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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
エルフの里編 強くなる魔法師
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適切な距離感

 落ち着いたラトメアは、ナフィに引きずられて帰っていった。

 後に残ったリリーは、なんか赤くなって俺から距離を取っていた。……やめろよ、こっちまで恥ずかしくなるだろ。


 で、まあダークエルフはラトメアの言うとおり戦闘民族認定があるらしく、それを投げ飛ばす俺は異常にしか映らなかった。

 それにリリー教だってあるし、男子からの人気が低いわけじゃない。だから、周りはあんなに見てきていたし、ラトメアの宣言もあった。

 ということ。

 この時から、俺の立ち位置がリリーの婚約者とか囁かれるようになってしまって、俺は唯一の話せる相手を失ったわけだ。



 とはいえ、戦闘訓練は続く。

 組手は終わりとして、妙な騒ぎのせいで時間が取られたとかで、戦闘訓練の授業が少し伸びることになった。


 武器の種類は三つ。

 木剣、槍、弓のうちのどれかだ。


 俺は、ナトラから習っていたこともあるので、木剣を持って教官のところへ。

 ちなみにリリーは弓だ。ダークエルフとはいえ、やっぱり弓なのか? とか思ったが、木剣の教官もダークエルフだった。

 あんまり前世の情報は役に立たんね。


 生徒数30人。10人ずつ綺麗に分かれた。

 しかし、リリーと離れてしまっては話し相手はいない。さて困った。

 と思っていると、


「お前、人族だろ?」


 後ろから人語で声を掛けられた。

 振り向いてみると、あのエルフ3人組のうちのエルフが立っていた。


「そう、だけど……お前も話せるのか? 人語」

「まあね。僕は冒険者になって世界を飛び回る気でいるからさ」

「そりゃ高尚な夢ですね」


 やばい、こいつに対していい感情を持てないから友好的な喋りができない。

 そいつはそれを察したのか、苦笑しながら続けた。


「そうつっけんどんに言わないでくれよ」


 そして、そいつの目を見た瞬間、背中に悪寒が走った。

 案の定、そいつは俺の耳に口を近づけ、小さい声で言ったのだ。


「この訓練で君が話せるのは、僕だけなんだよ?」


 ……嫌な目をしやがる。

 前世の兄を思い出す。人を利用するのが、好きな奴の目。


「通訳ないと、何もできないんだろう?」

「……」

「やってあげてもいいよ? 僕の言う事を聞くならね」


 ……俺を手懐けて、どうするつもりだろうか?

 ま、見え透いたもんだけどさ。


 さて、じゃあ俺も相応に応えてやらないとな。


「ホントですか!? いやぁ、困ってたんですよ! 言葉はわかんないし、授業もわかんない! これじゃ学校に来てる意味がないですし!」


 俺はできるだけ声を張り上げて答える。

 そのせいで周りの視線が集まってきた。

 どうせ里の者たちにはわからないだろうし、リリーには距離取られてるから聞こえるはずもない。


 そいつはいきなり声を張り上げた俺に戸惑いを表す。


「あ、ああ……」

「俺にできることならなんでも言ってください!」


 そこで俺はそいつの耳に口を近づけ、最小限の声量で言う。


「きっと、あなたの下僕の二人、モートン以上に役に立ちますよ?」

「お前……」

「ああ、あと、俺を利用しようなんていい度胸じゃん。だけど、通訳はきちんとしてもらうよ?」

「主導権がどっちにあると――」

「青空にぶっ飛ぶか? それとも夜空? お好きな方をどうぞ」

「……チッ、わかったよ」


 やはり花火はいい。綺麗だし、異世界じゃ脅しに使える。


 そいつは俺から数歩離れると、悪趣味な笑みで手を出してきた。


「せいぜい使わせてもらうよ」


 はっ、と息を吐き、俺はその手を弾いた。


「よろしく。ネロだ」

「知ってる。レンビアだ」



☆☆☆



 レンビアとお友達になって数日。リリーの態度が激変した。

 婚約者とか言われ出したこともあるが、それ以上に俺がレンビアと仲良ししているのが気に食わないらしい。

 露骨に距離を取られるようになった。


 リリー以外とも話せる相手が欲しかったと言い訳してみるも、聞く耳を持たない。

 亜語の勉強にも付き合ってくれなくなり、教師が専らナフィになってしまった。まあ別にかまわないけど。


 ナフィには、いきなりリリーが距離を取り始めたことについて話を聞いてきた。


「あの子、途中で投げ出すような子じゃないんだけど……」

「……仕方ないですよ。俺のせいですし」

「あら、お父さんのせいじゃないの?」


「あー……いえ、どうでしょうね。でもトドメは俺でしたし」

「そう……」


 そういってナフィは手を頬にあてた。

 ラトメアも十分原因ではあるだろうな……距離を取るきっかけを作ったのはラトメアだし。

 まあ、それでも俺がレンビアと仲良ししているのが今の原因だからな。


 俺はその日の亜語の勉強を終え、自室へと戻る。

 あてがわれた部屋にあるのは、机とベッドだけ。必要最低限の家具だが、特に文句はない。住まわせてもらってる身だし。


 一息つき、教材である本を机に置いてベッドに寝転がる。

 この里で過ごし始めて数日。亜語はようやく話を追える程度にはなったが、細かい言い回しなどがまだ理解できない。

 ……英語って苦手だったからなぁ。そもそも、母国から出るなんてことすら考えていなかった。


 俺は左腕を高く掲げ、腕に巻きつけたリボンを眺める。

 ネリは、ゼノス帝国か。あいつ、獣語喋れるようになんのか? 勉強嫌いだし、ガルガドも苦労するだろうなぁ……。


「母国、ねぇ……」


 本当に母国だろうか、あの王国は。

 そりゃ、前世の記憶があることを含めれば、俺の母国は日本なのかもしれない。

 だけど今、ネロ・クロウドとしては、あの国で生まれ、育ち、そして――


「捨てられた……か」


 王都でいい思い出はないし、王にも嘲笑をもらった。

 ……王が嘲笑、ね。

 嫌なもんだ。まさか、あれを予期してたとでも? ばかばかしい。なら、もっと早く対処できたはずだ。


『この戦争はかなり黒いぞ』


 ……敵の言葉を信じるつもりか? 俺は。


「ハッ!」


 掲げていた左腕を、ベッドに叩き付ける。

 やめだやめだ。こんな不毛な思考はいらん! 強くなることを考えろ!


 俺はベッドから飛び出ると、玄関に向かった。


「あら、どこか行くの?」


 リビングを通る時、ナフィにそう訊かれた。


「少し外に。勉強で頭から煙が出そうで」

「あらあら。あんまり遠くに行かないでね。もうすぐ夕飯ができるから」

「わかりました」


 ……この里の料理って、全部取れ立て新鮮で余すところなく使うんだよなぁ。昨日はイノシシの頭が食卓に上がったな。

 今日は、確かラトメアがオオカミとウサギを獲って帰ってたな。……刺身が食べたい。

 明日にでも獲りに行こうかな? ちょうど休みだし。


 なんてことを考えながら、家を出て適当にふらつく。

 アテもなく歩いていると、広大な草原に出た。

 地平線まで眺めることができるほどに、周りには一切何もない。


 俺はその場に座り込み、夜空を見上げる。満天の星と、不気味なほど美しい三日月。

 月を口にして、夜空が俺を嘲笑う。

 矮小な存在め、大切なものに気付かぬ愚か者、後悔しかしない軟弱者、――家族を殺した張本人が。


「――」


 そんな声が聞こえてきそうで、そこに世界の意志が含まれているように感じた。

 俺は涙を堪え、草原に横たわる。そして夜空に左腕を高く掲げ、親指と人差し指をピンと立てて夜空に向ける。


「――バン、バンバンバン」


 この世界で、俺だけが知っているであろう殺人兵器。

 俺はミリオタじゃないし、こんなものの構造なんか把握していない。


 だけど、どこで覚えたのか前世の子供の頃はよくこうやって、嫌な奴に指を向けて、遠くで撃っていた。

 見つからない様に、気づかれない様に。


「なんだそりゃ。王国で流行ってる遊びか?」


 後ろから、足音と共にラトメアの声が聞こえた。

 ラトメアは寝転がる俺の近くに座った。


 ラトメアについてきたのか、マンティコアのミケも一緒にいた。

 こいつ、なんて鳴くんだろう。にゃあ? わんじゃないだろうし……。


 俺はミケを拾い上げ、掲げるようにして持つ。

 …………。


「おい、なんで逃げる」


 俺は無言で、ミケを抱いたままラトメアから離れるように転がった。


「不意打ちの警戒」

「んなことしねえよ」


 だろうな。だけど、まあ気持ちの問題だ。

 俺はミケの首辺りを撫でてやりながらラトメアと話をする。


「あんまり近寄られると、情が移る」

「オレは捨て犬か何かかよ……」

「ナフィさんという首輪を離れた猟犬」

「言うじゃねえか」


 ラトメアは引きつった笑みを向けてきた。

 ……俺はその笑みから顔を逸らした。


「どうした? 本当にオレのせいなのか?」

「……違いますよ。助けてくれた人に、恩を仇で返すようには教わってません」

「ならなんだ? そろそろ夕飯だから、さっさと帰ろうぜ」


 ラトメアはそういって立ち上がる。

 だけど、俺には立ち上がる気になれない。


 本当に、この人たちは優しい。

 ……優しすぎて、涙が出てくる。


「いったいどうしたんだ? あ、わかったぞ。リリーに距離取られてるのが悲しいんだろ?」

「まあ、いきなりあんな態度をとられると心を抉られますね」

「オレから言ってやるよ。前みたいにベタベタしてください、って泣きながら頼んできたってな」

「わーい、親公認でリリーにおさわりだー」

「やっぱなしだ!」


 どっちなんだよ。あと、別にベタベタもしていない。


 俺は一息ついて、適当に詠唱をする。

 口を開かず、声が出ない様にして生み出した雷の玉。それを高速で移動させ、光の残滓で星を描く。

 その残滓を追って、ミケが猫パンチを繰り出している。とても微笑ましい。


「ほう、詠唱破棄を覚えたのか?」

「いいえ。聞こえない様に詠唱しただけです」

「そうか。……しかし、いつみてもお前の魔術はすげぇな。冒険者時代の仲間を思い出す」

「……こんなところにまで来て、俺の家族の話を持ち出しますか」


 俺の言葉に、ラトメアがハッとしたような表情をする。

 まさか、気づいていないとでも思っていたのだろうか。


「え、お前……気づいてたの?」

「気づいてますよ、とっくに。ラトメアさんは母さんの、サナの元仲間でしょ」


 俺は雷の玉を消し、腕を投げ出す。


 サナからは世界中のいろんな種族と冒険していた、程度にしか聞いてはいない。

 そもそも、人族でそんなことする者はほとんどいない。どこに行ったって、人族は目の敵にされるんだから。逆も同じだ。

 なのに、ラトメアは人族に対して偏見などを一切持っていなかった。大人だから、で片づけられるほど、ラトメアは大人に見えない。


「そうだが……なんで?」

「そういうもんでしょ? 世界は狭い。広いようで、妙に狭い」

「子供のくせに、達観してやがる」


 ラトメアはそういってからから笑った。


 ま、マンガの受け売りだがな。

 だけど、この世界こそフィクションとしか思えていない俺には、その受け売りがよく役に立つ……時もある。たぶん。


「そんな物分りのいいお前に、リリーからお願いだ」

「勉強手伝ってくれるなら、って伝えといてよ」

「そんくらい自分で言えよ。ったく……お前らはオレをなんだと思ってんだ?」

「たぶん、使いっ走り」

「ふざけんな怒るぞ」


 怒るとか言って、顔は笑顔なんだよなぁ。

 俺はようやく体を起こし、立ち上がる。


「で、何をですか?」

「命令式の続きを、だとよ」

「あーあ、ちょうどいい距離感だと思ってたんだけどなー」


 俺は手を組んで頭の後ろにやり、歩き出す。ミケは俺についてくる。

 ラトメアは夕飯ができるから呼びに来たのに、いつまでも帰らないんじゃ、ナフィに怒られる。

 絶対ラトメアより怖いよ、ナフィは。


「……なぁ、お前はまだオレたちが怖いのか?」

「……」


 痛いところを突いてくる。

 やっぱり、変なことは口にしない方がいい。口は災いの元だ。


 だけど、聞かれたんなら答えてあげるか。


「怖いですよ、特にナフィさんとか。俺を本当の子供のようにかわいがってくる。それが、一番怖い。リリーも、俺を慕うとか妹思い出しそうで怖いし、ラトメアさんはもう……なんか怖い」

「オレだけ曖昧なんだが……まあ、お前の気持ちなんてわかるはずもねえけどよ……もうちょっと信頼してくれたっていいんじゃないか?」


 俺はラトメアに振り返り、口端を上げて答えた。


「信頼してますよ……落胆しない程度に、ね」

「ひでぇ子供だ」


 俺の答えに、ラトメアは豪快に笑った。

 俺は……笑えなかった。

 ただ、口端を吊り上げ、笑っているように見せることしか、できなかった。


「そろそろ1週間だ。どうするか決めたか?」

「ええ、お世話になることにします。……ま、宣言通り1年以内には出ていくでしょうけど」

「それはオレたちの提案じゃねえからな。寂しくなったらそれ以上いたってかまわん」

「考えときます」


 そんな会話をしながら、俺とラトメアは家路についた。


 で、家に帰ると案の定料理は食卓に並べられており、ラトメアはナフィに説教された。

 ……食卓に並ぶはオオカミの頭とウサギの丸焼きであった。

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