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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
エルフの里編 強くなる魔法師
21/192

優しさと恐怖

 ぱちっと目を開ける。

 がばっと体を起こす。

 ぴょんっと布団から抜け出す。


 軽くストレッチ。

 軽くジャンプ。

 軽く素振り。

 軽く魔術。


 ふむ、不具合なし。


 俺は体のどこにも異常がないのを確認後、辺りを見回す。

 部屋は特にこれといった特徴はなし。机に椅子にベッドに本棚に……普通の子供部屋、って感じか。

 ただ一点、おかしなところを挙げるとするならば――なんかベッドの脇に置かれた椅子で、初めてアレイシアに会ったときのような寝方をしている人が。


 その男性の特徴は……長い耳。

 だけど、エルフではない。絶対に違う。肌の色が黒い。

 これはあれか? 前世では絵でよく見た、ダークエルフってのか?


 まあ、とりあえず起きてくれるまでは放っておくか。疲れているだろうし。話はあとで聞けばいい。


 俺はもう一度、部屋を見回す。

 すると、ベッドの隅に一冊の本が置かれていた。

 その本を手に取ってみる。


「……懐かし」


 その本は、以前俺が暇な時に読んでいた冒険物の物語だ。

 確か、ナトラが出ていく前に読み返すかもとか言って持っていったんだったか。

 その時には読み終えていたし、別にかまわなかったんだ。一度読んだ小説を、俺はあんまり読み返さないからな。


 その本を眺めていると、唸り声が聞こえた。

 声のする方へ向いてみると、椅子に座って寝ていた男性がちょうど起きるところだった。

 その男性は、立っている俺に視線を向けて顔を綻ばせた。


「起きたか」


 その言葉にナトラを思い出してしまった。

 ……前にアレイシアに会った後も、こんな反応だったな。


「どうした? 暗い顔して」

「いえ、なんでもありません。あの、ありがとうございました」

「いいって。あ、オレは――」

「それでは、この辺で。本当にどうもありがとうございました。大変、ご迷惑をおかけしました」


 俺は男性の言葉を遮り、捲し立てるように言って荷物をまとめ始める。

 荷物といっても、着の身着のまま、剣が一本だけだ。すぐに済む。

 ローブ良し。剣良し。ペンダント良し。リボン良し。帽子……が見当たらない。


 俺が言葉を遮った時の状態でフリーズしているその男性に尋ねる。


「あの、俺の帽子はどこでしょう?」

「――えっ? あ、帽子? 帽子なら確か娘のリリーが……」

「わかりました。じゃあ、少し聞いてきますね」

「あ、ああ……って違う!」


 その男性はいきなり声を荒げた。

 いったい何が違うというのだろうか。


「すみません、謝礼は勘弁してください。見た通り、一文無しです」

「そのようだな……ってそうでもない!」


 ならばいったい何なんだ?


「ああ、いや……出ていけるくらいに元気になったのはいいことなんだが……どこに行くんだ?」

「どこでしょうかね? まあでも、強くならなきゃいけないんで適当にダンジョンでも潜ろうかなと」

「一人でか?」

「一人で、ですかね」


 そう答えると、その男性は長く盛大なため息を吐いた。


「ダンジョンは一人でいけるような場所じゃないぞ。しかもお前はまだ子供だろう? 一番難易度の低いダンジョンだって攻略は無理だ」

「そうでしょうか? 魔術にだけは自信があるのですが」

「それは自意識過剰だろう。確かに、お前の使っていた魔法陣は魔術を放ったまま長時間維持されていたことから、魔力総量が馬鹿でかいのはわかる」


 ……魔法陣? 何のことだろうか。

 あ、あれか。俺が暴れた時に足元に見えてた、あれか。

 あんなので魔力総量とかわかっちゃうの?


「だけど、それでも攻略は難しい」

「別に攻略する必要はないので、第一層あたりに籠ってても構わないのですが」

「それでも疲労や魔力枯渇などがあるから、死ににいくようなものだ」


 ……まあ、アレイシアにはあんな風に言われたが、今だって生きたいとは思っていない。

 それでも強くなるとか、そう思っているのは両親との約束を果たすためだ。

 俺は今、両親の約束とネリの救出と世界への報復の三つで動いているのだから。


「とりあえず、少し待ってろ。家族集めて、まずは自己紹介からだ」

「いりません」


 男性の提案に即答していた。

 少し強い口調でもあったし、その男性は驚いている。


「……どうしてだ?」

「必要ないから、です。……いずれ失うものですし」

「お前にいったい何があったんだ?」

「……家族、を」


 それ以上、言葉を紡げなかった。

 いきなり吐き気がして、その場にしゃがみ込んでしまう。

 右手は口元にあて、左では頭を押さえていた。


 今でも、家族の最期の顔を思い出すことができる。それも、鮮明に。

 ノーラの声が耳にこびりついて離れないし、ナトラの重さが腕に残っている。ニューラの無残な姿も瞼に焼きつき、サナとの約束が俺を拘束する。

 ネリを救わなければという責任感が容赦なく押し潰してくる。


「ああ……悪い、嫌なこと思い出させちまったようだな」

「いえ……」


 俺はゆっくりと立ち上がりながら、その男性を見る。


「もう一つ、嫌なことを思い出せてしまうかもしれないが、聞いていいか?」

「……」


 その問いにイエスと答える奴はいないだろう。少なくとも、俺は答えたくない。

 だけど、俺はノーとも言えなかった。


 仕方なく、小さく頷いた。


「お前、ナトラさんの弟か?」

「……ええ。ナトラは、俺の兄ですが」

「なら、やっぱりお前を見送るわけにはいかないな。ナトラさんには、娘を助けてもらった恩がある」


 ナトラに恩? 確かに、ナトラならどこに恩があっても不思議ではないほどに人はできている。

 だが、まさか亜人族にまで恩があったとは……。


 ああ、そういえば、なんか8歳の時に王都を訪れた際、グレンを怒鳴ったことでレギオン家の当主が俺を気に入って、それで引き抜きにあったとか言ってたっけ。

 レギオン家はユートレア共和国との一番大きい国境領地を任されている公爵家だから、給料もいいとか言ってたな。対人関係はうまくいってなかったようだけど。

 その巡り合わせでできたのだろうか。


「訓練相手で良いとは言っていたが、やはり命を助けてもらったんだ。こっちもそれ相応の返しをしたい」


 恩着せがましい……とは少し違うか。

 しかし、だからって俺はここに長居したくない。


「それに、お前は魔法師なんだろ? この里には学校もある。強くなるのには、まず習うことからだと思うが?」

「……魔法や魔術の基礎ならすべて叩き込まれています」

「でもそれは人族の基礎、だろ?」

「亜人族とは違うというんですか?」

「いや、オレは人族の授業を受けたことがないし、どうも言えないが……それでも新しい発見があるかもしれないぞ」


 確かにそうかもしれないが……。


「ま、とりあえず自己紹介からしよう。リビングで待っててくれ。妻と娘を連れてくるからよ」


 そういって、その男性は部屋を出て行った。


 ……リビングどこやねん。



☆☆☆



 家はそこまで広くはなく、おかげで簡単にリビングっぽいところを見つけた。

 キッチンとテーブルがあるだけであるが。


 そのテーブルに適当につき、特にすることもないので魔法で遊んでおく。


 火の玉でお手玉だー。

 今度は水の玉でヨーヨーっぽいものー。

 お次は風で部屋のお掃除ー。

 雷で糸を作って水の玉をコーティングー。

 土で人形作りー。


 ……暇だな。


「……ふん」


 パチン、と指を鳴らすとともに、光と闇の魔法で弾けたように消す。

 実に空虚。何もない。一切合切失った。

 あるのは、この身ひとつ……ね。

 随分とまあ、嫌われたものだ。


「すごい! ねえ、今のどうやったの!?」


 だけどそいつは、


「ねえねえ、どうやったの!?」


 俺の前に現れて、言うのだ。


「そんなに上手に魔術を使えるなんて」


 まったく見当違いな、


「まるで世界に愛されてるみたい!」


 虫唾が走る言葉を。



☆☆☆



「オレは元冒険者のラトメア」

「妻のナフィよ」

「娘のリリー」


「ネロ・クロウド……です」


 1対3でテーブルにつき、ラトメアが妻と娘の間に立っている。

 ラトメアの外見年齢は……20代後半か? ナフィはもっと若く見える。リリーは大体高校生? 少し幼さが残るが。

 さらに俺の足元には、あのマンティコアっぽい生物がいる。確か、ミケだったか。猫っぽいからよく似合ってはいるが……ライオンベース、だよな?

 まあどうでもいいか。


「それじゃ」

「待て待て! だから待てって!」


 立ち上がって出ていこうとすると、ラトメアに引き止められた。


「なんですか? 自己紹介なら終わったでしょう」

「行くあてもないのに、なんで出ていこうとする?」

「迷惑がかかるから」

「別に迷惑なんて思わねえよ。オレはよく拾い物をする」

「人と動物を一緒にしないで欲しいですし、それに誇らしげにいうことでもありませんよね」


 俺の言葉に、自慢顔だったラトメアの顔に冷や汗っぽいものが大量に流れ出す。


「それにラトメアさんがよくても、他の人が」

「私は構わないわ」

「私もー」

「……」


 そういう反応やめてほしい。俺はさっさとこの家から出ていきたいのだ。

 それに、あんたらわかってるのか? 魔物や動物飼うのと、人を養うのは全く別次元のものだぞ。


 それからいろいろと説得され、ラトメアは一つの提案を出してきた。


「とりあえず1週間ほど泊まれ。行くあてがないなら別にかまわないだろう? それと、学校に行ってみればいい」


 ……学校には少し興味がある。が、同時に行きたくない気持ちもある。

 あそこは何かを習うと同時に集団社会の場所でもある。集団社会といえば、当然上に立つものがいる。それは教師以外に、番長とかいう奴だ。

 それに聞く限り、ここはユートレア共和国だ。亜人族の国である。亜人ってのはエルフやドワーフやホビットなどの人の姿だけど人とはどこか違う者たちのことだ。


「そういえば、ラトメアさんたちってエルフ……なんですか?」

「ん? 近いが違う。ダークエルフという奴だ」


 やはりダークエルフか。


 ラトメアの話を聞くと、ここはデトロア王国との国境に接しているため、戦闘能力の高い民族が住んでいるらしい。ダークエルフはその筆頭である、と。

 他にも、ドワーフやホビット、普通のエルフも住んでいるとのこと。多民族国家であるユートレア共和国は、こういった里が多いらしい。


 で、この里に一番多く住む民族がエルフであるため、エルフの里と呼ばれているらしい。

 ダークエルフは、普通のエルフの約4分の1程度しかいないらしく、ここ以外にも主要都市はあるため、均等に振り分けられているとか。


 ……だけど、俺の知ってる知識だと、ダークエルフってそう数いるとは思えないんだが。


「ダークエルフって、エルフが闇堕ち的なやつでなるんじゃないんですか?」

「発祥はそうらしいが、長年の間、代を重ねていくうちに民族として認定されたようだな」


 ということらしい。

 まあ、元がエルフだからやっぱり美男美女である。ラトメアだってイケメンだし。ナフィとか子持ちに見えない。


「とりあえず、娘のリリーが学校に通ってる。1週間、その学校で学べ。それでも得られるものがないと思ったら、出ていけばいい」

「はあ……いや、でも」


「子供のうちに学んでねえと、大人になって後悔しても遅いんだぞ」

「……ラトメアさんは後悔してるようには見えませんが」

「オレは冒険者だったからな。腕っぷしだけの世界だ」


 と言って豪快に笑うが、それでは説得力が一切ない。

 そんなラトメアを、ナフィが叩いていた。


「ネロ君、なんでそんなに出ていきたがるの?」


 ナフィが、優しい声でそう訊いてきた。

 俺は、その声が怖かった。優しいからこそ、怖かった。


「教えてくれないかな?」

「…………」

「黙ってちゃわからないわよ?」


 答えられない、のだ。

 喉まで出かけた言葉は、嗚咽となって吐き出される。


「……零れるのが、怖い」


 それでも、何とか言葉にすることができた。

 とても小さく、か細い声だっただろうけど、何とか言葉にできた。


「手から、落ちていくんだ……小さな、大事な何かが、最初は5つあって……そのうちの4つが、なくなって」


 言葉を紡いでいくうちに、涙が溢れてきた。


「残った一つも、落ちてしまいそうで……」


 ナフィは、笑顔で聞いていた。

 ラトメアもリリーも、難しい表情をしているのに、ナフィだけは笑顔だった。


「あなたたち家族といると、同じことが起きそうで……怖い」

「……そうなの」


 俺の話を聞い終えたナフィは、やっぱり優しい笑顔だった。

 俺は流れた涙をローブの袖で拭う。


「私もね、あなたの言葉を真似て言うなら、3つある何かのうちの1つが零れてしまいそうだったの。それを、あなたのお兄さんが救ってくれた」

「3つ……?」

「お父さんと、リリーと、私」

「……」


「あなたは自分のことを大事だと思ってないのかもしれないけど、私は私も大事よ」

「……だって俺は」


 転生者だ、って言っても意味はない。

 そもそもそんな言葉すらあるのか疑問だ。


「私にはあなたも落ちてしまいそうに見えるわ。だから、今度は私たちが救ってあげたいの」

「……でも」

「子供が迷惑なんて考えちゃだめよ。それに、これは私たちがしたいことなんだから迷惑なはずがないじゃない」


 ……もう、無理だ。

 俺は、この優しさには……逆らえない。逆らいたく、ない。


「……1週間」

「え?」

「1週間、だけ。長くても、1年以内には出ていきます」

「……わかったわ」


 ナフィは笑顔で承諾してくれた。


 俺は1週間、お試しでエルフの里に滞在を決めた。

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