魔王ガラハドとは
洞穴の中は思っていたよりも広く、そして明るかった。
崖の側面に掘られていたのだが、どうやら上にも穴が開いているようで光がさしている。
「リリー、まずは魔物を起こして、外に引っ張りだすよ」
「なんで?」
「こんな洞穴で魔術放って、生き埋めなんて嫌だろ」
「ああ、そっか」
俺の説明に納得したリリーは頷きながら進む。
洞穴はかなり深く、既に入り口が視認できないほどまで潜ってしまっている。
これはラトメアを待った方がいいのかもしれないな。
なんて考えているうちに、異臭が漂ってきた。
「くさっ! 何この臭い?」
俺とリリーは鼻をつまみながら顔を顰める。
しかし、この臭い……どこかで嗅いだことがあるんだが。
どこだったか?
そもそもこんな異臭、普通に生きてりゃ嗅ぐような臭いじゃ……。
「人の焦げた臭い、だな……」
思い出した。トロア村で、帝国の兵士を、村人を焼いた時と似た臭いだ。
だけど、ラトメアからはそんなこと聞いていないぞ。
人を焼いて食べる魔物なんて、いるはずもないだろうし。
俺とリリーは歩調を緩めながらも奥に進む。
進むにつれて、異臭もひどくなる。天井からの光もなくなってしまった。
「うー、臭いー……」
「我慢しろ。それか、リボン外してラトメアさん呼んでくるか?」
「それはイヤー……」
どんだけ強情なんだ、こいつは。
まあ、嫌がるなら無理にとは言わんが。
それでも、リボンを諦める覚悟位はしといたほうがいいのかもしれない。
……まあ、ネリは生きているし、形見ってわけでもないからいいんだけど……それでも抵抗はある。
臭いに耐えながら奥に進み続けていると、ようやくその最奥が見えてきた。
そこには、何かを積み上げてできたでかい山と、一つの塊があった。
俺たちを認識したのか、その塊はゆっくりと動き出した。
「ネロ!」
その塊を観察していると、リリーにいきなり飛びつかれ、洞穴の側面に激突する。
だが、リリーに飛びつかれた瞬間、かろうじて見えたのは、俺がいた場所にその塊が突進をしたところだけだ。
目にも止まらぬ速さ。見たといっても、ブレてよく見えちゃいない。そこに何かが突っ込んだ、程度のものだ。
その塊の突進は、リリーのおかげで避けることができた。だが、恐ろしいのはその威力だ。
俺にあたらなかったことで、その塊は洞穴の壁に激突したが、ただの突進だけで洞穴の壁が抉れてしまっている。
『ほう……我の初撃を躱すか……』
そいつは脳内に直接話しかけてくる。
だが、隣りのリリーを見ても特に変わった様子はない。
……まさか俺だけに届いているとか?
その塊がゆっくりとこちらを向く。
「万物の恵みとなる光よ、我に力を貸したまえ。
この闇を払いて、世界を照らせ。【ライトアップ】」
光魔法を素早く唱え終え、辺りが明るくなる。
そして、光はその塊を照らし出した。
そいつの外見は、人の頭、虎の四肢、鳥の翼、蛇の尻尾などなど……。
なんか、中二病の方がとりあえず詰め込んだって感じの魔物だった。
ていうか、こんなの魔物図鑑にも載ってねえぞ。創造されたとか言い出したら、製作者マジで中二病だろ。
一番近いのは新種のキメラか?
「……きもい」
隣でリリーも、ナチュラルな感想を漏らしているし。
「え、えーと……お前、何なの?」
とりあえず、自己紹介は大事だよねっ。期待はしてないけど。
『……この匂い、懐かしいな』
ガン無視されたー。
まあ、そりゃそうですよね。
しかし、臭いって……俺には死体の焦げた臭いしかしないのだが。
『この匂い……懐かしい……いつの匂いだ? そう、あれは……300年前だ』
魔物って記憶力良いのか?
ていうか、こんな危険な魔物を300年前から放置してたのか? この里の者たちは。
しかし、こちらの都合など一切知らないそいつは、勝手に一人思案に耽ってしまっている。
俺とリリーは頷き合い、臨戦態勢に入る。
『そうこの匂いは……我が主の匂いだ』
お前の主が誰か知らんが、ここにはいない。
外まで連れ出すのも、これだけ知恵があるなら無理そうだし、不意打ちっぽいけどやらせてもらう。
「万物が恐れる赤き象徴、その力を我が手に。
彼の者を撃ち抜き、燃やし尽くせ。【ファイアボール】」
「【ウィンドアロー】」
俺とリリーが同時に詠唱し、魔法を撃ち出す。
だが、そいつは避けることすらせず、俺とリリーの魔法が直撃した。
「……こんなのでやれるわけないよなぁ」
「うん。まだ生きてる」
リリーはどこで判断しているのだろうか。
ダークエルフにだけ見える何かがあるのか? 便利そうだな。
「とりあえず、もう一発」
「待って」
俺が詠唱しようとすると、リリーが俺の口に手を当てて黙らせてきた。
「何かおかしい……敵意がない、ていうか……」
リリーの手をどけ、俺はそいつに目を向けたまま答える。
「敵意はなくっても、こいつがいると安心して暮らせないんだろ? だったら倒さないと」
「それは……そうだけど」
何をためらっているんだ?
大体、魔物に敵意がどうとか普通ありえないだろ。
魔物は人を襲う。襲うからこその魔物だ。
襲わない魔物は、動物のカテゴリーに含まれるのだから。
俺がもう一度詠唱しようとした時、そいつがいきなり動いた。
こちらに向かって動いたかと思うと、そいつは既に俺の足元に移動していた。
俺は慌てて避けようとした瞬間、そいつは思いがけない言葉を発した。
『我が主よ! 先ほどの無礼はお許しください。しかし、時は満ちたのですね!』
「はい……?」
そいつは、片膝をついて手を胸にやり、俺に対して敬意を払っていた。
『ご指示を!』
……意味が分からん。
☆☆☆
その魔物が俺に対して敬意を払っていることは、リリーにもわかったようで、説明を求められた。
だがな、説明を求められても俺にもさっぱりわからん。こんなこと、初めてすぎる。
なので、とりあえずはそいつに話を聞くことに。
「少し待て。お前は俺を誰かと勘違いしているんじゃないか?」
『そんなはずはありません。この匂い……魔力は間違いなく、我が主、ガラハド様のものです』
そいつは俺に片膝着いたままの状態で語りかけてくる。
……ここで出たか、ガラハド。
300年前の魔王である。全世界を敵に、魔物を使って侵略しようとした魔王だ。
「だから、俺はガラハドじゃない。見ろ、全然違うだろ」
そういって腕を広げて全身を見せる。
まあ、俺はガラハドがどんな容姿かなんて知らないけど、それでも違うだろ。
そいつは少しだけ顔を上げ、俺を舐めるようにして見る。
……その見方はとても気持ちが悪いです。
『……ふむ、容姿は確かに違うようです。が、それでも、ガラハド様は仰いました』
「なんて?」
『「もし、私と同じ魔力、髪の人物が訪れた時は、その者に従え」と』
「……おいおいおい」
待て待て待て。
ガラハドは白い髪と伝えられている。元人族であるとも。
……俺が、ガラハドの後継者である、と?
「……よし、とりあえず話し合おう。俺はまだ幼い。だから、お前たちについてほとんど何も知らない」
『そうなのですか?』
「そうなの。お前だって、自分たちをよく知らない奴に使われるなんて嫌だろ?」
『我が主の言葉、我は一切疑いませぬ』
「主人だろうがなんだろうが、少しは疑え」
俺はため息を吐く。
こいつはバカなのか? ……バカなのだろう。
隣のリリーを見てみると、こいつの言葉がわからないのかつまらなさそうにしている。
「リリー、リボン解いて帰っててもいいぞ」
「なんでそんなにリボンを外したがるの? 一緒にお風呂入れなくなるんだよ?」
「俺は一切構わん」
「うそだー。あんなに喜んでたのにー」
「喜んでねえ。真実を捻じ曲げるな」
……よ、喜んでないよ?
ともあれ、今はこいつだ。
リリーには俺の言葉しかわからないからつまらないんだろうけど、俺もこいつについてはもっと知りたいのだ。
近くにあった手ごろな岩に腰掛け、ガラハドのしもべである魔物に顔を向ける。
リリーも近くに岩を見つけて座る。
「とりあえず、お前の身の上話からしてくれ」
『わかりました』
その魔物の話を聞き、わかったこと。
魔物の名前は、ジギルタイド。
ガラハドの侵攻の際、ユートレア共和国の侵攻を任された、ガラハドの忠実なるしもべ。
ジギルタイドの他に、各国それぞれを担当する魔物がガラハドによって生み出されたらしい。
彼らガラハドによって生み出された魔物たちは全く新しい魔物。魔物を束ね、統率する知能を持つ。区別して魔獣と呼ばれていたらしい。
ジギルタイドは、ガラハドの侵攻の時にはユートレア共和国の全魔物を統率するほどのカリスマがあり、それらを率いて亜人族と戦いを繰り広げた。
しかし、ジギルタイドにはカリスマしかなく、最初は数の力で押していたのだが、時間の経過とともに劣勢に追い込まれていった。
「お前、見た目に違わずバカなのな」
『面目次第もございません』
まあいい。今は放っておこう。
そして、唯一占領できたのは魔人族の国、カラレア神国のみ。
しかも占領できたのは、カラレア神国が勝手に内乱を起こし、そこに付け込んだだけのように聞こえる。
デトロア王国はその時にいた一人の魔導師のために撤退。
ゼノス帝国は持ち前の軍事力で難なく撃退。
アクトリウム皇国はドラゴニア帝国との共同戦線により、上陸すらできなかった。
ヴァトラ神国はそもそもヴァルテリア山脈を越えることができなかった。
なんともひどいものである。
ていうか、絶対にガラハドの采配ミスだろ。ジギルタイドなんか物理効かないんなら、対ゼノス帝国用の魔獣だろ。
まあ、それでも魔物としては怨敵である魔人族を倒せたので上機嫌だったらしい。
そして、カラレア神国を基盤に魔物の国を作ろうとした際、その時代にいた3人の魔導師が攻め入ってきた。
たった3人。されど魔導師。
ガラハドは一切の油断なく戦ったが、やはり地力が違う。火力も全く違う。
それゆえ、魔導師とまともに戦えたのはガラハドただ一人だという。
「……待て、ガラハドって人族のはずだろ? なんで魔導師と戦える?」
『ふむ、我はそういうものだと判断しておりましたが』
「お前に聞いた俺がバカだった」
ガラハドは、3人の魔導師に対して孤軍奮闘した。
国を攻めるために生み出された、ジギルタイドたち魔獣も加勢にいこうとするも、とても割り込めるような戦いではなかった。
ガラハドは3人のうち、2人を倒すことに成功。しかし、2人倒すだけで限界に達し、もう1人を取り逃してしまった。
しかも、生き残った1人はお返しと言わんばかりに、周囲にいた弱い魔物たちを駆逐して回ったらしい。
……なんとも小物な。
『そして、弱ったガラハド様は、我々に元の持ち場に戻り、ガラハド様、またはガラハド様と酷似した者が現れるまで忍び続けろと告げました』
「……てことは、ガラハドは生きているのか?」
『わかりません。しかし、あのお方がそう簡単に死ぬとは思いません』
弱ってたんならもう死んでてもおかしくないだろ。
……しかし、ガラハドの侵攻がそんなものだったとは。
まあ、俺はガラハドの侵攻についての歴史書を読んだことがないし、こちら人間側の解釈がわからんのだが。
予想はできる。生き残った魔導師が、あたかもガラハドを討ち取ったかのように国に帰り、英雄として崇められるようになった、とかな。
間違っちゃいない。いないんだけど……それは違うだろ、と俺は思う。
……今はガラハドだな。
そして、命令通り持ち場に戻った人造魔物たちは、言いつけどおり、来るかもわからない主人を待ちに待っていたわけか。
この分だと、アレルの森にもいるんだろうなぁ。
一個師団でも勝てない魔物ってのは、きっと魔獣の一匹だ。
「ガラハドってのは、どこに行くとか言ってなかったのか?」
『確か、決して誰にも見つからず、かつ誰も気に留めない場所、と言っておりました』
うん、どこだよ。わかるわけがねえ。
仕方ない。ガラハドには聞きたいこともあったのだが、会うのは後回しだな。
「さて……そろそろ俺の本題に入ろうか」
『なんなりとお申し付けを!』
「この臭い、なんだ?」
俺は未だに漂う、人を焼いたような臭いに顔を顰めながら尋ねる。
「あの積み上げた山だ。あれから漂ってきてる」
『ああ、あれは人里を襲おうとか言い出したゴブリンの死体です。言う事を聞かないもので、燃やしました』
「……」
何コイツ、いい奴なの?
「亜人と遭遇したのは?」
『あれは森に逃れた、そういったゴブリンを追いかけていた際、少々人里に近づきすぎました』
「……」
いい奴、なのかなぁ。
俺は隣に座るリリーに耳打ちする。
「おいリリー、こいつは殺さない方がいいと思うが?」
「だから、私もそういったじゃない」
「ああ、あれってそういう意味なのな」
だから攻撃を止めたのか。いい勘してやがる。
しかし、こいつは俺の言う事はちゃんと聞く……んだろう。なら、殺すのはやめた方がいいだろうな。
「よし、わかった。ジギルタイド、今はまだ時は満ちてはいない。俺が来たのは……そう、迷い込んだようなものだ」
『なんと。我の早とちりでしたか』
「ああ。だが、いずれ時は満ちる。それまでに少しでも多くの魔物を従え、そして息を潜めていろ。これからは絶対に、亜人族に姿を見せるな」
『了解いたしました』
ジギルタイドは綺麗なお辞儀を披露し、奥へと戻っていく。
「ああ、あと、外のゴブリンには悪いが、掃除させてもらったぞ」
『構いません。彼らは、我の威光を利用しようとしただけの者ども。むしろ感謝します』
何とも嫌な関係だな、おい。
俺は岩から立ち上がって、グッと伸びをする。
「終わったの?」
「終わった。たぶん、もうあいつは森にはでないよ」
「でもさ、ここでネロが死ねとか言ったら死ぬ勢いの忠実さだったよね?」
こいつ、話わかったのか?
態度だけでそこまで見抜いたのだとすれば凄すぎるだろ。
「んな嫌なことするかよ。また一つ、命背負うことになる」
「魔物なのに?」
「人間並みの知能を持ってる。だから、魔物だと断定しにくいんだよ」
あと、私的な理由だ。
……俺がいつか、この世界に牙を向いた時にいい私兵になる。
俺は、ガラハドと似ているようだしな。それに、一度世界に裏切られている。
「さてと、帰ろうぜリリー。ここ、いつまでもいると鼻がおかしくなりそう」
「うん、そうだね」
俺とリリーは、入り口に向かって一緒に歩き出した。
……後ろからバリバリという音には極力意識しない様に。




