第三十六話 「冠」
リリーとトランプで遊んでいると、部屋の扉がノックされる。
返事をすると、姫騎士団副団長のミュゼが入ってきた。彼女は準備ができました、とだけ伝えてさっさと出て行ってしまった。
「案内もリリーがするのか?」
「ううん。会場には一人でおいで。でも、魔眼はなしよ。ネタバレになっちゃうから」
「見たらバレるようなものなのか」
「もう、そういう勘繰りもよくないよ」
リリーに苦笑混じりに言われる。
売り言葉に買い言葉って感じだから勘繰りではないのだけど……確かに気をつけた方がいいか。
「じゃあ、ちゃんとくるのよ」
「着替えなくていいのか?」
「あー、カラレア神国は服装に決まりはないらしいよ」
「それはいいことだな!」
普段着でいいだなんてとてもいい風習じゃないか。お金がかからないし、年に一度も着る機会のない服をもたくなくていいし、何より堅苦しくない。いいことづくめじゃないか。
「人生で一度あればいいようなことだから、特別に気合い入れるのもいいと思うんだけど」
「それを言われると、確かにそうなんだけどさ……」
ほら、俺、大きい声じゃ言えないけど、3回目じゃん……。
「ネロらしいとは思うけどね……会場は黒の間ってとこよ」
「ああ、あの無駄に広い部屋な」
「その広い部屋にきなさい。驚くから」
「楽しみだな」
「じゃ、あたしは先に行って待ってるから……そうね、10分くらいしてからきたらいいわ」
「あいあい。了解した」
リリーと手を振り合い、彼女が部屋から出ていくのを見送る。
さて、10分か。まぁ適当に待とう。
☆☆☆
10分部屋で時間を潰し、黒の間への道を歩く。
魔眼を使うなと言われたので、言われた通りに魔眼を使わず、ネタバレなしで向かう。
まぁ何を用意されていようとも、驚いてやるかー。時間をかけたみたいだし、相応の何かでかいことを用意されていることだろう。
楽しみだなぁ……楽しみかなぁ? 別に目立つのはあんま好きじゃないんだけど。目立つというか注目されるというか。建国しといて何言ってんだって感じだな。俺もそう思う。
国を建てた奴はたいてい教科書に載ってしまうのに。小国だったら大丈夫かな。でも魔導師集めて作ったから、それなりな注目度だよな。
とはいえ、魔導師の統治はそう長く続きそうもないけれど。魔導師が現れるのは100年だか1000年だかに一度らしいし。
よくもまぁそんな人々を集めたもんだな。自分で自分を褒めてやりたいね。
ああ、しかし。
黒の間の扉の前で立ち止まる。
このでかい扉を開けるのは、とても骨の折れることだ。なにせ扉だ。中で何が起きているかわからないし、でかい分開けたら中の人々の注目の的になる。嫌だ嫌だ。開けたくない。
開けないで、ここでうずくまってたら向こうから開けてくれたりしないかなーないかー。
ま、結局開けるのが手っ取り早いんだけど。
うだうだして時間を無駄にするのも子供っぽいし、さっさと開けるとするか。
俺は黒の間のでかい扉に手をかける……いや、待て。
両開きの扉を手で力一杯開けようかと思ったが、その方がなんか、なんとなく嫌だなと思ったので、予定変更。
人一人が通れる程度の隙間を開け、部屋を覗き込む。
――が、そこにはだだっ広い空間しか存在しなかった。
人もいなければ物もない。ただただ空間だけがそこにあった。
……あれぇ? 部屋間違えたかなぁ?
俺は一度外に出て、扉を確認する。掲げられた部屋のプレートも見る。
間違いなく、黒の間である。
とすると、リリーが伝え間違えたのだろうか。それがあり得ると言えば、あり得るが……そんなことあるかなぁ?
まぁでも、黒の間にこいと言われたので、とりあえず入ってみるか。
扉を開け、黒の間の中へと入る。
本当に何もない。寂しいほどに空気が冷たい。
何これ、俺がいじめられているのだろうか。国と嫁を挙げてのいじめとか、心が折れるぜ。
まぁそんなことはないだろう。何かの間違いだろう。でなければ、俺はこのまま死んだっていいね!
ちょうど黒の間の真ん中あたりを足で踏んだ時。
床が淡く発光し始めた。
――またこれかよ!!
魔法陣が作動し、半径50センチ程度の小さい陣が浮かび上がる。それと同時に天井から何かが落ちてきた。
それは、ご丁寧にも用意されていた超級魔石。確かに俺一人分程度の魔力量だろう。少し足りないくらいかもしれない。
今度は催眠にかからないよう、すぐさま魔法陣の解析を行う。
結果、それは攻撃とかそういう魔法ではなく、本当にただの転移魔法陣だった。
そして超級魔石と俺の魔力を吸い上げ、魔法陣が起動する。一際強く光り輝き、俺を包み込んだ。
数瞬経てば、すでに転移が済んでおり、視界が開ける。
それと同時に、馬鹿でかい音量のファンファーレが鳴り響いた。管楽器や打楽器の音が響く。くそうるせぇ。どこに転移したか、まだ定かではないが、周りから一斉に拍手を浴びている気もする。ファンファーレがでかすぎて拍手だとよくわからない。
「おめでとう、ネロ・クロウド!!」
この騒音の中でもしっかりと響く、さすが軍人のガルガドの声。
何を祝われているのだろうか。結婚か? ちょっとずれてるしちょっと早いとも言えるし。それとも適当になんでもいいから祝っているんだろうか。
ガルガドの祝福の声を皮切りに、いろんな方角から「おめでとう」の声が響いてくる。だから、何がおめでとうなんだ。
この騒音、耳も塞ぎたくなる。けれど、俺は塞がないように努めた。
どうあれ祝福してくれている、その思いを塞ぐようなことはしたくなかった。
「マスター! きてください」
そばにイズモがやってきて、俺の手をとる。そして引っ張られるようにして前へと進む。
そのうちに、俺は今の状況をイズモに問いただしておこう。
「イズモ、ここどこ?」
「ホウライですよ! ホウライの、お城」
「なるほど。俺は何を祝われているんだ?」
「決まってるじゃないですか!」
会場――ホウライの城にある大広間の中心へと連れられると、イズモは振り返ってくる。
「私たちの結婚と、魔導国家ホウライの建国です!」
笑顔で告げるイズモ、同時に一際響く音楽。
確かに、建国は承認されたが、宣言は行っていなかったし、何より建国の祝典を開こうなんて思っていなかった。
別に建国したことは祝うほどのことでは……祝うほどのことかもしれない……。
とはいえ俺が何も手を回していないのに、いいのだろうか。いいのか。どうせ魔導師に王座というか権力は譲渡していくつもりだし、彼らが企てたならいいか。
「これより戴冠式を行う!」
「戴冠ッ!?」
ガルガドのでかい声、その発言に思わず異を唱える。
「王冠なんかねえし俺はいらねえ!」
「いいやダメだ」
俺の異に、反論したのはグレンだった。
「これまで王がいない国が存在し得たことはない。故に誰かを王に据えなければならん」
「それは今までのことだろ。これからは変えていくんだよ」
「そもそも貴様が始めたのだ。貴様が根回しし、貴様が主導して建国したのだ。貴様がふさわしい」
「建国の大義名分だって今までと違う。違うことをしていく国なんだよ」
「……ぐだぐだ言ってないで戴冠されろ!」
なんだそれ! 結局勢いじゃないか。
そういってグレンは彼の背後へと合図を送った。すると、グレンの後ろにいた――龍帝と海皇が歩いてくる。海皇はその手に王冠を抱えていた。
「うっそだろなんであいつから戴冠されなきゃいけねえんだ!」
「この国には歴史がない。宗教もだ。であれば、一番権威のある者から授かった方が箔が付く」
「グレンのくせに正論をいうんじゃねえ!」
「俺はいつだって正論だろうが!」
そうか? そうでもない気がするけどな。頭が硬いだけな気もするけれど。
「くはは! 我が戴冠するなど身に余る光栄と思え! 貴様だからしてやるのだぞ、ネロ」
「その通りです。あなたにはこれからも働いてもらわねければなりませんからね」
「お前に言われると死ぬまでこき使われそうだな」
「お互い様でしょう」
いや、お前の方がたちが悪い。と思う。きっと。たぶん。だって俺まだ死ぬまでこき使ったことないもの。
「まるで私なら人を殺したことでもあるようだとでも言いたげな目ですね……」
「ないのか、龍帝」
「さぁ、海人族が死ぬのはあまり見たことがないが、フラフラしたやつから消えてはいくぞ」
「つまり死にそうなやつから入れ替えてんじゃねえか」
「死んでませんから」
「どっちもどっちだろ」
にしても、その王冠はどこからもってきた。迷宮の財宝に混ざっていたものだろうか。
「そんなチンケなものではないぞ」
新しい声だ。久々な声な気もする。
横から声をあげたのは、トレイル。ホドエール商会の長で、リリックの親だな。なんでいるんだろう。
まぁよく見てはいないが、視界の端に映る人の顔は大抵見覚えのある人々ばかりではあるので、イズモの言っていた準備とはこれだったのかもしれない。
「七大国の王冠を参考に、また迷宮の財宝の王冠を元に、我が商会の総力を挙げて1から作り上げた一点ものの王冠だ。格は劣らんよ」
「そんなものの製作を依頼した覚えはねえ!」
「お前にはなくとも、こいつらにはあるぞ」
そういってトレイルが指し示すのは、魔導師たち。
お前ら……お前らに権力を譲渡するのに、こんなことしては面倒なことになるのがわからんか。
「いいから受け取るのだ。そして我と存分に闘りあおうぞ!」
「やらねえよ。ホウライが更地になるわ」
建国したばっかで城も建て直したばっかだってのに、いきなりスタートに戻そうとするんじゃない。
が、俺の話を聞かない龍帝は海皇のもつ王冠を受け取り、俺の頭上に掲げてくる。
俺はため息を吐き、龍帝が掲げた王冠を奪い取る。
「――俺の王への偏見を教えてやろう」
そう前置きをして、偏見を語る。
「俺が思う王ってのは、戦が強くて、家臣から慕われ、民衆から崇められ、有能で、人望も厚くて、自分が世界の中心だと信じて疑わない、何より国をよりよくするために奮闘している」
指の先で王冠をくるくると回す。意外と重くて、回すのが難しいけれど。
「だが、時が経つにつれ、権力に溺れ、金に目が眩み、女に現を抜かし、自分が神だとでも言わんばかりに横暴な振る舞いを始めるのだ。国のために奮闘していたはずが、いつの間にか自分の権力を守るため、手段を選ばず行動する」
歴史を見たってそうだ。
国が建つ時っていうのは、大抵の場合民衆のために立ち上がり、国をよりよくするため、平和な世にするためにと国を統一する。
だが、滅びる時はいつだって王が権力に溺れ、圧政を始めた時だ。初代ではない。一代で終わる国の方が珍しい。長く続いた国であればあるほどに、既得権益が肥大化し、上層部はそれを守るのに必死になる。下を見ている暇がなくなるほどに。
「全部が全部、そんな王だとは思ってはいないよ。龍帝はただのバトルジャンキーだし。海皇は良き為政者であるとも思う。リュートだって国のことを最優先で語るし、イズモだって俺が思う王になるとは微塵も思っちゃいない。フレンも、あいつの代でできることと言えば内部の安定と国境の維持が叶えば上々だろう。ユートレアの代表どもは話し合いが大切だと一番理解しているだろうし。獣帝だけはよくわからんが」
王として君臨する者たちに学ぶことは、数多くあるだろう。同時に、真似てはならないことも多いだろう。けれど、王がどうだということにだけ関して言えば、王冠はいらない。
「俺は王にはならん。なぜなら、一番必要なものがないから」
「……貴様の思う、一番必要なものとはなんだ?」
グレンの問いかけに、俺は軽く笑って返す。
「民衆の支持。ホウライはまだ、民衆がついてきていない。その辺は建国の準備しながら、ガラハドと同時進行するつもりだった。が、ノエルの挙式のせいで建国宣言を早めなきゃいけなくなっちまったし、思いのほかガラハドがすぐにいなくなったからな」
それゆえ、国が先に建ってしまった。順序としてはあるまじきことだ。
民衆あっての国だ。民衆がいなければ国など存在し得ないのだから。
「その辺については各国と順番に話し合いをしていく必要もあるんだが」
どういう国の在り方をしていくかはある程度思い描いてはいるが、それには話し合いが必要だ。
「ともあれ、俺は王になるつもりはないし資格もない。戴冠ならすでに済ましているしな」
「ほう。であれば、ネロの戴く冠とはなんだ?」
「決まってんだろ」
龍帝の問いに、俺は口端を吊り上げる。
「ガラハドからもらった、荊の冠」
魔王としての王冠だ。
「二重で被ると棘が刺さって痛いだろ。今は一個で十分だ。そうだな――もし、ホウライが国として安定した頃に、民衆がどうしても王が必要だと言い、俺を推すのであれば、期間限定ででもなってやるさ」
まぁそんな日は来ないだろう。
だから、こんな王冠はいらないのに。
「そもそも。龍帝。俺は世界から戦争を無くそうってんだぜ? ただの王様にできることじゃねえんだ。王冠じゃ、足りねえんだ」
「ほう。では貴様は」
「神になるのに、王冠はいらねえ。なにより、俺とお前らの間にも上下はない」
俺はまだ使い慣れていない無の魔力を手の平に集め、持っている王冠へと流していく。
すると、王冠は俺の手の上で塵へと変わりながら崩れていく。
別に神になりたいわけではないけれど。そもそも龍帝から王冠を戴くということは、すでに龍帝の下であると言っているようなものだ。
「くだらねえことに金かけんなトレイル」
こういうことをするって、わからないやつじゃないだろうに。
「――フハハハハっ!!」
龍帝がいの一番に大声で笑い始め、それに釣られるようにして周りの連中も笑い出した。
なんだよ、皆して俺を笑い物にしやがるのか。
「上出来だな! 赤いの、これでよかったのだな」
「ああ。ご協力感謝する、龍帝殿。アレイスター殿」
「大丈夫。全部撮っといたよ」
グレンがアレイスターを呼ぶと、水晶を手にして現れた。
「録音水晶……?」
「録画、だね。誰が話しているかもバッチリ写した」
「こちらとしては、ネロに王冠を被せる言質が欲しかったから、誰が言っているかも残さないと逃げるだろう?」
「おま、ふざけんなよ……!?」
そこまでして俺に王冠を被せたいのか!? 意味がわからん……!
「――ったく……もうそれでいいよ。その時がくるのであればもらってやるから、戴冠式は終わりな」
言っちまったもんは仕方がない。録られたし、どうしようもない。
だが、今この場では戴冠しないことが満場一致したので終わりにしよう。
「王冠もなくなったし、終わりだ終わり」
「王冠はなくなっとらんぞちゃんとある」
そういってトレイルがさっき塵にしたはずの王冠を掲げた。
「お前が何かすることくらいお見通しだ。皆、そっちに賭けたのだからな」
「…………」
「さっきのはレプリカで――うおおおいっ!? 本物まで塵にするバカはおらんだろ!?」
トレイルが掲げていた王冠に向けて、無の魔力をレーザーのように発射したが、咄嗟にかわされてしまった。
「それくらい投資しろ」
「一から作るのでは流石に難儀だ! うちの彫金師たちを過労死させるつもりか?」
「それは申し訳ないが」
顔も知らない人の仕事を増やしてやるのはよくない……。
はぁ、と一息吐いて、仕切り直すことにする。
「で、この集まりにはどう収拾をつけるつもりだ? 戴冠式は無くなったぞ」
めちゃくちゃ式典っぽく始まってしまったが、式典はなくなってしまった。俺では収拾をつけられないし。
「まだあるじゃないですか」
そう言ったのは、イズモ。
……ああ、確かに。言われれば、まだ式典は残っていたな。
「せっかくマスターを驚かすために手を尽くしたんですから、簡単には終わらせませんよ」
そういって手を差し伸べてくる、イズモ。
こういうのって普通、男の方がやるんじゃなかろうか。ノエルとのだって、俺は準備に何も関わっていないし。
だが、差し伸べてくるのであれば、その手を取らない選択肢は存在しない。
「わかったよ。最後まで付き合ってやる」
俺がイズモの手を取ると、ぐっと引き寄せられる。
「最後まで楽しんでください」
そう言って、イズモはにっこりと笑う。
すると、今まで抑えめで鳴っていた音楽が、祝福するような音楽に切り替わって盛大に鳴り響く。
「カラレア式でやるんだよな?」
「そうしたいんですけど、内戦が続いたせいで失われてしまった部分も多くて」
「騎士団が覚えてたりしないのか?」
アレイスターに聞いてみるが、彼は首を振って答える。
「随分昔になってしまうので、正確には覚えていません。加え、イズモ様の両親の婚儀の際は少しイレギュラーだったので……なので、それを参考に進めさせてもらいます」
「なるほど」
「と言っても、ここだとできるのはあんまりないんですけど」
イズモに引っ張られながら、アレイスターの説明を受ける。
「本当は両家の家族とか総出で、まぁいろいろやってたんですけど」
「俺もイズモも言うほど家族いねえからな」
「そう言わないでください。お二人には並んで座っていただき、斎主のカランさんに祝詞をあげてもらいます」
「さいしゅ……のりと……?」
「その後、お二人にはお神酒を飲んでいただいて、神楽を奉納します」
「おみきにかぐら……」
「そしてお二人で誓いの言葉を述べていただけば完了です」
なんか出てくる言葉がとっても和風なのだが? どういうことだろう。
いや、イズモだって名前がもうすでに和風といえば和風なのか。おかしくはない……いやおかしいだろ。なんで剣と魔法の世界で神前結婚式があるんだよ。カラレア神国だって和風ってわけじゃなかったのに。
これはもう、イズモの両親の知り合いにそういう奴がいたのだと思わずにはいられない。
俺とイズモは並んで座らされる。椅子とかはなく、座布団のようなものに座らされるのも和風っぽい。地べたに座布団敷いて座るのって割と日本固有っぽくない?
風景がお城で洋風っぽいのに、していることが和風っぽくてチグハグ感が否めない。
「で、カランなのはなんで?」
「他に適任者がいませんでしたので」
確かに黒神教主ではあるけど、でもここまできたなら教主である必要もないだろうに。
そう思ってる間に、カランが進み出てくる。
「カラレア神国の女王の婚儀ですから、黒神教が主導しても良いでしょう?」
「別に誰だっていいけどさ……」
誰がやってもあんま変わんないだろうに。
まぁ、黒神教とカラレア神国の友好は示せるだろうけれど。それ、自国でやった方がよくないか?
ていうか、アレイスターだけでなく、シグレットもシルヴィアもミュゼもいるのだけど、カラレア神国の方は大丈夫なのだろうか。レイアまで遠くに見えるし。カランもいるってなると、首脳陣が割とここに集まっているんじゃないか?
「自国はいいのかよ」
「大丈夫ですよ。マルクとコト、ロビントスがお留守番してますので」
「あー……まぁお前らがいいならいいけど」
割とな貧乏くじを引かされてないか、ロビントス。二人に振り回されてそうだなぁ……その様子を見てみたいが。
「とにかく、始めますよ」
そういって、カランが祝詞らしい言葉を奏上し始めた。
うーん。何言ってるのかわからん。魔語ではないみたいだ。かといって人語であるわけでもないし……聞き取れそうで聞き取れない。
聞き覚えが……ないこともない……あっ!!
わかった。なんか、聞き覚えがないのになんとなく意味が伝わりそうで伝わらないこれはあれだ。
日本語だ。しかも、多分古語。まじで神前であることを忠実に再現しようとしていたのだろう。けれど、意味もわからないし発音もわからないカランが、無理矢理記憶をたどって読み上げているのだろう。だから、意味がわからないし何を言っているかもわからない。まぁ綺麗な発音だったとしても、俺だって古語では意味がわかるわけではないけど。
だが、久々に日本語……にはなっていないけれど、でも懐かしい発音だ。
『なつかしいな』
つられるようにして、俺も日本語を話す。けれど、誰にも伝わらない。
もう何年も使っていないのに、意外と忘れないものだ。日本語を合わせれば、俺は今いくつ言語覚えたのだろうか……前世じゃ考えられないほどの進歩だな。
「何か言いましたか?」
「いいや。何も」
隣のイズモに聞かれるが、俺は苦笑しながら答えた。
名も知らぬイズモの両親の知り合いよ。お前のおかげで、嫌な思い出が蘇ったので許さない。
まぁだからと言って何ができるわけではないけれど。
思い出したくもない日々だ。そういや、勇者たちも日本人ではあったが、人語に変換されていたな。召喚の際のアフターケアだったのかもしれない。
カランが祝詞を上げ終えると、俺とイズモの前に盃が出される。やはり和風っぽい。
そこに透明な液体が注がれていく。その様子を思わず凝視してしまう。
「大丈夫ですよ、マスターの分はお水にしてもらっていますので」
「余計な気を遣わせて申し訳ない」
「私だって酔ったマスターをこんなところで見せたくはないですよ」
「こんなところで……?」
それはつまり、こんなところでなければ良いと言うわけだろうか……? それはそれで嫌なんだけど。
「酔ったマスターを、見たくないわけではないので……」
「正直な奴だな……」
だからといって率先して飲もうとは思わないけれど。
頑張って不意打ちを狙うんだな。そんな隙を見せるわけがないけれど。でもリリーには飲むって約束したしなぁ……有耶無耶になんないかな。ならないか。リリーだもんな。
「お二人とも、盃を手にお取りください」
カランに促され、俺とイズモは盃を手に取り、お神酒と呼ばれる水を飲む。イズモのものはちゃんと酒かもしれない。
うーん。普通の水。水って言われたから水で当たり前なのだけど。
盃を置くと、周りから拍手を送られる。まだ誓いを立てていないけれど、雰囲気的にはこれで終わっても良さげだな。この後に神楽を奉納して、誓いを立てるまであるのだけど。
神楽は誰が舞うのかと思ったが、何やら正装に着替えたシルヴィアとシグレットが前に進み出てきた。彼らが舞うのだろう。
確かに団長が踊るともなれば、それは素晴らしいものなのだろう。
そして、先ほどまでファンファーレを鳴らしていた音楽隊が、和風な感じの音楽を流し始めた。尺八だとか鼓はないので、管楽器とかでそれっぽく真似ているだけだが。
その音楽に合わせ、シルヴィアとシグレットが神楽を踊り始める。前世で神楽を見たことはないので、その舞がどうだとか比較はできないけれど、二人は優雅に舞ってみせた。神に奉納すると言われても頷けるほどには、神聖なものも感じられる。
「シグレットの方が、ちょっと拙い感じあるな。珍しい」
「ちゃんと覚えているのがシルヴィアしかいなかったらしいですよ」
「そうなのか」
「シグレット以外の団員にもシルヴィアに教えさせたんだけど、耐えられたのがシグレットしかいなくて」
「そうなのか……」
イズモとアレイスターの補足に、俺はなんともいえない声を出してしまった。
まぁ、本人がいいなら、騎士団がいいならいいんじゃないかな……シルヴィアがどれだけ厳しくしたのか、知らないけれど。
「アレイスターは?」
「あははは。面白い冗談を言うね」
「確かに踊るイメージはないけど」
「シルヴィアに教わるくらいなら一人で一から作った方が早いね」
「そっちかよ」
お前はそうかもしれないけれど。でも神楽って伝統的なものであるはずだし、だとすれば一から作るわけにもいかずに、そもそもシルヴィア教室に参加もしてなさそうだ。
シルヴィアとシグレットの神楽が終わり、音楽も鳴り止んだ。奉納が終わったので、あとは誓いを立てて終わりだな。
神楽を終えた二人が、こちらへと頭を下げた。そしてシルヴィアは反転して下がろうとしたのに対し、シグレットはこちらへと歩み寄ってくる。
「ネロ、オレとちぎりの――」
「シグレットーその話は今じゃないって何度も言っただろう」
シグレットが何かを言いかけ、それをアレイスターが止めに入った。
俺には何がなんだかわからないが、シグレットが何かを申し込もうとしてきたのはわかる。決闘だろうか。どんな意図でシグレットに決闘を挑まれるのだろう……。
アレイスターに説得され、シグレットもシルヴィアの方へと下がっていった。
「大変だな」
「ええ、まぁ。長い付き合いなので慣れましたけど……」
止めにいったアレイスターにねぎらいの声を掛ける。
あのじゃじゃ馬団長二人を相手に、よく過労死せずにやっていけているよ、ほんと……。
「気を取り直して、ネロ、誓いを立ててもらうよ」
「あいあい」
俺とイズモは立ち上がり、カランによって読み上げられた誓いの文言に、誓いを立てることで、カラレア神国式の結婚式は終わりを告げる。
そして、ここからは各国首脳がいるけれど、無礼講の二次会が始まる。




