第二十八話 「急務」
魔導師たちが並べられ、ベッドで眠っていた部屋。
そのベッドの一つは、いまだに埋まっていた。だが、それももう終わる。
今から目覚める。
「……ん」
目を覚ました、最後の魔導師。
黒の魔導師――イズモ・ヴァンピールは、ゆっくりと体を起こす。全身が怠く感じ、上体を起こすだけでも一苦労だ。
「――あ、起きたのね、イズモ」
起き上がったイズモに声をかけたのは、先に起きていた白の魔導師――ノエル。彼女はイズモに微笑みかける。
「ノエル様……えっと、何が――」
そこまで発して、イズモははっとする。気絶していた自分だが、どうして気絶していたのかを思い出した。
「勇者は――」
「もう、終わったわ」
ノエルの視線が、イズモのベッドへと注がれる。それにつられるようにして、イズモも自身のベッドを見る。そこには、透明な髪をしたネロが突っ伏して寝ていた。
「マスター!?」
「イズモ、寝かせてあげて。その人、ずっと起きてたの。魔導師の中で私が最初に起きたんだけど、さっきグレンが起きる直前に、倒れちゃって」
「そう、だったんですね」
「レイシーに聞いたら、勇者たちに攻め込まれてからここまで帰ってくるまで3日、それからもグレンが起きる5日間、ずっと起きてたの」
そばに寄ってきたノエルと一緒に、イズモもネロの頭を撫でる。
「今、皆は城下町の復興とか建国の事務処理に走ってる。私たちが起きるまで全部、1人でやってたらしいの、この人」
「どうしようもない人ですね」
「ほんとよ。ちょっとは休みなさいっての」
2人がネロの頭を撫でていると、急にネロの手が動き、イズモの手首を掴んだ。
そして急に頭をあげ、イズモの方を見る。その急な挙動にイズモもノエルもひっ、と小さな悲鳴をあげた。
「起きたか。よかった」
「え、えぇ……ご心配をおかけいたしました……」
「時間も間に合った――あ、ノエル。ちょうどよかった、イズモの体調を見てやってくれ」
良いながら、ネロは立ち上がる。
慌ただしく動き始めたネロを、イズモは呼び止める。
「まだ何かあるんですか?」
「あるぞ。まだまだある。むしろこれから始まるんだ。イズモに異常がなければ予定通りに進ませる」
「はいはい。わかったわ。あなたは先に言ってて良いわ」
ありがと、とネロはお礼を残し、部屋を後にした。
ネロから何も確かな説明をもらえなかったイズモは、終始きょとんとしている。
「ほら、まだネロの国――この国の建国宣言を七大国に受け入れてもらってなかったでしょ?」
「それはそうですが」
「起きて早々で悪いんだけど、その会議がこの後に控えてるの」
「え……!?」
「基本はネロが主導で進めるけど、魔導師も同席して欲しいんだって。その話を、起きた魔導師全員に順番にしていってたんだけど、グレンで力尽きて。予定通りだともうあと数時間もないの。だから急いでるんだと思う」
「そうだったんですね……」
「しかも今度は通信じゃなく、各国の代表を集めてるの」
「……それは、つまり、ここにもういるんですか? 龍帝様や、妖精女王様が」
イズモの言葉に、ノエルはうなずいた。
★★★☆☆☆
あ、イズモに諸々説明するの忘れた。
……まぁ、ノエルが気を利かせてくれるだろう。それがなくとも、まぁ、何とかなるだろ。うん。少し怖いけど。時間もないし仕方ない。
俺は魔導師たちの眠っていた部屋を後にして、会議室へと向かう。
そこでは、先に起きていたグレンたちが準備を進めてくれている。
「ネロ。イズモは起きたのか?」
「ああ。今ノエルに診てもらってる。多分問題はない」
「開始は予定通りでいいんだな」
「そのつもりだ」
準備ももう終わるだろう。あまり長引かせると厄介な連中もいる。さっさと終わらせたい。
「席順はどうするんだ? まさか、円形を使う気か?」
「そのつもりだ」
「龍帝……いや、海皇が承諾するのか?」
「納得させた。俺の国だから俺に従ってもらっている」
そんな簡単に納得してはくれなかったけどな。最終的には龍帝にフォローを求めてしまったし。
ともあれ、俺の方針と円形は合致している。海皇はピラミッド型、長方形の机の方が好みだろうけれど。
この先は俺と海皇の駆け引きが多くなるんだろうなぁ。面倒臭い。
「そうか。じゃあ、ここに入って面倒な揉め事はないんだな」
「そうもいかない。デトロアの代表がまた面倒でな」
「フレン様ではないのか?」
「最初は王妃で話が進んでたんだが、公爵がしゃしゃり出てきた。結果、ビーホークがくるらしい」
「う……む、それは面倒だな」
「んで、円形だろ? ゼノスとデトロア、それにユートレア。ここが一番面倒だ。前回は立体映像で誤魔化せたが、そうもいかない。ま、前回で承認を得られたところで、遅いか早いかの違いだからな」
そう、遅いか早いかなのだ。
俺の国は完全中立を目指す。そうすると、世界会議を行おうとすれば自ずとこの場が会議場に選ばれることが増えるだろう。というか、そういう風に持っていくつもりだし。
となれば、この円形の会議机は避けて通れない。
「とはいえ、結局席順は重要になるのではないか?」
「そうなんだよなー……」
正直、龍帝と海皇を引き離してしまいたい気がすごくある。その方が何かと都合が良い。この二つを離せれば、カラレア神国とヴァトラ神国を離すことができる。この組み合わせを許すと、ゼノス帝国、デトロア王国、ユートレア共和国が厄介になるのだから。
全部ごちゃ混ぜにしてしまいたいが、それはそれで方々から非難が飛んでくるだろう。めんどくせー。
「混ぜたら」
「危険だろうな。龍帝はまぁ、あの性格だ。そう文句は言わないだろうが、海皇が手強い」
「かといってデトロア、ゼノス、ユートレアを並べるのもな」
「とはいえ無用な火種を避けるのであれば、そこを並べるしかない。今、海皇と敵対するのはよくないだろう」
「グレンも正攻法がわかってきたじゃないか」
「これだけいろいろやらされては、少しは考えるようにもなるさ……」
デトロア王国でもいろいろあったのだろう。フレイヤのそばにいたのだから、あれこれ教わっていたのかもしれない。
「席順としては、ドラゴニア、アクトリウム、ゼノス、ユートレア、ヴァトラ、カラレア、デトロアの順が無難っちゃ無難か」
「そうだな……それで」
「けど、説明が怠いから時計順で並べる」
つまり、ドラゴニア、アクトリウム、ヴァトラ、カラレア、ゼノス、デトロア、ユートレアだ。
「……馬鹿か!?」
「文句言われるの嫌だし。法則ある方が文句もないだろ」
「だからと言ってあの三国を並べるか普通!」
「悪いのは当たり屋の如く喧嘩吹っかけ回ったデトロアだ。自分の責任くらい自分で取れってんだ。手助けくらいしてやるが」
「お前のいうことにも一理あるが、今はやめておけ。デトロア王国の代表はビーホーク様だぞ」
「……それはそうだな」
あの武闘派公爵様がくるとなると、それだけで引っ掻き回されそうだし。
海皇との衝突は避けるとして、かつデトロアが騒がない配置、か。
「うーん……まぁ最初のが無難だな」
「ああ、それが無難だ」
無難を選ばざるを得ない、か。
とりあえず、波風立たないような配置にしておくべきだろう。とすれば、無難は最善手ではあるのだけど。
建国宣言を潰されるよりはマシだ。
「席順はそれでいくぞ。開始時間まであまり時間もない」
「そうだな」
グレンと一緒に、準備の最終段階に入った。




