新たな家族に囲まれて
異世界転生、である。
頭の整理を何とか完了し、今までの状況を飲み込んだ。
今、俺のいる場所はユーゼディア大陸のデトロア王国と呼ばれる場所らしい。
ただ、その領地の東端の、トロア村と呼ばれる田舎村だ。見渡す限りの農場と牧場。現代日本では考えられないほどのどかな場所だ。
だが、トロア村の国境の先にはゼノス帝国と呼ばれる、軍事国家がある。このあたりでは最近まで小競り合いが続いていたらしい。
俺の新しい家族は全員で6人。両親に兄と姉、そして双子の妹がいるらしい。生まれてすぐに近くから響いていた赤ちゃんの泣き声は、妹のものだった。
兄姉は前世のような鬼畜外道のようには見えない。それは、前世の記憶がある俺にとっては救いだった。
そのおかげで、俺は何とか兄と姉に対して苦手意識が少なく済んでいる。
俺が生まれて8年が経過しようとしていた。
前世の記憶がある分、この世界についての好奇心が物凄く強かった。おかげで大量の本を読み漁ったりしたため、早いうちに家族の使う言語をマスターできた。
両親は30代後半、兄は17歳、姉は16歳。兄たちとは結構歳が離れているが、そのおかげで俺と妹の世話はほとんど兄姉の仕事だ。
父の名前はニューラ・クロウド。
ニューラはこのトロア村に護衛騎士の団長として派遣(左遷)されてきたらしい。
なんでも、ニューラはデトロア王国の王都ではクロウド家という貴族の家に生まれ、優秀な騎士をしていたらしいが、冒険者だったサナに一目惚れし、身分を越えての結婚をしたらしい。その結果、こんな辺境に飛ばされたようだが、二人は全く気にした様子はなく、むしろ楽しんでいるように見える。
母のサナは、前述通り元冒険者。
冒険者とは、簡単に言えばトレジャーハンターか? 前世ではこれが一番近いだろう。
サナは冒険者時代に、いろんな国の人とパーティを組んで行動していたらしい。冒険者ランクはA。パーティ自体はSだったらしく、かなり有名だったらしい。
だが、それはニューラと結婚する前までの話。
サナはパーティの後衛の要だったらしく、結婚のためにパーティを抜けると、それと同時にパーティも解散となったらしい。
兄のナトラは、ニューラと同じ黒髪の好青年である。性格もよければ、兄妹の面倒見もいい。
それに、幼少の頃からずっと優秀な騎士のニューラに稽古を積んでもらったおかげで、今ではニューラをも凌ぐ剣士になった。
10歳あたりからメキメキと実力を伸ばし、今では騎士が好んで扱う護神流という流派の超級まで修めたらしい。
ユーゼディア大陸では、護神流、攻神流、極神流の三つが三大流派としてあるのだが、ナトラは他の二つも上級まで修めている。
デトロア王国は、長年の魔術普及によって剣士職があまりおらず、超級の剣士はそれだけでも国に仕えることができるほどの実力らしい。
ちなみに、階級は初級、中級、上級、超級、王級、神級の6つがあり、これは魔術師にも適用される。
姉のノーラは、サナと同じ金髪でかなりの美人である。
ナトラとは違い、剣才は全くなかったのだが、その代わりに魔術師として優秀だった。
この世界では、魔術は魔法書と呼ばれる魔術の教科書のようなものが一般に販売されており、誰でも魔術を使うことができる。
だが、魔法書のもう一ランク上の、魔術書というものがある。これは複製が難しく、とても一般に向けて販売できるようなものではない。
それに、魔術を扱うには魔力を消費する。すべての生物に魔力は宿っているが、魔力総量というものがある。それは生まれつき変わらないものなのだ。
魔術書は、魔法書とは比べものにならないほどの魔力を、一つの魔術で使用するため、魔力総量の少ない人が使えば、簡単に意識が吹っ飛ぶ。死ぬことだって稀にだがあるのだ。そのため、魔術書は複製本も含め、すべて国が管理している。
魔術書を使う者は一般に魔術師と呼ばれ、魔術書をもらうには国家試験のようなものを受けなければならない。
ノーラは、弱冠10歳にしてその試験に合格した魔術の天才なのだ。
また、魔法書の中にも実戦で十分使えるだけの魔術を記したものもあるが、やはり強力な魔術は魔術書をもらわなければできない。
サナもまた、冒険者になるために魔術書をもらうための試験に合格している。冒険者にとって、魔法師は多いらしいが魔術師となるとかなり貴重な存在らしい。
さて、そんな天才を家族に持つ俺はというと。
「踏み込みが浅いよ! もっと力を込めて!」
「はい……!」
我が家の庭で、ナトラと剣の稽古を積んでいた。
ニューラは今、トロア村の自警団の人たちと村の見回りに行っているため、ナトラが俺の先生をしてくれている。
互いに木剣を持ち、俺が一方的に切りかかるだけの稽古だが、これが一切あたらない。
当然といえば当然なのだが、やはり悔しいものがある。精神年齢的には俺が年上なんだし。
俺は必死な形相をしているのに、ナトラはとても涼しげな表情だ。汗ひとつかいてない。
何度も打ち合っていると、ナトラの木剣が俺へと迫った。
その剣速は、俺では消えたように見えるほどの速さだ。ナトラの木剣は俺の体へ吸い込まれるように入り込み、優しく俺の腹を打った。
「ネロ、交代だ。ネリを呼んできてくれる?」
「わかりました」
俺はすぐに立ち上がると、ナトラに返事を返して家の中へと移動する。
俺はネロ、双子の妹はネリと名付けられた。
ネリはニューラとナトラと同じ、黒髪の少女だ。俺はまだハイハイができる程度の頃に、自分の姿を鏡で見たが、サナとノーラと同じ金髪だった。どちらもまだ幼く、感想としては「ちっちゃい、かわいい」程度だ。
俺たちは双子で、しかも男女とは珍しいが、生まれたのだから受け入れるしかない。
しかも、この妹。今まだ8歳だというのに、なんとナトラを追い詰めるほどの剣才に恵まれている。
サナは剣才に恵まれたネリに少しばかり残念そうな顔をしていたが、ニューラは大喜びだ。俺には剣才はあまりないらしく、情けないが今ではもう妹に勝てない。
もちろん、それは剣の話である。
家に入ると、ちょうど執事のアルバートを見つけた。
ニューラは貴族だ。執事やメイドがいるのは当たり前なのだろうが、前世が日本で庶民な俺には、違和感でしかなく慣れるのに苦労した。
アルバートはニューラより少し年上らしいが、とてもニューラと同い年とは思えない若々しさがある。
彼は、ニューラが王都にいた頃からの執事らしい。こちらに飛ばされてからも、アルバートは自分からついてきたそうだ。
なんでも、ニューラに恩義があるらしいが、それを教えてはくれない。
「アルさん、姉さんたちは?」
「お嬢様方でしたら、まだ部屋でお勉強中ですよ」
「わかった。ありがとう」
お礼をいい、手を振って二階のノーラの部屋へと移動する。
ノーラの部屋をノックし、返事を待ってからドアを開ける。
「あ、兄ちゃん」
ネリはノーラから魔法の勉強を受けていたのだが、難しいのかつまらないのか、机に突っ伏して死んだ魚のような目をしてこちらを向いた。
「ネリ、兄さんが交代だって」
俺の言葉を聞いた瞬間、目に光と生気が宿る。
「やったー! じゃあね、姉さん!」
「あ、こら! ちゃんと理解できてるの!?」
勢いよく立ち上がると、俺の脇を全速力で駆け抜けていく。
その態度の変化にノーラが強めの口調でいうが、ネリは「たぶんねー!」という声を残して外に飛び出していった。
「全くもう……」
「あははは……」
ノーラは呆れたようにため息を吐く。俺もネリの変わり身に苦笑を溢すしかない。
「まあ、いいわ。ネロ、おいで。今日は魔術の勉強をするわよ」
「はい、姉さん」
ノーラは一瞬で切り替え、俺を手招きする。
俺は招かれるままに移動し、椅子に着く。
ネリは魔法が大の苦手だ。まず、本を読むこと自体あまり好きではないらしい。
だが、前世の記憶がある俺にとって、この世界の魔法はとても理解しやすかった。
魔法は、ほぼ小学校の理科の範囲ですべて理解できる。魔術だって、せいぜい中学校の理科程度だ。難しいものになれば、高校の理科の範囲になってくるが、それがいくつもあるわけではない。
前世では、俺は確かにバカだっただろうけど、それでも進学校に受かる程度の教養と、新しい法則を導くだけの機転は持っている。別にむずかしいことではないのだ。
昨日で一般に売られている魔法書の理論と応用はすべて習い終えた。
去年から始めたから、約一年で魔法については習得した。すっ飛ばして魔術から習いたい気もあったが、あまり怪しまれる行動は避けねば。それに、魔法は魔法で、魔術は魔術でそれぞれに法則もあるようだし。
「まずは基礎からしっかり叩き込まないとね」
ノーラは理論派だ。何でもかんでも、まずは文章や言葉にして教えてくる。別に嫌ではないのだが、どうも遠回りをしているように感じてしまう。
ただ、それでも俺はきちんと教えてもらうけどね。
きっと、ナトラもネリも感覚派なのだろう。だからきっと、あんなにも剣才に恵まれているんだ。
たぶん、あの二人はニューラの血を濃く受け継いでるな。ノーラはサナの血だろう。俺は……どっちだ? 魔術の方が得意だし、サナかなぁ。
ノーラに魔術について教えてもらいながらも、頭の片隅でそんなことを考える。
しかし……ノーラとの勉強は少しやりづらい。ノーラは隣に座り、密着するまで近づいて教えてくるのだ。誠意の表れなのだろうけど、俺としては悶々としてしまう。
勉強になかなか集中できない。
それでも、ノーラの読んでくれる場所を目で追い、しっかりと理解はしていく。




