ……うん……俺は死んでも構わないのな」
なんだそれ。悲しくなるじゃん。泣いちゃいそうじゃん。
「……命令なら」
「命令しないから。別に、勝手に俺が死ぬだけだし。一応、妹と墓参りまでは生きているつもりだし」
「その割には、今日の昼に殺されかけたらしいじゃないか。イズモに」
「うぐ……」
どこで知った、こいつ。
しかし、奴隷に殺されそうなマスターなんか普通いないし、簡単に広まるか。
「さて、そろそろいいだろう。君は部屋に戻るかい?」
「そうさせてもらいます」
「なら、イズモの服は今のうちに用意するよ」
学園長がそういってイズモに手を出すが、イズモは一度俺を見上げてきた。
「……流れ的に察してくれると助かるんだけど」
何、奴隷って一々許可とか出さないといけないものなの?
イズモは頷くと俺の手を離れて学園長の方へ向かっていった。
「そうだ。学園長、ついでに風呂に入れてあげてくださいよ」
「ふむ? 君ではいけないのか?」
「超音波を出されそうになったので」
「……どうやって止めたのだ?」
「物理的に、口に指を突っ込んで」
指を二本立てて示す。
学園長が俺の説明を聞き、大きなため息を吐いた。
「君という奴は……まあいい、今日はいいだろう。部屋は言った通りだ。もうわかるな?」
「わかります」
俺は学園長とイズモに背を向け、あてがわれた部屋へと向かった。




