第二十九話 「各国代表と護衛」
各国の代表が席につく。彼らの背後には護衛として数人が控えている。龍帝だけ誰も従えてないけど。
デトロア王国のビーホークが連れているのは騎士団長だろうか。謁見の間に行った際に見た気がしなくもない奴を従えている。もう1人は知らん。ビーホークお抱えだろう。
ユートレア共和国のアニェーゼはダークエルフと巨人族を連れているな。族長ではないけれど、護衛だしな。
ゼノス帝国の代表は全身をマントで覆っているし仮面もつけてるしで中身がわからん。護衛は象と狼の獣人だな。1人は以前の世界会議で代理として参加したコローディアだっけ。後1人は、ガルガドなら判別できたかもな。俺にはわからん。
アクトリウム皇国の海皇は海人族の剣士2人を連れている。1人は確か、双神流の本家かな。ミネルバの血縁だ。
ドラゴニア帝国の龍帝は1人だ。まぁこいつに護衛なんかいらないだろ。八大龍王とか連れてこられても困る。
ヴァトラ神国のリュートの護衛は1人だな。天人族だが、何度かあいつの城で見たことがある。まぁ交流があるわけじゃないけど。
カラレア神国のレイアは2人連れている。あいつらは知っている。マルクとコトだ。いやぁ、実力を知っているってのはとても気が楽だ。なんて考えたら睨み付けられた。
「ようこそ、代表の皆様。どうぞ席へおかけください」
俺は満面の笑みを浮かべて迎え入れる。
扉の前にはネリが立ち、その外はドレイクとガルガドがいるはずだ。今は人手不足だから、復興途中だが呼び付けさせてもらった。
そして会議室の中は各国代表とその護衛、それに魔導師7人とプラスアルファ。面倒が起きてもいいように、俺が先に呼び寄せておいた奴らだ。
「さて、本日は再度の議題である我が国ホウライの建国宣言についてですが」
「その前に、この席順は何だ? 舐めてるのか?」
声に怒りを滲ませながら言ったのは、ビーホークだ。
……はぁ、大の大人がその程度でキレるんじゃないよ。
「こちらとしては最大限の譲歩をしたつもりですが」
「なぜ円形なのだ? 我らが平等であると言いたいのか?」
「……その通りです」
ああ、面倒だ。
「何が平等なものか! 貴様の目は節穴か!」
この言いよう。この入れ知恵。
俺は海皇の方に視線を向けると、奴は薄ら笑いを浮かべた。
やはりお前か。
「少なくとも我らは円形に座す間柄ではない!」
ああ、そうだ。その通りだ。お前のいう通りだ。
この中でこの円卓につくのに一番ふさわしくないのは、お前だデトロア王国。お前の国だビーホーク。よくわかっているじゃないか。ま、本人はそんなこと微塵も思ってないのだろうけれど。
だが、ここで弱腰になってはならないことくらいは理解しているらしい。この場で弱腰になったら、その瞬間食われるからなぁ。
自分の国の立場が弱いことは理解しているのだろうからこそ、少しでも主導権が欲しいのだろうけれど。本当はここに来る立場すらないってのにね。
「あまり騒ぐものではありませんのよ。とても醜いですの」
「長耳の小娘が、何を」
「こう見えてもあなたの10倍は生きておりますのよ? 小娘呼ばわりされるなんて嬉しいですの」
「おっと失礼。ただの年増だったか」
「……聞き捨てなりませんのよ」
あーあー、早速火花が散り始めやがった。龍帝様、どうにかなりませんかね?
なんて視線を送ってもにやにやされるだけだった。ちくしょう。
「落ち着いてください。この場で争いはおやめください」
「貴様らも文句はないのか?」
ビーホークが全体に対して問い始めた。
それに対し獣帝――ではなく、その護衛であるコローディアが獣帝の代弁をする。
「王国と同列というのは気に食わない。そう申しております」
あくまでも従者であるというように、コローディアは応えた。
それ、もうコローディアが円卓に座った方が話が早いんじゃないだろうか。そうはしないのだろうか。
まぁお国の事情なんてお国の数だけあるからな。あまり突っ込まないでいよう。
「国の順列に興味ないわ」
「僕らは同列で良いとしても、君の国は呼んでもらっただけありがたいんじゃない?」
レイアは素っ気なく応えたが、リュートは煽りにいった。
「何だと? 借金国が粋がるなよ」
「その借金は返しただろ。それを持ち出すなんて、器が小さいんだね」
「貴様」
「そこまでにしてください」
仕方なく仲裁に入る。2人は、今は矛を納めてくれたようだが、当然いがみ合いは続くだろう。
「円卓はやめていただきたいとは、私も申し上げたのですがね?」
海皇が、俺を責めるように発言する。
結局こうなるんだ。知ってたさ、説明しろってんだろ。
「確かにお聞きしました。しかし、我が国の方針としてはみなさまの国、七大国においては優劣なく平等であることを示して行きたいと思っています。そうすることで世界の均衡を保ちたいと思っていますので」
「つまり、今のままの世界が良いと、そういっているのですね?」
「その通りです。今はどの国も裕福な土地を持ち、食料問題や人口問題等の国の存続に関わる問題は現れていません。故に、今の均衡を保つことが、平和に一番近いのですよ」
「しかし、領土問題はある。特にユーゼディア大陸のみなさまは」
ややこしくするんじゃねえよ、海皇。今は席順の話だろうに。
「それについては追々話すことにしましょう。今回の議題は我が国の――」
「ちょうどいい! 今、ここできっちり話を付けようじゃねえか」
おい、おいおいおいビーホーク。今はその話をしてる時じゃねえんだよ。馬鹿かアホか脳筋野郎。
「ビーホーク様、落ち着い――」
「あら、ちょうどいいですの。先の軍進攻についても話をおつけ致しますのよ」
「獣帝様も、それが良いとおっしゃっています」
四面楚歌かな。まぁこの円卓についている奴らでは間違いなく四面楚歌ではあるか。
彼らの発言によって、護衛たちも殺気立つ。どう収拾しろってんだ、これ。
「ネロ」
「良い、まだ待っとけ」
グレンが助けようかと声をかけてくれるが、まだ良い。まだ、魔導師は出なくて良い。議題まで持っていくのが、俺の仕事。そこからが魔導師の出番だ。
まぁ、こっちも護衛は使わせてもらうけれど。
話し合いで解決してくれれば別に構わないんだけどなぁ。今じゃなくて後で。
「お前の首を土産に持ち帰ろう、そう判断されました」
「奇遇ですの、獣帝様。協力致しますの」
「やってみやがれってんだ」
物騒なことを発言したらしい獣帝。それに乗っかるアニェーゼ。それに食い気味に答えるビーホーク。
それぞれの護衛が戦闘態勢に入る。剣に手を当て、一触即発だ。
俺は項垂れながら、手をあげる。合図を送る。俺が呼んだものたちに、制圧の合図を。
「――――」
事態は一瞬だった。
海皇、リュート、レイアの護衛はそれぞれの主人の前に出て護る姿勢をとる。
まず、ネリがビーホークの護衛2人の剣を弾き飛ばし、2人の首に剣を添えた。ビーホークは、ラカトニアの王で攻神流神級のガリックが頭を机に押さえつけた。
アニェーゼたちには護神流神級のジュディスが抑える。奥義でも使っているのだろう、彼女の周りに薄く魔力の結界が生まれており、中のアニェーゼたちはピクリとも動けないでいる。
獣帝は動きを一切見せていないが、その護衛の1人は極神流神級のアブストルが剣を打ち合わせて抑えている。
そして、その間隙を縫って、コローディアが俺の頭目掛けて剣を振り下ろしてきた。しかも獣化して。その攻撃から、カラレア神国の黒騎士団長シグレットが護ってくれた。
一瞬でいろいろ起きたが、俺の魔眼何とか全部捉えることができた。
「――ほう、強そうな奴らだと思ったら、神級剣士か。良い奴らを揃えたな、ネロ」
「お褒めに預かり光栄です、龍帝様」
微動だにしなかった龍帝が褒めてくれた。彼らを揃えるのはとても苦労したからな。少し報われた気分だ。シグレットに関してはすんなり応じてくれたけれど。
「――ガリック!? てめえ!」
「おうおう、ビーホークの腰抜けが。粋がるようになったな」
ガリックは一番苦労した。ラカトニアの王だもの。金よりも強い剣士の紹介を求められて、困ったのでシグレットを紹介した。そしたら今日だけ予定を開けて傭兵としてきてくれた。
2人は確か大昔に一時同門だったことがあるらしい。ビーホークはすぐにやめていったが、攻神流を極めたガリックは神級の地位を得て、剣士の国であるラカトニアの王にまで上り詰めた。
「あらあら。ジュディスさんではありませんの」
「お久しぶりですね、アニェーゼ様」
ジュディスはガリック経由で知り合ったエルフの剣士だ。アニェーゼがくることを伝えたら案外楽に応じてくれた。見つけ出すのに苦労したけれど。
「どうしてそちら側にいるのかしら?」
「彼、弟子の子供だそうで。懐かしくなりましてね。少しだけ大人しくしていてください。お二方も」
そんで、母のサナが剣を教わっていたらしい。サナが護神流を使えたなんて知らなかったけれど。俺も護神流を教わったし、その繋がりもあったのだろう。
「極神流か……これはうかつに動けませんね」
「そう。動けば四肢が飛んでしまうかもしれんからの」
「老体に鞭打って出しゃばるなよ」
「大恩のためですよ」
アブストルは俺も一回だけ手合わせした。まぁ相手は全然本気ではなかったけれど。ウルフディアから逃げていたところを拾ったら、恩を売ったみたいになってしまったし。
まぁこれでチャラってことにしてあるので、これが終わったらアブストルも自由だ。
とはいえ、世界三大流派の神級が全員そろってるのは、なかなか壮観だ。まぁ、それを目指したのだけれど。
「んで、お前は律儀に俺の頭をかち割ろうってか」
「こいつ……なかなかの剣士だな」
「知り合いで一番の戦力だからな」
ネリとどっちが強いんだろうな。ガリックとやって辛勝してたし、相当の実力ではあるのだけど。
他にもシルヴィアやエレオノーラも護衛として呼んでいる。いざとなればガルガドもいるし、魔導師は当然の如く。武力制圧はいくらでも可能だ。
俺はコローディアから視線を外し、円卓の奴らを見回す。
そして大きくため息を吐いて、猫被りを止める。
「――で、満足か? 俺の国だ、俺に従ってもらいたいんだが」
俺の言葉に、各々がゆっくりと戦闘態勢を解いていく。
「くふっ、なるほどなぁ。魔導師、そして神級剣士。両方が、今この場に、大勢そろっている、と。それもほぼほぼネロの味方。この場で、貴様には到底逆らえぬと」
「その通り。とてもとてもそんな未来は嫌だが、この戦力があれば龍帝も押さえられる、そう思ってるよ」
「はっはっは! それはとても愉快だ。が、安心しろ。その未来はありえん。我が望むのはネロ、貴様との一騎討ちのみよ」
「いっちばん嫌だ」
考えたくない未来ナンバーワンだ。誰がお前なんかと一騎討ちなんかしてやるものか。
まぁ、龍帝を押さえられるという言葉を少しでも現実味を帯びさせるために揃えたのだ。それができたのであれば十分だ。
龍帝は周りを睥睨し、やがて嘆くように言葉を発した。
「嗚呼――しかし、我だけなぜこうも待たねばならぬのだろうな? どうしてだと思う、ネプチュリスよ」
「それは皆様が身勝手だからでしょう」
「そうその通りよ。無論、お前も含まれているのだろう?」
「……ええ、そうですね」
よかった。本当によかった。龍帝がこっちについてくれた。海皇を押さえてくれた。本当によかった。
「お主らに言っておきたいことがたくさんあるのだが、とりあえずは一つだけ――国には国のルールがある。マナーがある。我はな、それは守らねばならぬものだと心得ておる。故にこの円卓にも、ネロの進行にも、文句はない。貴様らはどうだ? どう思う? 自分の国で好き放題されてどう思う? 我は嫌だぶち殺したくなるほどに嫌だ我慢ならんほどに嫌だ。だからこそしたがっておるのだ。――よもやネロの実力を低く見ているのではあるまいな? 八大龍王を下し、ラカトニアの第三席に打ち勝ち、世界の大穴や天国への梯子、名だたるダンジョンを攻略し、軍隊にひるみもせず、何よりも魔導師であり、今国を作らんがために奔走しておるのだぞ。其奴がもし自分に牙を剥けば、とは考えが至らぬほどに、代表の貴様らは馬鹿なのか?」
こういう時の龍帝は本当に頼りになるなぁ。めちゃくちゃ褒めてくれているのはすごく不安になるのだけれど。
「加え、このような名だたる剣士を従え、魔導師と協力をしている。奴の逆鱗に触れた時の自国の心配がないというのであれば、好きにすれば良いと我は思う。我はな、ネロと気持ちよく一騎討ちするためということもあるがな」
嫌なんだけど。めっちゃ嫌なんだけどそれ。
これが終わったら一騎討ちしようぜって持ちかけられると思うと物凄く嫌になるんだけれど。
ていうか、龍帝のその言い方では、俺の国以外での会議は好き放題するって聞こえるぞ。
「……ありがとうございます、龍帝様。ご安心ください皆様。この会議がどのような結末になろうとも、私は逆恨みをするような小さい器ではございません」
「また猫被りか」
「ちょっと黙っててくれ龍帝」
大人数相手はこっちの方が喋りやすいんだよ。しかも国の代表ときたものなのだから。
とはいえ、海皇もこれで少しは大人しくしてくれるだろう。
しかし、もう良いか。もう良いよな。良いよなグレン。視線を向けると好きにしろって感じに嘆息した。
「全員、元の位置に戻れ。ビーホーク、エルフクイーン、獣帝。これ以上の勝手をするなら帰ってもらうぞ」
「何を。そちらから呼んだというのに」
「獣帝に言っているんだ。それともお前が獣帝だとでもいうのか?」
突っかかってきたコローディアに注意する。
「小僧……」
「――黙って」
その時、凛と澄んだ声が響いた。本当に、風鈴のように声が響いた。
獣帝の声は初めて聞いた。姿は、以前魔眼で見たことはあったが、前回の会議にコローディアが代理で出てきたように、公にはひた隠しにしていたはずだ。
「へ、陛下! なりません!」
「もう良いわコローディア。この中暑いんだもの」
そういうと、獣帝はマントを脱ぎ捨てて姿を表した。
皇帝というにはあまりにも幼いその姿。ガルガドのような耳や髪、つまり獅子を思わせる姿。だが、ガルガドなんかよりも断然に品格がある。
確か、ガルガドは遠い親戚なんだっけか。同じ獅子が元だし、そりゃそうなんだろうけれど。けれど、ガルガドを野生としたらこっちは完全に血統書つきの上品さがある。
「初めまして、獣帝。まさか出てくるとは思わなかった」
「あら? 挑発したのはそちらよ」
「ふはは! 獣帝がこのような小娘とはな。だが、品格は申し分ないな」
「お褒めいただきありがとうございます、龍帝殿。同じ皇帝として嬉しく思います」
「あなた風情と龍帝を同じにしないでください」
「この場では皆平等なのでしょう? なら同じじゃない」
新しい火種が生まれそうですごく嫌なんだが。
「どうして姿を見せたんだ? 発言は、代理に頼めばよかっただろうに」
「魔眼のある貴殿に隠す必要もないじゃない。それに、なぜ隠してたのかわからないほど頭が足りないのかしら?」
「くはは。とげが痛いな」
笑ってごまかす。
そりゃ、わかるさ。龍帝に小娘と呼ばれたように、獣帝はまだ幼さを残す少女だ。10歳前後くらいだ。そのような少女が、こんな世界会議に姿を晒して舐められないとは断言できない。
だからこそ、ゼノス帝国は隠していたのだ。上層部は皇帝が少女であることが他国に知られないよう、ひた隠しにしていた。まぁ、ユートレア共和国くらいは知っていたかもしれないが。
とはいえ、その姿を拝めたものはそうそういないだろう。この様子では、ゼノス帝国でも姿は隠していたかもしれない。
「安心しろ獣帝。貴様の品格、この我が保証してやる」
「喜ばしいことですが、貴殿に保証されずともわたくしは皇帝でございます」
「その通りだな」
さすが龍帝だ。この席では海皇と並んで長期間、国の長に君臨していただけはある。
獣帝が少女だったのは、俺以外の皆が初めて知ることだろう。そんな奴を、ビーホークのような奴が舐めてかからない訳がない。その可能性を、龍帝自らが潰した。
龍帝が保証したのだから、この場の誰も真っ向から反論するわけにはいかない。俺だってやりたくない。ドラゴニア帝国との関係を悪くしたくないから。一番の問題は海皇ではあったが、それも龍帝が認めたことで今、異を唱えるわけにはいかない。ここで不仲になるわけにはいかないし、弱みになりかねない。そんなところを、海皇が見せるはずがない。
龍帝はこの会議をちゃんと進めようとしてくれている。
その姿勢に、甘えさせてもらおう。
「ではこれより先は獣帝が会議に参加するということで良いんだな?」
「ええ。この2人には護衛に専念してもらうわ。先ほどはコローディアが失礼しました」
「陛下……!」
「別に構わねえよ。ただ、俺がここでやられたらどうなるかくらいは、皆々様は重々承知して、この先の参加をしていただきたい」
そらもう、どうなるかなんて想像もしたくない。
ネリがいるし、シグレットもそう。魔導師たちも言わずもがな。割と恨まれることと生きて帰れるかわからないことを承知した上で、殺しにかかってきて欲しい。
「そろそろ本題に入らせてもらうが、良いよな?」
俺は全員を睨めつけた。




