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最果話 後編

 アリアとイヅナを教えるようになってから半年ほど経っただろうか。グレイウルフの基礎鍛錬があったおかげで、ある程度はものになってきた。

 アリアは鉄の魔術書を使っていたが、魔力総量がそう多くないので魔力操作を覚えさせ、さらに魔力効率の向上を目的にさせていた。

 イヅナは闘気の練度をとにかく上達させるようにしてきた。あとは俺が教えられる剣術として、護神流を教えてはいる。元からイヅナは攻神流を上級まで習得していたので、そっちの向上も行ってきた。

 今、二人はイビルレオとアトラスデモンの二匹と2vs2で戦っている。タッグでならすぐにやられるようなことも無くなったが、やはり地力に差があるため、この二匹にはまだ勝てない。

 イビルレオとアトラスデモンの連携に、結局アリアとイヅナは蹴散らされてしまった。


「そこまで。レオとアトラスは自由にしてくれ。ありがとな」


 俺の言葉に魔物二匹は小さく頷きを返し、森へと消えていった。

 やられた二人はというと、荒い息を吐きながらその場に座り込んでしまっていた。


「ま、今のお前らの限界だな」


 これ以上鍛えたところでこの状態の二人の限界値に近い。何せアリアは女ということもあって身体能力はそこまで高くない。そりゃ何年もかけて鍛えれば、いつかは神級は無理でも超級剣士くらいにはなれるかもしれないけれど。ネリやアルマ、ミネルバがおかしいだけで、ノエルやフレイヤの身体能力が普通なのだから。イヅナはまた別の問題で限界を迎えているし。


「限界ってことは……これ以上はもう強くなれないってことですか?」

「違うよ。強くなる方法はいくらでもある。聖剣魔剣を手に入れる、別の流派を覚える、闘気を工夫する、新しい魔法を作る、剣を使いながら魔法を使えるようになる。要はお前らの体が、成長限界にきた」

「なら、もうトウゲンに向かうの?」

「もう一段階、お前らの限界を上げる」


 アリアは簡単に終わるから、さっさと済ませようか。

 俺は空間魔法から一冊の魔術書を取り出し、アリアに向ける。


「これは?」

「鉄の魔術書の写本。お前が使ってるやつより性能は良い」


 何せ俺が作ったからな。原典と遜色ない程度の性能は持っているだろう。

 だが、アリアは差し出した鉄の魔術書を前に、受け取ろうともせず固まっている。


「え……」

「写本がどうやって作られているか知っているか?」

「知ってるわよ。その、書き写すんでしょ?」

「そう。だが、規制緩和のせいでその辺の村人でも作れてしまうけどな。どこで作られた写本かは、奥付見りゃわかるが、どうせ民間で作られたもんだろ。それも、ゾルベの横流し品だな。この世で一番格の低い魔術書といって差し支えない」

「く、国で性能が変わるの……?」

「国というより、書き写す人だ。その辺の村人が書き写した写本と、国に認められた魔術師団の一員が作ったのでは雲泥の差がある。使ってみりゃわかるよ」


 もう一度アリアに向けて差し出すと、今度は素直に受け取る。


「ゾルベの魔術書はその辺の農民でも使えて、かつ大量生産できるように性能度外視で作られてる。載ってる魔術の数も違う。これからはそれ使って鍛錬しろ」

「確かに……重量からして違う、わね」

「今までアリアが使っていた魔術書は粗悪品だったってことですよね……どうして先に渡さなかったんですか?」

「農民でも使える魔術書を使いこなせていなかったんだぞ。いきなりちゃんとした写本渡したって、魔術の根幹は理解できんよ。試しに俺がアリアの写本を使ったとして――」


 アリアから、最初から持っていた鉄の魔術書の写本を貸してもらい、俺が詠唱して発動させる。

【アイアンクラッシュ】を唱える。アリアはどう頑張っても一つの鉄塊しか生み出せなかったが、俺が使えば一気に10個近くは軽く出現させられるし、その威力も段違いのものになる。

 要は魔術を発動させるための魔力を、どう扱うかっていう問題である。アリアの場合は元々魔力総量が多くないことで、俺のような数や威力を同時に高い状態で発動させられないかもしれないが、それでもパラメータをいじって数に振るのか、威力に振るのかを選ぶくらいはできる。


「魔術の基本を理解できたなら、これくらいはできる。この写本は魔術を発動させることを目的とされているから、それ以外の魔術書による補助は雑で燃費が悪い。それを工夫してまともになったなら、その魔術書でも扱えるだろう。まぁ、難しければ別の方法を考えるよ」

「使いこなしてみせるわよ!」


 俺の言い方が気に食わなかったか、アリアは息巻いて言い返してきた。

 ちゃんと使いこなしてくれた方が俺も手間かからずに済んでありがたいや。


「そんでもう一つ、お前は魔力総量が人並みだから少しでも多く魔力を体に留める方法を知っておいた方が良い」

「魔力総量は生まれ持ってのものでしょ」

「そうだ。が、魔力を留める方法はそれだけじゃない。めちゃくちゃ面倒だし繊細な操作だしお前にできるか謎だけど」

「私がガサツだって言いたいの……?」

「ガサツだろ――そうじゃなくて、いいか。全身の魔力回路に魔力を常に流しておくんだよ。そうすりゃ、全身の魔力回路分を余剰に持つことができるだろ」

「……り、理屈はわかったわ。でも」

「やるかどうかはお前次第だ。それができれば瞬時に全身どこでも魔法を使えるし、利点はある。身体強化とか、硬化とかな」


 魔力回路の長さも人によりけりだが、それでも体に留める魔力は増やせる。俺も最初はさっき言った通りに、身体強化や硬化を瞬時に行うためにやり始めたことではあった。体の魔力の保有量と魔力総量は別物だということだ。

 ほんとに操作が繊細だし、最初の方は四六時中気を張っていないとダメだったし、かなりしんどいけど。やろうと思えばやれる。慣れるのに何年かかるかは知らないけど。

 で、次はイヅナか。


「イヅナ。まず一つ聞きたいんだけど、お前何歳だ?」

「え……っと……」

「イヅナは10歳の頃から私と一緒だから、今16歳よ」

「今はイヅナに聞いてる。偽りなく答えろ」


 俺の問いに、イヅナは答えに詰まる。

 別に隠しているわけではないのだろうけれど、おそらくアリアやその関係者に自分のことを詳しく教えたことがないのだろう。だから、アリアの反応が気になるのだろう。

 イヅナが答えないので、俺はアリアに別の質問をする。


「イヅナが魔人族だってのは、知ってるよな?」

「え、ええ……特有のツノがあるし……」

「じゃあ、種族は?」

「そこまでは聞いてないわ……教えたがらないし、聞かなくてもいいことだから」

「その心意気は買ってやる。が、そばに置くやつの素性くらいは知っておいたほうが身のためだぞ。……で、いう気になったか? それとも知らないのか?」

「……詳しくは、知りません。長命な種族であることは――」

「嘘を吐くな。俺に、そんなくだらねえことが通用すると思ってんのか?」


 ぐ、とイヅナが歯噛みする。本当は自分が何の種族か知っているのだろう。


「俺が言えば良いのか? それがアリアへの誠意だと言えるのなら良いが」

「い、一体イヅナの種族が何だっていうのよ」

「アリア、お前もお前だ。イヅナと6年いたんだよな。なのに、こいつは少しでも成長をしているか? 10歳当時のままの姿じゃないか?」

「それは……言われてみればそうかもしれないわ。でも、長命な種族なら成長が止まることも、この姿が成人かもしれないじゃない」

「10歳で通る姿が成人だと言えるか? 子供だろ、どうみても。エルフでも人族の15歳以上の見た目、精神、能力を有するまでは成長する。その後が緩やかにはなるが、成長はし続けるし、子供の姿で成長が止まることは稀なんだよ」


  何が言いたいかというと。


「要は、こいつは魔人族の中でも特に位の高い種族――吸血族だ」


 俺の指摘に、イヅナは反論しない。肯定もしないが、こいつが吸血族であることに間違いはないだろう。

 何せ俺の半分以上は吸血族の体質になってしまっているから。おかげでこんだけ長生きしているわけだけど。

 だからというわけではないが、こいつからは同族の確信を謎に持っている。


「カラレア神国で内乱が起きてるのは知っているし、結果王族だった吸血族が排斥されているのも知っている。何とか逃げ延びてトウゲンに到着、生き倒れていたところをアリアが拾ったというところか」


 今のカラレア神国の黒騎士団や姫騎士団に、俺の知り合いはいない。まぁそりゃ顔くらいは知っているやつはいるが、シグレットやアレイスターたちはもういない。イズモもいないとなれば、俺が介入して解決する理由も義理もない。

 そもそも、まだあの二つの騎士団が残っているかもわからない。それくらい、カラレア神国で今起きている内乱は大きい。もしかしたら国名も変わるかもしれない。


「イヅナの種族はわかったわ。でも、それが強くなることとどう関係してくるの?」

「吸血族は大人の姿に成長するための儀式みたいなものがある。それを――」

「――ちょっと待ってください!」


 アリアと話を進めようとしていると、イヅナに大声で制止を受けた。


「あ、あの……僕は、結構重大な事実を隠していたと思っているのですが……」

「別に興味ないわよ、イヅナの種族なんて」

「えぇ……」

「ていうか、イヅナが吸血族なら、師匠の血縁じゃないの?」

「どっかでは繋がってるだろうな」


 結局、レイアは吸血族の血縁ではなかったことだし。近親種ではあったが、純血ではなかった。純血かどうかを問うと、俺のせいでもう純血の吸血族はいないことになるがな。

 イヅナが吸血族だというのなら、元を辿ればイズモに行き着くし、であれば俺の血縁にもなる。吸血族は不死身だし、種を残すことにそこまでこだわる必要がないみたいで、吸血族の数自体多くないのだけど。


「んで、大事になってくるのはそのあたりだ。吸血族が成長をするために必要なものを知っているか?」

「知らないわ」

「無償の愛、と教えられました」

「そう。純潔と無償の愛。この二つが必要。……純潔だよな?」

「え、はい」

「ならいい。あとは無償の愛が必要で、これはまぁ普通は両親から吸血を行うことで授かるものではある。血に込められた記憶とか魔力とか、その辺と一緒に」

「でも、僕には両親はもういませんし」

「普通は、両親だ。でも別に無償の愛があれば両親である必要はない。とはいえそんなものを与えてくれる存在なんて家族以外にそうそういない」


 イズモの時も俺から愛を受け取ったみたいだったし。俺に無償の愛があったかは自分じゃわからなかったけど、まぁイズモがあると思ったからあったのだとも言える。


「イヅナの場合は、じゃあ師匠があげるの?」

「何でだよ。半年そこらの付き合いで、よくも知らんクソガキにどうして俺が無償の愛を与えられるってんだ」

「じゃあ誰よ」

「お前だよ」


 アリアを指差し、告げる。


「まぁ大事なのはイヅナが、アリアから愛を受けていると思っているかどうかだけど、前提としてアリアはイヅナを愛しているか?」

「愛……」


 俺の問いに、アリアは手を口に当てて考え込むような仕草をする。その隣で、イヅナが慌てた表情で割り込んできた。


「あ、愛してるだなんて! 僕は、ただの付き人だしアリアに愛されるなんて……!」

「愛はないと」

「あ……ったら、嬉しいです、けど……」

「別に身分は関係ない。本人の意思次第だ。イズモだって最初は俺の奴隷だったんだから」


 奴隷に対する態度をとっていたわけではないから、普通の主従関係ではないので想像通りとはいかないかもしれんけど。

 この二人だって普通の従者と主人という関係ではないだろう。それにしては対等に話しているように見えるし。


「ねぇ、必要なのは無償の愛よね? 別に、恋愛どうこうじゃなくていいはずよ」

「ああ。その通りだ」

「だったら、あるわ。私はイヅナを信頼しているもの。家族よりも。これも無償の愛になるわよね?」

「なり得るだろうけど、それをそうだと受け取るのはイヅナだ。イヅナが恋愛感情の愛しか受け付けないのであれば、それは無償の愛になり得ない」

「どうなの、イヅナ?」


 問われたイヅナは、両手で顔を覆って天を仰いでいた。おそらく別方向に一人だけ思考を持っていったことを嘆いているようだ。その体勢のまま、イヅナはゆっくり口を開く。


「……はい。それは、十分すぎるほどに感じていますし、愛されていると思います」

「んじゃ、イヅナは成長してみよっか」


 イヅナに、アリアから吸血するように指示を出す。イヅナはアリアの首筋に牙を突き立て、そこから血を吸う。

 まぁ吸血したらイヅナは成長のために、アリアは魔力と血の消費でお互い急激な眠気に襲われ、今日はもう訓練どころではなくなるけど。

 イズモに血を初めて吸われた時のことを思い出している間に、イヅナがアリアから顔を離す。二人は眠気に襲われているのか、目を軽く擦り始め、やがて膝をついてしまう。

 眠ってしまったなら、訓練は明日からまた開始すればいい。



☆☆☆



 イヅナが成長してから、さらに1年が経った。

 アリアと二人を鍛え始めて大体1年半くらいだ。トウゲンではこの後の1年の間に、戴冠式を行うらしいとの情報があるので、まだ悠長に二人を鍛えていられるのだけど。

 その戴冠式で王となる人物が、アリアの実兄だという。トウゲンの統治は、ホウライの時のように議会制民主主義ではない。それが嫌で打倒されたのだから、体制を変えるのは当然のことだけど。

 魔導師がいれば、特別顧問的な立場で統治者の次の権力を与えられるらしいが、魔導書を封じられている今は実質統治者の独裁になる。


「アリア、お前の兄貴って偉いのか?」

「偉いというか、人気があるわ。師匠はトウゲンの統治者の選び方を知っているの?」

「建国直後は継承してたよな」

「そうよ。でもマーカス様の血筋が絶えたから、アクトリウムの方法を真似たの」

「国民の投票で選定するってやつか」

「ただ、アクトリウムは立候補に制限がないのと違って、トウゲンの場合は立候補の条件が7つの家系に絞られるの」

「どっかの血筋を引っ張ってんのか?」

「元を辿れば、きっと偉いところに行き着くわね。魔導師を輩出した家系よ」

「……なるほど。で、お前のとこはレグルス家だっけ」

「赤の魔導師がいた、と伝えられているわ」


 レグルス家は、レギオン家――グレンの血筋だな。グレンとアルマの方の血統になる。ばっちばちの魔導師家系だ。

 まぁ相当時代が流れているし、グレンとアルマの血なんかとっくに薄まってしまっているが。

 それでもアリアはグレンの子孫に当たるわけだ。

 で、アリアが赤の魔導師がいたと伝えられている、というふんわりした言葉を使っているのは、赤の魔導書がグレンから手放されたあと、その孫くらいまではグレンの血筋というだけで選定していた。が、それ以降は誰一人として赤の魔導署を手にしたものがいない。

 グレンの孫、溺愛されすぎて傍若無人に育ったからな。愛想を尽かした、と言っても過言ではないな。事実、赤の魔導書は途中で選定を切っていたし。


「自信を持っていいぞ。お前の血筋の大元は、赤と黄の魔導師だから」

「し、知ってるの!?」


 アリアが勢いよくこっちを向くが、今は訓練中でありアトラスデモンとの模擬戦闘を行っている。まぁ会話をしながらアトラスデモンと戦えるまでになったのは褒めてやるのだが、気を逸らしてはそりゃアトラスデモンの容赦ない一撃を受けてしまう。

  アトラスデモンの右腕の振り払いで吹き飛ぶアリア。直撃の寸前に闘気を発し、ダメージは軽減していたのでそこまで心配することではないけれど。


「集中しろ」

「話しかけてきたのはあなたよ……」

「そりゃ悪かった。会話しながら戦闘できてたのは褒めてやろう」

「ありがとうございます……」


 不意の一撃でふらふらしながら立ち上がるアリア。


「じゃ、仕切り直しで。そいつに勝てたら続きを話してやる」

「話す気が感じられないわ」


 そう言いつつも、アリアは気合を入れ直すように顔を手で叩きながら構え直す。


「――師匠、今戻りました」


 後ろから声をかけられ、振り返ると麓の街まで買い出しに行かせていたイヅナとイビルレオがいた。イビルレオは流石に街に入れないので、山の近くで待っていたのだろうけど。


「おかえり。なんかいいもんあったか?」

「いつも通りですね。ただ、ゾルベの品が少なくなっているようでしたので、ゾルベが戦争準備に入ったのかと」

「それは早計だな。ゾルベで干ばつや不漁が起きているのかもしれないし、他国の影響かもしれない」

「品薄になっていたのは剣や盾の廉価品、それに魔術書、あとは燃料品です。どれも戦争に使われます。ゾルベは帝国としての地位を維持するため、領土拡大を狙っていたはずです」

「帝国だから戦争を狙っている、ていう先入観だな」

「違うんですか?」

「間違いじゃないが、正解でもない。領土拡大をする方法は、自分が戦争する以外にもあるよな」

「……トウゲンの戴冠式を狙っている国が、別にあるということですか?」

「そ。んで、トウゲンを操ろうとしているやつは」

「竜王の魔女」

「竜王っていうのは、何も龍人族だからその名がついているわけじゃない。ちゃんと八大竜王の座についていたからだ。八大竜王の権力は以前よりも強くなっている。8人集まれば龍帝の権力にも勝る」

「ですが魔女はもう竜王の座にはいないはずです」

「じゃあ龍帝は?」

「え……」

「龍帝は八大竜王がなるわけじゃない。その時の龍帝に勝ったものが、龍帝になれる」

「龍帝の代替わりは世界的にニュースになるはずです。それこそホドエール商会が瞬時に、広めるはず」

「じゃあ竜王の魔女、魔女の部分はなぜそう呼ばれる?」

「世界まるごと欺いたってことですか?」

「丸ごと欺く必要はない。代替わりしたと思わせなければいいのだから。海皇とのつながりが以前ほど強くない今、欺くのはどの国の王よりも簡単だ」

「つまり、竜王の魔女は今の龍帝になりすましていて、龍帝の座を守り続けていると……ですが、龍帝であるにも関わらずなぜトウゲンを狙うんですか?」

「俺への嫌がらせもあるんだろうけど、ドラゴニアが最も力を持った時がいつか、知っているか?」

「えぇと……ホウライ、と同盟を結んでいた時、ですね」

「夢見てんのさ。あのバカは。ドラゴニアとホウライ、二つを手に入れれば、世界を手に入れられるってね。そんな単純な話じゃない」

「で、ですが、トウゲンとドラゴニアを手に入れられたら、それに近いものを……」

「ドラゴニアの最盛期はホウライと同盟を組んだ時じゃない。龍帝テンペスタントと魔王ネロが、手を組んだ時こそがドラゴニアとホウライの最盛期だった。海皇ネプチュリスもいたし、3人で世界平和を成し、維持した。その結果にドラゴニアとアクトリウムの最盛期、ホウライの急成長が実現されたのだ。ドラゴニアとトウゲンを取れたとしても、龍帝がテンペスタントでも、魔王がネロでもなければ世界を取ることはできないよ」


 つまりは竜王の魔女の独り相撲に世界中が付き合わされているってだけの話だ。

 人騒がせな話だ。一人で遊んでいたいなら迷惑をかけずに遊んで欲しい。あるいはドラゴニア帝国の中だけの話にしておいて欲しい。

 そもそもトウゲンの国力は七大国に遅れをとっている。どの面においても、一番を取れていないのだから。そんな国を、実力主義の脳筋が多い龍人族のドラゴニア帝国が統治したところで大して変わらないだろう。海皇が茶々入れてくるなら別だけど。


「では、ゾルベの武器類はドラゴニアに流れている、と?」

「船の往来が増えているし、軍備を整えているのも視て取れる」

「千里眼ですか……それ、僕に聞くまでもなく知っていたってことですか」

「お前らを育てるって決めてから、トウゲン関連の情報は収集するようにしといたからな。でも頭を回すことは大事だから、ちゃんと考えられるようにしていけ」

「わかりました……」


 ここからドラゴニア帝国を覗くのも楽じゃないんだけど。まぁどこを見るべきかがわかるからまだマシな方か。


「じゃ、荷物おいたらお前も模擬戦な」

「はい」


 そう言って、イヅナは荷物を家に置いてくるとそのままイビルレオと模擬戦を始めた。

 そろそろ俺も根回しに動こうかなぁ。



☆☆☆



「ってことで、ここからは別行動だ」

「――えぇっ!?」


 俺の発言に、荷物を背負ったアリアとイヅナが大きな声を上げた。


「こ、ここからですか!?」

「もう船ついてるじゃない! トウゲンまでもうほんの数日よ?」

「飛行機つくっときゃ、数時間だったんだろうなぁ」

「ひこ……なんですか、それ?」

「何でもない。やることがあるんだよ。お前らはトウゲンいって適当にやって解決すりゃ終わりだと思ってるかもしれんけど、そう簡単じゃない」

「そこまで軽くは考えてないわよ……」


 ともあれ、後始末のことを考えたり、トウゲンでの不測の事態を想定すれば、それなりに入念な準備が必要になる。

 まぁ数日で終わる準備でもないんだけど。話は一応、通信水晶で通しているのでそこまでこじれはしないはずだ。

 船が来るのを待ったのは、こいつらについてきてもらうのが嫌だったからだ。ついてきたがるのを説得するのも面倒だし、先に向かわせて、この二人でできるところは片付けておいて欲しいし。


「いいからお前らは先にトウゲンに行ってろ。できるところまでは自分らでやってみろ」

「わ、わかりました……」


 二人が船に乗り込むのを見守り、船内に消えたのを待ってから俺も港を後にする。

 さて、まずはどこから回るかな。

 とりあえず、原因のシードラ大陸から行こうか。



☆☆☆



 ドラゴニア帝国の中心地にそびえ立つ宮殿を覗いたが、当然龍帝の姿はそこにはなかった。

 なので適当な八大竜王の王城にお邪魔させてもらい、事情を聞き出そうと一戦交えて大人しくしてもらった。


「く、屈辱だぁ……人族ごときに、竜王の名を汚されるとは……」

「あんま気にすんな。龍帝でも俺に勝てねえよ。いい勝負がしたきゃ、テンペスタントを連れてきな」

「人族が舐めるな、テンペスタント様は大災害とまで呼ばれたお方……人族ごとき相手にもならぬ」


 魔導師相手だったら、あいつ意外と押されるけど。あいつが大災害と呼ばれるなら、魔導師は何だろう。神の使いか? 言い得て妙か。

 で、その倒れ伏した竜王サーカラの背に乗りながら質問する。


「今の龍帝はどこ?」

「龍帝様なら宮殿に――」

「いないから聞いてんだってば。知らんのか?」

「龍帝様は常に自由だ。誰にも縛られない。誰にもその行動は読めん」

「ふーん。八大竜王程度じゃ話にもならんってことか」


 龍帝の最終的な行き先はわかっているから、会うだけならそこで待てばいいだけなんだけど。竜王の魔女がトウゲンに行く前に寄るところがあれば、潰しておきたいだけだし。

 とはいえ、八大竜王でも行き先を知らないとなれば、次は海皇にでも聞きに行くか。

 海皇が竜王の魔女の味方をしているかどうかも知りたいし。


「悪い。邪魔したな。適当に修復はしておくよ」


 俺はサーカラの背から降り、主にこいつのせいで壊れた城内を魔法で修復しながら歩く。


「――そういや、お前は先代のサーカラに勝ったのか?」

「……いいや。先代は寿命で死んだ。老いた先代サーカラ様ですら誰も勝てなかった」

「そうか。そりゃよかった」


 先代サーカラは、ユカリの血縁者だったはずだ。きっちり生きれたのなら、それでいい。

 俺はサーカラの王城を後にした。



☆☆☆



 アクトリウム皇国に行き、海皇を訪ねた。

 だが海皇だと名乗って出てきた海人族が、幻覚魔法で偽物だったのを見破るところまではよかった。その後、本物の海皇を探したところ、死体が一つ見つかっただけだった。

 アクトリウム皇国の宮殿は騒然となり、誰も事情を知っているものがいなかった。幻覚魔法で出てきた海人族も、姿を見せない海皇の代わりに仕方なく、不在を誰にも知られないためだけに演じていただけのようで、事件の真相からは遠い存在だった。

 この先を知っているのは、おそらく竜王の魔女、あるいはその一派ということになるか。

 龍帝になりすまし、海皇にまで手をかけたとなれば、組織ぐるみで動いている可能性が高い。竜王の魔女一人の芝居にしてはあまりに事態が大きすぎる。

 7人の魔女のような存在が、また生まれてきているのかもしれない。ただ、それであればアニェーゼやカレンが気づかないこともないはずだ。俺はもう全世界を監視するなどというバカみたいなことはしていないから。ホウライにいた時は頑張ってた時もあったけど。

 ともあれ。

 アクトリウム皇国に用がなくなったので、仕方なくトウゲンに向かうとした。

 あの二人と別れて一週間ほどだ。トウゲンにはついているだろうし、戴冠式も行われているかもしれない。

 ただ、トウゲンを救ってくれと言われているが、どう救えばいいかは聞いていない。裏から支配しているっぽい竜王の魔女を排除してやれば納得はしてくれそうだけど。

 竜王の魔女の尻尾を掴んで、引き摺り出して始末してしまえば解決ということでいいだろう。

 だったら最初から脳筋戦法でやっておけば早いのだけど、色々考えると面倒ごとが多い。

 八大竜王のサーカラは嘘をついていたし、ドラゴニア帝国はトウゲンに攻め込む準備をしていた。サーカラ一人潰したところで止まるような帝国ではない。

 ゾルベ帝国も攻め込まないという保証もない。ドルク王国やヴァトラ神国、ユートレア共和国だって動く可能性は捨てきれない。漁夫の利を狙う国があっても不思議はない。

 トウゲンを救えと言うのであれば、そういった後顧の憂いも断たねばならない。

 ああ。面倒臭い。

 根回しをしなければ。

 トウゲンに攻め込まないよう、各国首脳たちを説得しなければ。

 面倒だ。

 それでも。

 それでも、やらなければ。

 世界の誰も知らない、覚えちゃいない、歴史の中に埋もれてしまった存在に。

 後ろ指を刺されないよう。

 今日も明日も、世界は滞りなく進ませる。進ませてやるとも。

 俺が、諦めるまでは。



☆☆☆



「――派手にやられたなぁ」


 トウゲンの王城についた頃には、戴冠式は終わっていた。

 否、終わっていたのではなく、中断していた、のだろうか。

 まぁ、どっちだっていい。


「ようやくお出ましかね、魔王様」


 アリアやイヅナ、王城で働く人々、戴冠式に呼ばれた王侯貴族に富裕層、各国要人たち。

 力無く倒れた彼らの中心に一人立つ――竜王の魔女。


「一足遅かったね」

「いやぁ。ちょうどよかった。邪魔者をちょうど片付けてくれたところだろ」

「……ああ、ボクらの戦いに巻き込まれないように、ね」

「つまんねぇ返しだな。それに、ちゃんと倒しきれてない」


 俺の視界の隅で二人、アリアとイヅナがよろよろと立ち上がるのが見える。トドメを刺していなかったせいだ。

 まぁ、倒れているもの全員息はある。きっとこの後利用するためにも生かしているのだろう。


「まだ立ち上がるのか、しぶといな。君の教え子なんだって?」

「一応」

「敵わない相手の力量さくらい測れるようにしておいてくれよ」

「測れてるだろ、十分」


 俺の返しに、竜王の魔女は怪訝そうな目を向けてくる。

 だが、二人を相手にしていたのは一体何だったのか。多分、イビルレオとアトラスデモンの二匹がかりであれば、竜王の魔女を殺すだけならできるだろう。何せあの二匹を鍛えていたのは俺だからな。実際は色々聞き出さなきゃいけないし、殺したらダメなんだけど。

 その二匹とずっと相対していたのだから、相手がその二匹より強いかどうかくらいは測ってもらわなきゃ困る。

 ……念の為、声はかけておくか。


「殺されるって思うなら、寝てたほうがいいぞ」

「いえ……それほどの怖さはないです」

「ちょっと吹っ飛ばされただけじゃない。次は倒れないわよ」

「だとよ」

「勇ましいことだね――でも、余興はここまでだよ」


 竜王の魔女はそういうと、両腕を大きく開いた。同時に、その背後に魔法陣がいくつも展開される。


「アリア、あの魔法陣はどういう魔法か?」

「え、今そんな問題出す!?」

「いいから答えな」

「えぇっと」

「知るわけないよ。だってこの魔法は――」

「空間魔法よ。あと、転移も組み込まれてるわよね?」

「大正解」


 自慢げな竜王の魔女の表情が、凄絶に歪む。顔芸でもしてんのかってくらい、ぐしゃっと変わった。


「その魔法は歴代龍帝にのみ伝承された魔法、だろ? でも、お前も龍帝じゃないし、俺が知ってても何らおかしくないよな」

「その理屈はおかしいですよ……あの数と複雑な魔法陣、龍人族の平均以上の魔力総量が必要だって言いたいでしょうに」

「魔導師になれるくらいの総量があれば、使えるぞ。流石にあの量の空間転移の魔法陣を使えば魔力枯渇を起こすだろうけど」


 と、俺たちが仲良く会話しているうちに、その魔法陣ひとつひとつから人影が現れる。

 見覚えのあるようなないような、多種多様な人々が、竜王の魔女の後ろに控える。


「これがボクの戦力だ。君たちも顔くらいは知っているだろうけど、世界中の剣豪や大魔術師が勢揃いってわけ」

「あー。どうりで見たことある顔なのか」

「いくら隠居してても顔くらいは――」

「うちから逃げ出したやつが数人いる」

「逃げ、え?」

「それ、どういう……?」

「いや、お前らみたいに訓練して育成してたんだけど、起きたらいなくなってたり、ついていけないとか言って山を降りた奴ら」


 別に特段きついことをしている訳ではないと思うのだけど。事実、アリアとイヅナは全然ついてこれているし、何ならちゃんと巣立って行ったやつだっている。カレンは別として、ユリウスとかターナーとかは有名になったし。


「グレイウルフが基礎訓練してくれなかった世界線のお前らって感じかもな」

「基礎訓練、そんなにきついんですか」

「そりゃ、闘気が出るまで、魔力操作が行えるまで四六時中何かしらをやらせてたから」

「……休息をくれたイウルさんが優しかったんですね」

「優しいってほど、優しくはなかったと思うけど」


 俺よりは優しいんじゃなかろうか。俺は寝てる間も何かしらできるようにさせてたし。


「――つまりは恐れるほどの戦力じゃあ、ないってこと」


 まぁ逃げ出した奴らばかりではないし、言っていた通り神級剣士が一人、王級剣士がちらほらってくらいか。大魔術師と言われても、魔導師でないのならば相手にもならんし、そこは数に入れなくていいか。


「……そんなこと言ってられるのも今のうちだよ。こっちは本気で世界をとる気なんだから」

「その程度じゃ無理だって。カレン一人でも何とかなっちまいそうなくらいだ」

「それはボクらの実力を知らないからだろう! かかれ!!」


 竜王の魔女が大きく手を振り翳した。それを合図に、後ろに控えていたものたちが一斉に駆け出す。


「流石にこの数は師匠でもやばいんじゃないですかね!」

「そうよ、何か手があるなら早く!」

「殺していいなら数にもならんのだけど」

「できるだけ穏便にお願い!」


 アリアから無茶な注文が入る。ていうか、別にアリアの知り合いでもないのだからどうでもいいだろうに。

 ノリで言われているのだろうか。ノリでこんな大群を穏便にどうにかしろって言われているのだろうかな。

 ともあれ、俺一人では穏便に済ますことはまずできない。竜王の魔女が絡むと考えると余計にね。穏便とか気にかけている余裕がないだろう。

 だから、同じ方法をとるとしよう。

 俺も竜王の魔女と同じように、背後に大量の黒いゲートを展開する。

 魔法の内容自体は同じだが、俺の場合は魔法陣を展開するよりも、黒の魔導書を使っていた時に多用していた【イビルゲート】を応用した方が構成を組みやすかったので、そちらを基礎に置いている。


「――【世界の扉】」


 そして、同じように黒いゲートから人影が現れる。そいつらはちゃんと俺の育成を最後まで受け、巣立って行った人々。

 ユリウスを筆頭とした、弟子たち。


「結局呼び出されるんですね……」

「悪いな、ユリウス。今回だけ頼むわ」

「おお! 強そうなのがたくさんいるな、師匠!」

「好きなの相手してくれ、ターナー」

「ああ……貴重な休暇が……」

「ギルバート……それはマジでごめん。後でドルクに話通すよ」

「せ、先生、きたんですからちゃんと約束守ってくださいよ」

「あー。朱の魔術書だっけ、レベッカ。気が向いたらな」


 とりあえず声かけてきてくれたやつだけだが、まぁこの場であれば事足りるだろう。


「剣神ユリウス、獣王ターナー……冷血のギルバートと創成の魔術師レベッカ……」

「え、お前らそんな二つ名持ってんの? ギルバート辛くない? 大丈夫?」

「先生に突かれなければ大丈夫でした」

「ごめんて……」


 俺が傷口を広げちゃった……でもそれってつまり、ちょっと気にしてたってことじゃ……。

 にしても、俺を差し置いて創成の魔術師だって? 随分と出世したな、レベッカも。


「やったー! 歩く書庫から格上げされてる!」

「……一体誰が二つ名なんてつけてんだ」

「カレンですよ」


 二つ名の出どころをユリウスが教えてくれた。

 あいつかー。そりゃ仕方ねえや。あいつなら何しても驚かねえわ。世界に広まっててもおかしくねえや。


「魔王の二つ名が羨ましかったらしいぞ!」

「二つ名のつもりじゃねえんだけど」


 まぁでも、二つ名になるのかな。魔王も。でも俺の魔王は勇者召喚を行われるほどの文句なしの魔王なんだけど。


「さて、そろそろ相手も痺れを切らしそうだし、有象無象は頼んだぞ」

「有象無象って……結構有名な方も多いんですけど」

「ユリウス、頼んだ」

「……万事おまかせを。師匠」


 いやー、やっぱ一人頼れる人材がいると勝手が全然違ってくるぜ。これが結婚できるやつとできないやつの違いなのかもしれない。

 後ろの指揮はユリウスに任せ、俺は竜王の魔女へと向かって歩く。



☆☆☆★★★



 魔王と竜王の魔女の手勢がぶつかり合う。

 魔王一派を指揮する剣神ユリウスは、自身も剣を振るいながら的確な指揮を方々へ飛ばす。だが、一人だけ指揮の出されないもの――獣王ターナーは好き勝手に暴れていた。指示を聞かないこと自体は予想通りで、ただターナーの動きも含めて盤面の指揮をしなければならず、ユリウスの負担は増していた。

 アリア、イヅナを含めても6人しかいない。対して竜王の魔女一派は十数人で押してきている。

 ユリウスは、アリアとイヅナへの指示を増やし、ギルバートやレベッカへはターナーの動きだけを伝えるように切り替え、指揮を執る。

 最優先されるべきは、彼らの主人、魔王の歩む道を開くこと。

 それはターナーも理解しており、もっぱら魔王の前を阻む敵を相手に暴れている。

 弟子が切り開く道を、魔王は悠然と歩く。身構えることも、武器をとることもなく、周りを見もせず、一定の歩幅で歩いていく。

 魔王に襲いかかる攻撃は、全て叩き落とされてしまう。

 そのうちに、竜王の魔女一派は気づかざるを得ない。魔王を止めるには、その弟子を先に始末しなければならない、と。

 やがて魔王への攻撃は止み、竜王の魔女への道が開かれる。魔王は、ただ歩む。


「なかなか良い駒を従えているじゃないか」

「一緒にしてほしくないな。お前は駒を集めてたんだろうけど、俺は人を育ててたんだから。人は駒よりよっぽど有能だぜ」


 魔王は竜王の魔女と相対し、不敵な笑みを浮かべる。

 竜王の魔女の前には、フードを目深に被った人が3人いる。


「でも、ちょっと数が心もとないんじゃないか? もしかして人望の差?」

「そうかもな。まぁいざとなったら俺一人でどうにでもなるから、どうでも良いよ。きてくれたやつには後でちゃんとお礼しなきゃな」

「後が来るわけないだろ。君はここで殺されるんだから」

「お前程度にできるかな。他の6人とそう大した違いがわからん」


 魔王と竜王の魔女、互いに魔法使いで、勝負に入るのに武器や構えは必要ない。

 お互いにノーモーションから魔法を放つだけの技量はあり、それがいつ行われるかは二人にしかわからない。


「……君の不死身伝説も今日で終わりだよ」

「やけに自信があるようだな。終わらせてくれるなら終わらせてくれよ」

「誰にだって弱点がある。君にだって弱点はある。例えば――愛する人とか」


 そう言って、竜王の魔女が前に佇む3人に手をかざす。3人の足元の地面が隆起し、それぞれを覆い隠してしまう。そしてボロボロと崩れ始め、人の形をした何かが残る。


「お人形ごっこなら他所でやれよ。そんなもん使いながら、俺の相手ができると思ってんのか」

「ボクが相手するんじゃないよ。彼女たちが、君の相手」


 薄ら笑う竜王の魔女に、眉を顰める魔王。

 彼女たち、その言葉に魔王の脳裏に数多の可能性が駆け巡るが、その答えはいつだって一つしかなかった。


「ホウライの、初代魔導師たちだよ。君の愛しの、ね?」


 人の形をした何かの造形が安定し、その姿が露わになる。

 それは紛れもない、魔王が一番よく知る魔導師の3人だった。

 緑の魔導師リリー。黒の魔導師イズモ。白の魔導師ノエル。

 よくよく見ればその顔の細部や体の作りが、本人のものとは違っている。おそらくは竜王の魔女が何か参考にしたものがあるのだろう。それがあまり精度の高いものではなかったのだろう。故に実物とは多少の差異がある。

 だが、それでも魔王の心を揺さぶるには十分な効果を持っていた。


「……おかしいな。あいつらの記録は全部燃やしたはずなんだけど」


 魔王の口から、小さく言葉がこぼれた。それは本当に疑問に思っているような声音だった。

 きっと彼は自分の弱点を理解していた。だからこそ、弱点となりうる記録を全て消去しようとした。写真や映像、絵画まで、彼女たちを表す全ての記録を燃やしてきたと思ったのだろう。


「個人が極秘裏に所有していたことなんてよくある事さ。それが国家ぐるみだったってだけ」

「アクトリウムか」

「流石の君でもアクトリウムの全てを探ることはできなかったみたいだね」


 アクトリウム皇国は魔王が唯一苦手としていた国家だ。歴代海皇の有能さ、何より彼が初めて会った海皇によって苦手意識を植え付けられたために、強引な手をなかなか取りづらかったのだろう。

 ゆえにアクトリウム皇国の民家まで調べ尽くすことができなかった。


「君は彼女たちに殺されるんだよ。手を出すこともできずにね」

「どうかな。俺が殴り飛ばすくらいはできるかもしれないぜ」

「君は家族には頭が上がらなかったんだろう? 情けないことにね。だから彼女たちを使って、君は大人しく殺されるんだ」

「……ああ。まぁ、あいつらに殺されるなら本望だな」


 魔王の発言に、竜王の魔女は口角を吊り上げた。

 自身の勝ちを確信したのだろう。竜王の魔女は人形を操作し、魔王へとゆっくりと近づける。

 三体の人形が魔王へと近づき、手をかざす。魔法を発動しようと、その人形の内部に造られた魔力回路が動き出す。

 次の瞬間、魔王が動いた。正面の人形――白の魔導師を殴りつけた。


「――えっ」


 身体強化をかけ、拳を硬化させた容赦のない鉄拳に、白の魔導師の顔は文字通りに吹き飛んだ。ビチャ、と血が魔王の顔、服、ズボン、その周囲に飛び散る。


「造形が雑。ノエルの顔はもっと鼻が高いし、目も違う。輪郭もよく見りゃ歪んでる。焦点の合ってねえ写真か、似顔絵をもとに作ったよな?」

「なっ――」


 次に緑の魔導師の人形の腹を蹴り飛ばす。上半身と下半身で分断され、支えを失った上半身は地面へと落下し、不快な音を立てる。

 飛び散った血が、竜王の魔女にまで及ぶ。


「リリーも。身長がまだあと2センチ高い。それに笑顔が下手くそ。後、腹筋はもっとついていた」

「……君、何してるかわかってるの?」


 魔王が黒の魔導師の腹――魔臓の位置に手を添える。ゆっくりと目を閉じ、小さく魔法を唱える。


「――【超新星】」


 魔王の魔力が、黒の魔導師に流れ込んでいく。その魔力が全身へと行き渡ると同時に、体内から盛大に爆発した。黒の魔導師をかたどっていた肉体が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 どこまでも容赦なく、魔王は魔王らしく鉄槌を下していた。


「イズモの造形だけは及第点だな。お前は会ったことがあるから、当然か」

「な、んで……!」

「俺を相手にお前のような考えに至る奴が、今までいなかったとでも思うのか?」


 魔王の問いは、当然だった。

 魔導国家ホウライを運営していく上で、それをよく思わない国や人は多かった。魔王の命を狙うものは、何も勇者しかいなかったわけではない。

 その彼らが、魔王の弱点を調べもせずむやみやたらと暗殺を狙っていたわけではない。

 弱点を調べられていく中で、当然魔王の身内を狙うものも多かっただろう。


「それがずっと続いた。俺を殺そうとする奴は、俺を狙わない奴らばかりだ。ノエルが倒れて、リリーが死んで、イズモもいなくなって。それでも、お前のように何度も何度も、幻覚を使ったり人形を使ったり蘇らせたり、何度も何度も繰り返してきた」


 魔王の語り口には憤りが見え隠れした。感情を抑えようと必死になっているようで、しかし抑えきれない感情が言葉や体の震えとなって滲み出ていた。


「最初は俺もご丁寧に引っかかっていたけど、でも気づいた。あいつらを、もういないあいつらをどれだけ俺の前に見せられたって、それは偽物でしかない。本物じゃない。いくら同じ顔、声でも、あいつらはもういないんだよ」

「だからって、そこまで割り切れるもんじゃないはずだろ! どれだけ時間が経とうとも、自分の大切なものをその手にかけるなんて――」

「どれだけの時間が経ったと思ってる」


 竜王の魔女の言葉に、魔王は強く返した。

 その返しには魔王にしか、何千年と生きてきたものにしか放てない重みがあった。


「気が狂いそうなほどの時間だ。おかげで俺も気が狂った。あいつらを手にかけられるくらいに」

「化け物め……!」

「あいつらが俺を殺そうとするわけがない。あいつらが俺の敵になるわけがない。あいつらが俺を裏切るなんてあり得ない。そう言い聞かせて、何度も何度も言い聞かせて、感情を落ち着かせてきた。そうやって――偽物を排除してきた」

「くそ……!」


 竜王の魔女は当てにしていた作戦が全く効かず、それでも何とかしようと龍の姿へと変え、襲いかかる。竜王の魔女の龍の姿は、人の形の時とそう変わらないサイズだった。

 竜王の魔女は魔法を使わず、龍の鋭い爪が魔王に迫る。だが、魔王はその攻撃を右に体を傾けて避け、腕を掴んで放り投げる。投げた方角には、二人の手勢が今なお争っていた。その中に竜王の魔女が吹っ飛んでいく。

 突如吹っ飛んできた竜王の魔女に、周りは驚くが戦闘を止めることはない。


「ちょ、っと先生! いきなり飛ばさないでください!」


 魔術の照準の中に入ってきた竜王の魔女に驚き、咄嗟に発動を中止してしまったレベッカが毒づく。

 だが、何の反応も示さず彼女の前を通り抜け、竜王の魔女を追う魔王。

 その様子を怪しんだギルバートが、魔王の動きを注視してあることに気づく。


「……ユリウス、あの先生完全にキレてるぞ」

「はぁ!? こんなややこしい中で……!」


キレた魔王が、今この戦場でどれだけ不確定要素になり得るか、想像しかできないがおそらくその想像すら軽く超える。


「おい、誰かカレン呼べ」

「か、カレンちゃんってどうやって呼べばいいの」

「妖精使えるからこの状況知ってるはずだ! 手が空いたらきてくれる。ターナー! 師匠と戦えるぞ」

「いや師匠はちょっと……」

「日和ってんじゃねえ!!」


 段々と語気が荒くなるユリウス。だが、周りもその気持ちが理解できる上に、今は魔王と竜王の魔女、その他の動きに集中しなければ巻き添えを食うために気を逸らしている暇はない。

 嫌々ながらにターナーが魔王へと近寄っていき、動きを止めようと試みる。しかし、そんな動きを意に介することもなく暴れ回る魔王に、ターナーの動きも鈍くなる。


「獣王が聞いて呆れるな」

「魔王の前じゃ、子犬だね」

「じゃあお前たちはあれを相手にできんのかよ!」

「レベッカ、銀の檻で捕らえろ! ターナーは師匠と竜王の魔女! ギルバートはターナーの援護、アリアとイヅナは俺と他を相手してくれ!」

「はい!」


 ユリウスが全体に指示を飛ばす。そして皆指示通りに動き始める。

 暴れ回る魔王の攻撃が竜王の魔女の手勢をも巻き込んで行われるため、場は極めて混沌としてきていた。

 その中で一番経験の浅い二人、アリアとイヅナも必死に周りについていこうとするも、やはり数手遅れた対応になってしまう。だが、その遅れをユリウスが完全に補完しており、魔王一派と竜王の魔女一派の戦いは均衡をぎりぎり保っていた。

 その中でレベッカの詠唱が紡がれてゆく。


「――檻、発動します!」


 レベッカが声をかけると、魔王の近くにいたターナーとギルバートが即座に離れる。

 直後、魔王の足元に3重の魔法陣が展開される。


「魔王式魔法――【大地の鎖】【鉄壁結界】【銀の籠】」


 魔法陣の一つから、魔王を捕らえるように鎖がいくつも生えてくる。それらは魔王の腕や脚に巻きつき、動きを阻害する。

 魔法が魔王に通じないことは、弟子である彼らが一番よく理解している。だから、これはただの時間稼ぎでしかない。最後の魔法を確実に当てるための仕込みだ。

 案の定、魔王は絡みついてきた鎖を見向きもせずに、体から鎖に魔力を流して破壊していく。

 その数瞬の隙に、次は鉄の壁が魔王を覆った。当然こんなものもそう長く保つものでもない。だが、檻が出現するには十分だった。


「――はっ、仲間割れか」


 銀の檻が完成し、魔王が閉じ込められる。その様子を見て竜王の魔女が嘲笑う。

 竜王の魔女は封じられた魔王から狙いを変え、今までの戦闘から経験の浅い二人を見抜き、定める。

 アリアとイヅナに向けて爪を立て、襲いかかる。


「――魔王式・牙楽灼鉢!」

「魔王式・護神流【滅】」

「魔王式・攻神流【龍薙】」


 ターナーの技が竜王の魔女の胸に直撃し、肉を抉る。それでも勢いの乗った攻撃は止まらないため、ユリウスとギルバートの技がアリアとイヅナをそれぞれ攻撃から守った。

 胸が抉れ、片腕片足がそれぞれ吹き飛ばされ、使い物にならなくなったため、人の体に戻る竜王の魔女。すでに息の上がった状態の竜王の魔女が、彼らの前に現れる。

 竜王の魔女の手勢が、守るように前へと出てくる。お互い、魔王がいなくなって一息ついたために仕切り直すように再開のタイミングを計る。


「あ、ちょ、檻が……!」


 魔王を捕らえた檻の様子を気にしていたレベッカが、すでに壊れ始めていることに気づく。

 その様子に、魔王一派だけでなく竜王の魔女一派も檻の方へと視線を向ける。視線の先で、確かに銀色に輝く檻が風の魔法によって刻まれているのがわかる。


「……銀の檻だよな?」

「そうですよ……魔導を封じるほどの純度があるはずです」

「何で壊せるんだよ……」


 純度の高い銀は魔力を阻害する働きがある、と説明を受けたのは魔王からのはずだった。なのに、その魔王が説明を無視したことをやってきているので、一同は困惑するしかない。

 やがて銀の檻が半分から切断され、バランスを崩すと音を立てて落下した。

 銀の檻の中から、魔王がゆっくりと出てくる。


「――魔法で銀を生成するのではなく転移で持ってくるのは、良い発想だ」

「あ、ありがとうございます。ついでに大人しく入っててくれるともっと助かります……」

「だが俺やそいつ――竜王の魔女には銀の効果は薄いことを知っておけ」


 魔王はぐっ、と足に力を込め、一気に飛び出す。

 咄嗟に魔王を止めようとユリウスやギルバートが動くも、その間をすり抜けて魔王は竜王の魔女の首を掴んで押し倒した。同時に竜王の魔女一派の周りに重力魔法をかけ、全員を地に平伏させた。

 強い重力場を形成しているため、魔王一派も近づくことができない。


「あの人数で【超新星】を使われたら流石に規模が大きすぎるぞ」

「全員、城内の人を避難させろ!」

「カレンちゃん早くきてー!」


 魔王の弟子は、魔王を止めることを諦めて避難を優先させた。今、この状況で魔王をどうにかできるとすれば、それは魔王の一番弟子たる守護者カレンしか残されていない。

 首を掴まれた竜王の魔女も必死に抵抗しているが、重力をかけられているうえに、身体強化を限界までかけた魔王の体はびくともしない。

 魔王は背後で救助に動く弟子を気にすることもなく、口を開く。


「【超新星】」

「――だめですよ、御師匠様」


 魔王が【超新星】を放つための魔力の動きを止めた。だが、魔王の魔力操作であれば一瞬でも隙があればいつでも発動できるだろう。それでも、魔王は魔法を放つ直前で止めた。

 魔王の弟子たちの間を縫って、守護者カレンがゆっくりと歩いて魔王へと近寄っていく。重力場など意にも介さず、カレンは歩を進める。

 竜王の魔女の首を押さえ込んだままの体勢で止まっている魔王のそばにしゃがみ込み、カレンは魔王の手に自身の手を添える。


「これ以上はやめましょう。終わりです。竜王の魔女も、もう戦意喪失です」

「……それはどうかな」

「終わりですよね」


 カレンの問いに、竜王の魔女は目を閉じて抵抗をやめた。



★★★☆☆☆



 カレンの問いに抵抗をやめた竜王の魔女だが、だからってこの手を離す気にはそうそうなれない。


「ほら」

「……こいつはここで殺す」

「手を納めてください。そんなことをイズモさんたちは望みませんよ」

「俺が、望んでる」

「抑えてください。子供じゃないんですよ。あなたは魔王。こんな些事に構うなんてみっともない。先代に笑われますよ」

「……あーくそッ!」


 俺は荒っぽく、竜王の魔女の首を掴んでいた手を離した。同時に竜王の魔女一派にかかっていた重力場も消す。

 ようやく俺がが引いたことに、カレンも大きく安堵の息を吐いた。そして弟子たちの方へ振り返ってドヤ顔とピースサインを見せる。

 弟子たちも俺が落ち着いたことで臨戦体勢をやめ、ピースサインを送ってくるカレンを辟易した目で見る。


「鬱陶しい……あれがあるから頼りたくないんですよね」

「大人しくしてれば守護者なのに」

「むかつくなぁ!」

「あれだけは擁護できないよね」

「あれっ!? 私あんまり歓迎されてませんか?」

「あ、きてくださってありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 アリアとイヅナだけ、カレンにお礼とお辞儀をする。その姿に感激したように震えるカレン。


「ありがとう新弟子ちゃん!」

「うるせぇぞ」


 はしゃぐカレンの脇腹を肘で突き、黙らせる。強めに入ったのか、カレンは当たった位置に手を当ててしゃがみ込む。

 そんなカレンは無視し、俺は頭をかきながら周りを見回す。竜王の魔女一派は、頭の竜王の魔女が降伏したのを見てもう戦意は完全に失ってしまっている。

 その上で、この後の処理をどうしようかと諸々頭を巡らせる。


「……後少しだったのに。隠居していたのに、どうして出しゃばった」

「あ? そりゃ泣きつかれたら動くしかねえだろ」

「ボクらの悲願はもう、叶わない」

「お前らの悲願は知らねえけど、どっちにしても世界は取れねえよ」

「ボクら7人揃ってさえいれば――」

「だとしても無理だね。その時代だと俺とカレン、それにイズモもいたしな。どう足掻いても無理だ」


 俺の否定に、竜王の魔女は歯噛みする。俺の言う通りのせいで言い返せないようだ。

 7人の魔女の中で、単純な戦闘力だけで言えば竜王の魔女が一番高い。だが、それでも俺には届きもしなかった。

 知略や戦略を考えれば、貴族の魔女や軍人の魔女も強かったが、種族柄仲良しこよしとは程遠い関係だった。7人全員で連携して、と言うことはなかなかに難しいことだったのだ。

 7人の魔女を束ねていたのは悪魔の魔女ではあったが、彼女とて仲良くやろうという思想があったわけでもない。ただの利害の一致による共同戦線でしかなかった。

 それに対し、俺はと言えば、全員が俺の指揮に素直に従ってくれる。加え、自分の判断で俺を止めることすらも可能だ。集団としての完成度が違う。

 幼少から育ててる分、利害を超えた関係を築けているお陰だろう。まぁたまにそんな関係を築けない奴もいたけど。


「ボクらはただ、見返してやりたかっただけなのに……それすら叶わないんだね」

「目標自体は支持してやるんだけど、お前らの性質がよくなかった」

「性質……」

「お前ら、魔法に魔素を使うんだよ。魔力に変換されていない、魔素を使われると大地が枯れる。空気も澱む。あらゆる生物は生命活動の中で魔素を取り込むのに、それができないから活動不全に陥る。」

「……何だよそれ。ボクらじゃどうしようもないじゃないか」

「ああ。どうしようもできない。お前らが魔法を使えば使うほど、この世界が破滅に近づくってわけだ。無理やり魔素溜まりをいろんなところに作って、それを枯れた場所に移動させることで対処していたが、俺一人だと面倒だし、手伝ってくれると助かるんだけどな」

「破滅するなら望むところだね」


 こいつらが頑張ったところでどうにかできるものではない。そもそも魔女たちは皆、魔力総量が著しく少ない。竜王の魔女の、龍の体が小さいのはそのためだ。

 その結果に、魔力総量に頼らなくて良い魔素を使うという禁忌に、本能的に手を出していたのだ。

 魔力適正が高い、というのは魔力総量が多いというわけではない。魔素を無理やり魔力に変換し魔法を放てる実力があるというのが問題だった。俺も魔素を変換して使えはするが、ほとんど使わない。というか、使うときは俺の魔力を魔素に分解して使っているので影響は少ない。

 周りの魔素を使うことで、銀の魔力阻害を受けずに魔法を放てるので、俺や魔女に銀は効果が薄いのだ。

 ……本当はこういったやつを俺が拾って育てなければならなかったんだろう。けれど、悪魔の魔女がそうなってしまう前後に気づくことができなかった。

 悪魔の魔女が成長しきる前に対処しておくべきだったのかもしれないが、それでも彼女たちを放置し見守ることを選んでしまった落ち度はある。


「悪かったよ。お前さえよけりゃ――」

「許すわけないだろ」


 竜王の魔女に手を差し伸べると、その手を掴み返される。だが、返事はあまり穏やかなものではない。


「ボクらは7人で一つだった。ボクらは異体同心。皆がいない世界を、ボクは望まない」

「お前、何してる」

「君が言っただろ。ボクらは魔力適正が高い。一度見た魔法なら何でも再現できる。感じた魔法なら尚更だ」

「……やめろ」

「やめない。ボクに生きる意味はもう――ない」

「御師匠様!」


 竜王の魔女が俺の体から魔力を抜き取るのがわかる。そして自分の中に蓄えた俺の魔力で――【超新星】を発動しようとする。

 カレンが慌てた声を上げるが、すぐさま結界を張り、竜王の魔女を閉じ込める。


「君じゃボクは――ボクらは救えない」


 竜王の魔女の言葉に、俺は何も返せない。一度見過ごした存在だ、そう思われても仕方がない。

 だが、竜王の魔女はそこで終わらず、俺から視線を外してカレンへと向けた。


「でも……次こそは、ボクらを救って欲しい」

「え――?」


 カレンが竜王の魔女の言葉の真意に至る前に、竜王の魔女は体内の魔力回路から爆発した。

 肉片が飛び散る。だが、結界を張っているおかげで周囲を汚すことはない。竜王の魔女を覆っていた結界が、赤く染まっただけだ。ついでに掴まれていた俺の右の腕から手までも吹き飛んでしまった。


「……あの、御師匠様」

「任されたのはお前だ。次はお前がどうにかしろよ」

「え、はい……善処します」


 歯切れの悪いカレンの言葉に、俺は知らず知らずに嘆息してしまった。

 さて、じゃああとは竜王の魔女一派をどうにかしなきゃなんだけど。


「し、師匠、腕は大丈夫なんですか?」


 イヅナから心配そうな声で聞かれる。

 ああ、そういや腕を一緒に持っていかれていたな。大丈夫かと聞かれると別に大丈夫ではないけど、そもそももう肉体も残っていなかったからな。腕や足はもう服や包帯で外形を取って魔力で形作っていただけだ。

 とはいえ、確かにこれから先やることがあるし、片腕では不便ではあるか。


「大丈夫だ。気にするほどのことじゃない。ユリウス、そっち任せていいか?」

「ええ、トウゲンと魔女一派の方々はこちらで対処しておきます。アリア、イヅナ、一緒にお願いします」

「わかりました」


 竜王の魔女にやられていたトウゲンの関係者たちはユリウスたちに任せることができた。


「カレン」

「あーはいはい。わかりましたどうぞ」


 カレンを呼ぶと、俺の意図を察してくれてすぐに近寄ってきて、首筋を差し出してくる。

 俺はその首筋に噛みつき、カレンの血から魔力を補給させてもらう。時間が経てば魔力は回復するが、腕を再生できるくらいとなるとちょっと時間がかかる。なので、手っ取り早くカレンから魔力を分けてもらう。

 カレンから補給した魔力で腕を形作る。何度もやってきたことなので、お手のものだ。


「それで、このあとはどうするんですか?」

「――そうだな。とりあえずあの封印された扉を開こうか」


 カレンの首筋から顔を離し、口元を拭いながら答える。

 トウゲンのよくないところ第一位は魔導書を安置した部屋を封印したことだ。元からあまり魔導師となりうる存在がいなかったとはいえ、その機会を途絶えさせたのは良くない。

 それに純色神お墨付きの優秀な人材を確保できるのだから、使わない手はないというのに。

 俺は未だに魔力障害を放つ魔導書の保管室へと向かう。カレンやギルバートたちもついてくる。


「魔導師の選定をさせるんですか?」

「扉が開けばな。それに、魔導師が生まれるかどうかは魔導書次第だ」

「でも、御師匠様は魔導師の素質がある人を選んで育ててましたよね?」

「素質はな。でも魔導書の精霊にだって性格や好みがある。魔女一派の中から選ぶかもしれないし、そもそも選ばないことだってある」

「そうですか……ま、私は別に必要ありませんけどね」

「あったほうが便利だけどなー」


 守護者だって意地張るなら尚更。何せ選ばれるだけで最強への近道切符になるから。

 魔導師相手であれば、カレンでも負ける可能性はある。魔導師でもない俺に負けるしな。


「ここだな。レベッカ、解けるよな?」

「え、いきなり!?」

「レベッカができなかったら順番に挑戦していけ」


 ついてきていた弟子たちに、扉の封印を解けるか試させる。

 まずはレベッカだが、彼女が解けなければギルバートやターナーではより難しいだろう。一応やってみせるけど。


「最後はカレンだぞ」

「うっ、わかってましたけど……御師匠様の前で魔法とかすっごい嫌」


 カレンの嘆きに、他の連中もうんうんと頷く。

 何でだよ。何よりも魔力操作を第一に教えてきたんだから、できてもおかしくはないだろ。


「どれだけ教わっても師匠よりできた人いませんから」

「あー……でもレベッカは創成の魔術師だし? 既存の魔法を壊すくらい、新しく作るより簡単だろ」

「ひぇえ……この先生、圧が怖いよ……」


 そう言いつつも、レベッカは前に出て封印の施された扉に手を触れる。そして目を閉じ、集中する。だが、数秒でその表情はとても険しいものへと変わり、冷や汗も流し始めた。


「……いやこれ無理!!」


 10秒ほど堪えたレベッカだったが、叫びと共に手を離し、扉から距離を取る。


「マジでキモすぎ!! 何この構成頭イカれてる先生以上に!!」

「さらっと悪口言ってんじゃねえよ。次、ギルバート」

「レベッカにできなかったものを私ができるわけない……」


 そう言いつつも、ギルバートは扉に近づいていく。扉に手を当てて目を閉じ、しかし数秒で手を離す。その手はゆっくりと口元へと持っていかれ、嗚咽を漏らした。


「おえっ……」

「ねっ、ねっ? きもいでしょ!?」

「次、ターナー」

「おうよ!」


 威勢よく前に出たターナーは、扉の前に立つと――容赦なくぶん殴った。

 まぁ誰も扉を壊すなとは言っていないからな。封印を解けとはいったけど、確かに扉が開けばそりゃ封印は解かれたことになるけど。ターナーであればこの結果になることも知っていたけど。

 だが、扉はびくともしない。衝撃を吸収するような魔法がかけられており、物理攻撃を完全に無効化していた。

 それで諦めるターナーでもなく、今度は拳に魔力をまとわせて何十何百という拳を叩き込み始めた。


「うぉおおおおおッ!!」


 しかし、ターナーの猛攻も虚しく、扉は壊れなかった。

 ターナーは肩で息をしながら扉から離れていく。


「くそっ! 鍛え直しだ」

「惜しいとこまで行ったんだけどな。あと千発ちょっと」

「うぅぬ、今のままではまだ足りない……」


 封印式の衝撃吸収の許容量を超えるまであと千発ちょっとだったんだけどな。ゴリ押ししたいのであればもっと全体的に底上げが必要だな。

 さて、最後はカレンだが。


「ユリウス! 君ならどうする?」

「僕? ……ターナーであと千発ちょっとなら、双神流でとにかく刻むね、壊れるまで」

「脳筋だなぁ」


 ギルバートがトウゲンの対処に当たっていたユリウスに質問し、彼の答えもターナーと同様の脳筋な答えだった。別にそれで開ければ何だっていいんだけど。

 アリアとイヅナも弟子だが、あいつらでは意味もわからずどうにもできないだろう。


「じゃあ、脳筋で頭脳派のカレン」

「ちょっとバカにしてます?」

「いいからやってみろ。前の奴らを見てたんだから、解き方くらいわかってんだろ」


 前の奴らがやって開かなかったのだから、開け方が違うと言うことくらいは理解しているはずだろう。


「いいですとも。こんな封印ちゃちゃっと開いて見せます」


 そういって扉に近づいていくカレン。これは失敗してくれたほうが面白いな。

 カレンは扉に手を触れる。そして目を閉じて集中し、そして何度か頷きながら時折扉全体を見回す。そして手を扉から手を離し、腕を組んで一度大きく頷いた。


「――無理ですね?」


 潔くギブアップを示した。その様子に弟子たちががっくりと項垂れた。

 いや、無理じゃねえよ。無理なことをさせるほど鬼じゃねえよ、俺は。どうにかすれば開けられる封印式だよ。


「挑戦しろよ」

「だってこの扉のプロテクト、目玉飛び出る数ですよ。しかも物理まで混ぜ込まなきゃだめですし、そんなん無理ですって。か弱いカレンちゃんにはとてもとても」

「……後でしばいていいぞ」

「ちょ!」

「わーい先生のお墨付きが出たぞ−」

「力一杯いこう」

「叩き込んでやるぞ!」

「え、あ、み、みみみなさん御手柔らかに……?」


 カレンがすごすごと下がっていくのと入れ替わるように俺が前に出る。

 後ろでは皆から一発ずつもらって悲鳴をあげるカレンの声がする。


「――確かにプロテクトの数は多いし、物理と魔法の両方で攻略しなきゃだけど、まぁ一個ずつやっていけばいい」


 俺は扉に触れる前に、黒いモヤをいくつも展開させる。

 扉のプロテクトが多いのは、物理で破壊しなきゃいけないものと、魔力操作で壊せるものが混ざっているせいだ。どちらかだけで攻略しようとしても、そりゃ片方しか解除できないし、厄介なことに同時に解除できなければどんどん再生してしまう点だ。

 だから、同時に行うしかない。


「魔力操作と物理攻撃の二重で攻略しなきゃいけないから、カレン抜いた中じゃギルバートが一番解除に近いかもな」

「本当ですか?」

「まぁ両方ともぎり最低ラインって感じだけど。レベッカは物理が足りないし、ターナーは魔力操作が雑。だから器用なギルバートか、ユリウスもできるかもな。カレンはできないとおかしい」

「そんなことないですもん!」

「アニェーゼのメンテ終わらせたんだろ。じゃあできなきゃおかしい。ていうか、あれのメンテができたなら封印式をそもそも書き換えちまえば早いだろ」

「……あっ!」

「今回は正攻法でやるけど」


 カレンであれば、封印式に潜り込んでそもそもの構成を書き換えてしまうくらいはできてもおかしくないはずだ。が、まだそこに至れるほどの経験がないということなのだろう。複雑なものを前にすると、どうしても逃げたくなるもんだしな。

 俺がやるにしても、封印式の構成を書き換えてもっと簡単な解除方法を設定し直してしまったほうが早い。

 が、とりあえず今回は正攻法で攻略する。

 発生させた黒いモヤから大量の武器を射出させる。

 物理のプロテクトは完全に手数だ。たとえ手で引っかいたとしてもカウントされる。それを――大体五千発くらい、休みなく叩き込む必要がある。

 その間に魔力操作で封印式の内側を破壊していく。


「――ああ、そういうこと」

「でしょ!? きもいでしょ!」

「もうちょい綺麗な言葉使おうぜ、レベッカ」


 ともあれ、きもいという所以がわかった。この封印式、何百と重ねてかけられているっぽいのだが、後に行くほど簡単な構成になっている。つまり最初が一番厄介な構成をしているのだ。が、破壊した直後から自動で修復されていくので、いくら破壊していっても時間が経ち修復されると最初に戻されるので無限ループに陥る。

 最初の封印式を解除し、修復されるまでに全ての封印を解除できればいいのだが、数が多すぎて物理的に無理な条件を設定されている。

 この封印式を組んだやつ、たぶん今後一切この扉を開けるつもりがないらしい。


「破壊より抜け道作ったほうが早そうだな」

「抜け道ですか?」

「正規ルートと別にルートを構築、全ての封印式を後一手のとこで止めて、最後に一気に解除する」


 口で言うほど楽じゃないんだけど。

 とりあえず雑でいいから魔力操作のための抜け道をつくって、一個ずつ解いて、外側の封印が解けるタイミングを見計らって……よし。

 封印式の解除ができると同時に、封印が崩壊していく。


「ちょっとむずかったな」

「先生でも難しいとかあるんですね……」

「そりゃな。魔導書を封印の媒介に使われると、さすがに難易度が跳ね上がる」

「……そんなこと聞いてないんですが」

「聞いても聞かなくても、できないもんはできんし、できるもんはできるよ」


 まぁ、あれだけややこしい構成をさせるには何かしらの外付けの媒介があって然るべきだったし、であれば、封印されている内側、魔導書を使われていることは想像に容易い。


「とりあえず開けるぞ」


 俺は魔導書の保管されている部屋の扉を押し開けた。

 その瞬間、中に封じ込められていた魔導書が一斉に飛び出してきた。何年も封印されていたので、契約者が恋しいのかもしれない……なんてこともあるかな。

 まぁいいや。封印は解いたし、中に入らせてもらおう。


「せ、先生!! 白の魔導書が私に――!」

「おー。よかったな、レベッカ。選んでもらえ」


 レベッカは天人族だし、扱えるだろう。あいつの研究の役にも立つし、メリットしかないはずだ。白神様は厳格だが、理不尽なことは言わないから大丈夫だろう。

 他にも魔導書に選定されているやつがいるかもしれないが、それは後でいい。

 封印されていた部屋の中には、骸が一つ残っていた。封印されていたせいだろう、腐敗はあまり進んでいない。だが、息はいないことは明らかだった。


「……あ、この人」

「覚えてんのか」

「一応……御師匠様が、一番魔力操作がうまいって言ってましたよね」

「まぁな。じゃなきゃ、あの封印式はできねえよ」


 弟子の一人の亡骸だ。今まで育ててきた弟子の中で最も魔力操作が上手く、魔法の構成をさせれば随一だった。今でもこいつを超えるほどの弟子はいない。カレンですら、及ばない。


「魔女と組んでることは知っていた。俺が黒の魔導書をここに戻した後、竜王の魔女に言われて封印式を施したんだろう。俺を見返すために」

「そうですか」

「馬鹿ばっかだな」


 俺はその亡骸に、魔法で火をつけて弔う。


「俺を見返すだとか、俺を超えるだとか。俺にこだわったところで時間の無駄だ」

「まぁ、どうやったって超えられませんもんね」

「違う。そもそも比べるもんじゃねえんだよ。誰かと競うために教えてきたわけじゃない。一人で生きていくための力を教、一人で問題を解決できるための力を与えてきたつもりだ。俺を超えるだの、世界を支配するだの、結果としてそうなったならいい。だけど、どちらも生きていくためには必要とはならない」

「……生きていく目標としてなら、いいんですか?」

「だからって死んでんじゃ、意味がないだろ」


 実際、こいつは死んだ。

 俺を見返すために、命張ってまで封印式を施し、死んだ。

 鍵を内側からかけたら誰も入ってこれないように、閉じるための封印式であれば内側からかけたほうが強力なものになる。だけど、それだけ強力なものにしてしまうと外に出られない。

 それを理解した上で内側から扉に封印を施し、魔導書を媒介とし、純色神の怒りを買ってでも俺を見返そうとして。

 何の意味がある。死ねば意味など残りもしない。ただの自己満足だ。それに、死んでから俺が参ったといったところで、骸が満足するわけもない。

 亡骸が燃え尽き、骨までも灰にする。


「――封印式はお前が一番だったよ」


 どうせ聞こえもしない、賞賛の言葉を灰にかける。


「カレン、窓開けろ。換気しよう」

「はーい」


 指示通りに窓を開けにいくカレン。俺はカレンとは逆から窓を開けていく。

 入り込んだ風が灰を外へと運んでいく。もう、彼の生きた証は何も残っちゃいない。


『しんみりしておるなぁ?』

「今まで黙ってたのは、褒めてやろう」


 封印して今の今まで、俺にまとわりついていた黒の魔導書からの言葉に、適当に返す。


『そう邪険にするな、我が主!』

「言っとくけど魔導師に戻るつもりねえぞ」

『何っ!? ……また眠るか』

「寝てんのかよ。まぁでも、俺の代わりにあいつは面白いぞ」


 黒の魔導書にカレンを示す。


『……ふむ。前の主の時から見てはいるが』

「あいつで妥協しとけ。寝るよりは楽しいだろうぜ」

『そうか。我が主がそういうのなら、選んでやらんでもない』

「俺、もうお前の主じゃねえし、選ぶ権利はカレンにもあるけどな」


 黒の魔導書はすぃーっと空中を移動し、カレンの方へと向かった。まぁ仲良くできるだろ、あいつらなら。

 飛び出して行った魔導書のうち、何冊かは戻ってきていた。紫と緑かな。気に入るやつがいなかったのだろう。けど、赤の魔導書が戻ってないのは意外だな。久々にいいやつを見つけたのかもしれない。

 さて、やることも済んだし、あとはユリウスたちに任せて俺は帰るとするか。トウゲンにしてやれるのはこれくらいだな。

 部屋から出て、城の出入り口の方へ向かっていると、赤の魔導書がアリアの前に佇んでいるのが見えた。

 ……いや、アリアの魔力総量では魔導師にはなれないはずなんだが。

 関わると面倒になりそうだな、と思って見つからないうちに帰ろうとコソコソしていたら、赤の魔導書に見つかってしまい近寄ってきた。それに促されるようにしてアリアとイヅナもついてくる。


「あ、あの……これ、どうしたらいいの?」

「……赤の魔導書が諦めるのを待つ」


 当然のことを言ったつもりなのだが、赤の魔導書は納得いかないのだろう、角で俺に体当たりしてくる。


「い、痛いって! やめろよ、諦めればいいだろ。もうちょっと寝てりゃ適正者が現れるかもしれんだろ」

『我はこやつに決めた』

「そうかよじゃあ選定してやればいいだろうが。俺に聞くな」

『だが魔力が足りぬ。魔導書を扱うほどではない』

「じゃあ諦めろって言ってんだろ」

『どうにかしろ』

「命令かよ、クソッタレ!」


 体当たりしてくる赤の魔導書を掴んで遠くにぶん投げる。

 ああ、もう。鬱陶しいなぁ。

 俺は髪の毛を掻き上げながら、アリアに向けて質問をする。


「アリア、お前の正義は何だ?」

「私の正義?」

「そう。正義。お前の正しさの指標は何だ」

「……私が許せるかどうか」

「独善的だな。それで世界をどう守る?」

「守る? 魔導師として、てこと?」

「魔導師ではなくとも、トウゲンの運営に関わるということは、世界のバランスを守る役割を担え。元々ホウライがになっていたことを、お前がトウゲンでも同じことをしろ。そのためにお前らを育ててきたし、その中でどう世界を守る?」

「……関係ないわ。あなたに育ててもらったから、私の正義を持って守ることができる」

「はっ。それにしちゃ、実力不足だ」


 俺が教えたと言っても、たったの2年程度、半年はグレイウルフに任せたしな。その程度でつけあがるには、あまりに心もとない。

 なのに、そこまで言われては、俺も答えるしかない。


「……くそ。さすが純色神様だよ。ちょっと触るぞ」


 俺はアリアに一歩近づき、その下腹部――魔臓に手を添える。


「魔力はここに溜まる――俺の魔力を貸してやろう。少し異質だけど、魔法を使うのに異常はないはずだ」


 アリアの魔臓に触れた手に、俺の魔力を――元はアレイシアのものだが、今となってはもう区別もつかなくなってしまった魔力を、流し込んでいく。

 魔力を貸す、と言うよりはもう譲渡に近いだろうな。アレイシアになんて言おうかなぁ。黙っておけばいっか。


「これでいいだろ、イフリート」

『感謝する』

「別にいいよ……アリア、頼んだぞ」

「え……は、はい」


 アリアの肩に手を置き、できるだけ真剣に伝えた。

 アレイシアに借りパクした魔力をアリアに渡した、と言うことは俺の魔力総量は元の量に戻ったということになる。つまり、自分で魔法を作ったとして、命令式の構築や複雑化を調子に乗ってやるとぶっ倒れるということだ。まぁ魔力操作を覚えた今、効率的に魔法を使えるので前ほどのことにはならんと思うけど。後で魔石をいくつか常備しておこう。

 もう、俺にこの世界全てをどうにかするほどの力がなくなったに等しい。


「――イヅナ。次はお前に聞く。この先、お前はどうする?」

「どうする……アリアに付き従います」

「故郷を捨ててか?」

「はい」

「即答か……それで故郷が荒地になるとしてもか?」

「はい――」

「はい、じゃないわよ!」


 即答を繰り返すイヅナに、アリアが――赤の魔導師になったことで髪や目の色を赤色にしたアリアが、蹴りを打ち込んだ。


「こっちが落ち着いたらあなたの国をどうにかするのよ。内乱は収まってるかもしれないけど、実情はわからないでしょ。どうにかできるところから、何とかしていくの。ホウライみたいにね」

「え、で、でもそれだと、場合によっては僕はカラレア神国の王座につかされない?」

「場合によってはね。でも、ホウライの黒の魔導師様だって女王だったって言うじゃない。両立すればいいわ」

「そんなことできるの!?」

「国王の代理立てたり何なり、支持は必要だけどできなくはない」


 まぁイズモが両立できていたかっていうと、正直できていない。ヤマトが育ってからはヤマトにカラレア神国を任せて、イズモはホウライに専念してもらってからはいくらか安定したけど。

 レイアがいたとはいえ、両騎士団から支持を受けていたのも大きい。今のカラレア神国ではより難易度高そうだけど、やると言ったからにはやるのだろう、アリアは。


「だから、あなたの国も諦めないわよ。他の国も、全部。ホウライよりすごい国にしてやるの。わかった?」

「うっ、は、はい……頑張ります」

「師匠も、それなら安心でしょ!」

「不安しかない」

「ちょっと!!」

「だから、あいつらを存分に使え」


 俺は後ろにいる弟子たちを指し示す。


「レベッカと……カレンは魔導師になったし、まぁ他のやつらも頼み込めば助けてくれる。そういうように言っておく」

「そんな、いいの?」

「いいよ別に」


 元々魔導師になれるように育てていたし、つまりはホウライの運営をやらせるために育てていたわけだ。

 アリアの指標や助けくらいにはなってもらわないと、本来の目的を達成できていないことになる。


「ともかく、イヅナ。お前が故郷を捨てる覚悟なのは理解した。お前にはこれをやる」


 俺は空間魔法でしまっていた刀を取り出し、イヅナに渡す。


「やるよ。これでアリアを助けてやれ」

「あ、ありがとうございます。これは……」

「銘は【ミカヅキ】だ。龍帝をも切り伏せた刀だから、切れ味は保証する。まぁ聖剣でも何でもないから、壊れたら取り替えてくれ」

「いえ、一生大事に使わせていただきます!」


 お前の一生、とても長いかもしれないけどいいのだろうか。まぁいいか。俺が大事にするわけじゃないし。

 とりあえず、これでこいつらの卒業祝いとさせてもらうか。

 赤の魔導書に見つかったし、もうコソコソ帰る必要もない。それにレベッカやカレンに魔導師となったのならトウゲンの世話をするように伝えておかないと、あいつらは無視しそうだ。

 体を反転させて弟子たちが残っているところまで戻る。

 魔導書もあらかた魔導師の選定を終えたようで、魔導師となった人が困惑した表情を浮かべている。

 まぁ久しく魔導師がいない世界だ。どれほど強力なものか、何ができるのか、自分で探るしかないだろう。


「レベッカ、カレン。お前らちゃんと魔導師としての責務を果たせよ」

「えっ……あの、私、今研究が佳境でして……」

「別に四六時中やれってわけじゃない。頼られたらちゃんと応えてやれってこと」

「それでしたらもちろん――」

「カレン、レベッカがサボったらその分お前に責任が回るからな。アニェーゼにそう伝えとく」

「お任せください! 一緒に頑張ります!」

「えっ、カレンちゃん!?」


 二人で無視しようとしていたのかもしれないが、カレンの鮮やかな手のひら返しによってレベッカも観念したようだった。

 ていうか、守護者自称するならこれくらいやってくれないと困るんだけどな。

 とりあえず諸々の報告をアニェーゼにしておくか。


「……ユリウス。後処理頼んでいいか?」

「はい。こちらはうまくやっておきますので、アニェーゼ様にご報告してきてください」

「ありがと」


 トウゲンの後始末をユリウスに任せて、アニェーゼに報告に行くとしよう。

 ……ユリウスを魔導師にしたほうが、絶対にうまくいったはずなのになぁ。緑の魔導書とか、考えなさないかな。


「カレン、一緒に来い」

「あ、はい。わかりました」


 魔力が減り、魔石を持っていない今は、カレンを連れていないと転移魔法陣の起動も危険だからな。 



☆☆☆☆☆☆



「――しょうさま」


 遠くで声が聞こえる。だが、目を開けるのも億劫で、その呼び声に応える気になれない。


「――御師匠様」


 体を揺すられ、薄く目が開く。


「――御師匠様。起きてください」


 ただの日差しのはずなのに、とても眩しく感じる。

 ゆっくりと目を開くと、目の前にカレンの顔があった。


「やっと起きられましたか。ずいぶん寝坊助ですね」

「……何のようだ」

「何の、て、定期的な見回りです」

「……前、きただろ」

「一年前に来ましたよ」

「いや、一週間……くらい前」

「何言ってるんですか」


 俺は体を起こし、ベッドから這い出る。

 寝ぼけた頭では、カレンが前、いつ来たのかも定かではない。だが、一年も経っていなかったはずだ。


「……最近、眠っていることが多いみたいですね」

「かもな。一年のうち、起きてるほうが少ねえ気がする」


 そのせいで、カレンがいつ来たかということさえ正常に覚えていられない。

 まぁ別に、起きてやることがあるわけではない。魔導書の封印は解かれ、今この世界は何か異変が起これば魔導師も動いてくれる。カレンもいれば、俺が動く機会などほとんどなくなる。

 俺はもうこの世界に必要ではないのだ。

 水を適当にコップに注ぎ、一気に飲み干して喉を潤す。


「……アリアちゃんに魔力を渡したせいですよね」

「ああ。アレイシアにもらった魔力が、俺の魔力の大部分だった。不死の元だ。それを渡したんだから、死に近づくのは自然だな」

「ユリウスさんとギルさんが聖剣をもらったって言っていました。レベッカも朱の魔術書を」

「渡したよ」

「あの聖剣は、御師匠様の妹さんのものだったはずです。朱の魔術書も、あなたのお姉さんの……何よりも大切にしていたはずです」

「使わない俺が持っているより、あいつらの方が有効的に使ってくれるだろ。別におかしなことじゃない」

「おかしいですよ。いくら私がねだったって、くれなかったものばかりです」

「お前にはもっといいもんやるよ」

「何ですかそれ……まるで――死んじゃうみたいじゃないですか」


 カレンの言葉に、体の動きが一瞬止まる。が、すぐに動き出す。コップを流しにおき、椅子に移動する。

 俺はカレンの言葉をもう一度脳内で再生し、その真剣な声音に思わず口角が上がってしまう。


「おかしいか? ……生きてるのが不思議な命が、終活を始めただけで、そんなにおかしいのか」

「……死ぬ気なんですか?」

「さてね。まぁ生きれるだけ生きてはみようと思うが」


 どれだけ生きれるか。

 アリアに魔力をかしつけてから、明らかに俺の生命力は減退している。徐々に、ではなく、加速度的に。今、起きているのだってものすごい勢いで魔力を消費しているし、生命維持の魔力消費が回復を上回った時はどうしようもなく死んでしまうだろう。

 自然の摂理だ。それを、アレイシアにもらっていた魔力で引き伸ばしていただけ。


「嫌です。死なないでください」

「無理なお願いだ」

「私はまだ、あなたの後継者足り得ない」

「自覚の問題だ。お前にはその能力が十分備わってるよ……お前、あの封印式を解くことできただろ。何で解かなかった?」

「……御師匠様の解除を間近でみる機会だったので」

「素直でよろしい」


 あの封印式なら、カレンならばそれこそ時間制限内での全ての封印を解除できたはずなのだ。一度全部見て、解けることを自覚しながら、無理だと嘯いた。

 俺なんかよりよっぽど有能だ。何せ俺の全てを、教え込んできたのだから。


「まだ、教えてもらいたいことがたくさんあります。魔物との接し方とか、魔法の創り方とか」

「教えることはもうない。俺の元を追い出した時も、同じことを言ったよな」

「追い出してほしくなかった! 私は一生、あなたの元で、あなたの全てを理解して――」

「カレン。それは無理だ」


 俺の全てを理解できるのは、後にも先にもガラハドだけだ。

 魔王ガラハドだけが、俺と同じ転生者で、アレイシアにそそのかされ、世界を憎んで、世界の破滅を諦めた存在。


「御師匠様……それでも私は――!」

「カレン……もう許してくれ」


 笑顔で伝えたつもりだったが、どれだけ不細工な顔だったのだろうか。カレンが悲痛な表情を浮かべ、見つめてくる。

 もう、本当に許してほしい。もうこれ以上頼らないでほしい。もう精一杯やった。力一杯やった。目一杯やったのだ。これ以上を求められても、俺にできることは限られてくる。魔力もない。武器もない。あるのは――有能な弟子だけだ。

 グレンもリリーもアルマもミネルバもユカリもノエルもイズモも、ガルガドもドレイクもトレイルもリリックも、シグレットもアレイスターもシルヴィアもミュゼも、ラトメアもナフィもシャラもレンビアもモートンもバルドも、龍帝も海皇も獣帝もフレンもリュートも、ヤマトもランもロンもナタリアも、ニューラもサナもナトラもノーラも、ガラハドもフレイヤもネリも。

 俺を知っている奴は、アニェーゼただ一人。彼女ですら、もう一歩も動けないような姿なのに。

 魔力も人もなくなった俺は、もうこのあたりで引退すべきなのだ。


「ここから先は、お前はお前の道を進め」

「……何言ってるんですか。私の道も、指標も、力も、全てあなたが与えてくれたのに。今更私の道なんて、どこにもありませんよ」

「そうか……そうだな。それは悪いことをした。ごめん」

「……でも、まぁ、守護者は思うほど悪くないので、続けます。世界の命運を握ってるみたいで、優越感ありますし」

「ははっ。俺みたいなことを言う」


 魔導師としての全盛を誇った時やホウライが勢いに乗っていた時なんかは、俺もそう思っていた。

 思っていないとやっていけなかった、ていうほうが近いかもしれないけど。背負うものが大きすぎて。

 俺はカレンの前に移動し、視線の高さを合わせる。


「カレン。こっち見ろ」

「……なんですか」

「最期のプレゼントだ。きっと役に立つ」


 カレンと目線を合わせ、金の左眼を向ける。カレンの――右眼になるのか。右眼に、魔眼を接続する。


「この魔眼をやる。使い方とか、俺の経験全てひっくるめて、お前の右眼にそのまま移してやる」

「…………」

「俺はお前の右眼を通して、お前の人生を視る。是非――楽しんでくれ」


 左の魔眼から、カレンの右眼に魔力で接続し、そっくりそのまま移し替える。

 魔力の移植手術だ。今の魔力で行うには心許ないので、神級魔石から魔力を吸い上げながら行う。

 数十秒ほどで、魔眼の移植は無事に成功した。


「これでほんとにすっからかん。もう、ただのボケ老人だ」

「……全然ボケてませんよ」

「いい未来を視せてくれよ、カレン」


 そう言い残し、体がだるくなった俺はカレンに寄りかかってしまう。

 体が動かない。もう自力で体を起こすことすらできないらしい。

 カレンに頼んでベッドに戻してもらい、ようやく一息つく。


「……ほんとの御師匠様、そんな見た目だったんですね」

「ああ。イズモも知らねえ俺だな。貴重だぜ」


 確かに、アレイシアに魔力を移されてから髪は透明色だったし、学園にいたころには魔眼のせいで金の左眼だった。

 アリアにアレイシアの魔力を譲渡したこと、魔眼をカレンに譲渡したことで、本来の俺の姿に戻ったのだろう。

 金色の、サナ譲りでノーラと同じ髪色。


「……お師匠様。今までありがとうございました。大変おせわになりました」


 カレンに強く抱きしめられる。とても心地よい、人肌の体温だった。

 カレンの頭に手を伸ばそうとするが、すでに両腕が消えてしまっていた。魔力で無理やり象っていた四肢だ、もう形を保つことすらできなくなってしまった。


「……悪いな、もう頭を撫でてやることもできない」

「十分撫でてもらいましたよ。褒めてもらって、抱きしめてもらいました。たくさんもらいました。」

「なら、良い」

「お師匠様。どうか――安らかに」

「ありがと。お前の未来に――祝福を」


 俺の最期の見た光景は、くしゃくしゃの笑顔だった。



☆☆☆



「――アレイシア。聞いてるよな……悪いな、最期になって。とりあえずお前の」

『何だよ死に損ない。いや、もう9割方死人か。意識だけでよくもまぁ呼び出したもんだ。憎まれ口はもう結構だぞ』

「……お前を解放してやるよ。そういう約束だったもんな」

『おいおい何言ってやがる。死ぬ直前に冗談だなんて、笑えないぜ』

「本気さ。俺が死ねば、呪術書は勝手に解呪される。お前は自由になれる。伝えなくても実感できただろうけど」

『……どう言う風の吹き回しだ?』

「お前がそうしてくれって言ったんだろ。ちゃんと約束を果たそうとしてるだけさ」

『君はそんな奴じゃないだろ』

「何年生きたと思ってる。想像を超えた奴に変わったっておかしくない」

『その考えには同意してやるが』

「イズモやリリーが生きているんだったら、悪さしないように諸共死ぬ覚悟だったけど」

『物騒だな。君と心中なんて死んでも願い下げだってのに』

「でも、イズモもリリーもいない。ユカリも、誰もいない。だから、お前を解放してやる」

『へぇ。そうはいっても、カレンだのユリウスだの、君が手塩にかけて育てた人はいるだろうが。彼らを殺しても良いっての? 僕はやるぞ』

「良いよ。できるもんなら、やってみな」

『……それが本音か』

「世界を壊すも見逃すも、お前の自由だ。魔王はもういない。お前が全世界の魔物を使役して一斉に襲えば、今の文明レベルであれば壊せるだろうぜ」

『本気で言ってるのか?』

「本気も本気さ。俺はお前がどちらを選んでも、お前の選択を支持するよ」

『君が? 僕を支持する? 信じられないな』

「嘘じゃない。何せ世界を壊すってのは俺にもできなかったことだからな。やってくれるってんなら、願ってもないことだ」

『…………』

「どっちを選んでも良いけど、答えは聞いときたい。人生を共にした仲だ、それくらい教えてくれても良いだろ」

『そうか。いいだろう、教えてやる。僕は世界を――――』

「……がんばれよ、アレイシア」



☆☆☆★★★



「――えっ」


 とある国の城塞都市、その一軒家に住んでいるユリウスが、唐突に声をあげ、動きが静止した。

 彼の行動に、妻は怪訝そうにする。


「どうしたの?」

「……今、師匠が死んだ」

「師匠? あなたの?」


 妻の問いに、ユリウスは静かに頷いた。


「どうしてわかるの? 遠くにいるのよね」

「何だろ……理屈じゃない、ていうか。虫の知らせというか」


 うまく説明できず、だが師匠が死んだことには確信があった。

 あのトウゲンでの一件以来、彼の師匠が衰弱していっていたのは知っていた。だが、いつ死ぬかなどは誰にもわからないことだった。一万年生きたとも話していた師匠が、いつ死ぬかなど誰にも予測できないことだろう。

 それでもユリウスは直感で、師匠の死を悟っていた。


「何かしてあげたほうがいいのかしら? お祝いをいただいてたわよね」

「いや……君は何もしてあげなくて良いよ。多分、一番弟子がそういうことするだろうし。ただ、僕はちょっとだけ祈らせてもらうよ」


 そう、と答え、彼の妻はそれ以上何も問わなかった。

 ユリウスは目を閉じ、手を組んで祈りを捧げた。



★★★



 ヴァトラ神国の世界で最も優秀な大学の廊下を歩いていたレベッカは、手に持っていた書物を一つだけ残して全て落としてしまった。

 廊下から眺めていた夜空の星が一つ、流れたのを見たのだ。


「ああ! レベッカ教授、それは大事な古文書ですよ!」


 教え子の注意など耳に入っていないのか、レベッカは夜空を見上げたまま微動だにしない。

 落ちた書物を拾い上げながら、反応のないレベッカを訝しんだ教え子が、もう一度問いかける。


「教授……?」

「……今、この世界から最も貴重な知識が消えた」

「はい?」


 レベッカの呟きの意味が理解できず、教え子は問い返す。


「どう言う意味ですか?」

「……そのままの意味よ。大きな損失が生まれた。それを取り返す必要がある」

「はぁ……」


 要領を得ないレベッカの言葉に、教え子は困惑したままだ。

 レベッカは目を閉じ、窓から視線を外す。そして手に残った一冊の魔術書――朱の魔術書を見た。

 そして決意するように、声を出す。


「見ててください、先生。あなたの知識を超えて見せます」



★★★


 女神の森――そう呼ばれるユートレア共和国の一部に、元エルフクィーンのアニェーゼは存在している。

 いつもは静寂な森であるが、今日ばかりは騒々しい泣き声が響き渡っていた。

 その泣き声の主――カレンを見ながら、アニェーゼは呆れた声を出す。


「随分と泣くんですのね……何がそんなに悲しいんですの。こうなることは、彼がアリアちゃんに魔力を渡した時からわかっていたでしょうに」

「わかってたけどぉ……実際に目の当たりにするのとは違うじゃん……」


 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、カレンは涙を流す。


「……全く。とんだ置き土産を残してくれたものですの」


 アニェーゼはカレンと、もう一つ魔王が残したものを見て深くため息をついた。


『何だよ、何か文句あんのか』

「文句しかありませんの」


 魔王が残したもの、それは無の魔導書だった。

 無の精霊アレイシアを封印したものではなく、アレイシアが直々に持っていた無の魔導書だ。彼は、無の魔導書はこの世界に存在してはいけないもの、と魔王に話していたらしいが、なぜかアニェーゼの目の前にその魔導書が鎮座していた。そしてその魔導書の精霊であるアレイシアも、目の前にいた。


『一人でいたって退屈なんだ。僕と同じレベルで話せるやつなんて君らくらいなんだから、ここにいるのが必然だろう』

「……精霊って寂しがりなんですのね」

『はぁ? 何ボケたこと言ってんだババア』

「あんまり口が悪いと燃やしますのよ」


 うふふ、と笑うアニェーゼの声に、冗談の色は感じられなかった。

 そのアニェーゼの敵対心を好都合と受け取ったのか、カレンの持つ黒の魔導書から精霊プルートが飛び出して加勢する。

 

『そんなもの燃やしてしまえばいいんだ! 許可なら我がやろう!』

『君程度の許可で燃やせるわけないだろバカだなぁ』

『何だと! なら燃やしてやる――カレン、【タワーリングインフェルノ】を撃て!』

『君の新しい主はわんわん泣いてばっかでまるで使い物にならないね』

「うるさいですの」


 アニェーゼの、低くドスの効いた声に、精霊2柱は口をつぐむ。が、カレンには聞こえておらず泣き声は止まらない。


「はぁ……ほんと、前途多難ですの」


 喧嘩っ早いアレイシアだけでも抑え込んでいてくれた魔王に感謝すべきか、とアニェーゼは思っているが、しかしあの魔王に死んでなお感謝するのも癪だと感じてしまう。

 その時、魔王だけが使えるはずの直通の転移魔法陣が起動するのを察知したアニェーゼ。そこから二つの人影が現れた。


「――あ、いた。カレン様」


 二つの人影は、魔王の最後の弟子――アリアとイヅナだった。

 転移魔法陣をどうやって見つけ、起動したのかは不明だが、二人が現れると同時にカレンの泣き声が止んだのでよしとする。


「あら、どうしたの、新弟子ちゃん」

「取り繕ってますけど、声がガスガスですのよ」


 泣いたせいで枯れた声を出しながら、一瞬でしゃんと切り替えたカレン。その様子を半目で睨むアニェーゼ。

 普段は静かな女神の森だが、これだけ来客があること自体珍しい上に、その誰もが騒がしいのは初めてのことだ。アニェーゼはユートレア共和国の議会を思い出していた。


「その、聞きにくいことなんですけど……」

「師匠、死んだの?」


 イヅナがおずおずと聞こうとしたことを、アリアは一言で聞いてみせた。

 その対照的な二人に、アニェーゼは思わず笑いが漏れる。


「……うん。死んだよ。御師匠様、死んじゃった」

「そう、ですか……その、僕たち」

「墓標を建てようと思ってるの。どこがいいか、カレン様ならわかると思って」


 イヅナの言葉を奪っていくアリアに、イヅナは我慢ができなくなったようで、大きな声を出す。


「ちょっと! 僕が話そうとしてたじゃないか」

「あんたは回りくどいのよ。師匠の弟子相手なら、直球で聞いたほうがいいわ」

「だからって話の流れってものが――」

「で、どう思いますか、カレン様」


 イヅナを無視し話を進めるアリア。人を振り回すところは魔王とよく似ていた。


「トウゲンを考えたんですけど、元はホウライとはいえトウゲンでは師匠に縁もゆかりもない、と言われそうでして」

「そうね。御師匠様、トウゲンはあまり好きじゃなかったものね」

「ホウライを倒したからでしょうけど……でも他を考えたら、カラレア神国かと思ったんですけど、師匠は人族ですし、ドルク王国に故郷があるならそっちの方がいいかとも思って」

「あら、よく考えてくれてるね。その通り、御師匠様の墓標はドルク王国とゾルベ帝国の国境近くのド田舎にある故郷に建ててほしいって言ってたよ」

「ド田舎て……と、とりあえず、そこに向かえばいいですかね」


 イヅナの提案にカレンは頷く。


「カレンちゃんも行ってきなさい。二人だけにやらせるつもりではないでしょう? 気分転換にもなるでしょうし」

「あー……わかりました。行ってきます」

「ほら、あなたもついて行きなさい」

『えぇ……僕は遠慮する――』

「いけ」

『……おっかねー』


 声は笑っているのに、声音が低いアニェーゼの命令に、アレイシアも折れて魔導書に戻り、3人についていくことになる。


「元トロア村行きの転移魔法陣、カレンちゃんは場所知っていますの?」

「はい。御師匠様に教えてもらってますので、大丈夫ですよ」

「では、お願いしますね。わたくしは動けませんので」


 アニェーゼに見送られ、3人と1冊は転移魔法陣へと移動して消えていった。

 ようやく静かになった女神の森で、アニェーゼは目を閉じて魔王へと黙祷を捧げた。



★★★



「――これでよし、と」


 カレン、アリア、イヅナの3人で魔王の墓標を建て終わる。

 そこは元々、魔王の家族の墓があった丘だった。今は誰も知らない、カレンも場所を聞いただけで、何があったのかまでは知らない。


「ふーっ。とりあえず休憩しようか」


 そういってカレンはその場に座り込む。それにならって、アリアとイヅナも腰を落ち着けた。


「二人は御師匠様から何かもらってたの?」

「私は……この魔力かしら。魔導をいくら唱えても減った気がしないほどの、大量の魔力……これって元はアレイシアのものなのよね? いつか返すことになるの?」

『元は僕のだけど、あいつの魔力が混ざりすぎて戻すのはもう勘弁って感じ。そんなの返されちゃ僕まで染まっちまうよ』

「いいの? すごく大量の魔力のはずなのに」

『神にとっては2割程度だよ。別になくても変わらない』

「随分太っ腹ね」

『あいつに毒されたのかもね』


 げぇ、と下品な声を出すアレイシア。その様子を魔王が見れば、何と言っただろうか。

 カレンは魔王から聞いていたアレイシアの想像と、かけ離れたその姿に、丸くなったのかと思った。


「僕はこれです」

「あ、ミカヅキね。売ったらすごい値がつくよ」

「売りませんよ、流石に。まぁ使うのも気が引けますけど……」

「壊れるまで使ってあげるのが良いかもね」

「カレン様は、何をもらえましたか?」

「私は――この眼」


 カレンは変色眼で隠していた金色の右眼を、二人に見せた。


「ここに御師匠様がいるんだって。あなたたちも視られてるよ」

「うっ……そう言われると背筋を伸ばしてしまいますね」

「あの師匠、影響力が強すぎるわ」


 アリアとイヅナは、カレンの魔眼で視られていることを思うと、どうしても魔王を思い出してしまっていた。


「――随分良いものをもらったんだな、カレン」


 3人が談笑していると、新しい声がした。

 その声に振り返ってみると、ユリウスが歩いてきていた。その後ろにはレベッカもついてきている。


「ユリウス様」

「どうしてここが?」

「何となくかな。師匠が死んだから、ゆかりの地でも回ってみようかと」


 アリアとイヅナに、ユリウスは穏やかに返す。


「ギルバートも呼んだんだけど、流石に公務は抜けられないって断られて」

「私も研究があるんですけど」

「別に強制はしてないだろ……ターナーは相変わらず音信不通だし、アレックスはわからん」

「アレックスなら迷宮にいるんじゃない? もしかして転移型に閉じ込められたのかも」

「あり得るなぁ」


 ユリウスと、今ここにいない弟子の話をするカレン。


「それが先生の墓標?」

「うん。建てるならここが良いって言ってた」

「そうなんだ」


 ユリウスとレベッカは、墓標の前で屈んで手を合わせた。魔王に教わった作法を実践してみている。


「レベッカは……朱の魔術書か」

「そうよ。ようやく魔術書の原本が手に入ったわ。これでようやく研究が進みそう」

「それはよかったね。ユリウスは聖剣だったよね?」

「ああ。師匠の妹様が使っていたっていう聖剣。光速の抜剣が行えるんだけど、めちゃくちゃ強い。カレンにも勝てるかもね」

「それは無理ね。私には魔眼があるから」

「今度模擬戦でもするか。ギルバート呼んで」

「いいよ。一番弟子の力見せてあげる」


 そんな他愛無い話をしながら、カレンがそうだと何かを閃く。


「皆、御師匠様に最初に教わる魔法、できるよね?」

「ああ。あれか。いいね、やろう」

「今となっては片手間にすらならないけど」

「そうね。確かあれ、昔は弔いのためにあったのよね」

「ちょうどいいですね」


 そういって、皆それぞれが手のひらに土の塊を生み出す。

 カレンが墓の前に、魔法で大砲を生成し、その中に各々土の塊を詰め込んでいく。


「真昼間だけど、打ち上げるよ」


 カレンの言葉と共に、大砲から弔砲が打ち上げられていく。空に打ち上げられた土の塊は、最高高度で一度静止すると、激しく弾け飛び、極彩色の大輪を咲かせる。

 彼らは花火をもって、魔王への弔いを捧げた。


『魔王暦 元年


 魔王ネロ


 偉業を称え、此処に碑を建てる』

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