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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
家族編 小さな魔法師
18/192

裏切る世界

「……ん?」


 俺はゆっくりと目を開けた。

 知らない天井……天井ですらねえ。テントの中のようだ。


 俺は体を起こし、テントの中を見回す。

 特にこれと言って特別な物はない。俺の寝ていた布団が中心に置かれ、あとは簡単な食糧くらいだ。


 とりあえず食糧の果物に手を伸ばす。

 リンゴを手に取り、丸かじりで食べる。


 中心を残して食べ終えると、俺はテントの中で立ち上がる。

 ぐっと伸びをした後、体に異常がないか確かめる。

 ……特に異常なし。絞められた首が気になるが、まあいいか。


 テントから這い出ると、そこはトロア村近くの草原だった。

 日は傾き出しており、夕方に差し掛かろうかという時間帯。

 簡易の柵を作って魔物の侵入を防いでいるようだ。自警団で、比較的軽傷で済んだ人たちが見回っている。


「起きられましたか?」


 横から声が聞え、そちらを向くと疲れた様子のアルバートが立っていた。


「アルさん……」

「起き抜け早々申し訳ないのですが、治療を手伝っていただけませんか?」

「ええ、わかりました。魔力だけは腐るほどあるので」

「よろしくお願いいたします」


 きれいなお辞儀をすると、アルバートは一際大きなテントの方へと向かった。

 どうやら、このテントに重傷者が運び込まれているようだ。


 テントの中は苦しそうな呻き声で満たされ、聞いているだけでこちらも苦しくなりそうだ。


「ひどい……」

「はい……しかも何人かは、サナ様の回復魔法を受け付けなかった模様で」

「何人かは? マンイーターに斬られた全員じゃないのか?」

「いえ、そんなことはありませんが」


 なら、何故ナトラは回復魔法が効かなかったのだ?

 ……可能性としては、聖剣の方か。


「悪いけど、回復魔法が効かない人は後回しになる」

「わかりました」

「それじゃ、これから回復魔法を使うよ」


 俺はそういい、詠唱を開始する。

 命令式と魔力を込めれば、回復力の上昇と範囲の拡大が行える。俺の魔力量なら、このテント一つくらい軽く覆えるだろう。


「大地の恵みと神の慈悲を、彼の者に与えたまえ。

 豊穣の恵みをもとに、傷を癒したまえ。【キュア】」


 唱えた瞬間、小さい魔法陣が浮かび上がるとそれはすぐに拡大し、テント全体を覆うほどの大きさになった。

 そして、きらきらと光が舞う。


 魔法陣が消えるころには、苦しそうな呻き声も半分以下になり、寝息が聞こえてくる。


 かなり魔力を込めたつもりだったが、まだまだ余裕があるな。


「お見事です」

「アルさん、襲撃された時間は?」

「ネロ坊ちゃんとネリお嬢様のお誕生日に、日付が変わろうかというところでしょうか」


「何日寝てた?」

「半日ほどでしょうか」


 ふむ、今回は一か月以上とかいうことはなかったのか。

 少しだけ安堵する。


「ねぇ、そろそろ家族がどこか教えてくれる?」

「これは……申し訳ございません。こちらを優先させてしまって」

「構わないよ。父さんか母さんに、こっちに来させるように言われたんでしょ?」

「……さすがです」


 やはりか。執事なら、アルバートなら俺を怪我人の治療よりも家族の方へ行かせただろう。

 ニューラとサナのところで、ナトラはまだ生きているのだろうか……。


「アルさんって、手先器用だよね?」

「人並みには」

「回復魔法が効かなかったのは斬られた人だよね? なら、糸で縫い合わせてあげて。魔法が効かないんじゃ、自己治癒力に頼るしかないし、その手助けくらいにはなると思うよ」


「かしこまりました。魔法が使える者は少しいますので、そちらの方に消毒をお願いしましょう」

「お願い。それで、どこにいるの?」


「このテントを出て、右に向きますと黄色いテントがあります。そこに、ナトラ様とノーラ様もおられます」

「わかった」


 ナトラとノーラが同じ扱い、か……。

 やっぱ、無理……だった、んだな。


「少し、一人にしといて」

「わかりました」


 アルバートはどこまでも冷静に対応してくれて、そのおかげで俺もなんとか堪えていられる。

 でも、なぁ……きっと、ナトラやノーラを見れば、壊れるだろうなぁ……。



☆☆☆



 俺は重傷患者の詰められているテントから飛び出すと、アルバートに言われ通りの黄色いテントを目指す。

 黄色いテントはすぐに見つかり、俺は急いで中に入った。


「父さん、母さん!」


 テントの中には、傷だらけで倒れ込んでいるニューラと、その傍らに同じように倒れ込んでいるサナがいた。

 アルバートの言った通り、ナトラとノーラの遺体もあった。


 俺の呼びかけに反応したのは、サナだけだった。


「ネロ……? 居る、の?」


 サナの手が何かを求めて宙を掻く。

 俺はサナのそばに近寄り、その手を掴む。


「はい……! ここに、いますよ……!」

「ごめんね……一番幼い、あなたたち双子を……残して……」

「な、にを……すぐに治します!」


 だけど、サナの身体に目立った外傷は見られない。

 回復魔法を唱えても、弾かれて効果がないのだ。


 これは……きっと、魔力の枯渇だ。

 魔力の譲渡は、この世界では禁忌とされている。そのため、どんな魔法書や魔術書にも魔力の譲渡の魔術は記されていない。

 当然、俺にはそんなことできはしない。


 ここにきて、俺はもうサナを見届けることしかできないのだ。

 ……世界の、禁忌なんかのせいで。


「ネリ、のこと……任せるわよ……?」

「……ネリは」


「大丈夫。知ってるわ……。だけど、あの子は強い子、よ? あなたと、同じくらいに……ね」

「そんな……僕は……」


「お父さん、ついさっきまで……ネロに頼みごとがある、て起きてたんだけど……」

「頼み、事……?」

「代わりに、お母さんが伝えるわ……」


 サナが手を引くので、俺はサナの口元に耳を近づける。


「『家族6人、いつか絶対に……揃おう』って、ね」

「……っ!」

「お願い……よ? ネリと、皆と一緒に……会いに来て、ね?」

「……はい! わかり、ました……ッ!」


 俺の顔は既に、涙や鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 それでも、サナは優しく俺を抱きしめてくれた。


「いつまでも……お父さんと待ってるからね」


 そう残し、サナの腕から力が抜けた。


「かあ、さん……?」


 まただ。

 また掌から、何かが零れ落ちた。

 音を立てることもなく、弾むこともなく……何かは消えていく。


 5つあった筈の何かは、もう一つしか残っていない。

 その一つも、ゆらゆらと揺れて、今にも落ちてしまいそうだ。


 俺は泣き声を誰にも聞かれたくなく、声を押し殺して、意識がなくなるまで涙を流していた。



☆☆☆



 目が覚めると、既に日が昇り始めていた。

 黄色いテントから這い出ると、空を見上げた。


 空は、俺を嘲笑うかのような晴天。雲一つない、快晴だった。


 それに対抗するように、俺は鼻で笑ってやり、あの重傷患者の詰められている大きなテントへと向かった。


「アルさん」


 そのテントの前で、炊き出しをしているアルバートを見つけた。


「ネロ坊ちゃん、よく眠れましたか?」

「まあ……気分は最悪だけど」


「これは……余計なことを聞いてしまいました」

「いいよ。それで、中の人たちは?」


「ネロ坊ちゃんの回復魔法が効いた者は、今朝から働いてくれております。効かなかった者は、言われた通り消毒した糸と針で傷口を縫い合わせましたが……」

「……仕方ないよ。万能じゃないんだし」


 なんとなく、黙り込んでしまう。

 他にも聞きたいことや、頼みごともあったのだが、どうしても躊躇してしまう。

 やがて、アルバートが意を決したように、ゆっくりと口を開いた。


「……ネロ坊ちゃん、一つ、頼みたいことが」

「何? 遺体でも燃やすの?」

「……」


 アルバートは、静かに頷いた。

 そりゃそうか。死んだ体なんて、放置しといていいものじゃないし。疫病の元にもなる。


「わかった。燃やすのは一か所に集めといて。……家族には最期の別れをさせて、ね」

「かしこまりました」

「それと、1つ。僕からもいいかな?」

「何なりと」


「家族の墓を、さ……作ってくれない?」


「……承知、いたしました。……場所はどうなさいます?」


「家の跡地……かな。他の守護騎士が使うってんなら、諦めるけど。それなら、わかりやすい場所がいいかな。俺と……ネリで会いに行くからさ」


「わかりました。アルバート、この命がある限り、お守りいたします」

「……お願いね」


 アルバートは遺体を集めると言って、その準備に行こうとした時。


「……遅くなりましたが、ご家族からのお誕生日プレゼントがあります。勝手ながら倉庫の方へ入れさせてもらっております」

「わかった。たぶん、そこにずっといると思うから、準備ができたら呼びに来て」

「……かしこまりました」


 そういって今度こそ、アルバートは準備に行ってしまった。


 俺は一息つき、倉庫へと向かう。

 倉庫と言っても、別に屋根と壁がある建物じゃない。

 少し大きめのテントに、住人の持ち物が放り込まれているだけだ。


 俺はごちゃついた倉庫の中を捜索する。

 ようやく見つけたのは、昼に差し掛かろうかというころだろうか。


 アルバートが先に呼びに来るかと思ったが、どうやら最期の別れに時間がかかっているようだ。時々、悲鳴のような絶叫が聞えてくる。

 それは女性のものだったり子供のものだったり。


 俺は見つけ出した誕生日プレゼントを開けていく。

 出てきたのは、帽子とローブと剣とロケットペンダント。

 帽子はサナからだろう。ローブはノーラで……剣はナトラ? なら、ロケットペンダントはニューラか。


 俺は古くなった帽子を脱ぎ、新しい帽子をかぶる。

 ……うん、なんかあったかい。これもサナの手作りだろう。綺麗な刺繍も入っている。


 ローブの色は夜を映したような黒。それを羽織る。

 たぶん、黒の魔導書を持っているからこの色なんだろう。


 剣はとても簡素なロングソードで、所々に変な箇所がある。

 きっとナトラが打ってくれたのだろう。重さも悪くないし、使いやすそうだ。

 柄頭にはイニシャルの文字が彫られている。……これ、うちサナ以外みんな同じなんだけど。ナトラのなのか、俺のなのかわかんない。


 あとは、ロケットペンダントか。

 俺はそれを手に取ると、蓋を開ける。


「……ははっ」


 思わず、笑い声が漏れた。

 この世界にも、写真技術があったんだな。


 それは、家族揃って食事をしているシーンの写真だった。

 カメラがあったのなら、アルバートあたりが撮ったものだろう。

 家族6人、全員が揃っているし、俺の成長具合からだと、誕生日前日の写真だな。


 俺はペンダントをつけて、立ち上がった。


 プレゼントも全部開封したし、そろそろお呼びがかかるだろう。

 そう思って、俺は倉庫を後にした。



☆☆☆



 一か所に集められた遺体を、誰の骨かわかるようにして、火魔法で一気に燃やした。

 遺体の家族の悲痛な叫びが心に痛かったが、それ以上に家族の体が燃えている姿の方が苦しかった。


 遺体を燃やし尽くし、骨だけとなった彼ら。

 その家族たちが、骨を袋や壺に入れていく。


 俺の家族の後処理は、申し訳ないがアルバートにすべて任せた。

 今見ると、本当に自殺してしまいそうだった。


 それから、俺はアルバートに別れを告げにいった。


「もう行かれるのですか?」

「うん」

「行くあてはおありですか?」

「……とりあえず、北かな。帝国が近いと、一人で突っ込みそうで怖いんだ」

「そうですな……。それでは、お気をつけて」

「うん、今までありがとうございました」


 俺はアルバートに深々と頭を下げた。


「何を仰います。感謝をするのはこちらです。……またお会いできましたら、そのお話も致しましょう」

「ホント? 約束だからね」


 アルバートの過去にも興味はあるが、それは次に会った時のお楽しみだな。

 今は俺が聞けるような状態じゃないし、アルバートのことはニューラしか知らなかったんだ。だから、アルバートにも準備がいるだろう。


「最後に、これを……」


 そういってアルバートが差し出したのは、赤いリボン。

 ネリが髪をくくるのにいつも使っていたリボンだ。


「ありがとう」


 それを受け取り、とりあえず左腕に巻きつけた。


 それから、俺はアルバートから食糧やらを分けてもらい、北を目指して歩き出した。

 少しでもゼノス帝国から離れるために。

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