第一話 「帰還」
3年ぶりのデトロア王国。5年ぶりの王都。
そして、5年ぶりの王城での王族との謁見。
王は相変わらず逞しい体つきをしており、5年前と遜色ない威圧感を放っている。
王妃も相変わらず良い体つきをしている。
こいつらは劣化を知らんのか。
で、俺はその二人を前にしている。
本当、なんでこんな奴らと会わなければいけないのか。
学園長が応対をしているため、俺は暇そうにしているだけなのだが。
どうも、こいつらを前にしていると言いたいことがある。
それに、先ほどから俺の処遇を話し合っているらしいが、そんなのわかりきっているだろう。
「殺すつもりのくせに」
独り言のつもりだったが、王が鋭い視線を向けてきた。
「……いきなり何を言う? なぜ貴様を殺さなければならないのだ? 貴様は魔導師なのだぞ」
「トロア村の生き残りの魔導師、だからこそ殺さなければならない」
俺がただの市民なら、当然殺す必要は一切ない。
新しい土地でも与え、孤児院にでも入れ、独立するまで世話してあげればいいのだから。
だって、市民には王に牙を向けることなんてできやしない。力がないからだ。
だが、俺は魔導師だ。
「俺の手綱を引けるなら殺す必要はない。だけど、俺はお前らに仕える気は一切ない」
「……」
「周りに敵しか作らず、国民でさえも敵にする。お前ら、本当にこの国の王族か?」
「貴様、言葉を慎め!」
周りに控えている騎士が、一斉に剣を抜いた。
魔術師も、それぞれ杖なんかを掲げて俺を狙っている。
「……」
周りを眺め、呆れる。
こいつらは、本当にバカなのか。
「良い騎士と魔術師をお持ちですね」
「そうだな。貴様のような小僧にも、本気で――」
「だけど何の役にも立たん」
言葉と共に、光が弾けた。
俺を中心にして、紫電が一斉に、騎士や魔術師一人一人に走る。
「ネロ、手加減しないと死んでしまうぞ」
「体は狙ってませんでしょ」
学園長が特に周りを確認することもなく聞いてくる。
学園長は常時扇子を口元に当てているが、今は閉じている。
だが、そのくらいちゃんと考えている。
俺から伸びた紫電は、騎士や魔術師の剣と杖だけを打ち砕くだけで消える。その反動として、体が痺れている奴もいるが、命に別状はない。
こんなところで殺したって、意味がまるで無い。
「あ、あなた詠唱破棄を使えるようになったのですか!?」
すると、王妃が俺の魔術を見て興奮したように訊いてくる。
……ああ、そういえば王妃は魔術派だったな。まあ、この国じゃ詠唱破棄できるのは一人だけっぽいし。
ていうか、詠唱破棄の方法を教えればもっと広まるはずなのだが。
俺の詠唱破棄はそこまで難しいことをしているわけでもないし。
「フロウ! 今はそのようなことを気にしている場合ではないのだぞ?」
王が激昂したように、王妃の方に顔を向け、怒鳴りつけた。
しかし、王妃もそれに応えるように反論する。
「何を言うのよ。大体、私は反対したではありませんか。魔導師のいる村を攻め込ませることは絶対にやめるようにと」
「その意見を言うのは遅すぎたのだ。既に相手は準備を終えていたのだぞ」
「それでもこちらの都合を考慮するくらいはしてくれるはずでした」
「お主にはわからぬだろうが、外交はそこまで簡単なものではないのだぞ」
言い争いを始めてしまう王と王妃にため息を吐き、俺は踵を返す。
「ん? どこへ行くのだ?」
「俺がいても役に立てそうにないですし、城の中をうろうろしてます」
夫婦喧嘩は犬も食わぬというし。
過ぎたことをごちゃごちゃ言い争うような奴らを見ているのは不快でしかない。それに、俺の家族のことでもあるのだし。
こいつらの喧嘩を聞いていると、思わず魔術を放ちそうなのだ。
「そうか。城からは出ない様にな」
「わかってます」
扉の前で、通さないといったように出てきた騎士を、雷魔法で脅す。
へたり込んだ騎士を睨みつけながら、重い扉を自分で開いて出ていく。
後ろからは未だに王族の口喧嘩が響いていた。
☆☆☆
王族のいた広間を抜けると、俺はポケットから煙草を出す。
口に咥えて、火魔法で火を点ける。
王国じゃタバコが珍しいのか、それとも不敬だとでも思われているのか、すれ違うメイドや執事から二度見される。
知ったこっちゃないし、元々王族を敬う気はさらさらない。
適当に歩き回っていると、中庭っぽい場所に出る。
俺は中庭に入り、中心に植えられている大木の木陰に移動する。
空を仰げば、突き抜けるような青空。土砂降りのあの日とは打って変わって、トロア村を出たあの日とまったく同じ。
きれいすぎる空だ。
ふと視線を前に戻すと、騎士甲冑を着込んだ、俺よりも幼い少年が近づいて来ていた。
その少年はいきなり剣を抜くと、俺の喉元に狙いを定めた。
「……何のようだ、王子様」
学園長から聞かされていた王子の装備や外見と同じだったため、間違いはないだろう。
髪は金色、青い目、秀麗な顔立ち。幼い子供のくせに、一目で将来イケメンになると確信できる。
名前は確か……フレンだったか? フレン・デトロア。
王位継承権第二位のお子様である。
確か、兄と姉がいるんだったか。で、兄が確か側室の子供で、正妻との子が継承権を年齢順に持つんだったか。
フレンは、俺に剣を向けたまま答えた。
「父様の敵だと判断しました」
「正しい判断だな」
「よって、ここで処断します」
「ハッ、ママが怒り、悲しむぞ。魔導師を殺し、その歳で殺しをするなんて、てな」
「……ッ」
俺の言葉に、悔しそうに歯噛みする。
……こいつは馬鹿だろ。
俺はフレンの持つ剣を横から手でつかみ、捻って強引に奪い取る。
「あっ!」
空中でくるっと一回転させ、柄を持つと切っ先をフレンに向ける。
「騎士は人を護るための役職だ。そのためには人を殺すこともある。人を殺すのは早い遅いじゃない。できるかできないか、だ。躊躇えばお前が死に、護衛対象も死ぬ」
……なぜここでノーラを思い出すのだろうか。
俺は騎士ではないし、ノーラを護衛対象とはしたが、それでも俺は躊躇いなく帝国の兵士を殺したじゃないか。
……この思考は放ろう。
「くっ……!」
「わかったらパパにでも、人殺しの極意でも教われ。……あと、俺に脅しは無意味だ」
俺の持つ剣の切っ先から、炎が線のように伸びてフレンの顔をかすめていく。
「詠唱破棄のできる奴には、即処断だ」
「……ッ!」
俺とフレンの間に沈黙が流れる。
ていうか、こいつ王子のくせに一人で歩き回ってたのか? 護衛くらいつけてやればいいのに。
じゃないと、今にも死にそうだぞ。
「おお、いたいた。ネロ、終わ――何をしている?」
俺とフレンの沈黙を破ったのは、俺を探していた学園長だった。
俺はフレンの足元に剣を投げて返すと、タバコを捨てて踏んで火を消して学園長の方へ歩いていく。
「王子様に説教……? そんな感じ」
「君……一応、王位継承権第二位だと教えておいたよね?」
「ええ。でも、俺はこの国に仕える気は一切ないので」
俺の答えに深いため息を吐く学園長。
だが、気を取り直すように扇子を一度閉じ、また開いて口元に当てる。
「城での用も済んだ。残りは女王にでも学園に来てもらって話をつけるよ」
「一国の主の扱いがひどい」
「教えただろうに……まあいい。それよりも、次は君の用事だ」
「はいはい」
学園長が言っているのは、馬車の中で話していた俺の条件って奴だろう。
さてさて、どんな条件を付けられることやら。あまりにも無理難題なら……帝国にでも降ろうかな。
「そこまで無茶な条件ではないよ。別に難しいものでもない」
学園長はそういうが、内容を聞くまで判断のしようがない。
俺は頭を掻きながら、学園長の後を追う。
「おい、待て!」
すると、後ろからいきなりフレンに呼び止められた。
なんだよ、面倒臭いな……無視でいいか。
俺は答えることなく歩いていると、
「ま、待てって!」
気にしない気にしない。
「まって……ください……」
……な、泣いたってダメだかんね! 俺は学習したんだから!
貴族のような奴らと一緒にいると、いいことないんだ。
「ネロ、答えてあげなよ……王子なんだぞ」
学園長にため息交じりに言われ、仕方なく振り返る。
なんだこれ。ノエルの一件を思い出すな。
「なんだよ、ったく……」
「名前を教えろ!」
俺の全身から火が噴いた……ように見えただろう。火魔法をド派手に出しただけだけど。
まあなんでもいいが、教育はちゃんとしないとな。
「それが人に頼む態度か? ん?」
「ひぃっ!」
あれ? おっかしいなー、笑顔のはずなんだが。
「笑顔が黒すぎるぞ、君……」
学園長の言葉は聞かなかったことに。
俺はため息を吐きながら、フレンに答えてやる。
ホント、ノエルを思い出す。
「ネロ・クロウドだ。クロウドを名乗っていいのか知らないけどね」
「ね、ネロ!」
「年上を敬え、クソガキ」
「ネロさん!」
「よろしい」
本当、貴族は傍若無人で困る。
……隣で眉間あたりを抑えている人は気付かなかったということで。
「僕がネロさんを殺します! それまで死なないでください!」
なんだ、ちゃんと敬語使えるじゃないか。感心感心。
……そこじゃないって? いいじゃん、別に。
「いいよ。その代わり、ちゃんと殺しに来いよ」
「はい!」
フレンは元気よく返事をすると、剣を鞘に納めて走って行ってしまった。
元気があるのはいいが、子供の使う言葉はストレートすぎるね。殺すとか、俺じゃなかったら返り討ちだ。
「君はなんというか……大物だな」
「そうですか? ただ死にたいだけの魔導師ですよ」
「うん。魔導師は普通に考えて大物だな。君はその上をいくくらい、バカで大物だ」
むぅ、バカと言われて怒らない人はいないが……まあフレンにも我慢してやったし、堪えてやるか。
……フレンに対してあれは全然怒った内に入らない。だからノーカン。
学園長がぱちん、と扇子を閉じ、歩き出す。
「少々時間を食ったな。待ち合わせに間に合うか……少し急ぐよ」
「わかりました」
少し足早になった学園長の後を追い、俺は王城を後にした。
☆☆☆
馬車は城下町を走り抜けていく。
城下町は5年前となんら一切変わらず、活気に満ちていた。
……5年前と店は少し変わっていても、見覚えのある街並みだ。4兄弟で歩き回り、6人家族で買い物をした城下町と変わらない。
「随分と懐かしそうだね」
「……そりゃ、思い出くらいありますからね」
窓から街並みを見たまま、学園長に答える。
「この国にいると家族を忘れずに済みそうですが……代わりにエルフの里のことを忘れてしまいそうです」
別に家族を忘れたいわけではない。
どちらも、しっかりと覚えておきたいのだ。
なのに、この国はやはり俺の生まれた国であり、家族のいた国だ。
エルフの里を忘れるなんてことは決してないだろうが、それでも薄れてしまいそうなのだ。
もちろん、これはエルフの里にいた頃にも言えたことではあるのだが……。
「思い出を抱き続けるのはいいが、今すべきことを忘れることの方が、ダメだ」
「……思い出を捨ててでも、今すべきことなんて、俺にはないですよ。どれもが、思い出の延長でしかないんですから」
ネリを助けるのも、家族の墓に行くのも、エルフの里に帰るのも、リリーに会うのも、全部思い出の延長でしかない。
魔導書集めは……諦めたってかまわない。俺の存在を魂ごとすり潰すのなら、俺はもう世界に裏切られることも、悲しい別れもしなくて済むのだから。
「どっちだって構わない」
「……」
顔を学園長へと向けると、何か神妙な顔をしていた。
何か変なことでも言っただろうか?
思い返してみるが、特にそんな顔をされるようなことは言ってないともうのだが……。
そんなことを考えているうちに、馬車が停止する。
「着いた。少し歩くが、構わないな?」
「ええ。どこへでも」
学園長に続いて馬車を下りると、そこは喧噪から少し離れた路地だった。
乗ってきた馬車は、俺が下りると同時に発車してしまった。
「馬車は後でまた拾うよ。ここから学園はそれなりに距離があるしね」
俺の考えを読んだかのように学園長はいい、歩き出してしまう。
慌ててそのあとを追うと、学園長はどんどん路地裏の方へと向かっていく。
……路地裏に来て、何をする気だ?
どうせ質問しても答えてはくれそうにないので、黙って後を追うのだが。
路地を進んでいると、一人の男が暇そうに椅子に座っていた。
その男は学園長に気付くと立ち上がり、かぶっていたシルクハットを取ってお辞儀をした。
「少々遅刻でございますね」
「そういうな。私は客だぞ」
「ええ、そうですね。別に咎める気はありませんが、約束の時間は守っていただかないと、こちらにも都合があります」
「ああ悪かった悪かった。今日はちゃんと買っていくから、機嫌を直せ」
「左様ですか! ありがとうございます」
その男はもう一度深々とお辞儀をした。
……この男、どこかで見覚えがあるな。
ひょろ長い身長、燕尾服、シルクハット。ステッキがないのがおしいと思ってしまう。
……そうだ。たしか、初めて王都に来たときに、馬車の窓から見たんだ。
その燕尾服の男は、俺に目を向けると顎に手をやった。
「ふむ、前に仰っていたのは、この坊やですか?」
「ああそうだ。だが、坊やではないぞ。立派な魔導師様だ」
「なんと。これは、とんだご無礼を」
「い、いえ、お構いなく……」
燕尾服の男が俺に対して、学園長の時と同じようにお辞儀をしてきた。
だが、この男にはなぜか本能的に近づきたくないと思ってしまう。
「学園長、こいつはなんだ?」
耐え切れず、学園長に耳打ちをするように訊くと、目を丸くされた。
そして一瞬後に笑い出した。
「あっはっはっは! なんだと来たか! なかなかに正鵠を射ているな!」
「クレスリト殿、そこまで笑うことはないかと……しかし、なんだ、ですか。何者ではなく、なんだと来ましたか。そこには、確かに感心しますな」
俺は意味が分からず、戸惑いながらもう一度訊く。
「だから教えろよ」
「ああ、すまない。あまりにも君が本質を見抜くからね。確かに、この男は既に人としては扱えんな」
「そのくらい重々承知しております」
学園長は呼吸を整えるように、一度深呼吸をしてから、その男を紹介した。
「名は大昔に捨てたそうだ。そのため、皆彼をこう呼ぶ。『ドライバー』とね」
それを聞いた燕尾服の男が、シルクハットを取ってお辞儀をして自己紹介をした。
「王都で唯一の、奴隷商人でございます」
☆☆☆
この世界で、奴隷というものは珍しくない。
トロア村でも、裕福な家は奴隷を持っていたし、俺も奴隷の存在自体は知っていた。
だけど、俺は今までに奴隷を買おうなどと思ったことは一切ない。
確かに奴隷はいい人手になるだろう。
奴隷は買った者の所有物であり、死んでしまえば捨てればいいのだから。
そして、この国の中に人族の奴隷は圧倒的に少ない。人間至上の国であるとともに、亜人族や獣人族、その他の種族を敵と見て、国としても容認しているからだ。
奴隷商は案外どこにでもいる。だけど、一般人が目につくような場所には絶対にいない。
そして、人知れず奴隷狩りを行う。
それが獣人族であったり、亜人族であったり。人族の奴隷は、生活が困窮してどうしようもならなくなり、自分で売る者しかいない。
子供は孤児院に行くし、大人だって前世の日本で言う生活保護を受けることができるのだから、無理して奴隷になる人族はいない。
故に人族の奴隷は少ないし、いたとしても状態が悪い者ばかりらしい。
他国では、人族が当然のように奴隷となっているのだが、それは因果応報だろう。
デトロア王国だって亜人族や獣人族を奴隷にしているのだから、文句は言えまい。
俺の条件というのは、奴隷を一人、育てることだった。
四六時中、ずっと奴隷と共に過ごし、一人立ちするまで育てる。
そういうものだったのだ。
なぜ奴隷なのか。そこは面白そうだから、ということらしい。
それと、もう一つ俺を思ってのことだとか。
「君はあまりにも儚く、脆い。今にも壊れてしまいそうだ。だから君には守るべきもの、大切にすべきものが必要だと思ってね」
とのこと。
しかし、ここでも俺は脆いと判断されてしまった……。
俺は学園長の後をついて行きながら、ドライバーの案内する奴隷市場を見て回る。
奴隷がいるのは、サーカスのようなテントの中で檻に数人ずつ一緒に詰め込まれていた。
衛生状態は悪く、鼻が曲がりそうなほど臭い。
それに檻の中の奴隷たちは力なく倒れている。
奴隷のほとんどが目に色を失っているが、宿っていたとしてもこちらを敵意剥き出しの眼で睨んでくるだけだ。
俺は檻の方にあまり目を向けない様にしながら、ドライバーの奴隷についての講義を聞いていた。
やがてドライバーが足を止め、学園長も止まる。
「さて、今日のクレスリト殿の予算的にはこのあたりですな」
「そうか。では、ネロよ。好きに選べ」
「……はぁ」
俺は返事ともため息ともつかぬ息を漏らし、檻の中に押し込まれている奴隷を見て回る。
……うーん、あんまり反抗的なのは嫌だし……かといって死にそうなのもなぁ。
どの奴隷もどっこいどっこいといった感じではあるが。
適当に目星をつけ、一つの檻に近づく。
俺の目の前には、そんなに広くない檻の中に3人の奴隷。
獣人族が2人に亜人族が1人。
「そちらは獣人族がエレ族、レパ族、亜人族はドワーフでございます」
エレ族は、動物ならゾウだな。長い鼻にでかい耳。牙は短く折られ、見る影もないが。
レパ族はヒョウだろう。黒い斑模様に、先端が削られた牙。ネコ科のような耳と尻尾もある。
ドワーフはエルフの里にいたのと、特徴は似ているが印象は全然違う。痩せこけ、剣すら触れそうにない。
3人とも目に光はないのだが、レパ族だけは俺を睨みつけてきている。
……そうだな。一つ、選定条件を付けるか。
「おい、お前」
「……」
俺はレパ族へと話しかける。
すると、敵意の籠った目を向けてきた。
「お前、この世界をどう思う?」
「…………」
しかし、レパ族はそっぽを向いて答えるのを拒否した。
うーん、ダメか。まあ、別にこいつしかいないってわけでもないし。
「ぼ、僕はこの世界を憎んでる! こんな世界、さっさとなくなっちまえ!」
代わりというように、エレ族が大声で答えた。
「ふーん。そう」
俺はつまらなさそうに答え、別の檻に行く。
実際、つまらないし。
「あ、おい! なんで、答えただろ!?」
「答えたから買ってくれる、とでも思ったの? 望んだ答えを言う奴しか選ばないよ」
諦め悪く問い質してきたエレ族に、俺は振り返ることなく答えた。
まあ、奴隷に俺の求める答えが出せるのか知らんが。
そして、俺は檻を回っていきながら同じ質問を繰り返した。
この世界をどう思うか。世界が憎いか。この世界はどんなものか。
質問は少し変えたが、本質は変わらない。
数人ほど望んだ答えを言う奴隷もいたが、それはバレバレの嘘だったり、もう一度似た質問をすれば違う答えだったりと、本心からの答えではなかった。
やがて、全部の檻を見終わってしまった。
結果、俺の望む奴隷はいなかった。
「お気に召すものはございませんでしたか?」
「ああ。近いのもいるけど、どれもダメだな」
ドライバーにそう答え、俺は別の区画に移動する。
学園長に引き止められるかと思ったが、案外黙ってついて来てくれた。
テントの中を見回りながら、今度は俺の選んだ奴隷にだけ質問を繰り返していた。
だが、やはり望む答えを言える奴隷はいなかった。
そもそも人語を話せない奴は除外しているのだが。
「檻が上等になれば、中の奴隷も高価になりますよ」
ドライバーにそう注意され、それでも俺は見て回った。
すると、学園長の予算より少し高めの檻の中に、目が留まった。
俺はその檻に近づいていき、中の奴隷を呼ぶ。
「おい、お前ら」
中には二人の奴隷。どちらも小汚いが、それなりに生気のある目をしていた。
片方は海人族の特徴の一つ、耳の裏にエラがついている。尻にも魚っぽい尻尾がついている。
もう片方は、魔人族だろう。魔人族の特徴であるヒツジやヤギのような捩じれた角が、側頭部あたりについているし、蝙蝠のような翼と、前世でよく見た悪魔の尻尾がついている。
海人族の方は男、魔人族の方は女だ。海人族の方はそれなりの身長があるが、魔人族の方はまだ幼いのか、園児くらいの身長だ。
俺は中の二人に、質問する。
「この世界をどう思う?」
「……こ、この世界は残酷だ」
海人族の方が先に答えた。
俺は目を魔人族の方に向ける。
「お前は?」
「……同じ」
「なら、その世界を壊したいか?」
「……壊したい。破壊したい。こんな世界、ぶち壊したい!」
「……」
俺はため息を吐き、海人族の方に目を向ける。
「失格」
「なっ! なんでだ!?」
俺は海人族から目を離し、魔人族の方に向ける。
喚き立てる海人族には一切目を向けず、魔人族に訊く。
「お前は?」
「……そんなこと、しちゃいけないよ」
「へぇ……」
新しい答えが出た。
どの奴隷に訊いても、誰もが海人族のような答えしか返さなかった。
だけど、それを俺は求めていない。
いうなれば、この魔人族の答えを求めていた。
「なんで?」
「……私、たちが生きて……いられるのはこの世界が、あるから……だよ」
「それで?」
「その、世界を壊すのは……絶対に……ダメだよ……」
「……合格」
俺は立ち上がり、学園長を呼ぶ。
学園長は扇子で口を隠しながら近づいてくる。
俺は魔人族の方を指差し、学園長に向く。
「この魔人族の方」
「君、予算的にアウトなんだが」
「……では、何をお求めですか?」
馬車内での三日だけで、学園長の性格は把握済みだ。
学園長は好奇心が子供のように、いやそれ以上に強い。いろんなことに対して、知らないことに対して興味を持つ。
俺がこれまで出したカードは、魔導書、魔導師として学園に入学の二つ。これで、学園長の家に住むことや費用などを受け持ってくれた。
これ以上俺が出せるものといえば……
「詠唱破棄の方法」
「却下だ。それでは箔がなくなるだろう?」
箔とか知らねえよ。
まさか、大魔術師様が詠唱破棄の方法を教えないのって、学園長のせいなのか?
「……あとは」
「言っとくが、私は既にこの世界の言語すべてを習得しているからね」
亜語と龍語しかないが、それも封じられた。
何があったか……。
「コタバの葉を吸う趣味もない」
くそ。
「この世のありとあらゆる本を読んでいる」
くそ!
「出世払いなど論外だ」
何なんだ、この学園長! 全部見抜くように、言う直前に封じてきやがる!
俺は持ち物をかき集め、一つを差し出す。
「ああもう! だったらこの手記だ!」
神殿で見つけた、俺より前に来た転生者の手記。
読もう読もうと思いながら、結局読めずじまいでずっと持ち歩いていたものだ。
それを差し出した。
「ほう、まだこんなものを隠し持っていたとは……しかし、君。これ、ただ解読が面倒なだけじゃないか?」
「その通りですけど! 最後のページ!」
もうやけくそだ。
この世界での俺のカードはすべて出しつくした。ならば、前の世界のカードで勝負してやる!
「最後のページ?」
俺に言われた通り、学園長は手記の最後のページを開く。
「最後のページの最初の一文」
「……なんだこれは。何かの文字列か? いや、そもそもこんな記号見たことも……」
ぶつぶつ呟きながら悩み始めた学園長に、俺は勝利を確信した。
「俺はその文字列を読めます」
「……何?」
「さらに言えば、その文字列を使った国も知っています」
「……ほう。面白い」
「ただし、教える国は一つずつです。それ以上はまた今度か、学園長の提案で」
俺の条件に、手を顎に当てて考え込む学園長。
だが、やがて顔を上げると、俺に告げた。その顔には、微笑が浮かんでいる。
「……いいだろう。よし、ドライバー。この魔人族の子をお買い上げだ」
「かしこまりました」
ドライバーは、いくつもの鍵の中から迷うことなく一つを選ぶと、檻に差し込み、魔人族の子を連れ出した。
「それでは、契約紋を付けますのでこちらに」
ドライバーは容赦なく檻にもう一度鍵をかけ、歩いていく。
魔人族の子も嫌がるかとも思ったが、意外にも従順だ。
……そりゃそうか。抵抗できるはずもないしなぁ、あの細身じゃ。
ドライバーは魔人族の子の首輪についた鎖を引き、入り口の方へ向かう。
入り口付近で止まると、ドライバーは魔人族の子が着ていた服を脱がす。
「契約には2種類あります。血統契約と魔力契約です」
ドライバーの話によれば、血統契約はマスターとなる者の血を使い、強力な契約を行う。まず第一に、マスターに対する殺傷行為の禁止。そして脱走してしまった場合に、どこにいるかがすぐにわかる。など。
魔力契約はマスターとなる者の魔力を契約紋に注ぎ、魔術を扱う時のように命令式を送ることで罰や行動の強制ができる。
……魔力契約はきっとこの国独自のものだろうなぁ。
奴隷を買ったほとんどの者は、血統契約を行う。そりゃ当然だ。マスターに対する殺傷など、まずありえてはいけないだろう。それに、脱走後もすぐに見つけられるようだし。
魔力契約がなぜあるかといえば、奴隷には様々な使い道がある、ということを加味してのことだ。剣術などの弟子にするなら、打ち合いなども必要になるし。
しかし、はっきり言ってどちらでもいいんだよなぁ。
命令式の複雑化とか、俺には普通にできるわけで。殺傷行為の禁止とか簡単に送り込めるだろう。
「魔力契約の場合、あとからでも血統契約に切り替えることが可能です。もう一度お越しくだされば、追加料金はかかりますが切り替えを行えます。その他には、奴隷自身にマスターの血をお飲ませください」
ふむ、ならここは――
「魔力契約で」
「良いのかい? 血統契約でないと寝首をかかれるよ?」
学園長が心配するように訊いてくる。
だが、その心配はいらないだろう。
「命令式での殺傷行為の禁止なんて、簡単に送り込めますし、大体知ってるでしょう?」
「……死にたがり、だったな」
諦めのため息とともに学園長がつぶやいた。
そして勝手にしろとでも言いたげな目を向けてきたので、勝手にさせてもらうことに。
「魔力契約でお願いします」
「かしこまりました」
ドライバーは特に訝しむこともなく、平然と答えた。
まあ、どうせ奴隷商人には奴隷がこの後どうなろうとも知ったことではないのだろう。
「では、この子の胸にあります契約紋に、あなたの魔力を注いでください」
俺は言われた通り、魔人族の子のちょうど胸の中心に刻まれた契約紋に手を当て、魔力を流し込む。
魔術を使う時のように、一定量の魔力を契約紋が吸い出す。
「んあッ……!」
魔人族の子が苦しそうに顔を歪め、声を漏らす。
やがて、契約紋が淡く光り出すと、魔力が吸われなくなった。
「はい、結構でございます」
ドライバーはそういうと、俺に魔人族の子が着ていた服を渡してきた。
俺はそれを受け取り、しゃがんでその子に着させる。
「それでは、最後にその子のご説明を聞かれますか?」
「……」
俺は半目でドライバーを睨み返す。
……いや、そりゃ商売だからこれくらいは普通だろうけど。嫌なら聞くなって話なんだろうけど。
「まさに商人だな」
「お褒めに与り光栄でございます」
「……まあいい。聞こう」
「かしこまりました」
ドライバーは懐から数枚の書類を取り出し、それを目で確認していく。
やがてすべての書類に目を通し終え、俺に向き直った。
「まず、この子は魔人族の由緒正しい出自です」
「あん? それにしては安かったな」
由緒正しい出自なら、もっと豪華な檻に入れられていてもおかしくないはずだ。
「そのことですが、この子は10度以上の返品を受けておりまして。ゆえに低価格となっております。それでも、10度返品が続けば普通は強制労働行きですよ」
「なるほどねぇ」
そして、ドライバーの説明が続く。
この魔人族の子は、由緒正しい出自ではあるが、血筋まではわからない。
魔人族の中でも、長命である種族なのは明確。数十年ほど前からずっと奴隷として扱われているが、成長する様子がないのだ。
そのことについて、本人に訊いてみるも口を固く閉ざし、一切を語らない。
だが、それでも見た目は良い方だし、需要はあったらしい。つまりはこの世界にもロリコンはいたわけだ。
魔人族の子を性目的で買う者は後を絶たなかった。
しかし、誰一人として成功した者はいないらしい。つまり処女である。処女であ――……今はどうでもいいことですね。
その原因は、この魔人族の子は、襲われそうになった時、超音波のような大声を発するのだ。
その超音波は催眠作用でもあるかのように、その声を聞いた者は例外なく気絶し、数日は起きないらしい。
しかも、血統契約をしていようと、魔力契約でどれだけ発声を禁止しても、必ずその声を発するというのだ。
故に、誰もが目をつけ、買うのだが、誰一人として成功者はいない。
「もしもあなたもそういうことをお望みならば、お気をつけください」
「望んでねえよ」
する気なんてさらさらない。育てるだけなのだから。
この魔人族の種族に対する考察なのだが、今でも交易が少ないためカラレア神国での調査は難しく、いろんな意見があるらしいが結局のところわからないそうだ。
「以上ですね。お教えしておくべきことは」
ドライバーはそう締めくくった。
俺は説明を聞き終え、魔人族の子へと視線を向ける。
その子は、無表情で俺を見返してくる。
その目に、光はほとんど映らない。
「……学園長、ちょっと城下町を散歩していいか?」
「さっそくか? まあいいだろう。終わったら……学園の方へ来い。職員にでも学園長室を聞け」
「へーい。じゃ、行くぞ」
俺は魔人族の子の手を引き、路地裏を後にした。
「……なかなか面白い目をしている魔導師様ですな」
「そうだろう。あの子も私が見抜いたんだ」
「さすが学園長殿。良い目をしております」
後ろからはドライバーと学園長の話し声が聞こえてきた。
……奴隷商人に気に入られる目ってどんな目してんだよ。腐ってんのか? それを誇らしげに語る学園長もどうかしてるよ。




