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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
建国編 奔走する魔導師
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第二十七話 「魔王の意志」

 デトロア王国の城を抜け、ユートレア共和国の国境付近に展開していた軍隊を追い払い。

 俺は、ようやく自分の国であるホウライへと戻ってくることができた。

 城下町の火災はすでに鎮火され、復興が始まったばかりのところ。城も勇者の襲撃によって傾いてしまっており、直す必要があるな。

 復興にはドレイクやガルガドが指揮をとっているようだ。まぁ、あの辺に任せれば大丈夫だろう。資材なんかもホドエールから仕入れればいいし。経費は何とかするさ。

 しかしまぁ、この調子では建国直後に赤字になりそうだ。笑えない状況だな。

 あとのことはあとに考えよう。


 誰にも会わないように気をつけながら城に入る。つかまって質問攻めされて時間を食うのは嫌だ。今は一刻を争うのだから。

 とりあえず魔導師たちがいた会議室へと向かう。

 会議室の結界は、すでになくなっていた。懐に入れていた魔導書たちが勝手に弾き飛んでいき、それぞれの持ち主の元へ戻って行った。

 並べられて寝かされている魔導師たちに近づき、その命がまだつながっていることに、大きく安堵した。


「はぁぁぁぁ……良かった」


 全身から力が抜け、その場に膝をつく。

 良かった。全員生きている。息をしている。死んでない。寝ているだけだ。


 魂を抜かれた、とガラハドは言っていた。それはどういう意味だったのか。殺されることとは違ったのだろうか。もしかしたら、勇者の中にそういう能力があったのかもしれない。だとしたらなぜ確実に殺さなかったのか。ネロ――蒼馬は、死を確認していないと言っていたし。

 ……まぁ、あいつの最期からすれば、殺さないでおいてくれたのかもしれないけれど。

 俺はイズモのそばにあった黒の魔導書を軽く小突き、グリムを呼び出す。


「……グリム、どういう状況だったんだ」

「何から話したものか……魂を抜かれ、仮死状態の魔導師たちであったが、ガラハドによって何とか息を吹き返した……簡単に言えばそうなる」

「ガラハドのおかげ、か」

「そうであるな。このような芸当、奴のような魔力でなければできぬことだ」

「なるほど。じゃあガラハドを探すよ」


 デトロア王国に向かう際にいたはずのそのガラハドは、この部屋にはいない。

 一度会議室から出る。


「ガラハドなら自分の部屋だ。きっと、君の召使いと一緒にね」

「そうか」


 召使い、レイシーのことだろう。アレイシアが教えてくれた通り、俺はガラハドの部屋に向かう。

 扉をノックすると、中からレイシーの返事が聞こえ、扉が開く。


「ネロ様! ご無事で何よりです!」

「ああ、とりあえずは無事だ。ガラハドはどうした?」

「……それが」


 そういってレイシーは目を部屋の奥へと持っていく。それにつられ、俺も奥を見る。

 部屋の奥、ベッドの上で、ガラハドはか細い息をしていた。

 俺は魔眼でガラハドの体を視ながら、近く。それに気づいたガラハドは、弱々しく口元を歪め、笑う。


「……魔力の枯渇だな」

「はは……さすがのお前も俺の――」

「やっていいなら、譲渡してやるぜ。順応させるのは簡単だ。てめえの魔臓に直接魔力をぶち込んでいけば良い。てめえの特異な魔力といえど、作られてるのは魔臓だからな。活動を活発にさせてやりゃ、十分生き長らえられる」


 きょとんと驚くガラハドだが、すぐに俺の提案を一笑に伏す。


「……いうようになったじゃねえか。だが、ご明察の通りに、いらねえ」

「俺に、また魔力枯渇を見過ごせってのか」

「悪いが、そうだ」


 何のために、お前に魔力操作を教わったと思っているのだ。

 魔力枯渇で死んだサナを、そんな死に方を、これ以上させないためだというのに。

 ガラハドは、それをしろというのか。


「何、どうせ死んだ命が無様に生き延びていただけの話。世界が一つ正常に戻るだけだ」

「どうだか」

「俺は疲れたんだ。あとはお前に任せる」

「何を」

「俺の最期の仕事を」


 ガラハドの最期の仕事? 聞いたこともないな。それが俺のやることの延長にあるのか、どうか。それすらわからない。

 俺はガラハドの言っている意味を理解できず、嘆息する。反対側にいるレイシーを見ても首を傾げる。


「こんな時くらい泣いて見せろよ。死ぬんだぜ、お前の師匠が」

「バカ言ってんじゃねえ。泣いたら、お前が安心して逝けないだろうが」

「くはは。違いない――じゃあな、ネロ。それとレイシー」


 ガラハドが、俺の腕を掴み下へと引く。俺はベッドのそばに膝をつくように屈まされる。同じようにレイシーもガラハドに引き寄せられている。

 そして、ガラハドの手が俺とレイシーの頭を撫でる。


「――俺の同志。理解者。世話になった。ありがとう」


 それだけをいうと、ガラハドの手から力が抜けるのがわかる。


「……ガラハド、様」


 レイシーのかすれた声が響いた。


「何が世話になった、だ」


 300年生きた癖に。ほんの数年の付き合いだってのに。レイシーに至っては、数ヶ月だろうに。

 何が同志だ。何が理解者だ。何が、ありがとう、だ。

 俺がお前に何をしてやれた。お前は何だって1人でできていたじゃないか。俺が何をしたっていうんだ。感謝するのは、こっちだ。

 魔力操作を教えてくれて、戦い方を教えてくれて。いつも助けてくれて。

 それが全部、良いものだったとはいわないけれど。でも、誰よりも見ていてくれた。俺を理解して、誰よりも見ていてくれた。

 ああ、そうだ。その通りだ。お前は――ガラハドは、俺の唯一の理解者だったよ。


「師匠……ああ、やっぱ似合わねえ。あんたは師匠なんて器じゃなかった」


 魔王よ。

 魔物の王よ。

 俺の先達者よ。


「ありがとうございます。お世話になりました」


 俺の声は、震えていた。



☆☆☆



 ガラハドを置いたまま、俺とレイシーは部屋を出た。

 レイシーは俺に一冊の本を差し出してきた。


「ガラハド様から、帰ったら渡すように言われていました」

「ああ、ありがとう」


 俺はその本を――あの、自動書記の歴史書を預かる。


「その本は、何なんですか? まだ起きてもいないことを、当てずっぽうに書き連ねて」

「さあな。けど、こいつが諸々の元凶だってことは判明してる」


 レイシーは俺の言っていることがよくわからないだろう。けれど、それ以上この歴史書について聞いてはこない。


「また、どこか行かれるのですか?」

「そうだな」

「……帰ってきてくれますよね」

「帰ってきたいさ」


 でも、わからない。

 あの婆さんは詳しいことを言わなかった。だから、どうなるかなんてわからない。

 それでも、これが元凶だっていうなら。

 ガラハドもそれがわかっていたから、この本を持っていたのだろう。

 こんな本で、何ができるのか、わからないけれど。


「……帰ってきてください。私が、みなさんが、後を追わないように」

「帰ってこなくちゃなぁ」


 俺はそういいながら、地下に降りていく。

 何が起こるかわからない。だから、何があっても良いように。


「アレイシア。後はわかってるよな」

「はいはい。君が帰ってこないとわかったら、封印すればいいんだろ」


 俺は無の魔導書を取り出し、レイシーに渡す。


「何かあったら魔導師を頼れ。アレイシア1人なら何とかなるだろ」

「ずいぶん甘く見られてるね……」

「わ、私で本当に大丈夫でしょうか……?」

「無理だったら海皇に連絡がいくようになってる。そしたら龍帝が出てくるだろ」

「ああ……あのバトルジャンキーは相手にするのは困るな」

「頼んだぞ」


 俺は歴史書を机の上に置き、ページを開いていく。

 すると、何も書かれていない白紙のページが勝手に開く。


「……いるんだろ、婆さん」

「残念。お婆さんじゃないわ」


 現れたのは、ラカトニアにいた占い師。ネリと一緒に占ってもらった奴だった。

 すでに周りの風景は変わっており、地下室から真っ白い空間に出ていた。以前アレイシアがいたところと似ている。


「私は案内人。手出しはできないわ」

「わかってる。どこにいけば良い?」

「そのまま真っ直ぐに歩けば良いわ」


 言われた通り、真っ直ぐに歩く。

 すると、何もなかったはずの目の前に、1人の男の背中が見えた。

 その男は机に向き合い、椅子に座って必死に何かを書いている。

 気づけば、占い師の姿が消えていた。

 俺は何気なくその男の背中に声をかける。


「おい」

「ああ、まただ、また、どうして、こいつは全く、何でこんな、ああ、もう」


 その男はガリガリと頭をかきむしり、呼び掛けた俺の声に振り返る。

 その男に見覚えはない。見たこともない。初めて出会う奴だ。

 見た目は中年くらいだろうか。服装は作家っぽいというか……何というか、あんまりかっちりした服装ではない。別に俺も適当な服だからいいんだけどさ。想像と違ったというか。

 無精髭を生やし、タバコを咥え、こいつはなんだ。


「ようこそ、歴史の狭間へ。まぁ、ゆっくりしていきなよ」

「そんな悠長な時間はない」

「そんな事言わずに。さ、さ、お茶も出すし」

「いらねえよ」


 俺の言葉を一切無視し、そいつは椅子から立ち上がって飲み物を注ぎに向かう。

 そして出されたのはコーヒーだ。


「お茶じゃねえじゃん」

「え? ああ、お茶、てのは飲み物、程度のつもり、だったんだけど」

「そう……いや、いいんだけど。あんた、ここにどれくらいいるんだ?」

「どれくらい? さあ、どれくらいだろう。でも、やることは、たくさんあるよ。だから、退屈しない」


 何だろう、絶妙に変なこの喋り方。しばらく人と会話していない人、って感じなんだけど。

 1人で黙々と何かを書いていたのだろうか。


「それで、ネロ君は、何をしに?」

「……あんたに、その作業をやめてほしくて」

「ええ? これを? それは、無理だよ」

「どうして」

「僕は、皆に頼まれたんだ。魔導師が、これ以上、悪さをしないように。皆が、これ以上、悪さをしないように」

「それは立派な使命だ。が、その皆はもういないんだよ」

「いるさ」

「いないよ」

「いる! いるに決まっている! 今はいなくても、いつか、きっと、いるようになる!」


 何を言っているんだこいつは。

 今はいない? いつかいる? 何の言っているんだ。


「大体ねぇ! 君が、こんな世界に、こなければ何も、起こらなかったのに」

「それは悪いことをした。だから、もう何もしなくて良いって」

「そういう、ことじゃないやい! いいかい、これは――」

「そういうことなんだよ」


 俺は男の言葉を遮る。


「俺のせいであんたの仕事が増える、そうなんだろう? その仕事を、わざわざあんたがする必要はないんだ」

「いいやダメ! これは大切なことだ」

「――あんたのさじ加減で! こっちはいい迷惑だっつってんだろ!」


 俺は、埒が明かない言い合いに怒鳴りつけた。

 が、すぐに冷静に戻って、頭を掻き毟った。


「聞いてくれ。あんたは正しいことをしていると思っているのかもしれない。でも、それは正しくないんだよ――歴史の取捨選択は、すべきじゃない」

「……知ってた、のか」

「世界には――運命には、未来にはたくさんの道が存在して、あんたがより良い未来のために世界の出来事を歴史に残す取捨選択をしていたんだろ」


 これまでたくさんの未来が存在し得たとして、それをこの男が選んでいた。

 イナバ砂漠、塔の上の転移型ダンジョン。その帰り道に見えた多くの光景。それは、この男が選ばなかった未来。歴史。過去。IFのストーリー。


「あんたが歴史をいじくりまわしたから、いろんな不具合が出てるんだ。俺や、ネロや、勇者や、ガラハド――他にもたくさんいただろう。転生者が」

「そう、かもしれない。でも」

「これ以上続けて、この世界が壊れないなんて保証もない。もう、やめろ」


 男は譲れないものがあるのだろう、やめろと言われて激昂したような顔を浮かべる。


「お前に――!」

「わかるかよ。わからねえから適当言ってんだ。今すぐやめろ」

「僕がやめると、この世界が、また、神様に、支配される!」

「その時代はもう終わった」

「そんなの、わからない!」


 これでは埒が明かない。こいつはずっと続けてきたのだ。千年、1万年でもきかない長い間、ずっと。この世界の歴史を、正しいと思う事象を選び続けてきた。

 そしてそれは、正しかったのだろう。選んできた歴史は、正しかったのだろう。けれど、それが人の歴史にとって正しかったのだとしても、この世界という事象に対しては正しくない。

 小さな歪みはやがて直しきれないほどの大きさに蓄積していく。


「この世界が壊れてからじゃ遅い。まだ間に合う」

「壊れやしない! あったとしても、君のような、存在が出てくる、だけさ!」

「じゃあお前は、俺をその歴史書でコントロールできたかよ? ガラハドは運良く同時代に存在した魔導師を操れたから良い。じゃあ、俺は? 俺はどうする? 魔導師だった俺、魔導師を全て味方につけた俺を、お前はどうやってコントロールする?」

「それは――」

「今までの奴らはどうだった? ガラハドは? 勇者は? 他の転生者は? 俺たちはなぜこの世界に呼び出された? 歴史の歪みと、世界の歪み、その均衡のためだとしたら?」

「そんな、ことない――!」

「では、世界がすでに悲鳴を上げ、崩壊へと自ら進んでいる」

「ふざけるな!」

「歴史の歪みを正すために呼ばれた」

「違う!」

「世界のただの気まぐれか、お前を止めるためか、お前を助けるためか、この世界を壊すためか、人々の願いか、神の頼みか――理由は何だ?」

「理由は――」


 男は、言葉に詰まる。ようやく、黙り込む。

 俺は男の肩に手を置く。


「やめられないならやめなくて良い。ただ、休め。休んだほうが良い」

「……その間は、どうするって、いうんだ。まさか、君が、ここに残るのか?」

「いいや。現実世界で、何とかする」


 男を椅子に座るように促し、俺は両手を打って音を鳴らす。


「俺の話を聞いてくれ。俺が現実世界でやろうと思ってる話。それに共感してくれたなら、お前は休むんだ。手を止めるんだ。世界に――今を生きる俺たちに、歴史を任せて欲しい」

「……いい、だろう」

「では」


 俺は、男に対して演説を始めた。

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