行くあて
ラトメアとナフィにもう一度だけ顔を見せ、俺は外へと出た。
外は、3年前とは打って変わって土砂降りだった。
俺は帽子をかぶり直し、ローブのフードも深く被る。
そして、行くあてもなく歩き出す。
……ホント、これからどうしようか。
王国に戻るのが一番いいのかもしれないが、俺はクロウド家を知らない。それに、ニューラはほとんど離縁状態だったし、拾ってはくれないだろう。
冒険者が一番安定しているのかな? クエストで金貰えるらしいし。
今の俺は無一文だし。食糧はラトメアに分けてもらったから、3日程度は持つかなぁ。
一番の問題は、冒険者ギルドがどこにあるか、なんだよな……。
それにしてもこの雨……ひどいな。
視界がほとんど遮られてしまい、遠くまで見渡せない。
……ジギルタイドの洞穴で雨宿りでもさせてもらおうかな。
今更ながらに、雨が止んでから出ればよかったと思いだす。
い、今から戻るのはちょっと……いやかなり勇気がいる。
一つ、深いため息をついてジギルタイドの洞穴を目指し、森に入る。
今日は別に狩りではないし、近くまでは街道を通っていくか。
それなりに整備された街道を歩きながら、周囲に気を配る。
一人の時は魔物に狙われやすいし、警戒しすぎることはないだろう。
「はあ……はあ……」
街道を歩いていると、急に息が上がってくる。
おかしいな。そんな激しい運動なんかしていないし、息切れするような状態ではないのに……。
そもそも歩いた程度で息が上がるような軟弱な体じゃない。
だが、俺の思いとは裏腹に、息はどんどん上がっていく。
たまらず、街道から外れて高めの木に風魔法で登る。
下は魔物だらけだろうけど、木の上まで来る魔物はそういないはず。
そう判断して、木の上で少し休むことにした。
幹に背を預け、呼吸を整えようとするもうまくいかない。
それどころか、どんどん荒くなっていく。
「はあ……! はあ……!」
なんて言えばいいのだろうか?
全速力で長距離走をしているような息苦しさ。
……これは、確か前にも似たような経験をしたな。
いつだったかな?
確か……ノーラと魔術の勉強を始めた頃だったか?
そうだ。この感覚、魔力を使い果たすような、際限なく吸われているような――
そこまで考えた時、俺の意識は闇へと落ちた。
☆☆☆
目を覚ますと、おなじみの真っ白い空間だった。
最初とは比べものにならないほど整理されてはいるが。
いつも通り机についた、輪郭しか認識できない無の精霊が、前以上に苦しそうなうめき声を上げていた。
「……大丈夫か、アレイシア?」
「ああ……君に心配されるなんて、ちっとも大丈夫そうにないよ」
「そりゃ悪かったな」
心配してやったのに、なんて奴だ。
「それより、なんでまた?」
「……聞くまでもないだろう?」
そりゃあ、ねぇ。
俺は一つ、ため息を吐く。
「ホント、いったい君は何をしたんだい? ここまで嫌われている人は初めてだよ」
「きっかけを作ったのは向こうだけどな」
本当、俺のせいではないはずだ。俺は大人しく、努力していただけなのにさ。
俺はアレイシアと机を挟んで向かい合うように移動する。
「……前に伝え忘れていたんだけどさ、今君が死んでもあの世界には帰せないんだよ」
「へえ」
「帰す為の魔導書集めって思ってもらって構わないんだけど……続ける気はあるかい?」
「……」
もう一度、先ほどよりも深いため息を吐いて、あの時に決意したことを伝える。
「アレイシア、神だろうが世界の意志だろうが、なんでもいいから伝えられるなら伝えろ」
「……何を?」
「俺は、貴様らには屈さない。いつか、必ず報復してやる、と」
俺の決意を聞き、アレイシアは口元を歪めた。
「面白い。いいね。それでこそ、だ」
アレイシアは何度も頷き、とても上機嫌のようだ。
「だったら、もう呼ぶ必要もないかな? 魔導書集まる前に死んだら魂ごとすり潰して抹消しちゃうけどね」
「好きにしろ」
「オーケー。なら話は終わりだ」
「そういや、お前、ガラハド・バシャって知ってるよな?」
「ガラハド・バシャ? ……ああ、あの子か。この世界の住民でも、時々ここに迷い込む子がいるんだ。そのうちの一人だよ」
「魔力を分けたか?」
「どうだったかな? でも、あんまりにも思いつめた表情してたから、おかしくなっちゃって手助けはしてあげたかもね」
……アレイシアがしらばっくれるなら、それでもいいか。
「そうか。まあ、別に詳しく知りたいわけでもないからそれでいいよ」
「……どうも。さて、それじゃそろそろお別れだね」
「ああ、そうらしいな」
俺の意識が少しずつ薄れていく。
「次は、魔導書を集め終わったらだ」
アレイシアのその言葉を最後に、俺の意識が途絶えた。
☆☆☆
「――でッ!」
俺が目を覚ましたのは、全身に強烈な痛みを覚えた瞬間だった。
朦朧とした意識の中周囲を確認する。
……世界が上下反転している。
なんてことはなく、ただ単に俺がひっくり返っているだけだった。
どうやら、あの木に登ってから意識を失い、そのまま頭から落ちてきたようだ。
雨はまだ降り続いているし、意識が途切れる前からそれほど時間は経っていないだろう。
まあ、空が白み始めているから一晩は越えてしまったようだが。
俺はひっくり返ったままの状態で少しの間ぼーっとしていた。
「……ん?」
すると、街道の方から番傘のようなものを差して近づいてくる人影があった。
服装も、なぜか和服っぽい着物だ。なんか、外国の人が和服を独自に作った、って感じの和洋折衷みたいな着物。
だけど、その人物の顔には見覚えがあった。
その人物は、俺が番傘の中に入るまで近づいて来て、見下ろしてくる。
「……ようやく、見つけた」
その着物の人は、疲れたようにため息と一緒に漏らした。
俺は体を起こしながら、着物の人と会話する。
「まさか、ユートレア共和国にいるとはね」
「……正確にはエルフの里ですね。首都にも行ってません」
「まあ、一番王国に近いからこそ、見つけられたのだけど」
「で、学園長はいったい何をしに?」
着物の人物、ノーラの通っていた魔法学校の長。
デトロア王国で一番大きい魔法学校、クレスリト魔法学園の学園長。
「ノーラがいなくなって、寂しくてね。そんな時に、君を思い出したのさ」
「……そうですか」
「行くあてがないなら、うちの学園に来ないかい?」
「……」
学園長はそういって手を差し出してきた。
俺はその手を掴むか、逡巡する。
別に、もう魔法に関して興味はない。
詠唱破棄は完成した。魔導書にも選定された。命令式の複雑化もできる。魔力総量は世界一だ。
残っているとすれば、戦闘経験値の差だけだろう。
だけど、その差だって圧倒的魔力量で埋めることもできなくはない。
どこかの大魔術師様にだって、負ける気はしない。
それでも――
「悪くないな」
この先、何もしないよりもマシだ。
今、この時からネリを迎えに行ったってかまわない。
今、この時から魔導書集めに向かってもかまわない。
だけど、それでは――面白くない。
俺は学園長の手を握る。
「学校にはいい思い出がないけど、何もしないよりもマシだろうし」
ホント、前世でも今世でも学校にいい思い出なんてできやしない。
学園長は俺の言葉を聞き、笑みを浮かべる。
「よく言った。では、さっそく向かおう」
俺は学園長に先導されながら、学園長が乗ってきた馬車に乗り込んだ。
☆☆☆
馬車に揺られながら、少しずつ遠ざかっていくエルフの里を窓から眺める。
「随分と悲しそうな顔をするね」
「そうですか? ……まあ、行くあてのなかった3年間を過ごしましたからね。それなりの思い入れはありますよ」
心残りがあるとすれば、やはりリリーか。
結局、うまくさよならを言えなかった。
あとのことはモートンに任せたし、今更気にしてもどうしようもないのだが。
「まるで好きな子を置いていくみたいな雰囲気だぞ」
「言うじゃないですか……」
実際、どうだったんだろうなぁ、俺は……。
リリーが好きか、なんて……告白っぽいものは、リリーが錯乱状態だったからノーカンで。
口から出まかせ、ってわけでもないし。
「恋愛感情を持つには近すぎた、ってところですね」
「そんなことないさ。どの国でも、兄妹間の結婚は条件付きで容認されている」
「……」
何それ怖い。
前世とまったく違うんですけど。
ていうか、それって倫理的に大丈夫なのか?
条件付きっていうし……まさか2人目からならOKとか?
この世界でハーレムができるのか知らんけども。
「ま、兄妹愛し合うほど仲が良いのは珍しいことだし、年に一桁程度だな。王国では」
それでもいるのかよ。
「私は、ノーラは君と結婚するものだとずっと思っていたがね」
「やめてください死んでしまいます」
「そうか。死なれては困るし、このくらいにしておこう」
……まさかからかったの?
嫌な大人だな。
俺はため息を吐き、学園長の方へと顔を向ける。
学園長は初めて会ったときと同じように、扇子を開いて口元に当てていた。
「ここから王都まで、どれくらいかかるんですか?」
「そうだね。大体……御者よ、何日だ?」
学園長が御者台に乗る男性に声をかける。
知らないのかよ。来るときにどれだけかかったかくらい覚えとけよ。
「大体3日だ」
「聞こえてましたよ」
しかし、思っていたよりも早いな。
御者が二人体制で、昼夜問わず走り続けるのか? 馬が死にそうだな、それだと。
馬車には学園長によって結界っぽいものが張られており、魔物が近づいてくる様子がないし。
「それよりも、君には王都についたらまずはデトロア王に会ってもらうぞ」
「ええー……俺あいつら嫌いなんですけどー」
「王を堂々とあいつらなんて言うのは、なかなか胆が据わっているな」
「いい思い出ないですしー。あいつら、絶対俺を目の敵にしそうだしー。トロア村の魔導師が生きていた!? とかって暗殺者送り込まれるー。死ぬーたーすーけーてー」
「……君は、気づいたのか?」
はっ、と息を吐き、学園長を睨むようにして見る。
「気づかない方がバカなんですよ」
「そうか。そうだよな」
学園長は腕を組んで何度も頷く。
ホント、なんで気付かなかったんだろうな。ヒントはいくらでもあったっていうのに。
「さて、そんなことは私にとってどうでもいいのだ」
「でしょうね」
「見せてはくれないか? 魔導書を」
俺は言われた通り、魔導書を学園長に差し出す。
学園長は魔導書を受け取ると、物珍しそうに掲げたり、開こうとしたりしながら感嘆の息を漏らす。
「やはり素晴らしいな、魔導書は。私も選定して欲しかったよ」
「この世界には7つあるんでしょ? チャンスあるじゃないですか」
「そうだが、私とて学園の長だ。離れるわけにはいかん」
手に職を持つってのも大変だね。
魔導書の蒐集を頼まれているし、もし選定していない魔導書があれば持って行ってやるか。
「そうだ。その前に学園についても話しておかなければな」
「そうですね。でも、俺無一文ですよ?」
「問題ない。魔導師、そして有能であることから学費その他費用は全額学園が受け持つ」
「気前良いですね」
「ま、王妃の奴に出資してもらうのだがな」
ひでえ人だな。
それにしても、学園長も女王のことを奴なんて言ってるじゃないか。
「私と王妃は旧知の友だ。奴にも、王妃としてではなく友として扱ってくれと言われているよ」
「良い間柄ですね」
「そうでもないさ。時々、近衛の連中に怒られる。王妃のいないところでな」
「いい兵隊ですね」
「ま、それで口調を戻すと女王に怒られるのだがね」
なんだそれ。
学園長も難儀してるな。
「寮の部屋は……ノーラの部屋を使わせてやりたいが、残念ながら女子寮だ」
「それは残念」
「で、男子寮は満室だ」
「野宿ですね」
王都でテントでも張って野宿するのか。とても奇異な視線が突き刺さるな。
「魔導師にそんなことはさせんよ。私の家の部屋を一つ貸すよ。広いくせに私一人しかいなくて寂しかったのだ」
「ありがとうございます」
「食費などもすべて負担してあげるが……一つ、条件をつけさせてもらう」
「条件、ですか。どんな?」
「それは王都についてからのお楽しみさ。デトロア王に謁見の後、その準備に向かう」
ま、断れる内容でもないし。
無茶苦茶な要求でなければ飲むしかないな。
「さあ、あとのことは私に任せて、君は寝なさい。疲れているだろう?」
「いや、充分寝たんですがね……」
それでもやることなんてないし、結局寝るしかないんだよな。
吐息を一つして、俺は馬車の椅子に横になった。
3年ぶりのデトロア王国。俺はこの国に戻ってきてしまった。
当然なのかもしれないが、俺としては帰りたい場所ではない。
ゼノス帝国に行くのも、他の大陸に行くのも気後れするし、結局は戻ってきてしまう結果なのだろうけど。
それに、いつまでもエルフの里にとどまることもできなかった。
別れは、やはりつらいものがある。
死に別れたわけでないし、リリーもラトメアもナフィも、レンビアもモートンも、俺が戻ってきてもきっと生きている。
それだけが、今の俺には救いだった。
3年前とは違う。トロア村に帰れば家族の墓しかないが、エルフの里に帰ればリリーたちがいる。
それだけでも、3年前のような絶望感はない。
そんなことを思いながら、俺は帽子を脱いで顔に乗せ、ゆっくり目を閉じた。




