日常会話
入り口にあったゴブリンの死体は、どれも頭に一本だけ矢が刺さっていた。
ラトメアの仕業なのだろうが……何とも鮮やかなお手前で。
そのラトメアはというと、入り口正面の木に登って隠れていた。
俺とリリーが出てきたことで、木から飛び降りてくる。
「どうだ? 中の奴は倒せたか?」
「いえ、あの魔物はかなり高い知能を持っています。説得して、もう森には出ないように言っておきました」
「は? いくら知能が高いったって、それは……」
「もう一度出たら殺します。それまで様子を見ましょう。大体、あんなのを子供二人に相手にさせるラトメアさんの方が危険ですよ」
「そうだよ。あの魔物と戦っても、絶対無傷で帰れないよ」
俺とリリーの言葉に、ラトメアは「すまん……」と謝ってきた。
ま、別に無傷で戻れたから責めることでもないんだろうけど。
「それじゃ、帰りましょうよ」
俺の掛け声で、ラトメアが頷いて歩き出す。
帰り道も、特に魔物に遭遇することはなく、順調に進んでいるようだったのだが。
俺たちの帰る方向から、里の人が数人こっちに向かって歩いてきた。
ラトメアはその人たちと二、三言会話すると、俺とリリーに振り返った。
「すまん、あの魔物とはまた別の魔物が暴れているらしい。そっちに行かなきゃならなくなった」
「わかったー。帰り道は私が知ってるから大丈夫だよ」
そこでラトメアと別れ、俺とリリー二人で森を抜けることになった。
まあ、それでもリリーが道知っているらしいし、迷うことはなさそうだ。
リリーが時々寄り道を始めるが、特に魔物に遭遇するでもないので、好きなようにさせている。
ラトメアと別れ、小一時間ほど経っただろうか。
そろそろ森の出口が見えてきてもいい頃合いなのだが……。
「ネロ、聞こえた?」
「微かに、だけど」
人の悲鳴らしきものが、微かに聞こえた。
だが、リリーにはしっかりと聞き取れていたのか、声のしたらしき方角を睨んでいる。
「行くんでしょ?」
「……ついてくるの?」
「ここでリボン外すとか言って、手遅れになるよりかはマシでしょ」
「そっか。じゃあ、悪いけど一緒に来て」
「あいよ」
俺はリリーに導かれるままに、森を進んでいく。
少し駆け足に、こけない様に足元に気を付けながら。
木々が生い茂る中、少し開けた場所が見えた。
そこにいたのは、群れのグリーンウルフと――
「モートン?」
頭にでっかい葉っぱを生やしたアルラウネのモートンが、囲まれていた。
……そういや、モートンって戦闘訓練に出てないんだっけ。見るからにひ弱そうだし、仕方ないのかもしれないけど。
俺とリリーは一度だけ頷き合い、それぞれの武器を手にする。
初撃はリリーの弓矢。放たれた矢は、ラトメアの矢のようにグリーンウルフの頭を貫いた。
走りながらだってのに、素晴らしい射撃術だ。
その分、俺の腕が振り回されるのだがな。もうちょっと配慮して欲しい……。
まあいい。剣を抜けば、俺だって振り回すのだから。
リリーの射撃で、グリーンウルフの狙いがモートンから俺たちへと向く。
数は5匹……いや、もう一匹いるはずだ。
グリーンウルフの狩りの仕方は、必ず一匹が司令塔をする。それがボスである。
ボスを倒してしまえば、配下のグリーンウルフは逃げる。
……まあ、その逃げたグリーンウルフが一匹で暮らし始めて、人里まで近づくようになるんだが。
その辺はラトメアたち里の人に駆逐をお願いすればいい。
「リリー、もう一匹はわかる?」
「えー、と……たぶん、あの草むら」
「リリーはそっちを狙って。俺はこっちを片付ける」
「わかった」
俺は剣を抜き、4匹のグリーンウルフに警戒する。
魔術を使えばいいのだが、野生であるこいつらは危険察知の能力が高い。唱え終わる前に襲い掛かられる。
リリーに援護を頼めばいいのだが、リリーには既にボスをお願いしている。
そこにもう一つ追加するのは……頼ってくれたって喜びそうだけど、やっぱなしだ。
俺は静かに呼吸を整える。
避けることはできない。後ろにリリーがいる。
全部受けるか、切り伏せる。単純だ。とてもいい。
「ガウッ!」
一匹が飛びかかってきた。
俺は真正面、大上段から斬りおろす。
グリーンウルフの勢いと俺の押し込みで、グリーンウルフがきれいに真っ二つに割れた。
血が降りかかるが、気にしていられない。
目元についた血だけを拭い、次の標的に意識を向ける。
次は、二匹同時にかかってきた。
一匹は這うようにして下から、もう一匹は先ほどの奴と同じように上から。
俺は下側のグリーンウルフを力いっぱい蹴り上げ、上の奴へとぶつける。
二匹は錐もみしながら脇へと転がっていくが、残った一匹がその後ろから襲いかかってきた。
俺はリリーと結ばれた方の腕を力強く引く。リリーも俺の意図に気付いてくれる。
俺とリリーは、結ばれた腕を基点にして回転し、立ち位置を変わる。
回った勢いを乗せ、俺は剣を投擲する。
リリーが矢を放っていた辺り、そこへ目がけて投げつける。
血飛沫が少し上がるが、致命傷とはいかなかった。
素早く詠唱し、魔法で追撃する。
「一瞬きの閃きは、冒涜する者への天罰なり。
紫電を纏いて、彼の者を撃ち抜け。【サンダーアロー】」
命令式を弄り、魔力を調整する。
狙い通りに飛ぶように伸ばした腕から勢いよく放たれた雷は、途中で無数に枝分かれして突き刺さっていく。
避けられないよう、範囲を広く。威力は弾かれない程度に。
サンダーアローが、ボスがいる辺りに降り注ぎ、今度こそ大量の血飛沫を上げる。
「ふぅ……リリー、終わった?」
「ばっちり」
一息ついて、背中合わせのリリーに確認を取る。
まあ、グリーンウルフの悲鳴めいたものは聞こえていたのだから確認するまでもないのだろうけど。
「ていうか、ひどいよネロ。あんなに迫ってたのをいきなり投げるなんて」
「別にいいじゃん。無傷なんだろ? それに、ボスに決定打を撃てない方も悪いと思うけど」
「あ、あれは少しずつ追い詰めてたの! もう少しで――」
「戦場で待ってくれるのはバカな兵士だけだよ。すぐに仕留めないと、って戦闘訓練でも教えてたろ」
「う、うー……」
言っておいてなんだが、俺っていい敵に出会えたんだなぁ。
ノーラとの最期を邪魔しないでくれた兵士や、何気に殺さないでくれた将軍さん。まあ、兵士は殺したし、将軍も許す気ないけど。
さて、リリーの指摘はこのくらいにして。
俺とリリーはモートンへと近づく。
その途中でリリーの方へ顔を向けると、目でなんか訴えてきた。
……えぇー、俺が話しかけるのー?
いや、そりゃ亜語の練習にはなるだろうけど。
「あ、あー……モートン? 大丈夫、か?」
うん、もう覚えたての英語を片言で喋ってる日本人みたいだ。
発音が全部カタカナの人、いるじゃん? あんな感じ。たぶん。
モートンは蹲って震えていたのだが、俺の言葉を聞いて顔を上げる。
「え、っと……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
モートンに手を差し出し、掴んでくれるので引っ張って立たせる。
「こんなところに一人でか? 何かしてたの?」
「うん。えっと、ここに生えてるコタバの葉を集めてたんだ」
「コタバの葉?」
聞いたこともない植物だな。
俺の疑問に、モートンはポケットから棒状の何かを差し出す。
「これは加工したものなんだけど……嗜好品で、首都ではそれなりに高く売れるんだ。この森には群生地があるんだけど、アルラウネの一族しかわからないから里にはほとんど出回ってないんだ」
「へえ」
「先に火を点けて、口にくわえて吸うんだ」
「……」
タバコじゃないですかー。
「え、それって有害だったりしないのか?」
「そんなことないよ。それに、アルラウネの僕らが作るのは、むしろ体にいいんだ」
前世の世界の似たものとは全く違うようだ。
それでも素人が加工したり、配分などを変えると一種の麻酔薬になるらしい。
俺はモートンからコタバの葉……タバコでいいか。タバコを渡される。
掲げたりして眺めてみるが、どこからどうみてもタバコである。
「なんなら吸ってもいいよ」
「いいの? 高いんじゃないのか?」
「助けてくれたお礼、ってことにしてくれないかな?」
「ああ、まあ俺は構わないけど」
ちらっとリリーの方へ向く。
リリーも物珍しそうに俺の持つタバコを眺めている。
「リリーさんにもあげるよ」
「ほんと!?」
モートンがもう一本取り出し、リリーに渡す。
リリーは嬉しそうにもらうと、すぐに火を点けて吸い出す。
「……むー、煙ったい……」
どうやら好奇心だけのようだった。
けほけほとむせながら、自分の持っていたタバコを俺に渡してくる。
俺はため息をつきながら受け取り、それを咥える。
……んー、前世でタバコなんか吸ったことないけど、やっぱり煙たいな。
だけど、むせるほどじゃないし……なんか美味しいし。
体にいいとは言っていたが、どの辺がいいのだろうか。
「ん? モートン、どうかした?」
モートンになんか凝視されていた。
え、俺なんかおかしかった? 映像でしかタバコを吸う姿を見たことないから、吸い方がおかしいのか?
「え、あ、いや……なんか、すっごいナチュラルだなー、て……」
何のことだ?
……ああ、リリーからタバコを受け取って、それをそのまま咥えたからか。
「間接キス程度はなぁ……」
「ねぇ……」
俺の呟きに、リリーまで同意するように息を漏らした。
いや、これ全部リリーのせいだからな。俺、別に何もしてないから。
「ああ、でもあれだ。レンビアには黙っててくれると助かる」
「う、うん。僕もその方がいいと思う」
レンビア、まだ諦める気ないんだもんなぁ……。
何回かレンビアに、休校日に連れ出されはしたが、リリーにはてんで手応えなしなのに……。
俺は吸い終わったタバコを地面に落とし、踏んで火を消す。
「さて、それじゃ帰ろうぜ」
モートンにそう声をかけ、俺たち3人は森を抜けた。
それにしても、亜語に関しては日常生活程度の会話ならできるようになってたんだな。




