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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
建国編 奔走する魔導師
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第三十三話 「小さな変化」

 転移魔法陣を使い、カラレア神国からヴァトラ神国へと移動する。

 親切にも魔石を置いてくれていたので、俺の魔力はそこまで消費されていない。上級魔石二つがあり、俺の魔力総量の4分の1で飛んだ感じか。とすると、改良された魔法陣であり、消費魔力の総量的には超級魔石が一つくらいだろうか。

 もうちょい消費量を減らせそうだが……ホウライに帰ったら一人でいじってみるか。


 転移先は地下牢だった。地下から地下への移動なのでそう驚くほどのものではないが、目の前にいきなり鉄格子が出現すると少しびっくりはする。

 まぁ誰が使うかわからないのだから、これくらいの対策は必要だし、リュートなら納得する。

 だが、転移魔法陣を使うことは事前に連絡済みだったのか、鍵はかかっておらず出入り口は押し開けることができた。


 人っ子ひとりいない地下。なかなか不安になるが、正面にあった階段を上がっていく。

 階段の先にあった扉をゆっくりと押し開ける。城内に出るかと思ったが、そうではなかった。城から離れた……というか、ヴァルテリア山脈の麓に作られた地下牢だったのだろう。城からはずいぶんと離れている。

 うわ、めんどくせえ。というか、同盟国のカラレア神国との直通転移魔法陣をこんなところに設置するってなると、ホウライの転移魔法陣はどこに置いてもらえるのだろうか。城内……は、無理そうだなぁ。ま、その辺の交渉はノエルを交えてやればなんとかなるかもしれない。


 とりあえず、俺は空飛ぶマフラーを展開しようと思い、手をかけながら一歩踏み出す。

 瞬間、足下に設置されていたのであろう魔法陣が淡く光り輝く。

 おいおい、完全にトラップじゃねえか。どういう魔法を仕込んでくれていたのだ?

 攻撃魔法が飛んできてもいいように身構える。が、俺の考えとは裏腹に、魔法陣から発された魔力は俺の体内へと這い上がってくる感覚がした。

 ――あ、これは。

 命令式の解読をし、どんな魔法か理解したころには、すでに発動していた。

 俺は催眠魔法を解除する前に、意識を失った。



☆☆☆



 ――ガタゴトと揺れる感覚がする。


「――……っとゆっく――」

「――たないで……道が荒れ――」


 話し声がする。誰の声だろうか。

 一つは聞き覚えがある気がする……これは、リュートだろうか。

 ちょっとずつ頭がクリアになってくる。意識が戻ってきた。どうやら馬車の中で横たえられているようだ。

 それに気づいた右側――おそらくリュートが俺の頭を押さえつけてくる。


「おい、起きてるぞ。どうするんだ」

「お城はそこなんだし、もういいじゃない。起こしてあげましょう?」

「暴れられると困るんだ」

「誰も暴れやしねぇよ……」


 俺は頭に乗せられたリュートの手を掴み、どかせる。

 そしてその手を払い除け、体を起こすと大きく息を吐いた。


「説明もなく魔法さえかけられなきゃ、暴れる理由は一切なかったんだがな」

「そらみろ。暴れ出すじゃないか」

「説明してくれりゃ暴れねぇっての」

「そうよリュート。教えてあげたら?」


 リュートの隣に座る女性――レジーナが応援に入ってくる。

 レジーナはリュートの妻……つまりヴァトラ神国の王妃にあたる。レジーナにはほとんど会ったことはないが、ノエルから話は聞いたことがある。いわく――政略結婚であった、と。

 まぁ別に珍しいことではないし、ノエルだってウルフディア家との政略結婚が画策されていた。が、故にリュートとレジーナの関係は良好というわけではない、と。

 はたから見れば確かに良くはないが、険悪というわけでもない。果たして、彼らをどう見ればいいか。


「こいつは危険人物だ。本当なら僕の国に入れたくなんかない」

「おいおいおい、誰がおたくの借金を肩代わりしてやったんだ?」

「それはお前が勝手にやったことだろ」

「リュート、そんな言い方よくないわ。どうあれノエルの、ヴァトラ神国の危機を救ってくれたのは事実よ」

「そうだそうだ。どれだけ死にそうになったと思ってんだ」


 “世界の大穴”だけでも相当苦労したのに、その直後に休まずさらに迷宮を攻略して。

 ネリがいたからよかったものの、俺一人だったら間に合ってなかったんだぞ。


「……もう城に着く。行けばわかる」


 そういうと、リュートはそっぽを向いてそれ以上は何も話さなくなってしまった。

 レジーナの方を見ても、首を振るばかりで教えてはくれないらしい。

 馬車の窓から見えたヴァトラ神国の天気は、快晴だった。


☆☆☆


 城に着いた馬車から降り、リュートとレジーナはそのまま城内に消えていった。

 取り残された俺は、城のメイドに連れられ、客間へと通される。


「こちらの方でお着替えをお願いいたします」

「……お着替え?」

「はい。お召し物はそちらに置いてありますので」


 そういうと、メイドは「失礼します」と言って扉を閉めていった。

 お着替え、ねぇ。

 俺はメイドが言っていたお召し物に目を向ける。

 真っ白いタキシードだ。なんで白なんだよ。黒をくれ、黒を。

 俺はその服を眺めながら嘆息し、無視してソファに腰掛けた。



 ソファでくつろいでいると、部屋の扉がノックもなしに開かれた。

 肩越しに振り返ってみれば、そこには以前ホウライでリュートの護衛をしていた男が見えた。


「リュート様のいった通りですな……婿殿、礼装に着替えてください」

「黒に染めてくれたらいいよ」

「我が国では白こそ至高なのですぞ」

「知ってるよ」


 だから、着たくないって言ってるのに。

 だが、護衛は引く気がないようで。


「それでは式典もなくてよろしいのですかな?」

「式典? 何を祝うんだ?」

「……まさか、何も聞かされておられぬのですか?」

「まぁ、眠らされて馬車に詰められて言い合っているうちについたからな。行けばわかるとも言われたし」

「はぁ……」


 護衛は額に手を当てて大きなため息を吐いた。

 なんだろう、俺も似たようなため息をたくさん吐かれてきた気がするのは、気のせいだろうか。


「あなたの言い分はわかりました。しかし、それでは式典が行えません」

「なぁ、式典ってなんだよ。それを教えてくれたら考えてやるからさ」

「……それは、私の口からはいえませぬ」

「あ、そう。じゃあ俺も着なくていいな」

「……最後にもう一度いいますぞ。婿殿、早く着替えてください」


 そう言い残し、護衛は部屋を出るとリュートの名前を呼びながら離れていくのがわかる。

 ……回りくどいんだよ。そこまでいったんなら変わんないだろうが。


 俺はもう一度白い、タキシードを見た。

 落ち着かないの、知ってるんだけどなぁ。



☆☆☆



 真っ白いタキシードに着替える。どうしてサイズがぴったりなのかは詮索しないでおこう。

 着替えてどうしたものかと考えていたら、すぐに扉が開かれた。そこにはレジーナが立っていた。彼女は俺を見るとなぜか目をぎらつかせた。


「とてもお似合いね! ノエルのお相手じゃなかったら手を出していたわ」

「あんたにはもうリュートがいるだろうが……」

「そうよ。でも、あの人ちょっと物足りないの……遠慮してるみたいで」

「それもあんたがどこぞの令嬢だからだろ」


 どこの令嬢か知らないけど。それはそれは天人族の由緒ある御家柄なんでしょうね。果てしなく興味がない。


「王様ならもっと堂々として攻めてきてほしいのに」

「あんたの性癖なんか知るかよ……それで、俺はこれからどうしたらいいんだ?」

「あの人は結局来なかったの?」

「どの人か知らんが、リュートはきてねぇよ。護衛のオッサンならきたけど」

「全く……自分でいうから黙っとけって、皆に言って回ってたのに」


 それだけ外堀を自分で埋めときながら、結局言わないのはむしろ尊敬するよ。どんだけ俺のことが嫌いなんだ。


「嫌いなんじゃないの。ただ、あなたを前にしてどういう顔、気持ちでいればいいのかわからないだけよ」

「そうですか。じゃあ不機嫌な顔で怒りの気持ちを持っていればいいとつたえてやってください」


 俺はリュートが嫌い、リュートも俺が嫌い。そこになんの違いもありゃしねえ。


「違うわ。あの人も、変わってきているの。あなたのおかげよ」

「……じゃあ笑って優しい気持ちになりゃいいよ」


 ところで、俺はどうしたらいいのだ。本当にわからないのだけど。

 レジーナはどうしたらいいか教えてくれないし、式典がいつ始まるかもわからないし。

 と、そんなことを思っていると廊下からドタドタと走る音が響いてきた。


「婿殿! 一体いつまで待たせるおつもりか!」


 扉を勢いよく開けてきたのは、リュートの護衛のオッサンだった。

 護衛のオッサンは部屋に俺とレジーナがいるのを確認し、なぜかワナワナし始めた。


「む、むむむ婿殿……!? これはいいい、一体どういう……!」

「そいつが勝手に入ってきただけで俺は何もしてねえ。いい加減俺はどうしたらいいか教えてくれよ」

「……そ、そうでありますな。これからノエル様と婚儀を挙げるというのにそのような不貞――」

「ひどいわ! あんな言葉で私をこの部屋に引き留めたのはあなたですのに……!」

「婿殿――!!」


 あほらし。

 俺は泣き崩れる演技をするレジーナと、声高々に叫ぶ護衛の横を抜けて部屋をすり抜けた。

 そして部屋の扉を閉め、鍵代わりに土魔法を使って扉にストッパーをかけた。


 あいつらでは埒が明かない。リュートか、最悪ノエルに会うとしよう。

 左眼の魔眼を使い、城内を覗く。

 式典の会場らしき場所は見つけたが、そこにノエルもリュートもいない。しかし参列者はすでに待機しており、天人族のお偉方が揃っているようだった。

 そしてノエルとリュートの二人は、別室で微妙な雰囲気の中で過ごしているようだった。


 俺は二人がいる部屋まで移動し、ノックしてから声をかける。


「リュート、かノエルでもいいんだけど」

「ふぇっ、ね、ネロ!? どうして……!」

「着替えはしたんだけど、これからどうすりゃいいんだ? レジーナと、あの護衛がきたけど教えてくれなくて」


 すると、部屋の扉が少しだけ開かれ、リュートが顔を覗かせた。

 リュートは一度中のノエルの方へ振り返った後、俺に部屋を覗かれないようにか、最小限の開閉で部屋から出てきた。


「どうして貴様はそう、デリカシーがないんだ」

「吐いて捨てたからかな」

「もう一回飲み込んで身につけておけ」


 ていうか、だったらちゃんと説明できるやつを俺の部屋に寄越してほしい。俺だってこの後どうしたらいいかを教えてくれさえすればこんなとこまできていない。


「せっかく兄妹水入らずだってのに」

「その割には会話は弾んでなかったようだけど」

「仲良く会話していたとは言ってないだろ」


 そりゃそうだけど。

 水入らずってそういう意味だったっけ。

 こいつ、売り言葉に買い言葉になってないか? ……それは俺もか。


「で、どうすりゃいい?」

「準備ができたなら会場で待っていろ。ノエルも準備が済めば連れて行く」

「なるほどね」


 会場は教会っぽかったし、デトロア王国のような式になるのだろう。

 純色神様の前で誓いを立てる、と。

 じゃあ俺は会場に向かうとするか。


「レジーナとゴルタスはどうした?」


 リュートに聞かれ、聞き覚えのない名前が一つあってはてなと思うが、レジーナと一緒ということは護衛のオッサンのことだろう。


「俺のいた部屋に閉じ込めたよ。鬱陶しかったから」

「部屋に……閉じ込めた? 二人きりでかっ?」

「まぁ、そうだな」

「……このゴミクズ野郎がっ!」


 そういうと、リュートは俺がきた道、俺のいた部屋へと向かってかけていった。

 ……えぇ、何最後の罵倒。あそこまで言われなきゃいけないことしたか?

 別に二人を閉じ込めただけなのに。

 そこまであの二人を閉じ込めてはダメだったのだろうか。まぁ護衛してたくらいだし、ヴァトラ神国では相当優秀な騎士なのかもしれないけれど。

 それともレジーナの方だろうか。確かに王妃だし、部屋に閉じ込めるのはやりすぎたか……? でも、何もあそこまで罵倒しなくてもいいのでは……。

 俺が一人、自問自答していると、部屋の中から弱々しい声が響いてきた。


「ね、ネロ……? その、怒ってる……?」

「怒る? 何に」

「だ、だって……」


 まぁリュートの対応には怒り心頭しても構わないと思う。なにせ躊躇なく催眠魔法をかけられ、馬車に詰め込まれ、なんの説明もないまま部屋に押し込められた挙句に訳のわからない二人の相手をさせられたのだから。


「……か、勝手に、話進めて……」

「あー……でも、ノエルも隠されてたんじゃないの?」

「え、っと……」


 おや、この反応。

 まさか、まさかまさか当事者であるはずの俺を一人除け者にして式典の話を勝手に進めたなんて、ノエルに限ってそんなこと――。


「……ネロが悪いんだもん」

「責任転嫁とは恐れ入ったぜ……!」


 拗ねたノエルの声に、思わず語気も強めに呟いてしまった。

 いや、まぁ確かに俺が悪いな。これに関しては。


「悪かったよ。ちょっとそっちに脳みそ使う余裕がなくて……」

「それはわかってるわ。わかってるけど……私としては、やっぱりちゃんとしておきたかったし……」


 まぁ、つまりは。

 俺が後々に回していた自分だけですまないあれこれを、痺れを切らしたノエルが仕方なく秘密裏……ってわけではなかったのかもしれないが、進めておいてくれた、と。


「ありがとう、ノエル。色々気を遣わせて申し訳ない」

「許してあげるわ。それに、こういうことでもないとあなたより上手くできないもの」

「催眠がなけりゃ、手放しに褒めてやれたんだけどな」

「あっ、あれは、兄さんが勝手にやったことで……ごめんなさい、まさか出口に魔法陣を仕掛けるとは思わなくて……」

「死んだわけじゃねえからいいんだけど、さすがに肝が冷えた」


 なにせ抵抗もできず催眠させられたからな。もっと警戒していれば、もしかしたら弾くことができたかもしれないが。

 とはいえ魔法を受けることもなかなか無くなってきたこの体、いい景気づけになった、のではないだろうか。


「ところで、俺はそろそろ会場に向かった方がいいんだろうか」


 いつまでもノエルとここで話しているわけにもいかないだろうし。

 ノエルはいつまで経っても扉から姿を見せないので、そういうしきたりでもあるのだろう。リリーの時もそうだったし。会場でのお楽しみか。

 そろそろ主役二人がこぞって会場に顔を見せないとなると、それも待たせている人たちを不安にさせそうだし。


「あ、そうよね。引き留めてごめんなさい」

「いや。ノエルと話せるなら構わないよ」

「そういうことをさらっと言えるの、ほんと尊敬するわ……」

「あっはっは。ノエルが好きだからね」


 そういう気持ちは思った時にいっとかないと。忘れて言い逃してしまうのはもったいない。


「じゃあ、俺は先に――」


 反転して会場に向かおうと思ったら、扉から伸びたノエルの手に腕を掴まれた。

 そして、ぐっと引き寄せられる。

 ノエルは扉をもう少しだけ開け、半身なら入れる程度の隙間を作っていた。

 そこから覗くノエルのドレスは純白で、彼女の印象ととてもよく似合っていた。

 だが、腕を引いたノエルは俺の顔を見るなり硬直してしまい、なぜひかれたのか俺にもわからなくて、お互い固まってしまう。

 目を合わせたまま数秒、無言の時間が流れた。


「……え、っと?」

「――やっぱ無理」


 何が無理なのか、よくわからないが、ノエルは俺から顔を逸らすとその勢いのまま抱きついてきた。

 腰あたりに巻きついたノエルの腕が、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。割と痛い。


「あの、ノエル……?」

「こっち見ないで……見せられる顔じゃない……」

「そう言われると見たくなるが」

「見せないッ」


 ぐっと、さらに顔を押し付けてきた。


「わかったから、少し力を緩めてくれると嬉しい」

「無理……顔が」

「顔が?」

「……にやける」


 俺は無言でノエルの腕を解こうとする。だが、それを知ってノエルもさらに腕に力をこめてくる。

 くっ、仕方ない。本当は使うのは反則っぽいから嫌だが、身体強化で筋力をあげてしまおう。

 決して嫌がらせをしたいわけではない。

 誰だって、好きな人のにやけた顔は見たいだろう? 俺だってそう。


 ノエルの腕を力任せに外し、彼女の肩をつかんで体から離す。

 そしてノエルの顔を覗き込むと、口元がゆるゆるで頬を紅潮させた、なんともまぁ可愛らしいご尊顔が。


「は、離してよっ」


 ノエルの顔に見惚れていたら、隙をつかれて腕を外され、そして勢いよく扉を閉められた。


「――あ、悪い。あまりにも、からかいたくなって」

「うぅ……もうお嫁にいけない……」

「今からお嫁になるんだが……?」


 ノエルの言うことがよくわからん。

 しかし、いい加減会場に向かわないと、本当にやばいかもしれない。

 一応、魔眼で会場らしきところを覗いてみれば、参列者たちがざわめき始めているところだ。


「ノエル。会場が騒ぎ始めたから、先に行ってるぞ」


 俺は扉の向こうにいるノエルに向け、そう声をかけて反転した。

 すると、後ろから扉が少しだけ開く音が響く。


「――ネロ。あ、……あいしてる、わ……」


 少しだけ顔を逸らし、目線も合わせてはくれないが、ノエルは絞り出すようにつぶやいた。

 俺はもう一度ノエルの方へ体を向ける。


「ありがとう。俺も愛してるよ。結婚してくれて、ありがとう」


 俺の言葉を聞いたノエルは、頭から煙でも噴きそうな勢いで赤くなり、ゆっくりと扉を閉めていった。

 ああ、まずい。

 人のことを言えたもんじゃない。

 俺も頬が緩むのを、揉んでほぐした。



☆☆☆



 結婚式は恙なく執り行われた。

 リリーの時のように新婦が部屋から出てこないことも、窓から乱入して中断されることもなかった。

 リュートの先導で入ってきたノエルを待ち、神父と純色神の前で誓いを立て。

 そうして、俺とノエルは結婚を果たした。


 参列者の多くは天人族だが、その中にはホウライの人も数人おり、いつの間に先回りされていたのかもわからない。

 まぁ、確かに俺はイズモと一緒にマフラーでカラレア神国に行き、その後にヴァトラ神国にやってきた。ノエルはホウライにいるものだと思っていたし、一緒に転移魔法陣で飛んできたのだろう。

 で、ホウライに誰が残っているかと聞けば、魔導師はグレンとアルマ、それにリリーの3人。まぁ、リリーは確かにこの場にいるとどんな気持ちになるか、ちょっと想像できないしな……。

 他に残っているものは、ドレイクやガルガドたち、国防を担っている奴ら。


 ユカリはレイシーの元でできる限り大人しくしながら、ミネルバやネリは普通に祝ってくれた。

 リリーの時はホウライの連中はきていなかったから、今回は割とこちらの関係者も多い。

 式が済み、披露宴のような場になると各々で好き勝手動き回って楽しみ始めた。

 酒の飲み比べを始めるやつや、大食い競争を始めるやつ。どうにも祝うっていう雰囲気には見えない。主にホウライのやつらのせいで。


 ノエルは代わる代わるやってくる大臣たちの賛辞を聞き、答えている。

 俺はグラスに注がれたジュースを持ったまま、ノエルのそばに佇んでいた。

 ノエルへの挨拶がひと段落着いたころに、いまだにそばに立っていた俺に気づいたノエルが不思議そうに見てきた。


「珍しいわね。テラスにでもいってるのかと思ってたわ」

「それも考えたけど」


 エルフの里では、俺の知り合いも多くて話しに回っていたら疲れてひっそり離れたりしていたけど。

 ヴァトラ神国は知り合いが多いわけでもないし、特に疲れていないしな。


「なんか、今はそばにいたい気分かな」

「あら……私もよ」


 それはよかった。

 まぁ、一人にしてって言われりゃ離れて行く気はあるが。


「でも、ちょっとだけ涼みたいわ」

「だったら一緒にテラスに行こうぜ」

「そうね」


 俺の誘いにノエルは即答してくれた。

 ノエルの手を取り、騒ぐホールからテラスへと抜けた。

 王城のテラスからは城下町が見渡せた。それに国内も、ヴァルテリア山脈まで見通せる。

 久々に見たヴァトラ神国内は、少しだけ発展を遂げているように見える。


「ちょっとずつ開発が進んでるみたいだな」

「そうね……まぁほとんど、私が封印されている間のことなんでしょうけど」

「あー……確かに、そうか」


 魔天牢に封じられていた間も、国としては動いていたわけだし。なにせリュートが国王で、カラレア神国とも同盟を結び終えた後だ。交流が増えれば、それだけ発展もしていくものだろう。


「相変わらず軍事力がないみたいだけど」

「別に、それが必要とならないようにホウライがあるわけだしなぁ」

「そうよね」

「だからといって、そちらに予算を割かないわけにはいかないがな」


 俺とノエルで楽しくおしゃべりしていたのに、唐突に別の声が割り込んできた。

 その声の主は、国王リュート。

 俺とノエルは城下町へ向けていた視線を、リュートへと向ける。彼もグラス片手に、テラスへと出てきたところだった。


「主役揃って会場から出られると困るんだが」

「ちょっとくらい休ませろよ。見世物にされてる気分なんだから」

「ネロ、それは言い過ぎよ」


 そうかね。まぁでも、そうか。

 結婚式を開いたのはこっちの都合だし、見世物になりたくないなら開くなって話だな。


「ヴァルテリア山脈の標高も下がってしまったまま。以前より魔物が侵入することが増えたせいで、予算がかさむよ」

「おかげ、だろ。国防に金を回す良い理由になる」

「そうだ。が、手離しで喜べるものでもない」

「そうか? 他国はだいたい国防やらの軍事に一番金をかけてきたんだから、それがなかった分金は余ってるだろ?」

「嫌な問いかけをする奴だな、相変わらず」


 リュートは苦々しい表情で答える。

 そういう風に言っているから、正しく伝わってよかったよ。


「予算、余ってないの?」

「多少は――」

「多少は余ってるだろう。けど、そのまんま回せるほどの予算ではない。つまり、軍事がなかったらそれ以外につぎ込んでたわけだ。しかし街の発展が始まったのも軍事に金をかけ始める時期とかぶる。でも税率を急にあげることもできない。理由はあるが、国民が許容できる範囲の引き上げでは到底足らない。では、今ある財源でやりくりしよう。どこに金を使っているか、予算が割かれているか、良い機会だ。この際予算の使い道を調べてみよう。あれあれ、どういうことだろう――」

「もう良いわネロ……よくわかったわ」


 お、ノエルもようやくわかってくれたか。

 まぁつまり、無駄金がどこで使われていたかを調べるちょうど良い機会で、しかもその無駄金が割とな規模で存在した、と。

 予算なんて毎年決まるものだし使い切らないともったいない、と思う人も多いのだろうけれど。国の予算ともなれば話は違う。国民の血税の、その使い道は当然国民の利益になるべきもの。

 で、あるが、権力を持った人間は多かれ少なかれ、自身の私腹を肥やそうとしてしまう。

 反面教師として気をつけるとしよう。


「とはいえ、臨時収入も得られた。まだなんとか立ち行く目処が――」

「兄さん」


 リュートも相変わらず嫌味っぽく言い返してきたが、その言葉をノエルが遮った。

 ノエルはリュートを睨むように見ていた。それを受けたリュートはばつが悪そうな表情を浮かべると、嘆息した。


「悪かったよ。だが先に吹っかけたのはそっちだろ」

「兄さんがわざわざ広げなければよかったでしょ」


 兄妹で言い合いをする様子を、呆然と見るしかない。

 だって、この二人がここまで仲が良いところを見たことがない。とても珍しい気がする。

 あるいは、また別の変化があったのか。

 ノエル対リュートの言い争いは、意外と言えば意外、ノエルが優勢だが、俺は一旦止めに入る。


「ノエル、その辺にしといてやれ。リュートが夜眠れなくなるだろ」

「夜が眠れないって……」

「せっかく妹に歩み寄ろうとしたのに、邪険にされちゃ、泣きたくもなるだろ。慰めてくれる人もいなさそうだし」

「この程度で泣くような教育を受けていない。慰めも必要ない」

「てめえはまずその喧嘩腰をどうにかしねえと国王たり得えねえぞ……」


 リュートは落ち着くことを覚えた方がいい。全方位に喧嘩腰のくせに、肝心なところで引っ込むんだから。虎の勢いがいきなり猫になるみたいに。


「……もういい。好きにしろ」


 リュートはそう言って踵を返してしまう。

 だが、俺はその背に声をかける。


「俺はお前が嫌いだし、お前も俺が嫌いだよな」

「それがどうした。だからって、妹の恋路を邪魔するほど、嫌なやつになった覚えもない」


 邪魔というか、明らかに妨害してた過去があると思うんですけどねぇ……。

 まぁ、それは済んだことなのでおいておこう。


「でも、一個だけ見解の一致があるよな」

「そうなの?」


 ノエルが、俺のリュートへの言葉に不思議そうな表情を浮かべた。

 リュートが足を止めて肩越しに少しだけ振り返ると同時に、俺はノエルの手をとる。


「ノエルがかわいい、ってようやく気づいたろ」

「――ふぇっ!?」


 今日はノエルのふぇって声をよく聞く気がする。その発音もまぁかわいいんだけど。

 別に見目どうこうの話ではなくて。いや見目も十分可愛らしいんだけども。性格とか、行動とか、まぁそういった第一印象以外の部分だ。

 俺の問いかけに、リュートは大きな大きなため息を、これみよがしに吐いてみせた。


「そこだけは、同意してやるよ」

「ふぇええっ!?」


 リュートの同意があまりにも予想外だったのか、ノエルも顔を赤くして驚いている。


「もっと早く気づいていれば、お前なんかに渡さなくて済んだかもしれないのに」

「それは無理だろうな。ノエルは俺と初めて会った時には落ちてたから」

「おちっ、ては……いたけど……」

「……ま、ウルフディアに渡らなかっただけ良しとしてといてやるよ」

「そう言ってくれると、迷宮攻略を頑張った甲斐があったよ」

「だが、忘れるな。ノエルをお前の国に渡すからには、利益をよこせ」

「仰せのままに、お義兄様」

「……気色悪い」


 悪態をつきながら、もう一度歩き出そうとしたリュート。一歩踏み出したところで、反転してこちらを向いた。

 だが、顔は手を当てて隠しながら逸らしており、表情は見えづらい。その耳が赤くなっていることくらいしか、わからない。


「け……っ」

「なに?」


 俺とノエルの声が重なり、しかも同時に耳をリュートへと傾ける。それがどうにも、問い詰めているようになってしまい、リュートは余計もごもごした。

 が、ようやく意を決したように、咳払いをして、


「結婚、おめでとう――ノエル……と、ネロ」


 その言葉を聞いた俺は、聞き間違いかと思ってノエルと顔を合わせる。だが、ノエルも同じように俺の方へ驚いた表情を向けていた。

 ふは、とノエルと同時に笑い声が漏れた。

 リュートの言葉がようやく言葉通りの意味だと理解した時には、リュートはさっさとホールに戻ってしまっており、返答を求めていなかった。

 だが、俺とノエルは姿勢を正して、リュートのいる方へと向けてお辞儀した。


「ありがとうございます」


 お礼の言葉も、重なった。

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