第三十五話 「フラフラ」
転送魔法陣を使い、ノエルと一緒にカラレア神国へと帰ってきた。
王城の地下へと転移し、ノエルと一緒に地上へと続く階段を上る。地上に出てくるが、人の気配がない。
一応、転移する前に通信水晶で連絡はいれていたのだが、間に合わなかった感じだろうか。
「とりあえず、イズモを探すか」
「そうね……手分けしましょ」
「え、手分けすんの?」
「ええ。その方が効率いいでしょ?」
効率はいいけど。
どうやって見つけたことを連絡するのだろう。個々人に通信水晶を持たせるほど量産はできていないし、割と邪魔にもなるので携帯しづらいのもあるので、水晶の普及はまだ先。まぁ適当に歩いていれば見つかるだろうけど。
て言うか、魔眼で見ればいいのか。
「転移魔法陣で魔力使ってるんだから無駄遣いしない方がいいわよ。それに、あなたもこの城はよく知ってるでしょ」
「それはそうだけど……ノエルもわかるのか?」
「多少はわかるわ。何度かきたもの」
何度かきたくらいで城の構造を覚えられるだろうか。それなりに広いのだけど。
「なんとかなるわよ。心配しないで。それじゃ」
そういってノエルは一人で歩いて行ってしまう。
え……それ、俺と来た意味あったか……?
俺はノエルの行動がわからないし、ヴァトラ神国でのホウライの連中の言動もわからない。
まぁノエルと俺で来れば、二人分の魔石は節約できるとして、でもホドエール商会がくれるのなら遠慮すること何もないのだけどなぁ。
首を傾げながら、俺は城内を歩き出した。
☆☆☆
ノエルに魔眼を使うなと言われたけれど、全部の部屋を一つずつ確認するのも面倒なので使ってしまおう。
左手を左目に当てて魔眼に集中しようとした時、廊下の先の部屋からアレイスターが出てきた。
「あ、ちょうどよかった」
俺は魔眼から手を離し、アレイスターに手を振る。
「ネロ。……魔眼使ってないよね?」
「え? 使ってないけど」
「そっか。転移魔法陣で来たんだから、今日は節約した方がいいよ」
「そう、だな」
なんだろう。魔眼を使うなと言われているような気分になってくる。
ノエルもアレイスターも、俺を気遣って言ってくれているはずなんだけど、なぜだろうか。
「で、ヴァトラに行ってきたけど」
「うん。何してきたの?」
「結婚式」
「へぇ……えっ? あ、ノエル様とか。そうだったんだ。おめでとう!」
「ああ、ありがとう……アレイスター?」
「何かなっ?」
「…………まぁ、いいか」
演技っぽいというか、なんと言うか。
そこまで驚いている様子が、あまりない感じがするのだけど。
逆に、知っていてもおかしくないはずの情報な気がしなくもない。だって、ヴァトラ神国にとって最も仲良くしたい国はカラレア神国で、こういう割とインパクトある情報は内々に通じているものではないだろうか。
だが、アレイスターはヴァトラ神国で何があるいか知らないと答えたし。
とはいえ、だからといって問い詰めるほどのものでもない気もする。
会う人だいたい挙動不審なのが気になるけれど。
「それで、イズモは?」
「イズモ様なら、さっきまでレイア様と話し込まれていたけど、今は自室にいると思うよ」
「そうか。で、俺が戻ってきた理由はなんなんだ?」
「それなんだけど、まだ少し時間がかかりそうなんだ。だから、もうちょっとゆっくりしていてほしい」
「はぁ……? まぁ、ゆっくりしろというのならそうさせてもらうけど……」
俺はアレイスターと別れ、イズモの部屋へと向かう。
しっかし、なんか腑に落ちないなぁ。ノエル、ホウライの連中、ヴァトラ神国、イズモ、アレイスター、カラレア神国。つなぐ糸、意図は一体何なのやら――ああ。そうか。そう言うことか。そういうことなのかもしれない。
確証がないのでなんとも言い難いが、そう言うことでいいのだろう。
適当に思考しながら歩き、イズモの自室を目指す。
そしてイズモの部屋の前で立ち止まり、ノックをする。中からイズモの返事がして、俺は扉を開けた。
「あ、マスター。お帰りなさい」
「おう。ただいま。イズモはなんで来なかったんだ?」
「行きたかったんですけどー……どうして諸侯の方達はあんなに多いんですかね……」
「なるほどね……まぁそいつらがいるから、統治も多少楽になるんだから」
挨拶回りのせいで時間が取れなかったのか。
ていうか、イズモは結婚式があることを知っていたのか。特に驚かれることもなかったし……いや、アレイスターあたりが伝えたのか。
どっちだろうな。聞いてみるか。
「知ってたのか?」
「はい。いろいろと手を尽くしました」
「そうか……」
色々と任せっきりにしてしまったらしい。
俺があの、歴史改変の部屋から帰ってきたのは一週間くらいだと言っていたが、もう少し経っていそうなものだな。
しかし、会議が終わった直後で、俺もいないのによくもまぁそこまで根回しができたものだな、と感心してしまう。俺がいないからスムーズに進んだのかもしれない。
「んじゃあこの後は? お前とも結婚式を挙げるか?」
「そうしたいのは山々なんですけど、まだ準備が整ってないんですよね」
「へー。誰よりもまともに返事するじゃん」
まさか、イズモにここまで自然な返しをされるとは思っていなかった。思わず苦笑が漏れた。
「マスターのことは、誰よりもわかっているつもりですから」
「そっか」
俺の反応を、予想できたということなのだろう。
「マスター、お疲れでしょう? ベッドに横になっていていいですよ」
「イズモの部屋だろ? いいのかよ」
「構いませんよ。そんな気にする関係でもありませんし」
そうかな。
いや、よくはない気もする……昨日の今日は、よくない気がする。
「今日は、一人で過ごすよ」
「そうですか。わかりました――マスター」
「何?」
部屋を出ようかと思って動こうとしたら、イズモに呼び止められた。
イズモの方へ向くと、イズモはこっちに近づいてきた。
そして――しゅっ、がっ。
という擬音が聞こえてきそうなほど、目にも留まらぬ速さでイズモの手が動いた。
……いやいやいや、待て待て。何をされた、今。
何をされた、と言われてもあまりにも明白である。俺のマフラーを外し、シャツの襟元を強く開いたのだ。それがあまりにも早い動作だっただけで。
あまりにも早い動き、俺じゃなきゃ――俺ですら見逃したわ。
というか、そのイズモの動きのせいで俺の胸元が、ノエルにつけられた愛情表現があらわになっている。
「すごいですね、痛くないんですか?」
「視線が痛いくらいかな」
まぁつけられた直後は痛むけど、時間経てば別に痛くない。なかなか消えないくせにね。
「私もつけていいですか?」
「……それ、断れるやついるかなぁ?」
「では、遠慮なく」
言うや否や、イズモは俺の首筋に噛み付いてきた――噛み付いてきた!?
つけるってそっちかよ! めちゃめちゃ痛々しくなるじゃん!
だが、イズモはすでに牙を立てて噛み付いてきた後なのでもう遅い。俺は諦めて、抱きついてきているイズモの体を、抱きしめ返す。
て言うか、魔力持ってかれた上に血まで持っていかれるとふらつきが耐えられない。イズモの体を支えにさせてもらう。
そして満足したイズモが俺の首筋から口を離すが、俺は目が回りそうな気分で、イズモから離れられない。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なんだけど……いろいろ持ってかれたから」
「そうですよね、すみません。おやすみになられますか?」
「あー……まぁ、たぶん、少し休めば大丈夫だと思うから……」
「今日はもうお休みください。お一人がいいなら私が出ますので」
「それは……悪い……ソファでいいから」
「こんな人をソファで寝かせられる人の方がいませんよ」
「原因の一端は、お前だぞ……」
「いいから、ベッドで寝てください」
イズモに引きずられるようにして、俺はベッドに移される。
「ちゃんと、起きてきてくださいね」
「子供じゃねえんだから……」
ちゃんと、起きるさ。目が覚めれば、ね。
「お待ちしておりますよ」
「ありがとう」
イズモは俺の頭を一撫でし、離れていく。
「……アレイシア。聞いてるよな」
俺は、イズモに聞こえないような小声で呟く。
アレイシアを封印した呪術書は、俺が持ち歩いている。なので、アレイシアはそばにいるはずだ。
「道を繋げとけ。ガラハドに、聞いてんだろ」
詳細を言わずとも、ガラハドに聞いているなら伝わるはず。まぁ伝わらなければそれでいい。
アレイシアから返事はない。それでもいい。
俺がやろうとしていることは、蛇足だ。
やってもやらなくてもいい。ただ、嫌なことから目をそらすことに、ようやく諦めがついた。ちゃんと向き合う気に、ようやくなれただけだから。
アレイシアの声はない。聞きたくもないので、構わない。
俺はベッドに倒れ込んだまま、深く息を吸い、吐いた。
意識が、暗闇に落ちた。
☆☆☆
「――ネロ。そろそろ起きなさい」
リリーの声が聞こえる。
俺はその声に言われるまま、目も頭も起きていないのに体を起こす。
体を支える腕がふらふらする。なんか、いつも以上に寝起きが悪いし、力が入らない。
「……リリー?」
「そうよ。いつまで寝るの?」
「……いや。起きる、けど」
「休みたいなら無理しなくてもいいけど」
「多分、大丈夫」
俺は布団から抜け出し、ベッドの端に腰掛ける。
下を向いたままで、頭が起きるのを待とうとする。と、リリーが隣に寄ってくるのがわかる。
そしてリリーは俺の後ろ首、襟足をかきあげて覗いてくる。
「……なに?」
「痕、すごいね」
「ああ……痛いから、今は勘弁して」
「それとこれとは話が別よね」
「ですよね――……ッッ!!」
痛ってぇッッ――!!
リリーはあろうことか、俺の後ろ首に噛み付いてきやがった。しかも割と本気で。
彼女の健康であろう歯が、容赦なく俺の首に襲いかかる。ぐっと噛み締めてくるのがわかるが、首の筋に当たってさらに痛みが増す。
俺は声をあげないように必死に耐える。たっぷり数秒、リリーがようやく口を離してくれると同時に荒い息を吐く。
おかげで目が覚めたが、それにしたって痛みがすごい……愛情表現ってこんな痛いものだったのか。
「どう?」
「母猫に咥えられた子猫……」
「さすがに持ち上がらないけどね」
「人のサイズでやると肉がちぎれそう」
その前に歯がもたんか。
そんなことはどうでもいいんだ。
「どれだけ寝てた?」
「んー……三日くらい?」
「そうか……」
また寝込んでしまったらしい。
最近寝てばっかだな。どんだけ疲れ果てているんだ俺の体は。それとも変な空間に連れていかれるからダメなのか。今回はいってないんだけどなぁ。アレイシアに何かされたのかもしれない。
「あたしがいるのに驚かないのね」
「ああ……驚く気力がないとも言えるけど」
寝起きだし。いきなり痛かったし。これが今後も続くのだろうか。頑張れ俺の体……。
「イズモの準備が進んでる、てことだろ」
「相変わらず勘がいいわね」
「ヒントがそこかしこにあったし」
何よりイズモが否定しなかったしなぁ。
ゆっくりと頭を持ち上げる。リリーに噛まれた箇所が痛むので、ゆっくりと。
「あと少しだけ待ってほしいらしいよ」
「何をやっているのやら……だったら、俺はなんで起こされたんだ?」
「そりゃ、いつまでも寝るのはよくないじゃない」
「まーそれはそうかもしれないけれど」
俺は首を軽く回しながら立ち上がる。
しかし、待てと言われては何をして待っているかが問題だな。
「皆準備にかかりっきりなんだろ。リリーは行かなくていいのか?」
「んー、ネロの監視を任されてるよ」
「そう。じゃあリリーは俺の相手が仕事か」
「そんなとこかな」
さて、リリーと何して暇潰すかなぁ。
「ねぇ」
「却下」
「だよねー」
「そりゃな」
リリーが何を言うか待つことなく答えたが、合っていたらしい。
「流石に今日ここは常識疑う」
「悪かったわね……」
「ホウライに戻ってからだな」
「そうだよね……もうこうなる前に襲っとけばよかったー」
「襲われるのか……」
情けなくなるな。
まぁ、とにもかくにも。
人の部屋でするようなことではないことを誘おうとしていたのはあっていたらしい。
「じゃあ、ホドエールの人からもらったやつでもしよっか」
「何もらったんだ?」
リリーが取り出したのは、長方形の紙束。
見覚えのあるそれは、しかし見たこともないマークで作られていた。
別に四種のマークが決められて、数字が書かれてさえいれば問題ないものだからな。
「トランプか」
「ノエルやイズモともやったことあるんでしょ?」
「発案者が俺だよ」
「お、じゃあいろんな遊び方も知ってる?」
「ああ、暇つぶしにはちょうどいいだろ」
二人なので、遊べるゲームは限られてくるが、それでも数は十分ある。
俺とリリーは机に対面に座り、リリーからトランプを受け取る。
「んじゃ、まずはポーカーからやるか」
「はーい」
「ルール知ってんのか?」
「知らないよ」
そりゃそうか。
トランプの山をシャッフルしながら、俺は軽く説明を始めた。




