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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
エルフの里編 強くなる魔法師
20/192

夢見心地

 夢……だろうか。

 俺の前世の家族と転生後の家族が、何もない空間に立っていた。


 俺は当然、転生後の家族の方へ駆け出した。

 ニューラがいて、サナがいて。ノーラとナトラ、それにネリもいる。


 俺は必死に手を伸ばして走るが、届く直前で消えてしまう。

 そしてまた現れて、そちらに近寄るが、やはり掴む直前で消えてしまう。


 意味が分からなかった。

 前世の家族は一歩も動いていないのに。

 なぜ、逃げられる?


 諦めずに追いかけていると、大きな影が出現した。

 そして、ニューラたちを掴んで一飲みした。唯一ネリがその手から零れたが、それでも優しい両親と兄姉を食われた。

 零れたネリも、影に沈むようにして消えてしまった。


 俺はその場に両膝をついた。涙が頬を伝う感覚があり、嗚咽が混じる。


「……返せよ、俺の……!」


 耐え切れず両手もついた時、俺の影に誰かが映った。そいつはあの影に雰囲気がよく似ていて。

 その誰かは口元を歪め、俺を嘲笑していた。


「おれを捨てたのは、お前だろう?」




 俺は跳ね起きた。

 呼吸は荒く、寝汗もひどかった。


 ……ここは、どこだ?

 周囲を見回す。どこかの部屋の中のようだが、俺はこんな家を知らない。

 俺は額に手をあて、必死に思い出す。


 確か、ゼノス帝国から少しでも遠くに行こうとして……。

 乗合馬車や徒歩で、とにかく北を目指していて……。

 そう、確か夜中に一人でいた時に魔物に襲われて、なけなしの食糧を囮に逃げたまではよかったんだ。だけど、結局空腹で倒れたんだったか。


 何とも情けない限りである。

 だが、あの時は馬車内で商人の自慢話に付き合わされて徹夜をしたから、意識が朦朧としていて魔法を唱える集中力さえなかったんだ。


 そこで、ふと足辺りに重みを感じた。体の横は少し暖かいし。


「姉さ――」


 反射的に呼んでしまったが、気づく。

 ――いない、んだよなぁ……。


 伸ばしかけた手を引っ込め、布団を剥いでみる。

 そこには、何か見たこともない生物が寝ていた。いや、一応あるのか? 確か、前世の幻獣図鑑とかでよく載っていた……そう、マンティコアに似ている。

 しかし、なんでそんな生物が人の家に居るんだ?


 まあそれはいいか。

 とりあえず、助けてくれたお礼を言わなきゃな。


 しかし、体はとても怠く、その足辺りに突っ伏して寝ている人に手を伸ばすことさえ億劫だった。

 起きてくれるのを待つか、と思うのと同時くらいに、その人が身じろぎをしてゆっくりと体を起こした。


「ふわぁー……あ」


 その人は大きく伸びをしながら、大きな欠伸をした。

 そして、体を起こしている俺の方へ顔を向けると、


「――あ、起きました? お兄さん?」

『兄ちゃん?』


「ひッ……!」


 ネリの声が、聞こえた気がした。


「うわあああああああああああああああああああああ!!」


 俺は身を縮こまらせ、力いっぱい耳を塞いで大声を上げる。

 聞こえる声をかき消そうと、必死に声を荒げる。


「うわああああああああああああ!! あああああああああああああ!!」


 近くに立てかけてあった、ナトラからの贈り物の剣を抜き放ち、自分の喉に突き立てる。


「ちょ、ちょっと!? 何をしてるの!? やめて!」

『やめろ!』


「ああああああああああああああああああああああ!!」


 今度はナトラだった。

 わかってる。ナトラは、こんな強い口調で怒らないことくらい。

 だけど、今の俺にそんなことは判別できない。


 俺は何度も何度も、喉や腹へと剣を突き立てるが、その肉のほんの数cm前で止まり、突き立たない。

 それでも何度も繰り返していると、その人は俺から必死になって剣を奪い取り、部屋の隅へと投げた。


「あああああああああああああああああああああああ!!」


 無我夢中で、俺は俺を殺そうとした。

 刃物でも魔術でも、とりあえず俺を殺そうとした。


 耳を塞ぎ、蹲るとその場に魔法陣が出現した。

 そして、何かが向かってくる風切り音がする。


「な、何なのこれ!?」


 魔術だろうそれは、俺を射抜こうと無数の刃が突き立ってくる。

 それでも、俺の体には傷一つつかない。


「や、やめなってば!」

『やめなさい!』


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 今度はノーラの声だった。

 今、一番聞きたくない声だ。

 俺の一番近くで、俺を庇って死んだのだ。

 ――俺のせいで、死んだのだから。

 俺が弱いせいで、俺が守れなかったせいで、――この世界で初めての、死で。


「どうした!?」


 部屋のドアが勢いよく開かれる音と共に、男性の声がした。


「わ、わかんない……! この子が起きたら、いきなり叫んで……剣や魔法で……!」


 俺は構わず魔術を放ち続ける。

 そのどれもが、俺に突き立つと同時に弾かれて消えていってしまう。俺を貫くものは一本さえない。


「これは……ブラックランスか? とりあえず落ち着いて!」

『落ち着け』


「あああああああああああああああああああ!!」


 ニューラの声だった。

 なぜここまで責め立てる!? 俺が……俺が何もできなかったからか?


「くそ……! これじゃ近づけない」

「あ、お母さん!?」


 未だに俺へと突き立つ魔術は止まる気配がない。

 だが、魔術の出現の音に混じって足音が聞こえた。


 そして、誰かに力強く抱きしめられた。


「――大丈夫よ。もう大丈夫だから」

『大丈夫よ』


「ひ、いいいいいいいいいいい!!」


 サナの声が聞こえた。

 その声はとても優しく、だからこそ怖かった。


 そして何より、抱きしめられているという感覚と、人の温もりが、この上なく怖いのだ。


 俺は必死にその腕から逃れようとするも、しっかりと掴まれた腕からは抜け出せることができず。

 結局、俺は意識を失うまで叫んでいた。



☆☆☆



 目を覚ますと、真っ白い空間に突っ立っていた。

 ……またここか。

 しかし今回は、前回と違って部屋が片づけられている。


 視線を前へと向けると、やはりあの時と同じように、輪郭しか認識できない奴がいた。

 あの時と違うとすれば、そいつが寝ていないことだ。

 そいつは机に肘をついて、困ったように額に手をあてていた。


「……なんで呼んだかはわかるよね?」


 無の精霊アレイシアは若干疲れた声で聴いてきた。


「さあね? なっんでっかなー?」

「今はおふざけに付き合ってる暇はないんだけど」


 なんだよ、せっかく前に会ったときのお前のテンションに合わせてやろうと思ったのに。


「それよりさ、なんで俺死ねないの?」

「そりゃそうしたからさ」


「……どうやって」

「君の体内には私の魔力があるよね。それに命令式を送った、超初歩的魔術だよ」

「なるほどねぇ」


 命令式の追加とか複雑化って初歩的だったっけ? まあ俺もやったことだけどさ。


「ていうかさ、こうなることくらいわかってただろ」

「……まあね。君がやっと手に入れた、望み望んだ理想の家族だ。それを失えば、死ぬだろうなぁとは思ったよ。だからこそ死ぬ前に対処できたけどね」


 はぁ、とため息を吐くアレイシア。


「それでも万能じゃないんだけどね。自分からの攻撃を防ぐだけで、他人の攻撃は防げない。もちろん事故もね」

「……馬車に轢かれてみるか」

「冗談はやめてくれ。……ああ、それと魔導書集めは後回しにしてくれて構わない」

「……いきなり何言ってんだ?」


「そもそも十分な実力もないのに、そんなことができるわけがなかったんだ」

「……さいですか」


「それとは別にもう一つ。君には、この世界で大事なものを見つけてもらわないとね」

「大事なもの?」

「生きたいと、そう思えるようなものさ」

「……見つけたくもない」


「ま、そんなのは適当に見つかるもんさ。……さて、そろそろお別れだ。今回は少々無理矢理だったからね」

「あ、そ。じゃあな」


 こいつと居るのは癇に障る。さっさと戻してほしい。

 それに俺を助けてくれた人たちにもお礼と謝罪をしなきゃだし。


「ああ、そうだ。お前、俺の前の転生者がいつ来たか知ってるか?」

「さあ? 確か1000年間隔くらいで見た気がするけど、正確な日付はしらないな。君は前の人が来てからかなり遅れてやってきたけどね」

「そ。じゃあな」

「ああ。もう来ないでくれると助かる」


 魔導書をそろえたら呼び出す癖に、こいつは何を言っているのか。

 まあいいか。俺はアレイシアに手を振りながら、意識が遠ざかっていくのを感じていた。



☆☆☆★★★



 まったく、転生者ってのはどいつもこいつも困った子だ。


 私は大きな欠伸をしながら、彼、ネロ・クロウドのいた場所から反対側へ向く。

 そこにいるのは、三角座りで俯いている一人の少女だ。


「お兄ちゃんが来たってのに、無反応かい?」


 ネリ・クロウド。この子までここにくるとは思わなかった。

 だけど、転生者ってわけでもないし……純粋なこの世界の人物がここに来るってのは、300年ぶりかな?


 ネリ・クロウドに話しかけても返事はない。屍ではないだろうけど……。


「いろいろと、面倒だねぇ」


 こんな面倒事、何年ぶりかな? 1000年や2000年じゃきかないな。

 まあでも、いいか。

 今回は期待できそうだし。


「ああ、伝え忘れたな。ネロ・クロウドが今死んでも、元の世界には戻せないんだよなぁ」



★★★



 私のベッドは人族の子が使ってしまっているので、床か椅子で寝るしかない。

 だけど、その前に本を読む。

 寝る前に本を読むのは、もはや日課だ。これを欠かすとよく眠れない。


 私は人族の子が起きないか様子を見るため、ベッドの脇に椅子を持ってきてそこで読書していた。

 だけど、その子は一向に起きる気配はなく、いつの間にか私が寝てしまっていた。



「さ――」


 ……ん? 今、誰かに呼ばれた?

 私は体を起こし、伸びをする。


「ふわぁー……あ」


 欠伸は噛み殺すことができず、開き直って大きくしてやった。

 眠い目を擦りながら、周囲を窺う。


 すると、人族の子がベッドに体を起こしていた。

 顔は俯いていて、とても暗い表情をしていたが、起きたのだ。


「あ、起きました? お兄さん」


「ひっ……!」


 あれ? 自分でも優しく呼びかけたと思ったんだけど、その子は私の声に驚いたように身を引いた。

 んー、仕方ないのかな? 私、人族じゃないし。誰だって起きた時に知らない人がいれば怖がるよね。


 なんて思っていると、突然その子が大声を出した。


「うわあああああああああああああああああああああ!!」


 私はいきなり叫んだその子にびっくりしてしまう。

 え、なに? 私、何かした?


 私が困惑していると、その子は身を精一杯縮めて耳を塞いでしまう。


「うわああああああああああああ!! あああああああああああああ!!」


 その子は大声で叫びながら視線を彷徨わせ、そしてその眼が、その子の持っていた剣に止まった。

 その剣に手を伸ばし、抜き放つといきなり自分の喉を突いた。


「ちょ、ちょっと!? 何をしてるの!? やめて!」


 私はその行動に恐怖した。

 その子の目には光が宿っていない様に濁り、死ぬことさえ怖がっていないのだから。


「ああああああああああああああああああああああ!!」


 私の声が聞こえていないのか、その子は一向に剣を手放さない。さらには喉だけでなく腹や胸も突き始めた。

 私はその子に近寄り、必死になって剣を奪い取ることに成功する。その剣を部屋の隅の方へ投げやる。

 こ、これでもう大丈夫でしょ……?


 だけど、これでは終わらなかった。


「あああああああああああああああああああああああ!!」


 その子は一段と声を荒げると、蹲ってしまう。

 そして、その子の体を囲うようにして魔法陣が現れた。


 その魔法陣からは、槍のようなものが無数に生み出され、そのすべてがその子に向かって飛来した。


「な、何なのこれ!?」


 それは見たこともない魔法だった。

 私だって、一応魔法を習ってはいる。魔力総量が多い種族だし、学校にも通っているのだから。

 だけど、それでも私にはこんな魔法は見たことがない。あるいは、冒険者だったお父さんなら知っているかもしれない。


 しかし、その魔術が全部その子に向かっているのは明白で、やはり私は怖かった。だから、やめてもらおうと必死になった。


「や、やめなってば!」


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 私の声がいけないのかな?

 私が声をかけるたびに、大声を出して必死に何かに抗おうとしているようだし。


「どうした!?」


 その時、お父さんとお母さんが部屋に入ってきた。

 お父さんとお母さんは、私を見て、そしてその子に向き直った。


「わ、わかんない……! この子が起きたら、いきなり叫んで……剣や魔法で……!」


 本当に訳が分からない。

 その子の魔術は一向に消えないし、魔法陣だって消える気配がない。

 普通、魔法陣は最初に注ぎ込んだだけの魔術しか撃ちだせないはずだ。その子が受けている槍の数を考えたら、魔法陣に注ぎ込まれた魔力は私の魔力総量を軽く超えているだろう。


「これは……ブラックランスか? とりあえず落ち着いて!」


「あああああああああああああああああああ!!」


 お父さんの声にすら、その子は大声を出して遮ろうとした。


「くそ……! これじゃ近づけない」

「あ、お母さん!?」


 お父さんが近づきあぐねていると、お母さんが何の躊躇もなくその子に近づいた。

 そして、お母さんがその子をきつく抱きしめた。

 その間にも、お父さんが言ってたブラックランスはとどまることはなく、だけどお母さんには一つも当たらなくて。


「――大丈夫よ。もう大丈夫だから」


 お母さんが優しく声を掛けるが、その子はやはり何かに怯えたままだ。


「ひ、いいいいいいいいいいい!!」


 情けない声を出し、その子は必死にお母さんから離れようとした。

 だけど、お母さんは決して放すことはなくて。


 やがて、叫び疲れたのかその子は意識を失ったかのように眠りだした。

 魔法陣も、その頃には完全に消えていた。


 お母さんはその子を抱え上げると、私のベッドに静かに横たえた。

 そして、私に振り向いて笑顔で言った。


「リリー、今日はお母さんと寝ましょう」

「おかあああああさんんんん!」


 緊張が解けたのか、私は思わずお母さんに抱きついて泣いてしまった。


「じゃあオレはここにいるよ。また暴れ出したら止められるように」

「近付けないって泣かないでよ?」

「泣いてねえし」


 お母さんはお父さんをからかうと、私の手を引いて部屋を出た。

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