結ばれた腕
エルフ の里に滞在を始めて半年ほど経った。
リリーはもう俺を許したようだが、俺はいまいち距離感を掴めないでいた。
元々、あんまり仲良くしたくなかったってのもあり、あの時距離を取られてから測りかねている。
まあ、別にそれでも構わない。
レンビアの頼みは、そこにつながるのだから。
レンビアの言う事ってのは、思った通りリリーとあんまり仲良くするな、だ。
初めにモートンをけしかけたのも、そういったことからだ。
つまり、レンビアはリリーに惚れている。冒険者になるってのも、きっとラトメアに勝ちたいとか、そんなことからだろう。
好きな相手の興味を引こうと悪戯をする。典型的な小学生の発想を、80歳超えたガキが実践しているわけだ。
しかし、同じ家に住んでるのに、どうしろってんだ。
まあ、そんな感じで1か月が経ったのだ。
今日も今日とて早起きをして、ラトメアやナフィの手伝いをする。
やがて登校時間に近づくと、自室から必要なものをカバンに詰めて出てくる。
と、部屋の目の前でリリーが仁王立ちで待ち構えていた。
「……どうかした?」
「なんか最近、態度おかしいなーって」
「それは気のせいだ。だって半年ほど前から似たような態度だし」
「それって、私が近づかない様にしてた時?」
「……たぶん、そうじゃない?」
俺の返答に、苛立たしげに足でぱたぱたと音を立てる。
……やめろよ、怖い。
と、思った次の瞬間、リリーがいきなり身を屈めると同時に急接近してきた。
しかも、その手は俺の顎目がけて掌底を放っている。
「せいッ」
「――!?」
その攻撃を、俺は避けることすらできず、軽く宙を舞うと同時に気を失った。
☆☆☆
ずるずると引きずられる感覚から、俺は目を覚ました。
軽く頭を振って、周りの確認をする。
……どうやら、腕を掴まれて強引に引っ張られているようだ。
まだ頭がふらふらするし、顎にも痛みは残っている。
「いてて……いきなり何すんのさ?」
俺は空いている方の手で、顎をさすりながら引きずっているリリーに問う。
しかし、女だってのに男の俺を引きずるとか……戦闘民族だったな、そういや。
現在地は……どこだ? 屋内っぽいし、学校か?
「ちょっと荒療治でもしようかなって。お父さんに聞いたんだからね」
「……何を」
って聞くまでもないか。
ラトメアめ、口が軽すぎるぞ。
「ネロが信頼してくれてないって。私を妹として見てるって」
「別に妹を思い出すってだけで、妹としては見てないし、どちらかというと姉の外見だし――」
「うるさい。口答え禁止」
「……」
俺は一息つき、周りをもう一度見回す。
うん、現在地は学校であってる。周りに亜人の子供が大勢いるから。
……だけど、なんか周りの目がおかしい。いや、そりゃ人一人引きずってりゃそういう反応もあるだろうけど……。
それを差し引いても、好奇の目がひどい気がする。
周りの視線の行く末を追ってみると、それは俺とリリーの腕へと向かっていた。
で、腕を見てみると。
「あの、リリーさん? 俺のリボンがどうしてこのような状態に……」
俺が左腕に巻きつけていた、ネリのリボン。それが、俺とリリーの腕を結んでいたのだ。
「だから、荒療治」
「説明になってねえから。ちゃんと人族にもわかる説明を」
俺の文句に、リリーは振り返って顔を近づけてきた。
……近い近い。鼻と鼻がぶつかりそうだ。
「ネロが信頼してくれるように」
「……元から信頼してるし、治療にもなんねェよ。あと近い、惚れそう」
「ふふん、惚れてもいいのよ?」
「ハッ、誰が」
ただの冗談だ。
俺は口端を吊り上げて、リリーの目を見返して言うのだ。
「今の俺に、他人に惚れる余裕はねえよ」
☆☆☆
しかし、この状況を許さない奴を、俺は知っているわけで。
自分のクラスに入ると、皆の注目の的になる中、真っ先にそいつが飛んできた。
「な、何してるの?」
レンビアだ。
レンビアは、引きつった笑みを浮かべて、人語で俺とリリーに話しかけてきた。
リリーは、レンビアが心の底から嫌いなのか、顔を背けて答える。
「ネロが逃げないように」
レンビアは俺の肩を組むと、ぎりぎりまで俺とリリーを離して小声で聞いてきた。
「おい、どういうことだよ。僕の言う事はどうなった?」
「あー、それなんだが……俺ではどうにもできんっぽい。口答えを禁止された」
「はあ!? お前――」
「ねえ、何を話してるの?」
レンビアと話し込んでいると、リリーがいきなり声をかけてきた。
レンビアはビクッと肩を震わせ、慌ててリリーに振り返る。
「な、なんでもないよ! ところでさ、リリーはずっとその状態でいるつもりなの?」
「そうだよ?」
「トイレや風呂や着替えや寝る時も?」
「そのつもりだけど」
そのつもりなの!?
俺が驚いた! あ、レンビアがたらいでも落ちたかのような衝撃を受けている。
ていうか、やけにあっさりと、恥ずかしげもなく言えるもんだな。
「お、おいリリー? それ本気?」
思わず結ばれた腕を引いてリリーに訊く。
「なに、嫌なの?」
「嫌」
「はっきり言うわね……。ネロはさ、私が何十年生きてると思ってるの?」
そりゃ、リリーの年齢からすりゃ俺は赤子同然でしょうね。
「裸の付き合いが一番だって、お父さんから教わったからね」
「それ男同士の話だから!」
ラトメアー! てめえ、自分の娘に何を教え込んでんだ!?
どうせあれだろ? 大きくなっても一緒に風呂に入りたいとか、そんなこと思いながら言っただけだろ!?
めっちゃ裏目に出てるよ、おい!
「嫌なの?」
「嫌」
「……」
「痛い痛い痛い! やめ、やめろバカ!」
いきなり首を絞めたかと思うと、なぜか俺の服を剥ぎ取ろうとしてきた。
なので蹴っ飛ばしてやめさせる。
いったいこいつは何を考えてんだ? マジでバカなの?
なんで服脱がそうとしたし。……いや、ホントになんで?
俺の足は顎に命中するが、気絶するまでの衝撃を与えられなかった。……それはそれで問題だろうけど。
『――、―――――!』
バカ騒ぎをしていると、先生が教室に入ってきた。
まあ、亜語だから怒っていたとしても俺にはまだ瞬時に訳せないのだが。
リリーとレンビアが頭を下げていたので、俺も同じように下げておいた。
☆☆☆
この1か月、ラトメアたちには家でも亜語を使ってもらうよう頼み、ようやく教師の話にもついていけるようになった。
……細かい訳はまだできない。それでも、大筋を拾うことはできるようになった。
細かいところは、相変わらずリリーかレンビアに頼んで訳してもらう。
で、今度はレンビアが露骨に態度を変えてきた。
まったく、こいつはバカなんじゃないかと思えてくる。
なので、リリーに聞こえないようレンビアに伝えてやる。
「お前な、もっといい方向に考えろよ」
「ああん!?」
ぐりん、と音がしそうな勢いで振り返ってきた。
「こえぇ……。あのな、俺を連れ出せばリリーも一緒についてくるんだぞ?」
「それが何だよ?」
「はぁ……よく考えろ。リリーに怪しまれることなく、かつ絶対に連れ出せるんだぞ? どこへでも連れて行けばいいだろ」
「……おおっ」
レンビアが感嘆の息を漏らすが、すぐに表情を改めた。
まあ、そりゃ察するけども。
「俺がついてくるってのは納得いかないかもしれんが、今までは悪戯程度しかしてないんだろ? 一歩前進だろ」
「ふむ……それもそうか……」
「俺は1年以内には里を出るつもりでいる。そのあとの関係はお前次第だろ? 俺を利用して仲良くなってろ。取っ掛かりは充分だろ?」
「そうなのか? なら……良い提案だな。確かにケミトとハーメーンより使えるな」
そいつら誰だ? ……ああ、お前の近くで犬やってるダークエルフね。
あれ? 俺半年もあいつらの名前知らずにいたの? ……どうでもいいか。
「よし、なら早速――」
てな具合でレンビアのご機嫌をとることに成功。
……まあ、そのおかげで休みがかなり潰れてしまったのだが、それくらいは我慢しよう。
☆☆☆
戦闘訓練の準備運動である組手では、腕を結んだままリリーとしなければならない。
とてもやりにくい。……まあ相手が誰であれ、腕を結ばれてたんじゃやりにくいが。
それにリボンが千切れるのは嫌だし、うまく攻撃も避けられない。
結果、俺は簡単にリリーに敗北。
「弱すぎない?」
「うっせ。そう思うんならリボン外せ」
「それは嫌」
「はっきりいいやがる……」
何が楽しくてこんな戦闘訓練をしなきゃならんのだ。
そりゃ、俺にもっと余裕がありゃハプニング装っていろいろとやってやりたい気もするが、今はそんな余裕は一切ないのだ。
……なんか、損をしている感が否めない。
組手も終わり、各自の武器を持って教官の場所へ行くのだが。
「おい、リリー。弓はあっちだ」
「今日から木剣にする」
「徹底してやがる……」
もうため息しかでない。
しかも、やはりここでも相手はリリーのみ。他の……といってもレンビアぐらいしか相手にしてくれないのだが、レンビアすらももう近づいてこようとしない。
ま、学校じゃあんまり近づかない様にしたのかなと勝手に結論づけさせてもらう。
リリーが弓を習っていた時の成績は、グループ内ではトップだったらしい。それをいきなり木剣に変えるとは……なんて思っていたが。
戦闘民族と言われるだけあり、リリーは木剣の技術も素晴らしい。
武器ならオールマイティなのか? それとも脳筋なの?
「……なんか失礼なこと考えてない?」
少し不機嫌な表情で訊かれた。
「そんなことを思わせるお前が悪い」
見事な責任転嫁である。知ったこっちゃないが。
ただ、それでも俺からしてみばまだまだ甘い。
リリーの太刀筋はナトラによく似ている。
ナトラと知り合って、木剣はナトラから教わったのかもしれないが……それじゃダメだ。
俺が、ナトラとノーラが王都に行ってから誰を相手にしていたと思っている?
ナトラを追い詰めるほどの剣才を持つ、ネリだ。
ネリは本当、勝つためには容赦なかった。だから、俺も容赦をしなかった。
……ま、それでも一度も勝てなかったのだが。
だけど、リリーには勝てる。
ネリに比べれば、甘い甘い。
「砂糖菓子食ってるみたいだよ、リリー」
「え?」
リリーが横薙ぎに振るった剣を屈んで躱すと、足払いをする。
だけど、リリーは簡単に飛んで躱す。小さく、最小限の隙で済むように、跳んで。
跳んじゃ逃げ場はない、って教わらなかった?
俺は両手をついて、逆立ちの要領でリリーの顎を蹴り抜く。
「……!」
それでもリリーは、歯を食いしばって痛みに耐えると、木剣を力強く振るった。
だけど力任せすぎる。子供が無邪気に剣を振り回しているようなものだ。
俺は伸ばしていた腕を曲げ、後転をするようにしてリリーの股を抜ける。
体格的にリリーの方が俺よりも大きいので、簡単に股抜きができた。
俺はしゃがんだままの態勢でリリーのうなじ辺りに切っ先を当てる。
「はい、お終い」
「うそ……?」
俺はリリーの背後にいるので、どんな表情をしているのかはわからないが、まあ言葉的に驚いているんだろうな。
そしてお約束のような周りの目。レンビアなんかラスボスでも見つけたような恐怖の表情をしている。
まあ、そんな目線は極力気にしない方向で。
「リリー、兄さんの太刀筋を真似るのも良いけど、アレンジしないと俺には通用しないよ?」
「……」
リリーが悔しそうな表情で振り返ってくる。
しかも、若干涙目だ。どうしよう、泣かせちゃったかな……?
と、とりあえずフォローを!
「り、リリー! 花柄のパン――げふっ!」
「うわああああああああああああん!!」
リリーが俺の顔面に強烈な一発を加えると同時に盛大に泣いた。
そりゃそうか。下着の話でフォローとか、どこのラノベの主人公だ。
いや、でもよく考えてくれよリリー。お前は今何を穿いている? ズボンだ。そう、ズボン。
ズボンの裾からパンツなんて、あの一瞬で覗けるわけがねえだろ。
その反応の方が俺はダメだと思う。
なんて思考してたら、リリーが勢いよく駆け出してしまった。
リボンでつながれた俺は、案の定引きずられる。
……ネリのリボン、とても強靭だなぁ。
とりあえず思考を放棄した。




