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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
家族編 小さな魔法師
3/192

兄の威厳

 勉強を始めて一時間ほど経過しただろうか。

 俺がふと、窓の外へと目をやる。


「やったー! とった! とったとったー!」


 庭から、ネリの元気な声が響いてきた。


 俺とノーラは一度顔を見合わせ、窓に近づいて庭を見下ろした。そこには、木剣を振り回して喜ぶネリと、脇腹あたりを擦っているナトラの姿が。


「うそ……兄さん、取られたの?」


 ノーラがそんな、驚いた表情で言う。

 俺も何も言わないが、内心ではとても驚いている。

 ナトラは三大流派を十分すぎるほどに熟練しているし、その中でも防御特化の護神流は超級だ。いくらなんでも、ネリに一本取られるにはまだ早いと思うのだ。


「ネリ、ちょっと待てって」

「だめだよ、兄さん。一本は一本。そうでしょ?」


 ネリはナトラに詰め寄りながら、満面の笑みを浮かべている。


「だけどな、たった一回のラッキーで」

「あーあー、聞こえなーい! 兄さんはちゃんと戦ったー! 足が滑ったなんで言い訳ですー!」


 耳を塞ぎ、大声で捲し立てるネリ。

 どうやら、稽古の途中にナトラが動いたら足を滑らせて、隙をつかれたらしい。

 なんだ、ただのラッキーパンチか。なら仕方ない。それくらいなら俺でも、ニューラ相手なら何度かあった。

 だが、ネリはそんなことお構いなしに、ナトラに勝ったことに喜びはしゃいでいる。


 ナトラは頭を掻き、難しい表情を浮かべている。

 きっと、これを機にネリが剣の稽古をサボりだすとでも考えているのだろうか。そんなことすれば、ニューラが黙ってはいないはずだが……。

 だが、兄としての威厳は失くしてしまったのだろう。残念そうな顔をしてため息をついている。


「ネリったら……」


 ノーラも、ネリのはしゃぎように困った表情を浮かべている。


「…………」


 仕方ない。こういう時は、俺がなんとかしようか。

 俺は窓を開け、乗り出すようにして見下ろす。それに気づき、ネリがこちらに向いてブイサインを向けてくる。


「兄ちゃん! 兄さんに勝ったんだよ! すごいでしょ!?」


 嬉しそうな顔しちゃってまぁ。だけど、その顔すぐにひっこめてあげよう。


「すごいな、ネリ。だけど、それって偶然じゃないの?」


 俺の言葉に、ムッとした表情を浮かべるネリ。


「偶然でもなんでも、勝ったもん!」

「じゃあさ、今度は僕とやろう」


 この申し出にはネリだけでなく、ナトラとノーラも驚いた表情を浮かべた。


「ね、ネロ? 無茶はダメよ。あなた、剣だとネリには勝てないっていてたじゃない」


 ノーラが心配そうに言ってきてくれるが、俺にだって勝算がなく申し込んだわけじゃない。


「うん、僕は剣でネリには勝てないよ。だけど、魔法を使えば勝てる」


 俺の発言に、ネリは不満顔を浮かべる。


「えー、魔法ってずるいよー」

「そんなことはないよ。だって、兄さんは魔術を扱う人や魔物にだって勝ってきたんだ。だったら、ネリも魔術を使える奴に勝てなきゃ、兄さんに追いついたことにさえならないんだよ?」

「うー、それは……そうかもだけど」


 ネリは口を尖らせて俯いてしまう。


 だが、また顔を持ち上げるころにはその顔は笑顔に変わっていた。


「じゃあじゃあ! 兄ちゃんに勝ったら、あたしの言うことなんでも一つ聞いて!」


 ほう、交換条件を出してきたか。なかなか頭を使うようになったじゃないか。


「いいよ。それでやろう」


 もちろん快諾だ。それに、この程度の交換条件なら予想できていた。


「やった! じゃあ早く降りてきて!」


 ネリは先ほど以上に喜び、そう催促してくる。


「はあ、もう……。ネロ、いい? 危なくなったらすぐに降参するのよ。それと、私と兄さんも立ち会うからね」

「はい」

「それじゃ、降りましょうか」


 ノーラはそういうと、部屋のドアの方へ向かおうとするが、俺は窓から飛び出した。


「ネロ?!」


 ナトラが真っ先に反応し、慌てて動こうとする。が、間に合わない。

 だけど問題ない。

 俺はこれまでの魔法の知識を思い出しながら、魔法を使う。


「風の流れは世界の流れ、その流れを今我が手に。

流れをかき集め、彼の者を撃ち抜け。【ウィンドボール】」


 風の初級魔法を発動させる。

 俺の体は、8歳ということでまだまだ軽い。そのため、魔法で上向きの風を強めに起こすことで、落下スピードを落とし、ふわりと着地する。

 初めてにしてはなかなかの出来だ。


「ネロ、大丈夫か!?」


 ナトラがすぐに駆け寄ってきて、俺の身体全体をぺたぺたと触ってくる。


「大丈夫だよ、兄さん。それより立ち合いを――」


 お願いします、と続けられなかった。

 頭の上から、拳が降ってきたのだ。


「ネロ、いくら大丈夫って言ったって、やっていいことといけないことがあるでしょ?」


 それはノーラの声で、拳もノーラのものだった。


「今後、こういうことはちゃんとあらかじめ言ってからやること。いい?」

「はーい」


やっていいのかよ……。まぁ、実戦で使うにはこういったこともできなきゃいけないもんな。


 俺は仕切り直して、ネリとナトラの方へと向く。


「では、兄さんと姉さん。立ち会い、お願いします」


 頭を下げてお願いをした。



「兄ちゃんと本気でやり合うの、これが初めてだね」

「できれば本気でやって欲しくないんだけど……」


 俺と相対したネリは、野生剥き出しの笑顔で言ってくる。


 ネリとの試合のルールだが、これはナトラとノーラがいい感じに決めてくれた。

 まず、勝敗は先に木剣を相手に当てたら勝ち。だが、あまり強く打ちこむのは無し。怪我をしないためだ。危険だと判断された場合はナトラが止めに入る。

 剣だけでなく、魔法も使用オッケー。これは俺の要望通りだ。それに、ネリだってノーラから教えてもらっているのだから、全く使えないというわけではない。ただ、火魔法だけは使用禁止。火災が起こるかもしれないからだ。

 そのほか、あまり暴れない、荒らさない、文句言わないなどの細かいルールを決め、ようやく俺とネリは向き合った。

 俺とネリの横側に、ナトラとノーラが立ち、試合の判定をしてくれる。


 さて、と。ルールも決まったし、そろそろ始めないとネリの我慢が限界に達しそうだ。


「いいか、二人とも。絶対に怪我をするんじゃないぞ。怒られるのは、兄さんと姉さんなんだからな」


 ナトラが最終確認するように告げる。

 まぁ、確かに兄姉の立場としては止めなければならないのだろう。が、今日は特別ということらしい。

 たぶんこの二人、俺とネリのどちらが強いかにも興味があるんだろうな。一応、図式的には剣士対魔法使いだもんな。

 それに、教えてきたのはまぎれもないナトラとノーラだ。俺たちの成長具合も確認したいのだろう。


「兄さん、そんなことより早く早く! もう待ちくたびれちゃったよ!」


 いうほど待ってはいないと思うのだが、ネリはナトラを急かす。俺と戦うことの何が嬉しいのか、その顔には終始笑顔が浮かんでいた。


「わかったよ。それじゃ、二人とも。準備はいいな?」


 ナトラはそこで少しだけ間を置き、ゆっくりと手を振り上げる。


「始めッ!」


 ナトラが手を振りおろし、そう告げた途端、ネリは一直線に突っ込んできた。

 木剣を構え、容赦なく襲いかかってくる。


 ……おい待て、そんな力強く振るったら怪我するだろ!

 ネリはナトラの言ったことなど、すでに忘れたのか、もう手加減も何もなしに木剣を振るってくる。


「くっ……!」


 俺はネリの攻撃を捌くのに精いっぱい。表情もきっと、苦しさが現れているだろう。だが、ネリは笑顔のまま何度も攻撃を仕掛けてくる。


「ほらほら! それでいいの? 兄ちゃん!」


 ネリが一際大きく振りをつけ、叩き付けてきた剣を狙う。こちらの木剣を斜めに、逸らすように構え、ネリの木剣を滑らすようにして受け流す。


「――!」


 強く打ち過ぎ、少しだけバランスを崩すネリ。だが、その少しで十分だ。


 俺は一旦大きく距離を取り、ネリがまた攻撃を繰り出す前に魔法を使う。


「母なる大地よ、その雄大な力を大きく振るえ。

 彼の者を捕らえ、この地に縛り付けよ。【アースロック】!」


 土魔法の詠唱を終えると、足元の地面が軽く揺れた。そして、ネリの振り下ろされた木剣と、足の脛あたりまでをがっちりと拘束するように地面が盛り上がった。


「えぇ!? ずるいよ!!」


 すかさずネリの抗議が入るが、魔法はありなんだから別にずるくない。……動きとめるのはずるいか。


「魔法はありだよ。それをどう使おうが僕の勝手だ」


 俺は動けなくなったネリに向かって、木剣を構えてゆっくりと歩き出す。


「ふんぬ! ふっ!」


 ネリは必死に拘束を抜け出そうとするが、まだ5歳の脚力でどうにかできるような魔法ではない。


 ネリに十分近づいた俺は、剣を軽く振り被って一太刀入れようとした。

 だが、その動作の途中、ネリは笑っていた。


「――!?」


 俺は身の危険を感じ、大きくバックステップする。

 先ほどまで俺の胴体があった位置に、横薙ぎにネリは木剣を振るった。


「あちゃー、逃げられちゃった」


 ネリは残念そうな表情を浮かべ、頬を膨らませた。

 ……ネリは今、俺の拘束を自力で解いた。それも、剣や手を使わずに。


「兄さん、今の見た?」

「ああ。あんなこと、教えてないはずなんだが……」


 近くから聞こえてくる、ナトラとノーラの会話。

 どうやら、二人にも見えていたようだ。俺もなんとか確認できていたのだが、ネリが使えるとは思ってなかったな。


「ネリ、今の」

「今ね、足から魔力を放出したんだよ」


 自分の所業を自慢するように、少し誇らしげな表情でネリが言った。


「魔力の相殺か。ちゃんと姉さんの授業受けてたんだね」

「え? 受けてないよ」

「……」


 ……え? いや、今の……え?


「ネリ、あとでちょっとお話しようか」


 と、俺の思考がまとまる前にノーラが微笑を浮かべてネリに説教の予約を。


「うぇ!? なんでなんで!?」

「当たり前でしょう! 何を堂々と、授業を受けてないっていうのよ!」


 ノーラは言うと、呆れたように額に手を当て、ため息を吐いた。

 その様子を、俺とナトラは苦笑してみていた。


 ネリはノーラから視線を外し、俺へと向ける。


「兄ちゃん、どういうことなの?」


 ネリが説明を求めてきた。ノーラに……聞けないか。


「えっと、さっきの拘束魔法みたいに一定時間形が保たれる魔法には、術者の魔力を糧にして形を保ってるんだ。だから、その魔法に、他の人の魔力をぶつけることで、その魔法を解くことができるんだ」

「その通りよ」


 俺の説明が間違ってないことを、ノーラが明言してくれる。


「へー。兄ちゃん物知り!」

「ネリも教わってると思うけど……」


 俺の説明を聞き、こちらに親指を突き立ててくるが、俺の説明はまんまノーラの受け売りだ。当然、ネリも聞いているはずの内容だ。


「ただ、相殺できるのは魔法だけよ。魔術になると、魔力の流れが複雑になってそう簡単には読み切れないから」


 ノーラが補足説明をしてくれた。


 しかし、ネリはこれを感覚でやったのか。流石、剣才に恵まれているだけはある。

 これで俺は拘束系の魔法は、使いどころを考えなくては。

 さて、次の作戦は……。


 と、悠長に考えている暇はない。

 すでにネリは動きだし、俺の方へと接近してきている。


「止まることを知らぬ水流よ、今ここに集え。

 流れをかき集め、彼の者を撃ち抜け。【アクアボール】」


 俺はネリが接近しきる前に詠唱を唱え終える。


「うそ……」


 ノーラが驚きの声を上げる。

 それは、俺の魔法が教えたものとは少し違うからだろう。


「ノーラ、あれ教えたの?」

「理論だけで、実戦はさせてないはずなんだけど……」


 先ほどとは二人の立場が逆になっている。


 俺は、【アクアボール】の詠唱を終えると同時に、その魔法に複数の命令式を加えている。

 それは、「弾けず、俺の周りに漂え」、「俺の指示通り動け」というもの。


 魔法には、単純に魔法を唱えるものと、もう一段階上の命令式を加えることができる。

 普通なら【アクアボール】を唱えれば、そのまま術者の標的へと向かって飛んでいく。これは第一の命令として、どの魔法や魔術にも必ずあるものだ。

 そして、そこからさらに術者が勝手に命令式を書き加えることで、いろんな応用を利かすことができるようになるのだ。

 だが、俺はそれをノーラから話を聞いていただけであり、当然魔法の実技ではやったことはない。ぶっつけ本番だったが、何とか成功したようだ。


 俺は形を保ち続ける半径20㎝ほどの水球を五つほど作り出し、そのうちの一つをネリの進路に設置する。


「わぷっ!」


 俺の設置した水球に、ネリが顔から勢いよく突っ込む。だが、ネリはすぐに手を水球に押し当てると、先ほどと同様に俺の魔力を相殺させた。水球は呆気なく弾け飛ぶ。


「まだまだ!」


 俺はさらに水球の数を増やしていき、ネリの進路に設置していく。

 ネリは魔力残量を気にしているのか、むやみに水球に突っ込まなくなり、避けたり木剣で叩いたりして壊していく。

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