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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
エルフの里編 強くなる魔法師
22/192

魔術の前に

「だから命令式を」

「命令式って何?」

「……命令式ってのは――」


 一つ、さっそく収穫があった。

 リリーが俺の暇つぶしの魔術を見て、自分もやりたいと言い出した。だからやり方を教えたのだが、リリーはまず命令式を理解していなかった。


「魔術を放った後、どういう動きや形をとるかを決めるものだよ」

「……どうやるの?」

「ええ、と」


 ここで、ノーラの理論説明がとても役に立つ。


「まず、詠唱の時に魔力を練り上げるだろ? ……まさかわからないとか」

「わかんない」


 リリーの満面の笑み。ついでに両手の人差し指はほっぺだ。とてもあざとい。


 頭を抱えたい。

 ノーラの理論すら、通じないとは……。



 現在位置はリリーの部屋。

 俺の部屋も用意してくれるらしいが、まだ片付けが済んでいないのだとか。


「リリーってさ、魔術使う時ってどうしてるの?」

「うーん……詠唱したら簡単にできるよ」

「その時にもっとこう動いてくれたらとか考えないの?」

「考えない」

「……」


 マジかよ。根本から考え方が違うのか?

 だけど、魔法書はデトロア王国にあるものとほとんど変わらないし……。


「考えなくてもその通りに動くもん」

「……それ、標的とかを決めて撃つの?」

「そうだよ」

「ちょっとやって見せてくれる?」


 仕方ない。まずはここの魔術に関する基礎を知らないと。


 俺とリリーは外へと向かった。

 ナフィが俺の部屋になる……物置? に居たので声をかけておく。

 ラトメアは狩りだそうだ。魔物が多い森が近くにあるらしく、里の者数名といつも出かけるらしい。


 このエルフの里は自給自足が当たり前の場所だ。

 自分で食べるものは自分で育てるか獲る。そのどちらか。


 まあそれでも、ここにだって通貨があるわけだし、物々交換だって行われている。

 それでも里の者全員が何かしら食べ物を取りにいくそうだ。


 それと、学校は今日はないらしい。どちらかといえば里の者のボランティアっぽいものだし、校舎も里の者が作ったものらしい。

 多民族の里なので、いろんな特徴を持った人がいるらしい。まあ人族は俺だけのようだが、それでも数十年前には人族の子がいたらしい。


 その学校にはこの里を統括している……まあ貴族のような奴の子供もいるらしい。どこにでもいるんだなぁ。

 ナフィは週3くらいの頻度で、学校で教師をしているらしい。ラトメアも戦闘訓練でよく呼ばれるそうだ。

 戦闘訓練もあるのかよ……いや、強くなるといった手前、嫌とは言わないが。



 さて、外に出てきた俺とリリーだが、まずは標的を見つけないとな。


「うーん……森にでも行くかな?」

「森はお父さんが入っちゃダメだって」

「やっぱりか……」


 アレルの森ほどではないのだろうけど、魔物が出るところに子供を行かせるわけないか。

 適当に歩き回り、里から離れた草原に来た。


「適当に標的作るか」

「だったらあれやって!」

「はいはい……」


 あの、命令式を複雑にしただけの、暇つぶしの魔法だろう。


 命令式の複雑化には、それを発する者の容量が関係してくるのがわかっている。

 俺はアレイシアに会う前、命令式の複雑化を2回行えば血反吐はいてぶっ倒れていたが、今ではどれだけしようがとくに問題はない。

 このことに気付いたのは、うっかり魔法の複雑化を3回ほどした時だ。俺だって二度同じ轍を踏む気はなかったのだが、思わずやってしまっていたのだ。

 で、その時にどれだけできるかを恐る恐るしていたのだ。ミーネが近くにいた時に。

 結果、100回過ぎても血反吐は吐かなかった。


 俺は魔法を唱えると同時に、命令式の複雑化……「宙に浮いて指示通り動け」を中心に構築し、詠唱の合間に送り込む。

 これだけで、詠唱の完了と共に魔法が宙を浮き、弾けることがない。

 火と水の玉をそれぞれ5個ずつ作りだす。


「おおー!」


 これだけで、リリーは目を輝かせる。

 なんか、先が思いやられるなぁ。


 俺はその10個の玉を少し遠くに飛ばす。


「じゃあ、詠唱からやってみて」

「わかった」


 俺がお願いすると、リリーはさっそく魔術の詠唱を――


「【ウィンドアロー】」


 ――しなかった。


 リリーは10本の風の矢を生み出し、その矢は俺の飛ばした10個の玉にすべて命中して弾けた。

 ……今、詠唱破棄したのか?


 目を輝かせたまま、リリーがどうだと言わんばかりに俺の方へ向いた。

 俺はそれに笑顔で答えてやる。


「詠唱から、って言わなかった? ん?」

「ひっ! ご、ごめんなさい!」


 ドヤ顔を引っ込めて、謝ってくる。

 ……とまあ、別に怒る必要はなかったんだが。


「まさか詠唱破棄とは……」

「え? ネロ、できないの?」

「は?」


 いきなり 、こいつは何を言い出すのだろうか。

 詠唱破棄って、難しいものなんじゃないのか? 王国では、一人しか使えないらしいし。

 なんて思っていたら、リリーは思いがけない言葉を発した。


「里の皆できるよ?」


「……は?」



☆☆☆



 まさか、滞在一日目でラトメアたちに厄介になることを決心するとは……。


 リリーは事もなげに、詠唱破棄をやって見せた。

 リリーが言うには、魔術名をいう必要すらないのだとか。何それ暗殺し放題じゃん。密室作り放題じゃん。

 そんなどうでもいい考えは置いといて。


 そういや、王都で会ったキツネの暗殺者も詠唱せずに鉄球の硬化とかしてたな。なぜ気付かなかった、俺……。


「とりあえず詠唱」

「はーい」


 何はともあれ、詠唱だ。

 そこが違うのかもしれないし、別の場所かもしれない。

 まあでも、一番わかりやすいのは詠唱だしな。


 俺はファイアボールを唱え、先ほどと同じように少し離れたところに飛ばす。


「何撃つの?」

「アクアボール」

「りょーかい」


 リリーは俺から少し離れ、詠唱を開始した。


「止まることを知らぬ水流よ、今ここに集え。

 前に漂う赤き玉が敵なり。

 流れをかき集め、彼の者を撃ち抜け。【アクアボール】」


 リリーが唱え終わると同時に、アクアボールが撃ちだされて俺のファイアボールをすべて消し去った。


 ……露骨に違いがあるな。

 俺、ちゃんと詠唱しながら撃ってたよね? リリー、なんで気付かないの?

 だが、これはこれでおかしい。リリーの家には魔法書も置いてあったので、読ませてもらった。だけど、あんな詠唱はなかった。


「なあ、その詠唱って魔法書に書いてなかったよな?」

「うん、そうだよ。でも、魔法はほとんど先生に教えてもらうからね」

「なるほどねぇ……」


 エルフの長年の知恵、って奴かね?

 長い年月の間で、詠唱に標的を決める言葉を組み込んだら命令式の必要がなくなった。


 生活に必要な魔術は注ぐ魔力を抑えることで扱える。それに標的を決める必要もないので、命令式の必要性がなくなった。

 もちろん、それによる不都合も当然あるのだろうが、魔術は基本、戦場で飛び交うものだ。

 ライターやマッチはなくとも、火打石のようなものならこの世界にだって存在する。水は汲んで来ればいい。風をそこまで欲さない。雷も然り。土は道具を使えばいい。

 そういったところか。


 ……さて、命令式の概念すらないこのダークエルフに、俺はどうやっておしえればいいのやら。


「それでさ、命令式って何なの?」


 ……難しい。

 どうせ、敵を確定する詠唱をせずに自分で決める、とかいう説明じゃ納得しないだろうし。

 納得はしないまでも、理解してやろうとしたところで結局魔術は普通に発動してしまう。それではやはりわからないままなのだから。

 俺が知る命令式は、組み込まないと魔術が発動しない。だけど、その概念を知らないまま、リリーは魔術を覚えてしまっている。


「……つまり、リリーの使う魔術は教科書通りの魔術に対して、俺の魔術は自分専用の魔術にすることができる。それを可能にしているのが命令式」

「ん……んー? ……うん」

「わからないならわからないでいいんだけど」

「わかりません」


 正直でよろし。でもそれじゃいけないんだよなぁ。

 一番手っ取り早いのは、まずリリーの持つ魔術関連の知識を捨てさせる。それから、俺がデトロア王国で、ノーラから教わった魔術の理論を説明する。

 ……でも、まず捨てさせること自体が難しそうだ。


「とりあえず、今日は帰ろう。明日、学校があるんだろ? 俺もこの国の魔術について知らないと説明しにくいし」

「わかったー」


 ということで、今日は帰ることとなった。


「私ばっかり教えてもらってちゃ、なんか悪いよね」


 帰り道、リリーが突然そんなことを言い出した。


「でも俺はリリーの家に泊めてもらってるんだから」

「でもそれってお父さんとお母さんが、でしょ? 私は特にネロに何もしてないからなー」


 まあそうなるか。

 魔術のことだって、学校に行けば先生から教えてもらった方がいいだろうし。


「あ、そういえば、ネロってこの国の言葉喋れるの?」

「……へ?」


 言葉……だと……!?


「え? でもリリーやラトメアさんとは話が……」

「私のうちはお父さんが大体の国の言葉を喋れるからね。教えてもらったの。お母さんも」

「……つまり?」

「この国の言葉知らないと、授業わかんないと思うよ?」



☆☆☆



 1日目にして滞在を決心したのはよかった。

 だがその数十分後に挫折しそうになるとは思ってもみなかった。


 帰宅後、俺はさっそくリリーにこの国の言葉を習い始めた。


 この世界には、7つの言語が存在する。

 人族が人語。

 亜人族が亜語。

 獣人族が獣語。

 海人族が海語。

 龍人族が龍語。

 魔人族が魔語。

 天人族が天語。


 まあそれでも、同じ大陸の者同士なら多少は伝わるらしい。

 だがこのユーゼディア大陸だけは別だ。歴史のせいで、全く違う。

 亜語と獣語は少しだけ似ているらしいが、人語は全く違う。日本語とフランス語くらい違う。

 文法、単語、構成、その他諸々。全く違う。


 ラトメアは海語と天語以外を習得している。冒険者として世界を飛び回っていたらしいが、ヴァトラ神国だけはいかなかったから必要なかったのだという。海語は単に習う機会がなかったらしい。

 で、ナフィとリリーはラトメアに海語と天語以外を教えてもらい、マスターしたらしい。


 その歳でマスターとか無理だろ、とか思った俺だが、リリーはダークエルフだ。エルフなのだ。


「リリーって、何歳?」

「えー、と。確か86? くらい」


 ですと。流石エルフ。長命であるため成長も遅いっぽい。

 あ、でも10歳くらいまでは早いらしい。そこから緩やかになると。

 俺の精神年齢よりはるかに高い。


 しかし、それだけの歳月があればマスターもできるか。


「ちなみに一つの言語覚えるのにどれくらいかかった?」

「私はー……5年くらい?」

「うわー、先が長いー」


 もう嘆くしかない。


「だ、大丈夫だって! 私、よく先生にバカだって言われるし! ネロならもっと短い期間で覚えられるって!」

「ああ……うん……」


 翻訳魔法とかないのかなーないかーあったら覚える必要ないもんねーラトメアもそこまでバカじゃないだろうしー。

 あー、そういえばガルガドも人語話してたけど微妙に片言だったなー。


 何はともあれ、覚えるしかない。

 俺の目下の急務は強くなることだ。その過程に詠唱破棄は必ず必要だ。


 まず教材だが、これはあの本を使う。

 そう、ナトラから借りて読み、ナトラがリリーに譲った本。

 『迷宮探索 砂上の楼閣編』である。


 リリーはこの本を読んでおり、他の子にも読ませてあげようと思って同時進行で翻訳もしていたとか。

 とてもありがたい話である。


 亜語に翻訳した本から、ページ順に単語を抜き出していき、それを覚えていく。

 寝る前には亜語の本を読んで寝る。わからない文法や単語は書き出して、次の日に教えてもらう。

 リリーやナフィ、ラトメアと家族総出で俺の言語学習を手伝ってくれた。


 で、まあ言語学習は確かに大切なのだが、俺にはさらに大切なことがあるのだ。

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