第四十二話 「似たもの」
サナの冒険者仲間たちから離れ、次の相手を探す。
まだまだ話せる相手がたくさんいる。話さなきゃならない相手もいる。
よくもまぁ、こんなに集めたものだと思う。誰が主導したんだろう。イズモだろうか。よく頑張ったな。俺なら途中で折れてる。
さて、じゃあサナ繋がりで次はあの人にするか。ちゃんと話したことなかったし。世界会議での恩もある。
俺は、一人物静かに佇んでいた護神流神級剣士ジュディスに近づいていく。ジュディスはこちらに気づくと持っていたグラスを下げ、微笑を浮かべた。
「おや、国王様じゃないか」
「こんにちは。その節はありがとうございました」
「気にするな。ちょうど暇していたからね」
ほんとかなぁ。神級剣士なんてそうそういるものではないし、護神流ともなれば師として引く手数多だろうに。
それにジュディスは護神流として当代一とまで言われているのだから。エルフだから長いこと一番張ってんだろうな。
「ユートレアには帰らないんですか?」
「帰ると誘いが鬱陶しくてな。エルフクィーンの護衛を当たり前のようにさせられる」
「嫌なんですね」
「嫌というか、必要ないだろう。あれに」
あれ、と呼ばれた目線の先にいるアニェーゼ。
まぁ確かに、何かあってものらりくらりとかわしていきそうな感じはする。
「相性が悪いんだ。歴代のクィーンとは。だから剣で生きてきた」
「ああ、そういうことだったんですか」
エルフがわざわざユートレア共和国から出て生きていることの方が珍しい。なにせ森と共生しているような種族だ。自然の少ない場所では生きづらさを感じるらしいし、自然豊かなユートレア共和国を出て生きるエルフは数少ない。
なのでユートレア共和国と距離を取るジュディスにも何かしらの理由はあり、それがクィーンとの折り合いというのも、剣士らしいといえばそうかもしれない。
「で、君は何を聞きに来たんだ?」
「母さんの過去。冒険者時代の話は聞けましたけど、それ以前の話は、時系列的にジュディスさんに聞けるかと思いまして」
「そうか。そうだな。サナの子供だ。知る権利はあるだろう」
そういってジュディスは一度、グラスの飲み物を口に含む。
「だが、あまり口外するなよ。私も口止めされていたし。とはいえ口外したくなる内容でもないがね」
「そんな過去があるんですか」
「ああ。彼女は剣一本で生きざるを得なかったからね」
「生きざるを、得なかった」
それは、つまり。
剣以外で生きていく方法がなかった、ということだろう。だが、サナからそんな悲壮な過去を感じたことは一度もない。
「根がいいやつだった。だから、ニューラとくっつけば当然そんな過去は置き去りにできるほどの素質はあったんだ。私はその下地を育てた」
「そんな暗い過去があったんですか?」
「彼女は戦災孤児だったのだ」
戦災孤児。
その単語は初めて聞いた。前世の人生でもそう聞くことはなかった言葉。
だが、俺とて戦災孤児だと言われればそうなのだ。ゼノス帝国がトロア村に攻め込んだことにより、両親兄姉を失ったのだから。
しかしその言葉を意識して生きたことはなかった。なぜかと言われれば、おそらくその後すぐ親代わりになってくれたらとメアに拾われたからだろう。ネリだって、ガルガドに連れ去られてそこでずっと暮らしていたのだ。
戦災孤児だったとて、孤児が経験するであろうほどの苦労は経験していないのだ。
「赤神教の修道院で修道生活を送っていたが、彼女にはそれが合わなかったらしく、ある日抜け出したのだ。そして近くの街に潜り込み、冒険者ギルドに立ち寄っていた私に弟子入りを志願してきたのだ」
「どうしてジュディスさんに? 母さんは、あなたが神級剣士だとは気づけなかったはずですよね」
「勘だと言っていたな。ギルド内で最も強そうな人が私だったらしい。その慧眼にも見込んで、ちょっとだけ鍛えてやることにした。どうせすぐ逃げ出すだろうと思ってな」
「でも、逃げなかった?」
「ああ。どれだけ厳しく、かつ理不尽な訓練や要求にも文句一つなく取り組んだ。あまりにも素直に聞くものだから、嫌にならないのかと聞いたら、修道生活よりマシだと言われたよ」
「それは修道院が劣悪過ぎたのでは……?」
「その通り。気になってその修道院を覗きに行ったら、サナのような孤児を集めて奴隷のように働かせ、見目がいい子は奴隷商に身売りされていた。そのような環境から、サナは逃げ出したわけだ」
創作ではありきたりな話ではありそうだが、まさか自分の母親がそのような目に遭っていたとは思わなかった。
にしても、修道院がその様子では、赤神教は成り立っているのだろうか。勢力を縮小していても不思議はない。宗教に関してはあんまり手を出していないのでよく知らん。黒神教は落としたけど。
「そして私は護神流の基礎を叩き込んだ。半世紀かけていれば、王級にはなれたかもしれないくらいの実力だ」
「よく分かりにくいですね。ネリはもう護神流王級あるので」
「うーむ。君たち子供らが英才教育を受けていただけなのだがな? 普通の人族であれば、人生をかけて王級に辿り着ければ御の字だ。大体は超級止まりだな」
「俺には剣才がなかったですけど」
「魔法の才があっただろうに」
「それも母さんですか?」
「おそらくな。私には教えられなかったので、彼女の独学と冒険者時代の賜物だろう」
冒険者仲間から、サナの回復魔法については聞いたけれど、結局ノーラもサナも教えてくれなかったんだよな。
「私が知ってるサナはそのくらいだよ」
「ありがとうございました。この後も放浪するんですか?」
「そうだな。ユートレアに帰る気にもならないし……どこでだって生きていける力はあるし」
「気が向いたらここに滞在してもらってもいいですよ。ジュディスさんならいつでも歓迎します」
「ふふっ。それは嬉しいね」
そうは言っても、こういう人は大抵、今後会えなくなるんだけどな。
それでも、言葉一つで少しでも可能性を拾えるのならば損はない。
「あまりうちの剣士をたぶらかさないでくださる?」
言いながら、俺とジュディスの近くにアニェーゼが佇んでいた。護衛であるはずのデッドアイは近くにいない。
と思ったら、休止していたランダムタッグマッチのコールが入り、デッドアイとラトメア、クルーディアとドレイクの名が呼ばれる。
「女王が一人でふらつくもんじゃねえぞ」
「そこにエルフ最強の剣士がおりますわ」
「おやおや」
「勝手に護衛にされてんぞ……」
きっとジュディスは、頼まれればエルフクィーンを護るくらいはするだろうけれども。
いや、その前の発言も相当だな。勝手に所有物にされているし。
「もう少し抵抗とかしないんですか」
「長く生きると感情が平坦になってしまってな」
「長生きの弊害ですね」
「楽しいことはないかと旅をしても、そうそう出会えるものでもなくてな」
まぁ何百年と生きれば大抵のことは経験しただろうし、それを超える驚きといった感情を動かすものは見つからないだろう。何年生きてんのか知らないけど。
「魔導師のいる世はそれなりに動乱が起きる。7人プラス1人もいるこの時代は、とても楽しみが増えたぞ」
「魔導師と同列に数えられても」
「お前1人でも十分動乱を起こしてきたくせに」
そうかな。
カラレア神国統一したくらいしか、実績ないけど。あとは魔天牢の起動か?
他に何かあったかな。それも全部魔導師としてやってきたことなのに。ヒラの俺がやったことなんて、建国くらいじゃないか。今が久々の魔導師ではない期間なのだから。今後魔導師にはならんだろうけど。たぶん。なっても一時的だよ。勇者殺しに行ったときみたいな。
とはいえ、動乱と言われれば魔天牢のそれは動乱か。国際的に指名手配されたし。レックスが。
「で、あれはどうなってんの」
俺が指差した先には、タッグマッチが行われている。はずだった。
何がどうなったらそうなるのか、デッドアイVSラトメア&クルーディア&ドレイクの様相を呈している。
どうしてそうなったのだろう。タッグマッチと言われているのに。
しかし、その3人相手に負けず奮戦しているデッドアイは、さすが護衛だと言えるのだろう。
「組み合わせが悪いんですの。デッドアイはあなた、彼の息子を追い詰めたのですから」
「追い詰められた……か?」
「ユートレアの首都での決闘をお忘れですの?」
「別に追い詰められたわけじゃないが」
不意打ち食らって一瞬意識持ってかれた程度だろ。追い詰められたとはいえない……と思うのだけど、確かに決闘の場で一瞬でも意識を失うのは追い詰められたことになるのかもしれない。完全に不意打ちだし正々堂々のせの字もなかったけど。
「そんな過去のことでムキにならんでもいいのに……ていうか、3対1は良いのかよ」
「盛り上がっているから良いんじゃないか」
まぁ確かに盛り上がりようは先の2戦に負けてはいないけれど。デッドアイもかわいそうだな。もっと苦しめ。
攻め立てられるデッドアイに、べっ、と舌を出しておく。戦闘に集中しているしバレないバレない。
「性格が悪いな」
「根に持つ方なんで」
「歪んでますの」
ひどい言われようだな。ただ舌を見せただけだってのに。
ま、3対1ではデッドアイに勝ち目はない。弓矢がメイン武器なのだろうから、前衛タイプじゃないだろうに。デッドアイにもそれなりに近接に覚えがあったところで、ラトメア・クルーディア・ドレイクを突破できるとは思えない。
「剣神様はどちらが勝つと?」
「3対1でも勝てる実力はあるが、それは弓が使えた場合に限る。身を隠す場所や地の利を得られるなら、勝ち目はあるだろう。が、さすがにこの状況では勝てるものも勝てないよ」
「だとよ、クィーン。止めてやれよ」
「止めるほどのことではありませんの」
まぁ止められるのかも知らんけど。ガルガドにいえば止められるか。
「ところで、魔王様。あなた、エルフの里の若者を誘惑しているそうですのね」
「あ? ……あー。別に強制はしてねえよ」
たぶん俺が引き抜こうとしていることを言っているのだろう。レンビアとか。
でも、別に強制しているわけじゃないし。勧誘しなくてもきそうな連中にしか声かけてないし。いや、声かけないと誰も来ないか。こんな労働環境ブラック国家。なんでも創成期はブラック環境になってしまうのは仕方ない。建国者の俺もブラック環境にいるから許してほしい。
「そっちの環境の方が成長できると思えるなら、誰もこんな国来ねえよ。しっかり頑張れクィーン」
「そのクィーンっていうの、やめてもらえます? 癇に障りますのよ、魔王様」
「お前もだろ。まだ魔王じゃねえ。剣神様もなんか言ってやってくださいよ」
「ん? ああ。楽しそうだな」
「楽しくありませんの」
「楽しくはねえよ」
楽しいわけないだろ。何言ってんだこの剣神様。
「似たもの同士、仲良くすると良い。年長者のいうことは聞いておくべきだぞ」
「似たもの……?」
「こんなのと一緒にして欲しくありませんの」
どの辺が似ているのだろうか。ケンカっ早いところとかか。あるいは減らず口が多いとこ。
「妖精に好かれた者同士だろう」
「それは、そうですが」
「こんな妖精に好かれたくねえ」
「世界からの祝福だぞ?」
「――はッ」
一笑に伏し、ジュディスを、睨むようにみる。
世界からの祝福? 最も縁遠い言葉だな。一番聞きたくもない言葉。
「……ああ、そうだな。悪かった」
「そりゃどうも」
こんなものが世界の祝福だなんて、信じられない。すりつぶして魔力にして魔法に変換できるようにしてもらった方がまだありがたい。
「妖精たちが怯えてますのよ。何を考えていらっしゃるのですか?」
「すりつぶして魔力になってくれた方が有効活用できる」
「外道ですの……」
別に考えているだけで、実行しているわけじゃないんだからいいじゃんかよー。
魔力さえあれば祝福なんかいらねえんだよ。これさえあればなんでもできる。
中心の方へ目を向けると、ちょうどデッドアイが3人に押し込まれて降参の手をあげたところだった。
周りから拍手が送られ、4人は中心から下がっていく。まぁ3対1であれだけ持ち堪えたのなら大健闘だろう。クルーディアだって護衛で来ているんだから。
「ところで、国王様よ」
「その国王様ってやめてくれませんか……?」
「む……では、サナの息子よ」
「あ、ネロって言います。俺。ネロ・クロウドです」
「そうか。ネロ」
なんで遠回しな言い方をしようとしてくるのだろう……名乗ったことはあるはずなのに。
「少しの間この国に滞在したいのだが、良いだろうか?」
「んぇ? いいっすよ。別に許可とか取らなくても」
「軽いな……見返りとして護神流を教えてやってもよかったのだが」
「え、でも俺に剣才はないですよ。ネリの方が教え甲斐はあると思いますが」
「あれは才がありすぎて教えてもつまらんのだ。それに、護神流はお前くらいの才がちょうど良い。1年あれば超級にはしてやるぞ」
「申し出はありがたいですけど、そこまで専念できないですよ」
だってこれから色々国としての仕事がもりもり入ってくるわけだしな。
申し出自体はほんと嬉しいんだけどね。ネリと再戦するなら、剣はもう少し上達しておきたいし。あまりにも疎かにしすぎてるし、前は魔眼頼りだったから。魔眼なしでももうちょい動けるようにはなりたい。
「いてくれるっていうのはありがたいんで、ラカトニアみたいな道場兼自宅を用意しようとは思いますけど」
「そこまでしてもらわなくとも良いのだが」
「神級剣士ですし、ジュディスさんが抜けたあとでもネリとか使うやつはいるんで大丈夫ですよ」
どうせ作るのなら遅いか早いかの違いだし、区画整理とか考えるともう先に組み込んだ方が早いまであるからな。
「――おや、これは面白いことを聞きましたな」
後ろから、弾ませた声を出しながら人影が二つ近づいてきた。
そちらに目をやると、アブストルとガリックが並んで寄ってくる。ガリックはラカトニアの国王のはずなのに、どうしてきているのだろう。アブストルはなんか知らないうちに住み着いていたらしい。
他に迷惑かけないなら追い出すようなことはしないが、ガリックは帰った方がいいのではないのか。
「ラカトニアを空けて良いのか?」
「あそこの王座はただの勲章だ。気負うものではない」
「……厄介事の断り文句には使い易いな」
「そういうことだ」
世界会議の際の護衛を一度断ったのは、ただ単に俺の伝手から強いやつを紹介させるためだった、ということだろう。ネリで十分だろうに……シグレットを知っていたからよかったものの。
まぁあの集まりにわざわざ神級剣士を集める必要もあまりないっちゃなかったけど。
「で、何が面白いって?」
「この国にいれば、神級剣士に道場をくれるとか」
「……いや、いやいやいやまてまてまて」
そりゃ神級剣士が滞在するなら、相応の施設を与えるべきではあるとは思うよ。
でも、だからってほいほい建てられるものでもないんだよ。アルマは基本的に城の補修をこれからも続けてもらうし、となれば普通に大工に頼むしかないのだけど、その金だって無限じゃない。
家建てるのに一体いくらかかると思っている。それが道場ともなれば……いや、平家で間取りもクソもない道場の方がもしかしたら安上がりか? 前世で家を建てることに興味なんてなかったからわからねぇや。
とはいえ掘建小屋みたいなものを与えるわけにもいかないし。
「気にすることはありませんよ。我らのうち1人に与えてくれれば良いのですから」
アブストルがそう付け加えるが、それをどうやって決めるというのだろうか。
まさかここで神級剣士の三つ巴の戦いを始めるっていうのか? そんなことはないだろう。彼らが本気でやってしまえば城が崩れ去る。
そんなことを言えば、じゃあ本気でやらなければいいな、となりかねないので言わないけど。
じゃんけんで決めてもらおうかな……。
「そうだな。誰を師とするか決めてもらうにもちょうど良い」
「ええ。道場に加え、国王様まで弟子に取れるとは」
「世界最強の双子を育てたってか。良い箔がつくぜ」
ジュディス、アブストル、ガリックが口々にいう。なぜか、俺の意志関係なく、勝ったものの弟子にならなければならない。
どうして……?
「あの、俺は別に弟子にならなくても――」
「よぅし! そうと決まれば――ちょっと開けてくれ!」
俺の言葉を無視し、ガリックが2人を連なって中心へと向かっていく。
俺の話を聞いてほしいんだけどなぁ。俺の国だし、俺を無視しないでほしいんだけどなぁ。
どうしてこういう人たちは人の話を聞いてくれないのだろうか。まぁ人の話を聞いて引き下がるようなやつが、剣の頂点に立てるとも思わないが。とはいえ聞く耳を持ってほしい。
ていうか、護神流だからこそ習ってもいいかと思っていたのに。極神流や攻神流が俺に向いているとは思えないし……極神流はもしかすればあるか? ネリ対策にはうってつけかもしれんけど。
「あの、よろしいのですか?」
「あー……良いよ。言って聞くようなやつならこうはならないし、であれば力づくとなるとクソめんどい」
顛末を見ていたであろうレイシーが心配してくれるが、もう流れに身を任せるしかない。
なるようになるだろ。そうにしかならん。
だからせめて、本気でやらないように、城を壊さないようにだけのルールを入れさせてもらうとして。
まだタッグマッチは再開していないので、ここで神級剣士の演舞とさせてもらおう。
ホールの中心で向かい合う3人。それを興味津々に見守る観客。
俺は3人に向けてルールを伝える。
「御三方。ルールは3つ。木剣でやること。周りに危害、被害を出さないこと。負けを認めること。良いな?」
「わかった」
「承知」
「いいだろう」
明確な敗北条件をつけていないけれど、彼らほどになるとどんな条件も難しい。だから、彼らの剣士としての良心に任せるとしよう。
まぁ危なくなったら魔法で強制終了、そのまま追放ってことでいいだろう。おとなしくいうことを聞いてくれるかは知らんけど。大丈夫だろ。大人だし。
あとのことはガルガドに目配せして丸投げする。ガルガドは意図を読み取ってくれ、厄介事を前にしたため息を吐きながらも前に出た。
「では、これより神級剣士の戦いを行う」
ガルガドの声に、ジュディスは木剣を下段に、アブストルは自然体で前に、ガリックは上段で構えた。
「――始めっ!」




